〜 単の巻 〜

 「いってらっしゃいませ、お気を付けて!!」
 イツ花の張り上げる声に送られて、金耀珠は一人、歩き出した。

 見送りは自ら断わった。
当主と太照珠は自分の事など心配せず、訓練に専念して欲しいと思ったからだ。

 鎮魂墓の入口まで何事もなく着いた彼女は、装備のうち装飾品を「雪のたすき」に改めるため、いったん立ち止まった。
槍の穂先も、もう一度あらためる。この鋭い切っ先が彼女の攻撃力になる。

(さぁ、行こう。)
ためらうことなく、金耀珠は地下への階段を降りていった。





 少数精鋭主義の紅后家では、新しく生まれた子供の訓練の時期になると戦える者が一人だけ、という場合もしばしばだった。
当然年かさの者が訓練を受け持ち、これからまだ実力の伸びる若い戦士が一人、戦いに臨む。
 金耀珠は月齢8ヶ月。もう、一人で戦いに出るには充分の経験は積んでいる。
(茅珠お祖母さまに負けていられない。)
金耀珠の祖母茅珠は7ヶ月にしてたった一人で敦賀の真名姫を倒している。
自分にはその血が流れているのだ。

 閉ざされた空間に降りてゆくと、あたりは石壁独特のひんやりとした空気に変わる。
あまりに静か過ぎて耳が痛くなるような静寂。
恐怖はみじんも感じなかった。
ただ、静かな闘志が胸の内に燃えているだけだ。

 奥へ進むと、不気味な敵の姿がゆらゆらと壁に映っている。
だがこの辺をうろつく雑魚に用はない。金耀珠は息をひそめ、柱の影伝いにそれらをやり過ごして、より奥へと進んで行った。





 2度ほどの小さな戦闘を経て、やがてさらに下る階段への入口にさしかかる。
ここまでさして消耗せずに来る事が出来たのは雪のたすきのおかげだが、ここからはたすきを外し「嵐の腕輪」を着ける。

 一歩踏み出すやいなや、ガシャンガシャンと、耳を弄せんばかりの金属音をたてて、次々と土偶たちが石畳に着地して来た。
金耀珠にとって初めて戦う相手、これが目的の戦いだ。

 青銅色の巨体が威圧的に鈍く光る。巨大な土偶4体と対峙するには、生身の金耀珠はあまりに矮小な存在だった。
だが、金耀珠は落ち着いていた。経験のある当主から話を聞き、この戦闘に備えて戦略を練ってきたのだ。

 来た。
金属のでく人形のくせに、思ったより動きが速い。
立て続けに攻撃を食らう。
(4対1だと思って、こいつら..)
金耀珠はじっと4度の攻撃を耐えるしかないのだ。守備の固い金耀珠には大した痛手ではない。

(くっ。あんな装甲なんぞ一撃で貫通してやるものを..)
気持ちははやるが、「石猿」で守備を強化するのが先だ。自分一人だから、一つの動作を行なうとまた次のターンまで耐え、それから攻撃だ。
今度は土偶たちはてんでに味方同士で強化の術をかけあい、直接攻撃してくるものは少なかった。
じりじりとそれらを待った後、金耀珠は槍を構え、ぐっと前へ踏み込んだ。

「槍の威力を知れ!エイッ!」
渾身の力を込めて繰り出された槍は、前列の土偶の装甲をあっさりと貫通し、後ろに控えたもう一体も串刺しにした。
素早く槍を引き抜き、跳び下がる。
 金耀珠が、4体もいる土偶との戦いを選びここに単身で突撃したのは、充分な勝算があるからだ。これが前後2体串刺しにできる槍ならではの強みなのだ。
「さすがに一撃では無理か。」
高い攻撃力を誇る金耀珠だが、一度の攻撃で討ち取れるとは思っていない。敵の損傷の度合いを見て、次の手を選ぶ。
次は、攻撃力強化の呪文だ。

「もうっ、わかったから早くしてよ!」
土偶どもは懲りずに「速鳥」などかけあっている。
と、最後の一体が「春菜」を唱えた。今の攻撃で損傷を受けた2体の傷がみるみる癒えてゆく。
「あっ、このっ。」
金耀珠は思わず毒づく。これでは簡単には終わりそうもない。
本当は2人ないし3人が一気呵成に連続攻撃して、回復する隙を与えず倒すのが常套なのだ..。
何度となく頭では描いてきた、単独の戦いの手順ではあったが、実際に戦って初めて、金耀珠は単身の歯がゆさを知った。

 攻撃力強化の呪文「梵ピン」を唱える。これで1ターン終りだ。また、土偶4体の攻撃を受け流し、じっと待つ。
「梵ピン」1回ではまだ2体を一気に倒せないかもしれない。もう一度か。それとも攻撃に賭けてみるか。
少しずつのダメージが重なって、さすがに体力の高い金耀珠も消耗してきた。
(自分の回復はまだだ。より効率の良い攻撃が先だ。)
もう一度、「梵ピン」。
受け太刀に回り、待つ。そして。

「よしっ!」
手応えがあった。前後2体の土偶が、一撃のもとにバラバラになり息絶えた。
「やったっ。」
残るは2体。
耐える攻撃が半分になり、金耀珠にはぐっと楽な展開になった。
が。

「..つっ!!」
相手も渾身の一撃を繰り出して来る。重防具を破って土偶の攻撃が金耀珠の肉に達した。
「回復しないとダメだ..」
血が脇腹を伝い落ちる感覚にぞっとしながら、金耀珠は回復呪文を唱える。
治すのも一人、攻撃に転じるのも一人。
(今までの戦いでは私はもっぱら攻撃要員、回復は他の人にしてもらっていた。)
傷がふさがるまでの間、歯を食いしばって痛みに耐えながら、金耀珠は今までの戦いがいかに恵まれたものであったかと考えていた。
(私がもしここで倒れても、誰も屍を拾ってはくれない。)

 勝機はだが、すでに金耀珠の側にあった。
次の一撃で、残る2体もあっさりと討ち取り、金耀珠は戦いを終える事ができた。

(あぁ..長かった。)
疲労の色を隠せない金耀珠だった。





 金耀珠の祖母、弓遣いの茅珠が単身立ち向かった相手は、やはり単身で迎え撃つ、敦賀の真名姫だった。
その1対1の孤独な戦いは、きっと壮絶なものだったのだろう。茅珠は体力の大半を使い果たし、半死半生で屋敷にたどり着いたという。
自分が戦った、表情のない金属の土偶4体と、それはまた違った戦いだったかもしれない。

 金耀珠は、疲れてはいたが健康度はまだ充分ある。
しかし、目的は果たした。

(京へ、..紅后の屋敷へ、帰ろう。)
仲間たちの顔が無性に見たかった。











 戦いのそのものをあまり書いてこなかったのですが、一度、純粋に戦闘シーンだけの話を書いてみたいと思いました。
 この金耀珠のいる紅后家は、最近また新しくプレイし始めた「(新)闘神紅后伝」です。






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