フリーマウントで蘇れ!長焦点屈折


「長焦点屈折」はノスタルジー?

 天体写真を撮影する人が増えるにつれ,Fの小さい(=明るい)光学系が好まれるようになりました。
 また,初心者向け望遠鏡も,コンパクトなものが好まれる傾向にあり,シュミットカセグレンやマクストフカセグレンのような,F10前後でもコンパクトになった鏡筒が売り出されたり,屈折系でもF10を超える製品は珍しくなってきました。コンパクトな鏡筒は,架台もコンパクトなもので済むので,有利な点は多いのです。
 昔の天文少年たちは,6cmでF15とか,16.6(=焦点距離1000mm)と言った,長い筒を振り回していたものです。Fの大きい望遠鏡は,低倍率が得にくい,操作性が悪い等の理由で,だんだん敬遠されて行ったのでしょうかね。それに,昔はFが小さくなると収差補正が悪くて使い物にならなかったと言う事情もあったようですが……実際,いまどきの写真用機材として使われるFの小さい筒は,フローライトやEDレンズなどの,高価な光学材料を使って,収差をねじ伏せているわけですし。

 でも,逆に言えば,星雲などの写真を狙う目的が無く,眼視で月や惑星,二重星などの天体観望を楽しむのであれば,無理なく収差補正が出来ている,長焦点アクロマートレンズを使った屈折望遠鏡って,まだまだ利用価値が高いんじゃないかな。一説には,口径6cmなら,アクロマートレンズでも,F15ぐらいになるとアポクロマートの条件に迫る収差補正が出来ている,と言います。どうせ都会地では淡い星雲などを見る機会も多くありませんから,月や惑星を気軽に眺める望遠鏡として,使いやすい長焦点屈折があれば,楽しいんじゃないだろうか?と思ったのでした。

 ……そういうことを思いながらショップを巡ると,出会うものなんですね。おあつらえの材料。
 コプティック星座館で見つけてしまったのです。口径65mm,焦点距離800mmのレンズ。ミザールのジャンクで3000円ナリ。……もちろん,即,「買い」です。
 さっそく設計図を書きはじめます。

 しかし,むかーし使っていた望遠鏡を再現しても,昔の使いにくさまで蘇ってしまいます。昔の入門用望遠鏡のどこが悪いのか,よくよく考えて,いま風に使いやすくしたいところです。
 さて,その成果は?……


フリーマウント仕様だ。

 今回,架台も作ってみました。どこでも自由にスーっと向きを変えることが出来て,手を離せばピタリと止まる,バランスタイプのフリーストップ架台です。このタイプの架台を精力的に紹介している「ドブマガジン」の作例を参考にしました(「きりんさん」シリーズとして紹介されている架台です)。この架台のデザインそのものは,かなり古典的なものですが,昔のデッドコピーでは面白くないので,ちょこちょこと「使いやすさ」を追求してみました。


 ……筒の割りに,架台が大きいですね。バランスを取りやすくするために大きめにしている,と言う理由もありますが,10cm級の筒も乗せてみたいと言う目論見もありまして……。
 構造は簡単なもんです。上下左右がフリーストップで回転し,クランプもありません。塩ビの大きめのリングが見えていますが,これが上下の回転軸。ドブソニアンタイプの架台によくある「耳軸」と同様のものです。ドブソニアンは接眼部が鏡筒の上のほうにありますから,回転軸を鏡筒のお尻のほうに集中させればいいのですが,屈折式では,長い筒をバランス良く保持する必要もあり,シーソーのようなバランス機構を使います。強引な表現ですが,ある意味,「屈折望遠鏡のためのドブソニアン架台」であるとも言えます。
 天頂を見やすくするため,水平回転軸より後ろにフォークを突き出して望遠鏡をセットし,前側にバランス用の重りをつけて,スムーズな回転を得るようにします。上下回転軸は,筒のバランスさえ取ればOKです。

 三脚は今のところカメラ用大型三脚で済ませていますが,いずれ,しっかりした木脚を作りたいですね。
 この写真ではファインダーをつけていませんが,バランスを損なわない範囲で,使いやすいファインダーを思案中です。

鏡筒の構造は……

 架台の説明の前に,鏡筒について,簡単に紹介しておきましょう。

 鏡筒はVU65塩ビ管がベースです。塩ビ管の輪切りをいろいろ組み合わせて対物レンズのセルを作っています。分離式アクロマートなので錫箔が見えますね。


 接眼部は,「ちょびボーグ」と同じ作りです。ボーグパーツを多用したいので,鏡筒の後端にM57ネジを出し,そこからボーグと同じようにシステムが組めます。今のところ,M57ヘリコイドを標準装備し,この写真の例では,45度地上プリズムを入れています。


 オプションのフードです。観測地周囲の光が多いときや,結露しやすいときには,便利です。標準仕様の状態でも,かなり対物レンズが引っ込んでますから,フードをつけなくても結構きれいな像を結んでいますけどね。接眼部に重たいアクセサリをつけたときに,フードをつけて前後のバランスを取る,と言う芸当も出来ます。フードをつけた状態でも,フード無しのときと同じキャップがはまるようにしています。貼ってあるシールは,娘にデザインさせたものです。蓄光シールなので,暗闇で☆形が光ります。


