〜僚の巻〜

 僚には、どうしても越えられない目標があった。
従兄の、河(コウ)だ。

 河の薙刀は、悪羅大将を一撃で倒す。
悪羅大将は体力が高く、倒すのは容易ではない。とどめを刺せずにいると、宝を持って逃げてしまったりする、厄介な敵だ。
河はそれを、前列の他の敵ごと一掃してのけ、息ひとつ弾ませていない。

 青い髪、涼やかな白い顔。僚よりも頭一つ分、背は小さい。
この華奢な身体の一体どこに、そんな力が秘められているのかと思う。

 河は、僚の母、更(サラ)によく似ている。
母・息子より、叔母・甥が似ているというのは、よくある話なのだそうだ。
髪の色、肌の色。術の強さ。薙刀士であること。
河が持っているそれらは、僚には受け継がれなかったものだ。
 僚にはそれが、ちょっとねたましかった。





 「えいっ!」
渾身の力を込めて悪羅大将に槍を繰り出す。
手応えはあった。貫通して後列の敵にも届いている。
が、悪羅大将は倒れない。
「しまった、..またか!」
一撃で倒せなかったので、また余計な攻撃を食らう事になる。
「うわぁぁっ!」
雷電をまともに受け、僚は悲鳴をあげた。見ると河も地面に膝をつき、歯を食いしばって耐えている。
敵の攻撃が止むやいなや、河が必死に立ち上がり、薙刀を振りかざす。
「..!!」
足元が定まらず上体が泳ぐが、当たればそれで敵は倒れる。
悪羅大将を含む前列の敵が全滅し、戦闘は終わった。
「..ふぅ。..済んだな、僚。..」
地面に倒れたままの僚を見下ろし、河は笑うと、自分もその横にどさりと身を投げ出した。

 「河..ごめん。」
僚は雷に打たれた全身がしびれ、頭を起こすのがやっとだ。
「..待ってろ、今、回復してやるから..」
河は自分の傷もそのままに、僚に回復呪文を唱える。
「いいよ、円子はもったいないよ。」
「..いいんだよ、大事をとらなくちゃ。」
その言い方が、母の更にそっくりだ。
(母さんも、よくこうして回復してくれたっけな..そう、そのくせ自分は「お雫」で済ませたりして。)
と、見ると、河も自分の回復はお雫で済まそうとしている。
「河、..」
「ん、なんだい?」
「自分も円子使えよ。」
「..あぁ。」
そう答えて笑う。
笑うといっそう、河の顔は母にそっくりになるのだった。





 「河、どうして俺、攻撃力足りないんだろう。」
夜が来て、かがり火の前でくつろぎながら、僚はため息をついた。
「気にするな。俺もこの2ヶ月くらいで力がついたんだ、お前もこれからだよ。」
明日も一日中戦いだ。
おそらく明日も、敵の首領のほとんどが悪羅大将だろう。
僚は気が重かった。

「河、薙刀見せてよ。」
「あぁ、いいよ。」
河が手渡した武器は、僚の手の中で頼りないほど軽かった。
「えーっ..軽いなぁ。」
「そりゃ軽いさ、槍とは使い方が違うからな。」
「うわ、しかも..河、お前、たったこれだけの刃先であんな敵を?」
さぞや強力な武器だろうと思っていたのだ。
ところがそうではなかった。武器単体で比べるならば河の薙刀は、僚の槍の、実に半分以下の実力しかなかった。
 逆に言えば僚は、槍の力がなかったら河の足元にも及ばないのだ。

 押し黙ってしまった僚の肩を叩き、河が笑う。
「お前の素質はこれから開花するんだ、焦るな。」
「..だって..。」
(だって、俺は河のようには決してなれないじゃないか。)
出かかった言葉を、僚はこらえた。河に当たりたくはない。
(俺は、母さんに全然似なかった。術の素質の低さときたら..。そして肝心の攻撃力が伸びないとしたら、俺は何もいい所がないじゃないか。)
「河..。」
「..なんだ、僚。」
(母さん..。)
河が母だったらいいのに、と、僚は涙を必死でこらえながら考えていた。
(ちくしょう、河の前で泣くわけにいかないじゃないか。..母さんだったら、泣いたっていいのに..。)
更が亡くなって、もう3ヶ月経つ。
河と二人きりになって今まで、息つくひまもなく戦いに明け暮れて来ただけに、ふと弱気になった気持ちを、僚はどうしていいかわからなかった。





 寝床についてからも、僚はなんとなく寝つけなかった。
「..河..起きてるか?」
「..あぁ。」
「なぁ..母さんが死んでから今まで、あっと言う間だったよな。」
「あぁ、そうだな。」
「御前試合が無かったら俺たち、まーだ帰らずに今までいたりして。」
「ははは、一度も屋敷に帰らずにいたら、さすがに今月あたりには二人ともへばってるかな。」
今月で、河は11ヶ月、僚は8ヶ月だ。
二人とも若く健康そのもの、遠征が何カ月にまたがろうとも、きっとなんともないに違いない。
(そうして、河、母さんは屋敷で今も生きていたかもしれなかったよな..。)
何も言わずに河は、寝返りを打つ。
あの時の事を、河も忘れてはいないのだ。



「嫌だ、..帰りたくない。」
そう言って僚はあの時、一度だけ河の前で泣いたのだ。

「河、お願いだよ。俺も河もまだ帰らなくたって平気じゃないか。..俺たちが屋敷に帰らなければ、母さんは生きていられるんだろう?」
「確かに、生きては、いられるさ..」
「だったら!!」
「..だが、それだけだ。きっともう布団から起き上がる力もないだろう。あとはただ、俺たちが帰る事だけを願って日々を過ごすだけだ。そんな毎日が幸せだろうか?」
「だけど!..だけど、..生きてるんだよ!..俺たちが帰らなければ、生きていられるんだ!!」

