「虫の目」写真の試み


 光は電磁波の一種。波長によって,いろいろな特性があります。
 普通,我々が「光」として認識しているのは,波長で言うと380nm〜780nmとされていますが,この範囲の端っこのほうは,眼の感度も低くなってしまい,あまり良く見えていませんから,実用上は400nmを少し超えたぐらいの領域から700nmぐらいまでを使っていると考えられます。
 この波長域より短い部分が紫外線,長いほうが赤外線と呼ばれます。

 ところで,この可視光の範囲と言うのは,生き物によっても少しずつ違っており,ミツバチではかなり紫外線のほうにシフトしていることが知られています。昆虫は全般に,人間よりも短い波長が見えているようです。まぁ,実際には大気の吸収などによって,地表には,あまり短い波長の紫外線は届いていませんから,せいぜい300nmぐらいまでの近紫外線領域が見えている,と思われます。

 昆虫に蜜を提供して花粉を運んでもらう花たちも,虫に見つけてもらいやすいように,花の色を進化させ,人には見えない近紫外線領域で,人の可視光の範囲とは異なった模様を持っているものが少なくない,と言います。この様子を特殊なカメラで撮影した画像を見たことがありますが,普段はお目にかかれない模様が浮かび上がった花の姿は,非常に興味深いものです。

 さて,「光る花」でも触れていますが,デジカメで花を撮影すると,肉眼で見た以上に明るく写ったり,どうしても露出補正が間に合わないことがあったり,どうしても花の色が上手く出ないことがあります。これはどうやら,デジカメが近紫外線領域に感度を持っていることが,トラブルの原因としてありそうなのです。……と言うのも,紫外線をカットするスカイライトフィルターを付けると,こうした問題がかなり改善されるのです。

 ……もし,近紫外線が写るのだとしたら,今使っているデジカメで,虫の見ている世界を垣間見ることが出来ないだろうか……

 さっそく実験です。


 紫外線透過・可視光カットフィルターと言うものが実際に製品化されています。しかし,写真用ではなく,工業用,実験用です。価格も少々高いので,とりあえず,一般的なカメラ用の機材で,いちばん短い波長を取り出してくれるフィルターを買い求めてみました。



 フジフィルムのアセテートフィルター,BPB-42。
 このフィルターは,おおよそ380nm〜460nmあたりを透過する,バンドパスフィルターです。素材はトリアセテートで,薄いフィルム状のものです。いわゆる「ゼラチンフィルター」と呼ばれている製品の1つです。
 見た目は青紫色で,肉眼的にはほとんど透過性が無いのですが,果たして……


 とりあえず,近所で花を撮ります。
 目指すのは紫外線撮影ですから,天気の良い日に直射日光の下で撮影します。天気予報で「紫外線の量が多いですよ」と言っている日が狙い目。

 まずはノーフィルター。



 ニガウリ(ツルレイシ)の花。「ゴーヤ」と言った方がいいかも。

 次に,フィルターをかけて撮影。



 カメラの露出計やAF機能は紫外線のことをあまり考えていないので,露出補正をいろいろといじくってみたり,ピントはマニュアルで合わせたり,いろいろと世話が焼けます。しかも,可視光のときに比べると,数十倍〜100倍以上の露出を要求します。さらに,レンズの収差補正も,この波長域のことまで考えて設計していないので,なんとなく像が甘くなります。
 ……そんなこんなを考えながら,それらしい像が捉えられる状態になるまで撮影条件を追い込みました。

 花の内側に,少し色の濃いリング状の模様が出てきました。
 なんだか,上手く行っているみたいです。

 この手の模様は,虫に蜜のありかを示すサインとして,「ネクターガイド」などと呼ばれています。


 他の花でも試してみます。



 おなじみ,ツユクサ。



 肉眼で青く見える部分のほうが,紫外線反射率が高いようで,非常に明るく写ります。
 これなら虫の目から見ても分かりやすい?



 キツネノマゴ。



 これもかなり明るく,花の中心に向かって放射状の模様が見えます。
 周りの葉との明るさの差を見てください。
 可視光で見たときよりも目立っているのでは?

(ちなみに,400nmぐらいの波長と,700nmぐらいの赤い光は,葉っぱの葉緑素が最も効率良く光エネルギーを吸収し,光合成に利用している波長域ですから,葉っぱが青〜近紫外線を反射しないのは,元気に光合成をしている証拠でもあるようです)



 カタバミ。花全体が黄色く見えますが……



 花の中心部の色が濃くなっています。


 虫の目は近紫外線も見えていると言いますが,たとえばミツバチは,青〜緑の波長域も見えているわけですから,紫外線だけを見ているわけではありません。人間の目の感度のピークが緑色(500nmぐらい)にあることを考えると,ミツバチの目は,この作例で使ったフィルターの守備範囲に近い,400nmぐらいに感度のピークがあって,花たちもその波長域で目立つようなデザインを持っている,と考えると,なんとなく,つじつまが合ってきます。
 そう言う意味では,あえて紫外線だけを切り取らずに,青〜近紫外に近い領域を撮影したほうが,より,虫の見た世界に近づけそうな気がします。
 実際,この領域の波長で見た花は,人間が肉眼で見たものとは違う世界を見せてくれていますし……。


 とりあえず,虫の目に近づこう,と言う試みは,上手く行きました。
 ここまで来ると,今度は,もう少し短い波長も見てみたくなります。
 さらに虫の目に近づくべく,近紫外/青/緑で擬似カラー合成なども試みたら,面白いかな,などと思います。

 引き続き,いろいろと実験してみようと思います。


(2004年9月11日記)

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