2000年8月10日(木曜日)


 晩飯を貪っていたら某kazmi氏から携帯入って、急遽「漢の歌会」に行ってきました。そんな訳で、これを書き始めているのが木曜日の午前0時半という自体に陥ってます(T^T)q。ネタないッス(^_^;)。どうすればいいんでしょ?


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 ハエ

ジャンル:SF
危険度:

 セアカヒトクイバエは連合王国にある地下科学組織が秘密裏に開発した生物兵器である。宮内庁直属の王室諜報部隊によって発見され、移送中に爆破事故により移送していたバンごと崖から落下、厳密に梱包されていた容器は破られ、蟲どもは世界の大空を羽ばたいていった。
 通常、ハエという虫は死んだ動物の骸か、もしくは排泄物などに卵を生みつけ、繁殖する。ところが、このセアカヒトクイバエという品種は、名前から連想できるとおり、生きた人間にのみ卵を植え付ける。この卵が孵化して体から蛆が涌いてきた時には、既に内臓や脳味噌を食い破られて絶命しているのが普通である(奇跡的に絶命せず、生き地獄を見る場合もある)。したがって、医療の世界では卵が植え付けられた段階でいかに早く発見し、完全に駆除しきれるかが要点であり、世界各国でセアカヒトクイバエの寄生卵定期検診が行われ始めた。

 ところで、市橋誠一の部屋はハエが飛びまわっていた。彼はどうにも忘れっぽい性格ゆえ、ゴミの日さえもいつも忘れてしまい、玄関口に生ゴミの山を積み上げてしまう。それでショウジョウバエなどの小さいハエが部屋に居着いてしまったのである。
 これにはさすがに差し入れを持ってきた彼女の鈴木美紀も辟易した。彼女は翌日の朝が燃えるゴミの日であることを確認すると、さっさと山積みのゴミ袋をアパートの下のゴミ捨て場へと運び出し始めた。ゴミは前日の夜から出していいことになっている、という訳ではないのだが、周囲の多くの住人が同じように前夜にゴミ出しを済ませてしまっているのでまったく問題ないものとしてまかり通っているようなのである。
 しかし一通りゴミ出しを終えて部屋を掃除してみてもハエはまだ数匹部屋を旋回していた。「こりゃー殺虫剤買ってきて退治するしかないね。」と鈴木も諦めてしまった様子で、ちゃぶ台の前にしかれた座布団に座り込むと、右手で左の肩をとんとんと叩き始めた。
 市橋は鈴木が持ってきた差し入れのロールキャベツと、冷凍しておいたご飯をレンジで温め、鍋の味噌汁を温め直して夕食をまかなった。夕食を済ませると鈴木は食器を洗い、市橋は旅行のカタログを再び眺め始める。別に二人きりの旅行のプランを立てている訳ではなくて、大学時代の研究室仲間で行く旅行の宿泊先をいくつかピックアップしていて欲しい、と頼まれていたのである。

 不意に、キッチンで人が倒れる音が聞こえた。
 驚いて駆けつけた市橋は自分の目を疑った。
 さっきまであれほど元気に部屋を掃除したりゴミを出したりしていた鈴木が。
 右目は顔から飛び出し、顔や首筋や腕や下肢などいたるところから血液などの液体が滲み出し、そして体のいたるところを蛆虫どもが這っていた。中には鈴木の体の皮膚を食い破って逆に体の中に入ってゆく蛆虫もいた。
 市橋は彼女が醜悪な蛆虫に食い殺されたショックより、むしろ直面する恐怖におののき後ずさりした。そして慌てて警察を呼んだ。

 セアカヒトクイバエの餌食となったものはまともな葬式さえ挙げてもらうことが出来ない。なぜなら早急に保健所でその肉体を火葬しなければならないからである。もしも蛆虫が一匹でも残ってしまうとそれがやがては成虫し、被害はよりいっそう広まってゆくばかりだからである。
 当然、鈴木美紀もその例外ではなかった。彼女の遺体は食い破られたその世のうちに近くの保健所で火葬され、骨だけが手元に残った。そして市橋以外誰も、両親でさえもその死に顔を拝めないまま、骨を祀っての葬式が行われ、そしてそのまますぐに墓に埋められた。

 一連の出来事が過ぎて市橋は、すぐに保健所に呼ばれた。悲しむ暇もないとはまさにこのことである。彼はすぐに検診を受け、また、鈴木が蛆に食い破られたときの状況をこと細かく訊き出された。二次感染を防ぐためである。
 そしてその後市橋の部屋で念入りに消毒作業が行われる。あの短時間のうちに蛆虫が床にまで這い出てしまった可能性がある、という判断であった。

(…つづく)