「..僚、お前の成長し強くなった姿を見せて、更姉さんを安心させてやろう。..そうして、..あの人を..休ませてあげよう...。」
河の声も震えていた。
 いつしか僚は河の胸に顔を埋め、押し殺した嗚咽の声を静かに聞いていた。
河にとっても、叔母は母代りの大切な存在であったのだ。





 河は、初陣を終えてすぐ、2ヶ月という若さで当主になった。
その時、僚はまだ生まれていなかったのだが、母やイツ花からその時の話を聞いている。

 河の母は、河の訓練を妹の更に任せ、単身大江山に乗り込み、二体の仁王を討ち取って凱旋した強者だったという。
「おねぇちゃんは、私に子育てばっかり押しつけてたのよねぇ。」
僚の母はよく、そう言っては笑っていた。
 河の母は、母親である前に強い槍の使い手であり、そして当主であった。
それが、戦う一族の定めなのかもしれない。



 「ねぇ、河、..あれ、寝ちゃったのか。」
物思いにふける間に、河は眠ってしまったらしい。軽い寝息が聞こえてくる。
(河。..河は、自分の母様に甘えた事があったかい?)

 僚の母は、僚の2ヶ月間の訓練はもちろんのこと、初陣も一緒に2ヶ月にまたがってこなし、僚のそばにいてくれた。
「さぁ今月からは、河と二人で行きなさいね。」
そう言って送り出してくれた笑顔を、今も思い出す。あれが、最後に見た元気な母の姿だった。
(俺は、母さんとずいぶん一緒に過ごせた。..俺は、河よりも恵まれていたんだな..)

 月明かりが天幕にさし、河の寝顔を照らしている。
そうして目を閉じていると、まるで女の子のような顔だ。
「河..。」
僚は、河が好きだ。従兄の寝顔にドキドキするなんて、俺はおかしいのだろうか、とも思うが、だって河は、母に似ているのだ。
 当主としての河、年上の従兄としての、河。
助けになりたい、役に立ちたい。戦力として、一族として。
そうだよね母さん、と、僚は胸の中でそっとつぶやく。





 翌々日は、奥の院の悪羅大将どもをほとんど片づけたので、目先を変える事にした。
「朱の首輪が欲しいんだよ。」
河は言った。
僚は、戦略は当主の河に任せ切りである。
「ふぅん。」
あまり興味なさそうに僚は答えた。まぁ、毎回実力の差を見せつけられる悪羅大将戦でないのは、ほっとする。

「いた!あれだ、河!」
ウロコ娘が首輪を着けているのが、ちらりと見えた。
「よし!」
河が一撃で討ち取る、と思いきや、敵は思ったよりすばしこかった。
「なんだとぉ?!」
白波を食らって二人が転倒している隙に、首領の河童が逃げてしまった。

「なんだなんだ!くそー、あれが俺の親戚筋だなんて、許せん!」
河が珍しく、地団駄踏んで悔しがる。
その様子に、僚は腹を抱えて笑ってしまった。

河の父神は白波河太郎だ。
「だから、技の水の値がおっそろしく高いんだよな、河は。」
「そうだけどさ、その河童と結婚しようって母様のセンスを疑うよな。」
「ははは、河の母様が、白波河太郎を解放したんだもんな。神に戻って昇天という時に『河太郎さん、お婿に来て!』と言ったとか言わないとか、語り草だもんなぁ。..いいじゃん、河、顔は河太郎に似なかったんだから。」

「今度は俺たちの代でウロコ娘狩りだ。どんな女神なのか、僚、知ってるか?」
「えっ、知るわけないよ、絵姿だって残ってないんだろ?」
ウロコ娘がどんな神の囚われの姿なのか、河にだって見当がつくわけがないのだ。
「どっちにしろ俺には興味ないよ、河が嫁さんにしたいんならすれば。」





 ところが、である。
「おい、僚!..僚っ!どうしたんだ!?」
河に肩を揺さぶられて、僚はやっと我に返った。
足元を見ると、ウロコ娘の姿はどこにも無く、朱の首輪だけが落ちていた。
「..河。..あ、あれ、..見たか?」
「見た、って..?あぁ、解放出来たけど..」
「河、お前、なんとも思わなかったのか?!すごい美人だった..『私の目を見て3つ数える..。フフ、続きは、後で。』って。」
僚の目に、神秘的な瞳が焼きついて離れない。

 一方、河は目をまん丸にしている。そうして驚いているところは、なんとなく河童に似ていなくもなかった。
「何、すごい美人って..それに、そんな事言ってたか?」
「なんだよ、河、聞かなかったのかよ?!あんな、ゾクゾクっと来るような声。」
「聞いてない。それに、髪の毛で隠れてて顔、全然見てない。」
「え。..見てないの?」
「うん。」
「声も?」
「うん。」

「..うわーははーっ!!バカだなぁー。ソンしたなぁっ、河!」
憮然とする河を尻目に、僚は思い切り笑った。





 思いっ切り笑ったせいなのか、なんだか、晴れやかな気分だった。
あの女神の顔を見たのが自分だけだった、というのが、妙に得意だった。
 それに、気が付くと僚は、いつの間にか体力値でとっくに河を追い抜いていたのだ。

 ちょっとだけ、河へのねたましさが減った。
少しだけ、河の寝顔を見ても母を思い出さなくなった。





 ただ、僚にはどうしても合点の行かない事があったのだ。
(あの女神は、母さんにも河にも、全然似ていないのに、なんで俺、好きになったんだろう。)









 










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