読み捨て倉庫

2000年〜2001年〜2002年〜2003年〜2004〜2005〜2006〜2007〜2008〜2009〜2011年に読んだもの。1999年のもあり。
下に行くほど古いもの。


2011
年末(11)-年始(12)

解錠師 スティーヴ・ハミルトン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
2011年のアメリカ探偵クラブ(MWA)賞最優秀長編賞、英国推理作家協会(CWA)スティールダガー賞の二冠に加えて、「10代に読ませたい本」として全米図書館協会アレックス賞を獲得した奇蹟のような一作。8才で言葉を失った金庫破りの天才青年の孤独と恋情と犯歴が淡々と綴られる。

蛇衆 矢野隆 集英社文庫
異能の傭兵団の死闘を一直線に描いた戦国アクション。某小説誌の新人賞受賞作だが、ありがちな設定に加えて、なんだかやたらとスケールが小さい。文体が短いのは読みやすいが、なんにも残らないよ。

アイスクリン強し 畠中恵 講談社文庫
明治23年の東京と事件騒乱と西洋菓子を絡めた連作短編。お菓子と美形若様集団と軽妙な文体。少女趣味なようで、内容的には硬派なのだ。ただし個人的には好みではない。

ミレニアム2 火と戯れる女 スティーグ・ラーソン ハヤカワ・ミステリ文庫
ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 スティーグ・ラーソン ハヤカワ・ミステリ文庫
凄い。1は謎解きミステリ、2はスパイアクション、3は謀略リーガルスリラー。というか、そんな括り方では収まらない超絶的なハイクオリティの三部作だ。リスベット・サランデルという完全にして欠点だらけの人間凶器に出会えたことは読書家として幸福である。4作目執筆の途中に作者が早逝したことは本当に残念でならない。ぐらいの大傑作!

卵をめぐる祖父たちの戦争 デイヴッド・ベニオフ ハヤカワ・ミステリ文庫
戦争の悲惨さと無意味さが実録風ホラ話のように語られる冒険(?)青春(??)小説。シリアスし過ぎない語りが人間的な感情を際立たせてもいる。感動的な良質の一作。

シャンタラム グレゴリー・デイヴッド・ロバーツ 新潮文庫
全三巻、1800頁超の大長編。ボンベイに逃亡潜伏した白人の語りでインド庶民やスラム生活やマフィアや犯罪社会が延々と描かれる。読み通してみたものの、インドに全然関心がないので最後まで物語に入れなかった。ひとつひとつのエピソードには面白いものもあるんだが。インド好きな人には面白いかもしれない。

12月

特捜部Q −キジ殺し− ユッシ・エーズラ・オールスン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
変人の吹き溜まりの窓際部署が未解決難事件に挑む、デンマークの警察捜査小説<特捜部Q>シリーズ2。未解決の事件にはそれなりの理由があり、背景があり、真相に近づくには大きな困難があるという定番の構成だが、脇役にまた変なキャラが出現して、前作より更に面白くなった。次作への期待も大。

ころころろ 畠中恵 新潮文庫
<しゃばけ>シリーズ8。安心安定のゆったり感、としか言いようがないな。

みのたけの春 志水辰夫 集英社文庫
志水辰夫の時代小説には三つの柱があるそうだ(巻末解説より)。主人公が青年であること。時代背景が幕末であること。江戸、京都、大阪まで一日二日かかる地域を舞台とすること。という要素が見事に絡み合った青春時代小説。

デッド・ゼロ/一撃必殺 スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
<スワガー>サーガ。いつのまにかボブ・リーも真っ直ぐ歩けないような爺さん扱いになっているので、さすがにシリーズもそろそろ終わりだろう。と思っていたらとんでもない裏技を出してきた! これがアリなら永遠に続くじゃないか、なんかずるい。

緋色の十字架/警察署長ブルーノ マーティン・ウォーカー 創元推理文庫
フランスの田舎を舞台に警察署長(実質は駐在治安官)の奮闘を描く、ちょっと変わったミステリ。主人公を通じて語られる村の風景や生活、人々がこの上なく美しく愛おしい。でもまぁ、そんなところにも忌まわしい殺人事件は起こるのであった。というローカリティ溢れる名品。

暴風雪 佐々木譲 新潮文庫
道警物のうちの<川久保駐在>シリーズ。前作「制服捜査」は連作短編だが、こちらは長編。暴風雪で孤立した地域のペンションに様々な人間が避難してくるが、中には凶悪犯罪者もいて、というグランドホテル型タイムリミット・サスペンス。さまざまな背景が強制的に一箇所に集約されてしまう緊迫感がある。ただ、寒冷地マニアとしてはもう少し凍えるシーンも欲しかった。

燦 2 光の刃 あさのあつこ 文春文庫
全3部だよな。なんだか話が進んでいないが、次で終わるのかしら。

姫は、三十一 風野真知雄 角川文庫
「妻くノ」からのスピンオフ的な新シリーズ。大年増のお転婆姫が難事件に挑む、のだと思う。読み捨てには最適。

11月

夜を希う マイクル・コリータ 創元推理文庫
北米の山深い町を舞台にした、復讐心を抱えた青年の敵討ちと成長の物語。初期のウィンズロウ的な透明感があって、心地よい秀逸なミステリ。ネタの詰め方も適度で完成度が高い。LAタイムズ最優秀ミステリ賞受賞作。

動かぬが勝ち 佐江衆一 新潮文庫
時代小説七篇。剣豪ものかと思ったら違ったのでちょっとがっかり。良質な時代ものではあるけれど。

闘将伝 中村彰彦 文春文庫
戊辰〜西南〜日清〜日露とあらゆる戦場で神鬼の戦いを指揮した「東洋一の用兵家」立見尚文伝。全体の4分の3くらいが戊辰戦争における桑名雷神隊時代の話だが、まぁ、そこがあまりに凄すぎるので当然。

パンチョ・ビリャの罠 クレイグ・マクドナルド 集英社文庫
うわぁ、乱暴で行き当たりばったりで豪華絢爛で殺伐とした、砂塵と酒と銃弾にまみれたデタラメで痛快で破滅的な、ホラ話。ほとんど50年代を舞台にしたサム・ペキンパーの映画だな。

恋細工 西條奈加 新潮文庫
かざり細工に賭けた女意匠師と天才職人の物語。天保時代という奢侈を禁じられた社会の中で装飾品創りに挑む男女の姿が心を打つ。西條奈加はとっくに「ゴメス」の人ではないよな。かなり地味だけど、映像化してもらいたいくらいの佳作。

スリーピング・ドール ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
<リンカーン・ライム>シリーズからのスピンオフ、人間嘘発見器キャサリン・ダンスを主役にした長編。ライムが物証主導ならダンスは心理主導、という設定だが、展開のジェットコースターぶりはほとんど変わらない。分厚い上下巻があっという間。

希望の記憶 ウィリアム・K・クルーガー 講談社文庫
<コーク・オコナー>シリーズの6作目なんだが、実質は前作「闇の記憶」の続き。別の事件の話ではあるのだが、なんかスッキリしない2作構成ではある。上下巻にしてくれればいいのに。作品のクオリティは相変わらず高い。人間関係が明解なぶんだけ「闇」よりこっちの方が好き。

こいしり 畠中恵 文春文庫
町名主の放蕩息子・麻之助<まんまこと>シリーズの短篇6作。安定してる。

メモリー・コレクター メグ・ガーディナー 集英社文庫
心理検死官<ジョー・ピケット>2。短期記憶喪失に犯された殺し屋というネタは面白いな。総じて「エヴァン・ディレイニー」シリーズよりこっちの方がデキはいい。 でもどっちも慌ただしいだけで深みがないんだよなぁ。ガーディナーがケレンの人であると再認識。

千里伝 仁木英之 講談社文庫
実在した唐代の名将・高千里(の少年時代)を主人公にしたヒロイック・ファンタジー。特殊技能を持つ仲間を加えて敵と戦うという、ちょっとRPGっぽく仕上げてある。ただ……意外とワクワクしない。

10月

猫は忘れない 東直己 ハヤカワ・ミステリワールド
ススキノ・ハードボイルド・名無しの<俺>シリーズ最新作。初期の作品をベースに映画化されたけど、主演の大泉洋は「俺」とはイメージが全然違う。まぁ別の世界の話ということでしょう。

探偵術マニュアル ジェデダイア・ベリー 創元推理文庫
ミステリ小説界ではハメット賞受賞、ファンタジー小説界ではクロフォード賞受賞、SF小説界ではローガン賞長編部門第三位というへんてこりんな作品で、クロスジャンルというよりは、ジャンル分け不能な小説。モヤモヤとした夢の中のような世界で探偵活動をやらされている事務員のモヤモヤとした物語。主人公に主体性がないので読んでる途中ちょっとモヤモヤするが、読後感は意外とスッキリ。

ヤマダチの砦 中谷航太郎 新潮文庫
アクション満載の、青年武士の成長物語。それだけ。感動とかそういうものはない。

叛旛は胸にありて 犬飼六岐 新潮文庫
慶安の変・由井正雪の乱を、牢人生活の苦境、叛乱と陰謀の真相、という観点から描いた作品。展開の巧さは確かなんだけど、硬派で遊びがない語り口なのでちょっと疲れる。

シャンハイ・ムーン S・J・ローザン 創元推理文庫
NYの探偵コンビ<ビル・スミス&リディア・チン>シリーズ9。中国系女子・リディア編。リディア編はビル編と比べて面白さがワンランク落ちる(※それでも秀逸)と思っていたのだけれど、今作は素晴らしい。過去と現在の継ぎ方、人間関係の構築、その技術的な完成度の高さにびっくり。もちろん物語としての面白さも一級品。

覇王の番人 真保裕一 講談社文庫
ついに真保も時代小説か、しかも明智光秀か……と、あまり期待せずに読んでみたら面白かったです。ただまぁ、歴史的事実という枷があるので意外な展開というものに欠けるよね。

鳳凰の黙示録 荒山徹 集英社文庫
朝鮮、日本、剣豪、妖術、ロマンス、なんでもありの痛快時代活劇。マンガだなあ。←誉め言葉

三つの秘文字 S・J・ボルトン 創元推理文庫
序盤の雰囲気と中盤の展開と終盤の謎解き、それぞれのテイストが全然違う! 読み終わってちょっと唖然とした。荒涼としたシェットランド島を舞台に別の話を4つぐらい作って、つなぎ合わせて、それを上級のミステリに仕上げた、奇蹟のような作品。

ゲートハウス ネルソン・デミル 講談社文庫
デミルの出世作「ゴールド・コースト」(90年)の続編! あれから10年という設定で後日談が始まる。後日談というか、そこからまた始まる騒動のあれやこれや。上下二巻1400頁たっぷりの極上エンターテインメント。

殺し屋 最後の仕事 ローレンス・ブロック 二見文庫
殺し屋<ケラー>シリーズの締めくくりとなる長編。苦境に陥ったケラーの逃走と潜伏と転生の物語。短篇ばかりのシリーズだったが、長編にしたことでケラー自身の「淡々とした普通の人間」ぶりがより濃く出ていると思う。殺し屋が普通かというと、そういうことではないが。

9月

グラウンドキーパー狂詩曲 大石直紀 小学館文庫
たまたま書店で目に入ったのでなんとなく…。それだけ。爺さんたちの反乱というテーマは面白いのだが。

ビューティー・キラー 3/悪心 チェルシー・ケイン ヴィレッジブックス
美貌の凶悪殺人者と、その女に取り憑かれた刑事<グレッチェン・ローウェル&アーチー・シェリダン>3。SMチック満載のサイコ・ミステリ。もしかしたらラブロマンスも入る。今回は男の作家だったらちょっと思いつかないような恐ろしい行為が出てきて……どん引きした。三部作で終了の予定だったが、まだ続くらしい。それなりの人気シリーズということです。

小太郎の左腕 和田竜 小学館文庫
和田竜って過大評価されてないか? 登場人物の心理構造が単純過ぎる。アクション時代小説としてはまあまあ。

火の闇 飴売り三左事件帖 北重人 徳間文庫
作者の絶筆となった連作短篇。侍から市井の飴売りとなった男のハードボイルド事件簿。哀しいけど暖かい。なおかつ物語にキレがある。そこらの時代物とは出来が違います。

謝罪代行社 ゾラン・ドヴェンカー ハヤカワ・ミステリ文庫
2010年ドイツ推理作家協会賞受賞作。ドイツ人が好きそうな(←勝手な思い込みですまん→)意味ありげな構成。わしにはよくわからん。

署長刑事 大阪中央署人情捜査録 姉小路祐 講談社文庫
キャリアの青年署長が事件捜査をするという、2時間ドラマみたいな話。というか、ドラマ化されそうな予感。二宮和也あたりでどうか。

エージェント6 トム・ロブ・スミス 新潮文庫
「チャイルド44」「グラーグ57」に続いたレオ・デミトドフ三部作完結編。上下巻の前半と後半で全然違う話なのでびっくりした(もちろん一貫した背景はある)。このシリーズは全部そうなのだが、これもまたあまりにも苛酷で想像を絶するような骨太で密度の濃い物語。まちがいなく今季の各海外ミステリ・ベストテンの上位に入る傑作。

ブラッド・ブラザー ジャック・カーリィ 文春文庫
猟奇事件専門刑事<カーソン・ライダー>シリーズ4。今回はアラバマの地方都市からNYでの怪事件に引っ張り出される。シリーズ第一作では「あんまりなオチ」故にトンデモ系ミステリと言われた作者ジャック・カーリィだが、今やディーヴァーやコナリーらに比肩するようなストーリーテラーとも言われるようになったのだから大したものである。まあそれはちょっと誉めすぎ。

フランケンシュタイン 対決 ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
人造怪人vs.キチガイ博士の現代ホラ話シリーズ3。ほんとはこれで終わる予定だったらしい。ラストもそんな感じになってる。というか、例によって「もうページがないなので全部カタをつけます」的な都合のいいエンディングにはちょっと笑った。師匠、ずるいよ〜。うひゃひゃひゃひゃ。でもまだ続く。

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 スティーグ・ラーソン ハヤカワ・ミステリ文庫
08年、邦訳前から超話題となっていたスウェーデン・ミステリ三部作の第一巻がついに文庫化。待ってました。うわ、これは評判に違わぬ傑作だ。タイトルから勝手に世紀末のドロドロしたサイコ物語かと思っていたのだが、実にまっとうなジャーナリスティック・ミステリ(←なんか他にイメージできる呼び名がない)。謎解きとしても面白いが、それ以上に「ドラゴン・タトゥーの女」リスベット・サランデルの人物造形が素晴らしい。精神病質の天才調査員。近年ではブリジット・ローガン(アティカス・コディアック・シリーズ)に匹敵する魅力的なキャラだ! 外見的には両極端なんだが(詳細は各自調査のこと)。

8月

記者魂 ブルース・ダシルヴァ ハヤカワ・ポケット・ミステリ
2011年度のMWA賞最優秀新人賞受賞作。なんと「二流小説家」(傑作)「逃亡のガルヴェストン」(純文系ノワール)「森へ消えた男」(…まぁそれほどでもない)といった強豪をうち破っての受賞。作者は経歴40年超の元ジャーナリストだけあって、展開のテンポもいいしキレもいい。が、なんか小器用に小さくまとめてみましたという感がなくもない。いきなりベテラン風味。個人的には上記「二流」の方がいいと思った。

生、なお恐るべし アーバン・ウェイト 新潮文庫
なんだか重たい邦題だが、真面目な物語であることは確か。逃亡者、警察官、暗殺者、それぞれ不器用な人間たちの生き様と顛末。この著者、初長編としてはなかなか完成度が高い。映画的な構成が強すぎるのは、まぁ、若い人だからしょうがないか。

函館水上警察 高城高 創元推理文庫
明治24年の函館市、港湾を管轄する警察署を舞台にした連作短篇。作者、作品への予備知識もなく期待せずにタイトルだけで読んでみたので、その面白さにびっくり。高城高は60年代本邦ハードボイルド界の旗手の一人。その作者の新シリーズだそうです。拾い物というにはあまりに失礼な高いクオリティ。

硝子の暗殺者 ジョー・ゴアズ 扶桑社ミステリー
ゴアズ師匠は1月に亡くなられたそうです。残念。これは06年の作品だが、最後の邦訳になるのか? スナイパー同士の対決に陰謀を絡めたアクション小説。一本道のストーリー展開とありがちなキャラ造詣には感性の古さを感じなくもないが、きっちりした構成はさすが。読み始めると最後までやめられない。さすが。とは言っても師匠の本道は探偵物なので、ぜひそちらで締めていただきたいものですが…。

野兎を悼む春 アン・クリーヴス 創元推理文庫
スコットランド北方の群島を舞台にした警察小説<シェットランド四重奏>シリーズ3。英国とも北欧とも違う独特の荒涼感と地域性が深く染みこんだ物語。警官が主人公なだけに殺人事件が道具立てとしてあるものの、事件性よりも人間関係の方により強い光が当てられている。熱い紅茶を味わいながらゆっくりと読む作品。でも外は風がピューピュー。

天使の護衛 ロバート・クレイス RHブックプラス
おお! クレイスの新訳! ん? 主人公がパイク! おおお!!! というようなものです。エルヴィス・コール物のファン(というかマニア)にはたまらない!! しかしまた版元が違う。最近はアマナントカとかオンラインで本を買う人が増えているそうだが、こういうものは直に本屋巡りしてないと見つからないのだ。自分の足で探す。それをやっていないと嗅覚も鈍るしな。

県立コガネムシ高校野球部 永田俊也 文春文庫
うははは。時代の風雲児たるIT社長(しかも女)が地方の弱小高校野球部を甲子園に「無理矢理」導くという抱腹絶倒の傑作コメディ(細かいことを考えなければ)。「もしドラ」とは全然違う物です。もしドラは読んでないけど。

7月

ねじまき少女 パオロ・バチガルピ ハヤカワ文庫SF
09年度のヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、ジョン・W・キャンベル記念賞、コンプトン・クルック賞などSF界の各賞を総なめにしたという超話題作。世界中のエネルギーが枯渇し農作物が疫病で死滅した、近未来のバンコクを舞台に混乱と陰謀と騒乱を描く、へんてこりんな物語。工場の機械は象が引っ張って稼働させ、移動は自転車、空には飛行船。さまざまなものの主たる動力源がゼンマイだという設定は素晴らし過ぎて笑う(コメディではありませんが)。セクサロイド「ねじまき少女」は日本製。そういうものはやっぱり日本製だね。

渾身 川上健一 集英社文庫
隠岐島の伝統相撲に挑む2人の男の戦いと、見守る人々。感動の相撲小説! いやほんとに感動する!

ひゃくはち 早見和真 集英社文庫
10年後に振り返る「高校野球部での野球漬けの日々とバカチームメイトたちとの友情」。ネタとしては小さいのだが、感動的ではある。ま、青春小説か。

闇の記憶 ウィリアム・K・クルーガー 講談社文庫
ミネソタの田舎町の元保安官<コーク・オコナー>シリーズ5。クルーガーが前作「二度死んだ少女」に続いて2年連続でアンソニー賞を受賞したという作品なのだが、あっ、冒頭からラストまで、これはびっくり。ネタばらしすると、話が終わってません! それなのに受賞作ということは。とりあえず判断保留。

疾走 東直己 ハルキ文庫
無敵の元殺し屋・人間凶器<榊原健三>もの(不定期に出現するので、シリーズとは言い難い)。なんと今作は核廃棄物処理施設が悪玉。タイムリーな文庫化だなぁ。まさにタイトルそのままの疾走型の物語展開なのであんまり深みはないですが、東直己世界のオールスターキャスト(健三、桐原、便利屋、畝原)なのでそこはファンにはうれしい。

特捜部Q ユッシ・エーズラ・オールスン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
デンマークの警察小説シリーズ1作目。未解決事件を扱う窓際部署に配置された燃え尽き症候群の捜査官がゆるゆると再生されていく(?)、なかなか良質の作品。映像化されたら(されてるそうだが)面白いものになるだろう。ただまあ、北欧警察小説というものがどれも同じ雰囲気「静謐と諦念と地道」になってしまうのは気にならないでもないのだが。

夜明けのパトロール ドン・ウィズロウ 角川文庫
サーフィンこそ人生そのもの、という元警官を主人公にしたシリーズ第1作(らしい)。ウィンズロウ特有の表面的なゆるさと芯の揺るぎなさは前作「フランキー・マシーン」に近い。波と友情と気のいい連中(でも極悪な奴もいる)の物語。

6月

二流小説家 デイヴッド・ゴードン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
あちこちで高い評価を受けてる作品だとは知っていたが、「サイコ・サスペンスなんでしょ?」と思ってて、なんとなく読んでなかった。いや、すまん。今年読んだなかでもトップクラスの面白さと高いクオリティだ。ただまぁ、ダメ人間のダメっぷりがちょっと心に痛い。

逃亡のガルヴェストン ニック・ピゾラット ハヤカワ・ポケット・ミステリ
テキサス南部を舞台にした詩情あるノワール。1985年の逃亡劇と2008年のとある日々が淡々と綴られる。けっこうちゃんとした文学。

巡査の休日 佐々木譲 ハルキ文庫
道警シリーズ4(第一期終了?)。異なった事件が同時進行する様は「87分署」っぽい警察小説の王道。それぞれの決着の着け方も見事だし「よさこいソーラン」の使い方も上手い。なんかもう、すべて収まった(ので一休み)、というエンディングにほっとする。

胡蝶の失くし物 仁木英之 新潮文庫
美少女仙人と凡人・王弁くんの旅、3巻目。新キャラ登場でなんだか西遊記みたいになってきたぞ。ああ面白い。

死の同窓会 メグ・ガーディナー 集英社文庫
元弁護士の作家<エヴァン・ディレイニー>シリーズ4。なんだこりゃ。ネタが尽きたのか? それとも新しいことをやりたかったのか? なんかかなりトンデモ系の展開で困惑したよ。個人的にはマイナス評価。

フランケンシュタイン 支配 ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
シリーズ2作目。クーンツにしては珍しく、続けて読んでないとわからない構成になってる。5作目まであるらしいのだが、早くも「王国」崩壊の足音が大きく響き始めている。ホラ話の大家クーンツだが、どうやって物語を持たせるんだろ?

ピザマンの事件簿2/犯人捜しはつらいよ L・T・フォークス ヴィレッジブックス
働く男たちの「勝手に本気の事件捜査」。コミュニティ自警団ものの変種だね。日本に置き換えれば長屋ものだ。登場人物がみんな気のいい連中なので、読んでて気持ちがいい。(そうか、落語的なんだ)

サッカーボーイズ 14歳 はらだみずき 角川文庫
シリーズ第三弾。少年たちの成長物語でもあり、環境にしろ、試合描写にしろ、戦術にしろ、どこをとってもサッカーそのものの物語でもある。シリーズはまだまだ続くのだが、いままでで最高のサッカー小説だと断言してしまおう。

不屈の弾道 ジャック・コグリン&ドナルド・A・デイヴィス ハヤカワ文庫
本物の元スナイパー(コグリン)が書いたスナイパー小説。本物だからこそわかる小ネタには面白いものもあるが、全体としては乱暴な謀略アクション。

5月

チは忠臣蔵のチュウ 田中啓文 文春文庫
忠臣蔵にこういう解釈があったっていいじゃないか、という「もうひとつの忠臣蔵(笑)」。部分部分には面白いのだが、ギャグが上滑りしている。キャラ造詣が一貫してないような気がする。まぁ、ラストの「討ち入り」のひっくり返し方にはちょっと笑った。

ウォークン・フュアリーズ リチャード・モーガン アスベクト
27世紀を舞台にしたハードボイルド<タケシ・コヴァッチ>シリーズの3作目にして完結編。2作目にあたる「ブロークン・エンジェル」を読んでから、と思っていたのだが、どこにもないので先に読んでしまいました。面白いことは面白いんだが、なんか宗教がかってしまってて微妙にがっかり。やっぱり順番に2を読めばよかった。

ジーヴスの事件簿/才気縦横の巻 P・G・ウッドハウス 文春文庫
20世紀初頭の英国貴族社会を舞台に、とびきり優秀な執事がご主人様が抱えた困難な事象をてきぱきと片付けるという古き良き知的コメディ。語り手が貴族のドラ息子なのだが……この、生産的なことはなーんにもしない貴族階級というクズどもはさっさと死ねばいいのに、としか思わない。

樽屋三四郎 言上帳 男ッ晴れ 井川香四郎 文春文庫
樽屋三四郎 言上帳 ごうつく長屋 井川香四郎 文春文庫
樽屋三四郎 言上帳 まわり舞台 井川香四郎 文春文庫
活字中毒でない人であれば三冊も読まなくていい。

人狩りは終わらない ロノ・ウェイウェイオール 文春文庫
ポートランドを舞台にした自警団型バイオレンス駄目人間<ワイリー>シリーズ2。展開が乱暴、描写が乱暴、登場キャラが乱暴。でもどこか温かい。それは作者がハワイ出身だからかもしれない。(ちがうか)

おばちゃんくノ一小笑組 多田容子 PHP文芸文庫
タイトルからコメディかと思ったのだが(多田容子作のコメディ!?)、そんなことはなかった。豊臣家滅亡後の大阪を舞台にした徳川忍者組織と豊臣残党との戦い。手(武芸)よりも口(言葉)を使って情報戦の最前線でおばちゃんが活躍するわけです。主役は若い男だけどね。

燦 1 風の刃 あさのあつこ 文春文庫
全3部の作書き下ろしだそうです。どきどき。わくわく。

ムーンライト・マイル デニス・レヘイン 角川文庫
おお! <アンジー&パトリック>! なんとシリーズ中絶から11年たっての完結編! 作中時間も11年が過ぎている。時間の経過は皆に平等に降りかかっていて、それもまた切ない。哀愁と愛情と矜持に溢れた真正のハードボイルド。それはそれとして……角川のときはレヘイン。ハヤカワのときはルヘイン。統一しなくていいのか?

天と地の守り人 −第一部 ロタ王国編−上橋菜穂子 新潮文庫
天と地の守り人 −第二部 カンバル王国編−上橋菜穂子 新潮文庫
天と地の守り人 −第三部 新ヨゴ皇国編−上橋菜穂子 新潮文庫
国産・異世界ファンタジーの最高峰と言っても差し支えない「守り人」シリーズ完結となる三部作。「指輪物語」とかと比べて箱庭的に狭い気はしないでもないが、「天と地があって、人がいる」という根本の世界観はまるで揺らぎがない。そこが魅力。いつの間にかシリーズ主役は●●ではなく●●になっていて、終わってみればその人の成長物語だったというのはちょっとびっくり。

4月

泣き虫弱虫諸葛孔明 酒見賢一 文春文庫
とりあえず第壱部と第弐部(以下続刊)。三国志の豪傑英雄はみんな自分勝手な嫌な奴(または馬鹿)という素敵な解釈による酒見版「超絶三国志」。難解なところもあるが、べらぼうに面白い! 抱腹絶倒の大作。

半端者−はんぱもん− 東直己 ハヤカワ文庫
<ススキノの俺>シリーズの前日譚。<俺>はいかにして<俺>となっていったか。「バーにかかってきた電話」映画化を記念(?)しての文庫書き下ろし。なのでいくつかのエピソードを並べた的な作品。80年代ススキノの風景が面白い。

欺瞞の法則 クリストファー・ライク 講談社文庫
冬山で事故死した妻には夫の知らない生活があった。という話なのでサイコミステリかな、と思ったら国際謀略スパイものだった。強引な展開にちょっとあきれる。なんでもかんでもCIAのせいにするのは如何なものか。

いたって明解な殺人 グラント・ジャーキンス 新潮文庫
サイコスリラー的な法廷スリラー。もっと頁数が多くても不思議のないぐらいネタの濃い話なのだが、短く仕上げてあって、それは良かった。というか、そこ以外に良さが見つけられないんだが。

悪童 カミラ・レックパリ 集英社文庫
スウェーデンの地方都市を舞台にした<エリカ&パトリック>シリーズ3。力作で面白いし警察小説としてもクオリティが高い。たが、登場人物の誰もが疲れきっていて、読んでる方もなんだかへとへとになってしまう。シリーズを重ねるごとに暗く重たくなっているのはどうにかならないのものか。この作品読んで結婚とか子育てに明るい展望を抱ける人がいたらちょっとおかしい。

哄う合戦屋 北沢秋 双葉文庫
痛快戦国アクション。内容はスカスカですが、すいすい読めて気持ちいい。なんかちょっと和田竜と被る。

プリンセス・トヨトミ 万城目学 文春文庫
大阪人の秘密のアイデンティティーと矜持。「鴨川ホルモー」はあんまり感心しなかったけど、これは面白い。しかし大阪の、そのプライドの歴史がたかだか400年というのは京都人に馬鹿にされるのではないか。

冷血の彼方 マイケル・ジェネリン 創元推理文庫
スロヴァキア共和国の女性警官を主人公にした警察小説。女性といっても若くはないので、共産主義政府時代の暗い過去というものも物語の大きな要素になっている。少々、道具立てが派手かな? ウクライナやスイス、フランスにも舞台が広がっている。シリーズ化されてるので、もっと地元に根付いた展開も読んでみたい気がするなぁ。

3月

忍びの国 和田竜 新潮文庫
伊賀忍軍 vs. 織田軍団。前作「のぼうの城」のときも思ったのだが、箇々の場面は映像的で印象的でカッコよくて超面白い!のだけれど、全体としてはなんだかまとまりがなくて、しまりがない。映像の人なのだな。あと、意外とキャラクターの書き分けができてなかったりする。と、欠点は多いけれども面白いのでOK。

ヴェロシティ ディーン・クーンツ 講談社文庫
次から次へと主人公に不可解な謎と危機が降りかかる、お得意のサイコ・ミステリー。クーンツにしてはおとなしい。年代的にはこの作品のあとからオッド・トーマス・シリーズに進んだのか、なるほど、というマニアにしかわからない一品。

耳袋秘帖 妖猫うしろ猫 風野真知雄 文春文庫
耳袋秘帖 妖談かみそり尼 風野真知雄 文春文庫
耳袋秘帖 妖談しにん橋 風野真知雄 文春文庫
耳袋秘帖 妖談さかさ仏 風野真知雄 文春文庫
四十郎化け物始末 妖かし斬り 風野真知雄 角川文庫
四十郎化け物始末 百鬼斬り 風野真知雄 角川文庫
近年の時代小説ブームでいろんな人の作品を読んでみたが、結局、風野真知雄がいちばん性に合ったのだった。最初はあんまり評価しなかった「妻は、くノ一」シリーズ(角川文庫)も読み続けてるし。文体と物語の運びがスムーズで気持ちがいい。どれも連作短篇で一編一編が短くてクセになるので、続けて読みたくなる。パターンはどのシリーズも全部おんなじなんだが、つまりはハズレがないということでもある。まぁ、一日で一冊読んでしまうのでコストパフォーマンスとしてはよくないね。

柳生十兵衛秘剣考 高井忍 創元推理文庫
剣技、剣豪についての謎解きという着眼点は面白いね。と、まぁそういうことです。

極北クレイマー 海堂尊 朝日文庫
地域医療と医療事故という大問題を扱った良作! が、どうでもいいのだが、極北市(ある程度は夕張がモデル)の地理的な場所がいまいちよくわからない。札幌まで車で1時間でありながらオホーツクの海産物が豊富というのは謎。

黒き水のうねり アッティカ・ロック ハヤカワ・ミステリ文庫
80年代のヒューストンを舞台にした黒人弁護士の苦労話。力作なんですけどね……。物語がひたすら真面目なうえに長いし、特に山場もないのでちょっと疲れる。

ザ・ブリーチ パトリック・リー 小学館文庫
カバーにはノンストップSFスリラー、と書いてある。そのとおり。読み出したら止まらないが、すぐ読み終わるので大丈夫。そのあとで疑問点が続出してくるかもしれないけど。

1(中旬) -2月

時の地図 フェリクス・J・パルマ ハヤカワ文庫
スペイン産のタイムトラベル/タイムパラドックス/パラレルワールドもの。しかしSFではない。サイエンスの部分がないから。文系のホラ話ですね。個人的にははまらなかったけれど、ちょっといつもとは違う小説が読みたい、という人にならいいかも。としか言いようかない。

乱気流 ジャイルズ・フォーデン 新潮文庫
ノルマンディー上陸作戦の決行日時の算出を求められた気象学者の回顧録、という形のフィクション。裏話的な面白さがあるのかと思ったら、そういうものではなかった。学究人間のただのグダグタな言い訳。

英雄たちの朝 ジョー・ウォルトン 創元推理文庫
暗殺のハムレット ジョー・ウォルトン 創元推理文庫
バッキンガムの光芒 ジョー・ウォルトン 創元推理文庫
歴史改変もの<ファージング>3部作。第二次大戦でナチスと講和し、ファシズムに傾倒していく英国を舞台に、良心と保身の狭間に苦闘する警察官を主人公にした大河ミステリ。10年度の各ベストテンで上位に入った力作。力作ではあるのだが、あんまり好きじゃない。3巻読み通すのが辛かった(各巻ほぼ独立した話なのでぶっ続けて読む必要はないのだが)。まぁ、最後の最後、決着の付け方はすっきりしていてカタルシスはそれなりにある。

脱出山脈 トマス・W・ヤング ハヤカワ文庫
山岳寒冷サバイバル小説にもいろいろあるが、アフガニスタンというのは珍しい。人間描写があんまりないので感情移入できないが、不純物がないので単純に冒険アクションとしては成功している気がする。

指切り 藤井邦夫 文春文庫
<養生所見廻り同心 神代新吾事件覚>連作短篇。養生所の医師を主人公にした話はいろいろあるが、養生所の同心というのは珍しい。というか、ただそれだけ。

邪悪 ステファニー・ピントフ ハヤカワ・ミステリ文庫
20世紀初頭の事件捜査にプロファイリングを使ってみました、という時代物ミステリ。2010年度のMWA最優秀新人賞とかいろいろと賞を獲ってる話題作(?)らしいけど、たいして面白くない。そもそも犯人探しとしては最初からネタバレしているしなぁ。

虐待 サンドラ・ラタン 集英社文庫
3人の捜査官を中心にバンクーバー近郊の警察活動を描く<コクウィットラム連邦警察署>シリーズ2。根本にあるのが事件捜査なのか人間関係のごちゃごちゃなのか、よくわからない。警察小説の新しい形であるのは確かだが、俺が読みたいものはこういうものではない。

ショパンの手稿譜 ジセェフリー・ディーヴァーほか ヴィレッジブックス
ディーヴァー、ジェイムズ・グレイディ、S・J・ローザン、リザ・スコットライン、リー・チャイルド……15人の作家による豪華なリレー小説。豪華なのはいいが、話がどんどん大きくなり、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、それぞれが無責任にやりたい放題? 冒頭とラストを担当したディーヴァーがそれなりにまとめているのはさすがだが、ひとつの作品としては破綻してると思うね。

死を騙る男 インガー・アッシュ・ウルフ 創元推理文庫
舞台はカナダ東部の小さな町、主人公は警察署長代理の中年女、事件はカナダ全土にまたがる猟奇連続殺人。寂れた町と疲れ切った人間という組み合わせが、北欧ミステリに近いものがある。静寂さとか諦念とか枯れた感じのバックボーンと事件が引き起こす混乱とのバランスがいい。終盤の荒っぽい展開は気になるが、人間ドラマとして秀逸。

武士道セブンティーン 誉田哲也 文春文庫
もちろん「武士道シックスティーン」の続編。前作は傑作、今作は佳作。舞台が二元化(神奈川と福岡)してしまったので、シリーズの特徴である視点を分ける構成が生きてない。残念。

暗闇の蝶 マーティン・ブース 新潮文庫
隠遁生活を送る闇稼業の男に迫る追跡の手。映画化(ジョージ・クルーニー主演)に合わせて15年ぶりの再訳。……前の版「影なき紳士」を読んだような気がするなぁ。気のせいであろうか。それはともかく、原作に忠実ならば風光明媚な映画になっていることでしょう。

策謀の法廷 スティーヴ・マルティニ 扶桑社ミステリー
おっ、法廷弁護士<ポール・マドリアニ>シリーズだ! 実に久々の邦訳(8年ぶり)。リーガル・スリラーの本道ここにあり。まぁ、裁判の決着としてはちょっとずるい。事件の決着としてはちょっと唐突。物語の決着としてはさすがベテラン。

トゥルー・グリット チャールズ・ポーティス ハヤカワ文庫
この春公開の映画「トゥルー・グリット」の元作である「勇気ある追跡」のそもそもの原作。アクションとホラ話、ウェスタン小説の傑作。今度のリメイク版映画はほぼ原作に忠実だそうです。

フランケンシュタイン/野望 ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
クーンツのフランケンシュタイン!? フランケンシュタイン博士(怪物の方じゃなくて作った方だよ)が200年生き続けて現代のニューオリンズで悪企みをしているというサイコホラー。こんなバカネタをきちんと一級の作品として仕上げているところはさすがにクーンツ。なんとロングシリーズになってます。

↑2011/2010↓

年末(10)年始(11)

夜は終わらない ジョージ・ペレケーノス ハヤカワ・ポケット・ミステリ
ノンシリーズ。バリー賞受賞作。作者は人情ハードボイルドというか、しみじみ警察小説というか、そういうものの第一人者なので、そういうふうに仕上がっております。さらに家族愛もたっぷり。普通に良質の小説。

おっぱいとトラクター マリーナ・レヴィツカ 集英社文庫
84才の父親がウクライナの巨乳美女との再婚を宣言して……という設定なので抱腹絶倒のファミリー・コメディかと思ったら、そういうものではなかった。ウクライナの歴史と移民家族の絆とトラクター史(!?)を軸にした、ギスギスしつつもほのぼのした小説。でもなんだかピンとこないのだな。内容はともかく、いつもへんてこな邦題をつける集英社文庫にしてはこのタイトルはみごとです。

謝ったって許さない ソフィー・リトルフィールド ハヤカワ・ミステリ文庫
田舎町のさえない中年女がDV男たちを力で懲らしめるという設定は面白いんだがな……。

柳生大戦争 荒山徹 講談社文庫
いつもの「朝鮮と柳生一族」の伝奇剣豪もの。あんまり大戦争ではないのが残念。

ボディブロー マーク・ストレンジ ハヤカワ・ミステリ文庫
メイドイン・カナダの正統的ハードボイルド。オーソドックスの見本。完成度が高く、実に安心して読めるのだが、そのぶん時代性が薄くて何十年も前の話でも通ってしまう。しかしもちろん、それでぜんぜんかまわないのだ。2010年MWA賞最優秀ペイパーバック賞受賞作。

遙かなる未踏峰 ジェフリー・アーチャー 新潮文庫
20世紀初頭、初登頂を目指してエベレストに挑んだ伝説の登山家、ジョージ・マロリー伝。登山に平行してマロリーから妻への手紙を挟んでいく構成が巧み。そのへんはさすがにアーチャー。でもなんだかあっさりとし過ぎ。

記憶がなくなるまで飲んでも、なぜ家にたどり着けるのか? 川島雄太/泰羅雅登 新潮文庫
脳機能とお酒の話。ほどほどがいちばん、ということは言われんでもわかっておるのだ! 難しいことをわかりやすく説明してくれるのはいいのだが、その話はさっき聞いた、というような記述が多いのは気のせいか? それとも酒飲みながら読んでたせいか? あ、この川島教授はあの「脳トレ」の人です。

12月

いっちばん 畠中恵 新潮文庫
<しゃばけ>シリーズの連作短編集。安定感たっぷり。

デクスター 夜の観察者 ジェフ・リンジー ヴィレッジブックス
連続殺人鬼にして警察の鑑識官<デクスター>シリーズ3。あっ、スーパーナチュラルに踏み込んでしまったか! これはだめだ。クーンツと比較してはかわいそうだが、ホラーとしては筆力が無さ過ぎる。がっかり。

騙す骨 アーロン・エルキンズ ハヤカワ・ミステリ文庫
スケルトン探偵<ギデオン・オリバー教授>シリーズ16。安定感たっぷり。

ぼくを忘れたスパイ キース・トムソン 新潮文庫
ボケてしまった父親は、かつて敏腕スパイだった!? コメディかパロディにしかならないような設定でありながら、ちゃんとスパイアクションになっている不思議な作品。リアリティはゼロだけど、テンポがいいのでシリーズ化に期待したいような気がしないでもない。

死角 オーバールック マイクル・コナリー 講談社文庫
<ハリー・ボッシュ>シリーズの13作目にあたるが、新聞日曜版連載という形だったために、ヤマ場連続のジェットコースターノヴェル的な仕上がりになっている。しかも短い!(コナリーにしては) もちろんクオリティの高い作品ではあるけれども、番外編という程度に考えるべき作品だろうな。

愛おしい骨 キャロル・オコンネル 創元推理文庫
邦訳が中断している<マロリー>ものではなく(再開を熱望!)、ノンシリーズの作品。小さな田舎町を舞台にした、家族愛と過去の亡霊と町民たちの真実。繊細で剛腕、これぞキャロル・オコンネル。物語としても100点だが、なにしろ変なキャラ満載でそっちも面白すぎる。

森へ消えた男 ポール・ドイロン ハヤカワ・ミステリ文庫
猟区管理官が主人公ということでC・J・ボックスのジョー・ピケット・シリーズ(平均85点)とついつい比較してしまうが……えーと……65点くらい。主人公の頑なな態度が読み手の感情移入を妨げているね。あ、オビの推薦文がボックス本人だった!

