2001年1月18日(木曜日)


 えー、現在1月17日の23時22分。これからネタを書くわけですが(汗)、これを書き終わったらりぽびたん飲んで徹夜仕事が待ってます(汗*2)。
 1日あればどうにかなるだろうと思っていた仕事がどうにもならなくて、今日無理言ってレビューの日程を明日に延ばしてもらってしまったのですが、それでも終わらなかったりしたらそりゃあもうこれ以上無理は言えないかって気にもなるでしょう(泣)。
 それにしても寒い。実に寒い。こう寒いともう、なんだかむしろ面白くって仕方なくなってきますな。なんていうかこう、なまじ普通に生きてはいられないような冷たい風が吹きすさぶ中で、こんな狭っ苦しい部屋に一人っきりで引っ込んで大して利かないエアコンつけっぱなしにして布団に包まってみたりして、そこまでして生きていたいかっていうような惨めで自虐的な笑いですか。しかも今日は勤務先で遣り残したノーギャラの宿題つき。もう。パーフェクトだね。胃が痛くて仕方がない。

 でもこんな状況でも、何故かPIGYを開いておもむろにネタを書き出す私。何が私をそうさせるというの? もう、自分で自分がよくわからなくなります(苦笑)。


日付け別indexに戻る

最初のページに戻る

まるのみに戻る



 足音

ジャンル:フィクション
危険度:中

「もうちょっと静かにはできないんですか、あなた」
 寝室から妻が寝ぼけ眼で起きてきたのは夜中のちょうど0時。1時間ほど前に帰宅した私は風呂に入り、妻が作った夕食の煮物を温めなおしながら、隣でこっそり熱燗を湯煎し、冬の夜長を一人でちびちびやっていたので、妻の声を背中に聞いたら一瞬肝を冷やした。糖尿病が直らず、医者に酒は止められていたのだが、こう寒い日が続くとどうしても我慢ができなくなる。
「なんだユウコ、起きてたのか?」
 平静を保ちつつ振り返るが、
「あらあなた、ずいぶんといいもの呑んでるじゃないですか。あれほどお医者様に言われているのに、また性懲りもなく買ってきたのね」
 そういうと妻は私の足元においてある一升瓶を取り上げて、中身を流しに全部流してしまった。
「ああ、なんてことを。もったいない」
「もったいないじゃありませんよまったく。子供じゃあないんですから。あなたも男らしく覚悟を決めて、辛抱してみたらどうですか」
 言いながら妻は私の食事が終わった食器も流しに運び、洗い物を始めた。
「ユウコ、寝てなくていいのか」
「あなたがうるさくするからすっかり目も覚めちゃいましたよ。今お茶入れますから」
 妻は実に手際よく食器を洗いかごに移すと、やかんに水を入れて湯を沸かし始めた。
 俺はなんとなくその様子を眺めていた。俺は妻のそういうしぐさを見ているといつもなんとなく不思議な気分になって、モノを考えることができなくなってくるのだ。
 気がつくとテーブルには急須と夫婦茶碗があり、急須にはすでに熱い湯が注がれている。夕食を食べ、酒を飲んでいたときは気付きもしなかった海苔煎餅が、いつもテーブルの真ん中に常駐している。50過ぎの老夫婦さながらの光景がしっかりと形作られるのだ。
 そして次の瞬間にはすでに湯飲みにお茶が注がれていて、妻はすっかりくつろいで海苔煎餅をぽりぽりと齧っている。
「なぁ、ユウコ」
 俺はなんとなく口を開いた。
「あら珍しい、あなたから口を利いてくるなんて」
 妻は少し身構えてそんなことを言った。確かに珍しい。俺はあまり自分から会話を吹っかけるタイプの人間ではないのだ。だから俺から話を持ちかけるときというのは決まって転勤の話だとか、左遷の話だとか、何かよからぬことがあった時にしぶしぶ報告するようなことばかりなのだ。妻が身構えるのも無理はない。
「いやなに、別に何かあった訳じゃないんだ。ただいつも思うんだが、、、」
 妻は別にたいしたことではないということを知ると安心したようで、顔を和らげてお茶を啜り始めた。
「いつも思うんだが、そんなに俺、夜帰ってきてうるさいか?」
 俺があまりにも素っ頓狂なことを聞くからだろう、妻は啜っていたお茶を吹きだし、少々苦しそうに咳き込み始めてしまった。おかしくて笑いながら咳き込むものだから余計苦しそうに見えた。
「やだねぇこの人は、何を聴いてくるかと思えば」
「いやだって、俺結構自信あるんだ、最近は風呂に入っても歌わなくなったし、物音だって極力立てないようにしてる。椅子とかだって引きずらないようにちゃんと持ち上げて動かしてるし、ドアの開け閉めだって」
「足音ですよ。あー苦しかった」
 気を取り直してもう一度ゆっくりお茶を啜った妻はそう切り返した。
「足音? いやでも、足音だって。この時間はいつも抜き足差し足で」
「それでもわかるものなんですよ。だってこの家、床がフローリングだからか知りませんけど。いっくらゆっくり歩いたってあちこち軋んでギシギシギシギシ音がするじゃあありませんか」
 なるほど。確かにそのとおりだ。こればかりは自分がどれだけがんばってみたところでどうしようもない。木造の一軒家というのがこんなにもやかましいものとは、実際に住んでみるまで気付かなかったものだ。それだけに「あなたがうるさくするから」なんて言われるのは実に不条理だ。
 お茶を啜っているうちにまったりしてきたので、もう寝ることにした。二人して2階の寝室に上がり、ダブルベッドに潜った。それが妻が起きてきてから更に一時間が経った、午前1時のことであった。

