2001年5月3日(木曜日)


 GW前哨戦は。

 えろ〜げ三昧でした。。。

 でもいいんです。ゲームは凄いいい作品でしたから(フォローになってない)


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 フィーリング

ジャンル:コラム
危険度:小

 創作活動においてフィーリングという概念は欠かせないものです。
 自分の感覚に身をゆだね、それを何らかの形として作り上げてゆく。それが人によって絵であったり、造形であったり、はたまた音楽であったり、あるいはダンスであったり組体操であったりもするかもしれません(組体操はないか?なかなか…)。さらには人生において感じてきたものをテーマとして物語を作り、それをもとに小説に起こしたり、演劇やドラマ、マンガ、ゲームなんかの脚本になったりすることもあるでしょう。
 実際には創作という場面ではなく舞台に立ち作品を演じる役者や演奏家さえも、渡された台本や楽譜から、彼らなりに汲み取れるものを感じ、その感覚を頼りに演じたり、演奏したりするものです。もちろん演出家や指揮者の指示は絶対ですが、それにも加えて個々がその作品に対して自分なりに思い、感じることはとても大切なことだと私は考えています。

 そんな訳で、フィーリングというのはとても大切なものといえます。
 大切ではあるのですが、、、しかしながらフィーリングという言葉の美しい響きを勘違いして好んでしまう人というのも結構いらっさるようで、ときどき、「私はフィーリングだけで作ってますんで」と、何故か言い訳のように作品を紹介されていたりすることがあります。
 作品に自分のフィーリングを込めるというのは実際にはとても難しいことです。自分の感覚を頼りに物を作っているつもりでも、例えば音楽なら、何故か聴き慣れたメロディーになってしまっていたり、同じリズムやフレーズの延々繰り返すだけの単調なものになってしまっていたりしてしまいがちなものです(プロ・アマ関係なく)。つまりフィーリングを込めるというのは、メロディーをメロディーにし、リズムをリズムにし、フレーズをフレーズにする作業ではありません(それじゃあフィーリングじゃなくてコピーになっちゃうからね)。あくまで、別のソースから感じ取ったものを、そのまま別の表現方法を用いて具現化する、言ってみれば翻訳のような作業のことを、フィーリングを込める、って言うんじゃないかと思う。そう考えると結構大変な作業っぽいでしょ?
 もちろんあんまり難しく考えちゃいけないんだけど、例えば音楽知らない人が知らないなりに自動作曲ツールとか使って適当に音符並べただけのものを聴かせて、それを難しい顔して聴いて説明を請うた時に、「いえ、フィーリングで作っただけで」なんていうのは言い訳にも何にもなりゃしないと思う訳で。

 表現というのは一種のコミュニケーション手法な訳だけど、コミュニケーションというのは、意思を汲み取り、意思を伝える作業だと思う訳です。作品作りというのは、作っている段階、見せる段階まではひたすら伝える作業なんだけど、作ったものに対して見てくれる人聴いてくれる人がいて、そういった方々の中で特に気に入ってくれた方々が少なからずいて、そんな人たちと意思の疎通があって気持ちが共有できること、そういったことの一環はまさにコミュニケーションだと思うんですよね。
 コミュニケーションできないやつはSEになれない、なんて去年の新人研修の時にはよく言われたりもしましたが、別にSEになりたいなんて微塵にも思っちゃいないんだけど、コミュニケーション能力が必要なのは、実はクリエーターにも言えることなんじゃないかと、最近は思うようになってきまして。
 結局のところ、おしつけがましいのでは単なる独り善がりだし、一人で感じて(=フィーリングして)よがってるだけじゃ一人エッチと何ら変わらない訳で(苦笑)、最終的には(って言うか最初から最後まで)見て聴いてくれる方々に伝わって、フィーリングが共有できないことには、作品を作って表現する意味がないと思うんです。

 ソース選びというのも大切なことです。
 例えば国の違いで言葉が通じなくても、身振り手振りなら伝えられることもあるかもしれません。身振り手振りが下手でも、絵を描いて見せれば伝えられるって言う人もいるでしょうし、強引に手を引っ張っていろんな場所に連れて行って、それだけで考えていることを伝えられちゃう人もいるでしょう。ほんの少しの知っている言葉を組み合わせて、連想ゲームのようにして物事を伝えちゃう人もいるかもしれません。
 人が得意とする表現方法は、十人十色です。
 だから、自分自身でも納得行かない上に、どの人から見ても評価されないで悩むくらいなら、そのソースで作品作りをするのは辞めた方がいいのかもしれません。やっぱり向いている人には一見難しそうな音楽理論もあっさり飲み込めてしまうものですし、私にはさっぱりない絵心もある人にはやっぱりあるものですからねぇ。