こまかいアイデアなど…
 それでは,架台部の紹介をしましょう。


 上下回転軸周りです。
 耳軸は「VU75掃除口」を使っています。耳軸受けは,このパーツにぴったりはまる,VU75ジョイントを板の厚みに合わせて薄く輪切りにし,それを半分に切ったものです。もともとピッタリ摺り合わせているパーツですから,木工で軸受けをくり抜くよりも精度は出しやすいですね。但し,材質が塩ビですから,あまり重量物を載せると,たわみが出ますが,65mm鏡筒(総重量2kg少々)なら楽々です。耳軸受けには「カグスベール」を貼っています。
 鏡筒はボーグの鏡筒バンドで止めています。あえてボーグのパーツにこだわったのは,ボーグの80mm鏡筒シリーズが使えるようにしたかったのです。76とか100が自由に乗せられるのは,ボーグユーザーにはメリット大きいですし。


 ここがちょっとアイデア。
 フォークの根元の水平回転台は,箱になっているんです。箱を開けて広げた状態で,バランサーとして機能します。バランスウエイトも,いろんなものが流用できます。写真の例ではペットボトルをバランスウエイトに使っています。「きりん形」架台だから,キリンの緑茶飲料で……(笑)。
 右側に見える黄色っぽい丸いものは,水準器。
 今のところ無塗装です。狂いの少ない集成材を買おうと,東急ハンズへ行ったら,パイン集成材が思いのほか高価で,適当な寸法と価格の集成材を探したら,結果的に桐しか無かったんです。「桐製望遠鏡」なんて,ジョークとしては面白いので,採用しました(笑)。……でも,けっこう軽量化には貢献しましたよ。


 「箱」の部分をたたむと,こうなります。取っ手は持ち運び用でもありますが,ここにストーンバッグをつけてバランスを取ることも出来るのです。左右のフォークアームの間隔は184mmあります。ちょっと工夫すれば,双眼鏡も乗るかな?


 水平回転軸です。中心にあるのはM8のボルト。良く見えませんが,フォーク部の底板には,ステンレス製の通し穴を打ち込んであります。アクリル板と「カグスベール」の摺り合わせで,スムーズな回転を得ています。


 収納時は,こんな感じでコンパクトに。フォークのアームも着脱式にすれば,もっとコンパクトになるのですが,精度と堅牢性に不安があるので,フォークはべったり接着剤と木ネジで止めてあります。


 ……で,肝心の使い勝手なのですが,きちんとバランスを取って,ワイド系アイピースをつけたら,後はもう,自由自在に振り回すだけ。実に気持ちよく動き,思い通りの位置に止まってくれます。このタイプの架台に限って言えば,筒が長いほうが使いやすいですね。接眼部を持って,軽く力を入れるだけで,スルスルと自由に動かせますから,筒が長いほうが動かしやすいのです。長焦点屈折と相性のいい架台ですね。

長焦点屈折の魅力をふたたび…

 長焦点の屈折望遠鏡。古典的でありますが,無理の無い設計で良く見えるし,月や惑星の観望も楽しい。どうして長焦点屈折は人気を失ってしまったのでしょう?
 かさばる,取り回しが悪い,高倍率で使いにくい,……そんなマイナスイメージがあるのではないでしょうか?
 思うに,小口径の長焦点屈折は安価に作れるので,初心者向けのチープな架台や付属品と共に売られていたため,その魅力を十分に発揮出来なかったのではないでしょうか?グラグラの脚と必要以上の高倍率では,どう考えても使いにくい。しかも,チープなアイピースでは,対物レンズの性能を十分に引き出しきれない。
 今回自作した望遠鏡は,正立像,ワイド系アイピース,フリーマウントと言う組み合わせで,初心者向け望遠鏡の使いにくかった点を,徹底的に排除しました。収納スペースにこだわったのも,「かさばる」と言う望遠鏡の悪いイメージに,少しでも改善すべき点を見出したかったからです。

 もうお分かりですね。初心者向けのチープな望遠鏡セットが,長焦点屈折の魅力をスポイルしていたことが。
 使いやすい架台,適切なアイピースを装備していれば,長焦点屈折望遠鏡の魅力は,もっと引き出せると思います。
 小型屈折の魅力は,気軽に使える点にもあります。さっとセットアップしてスイスイ使えるなら,使用頻度も上がることでしょう。
 そういった意味でも,このフリーマウント,なかなか魅力的です。特に,小型屈折鏡筒を死蔵している御家庭に,おすすめしたいと思います。日曜大工レベルの工作で,気持ちのいい架台が作れますし,材料費も数千円で済みます。さらにもう数千円奮発して,廉価版の製品でもいいから長焦点(20〜25mmぐらい)のプローゼル式のアイピースを1つ買ってみてください。入門セットに付属しているアイピースに比べれば,圧倒的に良く見えるようになるのではないかと思います。


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