猛き海狼 チャールズ・マケイン 新潮文庫
第二次大戦のドイツ海軍軍人を主人公にした海洋冒険戦争小説。前半はボケット戦艦、後半はUボートというドラマチックではあってもマイナーな舞台設定が興味深い。艦内の生活や戦闘場面はもちろん、戦争で破壊されていく街や国土、人々の描写もリアリティに溢れている。ちなみに作者はアメリカ人ですが。

甦るスナイパー スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
無敵で不死身のスナイパー<ボブ・リー・スワガー>シリーズ。何作目? 6作目? この前の2作が駄作(言い切ってすまん!)だったのでまったく期待してなかったのだが、見事な先祖帰りで初期の名作を彷彿とさせる仕上がりでびっくりした。これだよね、スナイパーにはスナイパーの戦い。プロフェッショナルにはプロフェッショナルの戦い。まぁ乱暴な話には違いはないのだけれど。

11月

オルタード・カーボン リチャード・モーガン アスベクト
人間の意識がデジタル化され(ほぼ)不老不死となった27世紀を舞台にしたハードボイルド<タケシ・コヴァッチ>シリーズの1作目。小道具や設定こそSFだが、本格本物のハードボイルド! 主人公は無頼でニヒリストで過去の傷を抱えながらも行動派でむちゃくちゃでかっこいい。いろんな過去の名作のいいとこどりをしたような話だがツギハギではなく、オリジナリティにも溢れている。いゃあ、面白い。シリーズ2も3も文庫化されているが未読&捜索中。

ベルファストの12人の亡霊 スチュアート・ネヴィル RHブックス+プラス
自分が殺してきた亡霊に取り憑かれた元IRAの戦士。オカルト風味のサスペンスというか、頭のおかしな殺し屋の贖罪物語というか。なるほど、和平合意後の北アイルランドならこういうプロットは可能であったのか、というアイデア勝ちの一作。アイデア負けせず、中味も充分に読み応えがある佳作。北アイルランド紛争史の手短な解説にもなっている。

相棒 五十嵐貴久 PHP文芸文庫
坂本龍馬と土方歳三が無理矢理ペアを組まされて徳川慶喜狙撃事件の真相を追う……そういう話というか、それだけの話というか。

最後の音楽 イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
エジンバラの一匹狼の捜査官<リーバス警部>シリーズ最終話。停年退職十日前に関わった「最後の事件」解決への執念と、残された時間との戦い。とうとう最後までワーカホリックな物語だった……。20年18作にわたって書き続けられたハイクオリティのシリーズ。ジョン・リーバスにもう会えないのはかなり寂しい。というか、退職したからといって大人しくしているリーバスではないと思うのだが。

オリュンポス1〜3 ダン・シモンズ ハヤカワ文庫SF
イリアム〜オリュンポスと続く、トロイア戦争と神々と火星と未来の地球に残された人類の入り乱れるなんだかわからないけど読み出したら止まらない超絶面白SFシリーズ大作の完結(というか、完結ではないという説もある)。でたらめな展開をとりあえず収束させてしまうダン・シモンズの力業に感服。

ウォッチメイカー ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
四肢麻痺の科学捜査官<リンカーン・ライム>7。おお、そうきたか!

心理検死官 ジョー・ベケット メグ・ガーディナー 集英社文庫
シリーズ1作目。心理検死官とは死亡者を心理的に剖検して死因を探る精神分析医。現実にはそんな職業はない。同じ作者の<エヴァン・ディレイニー>シリーズにしてもそうなのだが、つまらなくはないけど、突出した面白さとというものがない。常に60点というか……。

10月

ぼくとペダルと始まりの旅 ロン・マクラーティ 新潮文庫
邦訳出版時にけっこう評判になった「奇蹟の自転車」を改題文庫化。がまんして文庫まで待ちました。ダメ男が自転車でアメリカ横断をする人生再生のロードノベル。1990年という時代設定がハートウォーミングなホラ話にぴったりマッチングしている。フォレストガンプ(もちろん原作の方)との類似性は感じずにはいられないが、感動的な愛すべき作品であることはまちがいありません。

湖は餓えて煙る ブライアン・グルーリー ハヤカワ・ポケット・ミステリ
アイスホッケーを題材(のひとつ)にしたミステリは珍しい。ミシガン州の田舎町で少年ホッケー絡みの事件を追う新聞記者。著者自身も現役の新聞記者だが、お堅い話ではない。例によってこの主人公は挫折経験を抱えて屈折したありがちな人物だったりしてミステリとしてはそこそこ程度の出来なのだが、田舎町の人間群像物語としてはなかなか面白い。ホッケー場面では、語り手をゴールキーパーにしたことで描写における競技のスピード感がなにひとつ損なわれていないのが見事。

のぼうの城 和田竜 小学館文庫
ベストセラーになりましたね。たしかに面白い。石田三成率いる二万の大軍に立ち向かう小城をめぐるスピーディで軽〜い痛快戦国物語。でもわざわざ上下二巻にわける意味がわからない。ベースが史実にあるだけに、エピローグはちょっと趣を削ぐ感がなくもない。

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ オレン・スタインハウアー ハヤカワ文庫
21世紀の現在にスパイ小説を書くとこうなります、という見本のような作品。時代は変わっても組織は変質してもスパイに安住の地はないのだな。スタインハウアーには邦訳が途絶している「東欧のとある国の警察小説」という優れたシリーズ(「嘆きの橋」とか)があるが、この作品にもあれに通じる暗さと痛さと生存本能の逞しさがある。

五番目の女 ヘニング・マンケル 創元推理文庫
スウェーデン地方都市の警察官<クルト・ヴァランダー>シリーズ6。いまやスウェーデン、北欧だけでなく世界を代表する警察捜査小説シリーズなので、さっさと読みなさい。

フランキー・マシーンの冬 ドン・ウィンズロウ 角川文庫
引退したマフィアの殺し屋にふりかかる災厄と、その真相。ウィンズロウらしいクリアーな筆致で西海岸のマフィア通史が語られる。そこにあるのは前作「犬の力」のような圧倒的な怒りの炎ではなく、爽快感さえ漂う冷静で精緻な語りである。というわけで個人的には「犬」よりこっちの方が好きです。

8月9月

ジーン・ワルツ 海堂尊 新潮文庫
ひかりの剣 海堂尊 文春文庫
「ジーン」は不妊治療の抱える問題を扱った真摯な医療もの。「ひかり」は純然たる、しかも完成度の高いスポーツ(剣道)小説。たまたま(?)同時期の発刊となった「ジーン」と「ひかり」の主要登場人物が同一人なので(時代設定は20年の差があるが)、面白さが倍加しました。「ひかり」では桜宮サーガにおける東城大医学部の主・高階権太の無敵ぶりの一端が明かされるのでシリーズ愛読者なら必読。

陸軍士官学校の死 ルイス・ベイヤード 創元推理文庫
19世紀初頭、閉鎖された空間での殺人事件を扱った歴史ミステリ。若き日のエドガー・アラン・ポオが探偵の助手として登場。当時の時代風俗とか小道具は凝っているのだが、でもなんだか話がなかなか進まずにイライラする。上下巻700頁超は長い。

説教師 カミラ・レックパリ 集英社文庫
スウェーデンの地方都市を舞台にした<エリカ&パトリック>シリーズ2。1作目「氷姫」よりはかなり警察小説の趣が強くなってきたが、そのぶん面白くなった。地域のローカリティの描写、登場人物ひとりひとりの書き込みがちょうどいい案配。ウェーデンの警察小説といえば「マルティン・ベック」や「クルト・ヴァランダー」等の名シリーズがあるが、それに遜色のない仕上がりだと思う。この作品に関してはね。この先はわからない。

ぬばたま あさのあつこ 新潮文庫
「山」「山奥の集落」「死」をテーマにした4つの短篇。ホラーです。地味に怖い。でもあさのあつこなので人情話にもなってる。

暗闇の岬 メグ・ガーディナー 集英社文庫
弁護士にしてSF作家<エヴァン・ディレイニー>シリーズ3。なんとなく3作目まで読み続けてるが、なんとなく。人間的な問題を抱えた人物が主人公の周囲にが多すぎるが、それは舞台がカリフォルニアだからなのか?

蒼路の旅人 上橋菜穂子 新潮文庫
もはや日本を代表するような異世界ファンタジーとなった<守り人>シリーズの7。チャグム王子編。というか、続きを早く!

回帰者 グレッグ・ルッカ 講談社文庫
アクション・ハードボイルドの傑作!<アティカス・コディアック>シリーズ7作目にして完結編。1作目「守護者」からこんな物語に到達するとは思いもしなかった。今作は動機付けが他人の事件なので異質な気がしないでもないが、いつもながらの目まぐるしい展開と混乱で息をつかせない。そしてあの人が出てくるのも愛読者にはうれしい。それにしてもアクション・ハードボイルドにおいてメガネをかけた主人公という存在はアティカスしか思い浮かばないのだが、他に誰かいただろうか?

天空のリング ポール・メルコ ハヤカワ文庫SF
意識を共有し5人でもあり1人でもある少年少女が世界の危機に立ち向かう未来SF。滅亡に瀕した人類社会の再構築と軌道ステーションという設定は他でも読んだが、流行りなのだろうか? 物語としては御都合主義が散見されて65点くらい。

LIMIT(1〜4) フランク・シェッツィング ハヤカワ文庫
2025年の近未来を舞台にした長大なホラ話。月面リゾート施設では大富豪たちが恐怖に逃げまどい、地上ではサイバー探偵と中国美人が謎の暗殺者に追われまくるパニック謀略SF。ほんとにシェッツィングはそのまんまマイケル・クライトンの後継者なんだなぁ、とは思うが、長いよ。4巻で2300ページ超は長すぎる。タワーリング・インフェルノとポセイドン・アドヴェンチャーを思い出した。古いですか?

こころげそう 畠中恵 光文社文庫
江戸の下町、幼なじみの男女9人を描いた連作短篇。幽霊が1人交じっているところがこの作者らしいところ。それぞれの物語もいいが、最後でひとつに纏まるところが素晴らしい。切ないけど清々しく美しい。

音もなく少女は ボストン・テラン 文春文庫
あまりにも激しく、痛ましく、暴力的で、でも心強い小説。迫害、虐待を受けながらも助け合い、戦い続けた女たちの物語。テランを読むたびに思う。テランは凄いなぁ。

薄妃の恋 仁木英之 新潮文庫
謎の美少女仙人<僕僕先生>シリーズ2。とりあえず弟子の王弁くんの成長がひとつのテーマではあるのだろうが、そんなことより僕僕先生のツンデレぶりがたまらん。

愛書家の死 ジョン・ダニング ハヤカワ・ミステリ文庫
元刑事の古書店主<クリフ・ジーンウェイ>5。今回は競馬界が舞台なのでジーンウェイは厩務員として潜入調査したりする。本屋より違和感がないな。

催眠 ラーシュ・ケプレル ハヤカワ・ミステリ文庫
スウェーデンで匿名作家のデビュー作として出版され、超話題となった(らしい)ミステリ。その正体としてへニング・マンケルの名も上がったそうだが、ちょっと読めばマンケルじゃないことはわかるだろうに。クオリティが違いすぎる。だいたい捜査とっかかりの段階でいきなり催眠術を使うという乱暴な展開はないだろう。シリーズになったそうだが、もうちょっと丁寧に物語を作ってほしいものだ。(作者の正体はスウェーデンの中堅作家夫婦の共作)

7月

ジェネラル・ルージュの伝説 海堂尊 宝島社文庫
「ジェネラル・ルージュの凱旋」の前日談・後日談の短篇3作。巻の後ろ半分は自伝と自作解説。得なのか損なのかはよくわからない。

竹光侍 永福一成 小学館文庫
松本大洋の同名マンガを原作者自身が小説化したもの。……はて、これはなんでしょう? つまらないとは言わないが、絵がないとなんだかスカスカ。

押しかけ探偵 リース・ボウエン 講談社文庫
20世紀初頭のニューヨークを舞台におてんば娘が難事件に挑む<モリー・マーフィー>シリーズ2作目。前作を読んでない(「口は災い」)けど、なかなか面白かった。テンポよく、登場キャラクターもそれそぞれ明確で、原作シリーズが既に10巻目まで出ているというのも頷ける。

ノンストップ! サイモン・カーニック 文春文庫
巻き込まれ型疾走ミステリ。休むところがないので、読み始めたら最後まで読むしかない。というか、最後まで一気に読めるのだが、読み終わったあとに何も印象に残ってない……

エゴイスト入門 中島義道 新潮文庫
哲学者の辛口随筆集。へそ曲がり爺の正論。

州検事 マーティン・クラーク ハヤカワ・ミステリ文庫
原題は The Leagal Limit 。法的な限界。法律と正義は必ずしも一致しないという、ありがちなリーガル・スリラー。問題の解決方法がずるい気はするが、後味は悪くない。

白疾風 北重人 文春文庫
江戸初期、隠遁した忍者が村を守るために敵と戦うという、枯れた時代活劇小説。面白い! 映像で見たい気もするなぁ。忍者を主人公にした活劇でありながら、生活感がありリアリティが溢れてる。時代小説とはこういうものだという見本ですね。

杖下に死す 北方謙三 文春文庫
独り群せず 北方謙三 文春文庫
一作目は大石平八郎の乱の大阪、二作目はその30年後の大政奉還に揺れる大阪を描いた連作。主人公は同じだが、30年の間に無頼の剣豪が名門料亭の主になっているというちょっと以外な設定。すっきりしない展開もあるが、好漢たちの物語でもある。この人はほんと「漢」と書く「男」を描くのは上手いんだなぁ。

血のケープタウン ロジャー・スミス ハヤカワ・ミステリ文庫
南アフリカ・ケープタウンを舞台にした「悪人たち」の物語。これ読んで思うのは「南アフリカには絶対行きたくない!」ということです。

放火/コクウィットラム連邦警察署ファイル サンドラ・ラタン 集英社文庫
3人の捜査官を中心にバンクーバー近郊の警察署の活動を描く<コクウィットラム連邦警察署>シリーズの1作目。複数の事件がいろいろと関連していくというのは警察小説の定番だが、うまく消化できてる。ただしシリーズ化を前提に説明のない「過去」が小出しにされているのは、ちょっとフェアではない気がしないでもない。次作が気になるのは確かなんだが。

6月

裏切りの峡谷 メグ・ガーディナー 集英社文庫
09年エドガー賞を獲得した「チャイナ・レイク」(ハヤカワ・ミステリ文庫)に続く<エヴァン・ディレイニー>シリーズの2。チャイナ・レイクは「なんかありがち」で雑な展開に思えてあんまり感心しなかったが、こっちはまあまあ。作者と主人公の成長? とりあえず緊張と緩和のバランスがよくなってると思う。単体で読んで問題なし。

傭兵チーム、極感の地へ ジェイムズ・スティール ハヤカワ文庫
寒冷地ものとしても、冒険アクションとしても、いまいち。粗雑だよ。

さよならまでの三週間 C・J・ボックス ハヤカワ・ミステリ文庫
ノンシリーズ。養子縁組に纏わる善人と悪人の争い。善と悪が明確に別れ過ぎていて作り物っぽい感は否めないが、そこはさすがにボックスなので物語の流れに不自然さはない。ラストの決め方も見事!

公安捜査 浜田文人 ハルキ文庫
00年の作品。最近の警察小説ブームに便乗したのか、書店で平積みになっていた。まあ、それだけ。

バセンジーは哀しみの犬 キャロル・リーア・ベンジャミン 創元推理文庫
犬を連れた女探偵。ドッグショーとか繁殖商売とか、犬ネタは豊富だが、犬ラブの域にまでは到達していないな。96年の作品なので小道具が微妙に古い。

ママのトランクを開けないで デボラ・シャープ ハヤカワ文庫イソラ
おお! 今年の「拾いもの大賞」候補作! 全然期待せずに読み始めたのだが、キャラは立ってるしテンポはいいしギャグ満載だし、冒頭からラストまで一気読み。ジャネット・イヴァノヴィッチの爆発力やカール・ハイアセンのキ●ガイ力にはまだ及ばないが「変人お笑い事件簿」界に要注目の新人登場である。

つくもがみ貸します 畠中恵 角川文庫
古道具を扱う損料屋を舞台にした連作短篇。百年を経た器物が妖となるのが付喪神。損料屋の姉弟を主人公に超自然の付喪神とちょっとした謎解きを絡めた人情噺です。

晩夏のプレイボール あさのあつこ 角川文庫
高校野球をテーマにした短編集。うっかり電車の中で読んで涙してしまいました。

5月

任侠スタッフサービス 西村健 集英社文庫
福岡を舞台に一般人とヤクザと警察がごちゃごちゃに絡み合うコンゲーム小説。ローカリティや道具立てから考えると意外と薄味な仕上がり。西村健はときどき読んでときどき面白いなぁと思う。えーと、そういうものです。

ラストチャイルド ジョン・ハート ハヤカワ・ミステリ文庫
あぁ、今年のナンバーワンが出ちゃった! 少女失踪事件を軸として家族と友情と愛の強さと弱さを淡々と綴るジョン・ハートの最高傑作(まだ3作目ですが)。主人公の少年の頑迷さに苛つくこともあるが、そこがまたこの作品の骨幹でもある。ボケットミステリ版と文庫版と同時刊行(価格は同じ)という謎のスタイルですが、私は文庫(上下2巻)にしました。単に持ちやすいから。一冊で通して読みたい方はポケミスでどうぞ。

イリアム ダン・シモンズ ハヤカワ文庫SF
分厚い2巻本(計1500頁)を一気読み。ギリシア神話とトロイア攻略戦と未来人と外宇宙の人型ロボットと時間と空間が入り乱れる謎の超大作。03年度ローカス賞受賞作。超面白い! 疲れる! 謎が残ったままだ! (続編は出ているが文庫になるのは2年先)

抹殺 東直己 光文社文庫
挑発者 東直己 ハルキ文庫
たまたま同時刊行。前者は「車椅子の殺し屋」という特殊なキャラを主人公にした連作短篇。この作者特有のシニシズムと矜持には向いた素材だなと思う。後者は札幌を舞台にした「探偵畝原」シリーズ(6作目?)。こちらはシニカルになりきれない男の家族愛と矜持。彼は毎回毎回大変な目に遭って、転職を考えたりしないのだろうか。キャバクラの内側の話が面白い。

警官の紋章 佐々木譲 ハルキ文庫
道警「内部告発」シリーズの3作目。完結編? 洞爺湖サミットが道具立てに使われていて「死者の名を読み上げよ」(4月分参照)との類似性を感じるが、まぁ警察小説として当然の業務ネタなのだろう。サスペンスある展開で読み応えあり別に文句はないのだが、ひとつだけ。終盤に出てくるアレの共犯者についての報告が抜け落ちているのは何故?

デクスター 闇に笑う月 ジェフ・リンジー ヴィレッジブックス
警察捜査官にして連続殺人者<デクスター>シリーズ2。常人のふりをした異常者がもっと異常な異常者を追い、まともな人間がほとんど出てこないというめちゃくちゃな話。主人公デクスターの客観性に凍えるようなユーモアがあり、ちょっとクセになる。TVシリーズは好評だそうです。

4月

死者の名を読み上げよ イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
エジンバラで行われたG8国際会議の開催期間中に起こった連続殺人。事件のサイドストーリー的に描かれる会議周辺の混乱ぶりが面白い(アメリカ大統領らしき人物のエピソードには笑った)。公的行事という舞台故にリーバスという一匹狼の捜査官の特殊ぶりが際立っている。でも……リーバス・シリーズはポケミスだったりハードカバーになったり文庫になったり、サイズに統一性がないので保管に困るのです。

密封 奥右筆秘帳 上田秀人 講談社文庫
国禁 奥右筆秘帳 上田秀人 講談社文庫
浸蝕 奥右筆秘帳 上田秀人 講談社文庫
継承 奥右筆秘帳 上田秀人 講談社文庫
簒奪 奥右筆秘帳 上田秀人 講談社文庫
「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」で一位になったシリーズ(継続中)。奥右筆というのは幕府の秘書課長みたいなものです。その官僚オヤジと若い剣士のコンビが難事件や密謀に立ち向かうというような物語。会話描写が多いのですらすら読める。痛快な展開ではあるしつまらなくはないが、一位に値するのかどうかは微妙。

幕末牢人譚 秘剣念仏斬り 鳴海章 集英社文庫
鳴海章って冒険アクションの人だったよな。ほんとに誰も彼も時代小説書くのが流行りなんだなぁ。という一作。

震える山 C・J・ボックス 講談社文庫
ワイオミング州狩猟管理官<ジョー・ピケット>シリーズ3。正義と家族愛と大自然を背負ったヒーロー(アウトドア派ではあるが肉体派ではない)。今回は家族と離れた出張先での「食肉問題」。仕事柄、単独で行動せざるを得ない主人公にいろいろな困難が降りかかるのだが、ちょっと「いろいろ」過ぎて物語的には煩雑になっている気はしないでもない。

夜の試写会 S・J・ローザン 創元推理文庫
<リディア・チン&ビル・スミス>ものの短編7作品を集めたもの(日本版オリジナル)。どれもいいです。ただ、このシリーズの特徴である感傷とか情愛とか静謐な感情の深みを味わうには長編の方がいい、と思う。

エコー・パーク マイクル・コナリー 講談社文庫
<ハリー・ボッシュ>シリーズ12。12で終了という噂もあったのだが、シリーズはまだまだ続きます。よかった! ボッシュは前作から未解決事件班にいるので、今回も過去の亡霊と対面。ひしひしと迫る緊迫感はいつも通り。しかし悪い奴の「悪企み」がちょっと手が込みすぎてないかな。リアリティという点でちょっと疑問。

オッド・トーマスの救済 ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
死者の霊を見る青年<オッド・トーマス>シリーズ3。今回は人里離れた修道院での「正体不明の超自然的な何者かに襲われる孤立した集団」もの。おお! クーンツの本道というか、初期のモダンホラーを思い出させる懐かしいテイスト。しかしなんだかこの設定は前に読んだことがあるぞ、という感想は脇へおいておこう。

3月

シャーロック・ホームズ 最後の解決 マイケル・シェイボン 新潮文庫
「ユダヤ警官同盟」のシェイボンによるホームズ物のパスティーシュ。1944年、老境にあるホームズという設定が面白い。というか、本文にも原題にもホームズという名前はひとつも出てこない。単に謎解きをするのが「あの有名だった老人」という設定で、そこがこの作品のキモだと思うのだが。まぁ、日本版だとタイトルにホームズと入れざるを得ないのかな。

台北の夜 フランシー・リン ハヤカワ・ミステリ文庫
08年度MWA賞最優秀新人賞受賞作。中国系アメリカ人が台湾の黒社会に翻弄されるというカルチャーギャップミステリ。つまらない……。どこが評価されたのかわからない。

狼は瞑らない 樋口明雄 ハルキ文庫
02年の作品。「書店員のお薦め」で書店に積んであったので読んでみました。面白い! 第一級の山岳冒険小説。謎のワルモノが全然謎じゃないとか粗雑なところはあるけど、冬山の追っかけっこはなかなか読ませます。

英雄先生 東直己 ハルキ文庫
攫われた生徒を救いに向かう教師、というと真っ当なヒーロー活劇のようだが、全然そんなことはない。エロ教師とバカ娘と不良とダメオヤジがなんとなく悪い奴と戦う、東ワールド全開のそこそこヒーロー物。舞台が島根というずらし方も東ワールド。

堂場警部補の挑戦 蒼井上鷹 創元推理文庫
謎解きの連作短篇。これは面白いのか? それ自体が謎。

蔵書まるごと消失事件 イアン・サンソム 創元推理文庫
アイルランドの田舎町の図書館司書となった青年のドタバタ奮闘記。設定は面白いんだが、この主人公が頭悪くてイライラする。

虐殺器官 伊藤計劃 ハヤカワ文庫
ベストSF2007・国内篇第1位となった作品。近未来ハードアクションミステリー。面白くないとは言わないが、残念ながら私の好みではない。

まんまこと 畠中恵 文春文庫
神田の名主の一人息子・麻之助が行きかがり上仕方なく謎を解いていく、という連作短篇シリーズ。麻之助の心情がちょっと浅いかな? とは思うが、上手いです。「しゃばけ」からあやかしを抜いた体の人情噺。

クロスカウンター/金融探偵・七森恵子の事件簿 井上尚登 光文社文庫
連作短篇の形をとった長篇。「詐欺師とのコンゲーム対決」と帯にはあるが、コンゲームじゃないよなぁ、これ。それらしきオチはあるが。まぁでも詐欺ネタ小説として普通に面白いです。

1-2月

風は山河より(全六巻) 宮城谷昌光 新潮文庫
三河野田の武将、菅沼家の親子三代を中心に描いた三河武士の物語。徳川家康に繋がる松平家三代の苦闘の歴史でもある。しかし史実だからしかたがないのだが、主要登場人物のほとんどが「これから」という時に落命してしまうので一気に読み進むにはちょっとテンポがよろしくない。全六巻が長く感じた。三河武士という戦国時代でも特殊な(?)気質の戦闘集団や三河の風土は面白いのだが。

完全なる沈黙 ロバート・ローテンバーグ ハヤカワ・ミステリ文庫
トロントを舞台にした「何故、彼は彼女を殺したか」のミステリ。真相は意外と言えば意外だが、なんかずるい気がしないでもない。とりあえずカナダは移民の国であるということがよくわかる。

柳生平定記 多田容子 集英社文庫
作者が誰であっても「柳生十兵衛もの」にはほぼハズレがない、というのはちょっとした不思議でもある。

一年でいちばん暗い夕暮れに ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
クーンツの「犬もの」にハズレはない。なんの不思議もない。

殺す者と殺される者 ヘレン・マクロイ 創元推理文庫
1957年の作品の新訳。古典的サスペンスなのだが、残念ながら現在読むと冒頭からネタバレしちゃってます。それは逆にこれが当時いかに衝撃的なトリックだったかということでもあろう。

勝手に来やがれ ジャネット・イヴァノヴィッチ 集英社文庫
爆裂バウンティ・ハンター<ステファニー・プラム>番外編。ややこしいことに番外編シリーズの2となる。番外編のときは微妙に「非現実的」な要素が入ってくるのだが、もともとの本シリーズだって展開そのものが「非現実的」なんだからあんまり変わらないのだがな。というわけでこれもまた爆笑の一作。

ブラインド・サイド−アメフトがもたらした奇跡− マイケル・ルイス ランダムハウス講談社
著者のマイケル・ルイスはあの「マネー・ボール」の人です。そっちもこっちもカテゴリーとしてはスポーツ・ノンフィクションなのだが、もともと経済ライターなので視点が目新しいくて面白い。だがしかし主人公(ここでは稀代のオフェンシブ・タックルであるマイケル・オアー)が物語の途中からどっかへ行ってしまう(記述がなくなってしまう)のはいかがなものか。というかまぁ実際のところ「不遇な少年が才能を発掘されて一流のスポーツ選手になっていく過程」よりも「左サイドのオフェンシブ・タックルの経済的意味の変遷」の方が読んでて面白かったりするのではあるが。

現代短編の名手たち8/夜の冒険 エドワード・D・ホック ハヤカワ・ミステリ文庫
生涯に950作を超える短篇を書いた本物の「名手」の1950〜70年代の作品。あれ、このネタ知ってる、というものが意外と多い。たぶんインスパイアされた他の作家が書いたものを読んだんだろうな。

果断−隠蔽捜査2− 今野敏 新潮文庫
原理原則正論の警察官僚<竜崎伸也>シリーズ2。真面目一筋でしかも基本的に他人はみんな馬鹿だと思っている(馬鹿にしているわけではない)人間を主人公にしてこんな面白い警察小説が書けるというのは、本物の才能だと思う。

楽園 宮部みゆき 文春文庫
「模倣犯」の前畑滋子の再登場。シリーズ、または続編と言っていいのかどうかはわからない。模倣犯は再読する気にならないけど、こっちはまた読み返してもいいかもしれないな、というのが正直な感想。

汐のなごり 北重人 徳間文庫
昨年夭折した時代小説作家・北重人の短編集。北国の港町を舞台にした、ちょっとしみじみとさせられる人情噺の六篇。

武士道シックスティーン 誉田哲也 文春文庫
求道者と不思議ちゃん、対照的な二人の剣士(共に16才の女子高生!)が織りなす剣道LOVEの青春スポーツ小説。視点を交互に入れ替えるという構成が生きてる。章題のセンスもいいです。確信犯的なあざとさは感じないでもないが、とりあえず今年読んだ中ではナンバーワン。

サクリファイス 近藤史恵 新潮文庫
自転車ロードレースを題材にしたミステリ。というか、事件とか真相とかは後半ちょっと出てくる程度で、そんなことよりレース、レーシングチーム、レーサーの物語として超一級品の小説! 読み終えた後にサクリファイスという題名がしみじみと心に響く。とりあえず今年読んだ中ではナンバーワン。(あ、2作続いてしまった…)

↑2010/2009↓

2009〜2010年末年始に読んでたもの

警官の血 佐々木譲 新潮文庫
親子三代にわたる警官の生き様を描き、07年度の各ミステリー賞で絶賛を浴びた大河-警察-親子小説。60年間の様々な警察活動のエピソードの積み重ねで、彼らの人生と時代性が綴られていく。本当の意味での力作。

烏金 西條奈加 光文社文庫
江戸の町人相手の金貸し稼業を描いた人情物。ああ、この人はちゃんとした時代物も書けるんだ。「金春屋ゴメス」の印象が強いのでキワモノかと思ってた。ほんとの実力のある人に対して失礼しました。

イノセント・ゲリラの祝祭 海堂尊 宝島社文庫
医療ミステリー<田口&白鳥>あるいは<桜宮サーガ・東城大編>の4作目。テーマは「医療と司法」。なんだか性格の歪んだ人間がいっぱい出てくる(このシリーズでは毎度のことだが)ので、真面目な話がふざけた話にしか感じなくなってしまう。これが現実に近いものだとしたらおっかないことだ。

自転車ぎこぎこ 伊藤礼 平凡社
御歳76の元大学教授にして老サイクリストの軽快自転車エッセイ(第二弾)。60過ぎてから乗り始めて現役で走ってます。元気がなにより。

現代短編の名手たち6/心から愛するただひとりの人 ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
女の視点でミステリー書かせたらリップマンは当代一だよなぁ。ここには悪女物がいっぱい詰まっている。男としてはちょっと怖い短編集。

現代短編の名手たち7/やさしい小さな手 ローレンス・ブロック ハヤカワ・ミステリ文庫
ブロックの短編集は既に邦訳でも何冊か出ているので、そこに入っていなかった作品集ということになるのだろうか。スポーツネタの作品もいろいろあって、面白い。長篇はもちろん、短編であってもブロック作品にはずれなし。

12月

旧友は春に帰る 東直己 早川書房
名無しの探偵(便利屋?)<ススキノの俺>。出たらハードカバーでも即買いする大好きなシリーズです。いつもながら語り口は軽いが、中味は本格ハードボイルド。しばしば感じるのだが、この作者は「女」に厳しいなぁ。

孤宿の人 宮部みゆき 新潮文庫
個人的にこれはきつい。読み出したら止められないが、ぐったり疲れる。もうちょっと登場人物に優しくしてあげてほしい。それはそれとしてクライマックスの大スペクタクルシーンはミヤベ作品の中でもトップクラスの迫力。

ちんぷんかん 畠中恵 新潮文庫
「しゃばけ」シリーズの連作短編。基本的にいつもながらの人情噺なんだが、収録作の「はるがいくよ」はマイ・ライフタイム・ベストに入れてもいい傑作だと思うよ。

ロンドン・ブールヴァード ケン・ブルーエン 新潮文庫
舞台はロンドン、主人公はギャングだが、これは「サンセット大通り」だ。見事な本歌取り。ブルーウン名義で邦訳されている酔っぱらいのグダグダ話のシリーズも嫌いじゃないのだが、そっちとは見違えるくらいにキレとコクがある。ブルーエンはもしかしたらこれで化けるのかもしれない。

数学的にありえない アダム・ファウアー 文春文庫
06年の各ミステリー・ベストテンで高い評価を得た話題作(当時の)。統計や確率や精神疾患に謀略とアクションと逃走劇をぶち込んだ文化系ホラ話。ぐるっとひと回りして謎が解かれるプロットは(破綻はしてるものの)完成度が高い。きっとそれで一発屋になっちゃったんだろうな。

ブラックペアン1988 海堂尊 講談社文庫
チーム・バチスタから連なる<桜宮サーガ>、あるいは<東城大医学部クロニクル>。舞台設定が1988年なので、今のところ一番古いエピソードということになる(はず)。面白いことは面白いが、やはり「バチスタ」や「ジェネラル・ルージュ」あっての物語なので、単体としての評価は微妙なところ。

弥勒の月 あさのあつこ 光文社文庫
夜叉桜 あさのあつこ 光文社文庫
これが初めての時代物だとは、多才な人だ。この2作でシリーズとなっているが、一貫したニヒリズムがキレ味抜群の読後感に繋がっている。と、ふと思ったんだが、主要人物3人の関係性は「バッテリー」に近いものがあるな。もしかしたらそこ(人間関係の距離の描き方)がこの作者の本質なのかもしれない。

11月

現代短編の名手たち5/探偵學入門 マイケル・Z・リューイン ハヤカワ・ミステリ文庫
いきなり一作目から「あれ、どこかで読んだような?」と思って巻末を見たら「04年に刊行された作品集を文庫化したものです」とあった! けっこうショック。でももちろん全部再読しました。リューインはほんとに短編が上手い。どれも飛び抜けて質が高いので「損した」感はまったくない。(10月分「現代短編の名手たち2/貧者の晩餐会 イアン・ランキン」の項をそのままコピーしました)

風が強く吹いている 三浦しをん 新潮文庫
青春駅伝ファンタジー(熱血ではない)。おなじ陸上ものでもそれなりにリアリティのある「一瞬の風になれ」(7月分参照)と比べ、「素人を集めて箱根駅伝を走る」という設定自体に説得力が希薄であることは否めない。各キャラクターもちょっとふわふわしてて人間ドラマとしても弱い。が、爽快感と達成感に溢れたいい作品です。ファンタジーと言うと作者は怒るのかな? でもこれは誉めことばとして使ってます。

オッド・トーマスの受難 ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
死者の霊を見る青年<オッド・トーマス>シリーズ2。うわ、またしてもたまらん、近年のクーンツの最高傑作2! 何を言ってもネタバレになってしまうので(以下略)(4月分「オッド・トーマスの霊感」参照)

夢見る黄金地球儀 海堂尊 創元推理文庫
チーム・バチスタから連なる<桜宮サーガ>の近未来編。舞台設定は2013年。水族館から黄金製の地球儀を盗み出そうというドタバタ・コンゲーム、またはクライムコメディ。作者も登場人物も理系の人なので、きちんと計算された物語になってます。上質の面白ホラ話にはなっているけれど、定まったレールの上でしか進行しないので、そのへんがもの足りない。

黄昏の狙撃手 スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
伝説の狙撃手<ボブ・リー・スワガー>シリーズ(もはや何作目なのかわからない)。ボブ・リーも老けたなぁ。外見上は完全なジジイに描かれている。敵となる「邪悪なる一族」の存在は面白いが、あんまり頭が良くないので物語自体まで低レベルに感じてしまう。そろそろシリーズの止めどきなのではないか?

