店主紅后家は、日記を見てご存じの方もいらっしゃると思いますが、一度中盤でメモリを飛ばし、一からやり直しています。一度目は戦っているうちにいつの間にか容易に手に入った「槍の指南書」が、二度目は全く手に入れられず、難儀しました。


〜槍の巻〜

 「まーたですか、当主さま。」
焔竜がうんざりした声をあげた。
「もうあそこの河童どもはあらかた平らげちまいましたよ。」
「すまない、焔竜どの。」
当主の燈珠は目を伏せる。
「俺、初陣からこの方、一度も他の所行った事ないんすよー、他にも成敗しなきゃならない場所が、あと3つもあるってぇのに...母上ぇ、母上からも当主さまに言ってくださいよぉ..」
「これ、焔竜。」
焔竜の母、金雲母が我が子をたしなめる。
当主を継いだばかりのまだ幼さの残る少女の燈珠では、一ケ月しか年の違わない焔竜を従わせる威厳など望むべくもない。
「焔竜。他に討伐に行ったことがないのは当主さまも同じなのよ。我慢なさい。これもお家(いえ)のためです。」
母にキッパリ押さえつけられて、焔竜は渋々引き下がる。
「ちぇっ、..俺、出陣の準備があるので下がります。」

「すみません金雲母叔母さま..」
「謝らなくていいんですよ。不服を言うあの子が悪いんです。あなたは当主を継いだのだから、一族の者に命令するのは当然なのですよ。」
「はい...。」
一族、といってもたった3人である。
紅后家の始祖、源太とお輪の子である先代当主がいよいよ逝くという時、彼女はいくらも年の違わぬ己の息子ではなくその娘、自分の孫にあたる燈珠に、当主の大任を負わせた。
第2子金雲母の血筋は臣下に下し、当主を継がせる事はないと、かねがね金雲母は老いた母から言い渡されていた。
「薙刀遣いの血筋を守っておくれ。」
金雲母の子に、長子焔珠と同じ「焔」の字を冠したのは、臣下といっても決してないがしろにせず同等に扱う、という、当主の気遣いの現れだった。

「私が相翼院にしか遠征しない訳を、叔母様はご存じですね。」
「はい、先代当主さまから聞いております。」
「金雲母叔母さまから焔竜どのに話して欲しいのですが..そうすれば焔竜どのも納得される事でしょう」
「いいえせっかくですが当主さま、大事な家の方針です、私も含め、一族の者に当主さまから、改めてお話しになる方がよろしいでしょう。」
金雲母は、この姪が不憫でならなかった。兄によく似た、大人しい面差し、武器を取って戦うより書院で読書に親しむ方が似合いそうだ。当主はそんな少女の非力な腕でも戦えるよう、燈珠を弓遣いに就かせ、術にたけるよう教育した。
兄焔珠は忠実に当主に付き従うだけで良かったが、姪の燈珠はそうはいかない。これからますます猛々しい武者に育つであろう焔竜を始め、これから生まれてくる子供たちの誰をも従わせる当主であらねばならない。
「燈珠さま。」
「はい。」
「焔竜はあなたの臣下です。あの子が怖いですか?」
「叔母さま...。」
「金雲母どの、と呼ばなくてはいけませんよ。」
「はい...。」
「先代当主さまも女ではありませんか。しかもたった一人取り残され、若い頃は何かにつけ泣いていたそうですよ?」
「えっ、お祖母さまが?」
あの、凜とした強い目の光をお持ちだった、お祖母さまが..。燈珠は驚いた。
「力でなく、徳で従わせなさい。あなたには、それができる。」
「...。」
燈珠はこくり、とうなずいたものの、いかにも頼りなげだった。



 「ちっ、また一匹逃がしたか...。畜生、母上、薙刀ではどうして後列のやつを攻撃できないんです?」
焔竜が地団駄踏んで悔しがる。
弓が一人に薙刀二人では、攻撃の率が悪く、後列を残さずに全滅させる事が難しい。

「もっと先へ行って見ましょうよ〜、その方が奉納点が高いのに..ねぇ当主さま、なぜ進まないんです?」
焔竜は戦いの興奮冷めやらず、若い力を持て余していた。悪気はないのだが、自然と当主に詰め寄る形になる。
「なんでこんなとこで行ったり来たりするんです??? 当主さまはいつも書ばかり読んでおられるから実戦が怖いんだ、」
「焔竜っ、口を慎みなさい。討伐隊の進退を決めるのはお前ですか?」
「いいえ..でも...。」
「金雲母どの、焔竜どの、大義でした。今日はここで休みます。」
燈珠はやっとそれだけ言うと、さっと身をひるがえした。目に一杯の涙を溜めていた。
「焔竜っ、全員の天幕を張りなさい。力を込めてしっかり綱を引いて張るのです、戦いと同じように重要な仕事ですよ、わかりましたかっ」
焔竜に命じておいて、金雲母は燈珠の後を追う。
「当主さま..」
燈珠は岩陰にしゃがみ込んで泣いていた。
「叔母さま、..私、やっぱり当主なんてできない..私の代になってから敵を全滅させた回数が減ってる..焔竜どのの不満ももっともだわ...」
「あんな単純バカの言う事なんて気にするんじゃありません。」
しゃくりあげる燈珠の背中をさすりながら、金雲母は言った。
「あのバカ、自分の攻撃力がまだ弱いせいで全滅にあと一歩届かない事に気付かないなんて。わが息子ながらあきれたものだわ。父親に似たのかしら..」
叔母の言い方がおかしくて、燈珠は泣くのを忘れて、クスリ、と笑う。
「まったく..焔珠兄さんと私二人だった時は、兄さんがひとなぎで前列を討ち取って、私が後列を攻撃出来るようにしてくれてあっさり全滅できたものだったわ..」
その頃に比べて敵も強くなって来ているのだが、それは棚に上げる。
「さ、気を取り直して。明日はいい事がありますよ。」