 遠くの方でけたたましく足踏みする音が聞こえ始めたのはそれから更に2時間ほど経った午前3時ごろのことである。先に気がついた妻の方がこの「異変」に気付き、「ねぇ、あなた」と俺を起こしてこの騒動の巻き添えにしてくれたのである。
 俺ははじめものすごい不機嫌な顔と声で言葉にもならない悪態をついていた。そして足音が聞こえてくるのに気付くと今度は嫌がって布団の中に深くもぐりこんだ。妻はそんな俺の行動に始めはあきれ返っていたが、だんだんこの足音が大きく膨らみ、確実にこちらに近づいてきていることを知ると、妻は余計に不安になって俺をより強引にたたき起こした。
 妻に布団を引っぺがされた俺は、その足音の確実に近づき大きく膨れ上がる様に気付くと、今度こそ身の危険を察知して体中を緊張が走った。集団が、足並みそろえてこちらに近づいてきている。しかもこんな、新聞屋だって仕事しそうにない、草木も凍てつく真冬の真夜中に。
 足音は、もうすでにすぐそばの道にまで差し掛かっているようだった。かなりの大人数が共産党のパレードのように、静かに、そして足音だけは高らかに行進している。このまま行ってしまうだけだろうか? 早く通り過ぎていってしまえばいい。心からそう願った。妻もまた、同じように考えているようだった。身構える私の体に身を寄せ、いかにも不安そうな表情で、カーテンのかかった窓の方を見つめていた。
 しかし、その願いはどうやら甘い考えのようであった。
 足音は、いつまでたっても同じ音量のままなかなかやんでくれない。明らかに様子がおかしい! いつまでもいつまでも、その高らかな足音が家の周囲から聞こえてくるのである。周囲から? そう、周囲からなのだ。明らかに足音は俺の家の周りを、俺の家の周りだけを囲み、ぐるぐると家の周りだけを行進しつづけているようなのだ。
 そんな時間が15分ほど続き、我慢ができなくなった俺は意を決して窓を開け放った。
 冬の夜の、凍てつくようにつめたい空気が、部屋の中にどっと流れ込んできた。しかし俺は体よりも先に、窓の外の信じがたい光景に脳味噌を凍らせた。
 家の周りをぐるぐると回っていたのではない。家の周りを取り囲んだものすごい人数の集団が、みんなして満面の笑顔で手と手をつなぎ、こっちを向いてその場で足踏みをしているのだ。
 俺は頭の中が真っ白になってしばらくそのまま立ち尽くしていた。妻がそんな俺の様子を見てどうしたものかと立ち上がり、そして窓の外を見た。妻も確かに目を丸くした。
「今井さんもどうですかーっ、一緒に行きましょうよーっ」
 集団の中の誰かが叫んだ。威勢のいい男の声だった。今井は確かにうちの苗字だ。まったく面識のない集団の一人が俺たちの名前まで知っている。俺はますます不気味になった。
「何なんだおまえらは!! 新手の嫌がらせ集団か!? 俺はそんなことされたって宗教にも入らないし物だって買わないぞ!!」
 いい加減頭に来て俺はそう叫んだ。完全に平静を失ってしまった。とにかくこのけたたましい足音と冷たい夜風と、そしてこいつらの満面の笑顔に腹が立った。しかし、妻はここに来て妙に冷静だった。
「あなた、この人たち、みんなこの町の人たちよ」
 妻は言った。俺は、そう言う妻の方を向いて、しばらく間を置いてから、「え?」と応えた。
「今井さんも行きましょうよーっ。みんなでこうやって待ってますからーっ」
 またさっきと同じ声が集団から聞こえてきた。俺は今度は何がなんだかわからなくなって、今度は集団の方を向いて「え?」と応えるしかなかった。しかしそんな俺の反応をよそに、妻は振り返っておもむろに身支度を始めたのだ。
 今度はそんな妻の行動に驚いた俺はまた妻の方を向いて「え? あれ?」と唸った。妻はさも当然のことのような顔をして、「あなた、いつまでそこに突っ立っているんですか。早く身支度して行きましょうよ」と言った。俺はますます訳がわからなくなって、「え、い、行きましょうって、おまえ。正気か? こんな時間だぞ。このくそ寒いのに。明日だって仕事が」と言いかけた。
「たまにはいいじゃないですか。なんだか楽しそうだし」
 た、楽しそうって。おまえなぁ。。。

 つい数時間前までの平和なひと時が嘘のようだ。結局妻に連れられるまま、気がつけば俺もこの真冬の夜の寒空の下、集団の最後尾について無言で行進に参列していた。寒さで凍え死にそうだ。何で俺はこんなことをしているんだろう。何でこんなことになってしまったのだろう。何でこの人たちはこんなに笑顔でいられるのだろう。そして何で、妻までもがこんなに笑顔で元気に歩いているのだろう。
 もうなんだか、流されるままに俺もひたすらに歩いた。なんだか笑うしかなかった。考えてみれば俺の人生そのもののような気もした。そう考えると一番訳がわからないのは、実は俺自身なんじゃないかとさえ思えてきた。
 集団の足音は町じゅうにけたたましくこだましつづけた。集団はどこまでもどこまでも、ひたすらに足並みそろえて歩きつづけた。
 そして、やがて朝日が、町を照らし始めたのだ。