その江戸前の秋の風物詩といえば、ハゼのてんぷら船が有名だ。船上でハゼを釣る合間に、江戸前で捕れた旬の魚をてんぷらにして楽しむ庶民のいきな遊び。
秋の好日、船を仕立てたのは「東京ばせ釣り研究会」メンバーら14人。船宿「富士見」の釣り船=石嶋茂船頭(60)=に乗せてもらい、東京港内の運河の浅瀬で釣り糸を垂れた。
ハゼ釣り歴五十年余の名人、樋口正恭さん(71)は「高度成長期に比べて東京湾の水はきれいになったけど、相次ぐ埋め立てで釣り場がなくなっちゃったね、運河にこなければ釣りができないのさ」と嘆いた。
借りた江戸和ざおにエサのイソメを付けて振り込冊む。指南通りおもりで底をトントンと小突くと早速「ブルッ、ブルッ」とあたりがきた。竹製の和ざおならではの手ごたえで8cm弱のマハゼが釣れた.その後もあたりに呼吸を合わせてさおを上げるのだが.一瞬のタイミングを外すとぼうずに終わる。
「惜しい!」と侮しさを感じたころ、すっかりハゼ約りのとりこになっていた。
結局、3時間で釣果は13匹程度。さすがに名人は50匹を越えていた。
「でも、10月半ばにハゼが深場に落ち出すと、やはり十六万坪」と樋口さん。釣り船はその十六万坪へ。
ここの七割に及ぶ35haが埋め立てられ、住宅用地や交通網が整備される。
「静かな海でしょ。台風の大水や波風の影響も受けないところなんです。」昼になると、釣りはひと休みし、ビールで乾杯。釣り談義に食が進む中、樋口さんは"奪われし江戸前"に顔を曇らせた。
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