2000年2月17日(木曜日)


 私は親に、「悪いことはばれないようにやれ」と教育されて育ってきました。もちろん冗談なのだとは思いますが、たとえば寝小便してしまったときも、公表されないうちに着ていたものやシーツを洗濯場に放り込み(自分で洗うわけではないところがなんともかわいらしい^_^;、布団をベランダに出してしまって、何事もなかったかのように歯を磨き始める…。子供ながらに、そうすればばれないと思っていた自分ですが、今考えるとそれはむしろ「自分のしたことは自分で責任をとれ」ということだったのではないかと思うのです(^_^;)
 面倒くさい仕事を少しでも軽減する、両親の知恵だったのかもしれません。


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 誕生日

ジャンル:フィクション
危険度:大

 今日はおねしょをすることもなく、すがすがしくお目覚めの正雄くん。今日はいつもと違う朝。2月17日は、雅夫君の10歳の誕生日だった。
 元気にお目覚めの正雄くん、あわただしく洗面所に駆け込んで、お父さんにおはようの挨拶。ちょっとわりこんで歯ブラシをとって、顔を洗ってみじたくみじたく。お着替えをして、ランドセルに今日の時間割で使う国語と算数と図工の教科書と体操服を詰め込んで。そして一家だんらん朝ごはん。
 「今日は正雄のお誕生パーティーやるから、早く帰ってくるのよ」
 お母さんは笑顔でそう言ってくれた。

 なのに…。

 事件は突然起こった。正雄が家を出て歩き始めると、マンションの下のロビーのところで突然男たちが3人がかりで正雄を抱え込み、外で待っていた白いバンへと駆け込んでいったのだ。正雄は学校へ行くとき誰かと待ち合わせということはせず、外の皆より20分も早く家を出るのだったが、それが仇となった。
 男たちは手早く正雄の口をガムテープで塞ぎ、両手足を後ろに縛り付けた。最初あまりにも唐突な出来事で何が起こっているのはいまいち把握できなかった正雄だったが、そこまでされて始めて自分に起こっている事態に現実味が沸いてきたのか、烈火の如くもがき、喚き始めた。男たちのうちの一人が車の壁、正雄の頭上を思いっきり殴りつけ、「五月蝿ぇっ!! 男ならちったぁ黙ってろ!!!」と怒鳴りつけた。正雄はすすり泣いた。

 車は延々と走りつづけ、やがて何かの研究施設のようなところへと入っていった。正雄は縛り付けられたまま男たちの手によって運び出された。そして薬くさい真っ暗な部屋で、数時間そのまま待たされた。
 目下の問題が空腹になるほど待たされて、それから青白いゆるい照明がぱっと光を灯した。部屋の向こうの扉から、白衣を着た女性が入ってきた。
 女性は笑顔のまま、落ち着いた声で話し始めた。
 「突然連れ出してしまってごめんなさいね。辛かったでしょう」
 そう言って、女性は正雄の口を塞いでいたガムテープをゆっくりとはがした。
 正雄は、その女性がなんだか妙に綺麗な人に思えて、胸が詰まった。
 しかし、綺麗でやさしそうな女性、という好印象も、次の彼女のセリフで、そしてその後のやり取りで、しだいに恐怖へと変わることになる。
 「あなたには、標本になってもらいます」

 「標本?」
 正雄は首をかしげた。彼女が言っている言葉の意味がいまいち掴めなかったのだ。
 「そう、あなたはこれから、美しい標本になるのよ」
 甘美な匂いさえ漂わせる彼女の言葉の響きに、正雄はしばし翻弄されていた。頭の中がボーっとしてきた。彼女はそんな正雄の手首を縛り付けている包帯を解き、そしておもむろに上着を、それからシャツを脱がし始めた。
 少年の体はとても華奢なものであった。白衣の女性は少年正雄の胸を頬擦りし、笑顔をますますほころばせた。
 「美しい体…」
 正雄は自分の背中に手を回し、頬擦りする女性の香りを感じながら、上気して顔をほてらせ、胸を高鳴らせた。顔を火照らせているのは、彼女も同じだったようだ。
 彼女は顔を上げ、そして言葉を続ける。
 「…この美しい体も、今からちょうど10年前の今日、夜の11時23分3秒、あなたのお母さんのお腹の中から生まれてきたのよ」
 雅夫は、突然そんなことを言われて、きょとんとした。
 今初対面のこの女性が、なぜ自分の生まれた日や時間までもを知っているのか、そういうことは別に疑問には思わなかった。そういうことが疑問すべきことであるということに気が付くほど、知恵をつけてはいなかったからだ。でも、自分でさえ忘れかけていた誕生日のことをむこうから持ちかけてきたことで、妙な驚きが彼を我に帰らせたのかもしれない。
 女性は正雄の体に密着したまま、説明を始めた。
 「私たちは生まれてからちょうど何年になる、っていう子達の標本を集めて、研究を行っているの。人間の体は遺伝子情報によって作られている。っていっても、あなたにはちょっと難しいと思うけど」
 正雄は訳がわからず、きょとんとしたまま彼女の説明を聞いていた。
 「成長中の人の体からは、大切な情報をたくさん読み取ることができるのよ。今まで解明することのできなかった病気のこととか、成長痛の本当の理由、反抗期の科学的証明。そういういろんな情報を、あなたたちのような育ち盛りの子供たちを解剖することで明らかにすることができるの」
 正雄には難しい言葉があまりにも多すぎた。正雄はまだ訳がわからないでいる。
 白衣の女性はそんな少年の様子を見て、くすっと笑った。
 「ごめんなさいね。ちょっと難しすぎたかしら」
 そう言うと彼女は、指をパチッと鳴らした。その合図にあわせて、まだ薄暗かった部屋全体に光が灯された。突然部屋が明るくなったので、正雄は目をしばたかせた。しかしその光景を目の当たりにして、その目はすぐに見開かされることになる。