プロ野球が殺される 海老沢泰久 文春文庫
先頃急逝した海老沢泰久のWebコラム遺稿集。プロ野球とサッカーについての提言、というよりは小言……。

12番目のカード ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
四肢麻痺の科学捜査官<リンカーン・ライム>シリーズ6。さすがにどんでん返しの帝王・ディーヴァー作品は最後の最後まで「そう来たか!」の連続。しかし事件の真相も真犯人もなんだかずいぶんと小粒な気がしないでもない。あと、やっぱりアメリカは歴史が浅いのぅ、というのが正直なところです。

悪意の森 タナ・フレンチ 集英社文庫
エドガー賞、アンソニー賞、バリー賞、マカビティ賞、アイリッシュ・ブック賞……、ミステリ関係の数々の最優秀新人賞に輝いた作品だが、こ、これはきびしい……。つらーい話。メンタルに余裕のない人は読んではいけません。

古式野球/大リーグへの反論 佐山和夫 彩流社
毎度ながら……この人は目の付けどころは素晴らしくいいのだが、残念ながら構成力と文才がない。せっかくのネタなのに競技自体の面白さ、楽しさが伝わらないのは致命的であろう。

ダーク・サンライズ デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
映画評論家と女性警官<ミッチ&デズ>シリーズ4。今回は外界から閉ざされた屋敷での連続殺人という、ちょっとゴシックホラーっぽい展開。いつもながらの「ちゃんとできてる、ちょっと辛口の、ほのぼのミステリー」。

チャイナ・レイク メグ・ガーディナー ハヤカワ・ミステリ文庫
カルト団体に狙われた家族。えーと、ありがちなネタです。あとはとくになし。

デイン家の呪い ダシール・ハメット ハヤカワ・ミステリ文庫
56年ぶりとなる新訳版。多くの研究者から「かなり異質の作品」と言われてるらしい。著者名隠して読んだら,ハメットとは思わないよなぁ。終盤でのひっくり返し方はちょっとディーヴァーへとつながる系譜とも言える。

10月

現代短編の名手たち4/ババ・ホ・テップ ジョー・R・ランズデール ハヤカワ・ミステリ文庫
1と2はまだ読んでない(その後、読んだ)。ハイテンションで猥雑な「ハップ&レナード」シリーズが好きな人も、センチメンタルでダークで重厚な「ボトムズ」が好きな人も満足できるランズデールの作品集。ただし入門書ではない。というか、やっぱりランズデールは評価の難しい作家なんだなぁと再認識。強いて言えば口は悪いけど人間そのものを愛してる人、だよな。

原始の骨 アーロン・エルキンズ ハヤカワ・ミステリ文庫
スケルトン探偵<ギデオン・オリバー>シリーズ15。今回の舞台はジブラルタル。いつも通りの軽妙でテンポのいい探偵帖。

州知事戦線異状あり! トロイ・クック 創元推理文庫
前作(にしてデビュー作)「最高の銀行強盗のための47ヶ条」で一躍「バカミスの王」となったトロイ・クック(トマス・クックとは大違いだ!)。これもバカで乱暴で荒唐無稽で常軌を逸した一直線の話。嫌いじゃないんだけど「愛すべき」何かが足らない。惜しい。カール・ハイアセンを粗雑に猥雑にして、でも馬力だけはパワーアップさせたような作品です。

白夜に惑う夏 アン・クリーブス 創元推理文庫
<シェットランド四重奏>2。夏のシェットランド、白夜の季節に島を襲った殺人事件と過去の亡霊。前作に続き、島という閉鎖社会故の悲劇がテーマだが、あと2作あるのかと思うとちょっと辛い。面白いのは面白いんですが。

砂漠のゲシュペンスト フランク・シェッツィング ハヤカワ文庫
「深海のYrr」(04年)に先立つ97年の作品(自身3作目)。湾岸戦争と傭兵と復讐と遺恨と過去とケルンと女探偵と……うーん……、雑だよね。もともとそういう人なのかもしれない。「Yrr」みたいに徹底した大ボラ話にはその大雑把さがはまったんだろうな。リアリティが必要な話だとちょっと穴が見え過ぎてしまう。それとも作者が成長する前の作品ということなのか?

青に候 志水辰夫 新潮文庫
冒険小説〜ハードボイルド〜しみじみ人生物と書き繋いできた志水辰夫の初の時代小説。各ジャンルのいいとこ取りしたような、緊張感に包まれ、淡々としつつも味わい深い、情愛ある感動的な小説になっている。これも職人芸というようなものか。

グラーグ57 トム・ロブ・スミス 新潮文庫
1950年代ソ連の悩める捜査官<レオ・デミドフ>三部作の2。始めからシリーズを念頭においていたのか、「チャイルド44」があまりに衝撃的だったので書き続けることになったのか、どっちかは分からない。しかしシリーズにするにはあまりに痛ましい話だと思うし、時代背景を考えると第3部もかなり辛そうだ。救いがないとは言わないが、覚悟してないと先へ読み進めない小説ではある。

現代短編の名手たち1/コーパスへの道 デニス・ルヘイン ハヤカワ・ミステリ文庫
ルヘイン特有の「人間は悲しくて切ない、けど愛すべき対象でもある」というエッセンス満載の短編集。どれもある意味難解なので入門書ではない。というか、ルヘインに入門レベルの分かりやすい作品なんてないよな。

現代短編の名手たち2/貧者の晩餐会 イアン・ランキン ハヤカワ・ミステリ文庫
いきなり一作目から「あれ、どこかで読んだような?」と思って巻末を見たら「04年に刊行された作品集を文庫化したものです」とあった! けっこうショック。でももちろん全部再読しました。ランキンはほんとに短編が上手い。どれも飛び抜けて質が高いので「損した」感はまったくない。

氷姫/エリカ&パトリック事件簿 カミラ・レックパリ 集英社文庫
スウェーデンの小さなリゾート地を舞台にしたシリーズの1作目。本国では7作目まで発表されており、海外でも22の言語に翻訳されるほどの人気シリーズともなっているらしい。狭い地域社会の中での犯罪という「微妙な問題を内包せずにはいられない出来事」を適度なユーモアと鋭い批判精神でうまく描けていると思う。ただし、いくら主人公コンビが親密であるからと言っても警察の捜査情報がだだ漏れしているのは如何なものであろうか。

9月

ハリウッド警察特務隊 ジョゼフ・ウォンボー ハヤカワ・ポケット・ミステリ
<ハリウッド警察>シリーズ2。群像劇で短編オムニバスぽかった前作と比べて、今回は中心にひとつの柱を置いた長篇の形。ただ、その柱となる事件(犯罪)があんまりピンとこないものなので……。警官たちの個々のキャラクターを描いた前作の方が面白かったな。

時限捜査 ジェイムズ・F・デイヴィッド 創元推理文庫
幼児連続殺人犯を追うトラウマを抱えた刑事。ありがちなサイコ犯罪捜査+ダメ人間再生物語かと思ったら、とんでもない変化球だった。しかも暴投。ホラー&ホラ話の大家・クーンツとの類似(おっと、ネタバレ失礼!)を指摘する評もどこかで見たが、全然そのレベルではない。読んでて久々に腹が立った(まぁ最後まで読んだけど)。

風魔 宮本昌孝 祥伝社文庫
伝説の忍、風魔小太郎の物語。戦国好漢忍法冒険時代小説。小太郎は単なる狂言回しに過ぎないような気もするが、テンポよく「気持ちのいい」物語なので一気読みしたくなる。上中下、全3巻も長く感じない。

猫探偵ジャック&クレオ ギルバート・モリス ハヤカワ・ミステリ文庫
猫、犬、ウサギ、ヘビ、オウム……動物がたくさん出てくるが、まぁ、ただいるだけで事件解決に活躍するわけではない。他愛のないコージーミステリ。

南極面白料理人 西村淳 新潮文庫
南極観測隊員として極地で越冬した料理人のエッセイ。閉ざされた極限空間で一年間暮らした9人の男たちのバカ話。面白い! こないだ映画化されたことに合わせての再版だったのだが、寒冷地マニアとしては必読の書。さっさと読んでなくてすまん。

犬の力 ドン・ウィンズロウ 角川文庫
麻薬捜査官と麻薬組織との30年にわたる激闘。苛烈で無情で容赦ない戦いの様が緻密に冷徹に描かれる。どこか醒めた視線ではありながら、作品全体が怒りの炎で熱く煮えたぎっている。重たい。個人的には「ストリート・キッズ」時代の淡々としながら暖かかった頃のウィンズロウの方が好きだが。犬は出てこない。

現代短編の名手たち3/泥棒が1ダース ドナルド・E・ウエストレイク ハヤカワ・ミステリ文庫
なるほど、いい企画シリーズだなぁ(1と2はまだ読んでないけど)。ここにはドートマンダーものが10本。どれを読んでも面白い。しかしウエストレイクが死んだ(08年12月)ことは知らなかった。それはものすごいショック。ご冥福をお祈りします。

暗殺のジャムセッション ロス・トーマス ハヤカワ・ポケット・ミステリ
ロス・トーマス(95年没)の代表作とも言える<マッコール&パディロ>シリーズの2作目なのに、なぜか未訳だった作品(67年)。なんで今頃? という気はしないではないが、こうして読めるのはありがたい。いかにもトーマスらしく全登場人物のキャラが立っているし、謀略と裏切りの畳み掛けがたまらない。

8月

毒蛇の園 ジャック・カーリイ 文春文庫
特殊な事件専門の刑事<カーソン・ライダー>シリーズ3。個人的には大好きなシリーズでどれも面白いと思うのだが、第一作の「あっと驚く結末」のせいで世間的な評価があんまり高くならない。読み進むうちに本格ミステリーなのかバカミスなのかわからなくなる、そういうでたらめな方向性(ただし作者的にはスジが通っているはず)が嫌われるのだろうか。真面目なホラ話ということでいいじゃん。今回はサイコキラーである「兄」の出番がないのがちょっと残念(と思ったら次作は彼が出ずっぱりらしい)。

ベツレヘムの密告者 マット・ベイノン・リース ランダムハウス講談社文庫
パレスチナを舞台にした素人探偵によるミステリー。知らないところの知らない人たちの話なのでいろいろと興味深い。

ダブリンで死んだ娘 ベンジャミン・ブラック ランダムハウス講談社文庫
舞台は50年代のダブリン。作者ブラックは現代アイルランドを大代表する純文学作家であるジョン・バンヴィルの別名義だそうで、ほぼ文学。

獣の奏者 上橋菜穂子 講談社文庫
今や異世界ファンタジーの日本における第一人者による「大人向け」ファンタジー。で、ハードな冒険小説で、少女の成長小説で、野獣と少女の交流を描く動物小説でもある。「バルサ」シリーズでは児童文学でもの足りない、という人は必読。アニメも放映中(「獣の奏者エリン」NHK教育)だが、そっちはちょっと子供向けを意識し過ぎててハードさが足らない。

死に神を葬れ ジョシュ・バゼル 新潮文庫
元殺し屋の医者、という設定がすべて。そこが勝因。ネタバレ失礼。

荒野のホームズ、西へ行く スティーブ・ホッケンスミス ハヤカワ・ポケット・ミステリ
ホームズ・マニアのカウボーイ兄弟<荒野のホームズ>シリーズ2。舞台は西海岸を目指して走るサザン・パシフィック鉄道の列車。閉ざされた空間の中での事件に挑む自称・探偵の二人。なにしろ兄弟は基本的に肉体派なので大活劇付き。

7月

サッカーボーイズ 13歳/雨上がりのグラウンド はらだみずき 角川文庫
サッカー小説はそんなに読んでないが(そもそも野球小説に比べて絶対量が少ない)、最高ランクの一作。小学生から中学生になったことで前作にあった大人(コーチ)からの目線による描写が少なくなってしまった。それが良くもあり(ボーイズの魅力全開)悪くもある(ボーイズの心情の暴走)。それがサッカーらしいと言えば、それはそれでまちがいではない。とりあえずこのシリーズはサッカー版「バッテリー」と言われてしまうだろうな。それもそれでまちがいではない。

紅無威おとめ組/かるわざ小蝶 米村圭吾 幻冬舎文庫
紅無威おとめ組/南総里見白珠伝 米村圭吾 幻冬舎文庫
……まぁ、読み捨てにするならいいんじゃないですか。江戸版チャーリーズ・エンジェルというアオリがついてるが、それはちょっと違う。

格安エアラインで世界一周 下川裕治 新潮文庫
凄いことするなぁ。でも、安いことは体によくない……。

宿澤広朗 - 勝つことのみが善である - 全戦全勝の哲学 永田洋光 文春文庫
2006年に55才で急逝した宿澤広朗の評伝。元ラグビー日本代表選手にして元ラグビー日本代表監督でありながら大手銀行頭取候補にまで上り詰めた、文武両道のウルトラハードワーカー。ラグビーでもビジネスでも他人に100を要求しつ自分は常に100以上を成し遂げた全力疾走の生涯。実のところマジで尊敬する人物でありコーチとしての方向性(できることは全部やる!)は興味深いが、だがしかしビジネスマンとしてのあり方(できることは全部やる!)には関心がないので、人生の指針としてはあんまり参考にはならない。

迷惑なんだけど? カール・ハイアセン 文春文庫
相変わらずバカやキチガイ満載の痛快・フロリダ・ドタバタ・人生再生・サバイバル(?)小説。ハイアセン師匠が嫌いなのは「他人の気持ちに対して鈍感であること」で、そういう登場人物に対する処遇には容赦がない。

密偵ファルコ/最後の神託 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
シリーズ17。もう17巻にもなるのか……。今回はギリシアへ。なんだか「寅さん」的ドサ回り営業みたいになってきたな。基本的にはいつもと同じ。古代オリンピックやデルポイ神託の裏話はちょっと面白い。

静かなる天使の叫び R・J・エロリー 集英社文庫
連続殺人犯に人生を奪われた男の生涯。少年時代〜青年期〜と語られる主人公の日々は悲惨で重苦しいが、決して読者を離さない。ものすごい力がある。もうミステリーとかサイコサスペンスではありません。純文学です。早くも各所で「今年度ベスト1」と言われている評価にまちがいはありません。

神の守り人 上橋菜穂子 新潮文庫
<守り人/旅人>シリーズ5。マンネリとは言いたくないが、超自然な立場に置かれた弱者をバルサがそれを利用しようとする悪人から守る、というパターンが固定化してしまったような。もちろんそんなこととは関係なく、今回も物語として面白いのでOK。

一瞬の風になれ(1〜3) 佐藤多佳子 講談社文庫
3年前に大評判となった高校陸上部の三年間を描いた熱血青春スポーツ小説の文庫化。個人競技としての100mスプリント、団体競技としての100m×4リレー、それぞれを通して「走る」ことの魅力がひしひしと伝わってくる。男子高校生はもっとバカだよ、と思うが本当に感動的。

6月

いつか白球は海へ 堂場瞬一 集英社文庫
なんでこの人のスポーツものには爽快感が希薄なんだろね。ドラフト制導入直前のノンプロ地方チームという時代&舞台設定は面白いですが。

砂漠の狐を狩れ スティーヴン・プレスフィールド 新潮文庫
砂漠の狐・ロンメル将軍が狩られなかったことは史実なのであんまり期待せずに読んだのだが、なんとびっくり、これは近年でも最高レベルの戦争冒険小説だ! ノンフィクション戦記タッチの叙述と迫真の戦闘シーンのバランスが絶妙。でもって見事な人間ドラマになってる。砂漠という特殊環境故の騎士道精神がけっこう心に染みる。

放火/アカイヌ 久間十義 角川文庫
雑居ビル火災の真相を追う捜査小説。警察(現場の刑事)と新聞(現場の記者)の二つの視点から描くのはもともと「新聞連載小説」だったからか? 結果的に様々な犯罪が炙り出されるが、なんとなくどれも小物の感じがしてちょっともの足りない。

the TEAM/ザ・チーム 井上夢人 集英社文庫
インチキ霊媒師と調査スタッフによる一種の「コンゲーム」を描いた連作短編。真相を言い当てることが世直しになってしまうので「必殺仕事人」っぽい爽快感はある。

シャトゥーン/ヒグマの森 増田俊也 宝島社文庫
熊好きで寒冷地マニアですが、厳寒の北海道で熊に執拗に追い回され、そのあげくに食われるというのはいやだなぁ。熊に頭からバリバリかじられる描写が平気な方は是非ご一読を。第五回「このミス」優秀賞受賞作。

いだてん剣法/渡世人瀬越しの半六 東郷隆 小学館文庫
幕末股旅もの。600頁の長篇だが、テンポよくキレがあるので一気読みできる。渡世人の作法が細かく描写してあって面白い。

リンカーン弁護士 マイクル・コナリー 講談社文庫
コナリー初のリーガル・サスペンス。リンカーン・タウンカー(いわゆるリムジン)を事務所代わりに使う貧乏弁護士が主人公(だがしかしリンカーンとビルの事務所とどっちが金かかるんだ? しかも主人公はリンカーン何台も持ってるんだけど。その時点で貧乏とは思えないんだがなぁ)。数多くの賞で優秀賞にノミネートされたり最優秀賞に選ばれている話題作。でも普通のリーガル・サスペンスだな。コナリーらしいひっくり返しはあるものの。

解雇手当 ドゥエイン・スウィアンジンスキー ハヤカワ・ミステリ文庫
いやはやなんとも。ビルのワンフロアで繰り広げられる劇画的スプラッタ・バイオレンス・アクション。飯食いながら読んではいけない。ある意味こんなにオリジナリティのある小説も他にあるまい。

ビューティー・キラー2/犠牲 チェルシー・ケイン ヴィレッジブックス
美貌の連続殺人者と彼女に取り憑かれた刑事<グレッチェン・ローウェル&アーチー・シェリダン>2。グレッチェンはより魅惑的に狡猾に、アーチーはより諦観し衰弱し、全体通してサスペンスたっぷりでSM感満載で前作よりパワーアップしている。でもなんか痛々しくて辛いなぁ。

山下洋輔の文字化け日記 山下洋輔 小学館文庫
蕎麦処 山下庵/山下洋輔と三十人の蕎麦者たち 小学館
前者は2001〜08年の日記形式の……えー、なんか日記とエッセイのあいだくらいのもの。久々の山下節に堪能。後者は大型書店のどこを探しても見つからなくて、ようやく探し当てた先は「料理−和食」の棚だったという総勢30人の強者からなる蕎麦愛満載のエッセイ集。それぞれご贔屓店を上げてはいるのだが、高級蕎麦屋ばっかりなのはいかがなものかとは思う。わしの行きつけは釧路駅構内の霧亭。理由は寄るのに便利だから。

5月

イスタンブールの毒蛇 ジェイソン・グッドウィン ハヤカワ・ミステリ文庫
オスマントルコの宮殿付き機密担当宦官<ヤシム>シリーズ2(シリーズ化されてるのか? ただの続編?)。19世紀前半のイスタンブールを舞台にした歴史ミステリ。ギリシア独立闘争に纏わる陰謀と殺人を中心に置いてあるが、基本はイスタンブールの風景を描くことにある。というわけで、ストーリーを追うよりはその場面場面の雰囲気を味わう作品。

金春屋ゴメス 異人村阿片奇譚 西條奈加 新潮文庫
<金春屋ゴメス>シリーズ2。一種の平行異世界ものなので江戸の中の外国人コミュニティというものが成立する、ということに気付いた作者はアタマいいなぁ。物語自体は前作の方が面白かった。

ユダヤ警官同盟 マイケル・シェイボン 新潮文庫
ピューリッツア賞受賞の純文学作家による「改変歴史SFハードボイルドミステリー」。08年度のヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞のSF3賞受賞作。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞候補作。もしユダヤ人自治区がアラスカにできていて、その返還期日が迫ってきていたなら、という舞台での殺人事件捜査小説。いっぱい賞とってますが、個人的にはあんまり。ユダヤ人もチェス(←物語の重要なネタ)もよくわからん。

ボブさんの誰にも書けないベースボール事件簿 ロバート・ホワイティング 角川文庫
大きな声では言えないが(前々から思ってるんだがロバート・ホワイティングってガイジンだという理由だけで過大評価されてるよな……)

奇跡のタッチダウン−報酬はピッツァとワインで− ジョン・グリシャム ゴマ文庫
イタリアにおけるアメリカン・フットボール・リーグでプレイすることになった元NFL選手の物語。要するにポンコツ選手の復活と再生 in イタリー。近年のグリシャム作品らしく、薄っぺら。フットボール好きなら一読の価値はないこともないがね。食事の場面だけがやたらと詳細なのは本人の嗜好(本場のイタ飯好き)であろうか。

前夜 リー・チャイルド 講談社文庫
放浪の元憲兵少佐<ジャック・リーチャー>シリーズ。邦訳では3作目、元版では12作中の8作目。リーチャーの軍隊時代を扱った番外編的な作品。へらず口の主人公が軍に影を落とす邪な陰謀に立ち向かう。1990年という時代設定を生かした秀逸なサスペンスで、邦訳の前2作(そこそこ)とはあきらかにクオリティが違う。非常にネルソン・デミルっぽいです(←誉め言葉)。05年度バリー賞最優秀長篇賞受賞作。

黒い氷 オーサ・ラーソン ハヤカワ・ミステリ文庫
北極圏の小都市を舞台にしたスウェーデン産の地場ミステリ<レベッカ・マーティンソン>シリーズ3。というか、レベッカ・マーティンソンが主人公というのはちょっと違うか。レギュラーの2人の刑事含めて3人の物語であろうか。毎回誰かがひどい目に遭うので、なんだか可哀想だが。今回はレベッカの再生過程報告であると共に経済ネタにして国際関係ネタでもある。シリーズ1・2と違って宗教ネタではないのでわかりやすいが、道具立てが大きすぎて話が荒くなっている気がする。

ピザマンの事件簿 デリバリーは命がけ L・T・フォークス ヴィレッジブックス
あんまり本の帯は気にしない(信用しない)のだが「ジョー・ランズデール絶賛」とあったので即買い。大当たりでした。今年度の拾いもの大賞候補作。無学で粗野で頭脳より肉体という貧乏白人の探偵団という設定が珍しい。男気と友情と労働の汗から成る爽快な(あんまり知的ではない)一種のファンタジー。ま、リアリティはありません。

義珍の拳 今野敏 集英社文庫
琉球唐手を「空手」として本土に普及させた船越義珍の生涯。その大半は「伝統武道が大衆スポーツ化してしまう」ことへの葛藤と苦悩だが。武道とスポーツの関係が小乗と大乗であるというのはなんとなく理解できました。これ読むと空手習いたくなる。

ねこ捜査官ゴルゴンゾーラとハギス缶の謎 ヘレン&モーナ・マルグレイ ヴィレッジブックス
猫は喋らない。語り手=主人公は猫の飼い主(独身女性で麻薬捜査官)の方です。ほどよいテンポでほどよいユーモアでほどよいサスペンスで……つまらなくはないけど、このネタでジャネット・イヴァノヴィッチが書いたら抱腹絶倒の傑作コメディになってただろうな。もったいない。とりあえずスコットランドの観光案内にもなってる。

4月

オッド・トーマスの霊感 ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
うわ、これはたまらん、近年のクーンツの最高傑作! 何を言ってもネタバレになってしまうので(以下略)

早春賦 山田正紀 角川文庫
なんかものすごい久しぶりに山田正紀を読んだ気がする。大久保長安事件直後の八王子郷を舞台にした爽快な青春群像時代小説。かつて気鋭のSF/冒険小説作家だったが、いまや山田正紀って正統派の作家なのであった。

陽炎  <東京湾臨海署安積班> 今野敏 ハルキ文庫
最前線 <東京湾臨海署安積班> 今野敏 ハルキ文庫 
半夏生 <東京湾臨海署安積班> 今野敏 ハルキ文庫 
花水木 <東京湾臨海署安積班> 今野敏 ハルキ文庫 
隠蔽捜査 今野敏 新潮文庫
どうも今「警察小説ブーム」のようでどこの書店でもその類が平積みになっているが、今野敏は初めて読んだ。「安積班」は「87分署」的な群像捜査もの。短編なのでキレはいい。「ハンチョウ」とかいうTVドラマになってるが見たことない。「隠蔽−」もそのノリかと思ったら大違い。なんと主人公が警察官僚(警察庁官房総務課長)でガチガチのエリート。おまけに正論しか言わない。普通はこういう人物はサブか嫌われ役なんだが、そこを逆手にとった意外性の警察小説だ。吉川英治文学新人賞受賞作。

最終弁護 スコット・プラット ハヤカワ・ミステリ文庫
裁判なんて嘘つき同士の騙し合いである、というリーガル・ミステリ。登場人物は皆ありがちな造型だしプロットも一本道ではあるが、けっこう爽快。

マジシャン殺人事件 ピーター・G・エンゲルマン 扶桑社ミステリー
はて? これはどこが面白いのか? というかつまらない。

血涙 新楊家将 北方謙三 PHP文庫
「楊家将」の続編。この2部作は合戦場面に特化した「水滸伝」だな。武人の一族が次々と死んでいくだけの物語。かっこいいけど空しい。ところでこの場で今まで北方「水滸伝」の名前が出たことがないのは、読まないからではないよ。雑誌連載(小説すばる)で読んでるので、本買ってないからなのだ。毎月読んでます。それなりに面白い作品ですが、北方水滸伝(〜楊令伝)の方は現在「終わらせ方がわからない」袋小路でうろうろしているようです。

僕僕先生 仁木英之 新潮文庫
日本ファンタジーノベル大賞受賞作。ふわふわとした萌え系中華ファンタジー。「美少女仙人」というキャラクターを考え出した時点で勝利だなぁ。ただし言葉遣いがユル過ぎるのは失敗。そこがちゃんとしてれば小説としての格が数段上がったと思う。

弔いの炎 デレク・ニキータス ハヤカワ・ミステリ文庫
08年MWA賞最優秀新人賞候補作。女の弱さと哀しさと強さが交互に描かれるサスペンス。少女の成長物語でもあるが、その方向と過程に無理があるので候補作止まりだったのかな。北欧神話が根底にあって、そこがちょっと物珍しい。

劔岳<点の記> 新田次郎 文春文庫
映画化されるらしく、再版されていた。やっぱり新田次郎の山岳ものは面白い。

埋葬 P・J・トレイシー 集英社文庫
母娘共作作家による<ミネアポリス警察署殺人課シリーズ>。相変わらず「男」の描き方は駄目だが、今回は物語として面白かった。Cランクのシリーズでもこうやってアタリが出ることがあるので、なかなか見切りがつけられなくて困る。「ミネアポリスの冬は如何に悲惨なものであるか」という点でもなかなか面白かったよ。

3月

黒のトイフェル フランク・シェッツイング ハヤカワ文庫
「深海のYrr」のシェッツイングのデビュー作(95年)。13世紀のケルンを舞台にした歴史冒険サスペンス。中世ドイツの司教都市ケルンの描写が緻密で視覚的。そのへんの特性はYrrに通じるものがある。ほんとに当時の風景風俗がまざまざと目に浮かぶが、探偵役の二人のメンタリティが現代的過ぎる気はしないでもない。とりあえずこれ読むとケルン大聖堂を見に行きたくなります。ちなみにトイフェルというのは悪魔のこと。

あたしはメトロガール ジャネット・イヴァノヴィッチ ソフトバンク文庫
モーターマウスにご用心 ジャネット・イヴァノヴィッチ ソフトバンク文庫
恋するメカニック<バーニー>シリーズ1と2。去年既に訳出されていた。全然気付かなかった。ソフトバンク文庫なんてチェックしてないからなぁ。そりゃイヴァノヴィッチだからもちろん面白いけれども、ステファニー・プラム物とほぼ同じテイスト。少々薄味。主人公含めて登場人物のキャラが被っている(犬まで!)。似たようなシリーズが2つも必要なのか?

鴨川ホルモー 万城目学 角川文庫
うーむ……まぁ物語として面白いですけどね…………、展開はあまりに単純。学生はノンキでいいな。

テンプル騎士団の古文書 レイモンド・クーリー ハヤカワ文庫
もうひとつの「ダ・ヴィンチ・コード」(パクリではない)。宗教の暗黒面を知るにはいいかもしれないが、退屈。登場人物たちの行動に必然性がないのが最大の欠陥。

ジャマイカの迷宮 ボブ・モリス 講談社文庫
<ザック・チェイスティーン>シリーズ2。ザックはフロリダ在住だが、前回はバハマで今回はジャマイカが舞台なので「カリブ海を舞台にした自警団物」というようなもんだろう。軽口のマッチョ主人公と美人の恋人と一般社会からちょっと外れた相棒、よくあるパターン。そこそこ読めるけれどもローカリティ以外には目新しさはないなぁ。

あたしの手元は10000ボルト ジャネット・イヴァノヴィッチ 集英社文庫
爆裂バウンティ・ハンター<ステファニー・プラム>12。相変わらずのドタバタラブサスペンスコメディ。邦題の元ネタ「スタンガンの電気ショック」が今回のルーティーンになってるが、ビリビリしても爆発はしないので、ちょっとばかり派手さに欠ける(?)一作になってしまった。ただしそれでもこっちの方が「バーニー」物(↑前出)より30倍面白い。

春秋山伏記 藤沢周平 新潮文庫
へぇー、山伏がトラブルバスターだったとは知りませんでした。方言が心地よい連作短編集。

雷神の筒 山本兼一 集英社文庫
織田信長鉄砲衆を指揮した橋本一巴の生涯。……ああそうですか。武人なのか技術者なのか描き方が中途半端。

川は静かに流れ ジョン・ハート ハヤカワ・ミステリ文庫
本を開くと謝辞に「わたしが書くものはスリラーもしくはミステリの範疇に入るのだろうが、同時に家族をめぐる物語でもある」とある。そのまんまの作品。08年度のMWA賞最優秀長編賞受賞作。家族小説としてもミステリとしてもクオリティの高い非常に優れた作品だが、恋愛関係の叙述だけはあんまり上手くない。前作「キングの死」の時もそう思ったなぁ。でもまだこれが2作目だからね。

探偵は犬を連れて イヴリン・デイヴィッド 創元推理文庫
なんと、探偵も犬も主役ではない! まぁそれなりに面白いコージーミステリ。

2月

熊田十兵衛の仇討ち 池波正太郎 双葉文庫
飛行機の中で読もうと思ってた本をうっかりバッグに入れたまま預けちゃったので、その代わりに売店で買った。短編集。……これ読んだことあるような気がするな……。「喧嘩あんま」は好きです。

義八郎商店街 東直己 双葉文庫
でまぁ、これが読もうと思ってた方。古くからの商店街を舞台にしたファンタジーなんだが、はっきり言って読後感がよくない。中盤までは心温まるいい物語なんだけど、この終わらせ方はなんとかならなかったものか。

コンラッド・ハーストの正体 ケヴィン・ウイグノール 新潮文庫
自らのアイデンティティーに疑問を持ち始めた殺し屋の苦悩。自分勝手な話だ。一部の書評にはいい評価もあったようだが、わしは認めん。

風の墓碑銘 乃南アサ 新潮文庫
女刑事<音道貴子>シリーズ。音道と滝沢のコンビ復活。二人の視線で交互に語られる構成がいい。派手な展開はないが、捜査活動や人間自体の描き方がきめ細かく、一級の警察小説になっている。傍若無人で下品なオヤジ丸出しの滝沢刑事がいつのまにやら(多少)丸くなってて、ここらへんは「フロスト警視」の変化に通じるものがあるようなないような。

黄金旅風 飯嶋和一 小学館文庫
日本が鎖国を迎える直前の時代、代官として長崎の町と民を守った末次平左衛門の半生。タイトルと冒頭から海洋冒険小説かと思ったら全然違うものだった。テーマは面白いのだが語り口が上手くない(構成の難?)のと結末が虚無的なので読後感がよくない。歴史的事実だから仕方がないのかね。この人のデビュー作「雷電本紀」読んだ時もそう感じたなぁ(10年以上前だが)。体質?

大統領の遺産 ライオネル・デヴィッドスン 扶桑社ミステリー
1976年の作品。30年前なのに、バイオ科学による代替エネルギーがネタなのだから凄い。謎解きと、それを妨害する何者かの影を描きながらも、敵の姿を具体的に表現せずにサスペンスとして最後まで引っ張る筆力が見事。でもまぁ、古いと言えば古い。

制服捜査 佐々木譲 新潮文庫
捜査官としての経歴を持ちながらも田舎の駐在所勤務となった警官が、職務ではない事件捜査に如何に関わるかという裏返しの警察小説。短編連作集。北海道郡部の小さな町での「事件」にストーリーテラーとしての巧さを感じさせられる。もちろん佐々木譲ですから、ハズレはないです。

くろふね 佐々木譲 角川文庫
文庫化されていたのか……見落としていた……。「ペリーの黒船に最初に乗り込んだ日本人」浦賀奉行所与力・中島三郎助の生涯。「ちゃんとした人」はいつの世にもいるのだなぁ、という市井の偉人伝みたいなものです。かっこいい。読むのなら「武揚伝」(04年ベスト10参照)とセットでどうぞ。もちろん佐々木譲ですから、ハズレはないです。

妻は、くノ一 風野真知雄 角川文庫
発作的にこういうお気楽な時代物を読みたくなるときがある。読み捨てるには最適。軽いだけでコメディにはなってないのが残念。

二度死んだ少女 ウィリアム・K・クルーガー 講談社文庫
ミネソタの田舎町の元保安官<コーク・オコナー>シリーズ4。安定して面白い良質のシリーズなのだが、今回のは宗教ネタなので、いまひとつ。相変わらず自然描写はいいです。

1月

嵐を走る者 T・ジェファーソン・パーカー
T・J・パーカーとしてはなんだか普通の話。主人公が魅力的で際立った人物造型であるのに比べて、元親友にして仇敵でもある相手が類型的。もちろんハイレベルで面白く読めるものの、かつての「サイレント・ジョー」のように心に響くところが薄い。要求高すぎ?

暗黒街の女 ミーガン・アボット ハヤカワ・ポケット・ミステリ
08年度MWA賞&バリー賞受賞作。1950〜60年代の暗黒街、若い娘が「女」となっていく話。女は怖い。上質の映画っぽい。

シルバー・スター デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
映画評論家と女性警官<ミッチ&デズ>シリーズ3。いつもながらの「ちゃんとできてる、ちょっと辛口の、ほのぼのミステリー」。閉鎖的な郊外のスノッブ社会への批判がキツい。

狼のゲーム ブレント・ゲルフィ ランダムハウス講談社文庫
最近流行の「ロシア」もの。特殊部隊上がりの殺し屋が裏社会でしぶとく生き抜く物語。主人公の造型がいい。痛々しく容赦ない展開もあるが、面白く一気読みできた。意外な拾いもの。

ラスト・イニング あさのあつこ 角川文庫
「バッテリー」のエンディングにはがっかりさせられたが、こんな後日談を付け加えてきたとは!!! これを足したことで「バッテリー」シリーズは史上ナンバーワンの少年野球小説になったと断言させていただきます。これだけでも相当に質の高い小説だが、単体で読むのはもったいない。もし未読なら「バッテリー」第一巻からどうぞ。

アインシュタイン・セオリー マーク・アルバート ハヤカワ文庫
アインシュタインの隠された理論を巡る「追いかけられ」ミステリー。たまたま「宝物」を預かってしまって謎があってFBIに追われ軍隊に追われ殺し屋に追われ美女がいて、ドンデン返しがあったりして。展開としてはグリシャムっぽい。あとは……まぁ、かなり話に無理があると思うよ。

↑2009年2008年↓

年末(08)年始(09)

雪虫 堂場瞬一 中公文庫
破弾 堂場瞬一 中公文庫
熱欲 堂場瞬一 中公文庫
弧狼 堂場瞬一 中公文庫
帰郷 堂場瞬一 中公文庫
讐雨 堂場瞬一 中公文庫
血烙 堂場瞬一 中公文庫
被匿 堂場瞬一 中公文庫
偽装 堂場瞬一 中公文庫
久遠 堂場瞬一 中公文庫
文庫書き下ろしシリーズ<刑事・鳴沢了>全10作。最終刊の出た昨秋に「当店のオススメ」の帯(版元の用意したもの)で各書店にセットで平積みしてあった。まだそのままかもしれない。ほんとにオススメかどうかはともかく、確かに良質のハードボイルド・シリーズではある。生まれながらの刑事は如何にして一匹狼となり、如何にして安息を得たか(得てない?)というサーガ。作品ごとの出来不出来は多少あるが、一貫してテンポがいいので全巻一気読みできた。ただし通しのテーマには個人と組織の軋轢というものがあるので、それなりに重苦しい。カタルシスも少ない。うーん、他人に勧めるかなぁ? まぁ、読むのなら一作ずつ間をおいた方がいいよ。

おかけになった犯行は エレイン・ヴィエッツ 創元推理文庫
身元を隠してフロリダ潜伏中の<エレイン・ヴィレッツ>シリーズ3。転職シリーズでもある。高級ブティック店員、書店の店員ときて、今回は電話セールス員。舞台を変化させることでデタラメな人間と粗雑な犯罪のバカバカしさにバリエーションが生まれて、シリーズを重ねるごとに破壊力を増してきた感もある優れたコメディ。爆発力はないものの、絶え間ないジャブのキレがいい。ジャネット・イヴァノヴィッチ作品に通じるものがあるね。好きです。

メアリー・ケイト ドゥエイン・スウィアジンスキー ハヤカワ・ミステリ文庫
タイムリミット・サスペンス。何を言ってもネタバレになってしまうので論評できない……。冒頭と中盤以降でこんなに印象の変わる話も珍しい。バカサス? 個人的には面白かった。

北條龍虎伝 海道龍一朗 新潮文庫
戦国大名・後北條家中興の祖である氏康、綱茂の絆の物語。かっこいい。こういうのを大河ドラマでやればいいのに。

夏の椿 北重人 文春文庫
ハードボイルド時代小説。著作としては「蒼火」(11月の項参照)に先立ち、こちらがデビュー作にあたるが、同一主人公の年代としては後になる。作品の雰囲気が微妙に違うしプロットもやや荒っぽいが、無名の新人のデビュー作としては相当にクオリティが高い。でも蒼火の方が好き。

嘆きの橋 オレン・スタインハウアー 文春文庫
冷戦時代の東欧にある架空の小国を舞台にした警察小説<ヤルタ・ブールバード>シリーズ1。こっちを先に読んでおけば「極限捜査」(11月の項参照)をもっと面白く読めたなぁ。見落としていたことにちょっと後悔。

ジェネラル・ルージュの凱旋 海堂尊 宝島社文庫
医療ミステリー<田口&白鳥>あるいは<桜宮サーガ・東城大編>の3作目。うわー、将軍カッコイイ! 謎解きではなく、困難に立ち向かうという意味で「ヒーロー小説」と言えなくもない。こういう話も書けるのか。多才な人だなぁ。まだ読んでなければ「ナイチンゲールの沈黙」「螺鈿迷宮」と続けて読むと100倍面白くなります。しかし単行本から2年弱で文庫化。映画化に合わせてなんだろうけど、こんなすぐ文庫にしていいのか? 個人的にはありがたいが。

12月

螺鈿迷宮 海堂尊 角川文庫
「チーム・バチスタの栄光」から始まった<桜宮サーガ>の桜宮病院編。ちなみに版元も違います。東城大付属病院編と比べると物語が直線的(ミステリーの仕掛けとしては単純)だが、登場人物全てのキャラが立っているところが凄い! 氷姫の「実物」はちょっとわかりにくい気はするけど。

駿女 佐々木譲 中公文庫
馬と弓の時代(鎌倉前期)を舞台にした活劇。佐々木譲作品に共通する「北の民の矜持と中央に対する反骨心」が清々しい。凛とした少女が主人公なので萌えます。

贖罪の日 クリス・ムーニー 講談社文庫
女性科学捜査官を主人公にした新手のサイコ・スリラー。早い段階でネタバレしてしまうが、サスペンスの畳み掛け方はまあまあ。

殿様の通信簿 磯田道史 新潮文庫
なんか最初に刊行された時にそこそこ話題になってたような記憶もある。時代物、歴史物に関心のない人には関係ないエッセイ本。

うそうそ 畠中恵 新潮文庫
いまや立派な人気シリーズ<しゃばけ>の5。すごいなぁ、今回のは冒険活劇ファンタジーになってる。しかも明るく楽しくわかりやすい。売れるわけです。

大相撲殺人事件 小森健太朗 文春文庫
相撲部屋を舞台にした殺人事件の謎を解くという連作短編。というアイデアだけでオチているようなものだが、本格推理のパロディなのだな。相撲取りがいろんなパターンで殺されていくというのは、それでそれで凄い。おひまならどうぞ。

クラン先生、猛獣たちを診る ミシェル・クラン ハヤカワ文庫
76年刊行で欧州でベストセラーともなった自伝的ノンフィクション。獣医と大型動物たちとのふれあい。人間と動物のつき合い方だけでなく、動物園の存在意義というものも考えさせられる。良書です。「パリの獣医さん」(ハヤカワ文庫)という姉妹編があるが、未読。

ソウルタウン メルセデス・ランバート ハヤカワ・ミステリ文庫
LAの女弁護士<ホイットニー・ローガン>3部作の2。96年の作品(作者は03年死去)。1につけた点数が65点。2も65点。主役も脇役も人物造型が甘すぎる。

11月

タナーと謎のナチ老人 ローレンス・ブロック 創元推理文庫
不眠症の泥棒なんだかスパイなんだか身分と職業が不詳の男<エヴァン・タナー>シリーズ2。1966年の作品。スパイ小説の要素も冒険活劇の要素もコメディの要素もふんだんに入っているのに、そのどれでもない。ホラ話というにはちょっと悪夢の度が過ぎている。ヒーロー物というにはタナーの行動が倫理的ではない。でも後味はそれなりに爽快なので困ってしまう。

赤い夏の日 オーサ・ラーソン ハヤカワ・ミステリ文庫
北極圏の小都市を舞台にしたスウェーデン産の地場ミステリ<レベッカ・マーティンソン>シリーズ2。1(「オーロラの向こう側」)よりも地域の雰囲気や人間関係が巧く描かれてる。続けて読むと作者の成長がわかります。それにしても主人公が2 作続けてあんまりな目に遭うので可哀想になった。

極限捜査 オレン・スタインハウアー 文春文庫
冷戦時代の東欧にある架空の小国を舞台にした警察小説<ヤルタ・ブールバード>シリーズ2。1は未読。捜査官としての矜持、時代背景、政治的なプレッシャー、夫婦間の軋轢等々、核となるテーマは「チャイルド44」と被る。あっちが映画ならこっちはTVシリーズ。どちらも(辛いけど)読み応えがある。あ、どこかで1(「嘆きの橋」)を探してこなきゃ。

血の記憶 グレッグ・アイルズ 講談社文庫
ホラ話の職人(商売人?)・アイルズのサイコサスペンス。いつもながら謎めいた設定と、意味ありげな展開はお見事。上下巻1000頁がノンストップで読める。半分以上がセックス関連の話だが、エロではない。

ドッグタウン メルセデス・ランバート ハヤカワ・ミステリ文庫
LAの女弁護士<ホイットニー・ローガン>3部作の1。91年の作品(作者は03年死去)。仕事もない開業弁護士の主人公が、なんとなーく巻き込まれた事件を追う。が、なんで主人公そんなにその事件にこだわるのかが明確でないので、物語に入れない。65点くらい。

蒼火 北重人 文春文庫
第九回大藪春彦賞受賞作。時代小説として初めて大藪賞を獲得した作品だけあって、優れたハードボイルド。

10月

壊れた海辺 ピーター・テンプル ランダムハウス講談社文庫
豪州南部(つまり南極側)の田舎町の刑事を主人公にしたまことに秀逸なミステリー。淡泊な語り口と緻密な人物描写で人種問題、環境問題、そして事件の真相が綴られる。シリーズ物の味わいがありながら(意識的にそうなっている)単発作品というのがびっくり。物語の舞台が目新しいということもあり、新鮮な感覚。オーストラリア人作家が初めてCWA賞を受賞した作品でもある。

金春屋ゴメス 西條奈加 新潮文庫
05年度日本ファンタジー大賞受賞作。あぁ、こういう設定だったんだ! ある意味、出オチと言えなくもないが、一読の価値あり。

柳生陰陽剣 荒山徹 新潮文庫
柳生薔薇剣 荒山徹 朝日文庫
「陰陽剣」は陰陽師にして剣の達人・柳生友影を主人公にした連作短編。「薔薇(そうび)」は女剣士・柳生矩香を主人公にした長編。どっちも剣術忍術呪術マンガSFエロ怪獣入り乱れる快作。デタラメにもほどがある(←誉め言葉)。

最高の銀行強盗のための47ヶ条 トロイ・クック 創元推理文庫
疾走するバカ青春犯罪小説。順番としては「バカ」が一番になる。こういうものは大好きだ!

