[江戸前の海十六万坪(有明)を守る会]
情報、其之参拾壱  2001.1/27
[ 欧米が選んだ「自然再生」という治水対策 
雑誌”つり人” 2001年3月号より

 
[国際シンポジウム]
「21世紀の公共事業のあり方を求めて」より
つり人3月号より全文転載  浦 壮一郎 写真・文
 
欧米での治水対策は「自然再生」が主流になりつつある。コンクリートで河川を固める従来の近代工法では、結局のところ洪水を防止することはできず、実は自然再生こそが最も効率的な治水対策になると欧米は気づいたのである。「公共事業のあり方を求めて」から、ダムや護岸工事に代わる新たな治水対策について考えてみたい。

[日増しに高まる公共事業問題への関心]

 
ムダな公共事業に対する人々の関心は日増しに高まりつつある。それは昨年12月に都内で開催されたシンポジウムに参加した者なら、おおいに実感できたはずである。北海道から沖縄まで、全国から自然保護団体が集い、また同時に多数の一般市民が訪れたからである。景気対策と称する公共事業の問題点に、多くの国民が疑問を持ち始めているその表われといえることだろう。
 シンポジウムの第一部では、「21世紀の公共事業のあり方を求めて」と題し、海外ゲストの解説により、欧米で実践される自然再生の試みを紹介。第二部は、毎年長良川河口で開催されている催しが東京にその場を移し、長良川DAY2000in東京「市民が望む公共事業ナイト」と題して、全国でまかりとおっているムダな公共事業と、その問題点が紹介された。
 ここで特筆すべきは、午後1時半から夜の8時までと、長時間にわたるシンポジウムだったにもかかわらず、終始、民主党代表・鳩山由紀夫議員の姿があったことだ。このような催しがある場合、政治家は概ね、開会の挨拶をするだけで会場をあとにする場合が多いものだが、熱心に専門家や現地の報告を聞くあたり、鳩山代表が公共事業の問題、ひいては財政健全化に向けて真剣に取り組もうとする姿勢が伝わってくる。なお、閉会式の場で鳩山代表は、ダムなど大規模開発の抜本見直しを参加者一同に約束した。

 元WWFドイツ、オーストリア所属、中央・東ヨーロッパ環境管理コンサルタントの力一ル・アレクサンダー・ジンクさん「湿地など氾濫原を再生することによって、洪水の危険1性を軽減することが可能」と語り、自然再生こそ効率のよい治水対策であると解説
 オランダの政府高官であり、交通・公共事業・水管理省代表のスタン・力一クホフスさん.オランダのハーリングフリート河口堰は「2005年にゲートを開放することになった」と発表、河口周辺の環境に致命的なダメージを与える河口堰もすでに、建設する時代でないことはもとより、既存の堰はゲートを開放するのが当然の処置であることを強調
 ロッテルダム・エラスムス大学研究員のカースチンーシュイットさんは、自然が持つ機能の経済的価値と開発にかかる費用との関係、いりゆる「生態系費用対効果の分析」について報告。オランダのライン川周辺を例にすれば、自然の損失額は「50年間で実に286億ドルにも上る」と言う。逆にし、えば、自然が仮に正常な形で機能していたら、人々は286億ドルもの利益を得ていたことになる
 リビングリバーズ代表・オーエン・ラマーズさん。ダムの寿命、それに伴う危険性について触れ、「寿命を迎えたダムに対して改修を加えるよりも、撤去したほうがコストが安い」と語るとともに、世界の潮流を例に「ダムの撤去はすでに当たり前のこと」と結んだ

    [自然再生という水害防止策]

 昨年12月17日、東京・九段会館で開催されたシンポジウムではドイツやオーストリア、オランダ、アメリカなどで実施されている「自然再生の試み」が報告されたが、これらは単に自然を再生させることだけが目的ではない。開発推進派の中にはよく、「人々の生活よりも自然保護を優先させるつもりか」といった類の問いかけをする人々もいるが、海外ゲストの報告はまさに、その問いに対しても明確な解答を提示している。
 欧米でも自然保護を最優先に考えたのではなく、人々の生活を守ることを前提に、「治水や利水を効率よく実現させるために.はどうすればよいか」ということがまず第一に考えられた。その結果、彼らは「自然を再生させることが最良だ」という結論を導き出したのである。
 ダムやコンクリートで固める河川改修では、結局のところ水害を抑止することはできなかったのだ。これら近代工法を採用してからも幾度となく水害が発生し、また各国の財政をひっ迫させる原因にもなってしまった。低コストでかつ効率よく治水.利水を実現させる方法、それが自然再生だったというわけである。
 日本の現状はどうだろうか。かつて欧米を見習い、日本の川もコンクリートで固められ、現在、ダムのない一級河川は釧路川の1本のみとなっている。ところが昨年の名古屋がその典型であるように、水害は相変わらず発生している。しかも今後は、すでに耐用年数を迎えたダムがいくつもあることから、ダムの決壊という最悪の事態すら予想される。欧米が考え出した近代工法は、日本においても治水対策になり得なかったといっていいだろう。
 各国はすでにその誤りを認め、自然再牛へと動き出している。わが国も転換期を迎えてもよさそうなものだが、河川行政は相変わらず近代工法にしがみついているのが現状だ。そして気がつくと、日本が抱える赤字は666兆円にまで膨れ上がることになった。水害で人々の生活が脅かされる以前に、日本は財政難で潰れることになるのかもしれない。

