望遠鏡を作ってしまえ!


プロローグ

 工作の好きな男の子。手芸の好きな女の子。……モノを作ることに魅力を感じるのは,けっこう普遍的な人間の快楽の1つなのかもしれません。いろいろと試行錯誤したり,失敗したりしながら完成したときの達成感。何を作るにしても,モノを作ることは面白いことなのです。


 昨年6月末に開催された,日本望遠鏡工業会の展示会,JTB Show 2000。これに子供と出かけたときのこと。望遠鏡や双眼鏡を見物し,アンケートに答えて記念品をもらいました。娘が選んだ記念品は,小さな箱。帰りの電車の中で中身を見ると,赤い樹脂製の枠に収まった,小さなレンズが入っていました。箱には鎌倉光機のロゴ。

 このレンズ,しばらくは子供の虫眼鏡遊びに使われていたのですが,あるとき,子供が乱暴に扱って,レンズ枠が外れてしまいました。レンズを拾い上げて側面を見ると,貼り合せた2枚のレンズ……アクロマート(色消し)レンズだったのです。しかも,よく見りゃマルチコートされている。けっこう贅沢な作りだ。鎌倉光機と言えば,双眼鏡の中堅メーカー。あんまり世間には知られていない会社かも知れないけど,OEMで他の会社のブランド名で双眼鏡を出していたりもする,その筋では名前の通ったメーカー。
 もしかして,これは双眼鏡部品のジャンク品?
 ……レンズの直径は42mm。太陽光線を利用して,レンズの焦点距離を測ってみると150mm。……このスペック,双眼鏡の対物レンズにほぼ間違いない。適当なアイピース(接眼レンズ)と組み合わせれば,ちょっとした望遠鏡が作れるかも……そんなわけで,子供からレンズを巻き上げて(カッコいい望遠鏡を作ってやるぞ!と騙しつつ……),望遠鏡の製作に取り掛かるのでありました。

コンセプト,設計など

 このレンズ,双眼鏡用だから,焦点距離が短い。多分,あんまり高倍率にしても,良い像は期待できない。そこで,低倍率の使用を前提として,コンパクトで視野の広い,いわゆるRFT(Rich Field Telescope)のような仕様にすることに決めました。どうせだから,正立プリズムを入れて,星だけじゃなく,昼間の景色も楽しめるように……と,だんだん贅沢な仕様になってゆきます。
 ま,とりあえず,レンズと定規を持ってホームセンターに出撃! 部品に使えそうなものを物色にかかります。

パーツ選び

 さて,コンセプトが決まっても,どんな形になるのか,なかなか想像がつきません。ま,望遠鏡と言えば,筒ですよ,筒! ……で,筒状のもので加工が簡単で精度が出しやすくて寸法の合うもの,と言うワガママな命題を唱えつつ,売り場を回って見つけたのが,塩ビの水道管パーツ


 これは内径40mm(外径44mm)のパイプ2本をを継ぐためのジョイント。両側からパイプを突っ込む構造で,真ん中には内径40mmのリング状のストッパーがついている。ここにレンズを入れてみると,ストッパーの上にギリギリ乗っかる。ジョイントの内側を少し狭くしてやれば,そのまんま,対物セルに使えるぞ。

 この他,いくつか使えそうな塩ビ管と,塩ビシートや接着剤,艶消し塗料,紙ヤスリなどを購入。

 さて,心臓部である光学系。光軸を合わせるのが面倒なので,光軸周りに関しては,出来合いの品物を中心に考えます。ピント合わせに関しても,ガタの出やすい部分なので,ここはちょっと贅沢して,望遠鏡パーツをカタログから拾うことにしました。TOMYよりBORGのカタログを取り寄せ,使えそうなものを探します。……BORGは軽量,安価でありながら,EDレンズのついた本格的な光学系もラインナップする望遠鏡シリーズ。とにかくいろんなパーツがあるので,自作派にとっても利用価値は高い……。
 で,広角型のアイピース…WO13.5…と,接眼ヘリコイド,ヘリコイドと31.7mmスリーブをつなぐアダプタ等を購入。正立プリズムに関しては,ビクセンの45度傾斜タイプの正立プリズムを購入しました。45度傾斜タイプは,星を見る時を考慮したチョイスです。コンパクトなダハプリズムが気に入りましたが,これがその後起きる問題の原因になるとは……