 正雄が目の当たりにしたのは、同じ年恰好の裸の女の子の、ホルマリン漬け、まさに標本だった。

 「あの子は先月、あなたと同じ10歳になったばかりの子よ。香織ちゃん、っていうの」
 白衣の女性は相変わらず正雄の体に抱きつきながら、そう説明した。当の正雄は始めて自分に置かれた状況を把握したのか、小刻みに震えだし、昨夜は漏らさなかった尿を漏らしてしまった。
 「ごめんなさい、恐がらせてしまったかしら。でも泣かないで。あなたもあの子と同じように、あんなに美しい体のまま、傷つけられることもなく、痛みもなく、永遠に眠りつづけることができるのよ」
 正雄に彼女の声は聴こえていないことはなかった。しかしもはや彼の頭の中は目の前の標本でいっぱいだった。自分もああなるとか、そういうことではなくて、その、悲しみと無音に満ちた光景が、単純に彼の脳裏に恐怖を植え付けていた。
 「今からちょうど1時間後」
 白衣の女性はそこでようやく立ち上がり、腕時計を見ながら言葉を続ける。
 「あなたが出生を迎えたのとちょうど同じ時間に、あなたを迎えに行くわ。それまでもうしばらく待っていてね。そしたら、あの子と同じところに、連れていってあげるから」
 そう言って、彼女は部屋を出ていってしまった。

 手を縛っていた包帯は解かれていたので、足を縛り付ける包帯も簡単に解くことができた。でも出口は思ったとおりカギが掛けられていたし、ホルマリン漬けの標本と今座っていた椅子以外脱出のために役に立ちそうなものは何一つ置いていなかった。
 正雄はホルマリン漬けにされている少女に近づいた。少女の目に、表情に、言葉はなかった。そして、その光景は、どこか悲しげな感情に満ち溢れていた。
 少年正雄は、涙を落としながら、彼女に語りかけた。

 もうすぐだからね…。もうすぐ僕も、そっちに行くからね。そしたら一緒に遊ぼうね。僕たちきっと、仲良くなれるよね。

 正雄が10歳を迎える時は、刻一刻と、迫っていた。


 ビール

ジャンル:コラム
危険度:小

 仕事とかの後におもいっきし冷えた生を中ジョッキに1杯だけ呑む分にはこの上なく美味しいと思う飲み物。あわ立った黄色い液体は、温まってしまうとどうにも人間その他の動物が排泄した液体のように見えてしまってあんまり長時間料理のそばに置いておきたくないようなそんな概念でもある。

 ビールの一気呑みはやりたくない。炭酸飲料というのはもともと一気呑みに適したシロモノではないとおもう。コーラの一気呑みは芸になるのに、ビールの一気呑みが芸にならないのはなぜなのだろうとつくづく思う。
 だいいちビールばかり飲んでいると飯が不味くなる。ビールは腹に溜まるしゲップが出るし、匂いが強いから他の食べ物の味がなんだかわからなくなってくる上に尿が早くなるというグルメにはマイナスな要素ばかりを秘めている(俺はグルメじゃないけどな)。もっともヘビースモーカーで普段から口がヤニくさい人にとっては関係ないのだろうけど。

 そんなわけで私の会席の場での酒の飲み方は大体パターン化してしまっている。まず最初に生中を頼む。回りの人間も巻き込んでみんなで生中にしようとする。みんなが手に手に中ジョッキを持つ光景はなんだか豪勢で賑やかな気がして心が和むのだ。
 で、つまみをかじりながら一杯目のビールはごくごくと一気ではないにしてもそれほど時間をかけずに飲み干し、その後は季節によって、夏ならウィスキーロックか冷酒、冬なら焼酎お湯割り梅干入りで攻める。他の皆さんは大体サワーかカクテルに手を出して、呑み易さにかまけて潰れるまで呑みつづけてくれるのだが、私は最近どうにも甘いお酒は砂糖を入れた老酒以外苦手なので、そうなると一人まったりとした気分に浸りながらゆっくりと呑むことになるのだ。

 ところで料理にお酒はつきもので、特に肉料理や魚料理に酒を使うと焼いた酒の甘味が肉のうまみを引き立てて最高の調味料として料理を演出してくれる。私はあまりお目にかかったことがないのだが、ビールのメッカ・ドイツでは当然の如く料理用の酒としてもビールが使われる。ビールのあの独特の匂いが焼かれて更に強烈になって肉に染み込むことを考えると、ドイツ人の神経を疑ってしまうのは、いまだ食わず嫌いにとどまっている私の了見が狭いだけなのだろうか。
 一度試してみたいとは思うのだが、日本の薄いラガービール(ドライや生もビンや缶で売られているのはみんなラガービールに含まれる…らしい)で料理に使える気がしないので自分で試す気にもなれず、やっぱりそういう料理を出すお店を探してみるよりほか無いのだろうか。