チャイルド44 トム・ロブ・スミス 新潮文庫
本年度の各ベスト10上位入り確実な衝撃作。スターリン独裁下のソ連で政治的に「存在し得ない」連続殺人に遭遇した捜査官による真相解明と自信の生存を掛けた苦闘。政治体制と極寒に閉ざされた国の不条理感と閉塞感と無常感が余すところなく読み手に襲いかかる。量的にはそれほどではないが(とは言っても上下二巻本)、質的にはものすごく濃くて重い。作者はまだ29才でこれがデビュー作。それも凄い。ちなみに、ロシアでは発禁書扱いだとのこと。

略奪の群れ ジェイムズ・カルロス・ブレイク 文春文庫
30年代に銀行強盗で名を馳せたジョン・ディリンジャー・ギャングの一人、ハリー・ピアポントという実在した犯罪者の一人称で語られる、俺たちの真実。荒くれ群像を描かせたら世界一のブレイクによる「あの時代の、あの連中の物語」がつまらないわけがない。面白いけど無慈悲で乱暴で刹那的な、悲劇。

汚れた7人 リチャード・スターク 角川文庫
<悪党パーカー>シリーズの7作目にあたる42年前の作品の37年ぶりの再版。ぜーんぜん古くない。

魔術師 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
四肢麻痺の科学捜査官<リンカーン・ライム>シリーズ5(リンカーン・ライム&アメリア・サックスのシリーズと言った方が正確なのか?)。今回は舞台イリュージョン見立てで殺人を繰り返す天才イリュージョニストとの対決となる。テーマがテーマなのでいつも以上にドンデン返しの連続。目まぐるしい展開の連続という点ではシリーズNo.1かもしれない。捜査に協力する若きイリュージョニスト、カーラが魅力的。

9月

ブルーヘヴン C・J・ボックス ハヤカワ・ミステリ文庫
ノンシリーズ。アイダホ北西部の田舎町、殺人を目撃したために追われる幼い姐弟と、それを助ける老牧場主。物語の推移、登場人物たちの所作、自然描写、すべてが完璧と言っていい。一言一句たりとも無駄がない。都会的な無機質な感覚とは無縁の、現代の西部劇とも呼ぶべき優れたアクション小説。当然ながら映画化されることでしょう。

老検察官シリ先生がゆく コリン・コッタリル ヴレッジブックス
舞台は30年前のラオス(!!)。主人公のシリ先生は72才にして国内ただ一人の検屍官(!!)。そのシリ先生が殺人事件の謎を解く……。これはもう設定の勝利ですね。時の流れのゆる〜い、ちょっといい話。途中唐突に出てくる「霊的事象」は、日本人にはなんの違和感もなく受け入れられる。著者はイギリス人、04年の作品。

ナイチンゲールの沈黙 海堂尊 宝島文庫
いまや日本を代表する医療ミステリー<田口&白鳥>シリーズ2。なんかほんとに理系の人が書いた話で、すべて理詰めなんだよね。その堅さ冷たさを「へんな人間」でコーティングしてある感じ。それでちょぅどいい柔らかさと温度になってます。登場人物ほぼ全員が饒舌というのが気にならないでもないが、エキセントリックな人間のバリエーション作りがどこまで続くのか興味深い。

哀国者 グレッグ・ルッカ 講談社文庫
<アティカス・コディアック>シリーズ6。そもそもはアティカスのプロフェッショナル・ボディガードとしての活動を描くシリーズだったものが、その立ち位置が微妙にずれてきて、ここにきて謀略アクション小説になってしまった。でも、それによって面白さが加速度的に増している。そして物語の苛酷さも。主人公が背負う悲劇もどんどん重くなっている。シリーズの着地点が見当もつかない。

震えるスパイ ウィリアム・ボイド ハヤカワ文庫
66才の母親が突然周囲を警戒し始め、かつて自分がスパイであったと娘に語り始める……。交互に描かれる母の過去、娘の現代のバランスが見事。決着の付け方も秀逸。久々にちゃんとしたスパイ小説を読んだような気がする。

8月

もっと美味しくビールが飲みたい! 端田晶 講談社文庫
副題が「酒と酒場の耳学問」。著者は恵比寿麦酒記念館館長も務めた現役のサッポロビール社員。べつにこれ読まなくてもビールは美味しく飲めます。

荒野のホームズ スティーブ・ホッケンスミス ハヤカワ・ポケット・ミステリ
大西部の荒野を舞台に、ホームズ・マニアのカウボーイ兄弟によって繰り広げられる名推理。というか、名推理かどうかはともかく、かなりの異色作。普通の物に飽きた人はぜひどうぞ。シャーロック・ホームズが実在の人物であるという前提で語が進むのでちょっと不思議。

虚空の旅人 上橋菜穂子 新潮文庫
<守り人/旅人>シリーズの4。バルサが主役のときは「守り人」、チャグムが主役のときは「旅人」。外伝として書き始めたはずが、出来上がってみたらシリーズ全体の方向性/世界観を決定づけてしまったという節目の一作。ファンタジーといえば異文化異世界がつきものだが、それを「わかりやす〜く」描いてあることがこのシリーズの特長なのだな。

永遠の三人 ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
ノンシリーズの「女もの」のひとつ。仲良し三人組・女子高生の校内銃撃事件の顛末と、そこに至る三人の友情物語。物語作者としての才能と魅力全開の一作。登場人物のただ一人たりともおろそかに扱わないところがすごい。でまぁリップマンにハズレなしなんだけど、えーと、単発もいいけど<テス・モナハン>シリーズの続きも読みたいんですが。

鎮魂歌は歌わない L・ウェイウェイオール 文春文庫
ピカレスクな自警団型ハードボイルド。正義と悪の対決だが、どっちもカタギの人間ではないので大変なことになる。血だらけで乱暴な物語だが、直線的な疾走感はそれなりに快感。

キング・オブ・スティング マシュー・クライン ハヤカワ文庫
三代続けての詐欺師という男が仕掛けるコン・ゲーム。「大物を引っかける」という話だが爽快感ゼロ。じゃあリアリティがあるのかと言うと、そっちもあんまり感じられない。物語の間にはさまれる数々の「古典的詐欺の手法」は面白いんだけど。

オーロラの向こう側 オーサ・ラーソン ハヤカワ・ミステリ文庫
北極圏の小都市を舞台にしたスウェーデン産の地場ミステリ。だけど、自然描写があんまりないしローカリティが強くないんだな。寒冷地マニアとしてはもの足りないです。宗教絡みの話なので、いまいち入り込めないし。

フロスト気質 R・D・ウィングフィールド 創元推理文庫
邦訳登場以来、根強い人気と高評価を得続けている刑事<フロスト>シリーズ4作目。相変わらずズボラで強引で行き当たりばったりのフロストだが、初期の頃の本物のクソ親爺ぶりに比べて今作ではかなり「人情」が濃くなってる。個人的にはこっちの方が好きです。シリーズ中最高作と言ってもいい。

腕利き泥棒のためのアムステルダム・ガイド クリス・イーワン 講談社文庫
肩書きは小説家だけど本職は泥棒という主人公が、宝探しをしつつ殺人事件の謎を解く。「泥棒バーニイ」シリーズ(ローレンス・ブロック)の影響があちこちに、というか全体通して強く感じられる。でもブロックのような職人芸には遙かに及ばない。比べちゃかわいそうだが。そもそもアムステルダムが舞台である必然性がないよ。

7月

闇に浮かぶ牛 P・J・トレイシー 集英社文庫
<ミネアポリス警察署殺人課>シリーズ。前作から気になっていた違和感の正体がわかった。この作者(母と娘の共作)は男が書けないんだ。だから出てくる男がどれもこれもみんなリアリティ希薄。そんな奴いねぇよ、ばっかり。物語のテンポ自体は悪くないのだが、基本的に粗雑で大味。次作を読むか? わからんなぁ。それにしても毎度のことながら集英社文庫の邦題センスはよくわからない。原題は「Dead Run」。

善良な男 ディーン・クーンツ ハヤカワ文庫
クーンツの本領とも言える「追っかけられ物」。ハラハラ連続ホラ話。例によってなんにも中味がないけど、面白い。

冬そして夜 S・J・ローザン 創元推理文庫
NYの探偵コンビ<ビル・スミス&リディア・チン>シリーズ8。偶数なのでスミス編。甥っ子を救うために訪れた町は高校フットボールがすべてという歪んだ価値観を抱えた場所だった、という閉ざされた社会もの。高校フットボールを取り巻く環境は綿密に描いてあるが、試合場面の記述は全然ない。なくてもいいんだが、ちょっとだけもの足りない。叙情の人、ローザンが試合をどう描くのか読みたかった。03年度MWA最優秀長編賞受賞作。シリーズ最高傑作かと言うと、そうでもない。シリーズ通して全部いいので、これが特別ではない。

四十七人目の男 S・ハンター 扶桑社ミステリー
アールとボブ・リーのマッチョ父子伝説<スワガー・サーガ>の外伝? 天才スナイパーと呼ばれたボブ・リーが銃を日本刀に持ち替えて(日本国内で)戦うという「トンデモ活劇」。いちおう忠臣蔵やクロサワ等々、サムライ映画へのオマージュということなのだが……これだけ読んだら作者はあきらかにアタマのおかしな日本好きガイジン作家でしかない。(ハンターは本当は当代有数のアクション小説作家である、はず)

ビューティ・キラー1/獲物 チェルシー・ケイン ヴィレッジブックス
美貌と邪悪と冷酷を兼ね備えた連続殺人犯(投獄中)<グレッチェン・ローウェル>シリーズ1。シリーズタイトルが示しているグレッチェンは獄中にいるので事件自体とはあんまり関係がないのだが、回想シーンが半分くらいあるので彼女のサディストぶりも余すところなく描かれている。まぁ「羊」におけるハンニバル・レクター的な存在の女版。設定の勝利。

真田太平記(1〜12) 池波正太郎 新潮文庫
池波正太郎を読むなら連作短編に限る。大河長編はダメだね。読み出したらとまらない(全12巻をほぼひと月で読んだ)けど。

翡翠の眼 ダイアン・ウェイ・リャン ランダムハウス講談社文庫
1997年の北京を舞台にした女私立探偵もの。設定の特殊さで65点。物語自体は50点。

バスルームから気合いをこめて ジャネット・イヴァノヴィッチ 集英社文庫
爆裂破壊天使<ステファニー・プラム>シリーズ11。うひゃひゃひゃひゃ。ああ、面白い。

サッカーボーイズ はらだみずき 角川文庫
ぱっと見、子供向けのようではあるが、そんなことはない。立派な大人向けの「サッカーを題材にした、子供たちとおっさんたちの青春物語」。サッカーを文字で表す難しさはよく言われることだが、試合自体を自然にスルーすることでその命題をうまく回避してある。いい小説です。コーチングについて考えさせられるところも多い。ただし、物語にただの一人も女の子が出てこないというのはいかがなものか。(個人的嗜好)

ロミオ ロバート・エリス ハヤカワ・ミステリ文庫
スピーディでサスペンスに満ちた警察捜査もの。いろんな意味でひねりの利いた展開と、
捜査の冷静な描写のバランスがいい。よく考えると変なところもいっぱいあるのだが、全然気にならない。これで個々のキャラ(刑事も犯人も脇役も)がもう少し立っていればなぁと思うのは、要求し過ぎ? 

密林の骨 アーロン・エルキンズ ハヤカワ・ミステリ文庫
スケルトン探偵<ギデオン・オリバー>シリーズ14(13か?)。エルキンズ師匠は相変わらずお達者です。今回はアマゾン奥地が舞台ということでちょっともの珍しさがある。ただしこの決着のつけ方はどうか……?

6月

タンゴステップ ヘニング・マンケル 創元推理文庫
ノンシリーズ。ひとつの殺人事件が暴き出すスウェーデンに棲息し続けるナチズムという亡霊。ただの警察小説に留まらず、マンケルの社会派としての面を強く感じさせる。主人公が常に自身の死を意識していることで、淡々とした墨絵のような静けさを感じさせる物語になってる。静謐ではあっても陰鬱というわけではない。良質な1冊(上下巻なので2冊だ)。

密偵ファルコ/地中海の海賊 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
シリーズ16。もう16巻にもなるのか……。シリーズ通して謎とされていた「伯父さん」の正体が判明する以外は、いつもと同じ。

ベルカ、吠えないのか? 古川日出男 文春文庫
05年に出版されたとき、各方面で大絶賛された「軍用に特化されたイヌの年代記」。文庫になったので読んだ。ううむ、「アラビアの夜の種族」でも思ったが……それほどでは……。いや、力作だし面白いんだが ……。作者の物語る才能はわかるんだけど、文体の饒舌さが俺と合わないのかな。で、犬の話だけど本当に犬好きの人なら読まない方がいいかもしれないよ。

髑髏城の七人 中島かずき 講談社文庫
劇団☆新感線の舞台を小説化したもの。時代活劇小説として成功しているかどうかはよくわからない。隆慶一郎と山田風太郎と永井豪を足して現代的な味付けをして水で薄めて電子レンジでチンしたような印象。ちょっと期待し過ぎた。

揺さぶり マイク・ハリソン ヴィレッジブックス
カルガリーの探偵<エディ・ダンサー>シリーズ1。カルガリーという舞台以外に目新しさはないのだが、冒頭からラストまで一気呵成に突っ走るプロットと、どこかで見たようだがそれなりにオリジナリティのある登場人物たちには高い評価を与えたい。実は相当に暴力的な話なのだが、それを感じさせない語り口の軽さもちょうどいい。今年度の「思わぬ拾いもの」大賞候補作品。

凍える海 ヴァレリン・アルバーノフ ヴィレッジブックス
副題が「極寒を24ヶ月生き抜いた男たち」。1912年に北極海で遭難孤立し、そこから生還した人物による本物の手記。書き手の意志と生命力の強靱さとは裏腹に記述が淡泊なことが、かえって脱出行の困難と苦闘を際立たせる。諦めないことは大切だよなぁ。ロシアはもちろん、欧米諸国では名著として80年にわたって読み継がれているとのことで、寒冷地マニアとしても読み応えのある一冊。「ザ・テラー」(1月分参照)の元ネタのひとつてして使われているんじゃないかな?

警察庁から来た男 佐々木譲 ハルキ文庫
北海道警察内の不祥事を背景にした<道警>シリーズの2。エリート監察官の描き方が秀逸。警察小説として非常によくできてる。面白いです。

聞いてないとは言わせない ジェイムズ・リーズナー ハヤカワ・ミステリ文庫
いや、見事な邦題。原題は「DUST DEVILS」で荒野の塵旋風のこと(らしい)。銃弾と裏切りと愛憎、感情移入を許さない冷徹な語り。好き嫌いは別にして完成度が高い。容赦ない、とはこういうことだな。

深海のアリバイ ポール・ルバイン 講談社文庫
マイアミの弁護士コンビ<ソロモン&ロード>2。軽快でおしゃれなミステリー。それ以上でも以下でもなし。前作よりもコメディっぽさが強くなってる。それはそれで問題なし。

深海のYrr(イール) フランク・シェッツイング ハヤカワ文庫
ドイツで大ベストセラーとなり、様々な文学賞を総なめにしたという海洋ミステリ冒険サスペンスSFエコロジー小説。イールってウナギか? 巨大ウナギが暴れる話か? と思ったらそうではなかった。そうではなかったが、実はそんなに間違った判断でもなかった。まぁ読んでみなさい。今年度ベストテン入りは間違いなし。文庫で全3巻、とにかく厚くて長くて重くて刺激的で理知的で破壊的で無慈悲で虚無的な物語だが、とてつもなく面白い。映画化されるようだが、こんなにアメリカ人に対して悪意のある話はハリウッドでは無理だろう。

5月

焔/The Flame 堂場瞬一 中公文庫
野球もの。優勝を争うシーズン終盤、メジャー移籍を狙うスター選手と代理人の野望と葛藤と、その結末。目的と手段の姑息さが「テーマ」のひとつではあるのだろうが、爽快感ゼロ。面白くないとは言わないが、好みじゃない。試合描写はリアル。

ゆめつげ 畠中恵 角川文庫
時は幕末、白昼夢によって未来や過去を見る能力を持った神官に降りかかった事件。ちょっとしたサイキックものです。主人公の暢気さに「しゃばけ」シリーズと通じるものはあるが、ファンタジーではない。まぁいずれにしろこの作者は達者な人ですわな。

ロスト・エコー ジョー・R・ランズデール ハヤカワ・ミステリ文庫
こちらもサイキックもの。音を媒介にして過去を見る能力を持ってしまった青年に降りかかった事件。ただし基本的には主人公の半生を綴った「再生−成長物語」。ダメ人間がたくさんでてくる。そのダメ加減の描き方がランズデールらしさでもあろうか。まぁいずれにしろこの作者は達者な人ですわな。

ワイルドファイア ネルソン・デミル 講談社文庫
NYテロ対策班の捜査官<ジョン・コーリー>ものの4作目。今回の敵は「9.11」以来のネオコン的邪悪さ。物語のメインである「想像を絶した陰謀」自体には、実は同様のネタが他の本にあったりするので衝撃度は高くない。しかしその対決への展開はさすがにデミル。読み始めたらやめられない。主人公ジョンと妻ケイトによる「史上最強の夫婦漫才コンビ」の活躍ぶりは(ちょっとしつこいけど)爽快。

沈黙の虫たち P・J・トレイシー 集英社文庫
<ミネアポリス警察署殺人課>シリーズの2作目にあたる。1作目(「天使が震える夜明け」ヴィレッジブックス)は読んでない。ミネアポリスには3回行ってるのでベースにある「ミネソタ人の人の良さ」はわかります。でも物語的にはユルい部分とエグい部分作者が混在してて、なんとなく落ち着きがない。作者の正体は母と娘の共同執筆だそうで、そう言われるとなんか「だからか」と思ってしまう。根拠なしですが。

4月

変わらぬ哀しみは ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ文庫
DCの黒人探偵<デレク・ストレンジ>シリーズの番外編。1960年代という混沌とした時代を背景として、若き日のストレンジを中心にした人間模様が綴られる。シリーズ愛読者にとっては必読だが、独立したエピソードなので読んだことない人にもおすすめ。ペレケーノス特有の浪花節的「男の生き様」の入門書にもなる。

チックタック ディーン・クーンツ 扶桑社ミステリー
96年の作品。だいたい日本における空白時代(某超訳出版社に版権を買われてた)あたりか。疾走感と不条理感がクーンツらしいが、そのクーンツという名前がなかったら「バカ・ホラー」認定まちがいなし。犬が最高。

独善 ウィリアム・ラシュナー 講談社文庫
フィラデルフィアの弁護士<ヴィクター・カール>シリーズ(5作目になるが、訳出されてるのは1と5だけ)。真犯人の人物像がものすごく特殊で面白い。法廷物としても人情物としてもいいデキなので他の作品も読んでみたいのだが。

ハリウッド警察25時 ジョゼフ・ウォンボー ハヤカワ・ポケット・ミステリ
ウォンボーってまだ生きてたのか、というか、まだ70才だった。いかにもウォンボーらしい警官群像小説。それぞれのキャラが立っていて、ひとつひとつのエピソードにもリアリティがある。ベテラン健在。

裏方/プロ野球職人列伝 木村公一 角川文庫
審判、トレーナー、スコアラー、用具メーカー……、プロ野球の裏方たちの姿を追ったノンフィクション。出てくるほとんどの人間が「失意」と直面する話なので、スポーツ物としての爽快感がほとんどない。この方向性はいかがなものであろうか。

ビッグ・アースの殺人 ジョン・エバンス 講談社文庫
世界を放浪するバックパッカー社会を襲った謎の連続殺人。ほとんど期待なしに読み始めたが、これがなんと意外な拾いものだった。細かいアラはいくらでもあるけど、根本のプロットがしっかりできている。世界中を旅する、と言いながらも連中の行動地域はものすごく狭いのだという真実には、なーるほどと思った。2004年度カナダ推理作家協会最優秀処女小説賞受賞作。

ローズマリー&タイム ブライアン・イーストマン 講談社文庫
連続ドラマともなった英国人気シリーズの原作・1作目。中年女性2人がガーデニングにまつわる事件を解決していくというユルーいミステリ。現代的なコージィ・ミステリなんだろうけど基本的におばさんの会話が中心なので、なんというか、緊迫感が全然ない。TVドラマならこれでいいけど……。

3月

アメリカン・スキン ケン・ブルーウン ハヤカワ・ミステリ文庫
暴力満載のクライム・ノベル。バイオレンスと詩情を組み合わせるとこうなる、というひとつの見本ではある。でもなんかあんまり好きじゃない。登場人物全員が自己コントロール能力に欠陥があるので感情移入ができない。同じブルーウンでも酔いどれ<ジャック・テイラー>シリーズは面白いんだけどなぁ。

女たちの真実 ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
アメリカ探偵作家クラブ賞、アガサ賞、アンソニー賞、シェイマス賞、ネロ・ウルフ賞、バリー賞、クィル・ブック賞、ミステリ関係で12冠を獲得しているリップマンのノン・シリーズ作品。現在と過去を織り交ぜて家族と愛の嘘と真実を描く、感動の一作。悲しくて辛いけど暖かい。途中でネタバレしている気はしないでもないが、全然問題なし。

紳士たちの遊戯 ジョアン・ハリス ハヤカワ・ミステリ文庫
イギリスのグラマースクール(私立の中高一貫名門校みたいなもの)に謎の人物が引き起こす悪意と不安と惨劇。犯人役と探偵役によるチェスになぞらえた知的遊戯の趣もあるが、本当に陰湿で邪悪なので途中でちょっとイヤになる。ラストがとってつけたように楽天的なのはいかがなものか。グラマースクールについて知るには(知りたければ)いいかも。

カリフォルニア・ガール T・ジェファーソン・パーカー ハヤカワ・ミステリ文庫
文庫になるまで待ってた。05年アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作。南カリフォルニアを舞台に、過去の殺人事件を辿ることで語られる家族と隣人と社会の、愛と挫折と真実。パーカーの特徴である「どんな登場人物に対しても暖かく見守るまなざし」と「家族愛」がよく現れた傑作。でもまぁ文庫まで待っててよかった。

骨の城 アーロン・エルキンズ ハヤカワ・ミステリ文庫
スケルトン探偵<ギデオン・オリバー>シリーズ13。安定した名人芸。

狼の夜 トム・エーゲラン 扶桑社ミステリー
ノルウェー産人気スリラー小説<クリスティン・ビュー>シリーズのうちの3作目。もちろんシリーズ初邦訳。生放送中のTV局スタジオがチェチェン・ゲリラに占拠され、自爆へのタイムリミットが刻一刻と迫り……。単純だけど、緊迫感は十分。ただしリアリティという面ではいまひとつ。

神の獲物 C・J・ボックス 講談社文庫
ワイオミング州狩猟管理官<ジョー・ピケット>シリーズ3。正義と家族愛と大自然の新型ヒーロー。今回はキャトル・ミューティレーションという「超自然現象」の真相に挑む。とりあえず犯人は宇宙人ではありません。

野良犬の運河 スタヴ・シェレズ ヴィレッジブックス
ううーむ……。アムステルダムの混沌と退廃と忌まわしき過去と呪われた現在。観光ガイドブックにはならない。それどころか、これ読むとそこにはあんまり行きたくなくなる……。

1-2月

ザ・テラー−極北の恐怖− ダン・シモンズ ハヤカワ文庫
北極探検史上最悪の惨事といわれる1845年の史実をベースにした歴史冒険ホラー。過酷な大自然と超自然的な恐怖が人々を「食い尽くしていく」描写が凄まじい。前半はホラー色が強くて個人的にはいまいち好みではなかったのだが、後半に入るとエスキモー神話とと絡ませて見事に「決着」をつけている。ストーリー・テラーとしてのシモンズの力量に感服。寒冷地マニアとしても充分に堪能できる。

永久凍土の400万カラット ロビン・ホワイト 文春文庫
シベリアのダイ・ハード<グレゴーリィ・ノーヴィク>シリーズ。邦訳としては「凍土の牙」に続くシリーズ2冊目。強大な敵、過酷な自然、魅力的な登場人物たち。前作同様に第一級の冒険小説。寒冷地マニアとしても充分に堪能できる。

悪魔はすぐそこに D・M・ディヴァイン 創元推理文庫
2007年度の各海外ミステリベストテンの上位に入ってた話題(?)作。1966年の作品ながら初邦訳。「古き良き」質の高い正統派の謎解きミステリ。

ゲット・カーター テッド・ルイス 扶桑社ミステリー
1970年の作品。ブリティッシュ・ノワールの先駆とされる犯罪(者)小説。ドライでありながらウェットでキレの良いハードボイルド。

捜査官ケイト/過去からの挨拶 ローリー・キング 集英社文庫
サンフランシスコの女刑事<ケイト・マーティネリ>シリーズ5。本編だけでも高水準なのに、シャーロキアン殺人事件ということで作中に「コナン・ドイルが書いたのかもしれない中編小説」という作品がまるまる入っている。なんだかものすごく得した気分になる。

逆襲の地平線 逢坂剛 新潮文庫
ウェスタン小説「アリゾナ無宿」の続編。ワルモノがザコなのでいまひとつカタルシスに欠ける……。まぁ、悪くはないです。

イスタンブールの群狼 ジェイソン・グッドウイン ハヤカワ・ミステリ文庫
19世紀前半のイスタンブールを舞台にした歴史ミステリ。著者はオスマントルコ史の専門家。歴史に纏わる部分やイスタンブールという都市の姿など、興味深い描写が多々ある。小説としての完成度も高い。いろいろとミステリ関係の賞も獲ってるようです。

優しいオオカミの雪原 ステフ・ペニー ハヤカワ文庫
1867年のカナダ辺境を舞台にした「冒険小説」。殺人と失踪事件の謎を追って雪原を行く人々がそれぞれの「答」を見つける物語。なかなかいいです。寒冷地マニアとしても充分に堪能できる。でも上下2巻に分ける必要はなかったと思う。06年度コスタ賞(英国)処女長篇賞、最優秀長篇賞の2冠受賞作。

カスに向かって撃て! ジャネット・イヴァノヴィッチ 集英社文庫
爆裂バウンティ・ハンター<ステファニー・プラム>シリーズ10。なんか間が空いたと思ってたら、日本版の版元が変わった。訳者は同じなのであとは何も変わらない。いつもながらの爆裂三昧!

↑2008年2007年↓

年末(07)年始(08)

夢の守り人 上橋菜穂子 新潮文庫
異世界ファンタジー<守り人>シリーズ3。主人公バルサは人間を捉える邪悪な「夢」に立ち向かう。いやー、面白い。しかし毎回毎回、異なった次元の敵を作り出すのは大変だろうなぁ。

狂犬は眠らない ジェイムズ・グレイディ ハヤカワ・ミステリ文庫
精神病棟に隔離されていた「狂った」5人のスパイが自分達を窮地に陥れた陰謀に立ち向かう、サスペンスに溢れた狂った物語。それぞれ特殊技能を持った少人数のグループが悪に立ち向かうという話が面白くないわけはない。ただし全員がトラウマを抱えた「アタマのおかしい人間」なので痛快とは言い切れないところもある。

最後の陪審員 ジョン・グリシャム 新潮文庫
まぁ、良くも悪くもグリシャムです。70年代の南部の地方都市を舞台にした、法と正義の物語。主人公は新聞社社主なので法廷場面はそんなにはない。

探偵、暁を走る 東直己 ハヤカワ・ミステリワールド
名無しの探偵(便利屋?)<ススキノの俺>シリーズ。いつもながら語り口は軽いが、中味は本格ハードボイルド。主人公の一貫した矜持が気持ちいい(ただしファッションセンスは除く)。登場人物の発する田舎者や馬鹿に対する徹底した嫌悪と糾弾は、作者の本心であろう。で、とある有名イベントへの批判が世の中に少なからずあることは初めて知りました。

報いの街よ、暁に眠れ マイケル・ハーヴエイ ヴィレッジブックス
シカゴの探偵<マイケル・ケリー>シリーズ1。ディテールに拘った正統派ハードボイルド。テンポがいいのでスイスイ読み進んで行くと、話がどんどん重くなってくる。1作目なのにシリーズ化を拒むような展開。最初と最後で印象が180度変わってしまうが、後味が悪いということではない。デビュー作でありながら諸方面でかなりの好評価を得た(らしい)のにも納得。

正当なる狂気 ジェイムズ・クラムリー ハヤカワ・ノヴェルズ
人探しの名人<C・W・シュグルー>シリーズ。タフなオヤジを描かせたら当代一であるクラムリーの久々の作品(しばらく病気療養していたらしい)だが、最高傑作のひとつとなった。というか、クラムリー作品は何であれ読む度に「おお、最高傑作!」思う。暴力と硝煙の純文学。ハードカバーで読む価値のあるシリーズであり、書店にスペンサー・シリーズの新刊と並んで置いてあったので迷わずこちらを手に取ったのだった。堪能いたしました。

血と暴力の国 コーク・マッカーシー 扶桑社ミステリー
こちらも暴力と硝煙の純文学。アメリカ文学界の本物の巨匠(とのこと)が書いた「弾丸が飛び交い死体が散乱するクライムノベル」。原文に忠実な(←たぶん)短いセンテンスと無駄のない描写は切れ味も深みも抜群で、さらに物語自体の疾走感がハンパではない。07年度の各ベストテンにも軒並み選出された傑作(と言ってしまうことになんにも躊躇いなし)。ただし暴力描写は本当に凄まじいし、救いがあるのかないのか微妙なエンディングにも好き嫌いが分かれるので要注意。

北東の大地、逃亡の西 スコット・ウォルヴン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
なんと三冊続けて「暴力と硝煙の純文学」。犯罪者や逃亡者やヤク中や落伍者……負け犬の日常を綴った短編集。作品はそれぞれに緩やかに関連している。これもまた好き嫌いが分かれる一冊。文学的クオリティの高さは認めるが、個人的にはそんなに好きではない。すまん。

怪物と赤い靴下 李啓充 扶桑社
マツザカとオカジマを擁してワールドチャンピオンとなったボストン・レッドソックスの2007年をレッドソックス・マニアが振り返る。キチ●イの書くものが面白くないわけがない、という俺もまたけっこう昔からのレッドソックス・ファンなのだった。ヤンキース・サック!!

