丸帆亭 萬釣報 #50 2000.7/25 更新                    
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つり人9月号より p.2
 

   市民を落胆させる埋立推進派の妄言!
     都心部で芽生えた意識革命とは。
                 
浦 壮一郎   
 
勝者なき選挙と言われた衆院総選挙。しかし、都心部では明らかに胎動が
 見られた。それがゼネコンにやさしいバラマキ型政治の終焉である。
 相次ぐゼネコン汚職、もう、市民の目はだませないところにまできている。
 重大な局面を迎えた十六万坪埋立問題。はたして民意は反映されるのだろうか。

     東京、千葉、神奈川の市民グループが集結
 
去る6月10日、21世紀の東京湾の在り方を考えるシンポジウム
 『東京湾・ハゼサミット』が開催された。
 

 三番瀬の埋め立て問題や盤洲干潟のホテル建設、そして新行徳可動堰(江戸川河口堰)など、
東京湾沿岸での開発計画に批判が集中していることは周知のとおりだが、今回のシンポジウム
の中心的な議論はもちろん「有明北地区埋立事業〔有明旧貯木場'通称十六万坪)」についてである。
 事業主体である東京都が、すでに運輸省に対して埋立認可申請を行なっていることはお伝えして
きたが、仮に認可が下りるようなことになれば、東京都は民意を無視して埋め立てを強行する構えだ。
 ただし、そこで注目されるのが運輸省の動向である。埋め立てに認可を下すことは東京都同様、
民意を無視することにもつながり、また「石原都政にやられっぱなし一という印象はより強いものに
なる。つまり、国としての面目が立たなくなる。さらに東京都の事業でいえば臨海開発は失政であり、
また、ムダな公共事業の象徴ともいえ、国政同様、都政も相変わらず公共事業優先型の政策から脱却
できないということを人々の前にさらすことになる。
 そしてそれは、次の選挙(都議会選挙はもとより参院選も)への影響が予想される。
 このことについては後述するとして、都民だけでなく、東京湾に関わりのある多くの人々が自然の
復元を望んでいること、それは『東京湾'ハゼサミット』を取材することで強く感じることができた。
 3月に開催されたシンポジウムは、あくまで都民の問題として捉えられていたが、今回は東京湾沿岸
の一都二県、東京、千葉、神奈川の市民グループが.一堂に会したからである。
 集まった市民グループ、自然保護団体は実に30団体。これほどの数の市民団体が東京湾の保全を求
めており、そして十六万坪の埋立事業に注目しているのだ。
 すでに東京都のみの問題でなく、広く首都圏の問題へと発展しつつあることが分かる。
さらに日本湿地ネットワークや日本自然保護団体、WWF-Japan(世界自然保護基金日本委員会)が後援
団体として名を連ねていることからも、あの諌早干拓事業同様、全国的に注目されつつあることを示唆
しているといえるだろう。

       
癒し効果のある自然環境を

 ハゼサミットで基調講演を務めたのは、小誌『城ヶ島ノート』でもおなじみの神奈川県水産総合研究所
主任研究員 工藤孝治さんである。工藤さんは長年にわたって東京湾に潜り、魚類の生態を研究し続けて
きたノウハウをもとに「東京湾の魚たち」と題し、東京湾における魚類の生息状況をはじめ、ハゼの種類
と生態を解説。「湾奥の深場は、夏場になると貧酸素水域となり、魚が住みにくい状態になっているが、
干潟や浅場は底出生物や魚類が豊富」と語り、十六万坪のような海域が、東京湾にとって、不可欠である
ことを指摘した。
 また「ハゼ釣りは市民と海をつなぐ橋渡し役になれると思います。ハゼは環境復元の扉を開くパイオニア的
存在になれるし、21世紀のウォーターフロントの代表的な魚でもある」と語り、釣りを通じ、自然と人との
関係をつなぎ止めることができるのが、ハゼという魚であることを強調した。

 これまで石原都知事や浪越港湾局長は、都議会の場で重ね重ねハゼに対して軽視する発言を繰り返してき
た。殺伐とした都会生活を強いられる東京都民にとって、いま必要なのは過剰な住宅でも、大気汚染の元凶と
なる幹線道路でもない。精神的な癒しを提供してくれる自然環境こそ必要なはずだ。
 工藤さんの発言によれば、それを身近なものにしてくれるのがハゼ釣りであり、ハゼという魚なのだが、
都民のために自然環境を守るべき立場にあるはずの知事や役人に、その認識は皆無のようである。

