手持ちでも使える,5cm屈折望遠鏡


プロローグ

 頂き物のレンズがあるのです。
 どこのメーカーなんだか分からないジャンク品。
 新宿の「コプティック星座館」で売っていた,とのこと。
 ひとつは,直径52mm,焦点距離600mm。もうひとつは45mmで焦点距離は280mmぐらい。

 52mmのほうは,望遠鏡の対物レンズのような感じです。
 望遠鏡に組んだときの有効径が50mmとして,600/50=F12ですね。
 Fの小さい光学系がもてはやされる昨今では珍しい,長焦点レンズ。しかも,口径50mmって言うのは,いまどきの市販の天体望遠鏡には,ほとんど見られません。一体,どこから出てきたレンズなんだか……。
 でも,2枚合わせのアクロマートで,一応コーティングもしてある。

 一般に,レンズはFが大きいほど,設計に無理がなく,収差補正が良くなります。
 このぐらいFの大きい5cmアクロマートなら,アポクロマートの収差条件に迫る性能がある……かも知れない(設計と製造時の精度が良ければ……の話ですけどね)。安定した像が期待できます。
 しかしFの大きいレンズは,収差補正の良さと引き換えに,像は暗くなり,低倍率が得にくく,長〜い鏡筒となって扱いが悪くなります。もし望遠鏡を買うときには,この辺りのジレンマを,よーく頭に入れておかなくてはいけませんね。

 せっかくのレンズ,何か利用してやらないとかわいそう。
 ……にしても,長さ60cmの筒では,気楽に持ち歩けません。部屋に置いても邪魔になるし。
 一般的な口径5〜6cm級のフィールドスコープなら,対物レンズの焦点距離は300〜400mmぐらいです。せめて全長40cm以内にしておかないと,持ち歩きは面倒です。
 また,稼働率を上げてやりたいので,正立像が得られるようにして,星も地上も見てやるような設計にしたい。さらに,接眼部にある程度の角度をつけた「対空型」にしておけば,星を見るときにも楽でしょうし……。

 ……そんなこんなで,いろいろと実験的要素を盛り込んだ構想の下,ちょっと変わったデザインの望遠鏡を作り始めたのでした。

構想

 まずは設計コンセプト。

・とにかく全長を縮めたい。
・できれば倍率20〜30倍ぐらいの低倍率を手に入れたい。
・高いほうの倍率は60倍ぐらいで,土星の環や月のクレーターがしっかり見えるレベルは欲しい。
・手持ちでも使えるようなデザインがいい。
・シロウトの工作でなんとか精度の出る素材と加工方法の選択。


 経験的に,扱いの悪い望遠鏡は,稼働率がどうしても上がりません。多少は光学性能の追求には目をつぶり,使いやすさに主眼を置きたいのです。「手持ちも可能」と言うコンセプトは,前回作った,4cm正立望遠鏡の手持ち使用での稼働率が非常に高かったことから得た結論です。窓際に置いておき,いつでも気が向いたときに外の景色を眺めたり,星を見たりできるのです。
 実は,かなり昔に,「お気楽望遠鏡」として,コンパクトなドブソニアン(フリーストップの簡素な構造の架台乗った,天体観望用の反射望遠鏡)を作ったことがあるのです。分解して小さくなるようにしたんですが,これが仇となり,セットアップの手間がだんだん苦痛になってきて,反射系のメンテの煩わしさも手伝って,なかなか稼働率が上がらなかった経験があります。手に持った瞬間,すぐに使える小型屈折は,こうした不満を一気に解消してくれました。


 ……こうしたことを考えつつ,ふと思い出したのが,「ユニトロンZ3」。ユニトロンと言うのは,おもにアメリカ向けの望遠鏡を作っていた「日本精光」と言う会社のブランドで,Z3はその中でも異色の製品でした。何が異色って,その光路デザイン。口径75mm,焦点距離1200mmという長い屈折望遠鏡を,2枚の平面鏡で光路をZ字型に折り曲げ,全長500mmに押さえ込んだものです。Z3は1979年の発売で,日本ではあまり売れなかったようですが,私の知る限り,こんな光路設計の天体望遠鏡を作って市販をした日本メーカーは,この会社だけです。


1980年頃,Sky & Telescope誌の広告ページを飾っていたユニトロンZ3の雄姿!
鏡筒は縮めても,架台はそのまんまですね。
多分,軽量化もしていないでしょう。
可搬性よりも取り回しの良さを売り口上にしていたようです。
赤道儀がクラシカルなのが泣かせます。
この赤道儀,あの当時としても,けっこう古めかしいデザインだったように思います。