   
[河口堰のゲートを開けるオランダ]

 ではここで、海外ゲストの報告をおおまかに紹介しておくことにする。詳しく書くことはできないが、重要なのは各国の川に対する考え方である。
 元WWFドイツ、オーストリア所属、中央・東ユーロッパ環境管理コンサルタントのカール・アレクサンダー・ジンクさんが、ドナウ川などの再生事業を例に、ダムが与える被害と湿地の回復、そして治水に効率的な河川管理について解説した。それによると、かつて氾濫によって形成された土地、湿地などの氾濫原(集水域)を有効に利用する治水対策のほうが、より効率的だということである。これは、いわゆる遊水池に成りうる土地を確保し、川の流れに自由度を与えようというものだ。「土を掘ったり、土手を動かすということはあまりせずに、川が勝手に動けるようにする。これが大切なことです。川の形というのはエンジニアが造るのではなく、川が勝手に造っていくもの。この考え方を取り入れれば、川が新たな土手を造ってゆくことになります」
 小さな氾濫を許容し、川に自由度を持たせることこそが重要だとジンクさんは言う。また、「湿地を再生することによって、洪水の危険性を軽減することが可能です」と、氾濫原の利用について強調した。日本の場合、氾濫原には水田など田畑が広がっている場合がよくある。ヨーロッパの考え方を取り入れるなら、これらの田畑は水害時、遊水池として水に浸かることになる。しかし人的被害の軽減に大きな役割を発揮するだけでなく、養分が運ばれてくることによって、農地に最適な土壌が形成されることにもなるのだ。既存の遊水池に見られるように、もともと日本にもこの考え方は古くからあり、それを見直せばよいわけだ。そして水害時にそれなりの補償金を支払うのは当然のことだが、このほうがダムなどの大規模開発を繰り返すより、大幅な低コスト化が図られることになる。


 自然再生の動きは、日本が近代工法を学んだオランダでもすでに始まっている。オランダの政府高官であり、交通・公共事業・水管理各代表のスタン・カークホフスさんは、オランダ国内での懸案事項になっているハーリングフリート河口堰の運用について解説。長良川河口堰のほか、わが国の河口堰にとっても参考になる施策を提示した。ちなみにオランダの交通・公共事業・水管理者は、日本では建設省(省庁再編後は国土交通省)にあたる行政機関である。カークホフスさんは言う。
 「ハーリングフリート河口堰は、建設後、生態系の悪化が明らかになったことはもとより、大量な堆積物が問題になっている。しかもそれは2100年前後にはより深刻な問題に発展することが予想される。その解決策を検討した結果、2005年にゲートを開放することになった」と。
 ハーリングフリート河口堰と同様に、長良川河口堰も堰運用後、さまざまな悪影響が指摘されてきた。シジミの絶滅、サツキマスや天然アユの遡上量の激減をはじめ、ヘドロの堆積など、その問題点はどの河口堰にも共通するものだ。そしてオランダでは、深刻化するこれらの問題を打開するために、ゲートの開放を決定した。わが国もオランダの間違った河川工法にしがみつくのではなく、誤りを認めた現在のオランダに学ぶべきなのである。


    
[自然が持つ機能の経済的価値]