  
数百単位の釣果で沸く10月に、マハゼ生息数ゼロ!?の環境アセスとは

 ハゼサミット開催前の5月10日、『江戸前の海・十六万坪(有明)を守る会』では、浪越勝海港湾局長宛に
有明貯木場埋立に関する公開質問状を提出し、同月の30日、回答を得た。その中で注目すべきは、ハゼの
生息に関するアセスについてである。
 質問内容は「アセスでは有明北はハゼの生息が少ないとしているが、ハゼのシーズンである10月調査の
内容を.爪して欲しい」というものだが、対する回答に関係者は呆れ顔だ。
 調査は平成9年10月6日-7日の2日間で、それを見ると旧貯木場(十六万坪)で捕獲された魚種はカタクチ
イワシ、サッパ、コノシロの3種類しか記載されていない。つまりマハゼは1尾として捕獲されなかったこと
になる。毎年、10月にもなれば腕の長けた釣り人なら1日で200尾以上、初心者でも50尾以上はほぼ間違い
なく釣れるのが十六万坪である。そして休日には1000人近くの釣り人が訪れ、釣り船でにぎわっているのが
十六万坪なのだ。そこで1尾も捕獲できなかった魚類調査とはいったい何なのか????。
 このデータが何ら意味をなさないことは言うまでもなく、関係者が呆れるのも無理はない。これでは都が
データ隠しをしているとの指摘はもっともであり、もしくは手抜き調査が行なわれたことを自ら暴露している
ようなものでもある。それでもなお「再調査の必要はない」とする港湾局と石原都知事。
このデータが示すものは、民意をないがしろにしてでも事業をゴリ押ししようとする、都の姿勢そのものと
いえるかもしれない。

 次に、幹線道路建設に伴って懸念される大気汚染について触れてみたい。
臨海部は全国で大気汚染ワースト1であり、その中でも有明北地区が最も深刻であることは、これまでも
述べてきた。埋め立てとともに20車線もの道路建設が進むことになるこの地区では、住民の健康悪化が
進む可能性が指摘されている。
 公開質問状では「臨海広域幹線道路計画による幹線道路建設によって大気汚染など環境の悪化がひどくなる
ことが考えられるが、その対象は、』と港湾局に対し質問しており、港湾局は「広域幹線道路の整備により、
道路のネットワークが形成され交通分散や渋滞緩和が図られること、さらに排出ガス規制等の環境対策の進展に
より、大気の状況は現在よりも改善されるものと考えられます。」と回答している。
 しかし、東京のような都心部では、道路建設によってむしろ交通量が増えるとの指摘もあり、幹線道路建設が
渋滞緩和の切り札といえるものかどうか、疑問が残るところだ。レインボーブリッジ建設時においても都は同じ
ようなことを主張したが、その結果は建設前よりも交通量が増加しているのが現実なのだ。
 排出ガス規制についても同様で、交通量そのものが増加してしまっては意味をなさないことになる。さらに、
この回答で注目しなければならないのは、排出ガス規制(ディーゼル規制)が道路建設への批判をかわす道具に
なっていることである。、一般には、石原都知事が打ち出したディーゼル規制を支持する声は高く、確かにそれ
だけを見れば評価することはできる。ただし、石原都知事の視野にあったものが大気汚染の改善ではなく、
有明北に通じる幹線道路や首都高速、第二湾岸道路、または高尾山を貫く県央道など、目白押しともいえる
道路建設計画への批判をかわすためだとすれば、所詮は公共事業優先の政策だったことを思い知らされること
になる。