 このユニークな設計のコンセプトを取り込めないだろうか。
 でも,経験的に,ミラーはあんまり好きじゃない……(反射鏡はメンテが面倒,と言うトラウマが……)。

 そこで,さんざん考えた挙句,1枚だけミラーを使うことで妥協し,ミラーと大き目の天頂プリズムで2回折り返し,「対空型」の角度を持った接眼部を引き出すことにしました。
 大まかな光路図は図のようなものです。



 途中にBORGの地上プリズムを組み込み,正立象にしています。買ってから気がついたのですが,この地上プリズムは,外径は2インチ(50.8mm)サイズなのですが,対物側の開口部が約17mmしかなく,意外と見掛け倒しで使いにくいものでした。大きいダハプリズムの製造が非常に大変なのは分かっていますが,もう少し大きくしてくれないかなぁ……。これではワイドタイプのアイピースはケラレが大きくなるので諦めるしかありません。オーソドックスなアメリカンサイズで,焦点距離25mmのアイピースと組めば24倍になるから,これでガマンです。

鏡筒を作る

  「折り曲げ鏡筒」の製作

 鏡筒の大部分は塩ビ管で作ります。VU50と言う,内径50mmの水道管パーツです。筒の肉厚は2mm。軽い望遠鏡ですから,この程度で剛性は十分でしょう。光路を斜めに折り返すので,塩ビ管を斜めにくり抜く作業が必要になりました。これを手作業で,プラスチック用ノコギリ1本でやろうと言うのだから,ちょっと精度に不安が残りますが,ま,削りすぎたらパテで埋めりゃいいか。
 ……で,電卓叩いておおよその切り出し位置を決め,ノコギリで切り出してから,サンドペーパーでゴシゴシ,気長に貼り合わせ面を仕上げます。折り返しの角度は22.5°です。この数字は,接眼部を取り付けるスペースをギリギリで確保するための結論です。これをさらに天頂プリズムで直角に曲げて焦点位置を引き出すので,接眼部は67.5°の対空型となります。中途半端な角度ですが,前作の4cm正立望遠鏡が45°対空型で,天頂付近の星を見るのには,首が少々苦しく,ちょっと角度不足を感じていたので,60°ぐらいは確保したかったのです。


出来上がった鏡筒本体のパーツ。左側のキャップが対物セルになります。


 対物セルと平面鏡セル

 鏡筒と同時進行で,対物レンズを格納するセル,そして,平面鏡を納めるセルを作ります。
 この2つの工作が,精度と光軸出しのカギとなります(ちょっと真剣)。

 対物セルのほうは,VU50の水道管を2本繋げるためのジョイントを使います。このパーツは,真ん中に内径50mmのリングがあって,両側からVU50の管をはめこむものです。このリングの上にレンズをぴったり乗っけるようなセルを作ります。ジョイントの内径は56mmぐらい。対物レンズの直径52mmとの間の差は,肉厚1mmの「ライト塩ビ管」の小さな輪切りに切れ目を入れて押し込んで,2mmの差を埋め,さらにその内側に植毛シートを貼って摩擦力をつけ,レンズをぐりぐり押し込みます。念のため,筒先にレンズ脱落防止用のリングをはめます。光軸調整機構は省略します。もともと水道管のジョイントなので,鏡筒にセルをぐりぐり押し込んで使うのですが,押し込み加減で光軸を出すことにします。


セルにレンズを押し込んでみました。
植毛紙を4箇所に貼って,摩擦を強くして入れてあります。
この後,内面に艶消し塗装をします。


 次に,光路折り返し用の平面鏡を入れるセルを作ります。これは市販の反射望遠鏡に使う斜鏡を利用します。ビクセンの短径36mmのものです。本来,斜め45°にセットする鏡なので,長径は短径の1.4倍ほどありますが,問題なく使えます。22.5°斜めに光を返してやるために,11°少々傾けてセットします。斜鏡を支持するパーツは,矢崎のイレクターのパーツで,金属パイプに被せるキャップを流用しています。鏡を取り付ける部分を少し斜めに削って所要の角度を出し,台座になる部分に4mmのネジを3ヶ所切ります。ここに「引きネジ」をつけ,台座の真ん中を後ろから押すような「押しネジ」1本,合計4本のネジで,VU50のジョイントに取り付けます。このネジの押し引きとジョイントの差し込み加減で光軸調整をします。鏡の取り付けは,強力両面テープで済ませました。これは薄いウレタン生地を挟んだ強力な粘着テープで,ウレタン生地のために,ほんのわずかだけ鏡が支持パーツから浮き上がり,鏡に無理な力がかからないようになります。