 海外ゲストの報告は「川の再自然化が治水対策に効果的である」という点で一致しているが、同じくオランダのゲストから、自然の大切さは分からずとも、金勘定ならできる建設族議員や経済学者にも分かりやすい研究内容が提示された。
 ロッテルダム・エラスムス大学研究員のカーステン・シュイットさんは、自然が持つ機能の経済的価値と開発にかかる費用との関係、いわゆる生態系費用対効果の分析について報告。これは過去において無視されてきた生態系の機能を、金額に置き換えるというものである。
 その研究結果について話を進める前に、生態系の持つ機能がいかなるものか、まずは認識しておく必要がある。シュイットさんは、「生態系の機能は、人間を含めた地球上の生命を維持するのに重要な役割を果たしており、それには大きく分けて4つの機能があります」と解説した。
 この中身については、まずひとつめが、栄養素の供給や人間を含む生物の排泄物をリサイクルし、水系の保護に役立つ機能。ふたつめは人間の居住、耕作、あるいはエネルギーの転換などにスペースを提供するもの。3つめは生態系が人間に対して資源を提供する機能であり、たとえば食糧、飲み水、原材料などを提供してくれるもの。最後に、科学的、美的、あるいは精神的な情報を提供し、人々の精神的な健康に役立つ機能である。
 そして、これら生態系が持つ機能を経済的な価値に置き換えるには、2つの計算方法が用いられる。そのひとつがマーケットプライシングで、これは直接的に市場での価値で表わすもの、たとえば魚や材木といったものを市場価格で表わす手法だ。ただしこの計算方法だけでは、生態系の大半のものが市場メカニズムの外側にあることから、ほんの一部を金額に換算したにすぎない。
そこでもうひとつ、シャドウ・プライシングという計算方法が用いられることになる。これは人工的に生態系の機能を金額として想定するもので、例を挙げると飲み水や自然が持つ保水能力の換算、さらに人々が自然公園に行くために支払う旅費(交通費、入場料、宿泊費ほか)なども、そこには含まれることになる。
 「このような計算によって、生態系の機能というのは、生きる者にとって非常に大きな価値を持っていることが認識できます。そして、これらの価値を除外してしまうと、開発の意志決定に際して大きな偏りが生じることになる。短期的には利益がコストを上回ることがあっても、そのコストは社会全体が担っていかなければいけなくなるのです」
 この計算方法に沿って、オランダのライン川周辺について計算された自然の損失額は、50年間で実に286億ドルにも上るという。この金額は即ち、自然が仮に正常な形で機能していたら、人々は286億ドルもの利益を得ていたことになり、自然がいかに大きな利益を我々人間に与えているかが分かるというものだ。
 これらの計算や考え方を、日本でもぜひ採用していただきたいところだが、現在はまだ、先進国であるにもかかわらず自然の機能についてはほとんど議論されないままである。それどころか、オランダではシャドウ・プライシングの計算方法に旅費までも含ませているのに対し、日本では自然をせっせと壊し、地方特有の魅力を削いだ上で、赤字確実の空港を建設するといった例が至る所で行なわれている。そこには自然の価値どころか、建造物に対してすら費用対効果という視点は皆無。単なる予算のバラマキが横行しているにすぎない。

    
[ダム撤去が地域活性化の特効薬に]

 海外ゲストとして最後に報告を行なったのは、ダムの撤去運動を進める「リビングリバーズ」代表・オーエン・ラマーズさんである。アメリカでのダム撤去を例に、ダムの問題点、その解決策について説明した。アメリカでダムの撤去がすでに始まっていることは、本誌読者の方々ならすでにご存じのことと思うが、それも他の海外ゲストの報告と同様、単に自然を保護(再生)するための措置ではない。
 アメリカでは多くのダムがすでに寿命を迎えていることから、すべてのダムの目録を作成し、流域住民に対しその実態を明らかにしている。それによれば、約32%のダムが非常に危険、あるいは著しく危険だと判断されており、2020年までには85%のダムが寿命を迎えてしまうという。ここでいう危険性というのは、いわゆるコングリートの劣化によって「決壊」の可能性があるということだ。
 日本の場合、ダムの寿命について建設省が何らかの発表を行なうなど望むべくもなく、その危険性について語られることはない。しかし日本のダムも例外ではなく、多くのダムが寿命を迎えつつある。これまでダム取材を進めてきた筆者の私見を述べるなら、建設省はまるで、「どこかのダムが決壊するまではその危険性はふせておき、できるだけ建設し続ける」と考えているのではないか、とさえ思える。
 いずれどこかのダムが決壊することは明らかだが、そうなれば新たなダム建設はおそらく不可能になるだろう。それまでは、「とにかく造り続けよう」ともくろんでいるのではないか。国民の安全を優先するなら、アメリカのように危険なダムはどれか公表すべきだが、今の建設省(国土交通省)にそのような姿勢は見られない。
 一方のアメリカは、ダムが抱える問題点を解決するために撤去という道を選んだ。ダムはコンクリートそのものに寿命があるだけでなく、「堆砂」というもうひとつの問題点があり、これらの問題点を総括したとき、撤去がもっとも合理的な結論だったからである。ラマーズさんは言う。
 「寿命を迎えたダムに対して改修を加えるよりも、撤去したほうがコストが安い。そしてダムの撤去はすでに当たり前のことなのです」と。さらにオランダの例と同様、ダム建設の経済的損失についても触れている。
 「漁業という点で見ても、特にサケ科魚類の漁獲高は70%が失われております。その原因はダム建設にあります。こうした漁業を再生するためにも、ダムの撤去が大きく貢献することになります」
 これまでアメリカでのダム建設は、日本と同様に経済効果が期待されてきた。ところが建設業者が利益を得る一方、他の産業が衰退するという結果を招いてしまったのである。
 それは日本でも同じことがいえる。ダム建設は早い話、完成したら終わりだ。その後、また新たな公共事業を誘致しなければ、建設業者は仕事を失うことになる。その結果が予算のバラマキを招き、悪循環によって、国の借金は返済不能な額にまで膨れ上がるという事態にまで発展している。
 ところがダムを撤去することで、沿岸漁業など地域の地場産業が回復することにつながる。それは地元にとって、永続的に利益をもたらすことになるだろう。そして、ごくごく小さな漁村にも活気が蘇るはず。最近は地域の活性化のために、地方自治体では新たな産業の模索に躍起になっているが、その特効薬となる施策は一向に見つかる気配がない。そこで、新たな産業を求めるのではなく、発想を転換し、かつての産業を取り戻す……。つまり沿岸漁業など、地域の実情に即した産業の回復を図れば、それが振興策になってゆくはずだ。アメリカの例に習えば、ダムの撤去こそが地域活性化の特効薬と成り得るはずである。