「いけない、首領が逃げる。私の回復はいいから焔竜どの、攻撃を。」
「えっ、だってそんなに怪我してるのに..」
「焔竜、早く!」
だが手負いの河童は焔竜の薙刀をかいくぐり、水中に逃れてしまった。

「しまった..」
「あっ、当主さま動いてはいけませんっ」
「..水中でもまだ影が見える..討ち取らねば」
なんと燈珠は血を流しながら、水面に向かって弓を引こうとしていた。
「たとえ当たったとしても骸を回収に行ったらたくさんの河童に水中へ引きずり込まれてしまいます、いけません。」
金雲母が必死に抱き止める。
「と、当主さま..。」
半身を朱に染めてなお悔しげに水面を睨み付ける燈珠の姿に、いつもと違う気迫を、焔竜は見た。
「早く、回復を。焔竜、お前も手伝いなさい」
「は、はい。..」
「当主さま、しっかり..」
燈珠は深手を負っていた。術で傷はふさがったが、体力の消耗は防げなかった。
肩で荒い息をつく燈珠はだが、帰京を命じようとはしなかった。
「そんな..死んじまうよ、当主さま」
「いいえ、大丈夫。それより、みんな、今の河童は巻き物を持っていました。紅后の家が今何より欲しいのは、あれです。..悔しい..あとちょっとで討ち取れたのに。」
「えっ..何です、それは。」
「いい機会です、..お話しましょう。焔竜どの、金雲母どの。」
金雲母は燈珠が楽なように座らせてやると、周囲の水面を怠りなく見張った。
今の戦闘で、この小島に上がっていた河童どもは全部片づけた。当分敵が襲ってくる事はないだろうが、念のためだ。

 燈珠は時折襲う傷の痛みに歯を食いしばりながら、話した。
「槍の指南書」という巻き物があり、それはここ相翼院でしか手に入らない事。
槍を使えば後列の敵を討ち取れる、しかも弓と違って前列から串刺しにするため、一度に前後2体の敵を討ち取れる事。
また、攻撃力が非常に高いので、防御や体力の高い敵の息の根を止めるのに有効な武器である事。
「そして焔竜どの、これは大切な事です」
さらに燈珠は言った。
「槍遣いは、あなた方薙刀遣いの重要な相方となるのです。」
それは先代当主の考えではなかった。
薙刀の長所短所をよく見極め、槍の可能性を予測し、兵法書を読んで熟考に熟考を重ねた、燈珠の結論だった。
薙刀と槍、この2人が続けて攻撃すれば、前後への攻撃が効率よく行なえる。弓遣いが後列の残り、あるいはあらかじめ後列の敵を減らしておけば、かなりな確率で敵を全滅さられるだろう。
「敵の全滅こそ、私たちの目的です。」
燈珠は言った。
「一回一回の戦闘で余さず最高の奉納点を得る事、それにより次の世代により高い奉納点の神を選ぶ事、それこそが、朱点打倒への道なのです。そのためには、私は先へ進めなくても、私の命を費やしてでも槍の指南書を手に入れなければ...。」
あっ、と焔竜は胸の内で叫んだ。
俺は、自分が先へ進む事ばかり考えて、本当に大切なことをわからずにいた..。
「焔竜どの、お祖母さまの言葉を、覚えていますか」
「..はい..。」
それは幾度となく復唱され、一族の者皆が空で暗じている言葉だった。
「いつも前を向いて歩いていくのです、どんな悲しみにも負けては駄目 さぁ、子供たちよ、私の屍を越えて行きなさい」
「私の屍...。」
それは、俺の屍もそうだ、と焔竜は思った。
俺も、俺の子供たちに越えて行かれるために生き、戦っているのだ...その戦いは今は「槍の指南書」を得る事なのだ。
「当主さま、わかりました。あさはかだった俺を許してください。俺は、あなたについて参ります。そして「槍の指南書」を、必ずや手に入れます。」
焔竜は燈珠の足元にひざまづいた。

燈珠は微笑んでうなずいた。
その顔は、びっくりするほど祖母に似ていた。











 






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