糸引く花粉(春バージョン)


 花は,なぜ咲くのか?
 それは,種を残し,子孫を繁栄させるための手段であり,また,多くの花は,「有性生殖」と言う生殖形態,つまり,花粉を作り,めしべにつける作業をすることにより,遺伝子をシャッフルし,遺伝的多型性を作ることで,進化を進めたり,環境変化に適応できる機能を強化しています。
 花は,植物の生存にとって,もっとも重要な機能を持った器官だといえます。

 しかし,花粉が運ばれ,出来ることならば自分以外のめしべに,花粉をくっつけたい,と言う,花の目論見を実現するためには,植物は活発に動けませんから,花粉を運んでもらう手段を選び,その輸送手段となるものに,いかに効率よく花粉を輸送してもらうか,と言う方向で,さまざまな生存戦略が展開されているのです。
 早春に大量の花粉を飛ばすスギは,風に花粉を運んでもらいます。花粉がめしべに届くかどうかは,運しだいで,まさに「風まかせ」。そこで,花粉を大量に作る,と言う手段を使うのです。しかも,風の強い日が多い春を狙って花粉を飛ばします。また,落葉樹の葉が伸びる前に花粉を飛ばすので,落葉樹の葉に花粉の輸送を邪魔されにくい。スギが春先の,天気のいい,風の強い日に大量の花粉を飛ばすのは,ちゃんと意味があるわけで,花粉症の人をいじめているわけではないのです(そりゃそうだ)。

 そんな,花の生存戦略の巧妙さを,この花を使ってみてみましょう。


……ツツジです。おしべの先(葯)から,花粉が出ています。

 ツツジの花には,アゲハチョウの仲間やマルハナバチなどが訪れることが多いようです。
 蜜が花の奥のほうにあり,長い口を持った大型のチョウや,花にもぐりこんで口を伸ばすマルハナバチなどでなければ,蜜をなめることが出来ないのです。……
 そういう観点でツツジの花をもう一度,よく観察してみましょう。

 ラッパ状の花弁,手前に突き出たおしべ,さらに突き出ためしべ。
 この花で蜜を吸うアゲハチョウは足に,マルハナバチは体に,花粉がくっつきます。花粉のついた虫が他の花を訪れると,真っ先に,いちばん突き出ためしべに触れ,めでたく受粉が行われるわけです。

 しかし,ツツジが花粉輸送のパートナーとして選んだ虫……マルハナバチ類やアゲハの仲間は,そんなにたくさんの花粉を,体にくっつけることが出来ません。

 その問題を解決しようとする,ツツジの花の戦略を観察してみましょう。


 花粉がつながっているように見えませんか?

 角度を変え,違う花で撮影したもの,をもう1枚。


 な〜んか,花粉が納豆のように糸を引いているような感じに見えませんか?
 実際,花粉を指につけると,糸を引いているのがよく分かります。
 でも,ネバネバした感じはありません。さらっとしています。

 さらに,花粉を顕微鏡で観察してみましょう。


 これが「糸」の正体です。
 これは「粘着糸」と言うもので,花粉に長い糸状のものがついているのです。
 この糸で,花に来た虫に,花粉を絡みつかせていたのですね。

 なお,めしべの先端には,受粉可能な時期になると,粘液が出ています。
 これも,虫の体についた花粉を,効率よく回収する戦略なのでしょう。

 ひとつ,興味深いのは,マツヨイグサの仲間が,ツツジと同じように「粘着糸」を持った花粉を作ること。
 マツヨイグサは,夏の夜に咲く花ですから,花粉輸送のパートナーはツツジと違っていて,ガが中心です。とりわけ,花粉輸送にあまり適していないと言われるスズメガが,花を訪れることが多いのです。花粉輸送に関しては,スズメガの仲間は,「花泣かせ」の昆虫です。彼らは動きが速い上,体に花粉がくっつきにくく,さらに,口が長いので,おしべが体に触れにくいのです。その代わり,機動力があるので,花粉を遠くへ運んでもらうことも出来ます。マツヨイグサ類の花も,蜜を奥のほうにしまい込み,おしべを突き出し,粘着糸を持った花粉を作ることで,スズメガ類にも,効率よく,花粉輸送をしてもらえるようになっています。
 マツヨイグサ類はアカバナ科,ツツジはツツジ科。種類も全然違うし,花粉輸送のパートナーも違う。……そんな両者が,粘着糸と言う,共通の形態を持った花粉を作るのは,なかなか興味深いことだと思います。

 マツヨイグサについては,夏になり,画像が手に入ったら,もういちど紹介しましょう。


(2000年5月06日記)

→もどる