 接眼ヘリコイド(左)と正立プリズム(右)。今回の製作で一番高かったパーツが正立プリズム,次がヘリコイド。これで,正立像を得ることは,今回の製作の最大のキーポイント。ヘリコイドを使えば,ピント合わせも楽々。

鏡筒の長さを決める

 正立プリズムの光路長が分からなかったので,とりあえず,プリズム+接眼ヘリコイド+アイピースの合体物を作って,その前にレンズを置き,遠くの景色にピントが合う位置を割り出すことにします。……がしかし……ピントが出ない!!
 そうなんです。正立プリズムが光路を食いつぶし,プリズム前端〜ヘリコイド〜アイピースの距離が,対物レンズの焦点距離を上回ってしまったのです。正立プリズムは,ひっくり返った像を直すために,プリズム内で何回も反射して,光路を60mmぐらい余計に食うのです。


この組み合わせでは,正立プリズムのスリーブの途中に対物レンズを置かないとピントが出ない。

 さて,どうする?
 プリズムを外すか,ヘリコイドを外すか……

 しかし,正立像快適な操作性へのこだわりが……。

 正立プリズムはこの望遠鏡のコンセプトの中心的役割を持つパーツ。ヘリコイドも,快適なピント合わせの操作には欠かせません。部品をばらして「う〜ん……」と悩むこと30分。ヘリコイドを正立プリズムに押し込むためのアダプタが光路を食っていることを発見。こいつを外してヘリコイドを先頭に出し,正立プリズム,アイピースと継ぎ足すと,……おお,ピントが合ったぞ!ヘリコイドの前10数mmに対物レンズを置けば,星にもピントが合う。


 改善策。実は最初の組み合わせでは先頭に31.7mm径のスリーブが出ていたが,今度は36.4mm径のネジが前に出てきたので,対物レンズと接眼部の接続方法も変更しなくてはいけない。

 しかし……
 このヘリコイドは「回転ヘリコイド」と言うやつで,ピント合わせのためにヘリコイドを回して繰り出してゆくと,ヘリコイドの後ろにくっついているものも,一緒にぐりぐり回転するのでした。45度に折れ曲がったプリズムが回ってしまっては,話になりません。う〜む……
 そこで,発想の転換。
 …対物レンズ側を回しちゃえ!
 とにかく,ヘリコイドより前にあるものを軽量化し,対物レンズ側全体がぐりぐり回るデザインに変更します。この際だから鏡筒は省略。対物レンズを固定するセルをしっかり作って,その後ろにヘリコイドを直接,ジョイントします。
 ここに,鏡筒の長さゼロと言う,怪しいデザインが最終的に決定しました。

 あれ?対物レンズが動く光学系って,なんか,どっかで見たことあるぞ。
 ……小型双眼鏡に多いデザイン……タンクローやリビノだ。
 小型の双眼鏡の中には,対物レンズを前後させてピントを合わせるデザインのものも少なくありません。な〜んだ,結局,双眼鏡レンズを使った望遠鏡のデザインは,双眼鏡のデザインに近いところに落ち着いたわけだ。

対物セルを作る

 さて,水道管のジョイントを改造し,対物レンズを固定するセルを作ります。
 ピント位置がギリギリなので,対物レンズはジョイントの真ん中のリングの後ろ側に押し込むことにします。まず,対物レンズの外径+1mmになるまで,パイプの内側に薄い塩ビ板を貼りつけ,積層してゆきます。さらに植毛紙(反射防止用のビロードのような紙)を内側に貼り,多少のフリクションがかかる状態で,レンズを押し込み,その後ろには抜け落ち防止のためのリングを塩ビで作って押し込みます。レンズより前のほうにも植毛紙を貼り付け,セルはとりあえず完成です。


