一族で、みなさん、出てきますね?あの顔。思わず笑った「ヘンな顔」。紅后家にも、訪れました。うちでは、どうやら、恋の使者だったようです..。


〜恋の巻〜

 「あちゃー。」
手渡された我が子を見て緋耀鏡があげた第一声がこれだった。
イツ花も、一族の者たちも、神妙な顔をして下を向いている。だがみんな、肩が小刻みに揺れている。
「ね、...ねえさん....ぷっ..うぷぷぷぷっ..」
金竜月がこらえきれなくなって最初に吹き出した。
つられて他の者も次々と吹き出した。
流水珠までが当主の威厳もかなぐり捨て、身を2つに折って笑い出す。
イツ花は眼鏡を外して笑い涙をぬぐっている。
「ひどいわっみんなっ、あたしの..可愛い..子供なのに...ぷっ..ぷぷぷぷっ..」
もう一度、産着にくるまれた赤子の顔をよく見るや、緋耀鏡も笑いをこらえられなくなってしまった。
「きゃはは..ひどい..ヒドイわぁっ!!」
叫びながら、だが、母親になった緋耀鏡は結構幸せそうだった。皆の笑い声にも、子供が無事来訪した事への祝福の気持ちが多分にこもっていた。



 玉吉、と名付けられたその子は、文字通り玉のような男の子だった。
母はびろうどのように滑らかな美しい緋色の髪をした、美人で評判の緋耀鏡。父神は火炎の車に乗り、真っ赤な炎の髪をたなびかせた、これもなかなかに美しい若い神であった。
「似たとしたら、私のお父さまに、だわ。」
「餅の花さま、かい?」
「そうよぉ、私が産まれた時だって、最初に母さまが皆から訊かれたのは『髪の毛はあるか?』だったんですって。」
言いながらちらり、と、弟格の金竜月のアタマに目をやる。
金竜月は、そんな事には慣れっこになっているらしく、つるり、と自分のアタマを撫でて、
「そうらしいよなー、で、姉さんは名前に『鏡』の字を受け継いだだけで済んだんだ。その直後、俺が産まれたもんだから、..紅后家は、ハゲの家系になってしまうのか、って、その時もひと騒ぎあったらしいよな。」
「この子一代で終わるわよね?」
「さぁ...でも楽チンだぜ、みんなより風呂の時間が短くて助かるしよ。」
「もうーっ、金竜月っ、知らないっ。あんたが一ヶ月この子の面倒見なさいっ」
「へいへい。どれ、貸しな..でも姉さん、俺が援護してやれねぇんだから、討伐に行って無理すんなよ。」
玉吉は、わかっているのかいないのか、二人の顔を交互に見つめてキャッキャと笑っていた。



 その子は皆に可愛がられた。
丸っこい体を弾むように動かして金竜月の後をちょこちょこと追う姿は、すっかり侍女たちの人気者だった。
「かわいい、かわいいわぁ。」
「本当に、まん丸なんですものー。」
「玉吉さま、さ、おやつですよ」
「たくさん食べて、お強くなるんですよ」
「..ねぇ、やっぱりこのままの体型で大きくなられるのかしら。」
「やだぁ、そしたらお体に合う鎧を特注しなくちゃぁ」
「やだぁっ鎧つけたらもっとまん丸...きゃはは..」

侍女たちが涙を流して笑い転げる中で、玉吉は両手に持った菓子をどちらから食べようかと見比べていた。





 金竜月は玉吉に武術の基礎をみっちり叩き込み、奥義伝承のために緋耀鏡が討伐から帰って来た時には、目を見張るほどの上達ぶりだった。

 緋耀鏡の凱旋の夜、金竜月と緋耀鏡は玉吉を連れて庭を散策していた。
「金竜月、頑張ってくれたのね、ありがとう。」
「なぁに、玉吉の素質がいいのさ。」
幼さのすっかり消えた玉吉は、礼儀正しく、だが持ち前のあの笑顔で、二人の後ろに控えている。周囲をぐるり残してあとはつるりとはげ上がったアタマに月光が反射している。

「いい月ね..ちょっと外に行きましょうか」
「あぁ..そうだな。..そうだ姉さん、玉吉のやつ、母君が帰ってくるってんで、どうしてもそれまでに完成させる、って言って、あの術覚えたんだぜ、すごい頑張りようでよ..さっそく..うぅ、今すぐに、ってワケにはいかねぇから、それは明日の朝か。」
「玉吉、先に部屋へ下がりなさい。」
ふいに、緋耀鏡が玉吉にさらりと命じた。
金竜月は、なぜか大汗をかいてあわてる。
「あっ、玉吉..行っちゃうのかよぉ、もうちょっと起きてても..ええぃ、..おやすみっ」