12月

芸術家の奇館 デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
映画評論家と女性警官<ミッチ&デス>シリーズ2。いつもながらの「ちゃんとできてる、ちょっと辛口の、達者な、ほのぼのミステリー」。

風流冷飯伝 米村圭伍 新潮文庫
ジャンルとしてはユーモア時代小説というもの。もうちょっとテンポがいいと往年の東映時代劇みたいでいいんだが。

おまけのこ 畠中恵 新潮文庫
<しゃばけ>の連作短編集。シリーズ4冊目にあたる。同じような(ほんとは全然違うのだが)雰囲気の本を二つ続けて読むと、作者の力量の違いを明確に感じてしまうのだなぁ。どっちがどうかは言わない。

禁中御庭者奇譚/乱世疾走 海道龍一朗 新潮文庫
時は戦国、天皇家のための隠密として組織された武芸者達が、織田信長の動向を探るという「痛快冒険時代小説」。特殊な一芸の持ち主たる御庭者5名の個性のぶつかり合いが面白い。ただし、まだ「エピソード1」というところか。いずれ続編が登場するはずで、非常に待ち遠しい。

殺しのパレード ローレンス・ブロック 二見文庫
殺し屋<ケラー>シリーズの連作短編集。どうもケラー自身にいろいろと迷いがあるようだ。人生のひとつの転換点にあるらしい。というような流れの一冊。これとか<スカダー>シリーズとか、ブロックはこういう「中年の危機(?)」みたいな感覚の描き方が巧い。ひとつひとつすべてのクオリティの高い短編集。

愚か者死すべし 原僚 ハヤカワ文庫JA
帰ってきた<沢崎>シリーズ。かつて90年代に史上最良の国産ハードボイルドとも呼ばれたシリーズの、10年ぶりとなった作品(ハードカバーで04年刊)。量産しないことが質の高さにつながっているのか、質を維持するために量産できないのか。しかしなんだか主人公も事件も作品自体の印象も時代から大きく取り残されている感は否めず、「いまどきそんなことでいいのか?」と思わずにはいられない。それはけして悪いことではないのだが。作者名の「りょう」の字には「にんべん」がないのだが、字がないのでとりあえずこうしました。

エンジェルの怒り ナンシー・テイラー・ローゼンバーグ 二見文庫
保護観察官<キャロリン・サリバン>シリーズ2。読み進むにつれて、事件も人物も物語も「上っ面を見ただけでは本質にはまったく届かない」ということが明確になっていく見事な作品。無理矢理ではない意外な展開で読者に「先読みをさせない」技術にちょっと感心した。

ストリップ ブライアン・フリーマン ハヤカワ・ミステリ文庫
極寒のミネソタから悪徳と砂漠のラスベガスへ移ってきた刑事<ジョナサン・ストライド>シリーズ2。2作目にして既に犯罪捜査物としてかなり高い評価のシリーズとなっているが、テーマには一貫して「セックス、または愛」を据えているようだ。ラスベガスという舞台故であろうか、特に今作は色濃かったように感じる。エロではない。脇役のキャラクター造型になかなかオリジナリティがあって面白い。

11月

殺しが二人を別つまで ハーラン・コーベン編 ハヤカワ・ミステリ文庫
男女の愛にまつわるミステリの短編アンソロジー。19作中18作が書き下ろし。ほんとに粒揃いの一冊。

処刑者たち グレッグ・ハーウィツ ヴィレッジブックス
自分達の「法」で犯罪者を処刑する秘密グループ。そこに関わった元レンジャー隊員の保安官。主人公の心理的葛藤はあったりするが、基本的に乱暴な話。まぁ、主人公にそこそこ魅力があるので、シリーズ化されたとのこと。次作が邦訳されたら読むか? たぶん読む。

ラグナ・ヒート T・ジェファーソン・パーカー 扶桑社ミステリー
T・J・パーカーのデビュー作。90年に邦訳刊行済み。読んだかなぁ、記憶にない。近年の作品と比べれば叙情が薄いが、限定されたコミュニティの中の悲劇という舞台立ては代わらない。クオリティの高さは、さすが。

イミナルティI ピラミッドからのぞく目 ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルスン 集英社文庫
イミナルティII 黄金の林檎  ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルスン 集英社文庫
イミナルティIII リヴァイアサン襲来  ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルスン 集英社文庫
1975年に発行されカルト小説として絶大な支持を得たという伝説の奇書の30年がかりの邦訳。70年代の「指輪物語」とも呼ばれたらしい。内容は……ドラッグとセックス満載の(ほんとに70年代感覚)秘密結社陰謀バカSF冒険小説。時間と空間が改行なしに進んだり戻ったりする。同じ話が何度も繰り返される。ホントだかウソだかわからない歴史的博物学的トリビアが羅列される。物語自体が完全にトリップしている。これ3冊(Iは上下巻なので4冊)読み通すのはなかなか大変だった。でもハマると抜けられなくなる「超バカ大作」。

密偵ファルコ/一人きりの法廷 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
古代ローマの密偵<ファルコ>シリーズ15。今回は法廷ドラマ。どこまで史実に正確なのかわからないが、古代ローマの裁判システムが滅茶苦茶なのでびっくり。

石の猿 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
四肢麻痺の科学捜査官<リンカーン・ライム>シリーズ4。今回の悪役は密入国手配の蛇頭。相変わらずのどんでん返し連発はお見事だが、異文化交流のぶんだけ衝撃度が落ちてるような気がしないでもない。

チーム・バチスタの栄光 海堂尊 宝島文庫
第4回(05年)「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。医大のはぐれ医師と厚労省の変人役人が心臓外科手術チームに起きた死亡症例を調査するという医療ミステリ。これは面白い! 探偵コンビの造型、キレのいい展開、手術場面の緊張感、ドタバタ寸前の絶妙なユーモア、ほぼ完璧と言ってもいい。シリーズ化となったのも当然。映画化もされるそうだが、それにはちょっと疑問。

10月

私が終わる場所 クリス・クノップ ハヤカワ・ミステリ文庫
世捨て人の中年男の再生物語。基本設定もプロットもありがちなものだが、場面場面の描写や個々のキャラクター造型には見るべきものがある。元エンジニアにして元ボクサーという理系肉体派の主人公もなかなかいい。完成度はけして高くないものの、ハードボイルドとしての骨格がしっかりした心に染みる佳作。

石のささやき トマス・H・クック 文春文庫
まったくクックはなんでこうも痛ましい話ばっかり書くのかね。それでもついつい読まされてしまうのだが。

雨の掟 バリー・アイスラー ヴィレッジブックス
日系のフリーランスの殺し屋<ジョン・レイン>シリーズ4。シリーズ開始当初は舞台が日本ということもありキワモノ感が強かったが、レインの活動の場を世界各地に広げたことで話がこなれてきた。まぁ、ウソくささは相変わらずだけど。

メフィストの牢獄 マイケル・スレイド 文春文庫
<極悪鬼畜サイコホラー的カナダ騎馬警官スペシャルXクロニクル>の7。ここの巻末解説でマイケル・スレイドが3人による合作ペンネームであったと知りました。で、この作品のみ1名による執筆作。それでなんか今までとちょっと雰囲気が違うのか。どんでん返しの連発というケレンはそのままだが、方向性が変質している。相変わらずドロドログチャグチャなのであんまり他人には勧められないけど(癖になる)。

強盗こそわれらが宿命 チャック・ホーガン ヴィレッジブックス
銀行強盗を生業とする現代の無法者(アウトロー)の純愛と友情の物語。アメリカの話にしては意外と舞台が狭くて、イギリスの小説っぽい感覚。それが話の進行につれてかなり効いてくる。一昔前のアメリカン・ニューシネマみたいな印象もある(と思ったら本当に映画化するそうだ)。ピュアで乱暴で繊細で荒っぽいエンターテイメント。国際推理作家協会北米支部主催05年度ハメット賞受賞作。

奇術師の密室 リチャード・マシスン 扶桑社ミステリー
昨年度の各「邦訳ミステリベスト10」で軒並み上位に入ってた作品。ずっと探してたんだけど、やっと手に入りました。いゃー、確かにこれはなかなか面白い。これは万人にお勧めできる良品。

9月

アラビアの夜の種族(I〜III) 古川日出男 角川文庫
全3巻。物語りという概念の構造を逆手にとった、ひとつの大きな騙し絵。日本推理作家協会賞と日本SF大賞のダブル受賞を果たし、いろんなところでいろんな人が絶賛してる。気になってはいたのだが、ようやく読みました。力作であり優れた作品である。が、読み終えた時に「出来上がったものが意外に小さかった」ので拍子抜け。壮大な伝奇物語かと思いきや、小器用なホラ話。期待し過ぎたかな……。いや、でも一読の価値はあります。

四つの雨 ロバート・ウォード ハヤカワ・ミステリ文庫
中年おやじの転落人生。なかなか質の高い作品。が、なんだか身につまされるのでこういうものはちょっと……。

デビルを探せ リチャード・ホーク ハヤカワ・ミステリ文庫
NYの私立探偵<フリッツ・マローン>シリーズの1作目。ま、ありがちな私立探偵物です。でもテンポがいいし主人公の軽口も気が利いてて、このシリーズはしばらく追いかけてみようという気になりました。どっかで見たような場面ではあるけれど、幕の引き方はなかなか上手い。

殺人遊園地へいらっしゃい クリス・グラベンスタイン ハヤカワ・ミステリ文庫
軍人上がりのカタブツと臨時雇いの若者という凸凹警官コンビ<ジョン・シーパク>シリーズの1作目。邦題や人物設定からコメディっぽく感じるが、別にそんなことはない。お気楽で無責任な青年を語り手にしたことが効果的。

身体から革命を起こす 甲野善紀/田中聡 新潮文庫
非常に刺激的で何度も「なるほど」と頷かされるけど、実践するには難しすぎる。

終決者たち マイクル・コナリー 講談社文庫
<ハリー・ボッシュ>シリーズ11。ボッシュは一度は退職した警察に復帰し、未解決事件専門の捜査を行うことになる。作者にしたらボッシュが「組織の中の個人」という存在でないと動かし難いんだろうなぁ。読んでる方も「私立探偵」にはちょっと違和感あったし。今回は進行中の事件ではなく過去を扱うということで警察捜査小説の色合いが強まり、ボッシュ物に付き物だった「ダークな雰囲気」はかなり薄れている。普通っぽくなったのはもの足りないような気もしないではないが、たまにはこういうのもいいかという異質な作品でした。そういえば一部に「ボッシュ・シリーズは全12作で完結」という説があったが、どうやらもう少し続くらしい。それはうれしいニュースです。

8月

驚異の発明家の形見函 アレン・カーズワイル 創元推理文庫
18世紀末のフランス、機械仕掛けに天賦の才を持った若者の数奇な人生。数奇過ぎてそれなりに史実を踏まえてるとは信じがたいくらいだ。「科学」ではない雑多な知的思考、知的作業のひとつひとつのエピソードが特殊で面白いことは面白いのだが、全体としてはなんか散漫な感じがしないでもない。量ではなく質の点で、読み通すのにはちょっとパワーがいるかもしれない。まぁ「奇書」であることは確か。

死体にもカバーを エレイン・ヴィエッツ 創元推理文庫
身元を隠してフロリダ潜伏中の<エレイン・ヴィレッツ>シリーズ2。前作は高級ブティック、今回は書店の店員。バーニー物とかジェーンウェイ物とか個人経営の本屋の風景はよくあるが、チェーン型大型書店は珍しい。へんてこな客が多いのはフロリダだからなのか、それとも本屋の客とはそういうものなのか、謎。爆発的な面白さには欠けるが、なかなかよくできたコメディ・シリーズ。

ボストン・シャドウ ウィリアム・ランデイ ハヤカワ・ミステリ文庫
1963年のボストン。連続殺人事件と再開発とそれぞれが刑事、検察官、泥棒というアイリッシュ3兄弟。前作「ボストン・沈黙の街」は各方面で高い評価だったが、個人的には全然のれなかった。これも……。ストーリーテリングの筆力は感じるけど、方向性が合いません。

大鴉の啼く冬 アン・リーヴス 創元推理文庫
イギリス最北端、北海に浮かぶシェトランド島に起きた悲劇。登場人物による視点を変えながら事件を掘り下げていく王道的なミステリで、個人や地域の背景もよく書けてる。ただ、寒冷地マニアとしてはもう少し寒々とした光景も読みたかった。最終的に「シェットランド4部作」となるらしいので今後に期待。06年CWA最優秀長編賞受賞作。

気分はフル回転! ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
ステファニー・プラム物ではない方の<気分はフル>シリーズ2作目。1作目は純ラブコメと呼んでもいいものだったが、これはミステリー色が濃くなってる。そうなると「普通の物語」に近くなってしまうのだな。もちろんこれだって「普通」ではないんだけど、どうしてもプラム物と比べることになり、もの足りないのは確か。

CLAW [爪] ケン・ユーロ&ジヨー・マック ハヤカワ・ミステリ文庫
凶暴な虎がLAの動物園から脱走し……秘密の実験とか謎の組織が絡んで……。出来の悪いマイクル・クライトン。駄作。

記憶なくして汽車の旅 コニス・リトル 創元推理文庫
1944年の作品。オーストラリア横断鉄道を舞台にしたのどかでのどかな物語。殺人事件なのにサスペンス感が皆無なのは時代よりは地域の特性であろう。

路上の事件 ジョー・ゴアズ 扶桑社ミステリー
久々のゴアズ。9年ぶりの邦訳作品だそうな。なかなか邦訳されず、出てもいつのまにか絶版になってしまう。高水準の作品ばかりなのになぜか日本で一般受けしない作家の代表格。これは1953年のアメリカ各地を放浪する青年の成長物語的ミステリー。ゴアズ自身の体験をベースにした半自伝的作品でもある。50年代という時代的雰囲気も深くてなかなかいいです。しかしちょっと「世間が狭い」気がしないでもない。

7月

私刑連鎖犯 ジャン・バーク 講談社文庫
ノン・シリーズの長篇。逃亡凶悪犯を私的に処刑する謎のグループを追う敏腕刑事。職人作家バークだけあって緻密で練り上げられた読み応えある作品だが、なんともアメリカ的な話ではある。でもって結論が「金持ちが一番強い」というのはいかがなモノかとは思う。

ターゲット ナンバー12 マシュー・ライリー ランダムハウス講談社文庫
不死身の海兵隊員<シェーン・スコーフィールド>シリーズ3。どうもこれってクセになるのだなぁ。ほんとに粗雑で暴力的で嘘八百で知性に欠けるただの疾走型アクションなんだけど。一箇所だけ読者の期待を裏切る「展開」があって、そこはちょっとだけ作者の勇気に感心した。彼が深く考えて書いたかどうかは別にして。

カルーソーという悲劇 アンネ・シャブレ 創元推理文庫
20世紀末のドイツ・ミステリ界に衝撃を与えたという一作。東西ドイツ統一後の、それ故に起きた悲劇の真相。これがデビュー作という著者の底力を感じる。ドイツ片田舎の風景がなんだか新鮮。

闇の守り人 上橋菜穂子 新潮文庫
異世界ファンタジー<守り人>シリーズ2。既にシリーズが完結しているので判明している(というか著者自ら言ってる)のだが、この作品だけちょっと「異質」なんだそうな。主人公が自身の過去と対面し、対決する。というわけで1作目よりかなりハードな物語となってます。

コールド・ロード T・ジェファーソン・パーカー ハヤカワ・ミステリ文庫
冬のサンディエゴを舞台にした重苦しく感傷的な物語。重苦しく感傷的なのはいつものパーカー節なので問題なし。家族、地域、警察の捜査活動、事件の真相、どれもが緻密に描かれていて読み応えずっしり。

地獄の使徒 グレン・ミード 二見文庫
冒険小説、国際謀略もの、サスペンス、「ジャンル」的に節操なく書き散らしてる感もあるミードだが今回はサイコ・サスペンス。死刑執行されたはずの殺人鬼が復活!?……というありがちな物語。「それで次はどうなるの?」というページ・ターナー的技巧は上手いけど、叙情というものが一切ない。ストーリーに対しては唐突とかアンフェアとかいう言葉も頭をよぎったりする。

災いの古書 ジョン・ダニング ハヤカワ・ミステリ文庫
本屋の元警官<クリフ・ジェーンウェイ>シリーズ4。ミステリとしては一本道過ぎるような気はしないでもないが、サイン本の話やブックフェアの様子とか「本」に纏わる記述はなかなか面白い。いや、作品自体もいいですよ。ただ、ダニングには一作目「死の蔵書」の衝撃があるのでその後も過剰に期待してしまうわけです。

泥棒は深夜に徘徊する ローレンス・ブロック ハヤカワ・ポケット・ミステリ
こちらは本屋の泥棒<バーニイ・ローデンバー>シリーズ10。いつもの「小粋で軽妙」な上質のコメディ・ミステリ。うちわネタ(ジョン・サンドフォード著「レタスの獲物」)には爆笑したが、バーニイは本好きにしては読書スピードが遅いのではないか?(いくら忙しいとはいえ一週間たっても読み終えてない)欧米人って一般的にそんなものなのか?

6月

笑う警官 佐々木譲 ハルキ文庫
札幌と北海道警というリアル地域/組織を舞台にした警察小説。現実の組織名称を使って事件を展開する話は欧米にはよくあるが、日本ではめったにないので新鮮。組織に対抗する「はぐれチーム」の活動ぶりも小気味いい。ただリアルに拘ったためか、終結に向けてスケールが小さくなってしまうのが残念な感じ。「笑う警官」といえばマルティン・ベックですが、(あんまり)関係ありません。いや、作者自身は「オマージュ」と言ってるし、もしかしたらこれから関係あるシリーズになってくのかもしれないが。

解放の日 アンディ・マクナブ 角川文庫
<使い捨ての雇われ秘密工作員だからって意地も誇りもちょっとはあるニック・ストーン>シリーズ5。いつもながら現場のリアリズムに満ち溢れてる。今回特に顕著な「後味がよろしくない&疲労感が付きまとう」のはリアル故の宿命。

伝説のプラモ屋〜田宮模型をつくった人々 田宮俊作 文春文庫
前著「田宮模型の仕事」からこぼれたエピソードをまとめたもの。2冊セットで読むべし。

さよならを言うことは ミーガン・アボット ハヤカワ・ポケット・ミステリ
06年MWA賞最優秀新人賞ノミネート作。1950年代ハードボイルド&ノワールの雰囲気がお好きな方なら是非どうぞ。女の嫉妬と女の嘘と女の悪意が満載なので「女はみんな怖い」話ですが。

密偵ファルコ/娘に語る神話 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
古代ローマの密偵<ファルコ>シリーズ14。もう14巻目なのか(原作は既に18巻)。惰性で読み続けてるところはあるが、それなりに面白いのも確か。

復讐はお好き? カール・ハイアセン 文春文庫
ダメ亭主に殺されかけた嫁の復讐話。師匠のいつもの「へんなヤツがいっぱい&へんなエピソードがいっぱい」というキチガイ話と比べると物語が一本道で、冗長な感じもする。まぁ、基本が「勧善懲悪(勧正懲馬鹿)」なので万人にお勧めできるのはいいことかもしれない。

怪盗タナーは眠らない ローレンス・ブロック 創元推理文庫
幻のブロック初期作品(1966年)。不眠症の泥棒?スパイ?<エヴァン・タナー>シリーズ1作目にあたる。60年代という時代的な匂いも濃くて、ちょっとした冒険小説の味わいもある「もしかしたら壮大な冗談なのかもしれない」不思議な小説。

アマガンセット/弔いの海 マーク・ミルズ ヴィレッジブックス
CWA賞最優秀処女長篇賞受賞作。作者はイギリス人、舞台は1947年のロング・アイランド。その時代や土地柄を感じさせるに充分な淡々とした語りと、確固とした人間描写には作者の力量が現れている(ような気がする)。要所に挟まれる回想シーンが効果的。回想だけでひとつ以上の話が作れるくらいの濃さもある。

図書館員 ラリー・バインハート ハヤカワ・ミステリ文庫
バーンハートとは、久しぶりだなぁ。アメリカ大統領選を巡る陰謀に巻き込まれた図書館員の逃走と反撃。テンポも良く軽妙ながら要所要所にサスペンスもあり、良質な職人芸を感じさせる。が、プロットの組み立てとかなんだかちょっと古くさい。ブッシュそのまんまを思わせる現職バカ大統領への批判が面白い。

5月

消えた女 藤沢周平 新潮文庫
漆黒の闇の中で 藤沢周平 新潮文庫
ささやく河 藤沢周平 新潮文庫
<彫師伊之助捕物覚え>シリーズの3部作。江戸を舞台にしたハードボイルド小説。主人公である「私立探偵」の造型に苦心が窺える。藤沢周平の作家としての手腕にあらためてちょっと感心しました。彫師とはタトゥー系ではなく、版木彫りの方です。

ダンテ・クラブ マシュー・パール 新潮文庫
南北戦争直後のボストンに起こる、ダンテ「神曲」の翻訳出版を巡る怪奇事件と、事件に翻弄される人々。歴史文学ミステリーというようなものであろう。実在した人物がいろいろ出てくる(日本人にはあんまり馴染みはないが)。03年の刊行で「ダ・ヴィンチ・コード」と世界中で「話題作」の座を争ったらしい。どっちがどうかと言われれば、どっちもあんまり……。神曲という文学作品ががハーバード大学内で「迫害」されていたとは知らなかった。

水底の骨 アーロン・エルキンズ ハヤカワ・ミステリ文庫
スケルトン探偵<ギデオン・オリヴァー>シリーズ12。新作って、久々じゃない? 相変わらず達者です。文句のつけようがない。

憑神 浅田次郎 新潮文庫
時は幕末、間違った祠に手を合わせたばっかりに貧乏神に憑かれた下っ端御家人の、苦労噺。たいへんではあるが、悲惨さは微塵もない。そこそこ「いい話」ですな。映画になるそうで。

男は旗 稲見一良 光文社文庫
94年、作者が逝去する直前に出版された、最後の長編。係留され海上ホテルとなった船を切り離し、宝探しに乗り出すという痛快冒険小説。稲見一良にしてはちょっとあっさりし過ぎてる気もするが、書いたのはかなり体力的に辛かった時期らしい。もしまだ稲見一良の本を読んだことなければ「ダック・コール」と「セント・メリーのリボン」は是非読んでみて下さい。

僕は、殺す ジョルジョ・ファレッティ 文春文庫
モナコを舞台にした警察小説。書いたのはイタリア人、捜査するのはアメリカ人。猟奇的な事件とラジオ放送と特殊な地域(モナコ)という道具立てはなかなか面白い。犯人探しとしては早々にネタバレしてしまうのだが。作者が有名なマルチ・タレントであることもあってイタリアでは大ベストセラーになったそうだ。しかし、なんで主人公をアメリカ人にしたのかはよくわからない。

ブラック・ドッグ ジョン・クリード 新潮文庫
イギリスの元秘密工作員<ジャック・バレンタイン>シリーズ3。一作目「シリウス・ファイル」は冒険小説の傑作、二作目「シャドウ・ケーム」は期待はずれ、三作目はスマッシュ・ヒット。アクション小説としては上出来だし、面白いんだが……、冒険小説としてはスケールが狭すぎる。ヒギンズの<ディロン>シリーズとの類似性も気にならないではない。もともとの期待が大きいだけにいろいろと注文を付けたくなってしまうなぁ。

ハズバンド ディーン・クーンツ ハヤカワ・ミステリ文庫
久々のクーンツ新作。サイコ・サスペンス。お得意のスーパー・ナチュラル(超常現象)なしだが、相変わらず「恐怖感」の盛り上げ方が上手い。結局、一番怖いのは人間だということだな。

しゃべれども しゃべれども 佐藤多佳子 新潮文庫
映画公開中。「一瞬の風になれ」で最近突然注目されてる作家。これはびっくり、とんでもないテクニシャンだ。ドラマとしての王道をすこしずつはずしながら、出来上がりは完璧。全編を通しての人を見る目の暖かさも相まって、珠玉の名作という賛辞さえ送りたくなる。ただそれが「落語」というテーマによるものなのか、作者自身の資質なのかはちょっとわからない。まだこの一冊しか読んでないので。それはそれとして、こんなに地味ながらこんなに美しいラストシーンはそんなにあるものではない。そこだけでも200点くらいあげる。

最後の生贄 ケヴィン・オブライエン 講談社文庫
ページターナーと言われてる(らしい)作者だけあって、面白い(というか、テンポよく読み進められる)ですよ。でも「どこかで読んだような話」。

殺し屋の厄日 クリストファー・ブルックマイア ヴィレッジブックス
あっ「バカミス」だ(誉め言葉)。個人的には好きです。小説の知能指数としては30くらい。ちょっと汚いので食事しながら読むには要注意。

カエサルの魔剣 ヴァレリオ・マンフレディ 文春文庫
紀元5世紀、もし最後の西ローマ皇帝(13歳)が蛮族の手から逃げ延びていたら……という歴史冒険もの。はらはらドキドキ、アクション満載で、なかなかよく出来てるが、まぁ普通だよな。と思ったらラストにちょっとびっくりした。おおー、そこにそんなとてつもないオチがくるか!

4月

わたしが殺された理由 アン・アーギュラ ハヤカワ・ミステリ文庫
へんてこな語。警官が自分の前世が未解決事件の被害者と知り、事件解決に動き出すという、スピリチュアルなユルいミステリー。この作者上手いなぁと感じたのは、その警官が主人公ではなく、彼のパートナー(更年期の口の悪い人妻警官)を中心に据えたこと。第三者の視点にすることで前世がどうたらとか言う「思い込み」と真実との融合がスムーズに運んでる。05年度MWA賞最優秀ペイパーバック賞ノミネート作品。

メジャーリーグで覚えた僕の英語勉強法 長谷川滋利 幻冬舎文庫
たぶんゴーストじゃなくて本人が書いてるんだろうな。とりあえずひとつ、使えそうな言い回しがあった。Could you please speak in other words?

ハンニバル・ライジング トマス・ハリス 新潮文庫
青年ハンニバル・レクターは如何にして怪物ハンニバル・レクターと成りしか、の物語。無理矢理作ったにしては、それなりにちゃんと小説になってる。作中のひとつのキーである「日本文化」への理解もそんなにおかしくはない。デキとしては「羊たち」の衝撃には全然届かないけど「ハンニバル」よりは上、でしょうか。ただ敵役がなんか小さくてセコくて頭悪いので、ハンニバル青年の怪物性がいまいちピンとこない。映画のことは知らない。

バッテリーVI あさのあつこ 角川文庫
ああ……こういうラストにしたのか……。なんかそうなりそうな気はしてたのだが……。3巻目くらいまでが一番よかった……。

報復の鉄路 ジャック・ヒギンズ 角川文庫
無敵で不死身のスーパーヒーロー<ショーン・ディロン>シリーズ10。全部読んでるわけではないが、どれを読んでもほぼ同じ、痛快冒険アクションです。

パ・リーグ審判、メジャーに挑戦す 平林岳 光文社新書
タイトル通りの内容。著者はまだA級の審判なのでメジャーへの道は遠い。けどがんばれ。審判のことだけでなく、選手、運営などマイナー・リーグを知るには非常に内容のある一冊。

赤い影法師 柴田錬三郎 新潮文庫
あ、これまだ読んだことなかったなと思って。なるほど面白い。柴錬の代表作とも言われる作品。プロットは破綻してますが。

精霊の守り人 上橋菜穂子 新潮文庫
和製ファンタジーの中でも評価の高い<守り人>シリーズの1作目。日本的な「中世風異世界」描写に違和感がない。偉そうに言わせてもらうなら、「ものがたり」の書き手としての力量を感じる、のです。これから続刊が文庫化されていくわけで、それはほんとに楽しみ。

狐笛のかなた 上橋菜穂子 新潮文庫
ということでこっちも読んでみた。これは独立した一篇。淡々と薄墨で綴られる中にはっとするような朱が交じり、非常に視覚的に美しい物語。

身元不明者89号 エルモア・レナード 創元推理文庫
77年の作。なんでもない仕事のはずが、へんな連中がわんさか出てきて主人公は絶対絶命のピンチ、そんなレナード節の原型のような作品。主人公がいささかピュアで野心に欠けるあたりが時代性であろうか。90年代ならとっくに死んでる。

幽霊人命救助隊 高野和明 文春文庫
自殺した罰に「人命救助」をすることになった幽霊4人組。人助けのバリエーションって意外とないんだな。単行本で出たときに評判が良かった記憶があったんだが、それほどでは……。

幕末新選組 池波正太郎 文春文庫
新選組の中でも剣士と知られた永倉新八の物語。新八以外は全員田舎者で野暮で馬鹿。作者の江戸っ子贔屓の表れでござんしょう。

応報 ポール・リンゼイ 講談社文庫
FBIの独立秘密捜査班を舞台にした……捜査もの(としか言いようがない)。捜査班やマフィア、いろんなキャラが群出してるわりにはあんまり生かされてない。ドタバタコメディになりかけてるギリギリのところでシリアスに踏みとどまっているのは、さすがと言うべきかもったいないと言うべきか、どっちかわからん。

3月

ガラスの中の少女 ジェフリー・フォード ハヤカワ・ミステリ文庫
1930年代初頭、インチキ霊媒詐欺師の一行が関わった「少女失踪事件」。外見的なフリークと内面的なフリークの対決というありふれた(?)展開となるため、スリラーのようでもありコンゲームのようでもあり、そして少年を語り手にしたことで一級の「成長物語」ともなっている。全体としてはモノトーンな印象だが、部分部分で色彩豊かな、非常に視覚的な作品でもある。06年度MWA賞最優秀ペイパーバック賞受賞作。

毒魔 G・M・フォード 新潮文庫
孤高のジャーナリスト<フランク・コーソ>シリーズ4。今回はバスターミナルでのテロ事件を追う。追うのは結構だが、使命感だか好奇心だか、独りよがりの個人行動が周囲に多大な迷惑をかけてるぞ。ストーリー展開も、大風呂敷を広げすぎて畳めなくなったような印象。

眼を閉じて シャンリーコ・カロフィーリオ 文春文庫
イタリアン・リーガル・スリラー。イタリア地方都市の弁護士<グイード・グェッリーエリ>シリーズ2。1より格段によくなってる。地の文は非常に内省的で、そんなデリケートなイタリア人というものが存在するのはちょっと意外(?)でもある。ただ事件そのものはアメリカ物には「よくある事件」なので、そこんとこが弱い。

失われた夜の夜 ジャン=クロード・イゾ 創元推理文庫
こちらはフレンチ・ロマン・ノワール・ハードボイルド。<マルセイユ三部作>というものの1にあたる。叙情的で虚無的でありながら愛(いろんな対象への)に満ちた話。米英物にはない、新鮮な感覚でした。作者は数年前にお亡くなりになってますが、フランス国内でのシリーズへの評価は高く、何度もTVドラマ化や映画化されているとのこと。

大統領特赦 ジョン・グリシャム 新潮文庫
…………。なんだかずいぶんと雑な……。テンポを優先するあまりにプロットをおざなりにしてしまったという、商売人・グリシャムの悪いところが出た作品。

インモラル ブライアン・フリーマン ハヤカワ・ミステリ文庫
05年度のマカヴィティ賞優秀新人賞受賞作、MWA賞最優秀新人賞最終候補作。ミネソタ北部の田舎町の少女失踪事件から暴かれる「真相」。デビュー作でこれほどクオリティが高いのはたいしたもの。読者を逸らさない筋立てと数々の魅力的なキャラクターにはベテランの風格さえある。ただし、ルヘインのような「心を揺さぶられる」叙情にはまだまだ遠い。まぁ、これからの人なので多くを要求しては酷かしら。とりあえずシリーズ第二作が楽しみということで。

エリア7 マシュー・ライリー ランダムハウス講談社文庫
不死身の海兵隊士官<スケアクロウ>シリーズ2。爆裂ノンストップ・アクション。たった3時間くらいの間に100回くらい危機が訪れて、敵も味方もバタバタと死ぬが、すべて乗り越えて、そんでアメリカを救うというバカ話(著者はオーストラリア人)。何も考えずに読むならいいんじゃないでしょうか。

Dojo-道場 永瀬隼介 文春文庫
腕は立ってもお人好し、空手道場の経営を押しつけられた青年が四苦八苦するという連作短編。登場人物は類型的だが、空手自体の描写は迫真的。

愛犬をつれた名探偵 リンダ・O・ジョンストン ランダムハウス講談社文庫
ほのぼのコージィ・ミステリー。犬はあんまり関係ない。この著者は犬好きではないような気がするなぁ。

デクスター 幼き者への挽歌 ジェフ・リンジー ヴィレッジブックス
シリアル・キラーが探偵役という特殊な秀作。04年度の各ミステリー賞に軒並みノミネートされたという作品(受賞は逃した)。全体のダークでシニカルな感覚と微妙なユーモアのバランスがなかなかいい。ただしラストはちょっと「それはずるい!」というようなもので、作品自体の興を削ぐ。このへんが受賞を逃した原因であろうか。とりあえず設定自体の面白さもあって、TVドラマ・シリーズにもなっているようだ。

霧に濡れた死者たち ロビン・パーセル ヴィレッジブックス
サンフランシスコの女刑事<ケイト・ギレスピー>シリーズの一作目。バリー賞最優秀ペイパーバック賞受賞作。著者は著述時に現役の警察官でもあったので、警察組織の描写にはリアリティがあるし、主人公もそれなりに人間的で好感が持てる。目新しさには欠けるが、今後に期待大のシリーズ。

2月

八甲田山死の彷徨 新田次郎 新潮文庫
30年ぶりに読んだ。寒いところに行くので。山より軍隊のデタラメさの方が寒い。

チェイシング・リリー マイクル・コナリー ハヤカワ・ミステリ文庫
間違い電話から始まる出だしがいい。そこからの展開はちょっと強引な気はするが、後半のたたみかけはいつものコナリー。ノンシリーズ、ではあるがちょっとだけ「コナリー世界」に繋がってて、そこがまたマニアをうならせる。

サウスポー・キラー 水原秀策 宝島社文庫
国産野球ミステリとしてはかなり完成度が高い。野球シーンの描写もまずまず。ただし犯人の動機にはちょっと「?」。主要登場人物の造形にもひっかかるものはあるが、まぁ、あれはあれで仕方のないところであろうか。第三回「このミステリーがすごい!」大賞(←そういうものがある)大賞受賞作。

我らが影歩みし所 ケヴィン・ギルフォイル 扶桑社ミステリー
各所で絶賛されているようですが、物語の根幹となる特殊な「道具立て」があんまり好きじゃない。話の落とし方もちょっとずるい。「この先どうなるの?」というものが好きな人ならどうぞ。

キューバ・コネクション アルナルド・コレア 文春文庫
おお、これは「スパイ小説というジャンルはこれで終わりです」という小説だ! 冷戦終結で引退を余儀なくされたキューバ人スパイの、家族と愛と友情と再生の物語。ベスト10有力候補。

目くらましの道 ヘニング・マンケル 創元推理文庫
スウェーデン南部にあるイースタを舞台にした警察小説<クルト・ヴァランダー>シリーズ5。毎回テイストを変えながらも、どれを読んでも傑作という驚異のシリーズだが、今回は連続猟奇殺人犯を追うという「真っ当な」警察捜査小説。ヴァランダーが「理」ではなく「情」の捜査官であるということを再認識しました。

チベットの薔薇 ライオネル・デヴィッドスン 扶桑社ミステリー
1962年の作品。イギリス人教師が行方不明の弟を探してチベットへ、という第一級の冒険小説なんだが、へんな構成。「どこまで嘘か本当か」の物語にしたかったのかしら。まぁ、へんな構成ですが、作品自体の面白さを損なうものではありません。書かれてから40年以上という古さも皆無。作者は日本ではほぼ無名ながらCWAゴールドダガー賞受賞3回という経歴の持ち主。

1月

押しだせ青春 須藤靖貴 小学館文庫
なんと相撲青春小説。「強くなりたい」という本気の部分と「モテたい、ラクしたい」という若者らしいバカさ加減のバランスが絶妙。相撲取りも一人の若者である、という観点はなんだか新鮮なのであった。

摩天楼のサファリ ジョージ・C・チェスブロ 扶桑社ミステリー
1988年の作にしてシリーズ2作目にして1作目は邦訳されてない上にシリーズはここで中絶したままというなんだか不思議な作品。そんな本をなんで手に取ったかと言うと、チェスブロという名前に記憶があったから。ホームレスの精神障害者を主人公にした「ボーンマン」(文春文庫)という異色な傑作の作者なのだ。これはもしやと思ったら、これもアフリカの戦士がマンハッタンを駆け回るというとんでもない物語。ちょっと毛色の違うものが読みたい方にはおすすめ。

キングの死 ジョン・ハート ハヤカワ・ミステリ文庫
リーガル・スリラーの作家、特に法曹界出の作家には共通の特徴があって、それはデビュー作からいきなり「驚異的にハイレベルの作品である」ということだ。この作品もまたそのひとつ。冒頭からラストまで、様々な人間の嘘と秘密と思い込みが交錯し、読者の気を逸らすことがない。まぁ御都合主義的展開と薄っぺらなロマンスはちょっと減点。邦題より原題「THE KING OF LIES」そのままの方が内容には相応しい。

天下城 佐々木譲 新潮文庫
城造りに生涯を掛け、安土城の土台を築いた男の物語。技術者の視点による戦国史とも言える。築城思想&技術の変化が面白い。

あかんべえ 宮部みゆき 新潮文庫
ミヤベの時代物は面白いなあ。現代物より好き。これはライトホラーと言うかファンタジーと言うか、お化け物です。

蜘蛛の巣 ピーター・トレメイン 創元推理文庫
<修道女フィデルマ>シリーズの5巻目にあたる。17巻まで出ている人気シリーズだそうだが、日本では初。7世紀半ばのアイルランドを舞台にして、ヒロインが様々な事件に名推理を展開するという時代物。時代的にケルト文化とキリスト教の融合(対立)が行われつつあるところで、風俗や背景はいろいろと興味深い。どれだけ正確なのかは謎だが。

死の開幕 ジェフリー・ディーヴァー 講談社文庫
1990年という御大初期の作品。読者に筋を先読みさせない独特のびっくりプロットは既に完成されている。微妙にコメデイ・タッチなのが現在のディーヴァーとは違うところ。

血まみれの鷲 クレイグ・ラッセル ハヤカワ・ミステリ文庫
ハンブルクを舞台にした警察小説。作者はスコットランド出身。人物造型も構成もちゃんとしてる。面白いし、ぐいぐい読ませるけど、飛び抜けた「なにか」が足らないような。

殺しのグレイテスト・ヒッツ ロバート・J・ランディージ編 ハヤカワ・ミステリ文庫
「殺し屋」をテーマにしたアンソロジー。ローレンス・ブロック、ジェイムズ・ホール、エド・ゴーマン、ジェフ・アボット、リー・チャイルド、ジェフリー・ディヴァー等々、一流どころがずらり。

煉獄の丘 ウィリアム・K・クルーガー 講談社文庫
ミネソタの田舎町の元保安官<コーク・オコナー>シリーズ3。まあまあ。好きなシリーズなのだが、特によかったということもない。シリーズのひとつの転換点らしく、これまでの「まとめ」に入ってるようだ。寒冷地なりの自然描写がシリーズのひとつの魅力でもあるのだが、夏季の話だったのでちょっと残念。

↑2007年2006年↓

12月

容疑者 マイケル・ロボサム 集英社文庫
豪州人による英国的冤罪逃亡型サスペンス。全世界30ヶ国以上で刊行されてるというのが謳い文句。前半(=上巻)、主人公を追い込んでいく「悪意」がなんか不快で、そこを読み進められるかどうかで評価が分かれるのではないか。何度か読むのやめようかと思ったもん。下巻に入るとテンポアップして面白くなるのだが。

天を映す早瀬 S・J・ローザン 創元推理文庫
NYの探偵コンビ<ビル・スミス&リディア・チン>シリーズ7。今回は香港が舞台。道具立てが違うだけで、やることはあんまり変わらない。というか基本は「人間」と「心情」のシリーズなのでどこの話でもいいのだ。だがしかし、やっぱりリディアの回(一話毎に語り手が入れ替わる)は、いまひとつ深みが足らない感がある。それはそれとしてラストシーンの美しさは秀逸。

オフィサー・ダウン テリーザ・シュヴィーゲル ハヤカワ・ミステリ文庫
キャリアと人生の窮地に追い込まれた女性警官の再生と反撃の物語。作者自身によれば「賢い人がなぜ愚かなことをするのかという謎」がテーマだそうだが、まぁ、そういう話です。主人公には「いいかげんに目を覚ませ!」と何度も言いたくなるが、それなりにテンポもいいしキャラも出来てるしプロットもちゃんとしてる。06年MWA賞最優秀新人賞受賞作。さすがにそれだけのことはある。

デス・コレクターズ ジャック・カーリイ 文春文庫
特殊な事件専門の刑事<カーソン・ライダー>シリーズ2。1作目「百番目の男」は「あんまりな話」なのであちこちで話題になりました。俺は好きだけどね。これもちょっと「それってどうなのよ!」という気がしないでもないが、好きだ(と言うか面白く読んだ)ね。ただまぁ、作品としての「品格」が足らないのではないかとも思うが。

女刑事音道貴子/嗤う闇 乃南アサ 新潮文庫
<音道貴子>シリーズ短編集。どれも読み応え十分。ただ、この作者って作中人物に(主人公含めて)あんまり優しくないな、と思いました。人情話だから仕方ないのか。

すべては死にゆく ローレンス・ブロック 二見書房
<マット・スカダー>シリーズ16。前作から4年ぶり。4年ぶりなのに「前作」と密接に繋がってる。「おいおい、そんなの憶えてないよ」と言いたいが、「憶えてない」ことが物語のカギにもなっていたのだった。プロの技です。そんなこんなで、この20年間、最高のハードボイルド・シリーズと言われてきたものだが、これにてシリーズ打ち止めという説もある。確かにそんな匂いはする。なにしろ……スカダーも68才だからね……。

市民ヴィンス ジェス・ウォルター ハヤカワ・ミステリ文庫
06年度MWA賞最優秀長篇賞受賞作。コナリー、クック、ペレケーノスを押し退けての受賞。ほんの小悪党が「普通の人生」を真面目に考えたらどうなるのか、曲がり角を正しい方へ曲がるためにどうするのか、というような話。ありがちなようで、オリジナリティに溢れてる。時代設定を1980年にしたところが勝因。なんだか妙にあったかい、ほのぼのピカレスク。

スクール・ディズ ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
<スペンサー>シリーズの33作目だ。中味はいつもと同じだ。違いは33作目にして訳者が変わったことだ。菊池光から加賀山卓朗とある。フム。違和感はない。

11月

死人は二度と目覚めない ロン・ファウスト ハヤカワ・ミステリ文庫
05年MWA賞最優秀ペイパーバック賞ノミネート作。フロリダの架空都市を舞台にしたヒーロー物。プチ冒険小説。物語が予想と違う方向に進むので「おやっ」と思うが、ちょっとツメが甘いような。意外と爽快感に乏しい。

エンプティー・チェア ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
<リンカーン・ライム>シリーズ3。ハードカバー版では既に6巻目まで出ておりますが、文庫でしか読んでない。内容的には、なるほど、こういう手があったとは。さすがディーヴァー。ネタバレになるので詳細は略す。

聖林殺人事件 D・W・バッファ 文春文庫
弁護士<アントネッリ>シリーズ5。もう5作目。もはやバッファはクオリティではリーガル・スリラーにおけるトップの存在である。今回はある意味、予想通りの展開なのだが、伏線があちこちに張り巡らされて(仕掛けられて)いるので、何度でも読み返せる作品。というか、一度では分からない。見え見えのようで深い。しかしシリーズとして考えると、アントネッリがどんどん大物になっていってしまうので今後がちょっと心配。まさか大統領にまでなるんじゃないだろうな。