前から見た対物セル。塩ビジョイントの中にあるストッパーのリングを,そのまんまレンズ押さえとして活用。セルの内側は植毛紙と艶消しペイントで仕上げ,余計な光の反射をおさえる。

対物セルとヘリコイドをつなぐ

 さて,対物セルとヘリコイドの接続です。今回の製作では,光軸の不具合発生の危険が最も高い場所です。出来るだけ精度の高いハメ合いを目指し,もしも光軸ズレが起きた場合に対策出来る機構も施します。
 ここで,やっぱり市販のパーツに頼りました
 対物セルの外径は,実測で54mm。これに,ヘリコイド前端(直径36.4mm)をくっつけるには,口径の差が大きすぎるので,BORGのパーツから,57mm径のネジと36.4mmを変換するアダプタを購入し,対物セルの外径54mmとの差3mmを埋めることにしました。


 仮組みの図。対物セルと接眼部はつながっていません。
 セルとヘリコイドの間にあるのが,57mm→36.4mmアダプタ。

 例によって(笑)塩ビの薄板を巻きつけて積層し,セルの外径が57mmになったところで,BORGのアダプタと対物セルを覆う「固定リング」を,ちょっと厚手の塩ビ板で作って,被せます。BORGのアダプタは金属製なので,塩ビ接着剤は効きません。そこで,アダプタの57mm径ネジの部分に,水道管の水漏れを防ぐための,厚手のテフロンテープを巻き,ぐりぐり回しながら「固定リング」の内側に押し込みました。……結局,水道管には水道管なりの工作方法が良かったのか?さらに,固定リング後端に3箇所,ネジ切りをし,4mmの化粧ビスを入れて,抜け落ち防止と光軸調整を兼ねるようにしました(結果的には「ぐりぐり押し込み」が功を奏し,ビス無しで安定しており,光軸にも問題が起こらなかったので,今のところビスは外しています)。

 とりあえずこれで,見える状態になりました。

 ブルーの帯が,接続用のバンド。発泡塩ビ板を熱で丸めて作ってあります。
 対物セルには黒い0.5mm厚の塩ビシートを巻いて,太さを調整。
 セルが黒いと,なんとなくカッコいいでしょ。


話が多少前後しますが,簡単にこの望遠鏡のスペックを紹介しますと,
・口径40mm,焦点距離150mmアクロマートレンズ。
・アイピースはBORGのワイドオルソ13.5mm。
・したがって倍率は11.1倍。
・実視界5.76度。
・もちろん,アイピースを変えれば,倍率の変更も出来ます。
・合焦範囲は無限遠〜約2m
・重量はアイピース込みで325g。



ファーストライト!
 広視界ですから,とりあえずは手持ちで使ってみます。
 ベランダから,そこいらの景色を覗いてみると……
 対物レンズの素性が良いらしく,視野の中心から7割ぐらいまでは,そこそこに良像を結びます。見かけ視界64度の広角アイピースに負けていないぞ。アイポイントが10mmぐらいしかないけど,私は眼鏡を使わないので,全然問題ない。
 わずかに迷光が残っています。対物側から覗いてみると,正立プリズムのスリーブ端が光っているのが見えます。艶消し塗料で先端部だけでもペイントしておくべきかも知れません。
 でも,安物の双眼鏡よりは,はるかに見え味はいいですよ。

 星を見るのも手持ちでOKなんですが,星像をしっかり見極めるため,カメラ三脚に接続するためのバンドを,適当に急造しました。


 見た目はカッコいいけど,実はけっこうグラグラ(笑)。
 どうせ11倍なんだから,こんなもんで,とりあえずはいいか。
 巧妙にヘリコイドをバンドで包み隠し,イヤでも対物を回してもらうように,自己主張してます。
 対物セルに指紋がベタベタつくと見栄えが悪いので,艶消し塗料を塗ってごまかしてます(^_^;)。