     
ゼネコンにやさしい石原都政

 これまで.石原慎太郎都知事は、知事就任以来、都民の支持を得るには恰好の政策を取り入れてきた。
都職員の給与削減、外形標準課税の導入、そしてディーゼル規制など、現在でも都民からの支持は確かに
高い。民間企業の給与アップが期待できないなかで公務員は安定した給与が保証されてきたのだから、
都職員の給与削減は一投の都民から見れば「よくぞやってくれた!」と痛快にすら感じたことだろう。
 ただし、都の財政を圧迫させるほど、都職員に多額の給与を支払ってきたわけではないだろう。
最大の原因は臨海開発など強引に進められてきた公共事業にあり、都職員への猜疑心だけでこの政策に
賛成していては、冷静な判断とはいえないはずだ。
 また、銀行を対象とした外形標準課税についても腑に落ちないところはある。こと臨海部に目を向けて
みれば、その開発に要した予算の大部分は起債(借金)であり、莫大な利息を銀行に支払っているからだ。
 有明北地区埋立事業も埋め立てにかかる予算は約400億円だが、その利息は120億円とされている。
仮に埋立後の土地が売却できなかった場合、当然それは都民が支払わなければならなくなる。課税によって
銀行に負担を強いる一方で、都がこうした開発を推進している以上、銀行は利息による収入が見込めること
になるわけだ。
 とはいえ、外形標準課税導入により銀行の負担が増えることは事実であり、都側から見れば税収の増加が
見込まれることになる。ところがせっかくの増収も、いつまでも公共事業を推し進めていたのでは、大きな
効果を得ることはできない。そのため「銀行に厳しくゼネコンにやさしい政策」と椰楡する声もあり、
 それはディーゼル規制にも同じことがいえる。尼崎公判で国が敗訴したことは記憶に新しいが、その影響
から今後も引き続き幹線道路建設を推進してゆくためには、大気汚染への配慮が不可欠になるのは自明だ。
 そこで浮上したのがディーゼル規制なのではないか、との意見も一概には、否定できないからだ。
純粋に大気汚染の改善を目指すなら、道路を建設したすぐ近くに住宅を建てようなどと考えること自体が
不自然である。都民の健康を最優先に考えれば、ディーゼル規制とともに住宅地付近への道路の建設計画も
控えるのが当然である。しかし現実は自動車業界を標的にする一方、やはり「ゼネコンにやさしい政策」が
まかりとおっているのだ。

     
環境庁の存在価値は誰が決めるのか

 ハゼサミット終了後の6月28日と30日、実行委員会(各団体の代表)は採択された宣言文を手に、それぞれ
環境庁と運輸省に対し申し入れを行なった。埋立認可とともに着工される可能性がささやかれるなか、ハゼ
サミットの参加団体の期待が両省庁に集中しているだけに、その対応が注目された。
 しかし、結果は参加者のひとりがつぶやいた一言に集約されているといっていいかもしれない。環境庁を
訪れた際、十六万坪に面する東雲に住む住民が「がっかりした・・」と漏らす一幕があったのだ。
 この一言はある意味、国の環境行政を司る環境庁の現実を端的に示している。
 対応にあたったのは環境庁長官官房・塚腰光男総務課上席環境調査官。残念ながら彼の口から終始積極的な
発言を耳にすることはなかった。要約すると「環境庁としては埋め立てがダメだとは言えない。環境に著しい
影響があるかどうかという観点から判断するのであって、埋め立てそのものに対して、東京都の計画はけしか
らんということにはならない。個別具体的なものに対しては、地方公共団体の問題になる」というもので、
個別具体的な問題(地方公共団体の事業)には対応しきれないという。
 また、「東京湾全体の保全を考えて欲しい」との要望に対しては、「それは難しいのではないか。たとえ
環境省になったとしても、埋め立てが全部ダメだとはならないと思う」と語った。
 確かに有明北地区埋立事業の場合、50ha以下であることから、環境庁には何ら権限がないことになる。
 しかし、絶滅危倶種のエドハゼが発見されていることからも、何らかの意見を述べる必要性はあるはずだ。
ところが、たとえ絶滅危倶種が生息していたとしても、法的権限のない立場であることを強調する。
「皆さんのご期待は分かりますが、行政というのは法的な動きしかできない、それを無視して口を出すことは
組織として行政組織として成り立たなくなるわけです。一応決められたとおりにやらなければ、環境庁の存在
価値を他省庁から問われてしまいますし、なかなか難しい」と語る。
 さらに、「環境庁だからといって、何でも環境問題に口を出せるわけではない。東京都は何も意見を求めて
いるわけではないですし、言われる筋合いはないという話になりますよね」と。これらの発言からも環境庁の
力量不足は否めない。他省庁から存在価値を間われることを気にする以前に、国民から支持されなくなることを
心配する方が先ではないだろうか。その存在価値は国民が判断すべきものであり、他省庁によるものでは決して
ないはずだ。
 また、権限についてだが、公有水面埋立法の施工規則によれば、「環境保全上特別の配慮を有する埋め立てに
ついては、環境庁長官が意見を述べることができる」とあり、それがエドハゼに相当するとは考えられないのだ
ろうか。それもできないのであれば、環境庁が定めるレッドリストそのものも無意味な存在となる。これでは
自然保護団体が「がっかり」するのも無理はない。ただし環境庁の面目のためにも補足しておくが、自然保護局
内部には真剣に日本の環境を保護したいと考える人々も多いと聞く。
 そうした若手の行政官のひとりひとりが、いずれ期待に応えてくれると信じたいものだ。

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