糸引く花粉(夏バージョン)


 花は,なぜ咲くのか?
 それは,種を残し,子孫を繁栄させるための手段であり,また,多くの花は,「有性生殖」と言う生殖形態,つまり,花粉を作り,めしべにつける作業をすることにより,遺伝子をシャッフルし,遺伝的多型性を作ることで,進化を進めたり,環境変化に適応できる機能を強化しています。
 花は,植物の生存にとって,もっとも重要な機能を持った器官だといえます。

 ……と,「春バージョン」の書き出しを,そのまま引用して,話をすすめることとしましょう(笑)。
先に「春バージョン」を読んでいただけると,もっと楽しく読めると思います。


 「春バージョン」では,ツツジの花粉の粘着糸について紹介しました。今回は,マツヨイグサの花と花粉を観察してみましょう。マツヨイグサもツツジと同じように,花粉に粘着糸を持っています。ツツジはツツジ科,マツヨイグサの仲間はアカバナ科。この,分類学的には離れている花が,同じようなしくみを持った花粉を作るのは,ちょっと興味深いことです。ぜひ,「春バージョン」と読み比べて,お楽しみください。

 マツヨイグサ……よく,この花のことを「月見草」だと思っている人がいますが,月見草とは別の花です。実際,夜に鮮やかな黄色い花を咲かせ,朝にはしぼんでしまうのですから,イメージとしては「月見草」と呼んでもいいかな,と言う雰囲気もありますけどね。
 さて,夜咲く花には,いくつか共通した特徴があります。
 まず,暗い場所でも見つけやすい,鮮やかな色の花が多いこと。たとえばカラスウリやヨルガオは,白い,目立つ形の花をつけています。
 次に,匂いがあること。暗い場所では,匂いを頼りに,花粉を運ぶ虫が飛んでくることも多いのです。オシロイバナのように,遠くからわかるほど強い匂いを出している花もあります。もちろん,マツヨイグサも,良い香りがします。
 そして,花粉を送る相手を選ぶような花の形と,しっかり花粉を運んでもらうための工夫。

 こうした,夜咲く花の特徴を考えながら,マツヨイグサの観察をしてみましょう。


 暗闇に咲くコマツヨイグサ。ストロボを当てると,光をよく反射します。
 マツヨイグサの多くは,1本の花茎に1個ずつ花を咲かせます。これには「近親交配」を避ける効果がありそうです。


 花粉を指につけてみると,ツツジの花粉と同じように,糸を引きますが,ベタベタ感はありません。ツツジよりも,ざらっとした感触です。

 では,マツヨイグサを解剖してみましょう。


 花の中心部のアップ。花粉が糸を引き,おしべとめしべにからんでいるのが,わかります。


 断面を見てみましょう。意外と奥行きの深い花です。花びらの後ろ側に長い筒が発達し,その中には蜜がたっぷり入っています。種になる「子房」の部分は,めしべの付け根の,いちばん奥にあります。

 マツヨイグサの花粉を運ぶのは,おもにスズメガの仲間です。ほとんどのスズメガは夜行性で,マツヨイグサもスズメガの活動時間帯に花を開いています。スズメガは動きが速く,移動量も多いので,遠くまで花粉を運んでくれますが,スズメガの体に花粉をつけるのは,そんなに簡単ではないようです。スズメガはものすごい勢いで羽ばたきながら蜜を吸います。しかも,スズメガは口がとても長いのです。エビガラスズメやキイロスズメなどの大型のスズメガは,口の長さが10cmを超えるものもあります。そのため,花によっては蜜だけ横取りされてしまうこともあります。
 この,スズメガに花粉の輸送を託すための工夫が,マツヨイグサのデザインを決めていると言ってもいいのです。
 長い口で蜜を横取りされないように,蜜を奥のほうに用意し,さらにおしべやめしべを花の前に突き出しています。蜜は,吸蜜時間を稼ぐためなのか,多めに用意されています。そして,花粉を確実に虫の体にくっつけるための粘着糸。さらに,めしべの先端には粘液が出ていて,花粉をキャッチしやすくなっています。花びらの色も,暗いところで目立つ,明るい黄色。そして,匂いでも花のありかをアピールしています。


 蜜が見えるでしょうか。

 では,花粉を顕微鏡で見てみましょう。


 ツツジに比べると,花粉が大きく,粘着糸も長いようです。花粉を指につけてみると,かなりザラザラした感じです。花粉の形がテトラポッドのように見えますが,この形には何か意味があるのでしょうか?

 マツヨイグサと同じアカバナ科の外来植物,ヒルザキツキミソウの花粉はどうでしょう。
 観察してみたら,この花の花粉にも粘着糸がありました。

 アップで見ると,「桃色のマツヨイグサ」って感じですね。
 ヒルザキツキミソウも,園芸種として輸入されたものですが,今ではかなり野生化して,「帰化植物」として定着しましたね。

 ……こうして,同じように粘着糸を持った,ツツジとマツヨイグサの花を比べてみると,それぞれの花の,受粉のための「戦略」の違いが見えてきますね。「昼の花」と「夜の花」の違いも,よくわかります。種類も違う,受粉を任せる相手も違う,この2つの花が,「粘着糸」と言う共通の道具を持つようになったことが,ますます興味深くなりました。


(2000年5月26日記)

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