<よしなき紀行記>

−愛知県富山村・湯の島温泉の巻−

旅行日 '97/8

 愛知県豊橋と長野県辰野とを結ぶローカル電車、飯田線を途中下車しながら、三河の史跡巡りをしたのち「大嵐(おおぞれ)」駅についたのは午後4時すぎ。暑い夏の日であったが"オ〜ゾレ〜、ミィオ〜♪"などとシャレている場合ではない。何しろこの山峡の小駅付近には商店も人家も一軒とて無いのだ。はてどうするかと迷っていると、眼鏡をかけた若いお兄さんが声をかけてきた。「どこ行くの?」


 「えーと、温泉へは・・」と曖昧な返事をすると、ワゴン車で連れていってくれると、気のいいお兄さんはいった。週二回、村の診療所へ往診で訪ねてくるお医者さんを駅まで送った帰りだそうで、もちろん乗せてもらうことにする。
 駅の目の前、天竜川に架かる大きな吊橋をわたる。ここが県境で、駅のある側が静岡県水窪(みさくぼ)町、これから向かうのが愛知県北設楽郡富山(とみやま)村である。


 ここ『富山村』こそ知る人ぞ知る、日本で最も、人口の少ない村なのである。八丈島の沖に浮かぶ伊豆の離島、東京都『青ヶ島村』とトップの座(ボトムの座?)をかけて激しく競って(??)おり、平成5年10月の数字で青ヶ島村 205人、富山村 207人、平成6年10月では両村とも同数 203人で並んでいる。先のお兄さん(村役場の職員である)に聞いたところ、現在は 199人にまで減っているが、近々女性を一人、村の男が引き連れて来る、つまり結婚するので二百の大台を回復できそうだという。
  (拡大図をみる/159KB)

 駅から村の中心まで約1km。街道沿いに幾十軒かの家が並び、集落は山の斜面にまで広がっている。実は、私は以前にもこの村へ来ている。日本一小さな村ということで村役場を訪ね、そこで始めて新しくできた温泉浴場を知ったのだが、週に3日は休業、しかも夕方のみの営業というチョンボな温泉でその日は湯につかれないまま、後髪を引かれる思いで村を去ったのであった。


 温泉はさらに1km先。クルマに揺られ、駅から10分ほどで『湯の島温泉』に到着した。「ふるさと創生事業」とかやらの金を使って平成4年9月にオープン。白木の建物が初々しい。受付のおじいさんに入浴料 300円也を払うと、頼みもしないのに村の観光案内やらマッチやらをくれた。小さなマッチ箱の裏(→)には、村のすべての商店、飲食店、観光施設の電話番号が記されている。


 さて、いよいよ入浴! なにぶん小さな村のことだからと期待も半ばだったのだが、どうしてこれが立派なのである。浴室内は黒を基調としてまとめられ、石製の床と壁は渋みのある光沢を放っている。むろん広くはないが、必要にして十分な設備を持っている。
 泉質は「ナトリウム−炭酸水素塩・塩化物泉」で、ぬめりや臭気は感じられない。浴槽のふちがやや赤茶けているが、これは源泉が金属イオン(鉄、マグネシウムなど)を含むためであり、いかにも「効きそう」な湯だ。



 特筆すべきは露天風呂であろう。名ばかりの露天風呂ではなく、岩を組んだ本格的なものだ。植込の松や目隠しの竹垣も情趣があって良い。ゴツゴツを避けて岩に腰掛け、ほてった体をゆっくり冷ます。空を仰ぎ見る。至福のときである。別棟に休憩用の大広間(無料)があったが、利用するひまもなく、あっと言う間に時は過ぎた。


 帰りは、往きにお世話になったお兄さんの運転する村営バス(無料!)に乗って駅まで戻る。村の人口の1割は乗せられそうな中型のバスには、この細い山道が少々窮屈そうである。行く手の片側には鋭い崖がそそり立ち、もう片方には日本三急流のうちのひとつ、天竜川が刻んだ深い谷が続く。しかし現在の天竜川には流れが無く、湖のごとく淀んでいる。15kmほど下流に日本有数の大規模ダム「佐久間ダム」が完成したのは1956年(昭和31年)。巨大なダム湖の出現でこの富山村でも多くの集落が湖底に沈んだ。
 バスのお客は四人。地元の人同士、世間話がはずむ。
「また来るからね」
 お兄さんと当てもない約束をしてバスを降り、まもなく来る電車を待った。

<終わり>



 富山村『湯の島温泉』データ
       ('97/8現在)
・営業日・時間
  火・木曜日 午後4〜7時まで*
  土・日曜日 午後1〜7時まで*
  *(7・8月は午後8時まで営業)
・入浴料 大人 300円  小人 100円
・交通 JR飯田線 大嵐(おおぞれ)
    駅より2km 徒歩30分
*無料村営バスが有りますが、便数僅少につき必ず現地へ問い合わせの上、ご利用下さい。

・問合せ先 富山村観光協会
     tel.05368-9-2011


*使用地形図:国土地理院発行25,000の1「三河大谷」




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