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レンズ研究:非球面ズミクロンf2/35

"人がそうであるように優秀なレンズにもさまざまな個性がある
その特性はひとつにこれを使う人によって完全にかつ最高の段階に達する"

- マックス・ベレーク
ズミクロンというのはライカを代表する名前のひとつだが、今日ではズミクロン自体はF2.0クラスの明るさを表す名前でレンズタイプで言うとガウスタイプが主に使われてきた。

レンズタイプ(formulaとも言う)といってまず思い出すのはトリプレットやテッサー、あるいはゾナーやビオゴンなど古くからある名前であり、テッサーやトリプレットなどは100年前から存在するしガウスタイプはさらに古い。そして人はこう思うかもしれない、もう新世代に設計者の英知が生かされることはなくただ会議と計算機があるだけだ、と。
そう思われた方は90年代に発売されたレンジファインダーや高級コンパクト用の広角レンズを見ていくとある面白い外観上の共通項を発見することができる。

たとえばヘキサーKMマウントの35/F2やCVウルトロン35/F1.7、あるいはリコーGR28/F2.8やミノルタTC-1のロッコール28/F3.5などであり、それはレンズの前面が凹んでいることである。
見慣れたレンズはたいてい前が丸く出ているものであるが、これらのレンズは奇異なことに対物側のレンズが凹面になっている。
また最新のCVノクトン35F1.2においては一枚目の薄いレンズを取り去るとそのレンズタイプはあるレンズとほぼ同じになる。


そのレンズとは現行のライカの非球面ズミルックス35ASPHである。このレンズの特徴は非球面を使用していることとともに、レンズの両端が互いに外から見ると凹んでいることにある。
このレンズはよく知られているように1991年に発売されいまではプレミア価格で取引されている初代非球面ズミルックス35の後継であり、その初代非球面ズミルックスこそがそうした前面が凹んでいるレンズたちの祖であると思われる。

その証拠は1991年2月15日付けのUS特許656411にWalter Watz/Leica Camera GmbH名で見ることが出来る。
この特許は添付図と請求内容を見ると分かるが二枚の非球面を持つ初代非球面ズミルックス35Asphericalの発明を記述したものである。このレンズの構成図を見るとわかるがこれはガウスタイプの最前面と最後面に凹面を加えたように見えるものである。それらの第一群と最後群は張り合わせになっている。

Abstract
A camera lens with a relative aperture of 1:1.4 and a focal length of 35 mm has five components. The first component includes a cemented element which is concave on the object side...

焦点距離35mmで口径比1:1.4の5群からなるカメラ用レンズ。第一群は張り合わせ面を持ち、物側に対して凹面を向けている...
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Inventors: Watz; Walter (Huettenberg-Reiskirchen, DE) 
Assignee: Leica Camera GmbH (Wetzlar, DE) 
Appl. No.: 656411 
Filed: February 15, 1991 

この特許の明細には「非球面単体の適用だけでは周辺画質を改善するには不十分であり、驚くことだがそれに加えてレンズ両端の面(respective outermost surfaces of a lens) が凹面(concave shape)であることが周辺画質の向上を導く」とそのユニークな凹面の理由が記載されている。
さらに文は「この認識は従来のガウスタイプからの基本的な脱却を意味している」と続けている。
つまりこのクラスのレンズにおいてごく一般的に使われてきたガウスタイプとは違う新しいレンズタイプが生まれたのである。レンズタイプはルドルフやベレークの時代に出尽くされたわけではなく、このコンピュータの現代においても設計者の創造性が形となって現れうるということをこのズミルックスは証明した。


このズミクロン35ASPHはその非球面ズミルックスの直接の流れを汲むレンズであり、97年に登場した。
プッツ氏のLHASAでの文によると前出の初代非球面ズミルックスは設計に2年ほどかかったがこのズミクロンは1年かかっていないそうでそのデータが有効に活用されたことがうかがえる。