斜鏡支持機構。矢崎のイレクターのキャップを斜めにカットし,薄い塩ビ板を貼ってあります。


これに,強力両面粘着テープで,鏡を貼ってしまいます。(右側のが両面テープ)
鏡が剥がれる心配があったので,後日,脱落防止用の爪をつけました。

 鏡筒の仮組み

 ここまで出来た時点で,鏡筒の仮組みをします。レンズと鏡を入れ,おおよそ光軸が出せる目処が立ったら,各部の艶消し処理を行い,鏡筒本体と折り返し部分の接着をします。補強と穴埋めを兼ねて,接着部分にエポキシパテを押し込んでおきます。

 接眼部を作る
 接眼部のベースとなるのは,さっきから度々登場する,VU50ジョイント。
 ここに,内径2インチ(50.8mm)に加工した塩ビ管をはめ込むデザインとします。ここにBORGの正立プリズムを入れ,天頂プリズム,BORGの接眼ヘリコイドSと繋いで,アイピースを取り付けます。VU50ジョイントへの接続は,接着剤を使わずにはめ込み式とし,今後,必要に応じ,ジョイント部にいろいろなパーツをはめ込むことが出来る余地を残しておきます。使わないかも知れないけど…。

これでとりあえず完成
 鏡筒に塗装をして,各パーツをはめ込んで,とりあえず形になりました。
 三脚に固定して使うことも考え,カメラ用のネジもつけてあります。
 目標の「全長40cm以内」は達成されました。
 重さは,本体が660g,接眼部は460gになりました。
 プリズムが2個ついているので,接眼部が重くなってしまいました。



 アイピースに,笠井トレーディングで買った,PL25mm(台湾製)をつけて,倍率24倍。これでフィールドスコープとして使える目処が立ちました。このPL,アイポイントも長く,結構クリアな結像で,お買い得です。

 参考までに,青の塗装は水性アクリルスプレー,黒い部分は塩ビの粘着シートです。アクリル塗料は扱いが楽ですが,耐久性はどうでしょう? 塩ビシートは塗装に代わる,お手軽な仕上げ材料ですが,ちょっと割高でした(おかげで地上プリズムを入れている塩ビ管が,まだ無塗装…)。

 ストラップ
 この望遠鏡の最大の特徴は,手持ちでの使用。しかし,20倍を超える倍率を手持ちで使うのは大変です。そこで,接眼部近くにストラップを取り付けて首にかけ,抱きかかえるようにして使うスタイルを考えました(上の写真ではストラップを外しています)。
 実はこのアイデアは決して新しいものではなく,もう20年以上前にアメリカのエドモンド社が発売した「アストロスキャン」と言う小型反射望遠鏡にも,ボール形のフリーストップ架台とストラップが付属していました。エドモンド・サイエンティフィックのサイトには,「アストロスキャン」を抱えて使っている写真があります。


 …「アストロスキャン」のストラップは,どちらかと言うと持ち運び用ですけどね。


問題発生!
 天気が悪く,なかなか星が見えないので,遠くの水銀灯で見え味を確かめます。
 ……と,直線状のハレーションが,やたら目立つのです。
 光軸をいくらいじっても改善しません。光学系に問題がある?
 ……ふと,アイピースから眼を離した瞬間,中にきらっと光る直線が……正立プリズムが原因のようです。プリズムを回すと,ハレーションの方向も変わります。地上の風景では,気がつかなかった……。
 明るい星が尾を引くようでは,天体観望には向きませんね。

 泣く泣く地上プリズムを外し,ストレートにすると,確かに,ハレーションが消えて,コントラストも良くなります。…が,ピントの出る位置は,地上プリズムが消費していた光路が復元して,さっきよりもずーっと後ろに。

 これは,「天体用接眼ユニット」を工夫しなければいけませんね……


「天体観望仕様」にする
 BORGの地上プリズムはダハプリズムです。これを外すと,バックフォーカスが数cm伸びます。筒を継ぎ足して接眼部をつけると,ピントは出ますが,対物レンズより前に接眼レンズが出っ張るのが,どうしても気に入りません。
 このままではこの望遠鏡は地上専用にするしかないかな,と思いつつ,もうひとつ余っている45mm径のレンズが気になります。このレンズ,2枚貼り合わせのアクロマートレンズなんですが,しげしげ眺めてみると,後ろ側のレンズが,凹面になっています。こう言う設計のレンズって,フィールドフラットナーとか,フォーカルレデューサーに使うレンズみたい……ん?……レデューサー?!!……。