 …さて,星を見てみると,低倍率なので色収差はほとんど感じません。視野の端っこは盛大にコマ収差が出ますが,短焦点&広角アイピースでは,ある程度はやむを得ません。コントラストは上々で,4.5等星までしか見えない夜空で,おおぐま座のM81,82なんかが,なんとか認識できます。はくちょう座の有名な二重星,アルビレオも辛うじて分離して見えます。月のクレーターなんかは,楽々と見えます。ゴーストも,そこいらの1万円級の双眼鏡より気にならないレベルで,快適です。

 細かいことを言い出すと,それほど完璧に見えているわけではありません。中心像はほぼ点になりましたが,周辺部でなーんとなく,星が縦長になっているような気もします。対物レンズを回しても星像が動かないので,対物部の問題じゃなくって,接眼部に問題があるかも。フォーカスをずらすと,ほぼ円形にボケてゆきますが,縦線が入ります。これはダハプリズムの「ダハ稜線」が原因のようです。対物側から見る角度をいろいろ変えて覗き込んでいると,ときどき縦線が見えます。
 ま,地上プリズムを入れた時点で,シビアな結像の追求を見捨てたようなもんですから,私としてはこんなもんで満足しました。性能云々よりも,見え味と使い勝手の総合評価として「快適に見えること」を重視していますから,不愉快にならない程度の収差や迷光は,気にしないことにします。なにより,星空の中を快適に流して遊べる,楽しい望遠鏡が完成したことは,自己満足を差し引いても,喜ばしいことです。こういう望遠鏡が,お手軽に星空の感動を味わうのに有力な道具なんだと,改めて認識させられました。


天体写真も撮ってしまえ!
 勢いに乗って,この望遠鏡で天体写真に挑戦してみました。
 相手は月。
 デジカメのレンズをアイピースの後ろに押し付けて,カメラは手持ちで撮影。

 適当に撮ったので出来は良くありませんが,こんな感じ。

……やっぱり少しブレてますね(笑)。
青系の色収差がわずかに見えますが,けっこう素直な像だと思いませんか?
ビクセンのLVアイピースとデジカメアダプターをくっつければ,もう少しきれいに撮れると思うけど,LV1つで,この望遠鏡の材料費を上回ってしまうので,ちょっと考えてしまいます。ビクセンさん,もうちょっと安くしてくれないかなぁ。


その他,こまかいアイデアなど
 小技を利かせるのも自作の楽しみ。
 こんな小物やアイデアも取り入れてみました。
 自作される方の参考になるかも。


 対物レンズを押さえるアイデア。右のリングは,塩ビの薄板を細く切って二重にしたもので,内側1周半ほど,接着剤でくっつけて丸くしています。外側の未接着の部分を丸めて,対物セルに押し込めば,塩ビの反発力でセルの内側に固定され,対物レンズがずれない。もちろん,分解も容易。


 ホームセンターで塩ビパイプを買ったとき,パイプのキャップを発見。1サイズ径の小さいキャップを用意し,スクリューの部分を塩ビ板積層+植毛紙でサイズアップし,セルの内面の植毛紙との摩擦で,スムーズかつ,しっかりとキャップが挿入できるようにしました。キャップに取っ手がついているところが,なかなかいいんです。

  ☆   ☆   ☆

 どうです?楽しそうでしょ。
 低倍率の望遠鏡なら,そんなに精度を追求しなくてもいいから,けっこう楽しみながら面白いもんが作れますよ。
 ちなみに,この望遠鏡を作るのに費やした時間は,頭をひねっている時間や買い出しの時間を除いた,実作業時間で数時間です。


 みなさんも,手頃なレンズを探して,楽しい望遠鏡を作ってみませんか?


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