密偵ファルコ/疑惑の王宮建設 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
古代ローマの密偵<フアルコ>13。今回は家族を引き連れてブリタニアへの調査行。相変わらず皆さん元気そうでなにより。

震える熱帯 ボブ・モリス 講談社文庫
またフロリダ物だ。と思ったらほとんどの舞台はバハマだった。まぁ同じようなものだ。04年度MWA賞処女長篇賞ノミネート。前出「死人は二度と目覚めない」とストーリーも主要キャラクター造形も似てる。こっちの方がシンプルな分だけ、面白い。

目を開く マイクル・Z・リューイン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
なんと13年ぶりの<アルバート・サムスン>シリーズ。うれしいなぁ、と読み始めたらなんか違和感。アルバート・サムスンってこんな奴だったっけ?……。読み進んだら、納得。前半は再生編でした。後半は最近のリューインらしい「人情噺」。安心して読めるというのがリューインへの最大のほめ言葉でもあろう。いろいろとまぁ、愛読者としては感慨深い一冊。

ねこのばば 畑中恵 新潮文庫
若旦那あやかし捕物帖<しゃばけ>の3巻目。短編集。電車の中でぱらぱらと読むには最適。でもすぐ読み終えてしまうし、物語自体が薄味なのでちょっともの足りない。

10月

ナイトフォール ネルソン・デミル 講談社文庫
現実にあった航空機事故に怪しい「隠蔽工作」を味付けして一級の謀略スリラーにしてみました、というデミルらしい職人芸。火のないところに煙を立てて、立った煙を爆発させてしまったような物語。例によって読み出したら止まらない。NYテロ対策班の捜査官<ジョン・コーリー>ものの3作目だが、シリーズという印象はあんまりない。ただ、この作品に限ってはエンディングが強烈なので、次作がどうなってくのか非常に気になる。

邪魅の雫 京極夏彦 講談社ノベルス
シリーズ何冊目? なんか今回なんにも不思議ではないのだ。脇キャラの書き込みがテーマだったのか? それでも分厚いノベルスを読み切らせてしまう力業は相変わらず。

ルシタニアの夜 ロバート・ライス 創元推理文庫
1915年の客船ルシタニア号沈没事件から90年後、その事件にまつわる謎に巻き込まれた郵政調査官。トラウマを抱えた主人公の再生の話でもあるので、ストーリー自体も読み進むにつれて力強くぐいぐいと進んで行く。広げたプロットをきちんと集約できてないところもある(あの話はどこへ?とか)が、それなりにきちんとまとめてある。ただ、郵政調査官という設定がちゃんと生かされてるかは疑問。次作(もしあるなら)に期待。

出生地 ドン・リー ハヤカワ・ミステリ文庫
1980年の東京を舞台にした……なんだ? 自分探しミステリー? 05年度のMWA賞最優秀新人賞とかいろいろな賞を獲ったとのこと。でもそんなに面白くない……。東京や日本人の描写にはいろいろと疑問がある。

マイアミ弁護士ソロモン&ロード 講談社文庫
これは面白い! ストーリーやキャラクターに目新しさは皆無だが、なかなかに優れたロマンチック・リーガル・コメディ。

9月

ドラマ・シティ ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ文庫
ノンシリーズだが、舞台はいつものワシントンDC。夢も希望もないような街で、傷を抱えて生きていかねばならない人間たちの日々。ちょっと前に出た「魂よ眠れ」と同じくギャングの抗争を題材にしながらも、こっちの方が物語にキレがあるし、人々の息づかいが明確。それでも明日はなにかいいことがあるかもしれない、という救済の物語でもある。

南海のトレジャーハント パトリック・ウッドロウ ハヤカワ・ミステリ文庫
プロットが粗雑。偶然が多すぎ。現実感に乏しい。出来のよくないB級映画っぽい。そのへんを気にしなければ(気になる!)読後感は悪くはない。

血の協会 マイケル・グルーバー 新潮文庫
マイアミのキューバ系黒人刑事<ジミー・パス>シリーズ2。前作「夜の回帰線」もそうだったが、主人公よりもヒロインの方が数段魅力的でパワフルだ。濃密で宗教的なストーリーは読み応え十分。ただ、その謎の「真相」はちょっと凡庸な気がしないでもない。それにしても「偶然」を「なんらかの意志」にしてしまうことで非現実を超現実にしてしまう剛腕は見事。

川の名前 川端裕人 ハヤカワ文庫
小学四年生たちのひと夏の冒険。残念ながら子供が描けてない。まぁ、NHKあたりでテレビドラマにするとよかろう。

ペインテッド・ハウス ジョン・グリシャム 小学館文庫
1952年、10才の少年のひと夏。こちらも残念ながら子供が描けてない。子供は幼稚な大人じゃないんだよ。商売人・グリシャムの失敗作(断言!)。あんたはリーガル・スリラーだけやってればよい。

倒錯の罠 ヴィルジニ・ブラック 文春文庫
フレンチ・ミステリ。<女精神科医ヴェラ>シリーズ1作目。プロットも主人公も混乱してるけど、米英系ミステリとは違ったものが読みたいのであれば、いいかも……。個人的にはあんまりピンとこなかった。2作目3作目とデキが良くなってるらしい(賞を獲ったりしてる)が、訳出されるかどうか微妙だな。

真夜中の青い彼方 ジョナサン・キング 文春文庫
03年度MWA賞最優秀新人賞受賞作。トラウマを抱え都会からフロリダの湿地帯に移住した元警官を主人公にした、良質のハードボイルド。これはいい。まぁ、ところどころ「御都合主義」的な安易な展開はあるものの、抑制された一人称の語り口と、主人公や脇役たちのキャラクター造形にはなかなか味わいがある。次回作が楽しみ。

ハマーハウスのうじ虫 ウィリアム・モール 創元推理文庫
「幻の名作」の50年ぶりの新訳。1955年の作品。素人探偵が暴く卑劣な犯罪。道具立てや人間描写に古さを感じるが、巧いなぁと思うのも事実。著者が意識したのかどうかはわからないが、イギリスの階級社会というものの「独善さ」も考えさせられる。趣味で探偵やってる主人公には「いいご身分ですこと」とちょっとばかし言いたくなるが。

緋色の迷宮 トマス・H・クック 文春文庫
クックは重たいなぁ……。でも嫌いじゃないし、ほんとに作品のレベルが高い。でも読み返すのは辛い。

8月

褐色の街角 マルコス・M・ビジャトーロ 創元推理文庫
ナッシュビルのヒスパニック系シングルマザー刑事<ロミリア・チャコン>シリーズ1作目。キャラクターに目新しさはないし、ストーリー的にも意外性に欠けるけど、語り口がうまいのでなかなか読ませる。ラテン系社会の描写も面白い。シリーズ化を意識したのか、主人公の過去を小出しにしてるのがちょっと不満。

DIVE !! 森絵都 角川文庫
「飛び込み」を題材にした青春スポーツ小説。ゴリゴリの「熱血」にならないのは、やっぱり現代性なんだろうか。しかしまぁ、大きな声では言えませんが読んでて3回くらい泣きました。「バッテリー」にしてもそうなんだけど、児童文学出身の人は少年のピュアな感覚を描くのが巧いね。感動の名作。

死と踊る乙女 スティーブン・ブース 創元推理文庫
英国地方都市の対照的な刑事コンビ<クーパー&フライ>シリーズ2。前作同様、淡々としながら、かなり重苦しい。それは人間や生活や、ついでに言えば自然の描写がリアルだからだろう。読み終えたときに疲労感もあるし、救いがあるわけでもないのだが、でもクセになる。なんというか、「それでも人生は続いていくのだ」という感じ。

バッド・ニュース ドナルド・E・ウエストレイク ハヤカワ・ミステリ文庫
不運な泥棒<ドートマンダー>シリーズ10。わはははは。ウエストレイクにハズレなし。

砂漠で溺れるわけにはいかない ドン・ウィンズロウ 創元推理文庫
ええっ、そうなの? これが<ニール・ケアリー>シリーズの最終話(=全5冊)、あるいは「後日談」らしい。1作目の「ストリート・キッズ」なんて、ほんとに「生涯で一番面白かった本」のうちのひとつなのだ。願わくばこの作品が「キッズ」編の区切りであって、次作からが新たなるシリーズの始まりであってほしいものだがなぁ。……あ、これ内容的にはほとんどコメディになってます。これはこれで変な話。

ラット・シティの銃声 カート・コルバート 創元推理文庫
1947年のシアトルを舞台にした軽快な「現代的」ハードボイルド。シェイマス賞候補作というだけあって、それなりにデキはいい。でもなんか違和感を感じるのは、風俗や社会は確かに40年代にしてあるのに時代的リアリティというものが希薄だからか。例えばハメットの作品には明確に30年代の匂いがするし、ヒラリー・ウォーの作品は50年代の匂いがするんだけど、そういうものがない。いやまぁ、彼らは作品と同時代の作家なんだから比べるのはおかしいんだけど。

風の影 カルロス・ルイス・サフォン 集英社文庫
最近話題になった(なったのか?)世界的ベストセラー(らしい)。1945年のバルセロナから始まる、ひとりの少年と謎の作家にまつわる過去と現在のミステリー。ちょっとだけゴシック・ホラー風でもある。時代背景にも人間描写にも手を抜いておらず、読み応えがある。「本」にまつわるミステリーはいろいろあるが、そのベスト5には間違いなく入るだろう。しかしなんだか、主人公の少年がいささか頼りない。しきりにエロ方面に行きたがる。スペイン人だから仕方がないのか?

天使と悪魔の街 マイクル・コナリー 講談社文庫
<ハリー・ボッシユ>シリーズ10。冒頭からいきなり衝撃。「ザ・ポエット」と「わが心臓の痛み」をまだ読んでない人は読んではいけません。ああ……、これだけでもすでにネタバレ。

アイス・ステーション マシュー・ライリー ランダムハウス講談社
うわー、なんと乱暴な話。南極の氷下に宇宙船らしき物体が発見されて各国の特殊部隊が争奪戦を繰り広げるという、ノンストップ・アクション。読み出すと止まるところがないが、人間がいっぱい死に過ぎて「痛快」とはならない。読み捨てるにはこれくらいでもいいのだが。

顔十郎罷り通る 柴田練三郎 講談社文庫
新装版ということで新刊扱いだったのでつい手にとってしまいました。痛快剣豪放浪記。ひとつひとつのエピソードは面白いけど、どれも尻切れの印象。柴練ならもっと面白いものが他にある。

7月

イレギュラー 三羽省吾 角川書店
ほのぼの青春野球小説。シリアスな舞台ながらほとんどの人間がバカ(←ほめ言葉)なのでちゃんとしたコメディにもなっている、いい感じのホラ話。熱血を排除したからこそ感動もあるのだ、というのは「あだち充」的。それにしても、あだち充が野球小説に及ぼした影響は少なからぬものがあるよなぁ。

雨の罠 バリー・アイスラー ヴィレッジブックス
<ジョン・レイン>シリーズ3。そもそも1作目は「聞いたこともないアメリカ人作家が書いた日系の殺し屋が日本でうろうろする物語」というキワモノだったのだが、いつのまにか「当代を代表するような一級のスパイアクション・ハードボイルド・シリーズ」として評価されるようになってしまった。今回の舞台は日本だけでなく、南米〜マカオ〜香港〜米国と世界中を飛び回ってる。しかも一週間くらいの間で。アイスラーの巧いところは、そういったウソ臭さと、登場人物の行動や小道具の緻密な描写との組み合わせ方と配分であろう。人物造型自体は稚拙だけど。ハリウッドでの映画化の話も具体化してるらしい。が、レインを演じられる日系の俳優って誰かいるのか? (チョウ・ユンファか?)

魂よ眠れ ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ文庫
DCの黒人中年探偵<デレク・ストレンジ>シリーズ3。ワシントンDCの街と人を描き続けているペレケーノス、今回はストリートギャングと銃。現実の問題として重いのでカタルシスには欠ける。相変わらず深くて真摯な物語なんだけど、ちょっと辛い。エンターテイメントよりは文学と呼ぶ方が相応しいのかも。

ダークライン ジョー・R・ランズデール ハヤカワ・ミステリ文庫
しまった、これハードカバーで読んでた! でも再読した。ううーん、やっぱりランズデールは素晴らしい!(←読んだの忘れてたくせに)

暁への疾走 ロブ・ライアン 文春文庫
ライアンは童話をモチーフにしたクライム3部作(「アンダードッグス」「9ミリの挽歌」「硝煙のトランザム」)の作風から「物語にちょっと変な色付けせずにはいられない体質」なのかと思ってたら、今度のは王道の「戦争冒険小説」だった。第二次大戦レジスタンス秘話系の愛と友情と冒険の物語。戦争物なので痛ましいエピソードもあるが、戦場をレーシングカーでぶっ飛ばすというカッコいい場面は印象的。凄いのは登場人物のほとんどが実在の人物だということ。出来事は創作ですが。

模倣犯(一)〜(五) 宮部みゆき 新潮文庫
ミヤベ物は嫌いではないです。ただこれは、なんとなく手にするのをためらってたんだけど……。いや、読み出すと止まらないんですよ、全5巻があっという間。しかも密度が濃い。しかしなぁ、やっぱり読まなきゃよかったという気はする。全体の5分の4くらいが犯人の邪悪さの描写なので、読んでてかなり辛い。他人に勧めたい作品ではないです。ただ一点、この大長編のその結末を持ってくるためにこのアレをああするとは(ネタバレ自粛)、たいしたものだなぁと感心はしましたが。

神の足跡 グレッグ・アイルズ 講談社文庫
本質的には全然違うものだけど「逃亡サスペンス+宗教ネタ」という要素で比べれば「ダヴィンチ・コード」なんかより全然面白い。コンピュータと神と神経症と哲学と軍事ネタをいろいろ織り交ぜた大ボラを、広げすぎて収拾がつかなくなる寸前で小器用にまとめてしまいました、という強引な作品。まぁ、そのまとめ方はいささか楽天的過ぎる気はする。アイルズは職人なのでハズレはないですが。

レイヤー・ケーキ J・J・コノリー 角川文庫
一人称の饒舌なクライム・ノヴェル。クールでスピード感溢れた高水準の作品。英国産だけどランズデールのハップ&レナード・シリーズに近いテイストがある(=個人的に大好物)。バカ話だけど頭の悪い話ではない。どこだかの書評で見かけたので拾えたけど、見過ごすところだった。危ない危ない。ところでこれ映画化されてるそうだが、しかし、それはどうかな? これ映像化したらただの間抜けなギャング映画になっちゃうんじゃないだろうか。

絶対音感 最相葉月 新潮文庫
あの、評判になったノンフィクションです。文庫になったら読もうと思ったまま忘れてて、再文庫化(小学館→新潮)ということでやっとこさ読んでみました。なーるほど、これはなかなか面白い。絶対音感というものの意味が分かったような気がしてきた。でもなー、結論が「音楽はココロなのだ」というのはなんかちょっと論点のずれた着地ではないかしら。

6月

聖なる少女たちの祈り リチャード・モンタナリ 集英社文庫
フィラデルフィアの刑事<バーン&バルザーノ>シリーズの1作目。ベテラン刑事と新人女刑事というありがちなコンビ。宗教がらみの女子高生連続殺人というありがちな事件。理解ある上司とかイヤなマスコミとか離婚した夫とか健気な子供とか、ありがちな人物造型。しかし、なかなか読ませる。主人公コンビのほどほどの関係(シリーズが進めばどうなるかは見えてるような気はするが)もいい。帯のアオリ文句にある「稀代のストーリーテラー」とは言い過ぎだが、ちょっとした拾いもの。ほんとに集英社文庫はたまに当たりを出すので油断ができない。

死のエンジェル ナンシー・テイラー・ローゼンバーグ 二見文庫
ナンシー・ローゼンバーグはリーガル・スリラーが流行りだした頃から何冊か読んだ記憶がある。今ではけっこうな大家になってるのかと思ったら、これがまだ9作目で「初のシリーズもの」だそうだ。まぁ、あちらの作家は基本的に多作じゃないから、そんなものなのかしら。今回の主人公はシングルマザーの保護観察官。物語はこの作家らしい「法と正義」。で、シリーズ化を意識したのか「家庭と親族」も入ってる。リアリティという面でちょっとどうかな、とは感じるけど、それでも70点くらいはつけていい。

ジョン・ランプリエールの辞書 ローレンス・ノーフォーク 創元推理文庫
1790年代の英仏を舞台にした……なんだかさっぱりわからない、とんでもなく回りくどい、ものすごい読みにくい、過去と陰謀と恋と友情と妄想と幻想と古典と殺人事件と大活劇が膨大に混在する……へんな小説。1992年度サマセット・モーム賞受賞作。これは35才以下の独創性溢れる将来有望なイギリス人作家に贈られる賞だそうな。確かに独創性には溢れている。亀とか海賊とかも出てくる。この「海賊」のエピソードは好き。

カレンの眠る日 アマンダ・エア・ウォード 新潮文庫
死刑囚、刑務所医師、被害者の妻、苦しみと哀しみを抱えた3人の女の「死刑執行までの最後の3ヶ月」。それぞれの「日常」が淡々と語られる。淡々過ぎて(テーマは重厚なのだが)すぐ読めてしまう。でもけっこう心に染みる上質の物語。

死ぬまでお買物 エレイン・ヴィェッツ 創元推理文庫
フロリダの高級ブティックを舞台にセレブな整形美女が入り乱れる、ちょっと変わったミステリ。基本プロットはたいしたことはないが、いかにもフロリダらしい人物描写は面白い(と言っても常識の範囲内であり、カール・ハイアセン作品ほどエキセントリックではない)。まぁなにしろ「カナダ人」には笑った。そりゃカナダ人だよ、ほんとに。元夫から逃亡中の<エレイン・ヴィレッツ>シリーズ1作目。次作からは主人公の勤務先は本屋になるようだ。

グルメ探偵、特別料理を盗む ピーター・キング ハヤカワ・ミステリ文庫
自分自身ある意味「食に対するこだわり」は強いのだが「グルメ」とは方向性が全然違うので、あんまり面白くなかった。欧米人はこういうの好きなんだろうな、というノンキなお話。

バッテリー V あさのあつこ 角川文庫
前回から主人公がなんだかあれこれ戸惑って(戸惑い方を模索して)いるうちに、周囲の人間(と言ってもたかだか中学生)の方に焦点が当てられてきてる。今回はライバル。なんだか、あんまりお話が進まない。次の「VI」で完結するはずなんだけど……。それにしても、こいつら中一と中三にしては言動が大人過ぎるような気がするな(←前回も同じ感想でした)。

十兵衛両断 荒山徹 新潮文庫
柳生新陰流と朝鮮妖術の対決をテーマにした連作短編集。剣豪小説と伝奇小説の融合だ。「荒山徹が面白い」という評判は前から目にしてはいたが、こんなに面白いとは。痛快で凄惨で淫靡で荒唐無稽で奇想天外で溢れかえる創造力は山田風太郎ばり。これが「柳生剣」シリーズの1作目(1冊目)にあたる。2作目3作目も刊行済ながら未読。面白いであろうことはわかってるけど、文庫になるまで待つ予定。

高麗秘帖 荒山徹 祥伝社文庫
摩風海峡 荒山徹 祥伝社文庫
摩岩伝説 荒山徹 祥伝社文庫
と言うわけで、完全にはまった。初期作品をぶっ続けで3作。どれもまた見事な伝奇歴史小説。山田風太郎と隆慶一郎と五味康祐、3者を合わせたテイストとはよく言われる(らしい)が、3作それぞれでその配分量が違うから、読み進む度にびっくりする。しかも、デビュー作である「高麗〜」からして相当に完成度が高いのだが、2作目3作目と更に巧く面白くなってる。「高麗〜」は副題「朝鮮出兵異聞 李舜臣将軍を暗殺せよ」とあるように伝奇歴史冒険物。歴史的事実と嘘八百が入り交ってとんでもなく密度が濃い。「摩風〜」は真田十勇士と朝鮮幻術集団の対決という伝奇忍法帖。ゾンビや大魔神まで登場する滅茶苦茶さが素晴らしい。「摩岩〜」はなんと主人公が「若き日の遠山の金さん」という伝奇武芸帖。青春冒険小説の趣さえある。1作目2作目は山田風太郎と比べてダークな雰囲気で陰惨かつ重苦しい感じさえするが、3作目あたりから「痛快」さが前面に出てくる。これが柳生シリーズに続いていくのだな。基本的にどれも手や足や首が飛び交い血飛沫が溢れ死人が散乱する物語なので万人にはお勧めできませんが、そういう描写が平気な方(?)はぜひどうぞ。

5月

天保悪党伝 藤沢周平 新潮文庫
回天の門 藤沢周平 文春文庫
密謀 藤沢周平 新潮文庫
なんか海外に行ってたら「和物」が読みたくなって。それぞれ、芝居の天保六花撰(河内山宗俊)、幕末の策謀家・清河八郎、戦国上杉家の名家老・直江兼続をテーマにしたもの。「天保」は元ネタを生かしつつ、きっちりとした藤沢作品になってる。「回天」はあんまり面白くなかった。藤沢周平をもってしても清河(あらやる幕末物における嫌われ者!)に人間的な魅力が感じられなかった。「密謀」はわりと普通の戦国武将物。直江山城守の偉さはあちこちで読んでるので知ってます。

ブルー・ブラッド デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
映画評論家と女刑事コンビ<バーガー&ミトリー>シリーズ1。作者ハンドラーはいわゆる「ほのぼのミステリー」の名手。これも軽快でテンポがいいし、プロットもしっかりしてる。ただ、主役コンビのキャラがまだ確立できてないような気はするが。名作、傑作とは決して呼べないけど一種の職人芸。

花崗岩の街 スチュアート・マクブライド ハヤカワ・ポケット・ミステリ
スコットランドの地方都市の刑事<ローガン・マクレイ>シリーズの1作目。デビュー作としてはかなりの水準。スコットランドを舞台にした警察小説ということで「イアン・ランキンのライバル」が謳い文句になってるけど、いい勝負かも。ランキンの「一匹狼のリーバス物」と比べると、内容的には「警察捜査物」という色合いが強いのが特徴。これが変わって行くような気もするけど、いずれにしろ次作に大いなる期待。

影と陰 イアン・ランキン ハヤカワ・ミステリ文庫
というわけで<リーバス>。文庫は初期作品の刊行となってて(ポケミス、ハードカヴァーと作品年代で刊行スタイルが違う!)、これは2作目。前作・1作目と比べて格段の完成度! ここで「協調性を欠き秘密主義の一匹狼だが有能な捜査官」というリーバスのキャラクターが確立されていた。でもって、1作目ではかなり大きかった「なんか今のシリーズ(既に15巻目)とは違和感があるなあ」がほとんどない。ランキンの研究者(そんな人がいれば)には大きな意味のある作品。そうでない人もどうぞ。

血と肉を分けた者 ジョン・ハーヴェイ
これまた英国産。イングランド地方都市の元警部<フランク・エルダー>シリーズの1。04年度CWA賞シルバー・ダガー賞受賞作。テーマ(連続強姦殺人)はちょっと重たくて陰気。救いは……あるような、ないような。主人公に退職したことでの捜査上のハンデがない(普通にアドバイザー的に捜査に加わってる)ので「元警部」である意味付けが薄い。単に年齢的なこと(リタイアした50代)を主題にしたかったのかしら。作者ハーヴェイはけっこうなベテランで<レズニック>シリーズとか邦訳もいくつかあるんだけど、読んだのは初めてのような気がする。いずれにしろ読者をぐいぐい引っ張る力は感じる。力のある小説。

望楼館追想 エドワード・ケアリー 文春文庫
買ったまま1年以上放り出してあったけど、ついに読んだ。ジャンルとしてはなんなんだろうね、幻想文学? 狂気ではなく、神経症的な箱庭。的というか、神経症そのもの。毒ではなく病。インパクトはある。つまらなくはないが……読み通すには体力が必要。

4月

ファンダンゴは踊れない クリス・ハスラム ハヤカワ・ミステリ文庫
スペイン南部で繰り広げられるコカイン争奪のクライム・ノヴェル。無軌道で怠惰で強欲で愚鈍。登場人物全員があまりにも身勝手。こういうのは好きではない。

愛しき女は死せり リチャード・エイリアス ハヤカワ・ミステリ文庫
作者はミステリ・マニア(編集者?)。現代ハードボイルドとしてかなりいいデキだけど、なんかいろんな小説の寄せ集めみたいな感は否めない。数々の名作へのオマージュというわけでもないのだが。しかし、これは映像化したら相当いいものになるんじゃないかしら。

アルアル島の大騒動 クリストファー・ムーア 創元推理文庫
南海の孤島を舞台にしたドタバタと悪意と嗜虐のハイアセン風混乱バカ話。大馬鹿主人公の成長物語でもある、のかもしれない。個人的には好きだけど他人には薦めない、という系統。

トーテム[完全版] デイヴィッド・マレル 創元推理文庫
79年に出版された作品に削除部分を復刻し、さらに手を入れて94年に完全版として再版された作品。中西部の田舎町が謎の災厄に襲われるというホラー。剛腕マレルなので基本プロットはそれなりに読ませるけど、時代設定を90年代にしたことで79年版とうまくかみ合わない部分が気になる。いくら田舎町でも90年代にその古くささはないだろ、ということがいっぱい。町を牛耳る市長とか各種電子機器が存在しないこととか。読んでないけど79年版の方が小説としては巧くできてたんじゃないだろうかという気がする。

真冬の牙 トマス・バロウ 扶桑社ミステリー
70年代ウィスコンシンあたりを舞台に、ダメ人間がダメ社会の周囲をうろうろする話。おまえらなんかどうなっても知らん。勝手にうろうろしてろ。寒いところの話なのにあんまり寒さを感じない(冬の湖で溺れる場面はあるが)のもがっかり。

死んでもいきたいアルプス旅行 マディ・ハンター 扶桑社ミステリー
トラベル・ミステリ・シリーズの第一作目。アメリカ人の老人団体海外ツアーと新人ツアコンという組み合わせのコメディ。次から次へと発生するトラブル。イヴァノヴィッチが好きな人にはお勧め。ただしあちらよりはかなり弱火でまだるっこしい。アメリカ人を笑いながらそれでも「アメリカ人ばんざい!」という姿勢は、やっぱりちょっといかがなものかと思う。

密偵ファルコ/亡者を哀れむ詩 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
<古代ローマのハードボイルド>12。今回の「古代の出版事情」というテーマはなかなか面白い。面白いが……なんかファルコとその周囲の人間模様が「渡る世間」みたいになってきた。古代ローマを舞台にしたホームドラマってなんだよ? もしかしてそれが長く続いてる(原作は現在17作目)秘訣なんだろうか? 俺はほんとにそんなもの読みたいのだろか?

ゴーストなんかこわくない ロン・グーラート 扶桑社ミステリー
超常現象探偵(?)マックス・カーニイ・シリーズの連作短編。1962〜1969年にかけて書かれたもの。のどかでまぬけでほのぼのとしたオカルト小話。古き良き時代の良質なコメディとも言える。30分のテレビシリーズ(そんなものはないが)で見たい。

荒ぶる血 ジェイムズ・カルロス・ブレイク 文春文庫
暴力と血と硝煙と侠気。無頼小説(?)の期待の星、ブレイクの邦訳2作目。前作(「無頼の掟」)より断然にいい! 回想シーンが行ったり来たりする構成がわかりにくいとか、主人公をとりまくエピソードの質も量も濃過ぎるきらいがある、とか言ったら贅沢な文句だよな。一冊読んだらお腹いっぱい。終盤の「男の友情」はちょっとペレケーノスっぽい。

3月

クリスマス・プレゼント ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
短編集。16編もあるので相当なお得感があるが……同じパターンの作品が多くて読んでて「またそれか」という気にもなる。しかしまぁ、どれも水準以上なので文句を言ってはいけません。

天使の鬱屈 アンドリュー・テイラー 講談社文庫
時代を逆に遡って、とある「悲劇」を語るという三部作の最終作。CWA賞最優秀歴史ミステリ賞受賞作……なのだが、前二作の中味を忘れてた。独立した話としてもちゃんと読めるのでそれはそれでもいいのだが、なんかもったいないような。読み返そうかなぁ、でもけっこう陰惨な話だからな、このままにしとくかなぁ……。まだ考え中。しかし、なんで作者がわざわざ「遡り形式」で書いたのかはよくわからん。

九死に一生ハンター家業 ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
爆裂破壊女王<ステファニー・プラム>シリーズ9。なんか久しぶり。相変わらずステフの触れるものはなんでも破壊されている。わははは。こないだ山手線でこのシリーズの原書読んでるガイジンさんがいたのでちょっとびっくりした。なんかキレイな女性でした。本国でもああいう人が読者層なんただろうな。今回のは犯人探しの物語のくせに犯人がいきなりネタバレしてるが、本質はドタバタアクションコメディなのでそんなことはどうでもいいのだった。

雪豹 ピーター・マシーセン ハヤカワ・ノンフィクション文庫
1978年の著作。ヒマラヤの奥地に雪豹を探しに行きました、という調査行の記録だが、まことにもってハイレベルなノンフィクション。博物学誌であり山岳紀行記であり精神世界解析書でさえある。難解で濃密で、しかし透明感と清涼感に溢れた名著。

しゃばけ 畑中恵 新潮文庫
ぬしさまへ 畑中恵 新潮文庫
「ゲゲゲの鬼太郎」を江戸時代を舞台にした捕物帖にしたらこうなった、というようなシリーズ。一作目の「しゃ」は01年日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。「ぬし」は短編集。設定が特殊過ぎて短編だとちょっとつらいか。まぁ……とりたててどうこう言うようなものではないけど、それなりに楽しめました。

ファニー・マネー ジェイムズ・スウェイン 文春文庫
……前作(「カジノを罠にかけろ」)もこれも、なんかそこそこ評価あるようですが……やっぱり面白くなかった。俺と何が合わないのかはよくわからない。

ながい眠り ヒラリー・ウォー 創元推理文庫
1959年の作品。新訳。警察小説の祖。半世紀前の作品なので現在の目から見るといろいろともの足らないところはあるが、人間ドラマとしてきちんと出来てる。さすが。

春秋の檻 藤沢周平 講談社文庫
風雪の檻 藤沢周平 講談社文庫
愛憎の檻 藤沢周平 講談社文庫
人間の檻 藤沢周平 講談社文庫
<獄医立花登手控え>1〜4。牢獄付きの青年医師を主人公にした連作短編。囚人と関わらせることで人間と事件と両方から物語を作るところはこの作者らしい巧さ。1冊目を読んだらとまらなくなって、4冊一気読み。なんかちょっともったいなかった。いつも思うのだが、やっぱり本当は一話ずつ読むのが「藤沢本の正しい読み方」なんだよなぁ。

ダ・ヴィンチ・コード ダン・ブラウン 角川文庫
例のあれです。上中下、全3巻。文庫になったので読んでみた。文庫まで待ってて良かった、というか、読まなくてもいいものだった。こんな程度の話よりもっと面白いものが他にいっぱいある。こちとら「フーコーの振り子」(ウンベルト・エーコ)を読破した人間(←ちょっと自慢)なので「知的パズル」としても「追いかけられサスペンス」としてもたいした評価はできない。唯一よかった(?)のは、読み終わるまで時間がかからなかったことだな。

あなたに不利な証拠として ローリー・ドラモンド ハヤカワ・ポケット・ミステリ
女性警官たちの「生活と仕事と葛藤と混乱と人生」を綴った10篇の作品からなる短編集。10篇のどこを読んでも魂が揺さぶられる、素晴らしい一冊。文学。クオリティが高いというのはこういうことを言うのだな。文庫以外なら間違いなく今年度ベストワン候補。というか、21世紀になって以来のベストワンと言ってもいいくらい。

2月

変化 佐伯泰英 講談社文庫
雷鳴 佐伯泰英 講談社文庫
<交代与力伊奈衆異聞>シリーズ1&2。物語としては一本道で単純。あっという間に読める。面白いのかと聞かれると返答に困るのだが……立ち会い場面の描写はなかなか迫力がある。ひとつめは「へんか」じゃなくて「へんげ」だよ。

クルスク大戦車戦 デイヴィッド・L・ロビンズ 新潮文庫
世界最大の戦車戦。T-34対ティーガー。タミヤ模型で育った元プラモデル少年としてはいろいろと感慨深い作品。ただなぁ……ラストの戦車戦場面はなかなかすごいんだが、全体としては退屈でした。なんだろう、なんか整理されてないネタがいろいろ紛れ込んでて回り道してるみたいな感じ。ロビンズ先生、ロシアネタはしばらくやめた方がいいんでないの?

こぐこぐ自転車 伊藤礼 平凡社
齢70の爺さんサイクリスト(にして元大学教授にして名エッセイスト)によるテンションの低い淡々とした自転車ボケ話。なんとなくありがたーい講話を聞いてるような気がしてくる。年とったら斯くありたいものです。もう10年以上前の「狸ビール」(講談社文庫?)は何度も読み返してる名著。

PLAY 0N!日本ラグビーのゆくえ 日本ラグビー狂会編・著 双葉社
狂会本・05年の総括。欧州遠征の失態、ワールドカップ招致失敗、監督人選への疑問、どれここれも正論なので読んでて悲しくなってくる……。けど面白い。

シャドウ・ゲーム ジョン・クリード 新潮文庫
元スパイのなんでも屋<ジャック・ヴァレンタイン>シリーズ2。前作「シリウス・フアイル」(04年ベスト10参照)は見事な冒険小説だったので、かなりの期待を持って読んだ。かなりがっかりした。ただのアクション小説。前作のキモだった「大自然の中での生死を賭けた決断と行動」というものが全然ない。「人間を描こう」として失敗した典型の作品だと思う。残念。

レッド・ダイヤモンド・チェイス チャールズ・ベノー ハヤカワ・ミステリ文庫
今の時代に「世界を飛び回る宝探し」の冒険小説。デビュー作としてはよくできてるとは思うが、前半でネタバレしてるよな。読み終えての結論は「こんなバカな主人公にこんな天才的な解決法が考えられるわけがない」。ま、いろんな意味でアメリカ人でなければ書けない物語ではある。

冤罪 藤沢周平 新潮文庫
時代小説短編集。藤沢作品としては初期にあたるのかな? いわゆる後期のお勤め侍もの(「たそがれ清兵衛」とかのあれ)に比べるとかなりシニカルで救いのない話もある。どっちがいいかと聞かれたらやっぱり後期の作品の方が好き。

無意識の証人 ジャンリーコ・カロフィーリオ 文春文庫
イタリア製リーガル・スリラー。いわゆるダメ男が弁護活動を通して再生していくというオーソドックスな話なんだけど、イタリアンな表現とか思考とか、なんか非常に新鮮。でもこれ事件としては解決してないんだけど……。

警鐘 リー・チャイルド 講談社文庫
元憲兵少佐の放浪者<ジャック・リーチャー>シリーズ3。設定や展開にいろいろと無理はあるけど読んでて気にならない。テンポがいいのと、キャラの描き方が明快だからかな。深みはないけど。

隣のマフィア トニーノ・ブナキスタ 文春文庫
フランスの田舎町に証人保護で逃亡中の元マフィア家族が引っ越してきて……というフレンチ・コメディ。文化的ギャップや一家の強烈個性の描き方はなかなか巧い。終盤の銃撃戦の乱暴さはいかがなものかとは思うが、全体としては非常に上質な作品です。

エンジェルズ・フライト マイクル・コナリー 扶桑社ミステリー
<ハリー・ボッシュ>シリーズの5作目にあたるのだが、01年に出たときハードカバー(邦題「堕天使は地獄へ飛ぶ」)だったので読んでなかった。シリーズ中盤の核とも言うべき作品で、これ読まずにいたことはちょっとお恥ずかしい。すまん。ま、これでようやく市警本部との確執や結婚生活の破綻の背景がわかりました。

日米野球裏面史 佐山和夫 NHK出版
副題は「美少女投手からベーブ・ルースまで」。戦前に日本遠征を行った野球チームの数々を追う。いつもながら目の付け所はいいのだが、著者の思い込みによる結論ありきの調査なのでもの足りない。突っ込みどころが間違ってる。というわけで資料によるものではなく、体験によるエピソードとなった最終章「女性アンパイア」が一番いい。

1月後半

幸運は誰に? カール・ハイアセン 扶桑社ミステリー
ハイアセン大先生の「バカ野郎」には容赦ないところが大好き。エキセントリックな部分が抑え目(これでも!)なのでハイアセン作品としてはデキは普通。

魔力の女 グレッグ・アイルズ 講談社文庫
なんだこりゃ? サイコ・ホラー・ロマンチック・サスペンス……。アイルズなので最後まで読ませる力はあるけど、読み終えて怒る人もいるかもしれない。自分自身は前半4分の1くらいのとこで一度やめかけました。我慢して読み進んだらそこからぐんぐん面白くなって、……でも終盤は呆れた。

逸脱者 グレッグ・ルッカ 講談社文庫
<アティカス・コディアック>シリーズ4。前作にあたる番外編「耽溺者」は私的ベストテン05の3位。なので当然これも期待に胸ふくらませて読みました。…………。いやはや、びっくり。こんな展開 !? いや、独立した作品としては面白いんだけど、これではシリーズの流れが一変してしまう。いままで作り上げてきた世界を作者自身がひっくり返してしまった。どうするんだろう……次作が出るまでは判断停止。

決闘の辻 藤沢周平 講談社文庫
宮本武蔵、神子上典膳、柳生宗矩、名だたる剣豪の「決闘」を描いた短編集。藤沢周平にしては珍しい「有名人」の話。でも、それぞれの後日談的なところがいかにも藤沢節。

廃墟ホテル デイヴィッド・マレル ランダムハウス講談社
都会の中にうち捨てられた遺物を探索する都市探検者。彼らが廃墟で遭遇した恐怖と惨劇の一夜。出だしはかなりホラー系なんだが、後半はアクション炸裂のサバイバル小説になってくる。乱暴だけど雑ではない。でもそんなによくもないし……75点くらいかなぁ。マレルは「ランボー」の原作者だが、原作は映画版の戦争バカ破壊物語とは全然違って立派な冒険アクション小説。未読の方は是非一度どうぞ(「一人だけの軍隊」ハヤカワ文庫)。

笑う招き猫 山本幸久 集英社文庫
2003年小説すばる新人賞受賞作。女二人の若手漫才コンビの青春物語。青春ものとしてはなかなかいい。が、しかし……なんか当時の選評にもあった記憶があるが「漫才のネタの部分がまったく笑えない」のは致命的だ。だから彼女たちが観客に受け入れられていく過程に無理矢理感がつきまとう。お前らそんなに面白くねぇじゃん! でもまあ深く考えずに気楽に読むぶんにはいいです。ビジュアル的には何故か頭の中にずーっとアジアンがあった。ほんとはしずちゃんと森三中の村上の方が近い。

↑2006/2005↓

2005〜2006年末年始に読んでたもの

夢なき街の狩人 W・L・リプリー 創元推理文庫
巻末解説中の「自警団ハードボイルド」という単語に目からウロコ。「法律とは別の自己のルールに則り悪と闘う男とその相棒」にこんな的確な表現があったとはなあ。主人公が冒頭では寡黙なタフガイなのに読み進むにつれて饒舌なお調子者に思えてしまうのはいただけないが、基本的には合格点。93年の作品で、これがシリーズの1作目だが、続訳されるかどうかは未定。個人的には読んでみたい。

百番目の男 ジャック・カーリイ 文春文庫
05年度の各ベスト10に顔出してたんで、あわてて読みました。ああ、なるほど。「バカミス」「脱力系」という評価があるのも頷ける。頷けるけど、良いデキだ。俺は嫌いじゃないね。「羊たちの沈黙」系の違った可能性という意味で大いに評価します。けっこう映像向きだとも思う。映画で…………というのは無理か。

魔術師の夜 キャロル・オコンネル 創元推理文庫
鋼鉄と冷氷と虚言と野性の天使にして正義を超越した<マロリー>シリーズ5。NY市警に復帰したマロリーが老マジシャンの殺人イリュージョンに挑む。もともと手品が常に作中の小道具として使われるシリーズだが、その総決算的な事件。イリュージョンの描写や謎解きが説明的過ぎてわかりにくいところもあるような。老人たちの昔話も飛び飛びで各人が勝手に語るので(それが伏線でもあるのだが)全体が見えにくい。全体のインパクトとしては前作に劣る。しかしこのラストは……強烈だ。これがあるからこのシリーズはやめられない。

冷たい銃声 ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
マンネリも極まれり<スペンサー>シリーズ41。銃撃されたホークのリハビリ&リベンジ話。ほんとはもう読まなくてもいいんだけど、長年の馴染みなので……。

ライト・グッドバイ 東直己 ハヤカワ・ミステリ・ワールド
名無し探偵<ススキノの俺>シリーズ。8作目か? たぶん全部読んでるはずだがわからない。今回はオタク系変態犯罪者。描写がリアルで容赦なくエグい。まぁエグいのはこのシリーズの特長でもある。相変わらずちょっとした通りすがりの脇役の作り方が上手い。

獣と肉 イアン・ランキン ハヤカワ・ノヴェルズ
<リーバス警部>シリーズ。もうこれで15作目になるらしい。複数の事件をひとつにまとめるというありがちなプロットだが、集約の手際が見事。今年度のベストワンにあげてもいいぐらいの作品(残念ながらハードカバーなので文庫ベスト10の枠外)。リーバスも含めて登場人物の生活や行動のディテールの描き方も上手い。ただ、邦題はなんだか違うような気がする。捕食者と獲物という意味ではいいのだが。それにしても、なんか最近のシリーズを読んでるとリーバスが他人とは思えないなぁ……(俺はあんな仕事人間ではないが)。05年度CWA賞ダイヤモンドダガー賞受賞作。

バッテリーIV あさのあつこ 角川文庫
第四巻。あ、そうか。バッテリーだから二人の話だったんだよな、とあらためて認識。だが、なんか期待してたのとは違う方向へ進んでる。中学生にしては思考が大人っぽすぎるような気はしないでもない。映画化するそうだが、やめとけばいいのに。

無頼の掟 ジェイムズ・カルロス・ブレイク 文春文庫
1920年代末、アウトロー最後の時代を舞台にした犯罪青春アクション小説。冒頭から100頁くらいまではいいんだけどなあ。脱獄するところまで。中盤からただの無軌道な犯罪者物になってきちゃう。それはそれで悪くはないんだけど……。主人公にひたひたと迫る復讐オヤジの存在は面白いと思った。

12月

汚れた翼 ジャン・バーク 講談社文庫
新聞記者<アイリーン・ケリー>シリーズの8作目なんだが、この回は旦那である刑事<フランク・ハリマン>が主人公。導入部が見事。ほんとにしてやられた。構成の巧さと共に犯人探しの物語としても一級品だが、その思考が緻密に綴られるわりに手口が荒っぽいという感は否めない。しかしなにしろサスペンスの盛り上げ方はさすが。

七月の暗殺者 ゴードン・スティーヴンス 創元推理文庫
「カーラのゲーム」(2000年ベスト10参照)の作者の第一作だそうで。片鱗は見てとれるが、あの大傑作には及ぶべくもない……。簡単に人を殺し過ぎる、というのと、この作者はほんとに逞しい女が好きなのだなぁ、というのが感想です。

おしゃれ野球批評 DAI-X出版
世の中にはこういう本もあるのだな、という一冊。プロ野球に取り憑かれた30数人の「バカ」達の愛と情熱と涙と怒りとボヤキ。自分を見てるみたいでちょっと恥ずかしいところもある。

よい子はみんな天国へ ジェシー・ハンター 創元推理文庫
ううーむ……。クリスマス、少女誘拐、緊迫のサスペンス、と来ると「クリスマスに少女は還る」という大傑作と比較せざるを得ない。という訳で、いまいちでした。ひとつだけ言うと、詩情が足らないのです。

ロスト・ファミリー ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
<テス・モナハン>シリーズ8。「あの日、少女たちは赤ん坊を殺した」(10月分参照)で作者のシリアス方面への意欲を感じてしまったので、こっちのシリーズにも変化があるのかと心配しておりました。が、テスの諧謔精神と辛辣さと自己愛は健在だし、物語の軽快さも変わりなし。ああよかった。

11月

ジャパニーズ・ベースボール W・P・キンセラ DHC
キンセラ師匠の短編集。2年前に出てたのか。偶然本屋で見つけたけど、全然知らなかった。マイナー作家はこういうことがあるから気を抜けない。でも出版されてるだけラッキーではある。中味は師匠らしい淡々としたホラ話系野球ネタ11作。どれもいい味わいだけど、表題作が一番デキがよくない……。版元のDHCってなに? 化粧品屋?