 アイピースと望遠鏡本体の間に,このレンズを置いてみて,いろいろと位置関係を変えて実験してみました。その結果,ちゃんとレデューサーとして使えそうなことが分かりました。明らかに結像位置が手前に引っ込んで,見え味も多少,改善されるようです。このレンズを接眼部の直前に組み込むことで,大改造することなく,天体観望用ユニットが作れそうです。

 次の休日,さっそく,2インチスリーブ→36.4mm変換アダプタを入手。これをBORGの正立プリズムの代わりに取り付けます。
 次に,レデューサーの位置を考えます。改造しなくてもピントの出る場所で,出来ればレデューサーとアイピースの距離は大きく変わらない場所……スリーブ変換アダプタにくっつけたら,どうだろう……と,レンズを入れたら,ぎりぎりの寸法で,スリーブ変換アダプタに入ってしまいました。ラッキー!2インチスリーブを受け止めるパーツを1つ作って,あっけなく完成。

 地上観察仕様との外観上の差は,ほとんどありません。もともとVU50管のジョイントですから,地上用←→天体用の交換も容易。……接眼部を接着しないでよかった……。天体用のユニットなら,地上プリズムによる視野の制約もありませんから,広角型のアイピースも取り付けられるかも知れません。

 この仕様の見え味なんですが,焦点距離が3割縮んで,420mmになります。25mmアイピースで16.8倍,約2度半の広視界が得られます。しかも,地上仕様のときに比べると,格段に収差補正が良くなっています。特に色収差による青色の滲みが目立たなくなり,わずかに紫色の滲みが見える程度まで改善されました。倒立像さえ気にしなければ,こっちのほうが楽しいかも。

 もともとが塩ビ管の組み合わせで作った望遠鏡ですから,パーツの組換えも容易なのが功を奏しました。いろんなパーツに組替えられることで,自作の楽しみも広がります。
 とっかえひっかえ,いろんな物つけて遊んでみようと思います。


さらに,その後……

  「天体観望仕様」の16.8倍は,なかなかの性能です。こうなると,地上用ユニットの使いにくさがどんどん気になります。……やっぱり,レデューサーと地上プリズムを組み合わせてみたい!

 そこで,鏡筒を含めて,デザインを見直しました。
 レデューサー入りのスリーブアダプターに45°正立プリズムを加えると,バックフォーカスは思い切り縮みます。そこで,鏡筒をストレートにして,ピント位置を決めてみると……全長40cm弱になりました。
 これなら気軽に持ち歩けます。さっそく,塩ビ管を切り出して内側に植毛紙を貼り,塗装します。


 ……で,こんなにコンパクトになりました〜。

 接眼部はこんなふうになっています。


 左から,2インチスリーブアダプタ(塩ビ製,自作),2インチ→36.4mmスリーブアダプタにレンズを押し込んだレデューサーユニット,BORG直進ヘリコイドS,45°正立プリズム,プローゼル25mmアイピース。

 これで,対物レンズ+レデューサーの合成焦点距離は約400mm。25mmアイピースで約16倍となります。これでフィールドスコープ並みの性能は,十分に確保されました。16倍だと,手持ちでもけっこう使えます。アイピースをプローゼル7.5mmにすると,倍率は約53倍。土星の環もちゃんと見えました。
 ビクセンの45°正立プリズムは,BORGよりもハレーションがはるかに少なく,見かけ視界が60°を超えるようなワイド系のアイピースを使わない限りは,視野のケラレもほとんど目立ちません。「折り曲げ鏡筒」仕様のときの見え味の悪さは,地上プリズムの変更とレデューサーによって,かなり解消したようです。

 しばらくはこのスタイルで使ってみようと思います。

性能を検証してみる

 月を撮影してみました。
 この望遠鏡がどんな性能の持ち主か,目で見てお確かめください。

5cm正立屈折鏡筒+LV15mmに,QV-8000SXをくっつけてコリメート撮影。
トリミング,縮小してありますが,色はいじっていません。
……意外と色収差補正がいいと思いませんか?

 分解能に関してですが,5cm望遠鏡のテストスターとされる,おおぐま座ζ(ミザール)が分離しました。
 ただ,プリズムの影響で,きちんとピントの芯が出なかったり,エアリーディスクの綺麗に見える世界からはほど遠いんですが,そこそこの天体観望ならOKでしょう。低倍率,広視界での使用は,手持ちでどんどん見たいものが導入できて,快適です。光学系のアラも目立たないし……(^_^;)。

 なお,鏡筒が塩ビですから,重たいLVアイピース+デジカメをぶら下げてしまうと,光軸が少々ずれるようです。
 惑星でも撮れるかと思ったけど,無理みたい……。


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