丸帆亭 萬釣報 #39_2 2000.4/21 更新                   
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釣り人の間では"十六万坪”の愛称で親しまれている東京都有明北地区。
本来なら、アメニティーの場として、もっと活用すべきだが、
埋め立てて縮小しようとしているのだから、時代に逆行していると、
言わざるをえない。
  ハゼの一生と移り変わる釣趣
 私は、この夢の実現に向け、所属研究所の仕事として、昨年から東京湾のマハゼの生態研究
に取り組んでいる。共同研究者である鹿島建設株式会社.葉山水産研究室の棚瀬信夫室長は、
東京湾のマハゼの生態を、季節ごとの釣り方と絡めて、分かりやすく図示している。
 早春、海底の巣穴の中でフ化した全長5@の仔魚は、海の表中層に分散して浮遊生活を始め
る。仔魚はプランクトンを食べて成長し、遊泳力が備わると、積極的に浅い岸辺に向かう。
 特に、塩分が低い河口や運河などの泥干潟へ高密度に集まり、生活の場を海底に移す。着底
後は、潮の干満に応じてごく浅い海底を移動しながら、ヨコエビ類やゴカイ類を食べ、河川の
干潮域にも入り込む。成長は速やかで、7月には全長10Bに達する個体も現われ、釣りの対象
になる。夏の育ち盛りのハゼは食欲旺盛で警戒心も弱く、釣り人からはデキハゼとか夏ハゼと
呼ばれ、親しまれている。河川や埋め立て地周りの陸っぱりで数釣りが楽しめる。
 秋はハゼ釣りの最盛期。平均全長は10B台になり、釣趣も格段に向上する。水深3~5mのタ
カ場と呼ばれる浅瀬に多くなり、投げれば陸からもねらえるが、船やボートからの釣りが中心
になる。江戸前名物の天ぷら船も秋が一番のかき入れ時だ。
 冬は産卵に入る。11月を過ぎると、成熟したハゼはケタと呼ばれる水深10m前後の産卵場
に移動する。釣りでは落ちハゼまたはケタハゼと呼ぶこの時期、食いが不活発で釣りにくくな
るが、20B近い大ものがそろい、ファンを夢中にさせる。寒風吹きすさぷなか、微妙なアタ
リと強い手ごたえに酔いしれるベテラン向きの釣りだ。
 この時期、オスの口は幅広いシャベルのような形になり、メスは卵で腹がふくれ、外見から
容易に雌雄が判別できる。オスは口で海底に1.3mもの深さの巣穴を掘り、メスを招き入れて
産卵させる。産卵直前までメスの卵巣は大きく発達するのに対し、オスの精巣は極めて小さい
ままである。かつては専門家も、オスは成熟しないのではないかと疑ったほどだ。
 しかし、小さな精巣の秘密は
巣穴にあった。巣穴の狭い空
間で受精させるため、精子は
少量でこと足りる。一方、巨
大な巣穴掘りに膨大なエネル
ギーを要し、産卵後も卵を守
らねばならないため、
 成熟に要するエネルギーを最小限に抑え、その分を活動エネルギーに回しているのであっ
た。メスは産卵後に死に、オスもーヶ月後、卵の保護の役目を終えて死ぬ。ところが、なか
には成長不良のため成熱できず、死ぬことなく翌春を迎える例外がいる。それが、いわゆる
ヒネハゼだ。小さなデキハゼに混じって、飛び抜けて大きなヒネハゼが釣れてびっくりした
経験があるだろう。ヒネハゼは2度目の冬に成熟し、一生を終える。ハゼの個体数が多く、
1尾当たりのエサが不足すると、ヒネハゼの出現率が高まると考えられている。
 したがって、ヒネハゼはハゼの資源量を測るバロメーターともいえる。東京湾ではヒネハ
ゼが姿を消して久しいが、ここ数年、また姿を散見できるようになった。ハゼ資源が上向い
てきた兆しと受け止めたい。

綱渡りから安定へ
 産卵場が水深10m前後のやや深い海底に形成されること、産卵期が冬であることの2点は、
激変する東京湾でマハゼが生き延びることができた重要な要因である。当然、海は浅いほど
埋め立て工事は安く上がる。最も激しい埋め立て攻勢にさらされた高度経済成長期、埋め立
ての採算ラインは水深10m以浅にあったという。
埋め立てで消滅した産卵場も多かったが、目前まで埋立地に迫られながら、何とか存続した
産卵場もまた多かった。そして、産卵場がある湾奥の水深10mの海底は、表層と底層の間で
海水が混合しなくなる夏期を中心に、貧酸素塊に見舞われ、死の世界になる。もし、産卵期
が冬期以外にずれていたら、貧酸素塊の影響はまぬがれなかったであろう。こうした生態と
人為的環境改変との微妙なマッチングにより、近年までマハゼは繁栄を続けてきた。
 しかし、その後に施行された羽田空港の沖合拡張や中央防波堤外側南部の埋め立ては、残
り少ない貴重な産卵場を飲み込んでいった。綱渡りをするように湾岸開発に耐えてきたハゼ
にとっても、もうこれ以上の産卵場の喪失はくい止めなくてはならない。湾奥の三番瀬、三
枚洲周辺の大規模な産卵場はもちろん、多くの釣り船が集結する東京都有明地区に点在する
小規模な産卵場の保全にも注意を払う必要がある。ハゼが育つのは浅い海。埋め立て計画の
見直しに揺れる三番瀬は、東京湾内で最も多くのマハゼを育んでいると推定される育成場で
ある。
 江戸前ハゼの復活を望む釣り人ならば、三番瀬問題に無関心ではいられないはずだ。
さらに、ハゼを守るだけではなく、積極的な環境復元の手段を講じなければ、本当の意味で
のハゼ釣りの復活は望めない。次ページからは、そうした夢が、具体的なプランになりつつある、川崎・横浜両市の再編計画を中心に、興味深い研究データを紹介していきたい。

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