メジャーリーグ、メキシコへ行く…メキシカンリーグの時代 マーク・ワインガードナー 東京創元社
1946年、メキシコに生まれた野球リーグの野望と繁栄と崩壊。実在した人物と実際にあった出来事と本物の数字によって構成された「フィクション」。いったいどこまで事実なのかと気になってしかたがない。豪快で愚かで濃密でロマンチックで狂乱した物語。すんごい面白いけど、読んでてちょっと疲れた。

サイレント・ゲーム リチャード・ノース・パタースン 新潮文庫
03年度の各海外ミステリベスト10で軒並み上位となり「リーガルミステリの王」パターソンの(日本での)評価を決定付けた作品(だったような)。過去と現在を結ぶ構成も、法廷場面の緊迫感も見事。ただまぁ、予定調和の大団円という気はしないでもない。読み出すと止まらないが、実はそんなに好きなわけでもない。

奇怪な果実 ジョン・コナリー 講談社文庫
NYの元刑事<チャーリー・バード・パーカー>シリーズ2作目。ダークで硬質なハードボイルド。なんかちょっと他のハードボイルド作家とは異質さ(ゴシックホラー的なテイストとか)は感じてはいたが、作者はアメリカ人ではなくアイルランド人だったのか。だからか(根拠なし)。しかし毎回毎回サイコキラーとの対決じゃネタ切れしそうだが、どうするのかね。

すべてが罠 グレン・ミード 二見文庫
ミードといえば「雪の狼」の衝撃は今でも忘れられない。その後もそれなりに期待には応えてくれていたのだが……。ミードの面白さは物語の背景的なウソの広げ方と集約させ方にあると思うのだが、今回はウソが「罠」という小道具になってしまっている。数はあるけど、質が貧しい。なので妙に物語自体のスケールを小さく感じてしまう。この先はどうなるの、というページターナーとしての技術は認めるけど、もっとでっかいウソで話を作って欲しいなあ。

皇帝の血脈 アラン・フォルサム 新潮文庫
上下巻1400頁。読んで損した。

ロックンロール・ウイドー カール・ハイアセン 文春文庫
1年前に出てたのに気が付かなかった。ハイアセン・マニアとしてはお恥ずかしい。なんと一人称の至極真っ当なハードボイルド文体。それでも軽快な饒舌さがハイアセンらしい。ときどきいつものキチガイ・エピソード&キチガイ・キャラクターは出てくるものの、物語自体も至極真っ当。読み始めてしばらくはあまりに普通過ぎてもの足りない感もするが、クオリティの高さにぐいぐい引き込まれてしまう。いやー、なんかフリージャズの達人がさらっとクラシックの名曲を奏でたみたいで「こんなことぐらいやればできるんだよ」という名人技を披露されたようだ。全編に並々ならぬ力量と感性が溢れてる。エピローグは今季ベストの感動。絶賛。

骨の島 アールン・エルキンズ ハヤカワ・ミステリ文庫
スケルトン探偵<ギデオン・オリバー>シリーズ11作目。なんか邦訳は久しぶりではないかい? まぁ、いつも通り安心して読める娯楽作。

10月

影の王国 アラン・ファースト 講談社文庫
1938年の欧州を舞台にハンガリー貴族の末裔のスパイ活動を描いた……地味な地味な「普通の小説」。「ミスティック・リバー」「サイレント・ジョー」「曇りなき正義」という名作を抑えてハメット賞を獲った作品というのでちょっと期待して読んだが、エンターテイメント的には理解不能。文学的な質の高さは認めますが。

覗く銃口 サイモン・カーニック 新潮文庫
とことんB級。追われる者と追う者、二人の観点を入れ替えながらの進行はテンポがいいしプロットもそれなりにヒネリがある。でもなんか最後の最後、あのオチはフェアじゃないような気がするなあ。まぁほんとに典型的なB級です。

笑う男 ヘニング・マンケル 創元推理文庫
<クルト・ヴァランダー>シリーズ4。警察捜査もの〜スパイもの〜国際謀略もの、と常に展開を変化をさせてきたシリーズだが、今回は「燃え尽き症候群・ヴァランダー再生編」ということで地道な捜査小説。が、経済の闇に潜む巨悪と闘うという意味ではやっぱり新機軸ではある。今回ヴァランダーが自身を「旧世代」と自覚したことで、今後は新世代(娘&部下)との軋轢やら共生やらが大きなテーマにもなってくるんだろうな。いずれにしろ続きが楽しみなシリーズのひとつ。

ユーコンの疾走 ゲイ・ソールズベリー/レニー・ソールズベリー 光文社文庫
ノンフィクション。1925年、厳冬のアラスカ・ノームの町にジフテリアの血清を運んだ犬橇リレーの物語。けっこう有名な話。前に読んだことがあるような気がしてたのだが、史実的にきちんと書かれたものはこれが2冊目とのこと(もうひとつは40年前の出版)。マイナス40度の中を5日間1085キロを走り続けた男達と犬達の姿にはただただ感動。ノームの町の成り立ち、犬橇の社会的意味、人間と極寒の闘い、どこをとっても寒冷地マニアとしては感涙の一冊です。

あの日、少女たちは赤ん坊を殺した ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
04年度アンソニー賞最優秀長篇賞、バリー賞最優秀長篇賞受賞作というだけあって作品としてのクオリティは非常に高い。が、なんとも痛ましい話。<テス・モナハン>シリーズのリップマンだから読んでみたけど、ちょっとこういうのはダメです……。真面目な話(テス・シリーズが不真面目というわけではないが)が書きたかったんだなぁ。……テス・シリーズも最近なんか重い展開だし……もしかしたらこういう方向へ行ってしまうのだろうか。

凍れる森 C・J・ボックス 講談社文庫
ワイオミング州狩猟管理官<ジョー・ピケット>シリーズ2。正義と家族愛と大自然。それらを背景に、積もり積もった怒りが主人公を突き動かすというヒーロー型小説。まさに「原題に甦るウェスタン活劇」。今回は悪役の身近な邪悪さが際立ってる(スケールが大きいんだか小さいんだかよくわからないが)。とにかく読み始めたら最後まで読者の気をそらすことがない。前作に劣らずいいデキ。ただ、ありがちな「超法規的な相棒」と、家族を襲う「ちょっと心痛むエピソード」は必要だったのかなぁ。シリーズ2作目で出すのは早くないか、と余計な心配。効果的なことは認めますが。

半落ち 横山秀夫 講談社文庫
あのベストセラー話題作。文庫になったので読んでみました。はて……。直木賞に落選したとき、物語の重大要素となる「●●●制度」に関して「現実にはあり得ない設定」が落選理由の一部となった騒動(?)はよく憶えてる(そんときは読まなかったけど)。ううむ……。確かにそこの「ある条件」が成立しないと根本が立ち行かないよなぁ、とは思った。でもお話はお話なんだからそんなことどっちでもいいじゃん、という気にもなった。どーでもいいです。いずれにしろあんまり面白くなかったから。この作者とはなんか合わないのを再確認。

サルバドールの復活 ジェレミー・ドロンフィールド 創元推理文庫
わはははは。全体としてはゴシックホラー風なんだけど……へんな話。前作「飛蝗の農場」(02年度ベスト2)よりははるかに読みやすくわかりやすい。が、やっぱりへんな話。どこまで真面目なのか理解不能。もしかしたら作品自体が壮大な冗談なのではないかという気がしてきた。今になってみれば前作もしかり。

黒い地図 ピーター・スピーゲルマン ヴィレッジブックス
04年度アメリカ私立探偵作家クラブ・シェイマス賞最優秀新人賞受賞作。デビュー作としては高水準ではあるが、前半の「悪辣」なエピソードと比べて後半はいささか尻すぼみ。物語を展開させるたびにスケールが小さくなっていってしまうのは、整合性にこだわり過ぎたからかしら。優等生の模範解答みたいな感じ。

9月

快楽通り12番地 マーサ・コンウェイ ハヤカワ・ミステリ文庫
MWA賞処女長篇賞ノミネート作。三十路女と連続殺人犯との対決。といっても犯人の名が「チョリソー(ピザ)」というぐらいなので基本はコメディタッチ。そこそこ面白いんだが、特別どうというものでもない。ヒロインのキャラにのれるかどうかで評価が分かれるんだと思う。俺はだめでした……。

バブルズはご機嫌ななめ サラ・ストロマイヤー 講談社文庫
変人キャラのドタバタぶりで「第二のステファニー・プラム」と言われる作品。実際にジャネツト・イヴァノヴィッチの指導を受けてたそうだ。主役(セクシー美女の美容師兼事件記者見習)のデタラメぶりはたいしたものだが、物語の展開はわりとおとなしい(師匠と比べれば)。読みながらげらげら笑うというところまではいかなかった。センスはいいがまだまだ修行が必要か? アガサ賞処女長篇部門賞受賞作。

絶壁の死角 クリントン・マッキンジー 新潮文庫
「コロラドの血戦」の続きにあたるが、書かれたのはこっちが先。ここで魅力的なサブキャラが生まれてしまったので、それを生かすために時代を戻した「コロラド〜」を書いたんだろうな。物語自体としてはこの「絶壁〜」の方が雑だけどパワーは感じた。山岳冒険系としてもこっちの方が上。

秘太刀馬の骨 藤沢周平 文春文庫
うまいなぁ。ラストにはちょっと感動。

蜘蛛の巣のなかへ トマス・H・クック 文春文庫
閉ざされた田舎町での断絶した親子関係と、過去探し。淡々と進み、どんどん重くなり、いつのまにか身動きがとれなくなる。本当に蜘蛛の巣みたいなクックらしい人情噺。ラストも実際には特別爽快なものではないのだが、全体の重苦しさに相対して、なんだかものすごく救われた気分になる。まあ、これがあるから一度クックにはまると抜けられなくなるんだよな。

春を待つ谷間で S・J・ローザン 創元推理文庫
<ビル・スミス&リディア・チン>シリーズ6。スミス編。今回はマンハッタンから離れた片田舎が舞台。マンネリ対策かね。「事件」そのものは粗雑だが、登場キャラが類型的な田舎者ばかりでなくいろいろと捻ってあって、いつもながら「人間」がいい。

獣たちの庭園 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
なんと1936年のベルリンを舞台にしたアクション小説! ナチス幹部暗殺に派遣されたニューヨークの殺し屋の物語。時代背景を緻密に書き込んであって、ちょっと感心した。なにしろスパイ小説の本場の賞(2004年CWA英国推理作家協会イアン・フレミングスティール・ダガー賞)を獲るくらいだからつまらないわけがない。しかし……ディーヴァーらしい「あっと驚く展開」には乏しい。一直線の展開。個人的にはもう少しオリンピックネタの絡みを読みたかったなあ。続編はあるのか?

ヘッドハンター マイケル・スレイド 創元推理文庫
斬首人の復讐 マイケル・スレイド 文春文庫
<極悪鬼畜サイコホラー的カナダ騎馬警官クロニクル>の1作目と6作目。「ヘッド」は1984年の作品(処女作)、「斬首人」は98年に書かれたその『完結編』。「斬」巻末解説をちらりと見たら「まずは『ヘ』を読むべし」とあるのであわてて読んだ。びっくりした。グログロスプラッタホラーな部分はあるにしろ、まっとうな警察捜査小説じゃないか。スレイドの基本がわかったよ。シリーズが進むに連れてトリビア的な蘊蓄雑学(しかもサイコ呪術系)の量が増大してきて骨格が見えにくくなってたんだな。で、「斬」を読むと、小説としてはるかに読みやすくなっている。作家としての成長が顕著に分かる。しかも「へ」でなんだかわからないままに置き去りにされていた部分をきちんと解き明かしている。スレイドはこれ(ヘッドハンターの再構築)がやりたかったんだな。でもって、ほんとに2部で完璧な1セットに仕上がった。いささか説明が明瞭過ぎて物語のパワー/衝撃が薄れてしまった感はあるが、それはしょうがないよなあ。まあ、どっちが面白いか選べと言われたら「へ」になっちゃうけどね。

暗く聖なる夜 マイクル・コナリー 講談社文庫
<ハリー・ボッシュ>シリーズ9。警察を辞めたボッシュの「やり残した」捜査。当代最高のハードボイルドシリーズはまたしても心に染みる作品でした。エンディングがいいねぇ……(どっかで見たような気はしないでもないが)。これでシリーズ終わりにしてもいいような気もするんだが、まだ続くのであった。

8月

弱気な死人 ドナルド・E・ウェストレイク ヴィレッジブックス
中米の小国が舞台の保険金詐欺コメディ……というか、ウェストレイクにしては展開もギャグも弱火。あと数歩踏み込めば抱腹絶倒のスラップスティックスになるのに、わざと制御しているみたいだ。なんでかわからん。いささか欲求不満。

鉄槌 ポール・リンゼイ 講談社文庫
著者いつもの<FBI>シリーズのひとつだが独立した話。追う方も追われる方も、ちょい役の人物でさえも「頭の悪いヤツ」がひとりも出てこない! なので読んでてイライラすることもないがリアリティは薄い。

ヴェネチア殺人事件 ダナ・レオン 講談社文庫
ヴェネチア刑事はランチに帰宅する ダナ・レオン 講談社文庫
ヨーロッパで人気のシリーズ。「ヴェネチア殺人事件」はCWA賞受賞作。ヴェネチア人(イタリア人ではない)の考え方や行動様式はなんか変で面白い。語り口は軽いのだが事件の背景はけっこうシリアスなので、読み進むにつれて重くなってくる。このへんの構造はヨーロッピアン警察小説(マルティン・ベックとか)には共通してるかもしれない。

砂の狩人 大沢在昌 幻冬舎文庫
こういうものを読むとおっかなくて新宿を歩けなくなる……。こんな物騒な話を新聞連載(サンスポとはいえ)してていいのか? まぁそれなりに面白がラストはつらい。

愚か者の祈り ヒラリー・ウォー 創元推理文庫
アメリカ警察小説の巨匠による1954年の作品。その新訳。現在では定番となった「郊外の警察署の捜査官」の原型。描写も構成もクオリティが高く、全然古さを感じさせない。その完成度にちょっとびっくり。

凶器の貴公子 ボストン・テラン 文春文庫
テランに関してはこの前の2作を絶賛しました。これはどうだったか。面白いけど、期待した方向ではなかった。小説としての完成度は高くなったとは思うが、パワーは薄れてしまった。スピード感はそのままだが、ごつごつの棍棒から切れ味鋭い剣に変わったみたいな感じ。個人的には前のスタイルの方が好き。このまま、こっちへ行くのかな。力と技、なかなか両立はできないものだなあ。

恋するA.I探偵 ドナ・アンドリューズ ハヤカワ・ミステリ文庫
人工知能システムが自我を芽生えさせて探偵活動をする。そんな話が面白いわけないだろ、と思いつつ期待せずに読んだら、いゃー、なんかけっこう面白かった。別に主人公がA.Iである必要もないんだが、やったもの勝ち。とは言え、物語をモノローグ中心で展開させて、それで飽きさせない作者の技術はたいしたものではある。

空高く マイクル・ギルバート ハヤカワ・ミステリ文庫
1955年の作品の新訳。イギリスの田舎町を舞台にした、古き良き時代の手軽なミステリ。巧いことは巧いが、ああそうですか、としか言いようがない。「捕虜収容所の死」(03年度5位)とはテイスト(と衝撃)が違う。

神と野獣の都 イサベル・アジェンデ 扶桑社ミステリー
アメリカ人少年が(いろいろあって)アマゾン奥地に放り込まれるという冒険ファンタジー。子供(若者?)向けに書かれたものらしいが、クオリティは高い。ありがちな展開だが、けっこうハラハラワクワクします。

巨石神殿ストーンヘンジ バーナード・コーンウェル ヴィレッジブックス
近年、コーンウェルと言えばパトリシアになってしまったが(俺は見限ったけど)、15年前ならバーナード。冒険小説の書き手として名高かったものだ。今は「歴史物の人」になってるらしい。5000年前、いかにしてストーンヘンジが建てられたのかという物語(もちろんフィクションです)。古代の人間ドラマとしてはなかなか面白いが、結局あれは何なのかがよくわからない……。まぁべつにかまわないのだが。ストーンヘンジのことが気になる方は、著者による巻末「ヒストリカル・ノート」を読むといいでしょう。手際よくまとめてあります(俺は読んでもよくわかんなかったけど)。

7月

難破船 R・L・スティーヴンスン&L・オズボーン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
「宝島」の作者・スティーヴンスンとその継子によって100年前に書かれた物語。帯には「大人版の宝島」とあった。海洋冒険小説なのかな……そう言うには「海洋冒険」の場面は意外と少なかったりする。波瀾万丈ではあるが、そんなにハラハラワクワクドキドキするというものでもない。でも面白い。やっぱり現代的な視点で行くと余計な挿話が冗長だったり、登場人物が平板で画一的だったりはするのだが、読み手の気を逸らすということがない。ストーリーテリングの才というものだな。一級のエンターテイメントは古びることはない、という証明の一冊です。

悪夢の帆走 ジェイムズ・セイヤー 新潮文庫
というわけでB級はしょせんB級なんだよな、という証明の一冊です。

霧の果て/神谷玄次郎捕物控 藤沢周平 文春文庫
連作短編。怠け者を装う有能な奉行所同心、という今となってはよくあるパターンです。藤沢周平にしては「しみじみ」感が希薄だが、町人の生活感の描き出し方はさすが。

悠久の窓 ロバート・ゴダード 講談社文庫
申し訳ない! やっぱり俺はゴダードはだめだ! ということを抜きにしてもこれはあんまり面白くないような気がする……。

ロマンスのR スー・グラフトン ハヤカワ・ノヴェルズ
女探偵物のハシリとも言える<キンジー・ミルホーン>シリーズも18巻目になった。87年にスタートして18年(ただしし作中年代はまだ87年のまま)、クオリティが落ちないのは立派。が、時代設定が古いので当時の「新しい犯罪/新しい考え方」がなんだか古めかしく感じちゃったりもする。今回はキンジーはサブキャラに引き回されっぱなしで本人も「ちょい役」と述懐するくらいに受け身の展開(なので所々モタついてる気もする)。新しいロマンスもあるにはあるがロマンチックにならないのは主人公のキャラ故か。まぁもともと作者はロマンス小説の人なので、「ロマンス」のバリエーションがいっぱい出てくるのは面白い。原題は "R" is for Ricochet で Romance ではない。

ウルスウィング 須藤靖貴 小学館文庫
野球を題材にした短編集(6篇)。最初のと最後のはまあまあいい。あとは……50点。三題噺的な小手先に走り過ぎてて野球自体の魅力は描き出せてない。と言うか、単なる小道具。全体として「あ、こういうの前に読んだ」。

核の砂漠 A・スティーブンスン 扶桑社ミステリー
核廃棄物汚染をテーマにした国際謀略もの。読んでて「そりゃあ大変だ」とは思うが、小説としては全然ハラハラドキドキしない。作者はこれが小説デビューだそうだが、本業であるノンフィクションに徹した方がいいんじゃないかな。

雨の午後の降霊会 マーク・マクシェーン 創元推理文庫
1961年の作品。日本では長らく幻の傑作となってたらしい。タイトルはまったり系だが、中味は愚かで身勝手で中途半端な犯罪とその顛末。これは相当にクオリティが高いです。ただ、個人的には好きじゃないけど。

月下の狙撃者 ウィリアム・K・クルーガー 文春文庫
国を蝕む政治的陰謀と単身で対決する捜査官。こういうネタにはよくあることなのだが大統領とその周辺が立派な人物過ぎてリアリティがない……。それを気にしなければ、暗殺者の対決はスリリングだし、自然の描写や舞台としての使い方は相変わらず巧い。まぁ、これはこれで面白いのだが、お気に入りの<コーク・オコナー>シリーズの再開が待ち遠しい。

サイレント・アイズ ディーン・クーンツ 講談社文庫
ほのぼのホラー。凄惨な場面は多々あるものの、なんだかほのぼのとしてる。「この世には悪しきものもあるけれど、善きものもちゃんとある」という勧善懲悪。「ウォッチャーズ」もそうだったな。クーンツ初期の爆発的な物語がちょっと懐かしい気がしないでもない。

ウオータースライドをのぼれ ドン・ウィンズロウ 創元推理文庫
久々<ニール・ケアリー>シリーズの4作目。94年の作品ということで「あれ?『ストリート・キッズ』読んだのって何年?」と思ったら邦訳が93年だった。うわ、10年以上たってるのか! ストリート・キッズはピュアでビビッドでへらず口でタフなニールの感性と場面場面の静粛が印象的な『マイ・オールタイム・ベスト10』の一冊。この4作目はと言うと、雰囲気が全然違う! ドタバタだ! やかましい! シリアスなスラップスティックとでも言うべきか。変人キャラ満載で重みも静けさもゼロ。独立した一冊としては楽しい佳作ではあるが、続編としてはいささかガッカリ、というのが熱烈ファンとしての正直なところ……

6月

安政五年の大脱走 五十嵐貴久 幻冬舎文庫
最初に書き下ろしで出版されたとき(03年)、かなり(一部で)評判になってた記憶がある(ような気がする)。「大脱走」を江戸時代に置き換え、きちんとエンターテイメントとして成功させた、という奇跡の佳作(傑作とまではいかない)。物語に「ここ」という見せ場がないのが惜しい。

黒頭巾旋風録 佐々木譲 新潮文庫
蝦夷地で西部劇をやるという<北海道ウェスタン>に連なる一冊。赤旗新聞に掲載されたものなので「ファミリー向け勧善懲悪しかも暴力は避けて正義は勝つ」という痛快で肩の凝らないものとなっております。なので、ちょっともの足りない。

最後の審判 リチャード・ノース・パタースン 新潮文庫
こ、これは凄い! パタースンもいろいろ読んだけど個人的にはこれが最高峰。作品を形づくる技術には常々感心してたが、初めて「物語」として感動した! 確か3、4年前にハードカバーで出たときに海外ミステリベスト10の1位を取ってたはず。それも当然。

ホーネット、飛翔せよ ケン・フォレット ヴィレッジ・ブックス
デンマークに設置されたドイツ軍施設の情報をレジスタンスが小型飛行機の単独飛行によりイギリスにもたらした、という史実に基づいた話。……物語のどこまで史実かはわからないが、創作としてもっと面白くなりそうな気がするんだが。ところどころかつての片鱗は見えるものの……フォレットも結局「針の眼」(78年のデビュー作)だけだったな。

ニューヨーク大聖堂 ネルソン・デミル 講談社文庫
1981年の作品だが初訳。で、しかも、これは傑作だ! とても20年以上前の作品とは思えない! 読み始めると上下巻合わせて1000頁超が怒濤のように駆け抜けていく。大聖堂に立て籠もったテロリストと包囲する警官隊。大いなる破滅と、それに至る序曲。出てくる連中がみんなアイリッシュ。この一冊だけでアイルランド人のなんたるかがよくわかる。それだけでも非常に面白い。

雪中決死行 ジョン・ギルストラップ 扶桑社ミステリー
厳冬アウトドアサバイバルものは好きなのだが……。場面場面ではそんなに悪くないが、基本プロットが粗雑。この作者はディテールは思いつくものの全体が構築できないタイプなのだな。俺が小説書いたらこうなるよな……と思った。不死身の主人公(16才の少年)にリアリティというものが希薄。

消えた境界線/女検事サム・キンケイド アラフェア・バーク
シリーズ2作目。展開に「ご都合主義」というものの影がちらちら見えるものの、なかなかできがいい。1作目よりは格段にプロの仕事になってる。と言っても父(ジェイムズ・リー・バーク)に比べればまだまだ。登場キャラがありきたりと言うか、意外性がない。いやまぁ、大作家であるお父さんと比べてはかわいそうなんだが。イスのエピソードとか、コネタの挟み方にキラリと光るところはある。

打撃の神髄/榎本喜八伝 松井浩 講談社
打撃の職人と言われた伝説の名選手。職人じゃないね、求道者的だし敢えて言うなら哲人だろう(実際には変人とか奇人とさえ言われてた)。天才の話だから面白くないわけがない。しかし、こんな選手がチームにいたら監督・コーチ・他の選手、みんな困ると思った。本としてはかなり価値のある一冊。最近の古武道ブームにもちょっとのっかってる。しかし実践するのは不可能。榎本が周囲に理解されなかったのもムベなるかな。

カインの檻 ハーブ・チャップマン 文春文庫
基本軸はサイコ・キラーとプロファイラーの対決。よくある手のものです。目新しいのは犯人が死刑目前の収監者で、そんなに頭がよくないというところ。ある意味リアル。作者は登場人物ほぼ全員を欠点のある人間に描いてて、まぁそれはそれでいいのだが、結果的に物語の印象を暗く重苦しくしてる。ラストは印象的。そこだけはなんかすごくいい。

5月

ラスト・ライト アンディ・マクナブ 角川文庫
<元特殊部隊戦闘員・ニック・ストーンはまたもや世界を救うが、それでも誰からも感謝されない>シリーズの4。舞台はパナマのジャングル地帯。工作員として道具に徹するには矜持が高く情に篤く、巨悪に立ち向かうには頭脳が足らない、毎度の困難。虫との対決(?)はちょっと笑える。

ダイスをころがせ! 真保裕一 講談社文庫
「中年の危機を迎えた素人集団が選挙に挑む」という、作者にしては珍しいテーマ。いや、もともと<小役人シリーズ>で評判を取った人だから<小市民>ならルーツに戻ったようなものか。いつもながらのディテールの細かさはさすがだが、小説のデキとしては65点くらい? 真保裕一としては低い。「謎とき」らしきスジもあるが、ネタのいくつかは途中でどっかへ行ってしまう。選挙のドロドロ感を意識的に排除したのだろうが、それが物足りなさとなってしまい、なんかファンタジーっぽくなってしまった。理想主義的エンタテイメント……。

航海者/三浦按針の生涯 白石一郎 文春文庫
ご存知ウイリアム・アダムスの生涯(←日本での)を描いた長篇海洋冒険小説。この作者は海洋モノの第一人者的な人で、いつもテーマ的には「面白そうだなぁ」と思うのだが、読んでみると「いまいちもの足りない」ことが多い。人物にしても出来事にしてもどこか描き方が平板なんだよなぁ。この作品にしても、冒頭、アダムスが日本に流れ着くまでの部分が一番面白くて、後の大部分はどんどん尻すぼみになっちゃってたりする。もったいない。というか、白石先生は先年ご他界なされました。ご冥福をお祈りします。

白骨 G・M・フォード 新潮文庫
元新聞記者のルポ作家<フランク・コーソ>シリーズ3。舞台は訳あってウィスコンシンの田舎町。「二と二を足して九という答えを出す」(←本文より)コーソの本領がこれでもかと描かれる。いろんなミステリで書き尽くされたような「社会病質者」だが、今回のそれは他とは違ったタイプ で、かなりおっかない。

酔いどれ故郷にかえる ケン・ブルーウン ハヤカワ・ミステリ文庫
アイルランドの元警官でアル中でヤク中で読書家の<ジャック・テイラー>シリーズ2。シニカルでなげやりで集中力もなく、行き当たりばったり。主人公も物語もそんな感じ。それでもそうとうに面白い!

チャンスは二度めぐる ジェイムズ・パタースン 角川文庫
<女4人の殺人捜査クラブ>シリーズ2。さすがに多作な職人作家、テンポが良くてサクサクと読みやすい。でもそれだけ。前半と後半が違う小説みたい。中盤からぐぐっとスピードアップするのだが、そのために前半の冷んやりとした不気味さが薄れてしまった。もったいない……のかな?

ホステージ ロバート・クレイス 講談社文庫
燃え尽きた元SWATの交渉員が警察署長を務める平穏な田舎町。突然、人質事件が発生し、そこに犯罪組織が絡んで……。次から次へとトラブルが押し寄せるローラーコースター型パニック。慌ただしいだけで収拾のつかなくなりそうな展開を、人物の視点を切り替えることで巧く処理している。さすがクレイス。映像的でもある。テレビの脚本もやってた人だから、映画化もちゃんと計算にいれてたんだろうな(で、映画になった。日本公開6月)。クレイスは長年のご贔屓作家のひとり。しばらく休止していた<エルヴィス・コール>シリーズが復活したとのことで、邦訳が待ち遠しい。

髭麻呂/王朝捕物控え 諸田玲子 集英社文庫
平安京で検非違使庁の看督長を務める藤原資麻呂(通称髭麻呂)を主人公とした連作短編集。検非違使庁の看督長とは警視庁の警部みたいなもの。なのでライバル的犯罪者として蹴速丸という「怪盗」も登場する。心象が現代的過ぎる気もしないではないが、肩の凝らない軽快な読み物となっております。

ロデオ・ダンス・ナイト ジェイムズ・ハイアム ハヤカワ・ミステリ文庫
テキサスの田舎町、宗教、人種差別、家族愛……ありがちな要素なんだが、デビュー作とは思えないほど手際よくまとまってる。ただまぁ、悪く言えば、どのエピソードも中途半端で全体にパワーは感じない。それでも展開が巧くキャラの書き込みの薄さがちょうどいい具合で、600頁がすいすいと読めてしまう。アラはいくらでもあるけれど、魅力はある。04年度最優秀ペイパーバック賞ノミネート作品。

4月

夜明けのメイジー ジャクリーン・ウィンスピア ハヤカワ・ミステリ文庫
カバーを森川久美が描いてたので即買いました。しかしそれとは関係なく面白かった! <メイジー・ダブズ>シリーズ第一作。03年度パブリッシャー・ウィークリーのベスト・ミステリ選出、アガサ賞とマカヴィティ賞で最優秀新人賞受賞、アレックス賞受賞、MWA賞最優秀長篇賞ノミネート、アンソニー賞とバリー賞で最優秀新人賞ノミネート……。それだけのことはある! 1929年のロンドンに事務所を開いた女探偵の物語。リアリティという面でどうかなぁと思わないこともないが、主人公が魅力的で(あまりに優等生過ぎる気がしないではない)、脇役たちのキャラも素晴らしい(いささか類型的過ぎる気がしないではない)。現在の間に過去を挟んだ構成も効果的。で、2作目のカバーも森川先生でぜひ!(つーか、この原作で森川先生に描いてほしいなぁ)

レッド・ライト T・ジェフーソン・パーカー ハヤカワ・ミステリ文庫
<マーシ・レイボーン>シリーズの2。3番目「ブラック・ウォーター」がハヤカワのハードカバーで最初に訳出されて、その後で1「ブルー・アワー」と2「レッド・ライト」が講談社文庫から出た。2を読んでやっと「主人公はそういう人間だったのか」とよくわかる。3の感想で「普通の話でつまらない」なんて言って申し訳なかった。T・ジェフーソン・パーカーの特殊性はキャラクター造形の周到さにあるのだった。だかしかし、だとしたらやっぱりこういうものはシリーズ順に読んで行きたいものだよな。

アリゾナ無宿 逢坂剛 新潮文庫
おお、痛快西部劇! 70年代の連続TVドラマを見てるようだ。←誉め言葉。でもまぁ、それ以上ではない。

紐と十字架 イアン・ランキン ハヤカワ・ミステリ文庫
なんと<リーバス>シリーズの第一作で87年の作品、しかも初訳。それなりに完成度は高いけど、いきなりこれだけ出されてたらシリーズに今のような高い期待を抱けなかったかもしれない。「人格の破綻した変人刑事」の出てくる警察小説でしかない。作者にとってはデビュー作の上に、シリーズ化を前提に書いたものでないのでしかたがないのだが。なので、前出「レッド・ライト」とは逆。後の作品を読んでるからこそ「リーバスの特殊な人格」が理解できるという変な小説になってしまいました。

聖なる怪物 ドナルド・E・ウェストレイク 文春文庫
ウェストレイクのダークサイド系列。89年の作品だが全然古くない。ハリウッドの頂点まで登りつめた俳優の回想談。ありがちな場面のツギハギのようだが、そのツギ方やハギ方が一級品。でもこういうのよりドタバタ・スラップスティックの方が好きです。

密偵ファルコ/獅子の目覚め リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
<古代ローマのハードボイルド>シリーズ10作目。シリーズのマンネリ化との戦いは継続中。今回のネタは「闘技場での猛獣狩り」。時代設定上(帝国の安定期)、大きな舞台(陰謀とか大事件とか)を出せないのでなかなか難しい。小市民がセコセコと苦労しているだけではあんまり面白い話を用意できないよな。

果てしなき日々 マーク・スプラッグ 新潮文庫
ガンコじじい物。じじい二人の友情と母娘の絆。個性の対立の中での思いやりと友情。ほのぼの癒し系ですが、湿っぽくはない。レッドフォード主演で映画になる。いい映画になることでしょう。「故郷の良さ」の強調と、子供のデキ過ぎが気になるけど。

3月

我が輩はカモである ドナルド・E・ウェストレイク ハヤカワ・ミステリ文庫
1967年の作品。95年にミステリアルプレス文庫で出たときに読んだような気もする。が、読んでないような気もする。記憶にないから読んでないのだろうな。この人らしいよくできた「ほのぼのコメデ」ィだが、いささか古くさい感は否めない。

悪徳警官はくたばらない デイヴィッド・ローゼンフェルト 文春文庫
前作「弁護士は奇策で勝負する」よりも面白かった。シリアスとコミカルのバランスがいい。でもその反面、前作で独特の味を出していた「現在形の語り」の効果が薄くなったような気がする。

ブラック・キャブ ジョン・マクラーレン 角川文庫
あ、「AIソロモン最後の挨拶」(創元ノヴェルズ)の作者なのか。あれ思いっきりマンガで面白かったなあ。これはタクシー運転手トリオが一攫千金を目論んで企業買収の裏情報を探って……という物語なのだが、様相が一変する「事件」が起こるまではかなりモタツキ感がある。後半はぐっとスピードが上がって面白くなるのだが、そこまで読み続けられるかが問題。ラストはいささか尻切れ。話が終わってないんじゃないのか?