このズミクロンASPHは他の世代レンズと比べて「非球面」と区別されるように非球面が一面使われていることが特徴である。非球面の効果はさまざまあるが、このズミクロンにおいては絞りに近接して非球面が設けられているので主に球面収差の除去に用いられていることがうかがえる。

ズミクロン(F2.0)は今日的にはさほど大口径とはいえないので、これは口径比などに起因する球面収差を小さくするために用いられると言うよりはさきの特許の文面から考えると、周辺の収差を抑えるため両端に凹面を増やしたことなどにより球面収差が副次的に増えるのでそれを抑えるために非球面を組み合わせた、と考えられる。

おそらく最初期の二枚非球面タイプのズミルックス35では周辺画質を向上させるために直接的に非球面を用いようとしたので絞りからやや離して二枚の非球面を配置したが、両凹面の効果が十分だったので非球面ズミルックス35(現行型)からはコストを考えて一枚のみに減らしたのだろう。
そして上記の分担を考慮して絞りに近接配置にしたのではないだろうか。非球面ズミクロンはその考え方を引き継いだものと推測される。

 

非球面ズミルックスから変わった大きな点はコンパクト化に苦心しているということだ。ブライトフレーム式のRFの場合レンズが大きいとファインダー視野がけられるためにコンパクトなレンズ外形が要求される。
RFではレンズ設計に制約が無いともよく言われるがこうした制約は存在すると思う。ちなみにAFズームファインダーのCONTAX G1が有利なのはこの点であろう。

非球面ズミルックスは先代のズミルックス35から比べてもかなり大型化したが、レトロと同様に凹リードのタイプは必然的にレンズが長くなるのでいたしかたないかもしれない。
ただズミクロンの場合は常用性が求められるため、コンパクト化は必須の命題だったのだろう。そのためレンズの最後部はかなり大きな凹レンズ(マイナスのパワー)になってテレタイプ化が計られいるようだ。またレンズ後端自体もかなりマウント面からでっぱったものになっている。

広角でテレタイプというと不思議な感じもするが、テレタイプは望遠を表すというよりレトロフォーカスの逆(レトロが逆望遠と呼ばれることを思い出してほしい)でありレンズの全長を小さくするための凹面が後端についた構成を指す。たとえば現行のエルマリートM90は凸で終わっているが、わざわざ「テレ」を冠されたテレエルマリート90(thin)は凹で終わっている。またコンパクトカメラにおいてはテレタイプの広角は珍しくはない。
この一つ前の7枚玉とも呼ばれる先代ズミクロン35はかなりコンパクトなレンズだったので大型化したように感じられるかもしれないが、非球面にはこうした工夫がされている。

そうした工夫によってもこのレンズはやや大きくて付属の角型フードをつけるとファインダーが少しけられてしまう。
旧タイプの12504フードをつけてみるとやや改善されるがやはり繰り出すとややけられてしまう。
わたしは12504フードを使用しているが、この場合はキャップがつかないので晴天下では幕焼けに少し気を配る必要があるのだろう。

このレンズを実際に手にとって見ると昔のツァイスレンズのように大きさの割りにずっしりと重く感じられる。この重さからかなりの高屈折率ガラスを使っていることがうかがい知れるようだ。

写りはさすがに開放でも全域で文句の無いシャープネスを持っている。ただ少し光量落ちはあるようだ。
またこのレンズは単にシャープネスが高いというよりも、諧調再現性にすぐれていてとても立体感のある丸みのある像を作ってくれる。またボケ味もとてもライカらしくなだらかで、ピント面からスムーズにつながっていく描写はまことに美しい。単に最新のシャープネスのみ追求したものではなくライカの美点を現代に移し替えたようにも思える。

さきのプッツ氏のLHSAでの文を借りるとライカでは現在においてもひとつのレンズ設計は主にひとりの設計者の主導の下で行われるそうで、設計者の技量が生かされやすいのではないかということだ。
そうした点がこの非球面ズミクロンでも現代的な写りの中にもライカらしさの残るゆえんであり、ライカ社が現代でも最新の技術を生かしながらもライカユーザーのことを考えていてくれることを示しているのかもしれない。

(2003/10/7)