   [自然再生という公共事業の可能性

 海外ゲストの報告後、民主党の鳩山由紀夫代表とニュースキャスターの筑紫哲也さん、そして法政大学の五十嵐敬喜教授の3名が壇上に上がり、日本の現状と問題点について話し合った。
 その中で筑紫哲也さんはまず、海外の例と日本を比較した際の感想を述べた。
 「日本には近代工法の是非について議論する時に、(国民の声を)政治や行政に反映させる術がない。それは民主主義がないに等しい」
 鳩山代表が横に座っているためか、筑紫さんはまず、ダムの問題がどうのと言う前に、民主主義が欠落していることを指摘し、口火を切ったのである。
 
これに対し鳩山代表は言う
「公共というものに対する捉え方が、海外と日本とではぜんぜん違う。(日本では)公共というのは全部、役人がシナリオを作って事業を行なってしまう。治水ひとつとってみても、それ(従来の手法)が安心だと思っていたものが実はそうではなかったんだという、その頭の切り替えができていないのが私たち政治家。特に国民の皆様方の意識がここまで高くなってきているということを、私はむしろ感謝しながら、早く政治が結ぴついていかなければいけない」と、
 このように、冒頭は日本の民主主義、国民意識について議論が交わされることになった。
 次に具体的な対策についてだが、ダムや河川改修といった公共事業は、その必要性について充分な議論をせず、雇用確保のために行なわれてきたという一面がある。しかし、自然の.再生という事業に対しても、雇用が確保されることは常々指摘されてきた。ここでもその点が話題に上った。
 「近代工法で川を真っ直ぐにして三面張りにしてきたわけですが、それをゆっくりゆっくり元に戻すと、公共事業は3倍くらいある」(筑紫)
 「それによって自然が蘇るのなら、私は時間がかかったとしても、やるべきだと思います」(鳩山)
 「雇用の問題をいうのならば、同じお金がかかるとしても、そういう方向に転換すべきだと思います」(筑紫)
 「その点について私がヨーロッパで学んだ.ことは、非常にコストが安いことと、そのほうが安全だということです」(五十嵐)
 「大事なことは住民参加の元で事業が行なえるシステムに変えること。何でも国が縛っていないと自分たちの政権が安定しないという、中央集権的な国家の在り方が見直されなければならない」(鳩山)
 と、このように、自然の再生と、それを実現させるために障害となっている日本のシステムについて、さまざまな議論が交わされた。そしてシンポジウムの最後には、政権交代が実現した折に鳩山代表は、ダムなど大規模開発の抜本見直し、そして自然の再生を参加者一同に約東したというわけである。
 なお、このシンポジウムでは、民主党からダム建設や旧来の河川改修に代わる「緑のダム構想」が発表され、森林の復元を含めた治水対策への指針が示された。民主党はすでに公共事業の抜本見直しを公約に掲げているだけに、それに代わる政策が出てきたことで、同党のやる気を感じさせる。
 来る夏の参院選がまず最初の山場となるが、最近では政党政治の在り方に疑問を呈する声も多く、それは民主党とて例外ではない。無党派層の声をいかに政治に反映させるかが、民主党をはじめ各政党にとっての大きな壁になる。ともあれ、政権交代を実現させなければ日本は何ら変わることはないのである。


鳩山由紀夫 民主党代表
筑紫哲也さん
五十嵐敬喜 法政大教授
天野礼子さん