「お母さま、金竜月兄さま、お先におやすみなさいませ。」
一礼すると、玉吉はとことこと帰って行ってしまった。

 ぶらぶらと歩き出したのだが、屋敷はすでに見えなくなっている。
「な、なんか久しぶりに二人きりだと、照れるなぁ、はは..」
「こうして二人で歩いていると、遠征の時を思い出すわね。」
「そっ、..そうだな...。」
金竜月と緋耀鏡は丸1ヶ月ぶりの再会である。これまで、緋耀鏡の交神の時以外は常に、二人は一緒に戦ってきた。
当主とその補佐の二人の弓遣いを背後に庇い、前列で勇敢に戦うのが彼らの役目だった。
代々、美しさやたおやかさとはあまり縁のない偉丈夫の家系において、緋耀鏡は例外だった。先陣を切って槍を構え、突撃してゆくその姿をみるたび、金竜月は守ってやりたい気持ちで胸がいっぱいになるのだった。

「金竜月、あんた今月交神の儀に行くんでしょう?」
「...とっ、突然、何聞くんだよぅ。」
物思いを破られ、金竜月は飛び上がった。
「私、..あんたが結婚するなんて、何だかあんたを取られるようでイヤだわ。」
金竜月は目を白黒させた。
「なっ..何を..姉さんだってもう結婚してんじゃないか..」
(俺だって、どんなに辛かったか。)
金竜月は思わずそう口走りそうになってあわてて言葉を継いだ。
「いやその、交神ったって、一度も会ったことない神様だろ、そんなの愛情持てるワケないじゃんか、だったら俺は姉さん..いや、姉さんや玉吉の方が好きだなぁ、なんて、なんだ、何言ってんだ俺、..」
(俺だって..俺だって、あんたが好きだ。だからあんたの子供の玉吉も可愛いんじゃないか、あんたの血を受け継いだあの子が。)
思い詰めた表情で、緋耀鏡が立ち止まる。
金竜月もその気配につられて背中を固くしてじっと立ち尽くす。
「金竜月、..」
緋耀鏡の白い指が、つぃ、と金竜月の肩先に伸びた。
「さっ、..触るなよっ...触んじゃねぇぞ姉さんっ。」
振り向くまいとして、金竜月は歯を食いしばった。
ちょっとでも緋耀鏡の手が触れたら、ちょっとでも振り返ってその顔を見たら、緋耀鏡を抱きしめてしまう事はよくわかっていた。
緋耀鏡はその手を空中で止めたまま、小さな声で言った。
「..悲しい。あんたと私は、ご先祖こそ同じだけど、もう血筋が分かれて何代もたってるんだもん、血のつながりはないも同然なのに..」
「馬鹿げた事言うなよ、あんたはもう母親なんだ、玉吉を守ってやれよ。」
そこまで言って金竜月ははっとした。
緋耀鏡の寿命の尽きる日は、思ったよりも迫っているのかもしれない。
「姉さん..?」
「私ね、このごろ..自分の死期が近いと感じるの。」
緋耀鏡はあきらめたように手を下ろすと、すっと金竜月の前に回った。
月光に照らされたその顔は、輝くように美しかった。
「ねぇ、怖い。..鬼や化け物を前にしても、ちっとも怖くなかったのに、私、死ぬのが怖いんだわ。」
「そうなのか..。姉さん、怖がらなくてもいい、俺もすぐ後から行くから。」
「うん..待ってる..」
緋耀鏡がほんの僅か、顔を仰向けた。
金竜月は優しい慈しみの笑顔でそっとその唇に唇を触れた。
二人の影が重なったのはほんの一瞬のことだった。
「...。」
もう、何も言わなくてよかった。もう二度と、触れることもなかった。
(あんたは、俺の大切な人だ。)

 翌朝早く、緋耀鏡が目覚める前に、金竜月は交神の儀に旅立った。



 やがて。
緋耀鏡もすでに死んで久しく、金竜月もまた、自分の子を後の者たちに託して逝こうとしていた。
金竜月は、涙を流して取りすがる玉吉の手を取り、もう一方の手でまだ幼い自分の娘、華恋の手を握り、こう言った。

「恋をしろよ。 たとえ結ばれなくとも、それぞれ己の大切な人を、一生を通じて守り抜く大切な人を、探せ。」  







 










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