ラグビー・ルネッサンス 日本ラグビー狂会編・著 双葉社
年一回の狂会本。2004年ラクビー界の総括&その他。発行時期の関係で「100点負けを喫した欧州ツアー」という大問題(ではないのかもしれない……)が多く語られていないのはちょっと残念。ワールドカップ招致に冠する提言はなかなか参考に(?)なりました。

悩み多き哲学者の災難 ジョージ・ハラ ハヤカワ・ミステリ文庫
なんだろう……あんまり面白くなかった。

憲兵トロットの汚名 デイヴィッド・イーリイ ハヤカワ・ミステリ文庫
1963年の作品。長篇第一作にしてイーリイの代表作でもある。他の作品(「ヨットクラブ」とか)から入った読者にしてみると、これは普通の小説なのでびっくり。で、普通に面白い。特有の「悪夢」的シチュエーションはあんまりないのだが。ついでに、40年前に書かれたという古さも感じない。

天使の背徳 アンドリュー・テイラー 講談社文庫
「天使の遊戯」の第二部でありながら20年前の話、が……、前作をほとんど憶えていない。で、独立した作品として読んだわけですが、いまいち物語に入れなかった。第三部が出たら全部読み返してみる(かもしれない)。

カジノを罠にかけろ ジェイムズ・スウェイン 文春文庫
??????。これ、事件が解決してないんだけど、意図的にこうしたの? よくわからんままにフラストレーションが残る終わり方で損した気分。

ヘンリーの悪行リスト ジョン・スコット・シェパード 新潮文庫
遣り手の企業買収屋が過去の悪行を悔いて、被害者に懺悔して回るというへんな話。でもなんか読んでて気持ちいい。思わぬ拾いもの系。一種のファンタジーだね。

2月

イチロー革命 ロバート・ホワイティング 早川書房
内容的には既刊の日米野球文化論「和をもって日本と為す」に「イチロー&そのフォロワー編」を付け足したもの。書かれたのが2004年シーズン直前。あと1シーズン待ってたら(シーズン最多安打騒動)違う内容になったことであろう。残念でした。ホワイティングには『文化としての日本野球を語るガイジン』という開拓者的評価はしますが、当初(「菊とバット」)からの結論ありきの思い込みと誤解は如何ともしがたい。そりゃ違うんでないの、という事柄が多すぎる。非常になんだかもったいないことです。

シティ・オブ・ボーンズ マイクル・コナリー ハヤカワ・ミステリ文庫
現代ハードボイルドのひとつの頂点<ハリー・ボッシュ>シリーズの8作目にあたる。なんだか痛ましい話だが、ボッシュの矜持が事件だけでなく物語自体を救っている。だからこその現代ハードボイルドのひとつの頂点(くどい)。でもって、エンディングはあきらかにひとつの区切りとなっている。このシリーズは全12作になるという説がある(コナリー自身の発言?)ので、既に3分の2が終わったことになる。こんな終わり方されると続きが気になってしかたがない。(とか言っても文庫になるまで待ってしまうのだが)

酔いどれに悪人なし ケン・ブルーウン ハヤカワ・ミステリ文庫
アイリッシュ・ハードボイルドと来れば「元警官でアル中」は容易に想像がつくが、そこに「質量問わない読書家」というところが珍しい。酔っぱらいらしく足取りも物語もふらふらと行き当たりばったり。軽い自己嫌悪と開き直った飲酒と魅力的な脇役でなかなかいい感じの拾い物。続きを想像しにくい終わり方なんだが、4作目まで続いているとのこと。どんどん訳してくれ!

ダブルプレー ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
1947年、黒人初の大リーガーとなったジャッキー・ロビンソンのボディガードを務めた男の物語(フィクション)。時代と登場人物が違うだけでいつものパーカー節。とりたてて特になし。野球ネタじゃなかったら読まなかった。自身の投影である「ボビー」のパートは余分。

ウイスキー・サワーは殺しの香り J・A・コンラス 文春文庫
「笑えるミステリー」が謳い文句になってるが、コメディ・タッチではない。つーか、笑える場面なんてほとんどなかった。そういう意味では期待はずれ。でも「女刑事もの」として普通に面白い。合格点。

ジャンキー/耽溺者 グレッグ・ルッカ 講談社文庫
プロ・ボディガード<アティィカス・コディアック>シリーズ番外編(3と4の間の話になる)。主役は「恐ろしく口の悪い、恐ろしく性格のきつい、恐ろしく矜持の高い」女探偵ブリジッド・ローガン。番外編とは言うが、シリーズ最高作だ! 3部に分かれた構成も見事。物語の収まり方も完璧。つーか、この作者は一作毎にどんどんクオリティが上がっている。まぁ、この作品の素晴らしさはブリジッドというキャラ自体にあるわけだが、それでも次作に期待せずにはいられない。アティカスもがんばれ。

終戦のローレライ I〜IV 福井敏晴 講談社文庫
文庫版全四巻。2003年度吉川英治文学新人賞&日本冒険小説大賞受賞作。作者自身が「第二次大戦と潜水艦と女を出すという三題噺」と語り、更に「映画化」を前提にして書かれたもの。力作です。力作ですが……なんかやっぱり現代を前提にして過去を描いた「あと出しジャンケン」みたいな座りの悪さがある。戦闘場面終盤のカッコよさに比して終章があんまりよくない。あそこを読むとこの作者は普通の小説が書けない人なのではないかという気もする。最初、一巻ずつ買うか3月に出る「フィギュア付き四巻ボックスセット」を買うか迷ったけど、結局そこまでの思い入れは芽生えなかった。あとちょっと、なんか足らない。

1月後半

逃げる悪女 ジェフ・アボット ハヤカワ・ミステリ文庫
サンダル判事<ホイット・モーズリー>3。もしかするとアボットという人は飽きっぽいのだろうか。<図書館>シリーズは3作目で全然違うテイストになって、そのまま終わってしまった。この作品もシリーズの前2作とはまったく違う。ホイットの魅力でもあった「無邪気で脳天気な善意」が一転して重大な人間的欠損にしか思えない話になっている。読んでてホイットにいらつかされる。それでも全体としての「軽さ」が損なわれてないのが救い? なにはともあれ「悪女」キャラが立って魅力的。

キング・メーカー ブライアン・ヘイグ 新潮文庫
米陸軍の法務将校<ショーン・ドラモンド>3。元実戦指揮官で反骨精神の塊でへらず口の法律官という主人公のキャラにはまれれば面白く読めます。深みはないけどテンポがいいので個人的には嫌いじゃない。しかしこのタイトルはいきなりネタバレしていると思う。

死、ふたたび シルヴィア・マウルターシュ・ウォルシュ ハヤカワ・ミステリ文庫
04年度MWA賞最優秀ペイパーバック賞受賞作。なんだか重くて暗くて……物語全体に重苦しい哀しみが立ちこめている。陰鬱な話だなあ。で、基本線である現在(といっても1979年)の話はいまひとつピンとこないのだが、だがしかし作中作となる18世紀ヨーロッパを舞台にした「小説」が素晴らしい! これ面白いなあ。これがあってこその受賞なのであった(と思う)。

さりげない殺人者 ロバート・K・タネンボーム 講談社文庫
これもまた1970年代の話。「法と正義のバランス」をテーマにNY地区検察局を舞台にした痛快TV番組、のようなものです。どっかで読んだり見たりしたようなエピソードばっかり。

2004〜05の年末年始に読んでたもの

女神の天秤 フィリップ・マーゴリン 講談社文庫
マーゴリンと言えばリーガル・スリラーと「どんでん返し」の第一人者。なんか久しぶりに読んだ(もともと多作ではないが)。相変わらず巧いことは巧いが「作りすぎ」という気もする。「事件の真相」的な構造であるサブ・ストーリーの方が、メインより面白いぞ。

背信 ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
<スペンサー>31作目。もはや伝統芸能を観てるのに近いかもしれない。生ギネスが嫌いなのはかまわない(俺は好きだね)が、だからと言ってその代わりにバドワイザーを選ぶというのはいかがなものか。

ダーウィンの剃刀 ダン・シモンズ ハヤカワ・ミステリ文庫
保険調査員<ダーウィン・マイナー>もの、つーか、シリーズ化の匂いは濃い作品だがこの一作しかない。ジャンルとしては冒険ミステリなのだろうか、謎ありアクションあり決闘あり蘊蓄あり魅力的なヒーローありの、密度の濃い贅沢な一作。エンターテイメントとは斯くあるべし。

バッテリーIII あさのあつこ 角川文庫
このシリーズは04年最大の収穫と言っても過言ではないね。とにかく早く続きを読みたい!

影なき狙撃者 リチャード・コンドン ハヤカワ・ミステリ文庫
1959年の作品。赤狩りと洗脳と暗殺と親子関係と……。力作であることはわかるし、この時代にこれだけのハイレベルな作品を書いたことは賞賛されてもいい。でもあんまり面白くない。

失われし書庫 ジョン・ダニング ハヤカワ・ミステリ文庫
元刑事の古書店主<クリフ・ジェーンウェイ>シリーズ3。1から12年かかってるが3作目。時代設定は1987年。19世紀の冒険家リチャード・バートンの著作を探しつつ、バートンにまつわる謎を解き明かすという二重構造になってる。導入部からぐいぐい引っ張られるし、過去と現在が交差しながらもテンポがいい。個人的にバートンには興味があったので一層楽しめました。ただ……登場人物それぞれが「魅力的でありながらもアリガチなキャラ」という気がしないでもない。なので意外性が希薄。

灼熱の裁き デイヴッド・L・ロビンズ 新潮社文庫
戦争小説ジャンルでデビューから2作連続の佳作を生み出したロビンズの、なんと「リーガル・スリラー」。ロビンズらしい執拗な描写が登場人物の個性や米国南部の風土と相まって、なんだかやたらに粘ちっこく重苦しい作品になってる。しかしそれは読みにくいということではない。むしろどんどん引き込まれる。しかしロビンズがわざわざこんな(←ネタ的な意味で)作品を書く必要があったのかはちょっと疑問。作者名を伏せて読んだら『まずまず』レベルだろうか。

12月

審判の日 ジャック・ヒギンズ 角川文庫
正義のスーパーテロリスト<ショーン・ディロン>シリーズ8。このシリーズは読んでたり読んでなかったりする。これは薄かった(300頁弱)ので読んだ。テンポがいいのと構成が雑なのとは紙一重ですな。とりあえずハズレを出さない職人芸と言えば言えなくもない。

NYPI ジム・フジッリ 講談社文庫
死んだ妻との対話というネタでは<ボストンのジョン・カディ>シリーズ(←うろおぼえなので違ってるかもしれん)とか、これまでにもかなり印象的なものがあった。その面では新しさもないし、効果的でもない。シリーズ化を意識し過ぎて、作品の背景がおろそかになっている気もする。娘のキャラクターはいいんだけど、それはそれで類型的。次作に期待させる「味」はあるんだが。

血に問えば イアン・ランキン ハヤカワ・ノヴェルズ
<リーバス警部>シリーズ。ポケミスのシリーズだったのがハードカバーになった。値段的にはほとんど変わらないのだけど、本のサイズが違うというのは困る。中味は相変わらずの「独断専行単独主義直感はぐれ捜査のベテラン問題児と、その弟子」。大好き。

密偵ファルコ/水路の連続殺人 リンゼイ・ディヴィス 講談社文庫
<古代ローマン・ハードボイルド>シリーズ9作目。古代を舞台にした現代劇。犯人(らしき人物)が出てきた瞬間にネタバレしてしまうのだが、犯人当てがテーマの小説じゃないから仕方がない……。まあ作者もマンネリを気にしているのだろう、10作目以降への布石がちらちらと見え隠れしている。

完全なる四角 リード・ファレル・コールマン ハヤカワ・ミステリ文庫
この本のカバーのダサさは犯罪的。個人的には買ったらすぐカバーをはずしてしまうので関係ないと言えば関係ないのだが、書店であれを見て買う人間がはたしてどのくらいいるのだろうか。中味は完全な正統ハードボイルド。1978年のNYでのひとつの失踪事件と、20年後に現れた真相。物語が都合よく進むが、それがまた仕掛けでもある。舞台となる78年当時のNYの光景がまざまざと目に浮かび、エピローグともなるラストの感動は今年度のベスト1レベル。

11月

ストリート・ボーイズ ロレンゾ・カルカテラ 新潮文庫
1943年ファシスト政権崩壊後、市民がドイツ軍に立ち向かった「ナポリの四日間」。イタリアでは有名な史実とのこと。フィクションとして組み立て直して、子供たちが機略で軍隊に戦いを挑む物語になってる。痛快で勇壮で、悲しい。

コロラドの血戦 クリントン・マッケンジー 新潮文庫
ロック・クライミングがひとつのテーマでもあるようなのだが、あんまりその魅力とか迫力は感じない。たいして血戦でもないし。犬はいい味出してんだけど。

死刑判決 スコット・トゥロー 講談社文庫
囮弁護士 スコット・トゥロー 文春文庫
読む順番を逆にすればよかった……。トゥロー作品はキンドル郡法曹界クロニクルなのだな。どっちもリーガル・スリラーと言うより「人間ドラマ」です。なにしろトゥローだから水準はクリアしてますが、強いて言うなら「囮」の方がデキがいい。

10月

フランチェスコの暗号 イアン・コールドマン ダスティン・トマスン 新潮文庫
「もうひとつのダ・ヴィンチ・コード」とかいう煽りもあったが、そんだったら「ダ・ヴィンチ・コード」読まなくていいや、と思ってしまった程度。ルネッサンス期の幻の書物(実在する)に隠された暗号解読を中心に若者たちの青春模様を織り交ぜて、ああしたりこうしたり。そんなものどーでもいいや。

消えた人妻 スチュアート・カミンスキー 講談社文庫
常にハズレがないという職人作家の、これまた佳作。主人公<ルー・フォネスカ>は悲しげでさえない中年でタフでもストイックでも強くもないが、これもまた正統的なハードボイルドなのだという見本。

将軍の末裔 エレナ・サンタンジェロ 講談社文庫
都会の「負け犬」OLが突然に広大な土地を相続することになり……というのはありがちな話だが、そこに作者が入れ込む要素が面白い。過去の視点が新鮮。「シマロン・ローズ」をちょっと思い出したが、それとはまた違って過去と現在のクロスさせ方が秀逸。つーか、むしろ過去の話を独立した物語にした方が面白くなるような気もするのだった。

名無しのヒル シェイマス・スミス ハヤカワ・ミステリ文庫
もはや各ベスト10の常連のスミス。「Mr.クイン」「わが名はレッド」ときて、今年はこれ。犯罪ものじゃなかった。が、相変わらずの現実的ニヒリズム(そんな表現があれば)の極致。70年代北アイルランドの拘禁施設を舞台にした暴力と反抗と諦念と、暗くて黒い笑い。

白い雌ライオン ヘニング・マンケル 創元推理文庫
スウェーデンの田舎刑事<クルト・ヴァランダー>シリーズ3。前回の「スパイもの」にもたまげたが、今回は「国際謀略もの」! シリーズ3作目にして3作ともまったく違うテイストなんだから凄い。しかも十分に面白いし。本国では8作目まで刊行されているんだが、はたしてどこまでバリエーションを変え続けているのか、もんのすごーく興味がある。

遺産 D・W・バッファ
不敗の弁護士<アントネッリ>シリーズ4。いわゆるリーガル・スリラーとしては法廷シーンがわりと少ないというのが特徴なのかな。前作の詳細は忘れたので定かではない。今回も水準以上の面白さではあるが、オチに関してはちょっとずるい気もする。

コフィン・ダンサー ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
文庫になったのでようやく読みました(00年邦訳刊行)。面白かった! エンターテイメント的な面ではディーバーの最高傑作だね(もちろん自分が読んだうちでの話)。ご都合主義的な展開もぜーんぜん気にならない。ただね……「事件の真の真相」はいささか腰砕けの感は強い。そんだけのことでわざわざアレしたのかよ!

オーテュポンの祈り 井坂幸太郎 新潮文庫
ファンタジー・ミステリとでも呼べばいいのか、現実感ゼロなのに幸福感に溢れたへんてこな物語。全然期待せずに読んだらやたらと面白いものだった。デビュー作に文庫用加筆されたものだそうだが、設定だけで一冊読ませてしまうというのはたいしたものだ。つーか、まあ、それ(珍妙な設定)だけしかないと言えば言えるのだが。

9月

終わりなき孤独 ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ文庫
中年黒人探偵<デレク・ストレンジ>の2。このシリーズの主役はワシントンDCという街の「現在」なのだな、とよくわかった。相変わらずペレケーノスは「中年おやじ(の苦闘)」を描かせたら当代一。

相棒に気をつけろ 逢坂剛 新潮文庫
男女の世間師(詐欺師)コンビもの5篇の短編集。コンゲームと言うにはなんだかスケールが小さくて浅くてスッキリ感もないし……頭のよくない話。もっと面白くなりそうな気もするんだが。TVドラマには向いてる話かもしれない。

ダーク・レディ リチャード・ノース・パタースン 新潮文庫
この人も「リーガル・スリラーの巨匠」と呼ばれるようになっちゃいましたが、あ、法廷場面がない。それにしても「ごちゃまぜの要素をきちんとまとめる」技術はたいしたもの。球場建設にまつわるウラ話はなかなか面白かった。でもなんか終盤は「この続き」を意識しすぎな気もする。

炎に消えた名画 チャールズ・ウィルフォード 扶桑社ミステリー
1971年作。延々と続く「形而上的芸術論」を面白いと思えるかどうか。個人的にはそこそこ面白かったです。でもこんなやつらどうでもいいや、とは思った。今読んで全然古さを感じないところはさすが。

猟犬たちの山脈 ビング・ウェスト 文春文庫
なんだまた「アメリカ人にとっての正義」か。囚われた友人を救うため敵地で暴れる海兵隊員。セルビア人を悪役にするのは勝手だが、ここまでやると差別的蔑視に近い。主役グループが正規兵でなく予備役というところはちょっと面白い設定ではある。

欺く炎 スザンヌ・チェイズン 二見文庫
以下は前作「火災捜査官」の感想文です。今回もまったく同じ感想。<また火災ネタ。なんか最近やたらと多いのは「9.11」の影響もあるのだろうか。これは前半は主人公の「愚かさ」や周囲の「狭量」にちょっと苛つくが、ちゃんと成長物語になってるので、読み終わってみるとそれなりの感動もある。思わぬ拾い物>。しかし今作でその主人公が前作よりも成長してたかどうかは微妙。

8月

砕かれた街 ローレンス・ブロック 二見文庫
テーマは「再生」。登場人物それぞれにとっての再生を描きながら、『9.11』からのN.Yの再生が根本にある、らしい。この作品に対しては書評でも読者の声でも見事に評価が二分してるとのこと。個人的には、68点くらいかなぁ。ちょっとがっかり。上下巻900頁あるうちの半分はセックスシーン(しかも変態的)だったりもする。かなりエロいです。

シリウス・ファイル ジョン・クリード 新潮文庫
02年に新設されたCWAスティール・ダガー賞、つまり英国推理作家協会最優秀スパイ・冒険・スリラー賞第一回受賞作。雪山あり嵐の海あり銃撃戦あり陰謀ありロマンスありの第一級エンターテイメント。なんつーか……もう少し「深み」があったらマクリーン・クラスの傑作になっただろう。んでも「冒険小説の復活」というコピーには異論なし。

逃走航路 ジョン・リード 二見文庫
しかしその一方でこの程度のものがあったりするから「冒険小説の復活」も簡単にはいかない。前項「シリウス・ファイル」との差が歴然。スーパーヒーローがいれば魅力的な物語になるわけではない。ピンチが何度もあるからといって物語が面白くなるわけではない。なにしろ登場人物すべてが薄っぺらというのはどうにもならない。

ハバナの男たち スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
<スワガー・サーガ>アール編。1953年のキューバが舞台。謀略 vs. 戦士。不得意分野でも無敵のスワガー軍曹。それにしてもアール・スワガーの存在が作品ごとに大きくなってきている。作者自身が初期の作品(作中年代では後になる)でのアールの使い方を後悔していることであろう。ソ連の老スパイのキャラが素晴らしい。彼を主役にした話も読んでみたいものだ。

沈黙の森 C・J・ボックス 講談社文庫
狩猟管理官<ジョー・ピケット>シリーズ一作目にあたり、2001年度に各ミステリー文学賞の新人賞を総なめにしたという作品。主人公の造形、自然描写、家族愛、サスペンスの盛り上げ方、まことにもってよくできている。文字通りの、秀作。

怪盗ニック対女怪盗サンドラ エドワード・D・ホック ハヤカワ・ミステリ文庫
巨匠の名シリーズから10篇を再編した短編集。古き良き時代の(つい最近の作品もあるけど)上品なエンターテイメント。なんにも読むものがない、というときにはちょうどいい長さと面白さ。

観光旅行 デイヴッド・イーリイ ハヤカワ・ミステリ文庫
邦訳は69年に一度出て、その後絶版扱い。昨年度の短編集「ヨットクラブ」での圧倒的な評価を受けての再版となった。中米の小国を舞台にした悪夢と冷笑と混沌。そのバランスが絶妙。テリー・ギリアムに映画化してもらいたいような話です。

13階段 高野和明 講談社文庫
平成13年度江戸川乱歩賞受賞作。巧い。でもまとめ方は強引。そんでもって、なんか窮屈。

ファィナル・カントリー ジェイムズ・クラムリー ハヤカワ・ノヴェルズ
寡作で遅筆で正統派ハードボイルド作家の最後の一人、クラムリーの02年度シルバー・ダガー賞受賞作。この作品でミロも60才になり、ついに自身も「老人」宣言。しかしもちろん、白髪になっても杖をついても相変わらずタフでセンチメンタル。枯れてもハードボイルド。かっこいい。

7月

プロ野球のサムライたち 小関順二 文春新書
著者は現在の野球ジャーナリズム切っての「見巧者」だと思うのだが、これは独特の切り口に欠け、普通の読み物になっちゃってる。そこが残念。入門書だな。なんの入門書なのかはよくわからないが。

バッテリー あさのあつこ 角川文庫
バッテリーII あさのあつこ 角川文庫
野球少年の成長と友情と矜持を描いた小説(ではないと著者は言う)。全6巻(教育画劇)完結してるのだが、文庫版ではまだ2巻目。第一稿着手から10年、ついに、というかやっとというか、じわじわと評判になりつつあるらしい。ジャンルとしては児童書扱いだったからか長らく「知る人ぞ知る」幻の作品だったそうな。なるほどねぇ、あるところにはあるもんだ。文句なしにこれは面白い。これだけのもの子供だけに読ませとくのはもったいないよ。

海賊岬の死体 ジェフ・アボット ハヤカワ・ミステリ文庫
サンダル判事<ホイット・モーズリー>シリーズ2。「海賊の秘宝」探し。かつての<図書館>シリーズと比べてかなり暴力的で血生臭い。しかし間の抜け方は相変わらずで、全体のトーンはあっけらかんとしてる。主人公・ホイット自身、悲惨で深刻な体験もしているはずなのだが、どこまでも脳天気……。ま、そこがいいのです。

隠し剣孤影抄 藤沢周平 文春文庫
隠し剣秋風抄 藤沢周平 文春文庫
ふたつ合わせて全17篇の短編集。「秘剣を習得したことで運命に翻弄される」という物語のバリエーション。秘剣がそんなに何種類もあってたまるか、という気がしないでもない。後の「たそがれ清兵衛」的世界に繋がるラインではあるものの、比較的初期の時代の作品群なので藤沢的な恬淡とした味わいは薄い。

探偵学入門 マイクル・Z・リューイン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
30年の作家生活のさまざまな時期の21編を集めた短編集。中心は近年のリューインの特徴でもある「ほのぼのミステリ」。どれもクオリティが高い。が、しかし、「ほのぼの」系はそれはそれで好きなんだけど……古くからのリューイン愛読者としてはやっぱもの足らないのであった。

夜の回帰線 マイケル・グルーバー 新潮文庫
凄惨な連続殺人とアフリカ呪術と逃亡者とフロリダ。冒頭のとっつきにくさを乗り越えると、あとはぐいぐいと引き込まれていく。物語自体にすごいパワーがあるが、科学では説明できないこともあるのだ、ということをちゃんと説明してない(←なんかへんな言い方だけど)ずるさはある。まあ、とりあえず西洋文明が全てではないのだ、というベースは日本人には受け入れやすいのでは? つーか、中尊寺京極堂が「不思議なことなどないのだ」とか言って出て来そうな話でもある。呪術師の死闘ということで「ガダラの豚」(中島らも)もちょっと思い出した。ベスト10には入ってきそう。

6月

黒十字の騎士 ジェイムズ・パタースン ヴィレッジブックス
11世紀末、十字軍、南仏、聖遺物、宮廷道化師……痛快冒険娯楽活劇というにはちょっと陰惨、歴史小説というにはいささか現代的で脳天気。民衆の反乱という観点で「カムイ伝」を彷彿とさせるところがなくもないが、思想的ななんかがあるわけでもない。考えずに読んでみれば単純に面白いですよ。でもなあ、もっと面白くなりそうな気がするんだが。なんかすごいもったいない。

マネー・ボール マイケル・ルイス ランダムハウス講談社
いやはや近年こんなに面白い本があっただろうか(あったかもしれない)。貧乏球団オークランド・アスレチックスで奇跡の手腕を振るうGMビリー・ビーンとその「常識を破壊する」球団運営哲学。打率も走塁も防御率も球速も守備も若さも重要視しない、それなのになんで勝てるチームを作り出せるのか。少ない資金に苦しみながら(楽しんでいるフシもある?)勝つためのチーム作りを推進するビーンの姿にはドキドキワクワクしてくる。しかしこの面白さは著者の才能によるものだ。いたって現実的な数字優先の世界を、人間ドラマとして描き上げている。正直なところ、ビーンの押し進める「改革」は数字上まことにもって正しいけれど、野球という夢舞台から「幻想」を剥ぎ取るものなのではないか? あくまでもウラ技として扱うべきで、ひとつの球団がやるぶんには小気味良いし興味をかき立たせられるけれども、みんながやり始めたら野球は味気ないものになってしまうだろう。かと言って「金権支配」の現状を支持するものではないが。まぁ、そんなことはさておき、とにかく面白い。野球を知的に考えたい人なら必読。へそ曲がりな話が好きな人も必読。原題は「The Art of Winning An Unfair Game」当然こっちの題の方が内容に即してるし、センスが良い。それにしても、現役GMであるビーンはこれで手の内をさらけ出してしまったわけだが、わざわざそんなことをするからにはなにか「次の手」があるに違いない。それがなにかはすんごい気になる。んでもって余談ですが、しかしアメリカと違って日本では「使える選手を集める」と「金で集める」がほとんどペアで行われているわけで、そしたら貧乏でなおかつ如何なるまともな戦力も手に入らない球団はどうしたらいいのよ? という悲しい気分になったのも事実……。

ワイオミングの惨劇 トレヴェニアン 新潮文庫
伝説の覆面作家、18年ぶりの登場。100年前、鉱山の麓に取り残されたちっぽけな「20マイル」という町を舞台にしたウェスタン小説、と言うか、その小さな町がいかにして消え去って行ったかの物語。陰惨な場面もあるが、邦題はちょっと的はずれ。原題(Incident at Twenty-Mile)の方が100倍いい。あえて「作り物」っぽく書き連ねて行くのに、それがいつの間にか「史実」に逆転してしまうという手腕はお見事。そのエンディングには感嘆。

1985年の奇跡 五十嵐貴久 双葉社
都立高校の弱小野球部に舞い降りたひと夏の奇跡。都下の都立高校(しかも小金井公園)、形だけのクラブ活動、進学ルート落ちこぼれ、夕ニャン、憧れの女子高生……なんだかあまりに自分自身の過去に重なる部分がありそうで、ちょっと積んだままにしてあった。怖かったので。でまあ、痛快青春バカ野球小説のひとつの「佳作」であろう。手に取ったら一気読みできるくらい面白い。面白いけどなーんにも残らない。ま、バカな高校野球部員どもの物語だからしかたがない。あのころの自分もバカだったし。厳密にはひと世代違うんだけど、それはまた別の話。で、少なからずじーんときたりはした……。

女検事サム・キンケイド アラフェア・バーク 文春文庫
ジェイムズ・リー・バークの娘だそうな。アラフェアといえばバークの<ロビショー>シリーズにおける主人公の養女の名前なんだけど、そのまま本人の娘の名前だったの? デビュー作としてはかなりまとまってるが、リーガル・スリラーとしては標準的で意外性はないかも。シリーズになるんだろうな。結局、バークの娘でアラフェアっつーのが一番びっくり。

一茶 藤沢周平 文春文庫
生涯に二万を超える句を詠んだ俳諧師・小林一茶の物語。才能はあるものの成功に縁遠く、労働には無能でプライド高く狷介、結果的には現在に至る名を残したんだからたいしたものなんだが、ついに貧乏のままだったというなんだか空しい生涯。こんなやつどうでもいいや、という気にもなる。旅回りの俳諧師の生態はなかなか面白い。

密偵ファルコ/オリーブの真実 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
<古代ローマン・ハードボイルド>シリーズ8作目。今度の舞台はヒスパニア(スペイン)。読んでてなんだか人名が区別つかなくてまいった。そのうえ陰謀の性質が分かりにくく、展開にちょっと強引さを感じた(←いつものことか)。愛読シリーズでなければ途中で放り出したかもしれない……。部分部分は面白いんだけど。シリーズとしては「ひと区切り」したので今後に期待。

琥珀の望遠鏡 フィリップ・ブルマン 新潮文庫
長篇ファンタジー<ライラの冒険>シリーズ完結編。出るまでに間があいたので(たかだか3〜4ヶ月だが)これまでの話を忘れてしまった。忘れててもいいや。あんまり面白くないから。宗教や神学に批判的なとこは面白い。映画化するの? 映像的にはいいかもね。

5月

馬鹿★テキサス ベン・レーダー ハヤカワ・ミステリ文庫
タイトル(邦題)ほどバカではない。物語の基本はまともだし、バカキャラはほんの数人。MWA賞最優秀新人賞候補作になり、カール・ハイアセンの作風と比べる批評も多かったらしいが、そんなこと言うやつはバカとキチガイは全然別のものだということがわかってない。むしろ「バカ話の女王」イヴァノヴッチの方がカラーは近いね。まぁ、とりあえず面白いことは面白い、つーか、個人的に嫌いじゃない。

骨と歌う女 キャシー・ライクス 講談社文庫
法人類学者<テンペ・ブレナン>シリーズ3作目(でも初めて読んだような気がする)。骨探偵というとギデオン・オリバーを思い出すが、あっちは考古人類学者でこっちは法医学鑑定士という違いらしい(ような気がする)。今回のは暴走族ネタで、ヘルズ・エンジェルズというのが「ちょっとハードなバイク好きの集団」どころではないということを初めて知りました。

黒い川 G・M・フォード 新潮文庫
元新聞記者の作家<フランク・コーソ>シリーズ2。ネタに目新しさはないしプロットも意表を突くようなものではないしキャラクターに飛び抜けた魅力があるわけでもない。でもちゃんと面白い。よけいな不純物を入れてないのでテンポがいいし、読み始めたら最後まで読み手の気を逸らさない。前作「憤怒」と同じく、職人的な技術の高さを感じさせられる。

黄金の島 真保裕一 講談社文庫
日本を追われたヤクザとベトナムと嵐の船出。著者名を知らずに読んでたら、船戸与一か伴野朗だと思ったかもしれない。この人もほんとヴァリエーションの豊富な作家だよな。一般的な評価のことは知らんが、ベトナムとか東南アジアはちょっと体質(高温多湿に弱い)に合わないので50点くらい。船の話は好き。

動機 横山秀夫 文春文庫
短編集としての評価は「このミス2001」国内編2位。表題作は2000年度の日本推理作家協会賞短編賞受賞。なるほど。この作家初めて読んだ。「半落ち」も読んでない。きっと読まない。一貫して感じたのは根底に漂う悪意。なんかちょっと体質に合わないので50点くらい。

鷲の目 デイヴィッド・ダン ハヤカワ・ミステリ文庫
時間を無駄にしてしまった。

4月〜5月なかば

逃亡作法 東山彰良 宝島社文庫
近未来を舞台にした、刑務所〜脱走〜逃亡〜生存闘争という悪漢物。基本的にはバカばっかりで乱暴だけれども、テンポがいい。つーか、それくらいしか誉めるところがない……。『このミステリーがすごい!』大賞の銀賞受賞作を改稿したものだそうです。

代理弁護 リザ・スコットライン 講談社文庫
いつも通り。アベレージ・ヒッターなのでハズレはないんだけど、今回のはちょっとシンを外してる感。

弁護士は奇策で勝負する デイヴィッド・ローゼンフェルト 文春文庫
なんかどっかで読んだような話を集めてきて再構築したみたいな……。悪くはないけど……。語り口が「現在形」というところは新鮮。03年度アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞最終候補作。

駆けてきた少女 東直己 ハヤカワ・ミステリワールド
<ススキノの俺>シリーズ。「俺」にとって理解不能という最悪の敵役登場(実は女子高生)。おそらく今後こいつがシリーズ通しての仇敵になるんだろう。作品的にはちょっとパワーもコダワリもテンポもいまひとつ……。とりあえずラストの話のすっ飛ばし方を受け入れられるかどうかで評価が分かれるところであろうか。私は好きです。

戦慄の眠り グレッグ・アイルズ 講談社文庫
サイコ・サスペンスなんだけど、一筋縄ではいかない。アイルズの狡さと大仰さと娯楽的職人芸がふんだんに織り込まれている。初の女性主人公ということで作者はけっこうノリノリなのではなかったか? でもまあ佳作どまり。

囚人分析医 アンナ・ソルター ハヤカワ・ミステリ文庫
女性司法心理学者<マイケル・ストーン>シリーズの四作目にあたるそうだが、シリーズ初邦訳。著者は性犯罪の専門家。内容もそんな感じで、ちょっと堅くて重い。ただしそれは読みにくいということではありません。03年エドガー賞最優秀ペイパーバック賞ノミネート作品。

雲母の光る道 W・E・ヘイゼルグローブ 創元推理文庫
なんだかんだで「いかにもなぁ」のいささか演出過多な南部話。旧弊で因業で狭量でねっとりと嫌な世界。ミステリーというより文学? とりあえず真の主人公・祖父オースティンの造形は魅力的で、過去と現在のバランスは良。映画にしたら面白いだろうな。

チャーリー退場 アレックス・アトキンスン 創元推理文庫
1955年作「幻の名作」の新訳。演劇/劇場を舞台にしたフーダニットの頂点とも言える「傑作」。ま、今となっては犯人も動機もすぐ判っちゃうんだけど、人物描写も構成も展開も全然古くない。こんな完成度の高いもの書けるのに、これが著者にとっての最初で最後のミステリ長篇というのが最大の謎かも。

3月

天使の遊戯 アンドリュー・テイラー 講談社文庫
現代から過去へと遡るサイコスリラー・サーガ三部作の一作目。どうやら宗教(英国国教会)がひとつの基本テーマとなっているようだ。読み始めてしばらくなんかあんまり面白くないなぁと思うのだが、だんだん物語に引き込まれていく。ラストはけっこう衝撃的。二作目三作目がものすごーく気になる。この作品は一作目というより長い長いプロローグ、かな。

ブルー・アワー T・ジェファーソン・パーカー 講談社文庫
「ブラック・ウォーター」シリーズの一作目にあたる。なるほど、彼と彼女はこういう関係だったのか。これを先に読んでたら「ブラック・ウォーター」も更に面白く読めたはずだなぁ。なんか損した気分。これだけ水準の高いシリーズなんだから順番に訳出していってもらいたかった(しかも版元も代わってるし)。

気分はフルハウス ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
<ステファニー・プラム>物ではない。89年に発表したロマンス小説に手を入れた新シリーズの1作目……なのだが、過激で素っ頓狂なバカバカしいコメディといういつも通りのイヴァノヴィッチ世界。「ロマンス」が中心にある分だけ毒(火薬 !?)が薄くなってるとは言える。

霊峰の血 エリオット・パティスン ハヤカワ・ミステリ文庫
<チベット彷徨>シリーズ3。1よりも2、2よりも3の方が凄い! というか全部違う味わいで、それぞれが「異境ミステリ」「山岳叙情小説」「冒険小説」としてトップクラスの出来。シリーズの基本的なテーマである「大地の癒し」という点ではこの3作目が一番わかりやすいかもしれない。04年度ベストワン候補。

エバーグレイズに消える T・J・マグレガー ハヤカワ・ミステリ文庫
03年度MWA賞最優秀ペイパーバック賞受賞作。えっ!? こんな程度のものが……!? 

マンハッタン狩猟クラブ ジョン・ソール 文春文庫
NYの地下で繰り広げられるマンハント。地下溝の描写には意外とリアリティがあるが、登場人物にはなんだかまったくリアリティを感じない。へんなの。地下都市での追っ駆けっことしては「アンダードッグス」(ロブ・ライアン/文春文庫)の方がはるかに面白い。

ディープサウス・ブルース エース・アトキンス 小学館文庫
ブルース史の大学教授にして素人探偵<ニック・トラヴァーズ>シリーズの3。1(「クロスロード・ブルース」角川文庫)は読んだ。2は訳されてない。キャラ創りとかプロットとかいろいろと甘いところはあるが、気になるほどではない。つーか、こういうのは嫌いじゃない。テンポがよくて、軽くて。ただ、1はブルース系音楽のトリビア的な記述が面白かったのだが、3にはあんまりなかった。それが残念。いや、べつにブルースが好きなわけでもないのだが。

沈黙の叫び マーシャ・マラー 講談社文庫
<女性探偵小説の母>による25年にわたる<シャロン・マコーン>シリーズの21作目。たぶんそのうちのいつくかは読んでるはずだが、読んでなかったとしてもそんなことはこの一冊の質を貶めるものではない。インディアンの血を引く主人公のルーツ探し編。二転三転する物語の最終的な落ち着き方に著者の年輪を感じさせる。普通に、いい作品です。

貧者の晩餐会 イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
短篇集。<リーバス>もの含む21篇。シリーズ愛読者として思い入れがあるぶんリーバス関係の方が面白く読めてしまうが、どれをとっても飛び抜けて質が高い。ランキンの才能がぎっしり。

地底迷宮 マーク・サリヴァン 新潮文庫
ハリウッドが映画化権買ったらしいけどね、面白くないよ。

さよならの接吻 ジェフ・アボット ハヤカワ・ミステリ文庫
ほのぼのサイコ・サスペンス。凄惨なシーンとか異常心理とかイヤな人間とかいろいろ出てくるんだけど、なんだか全体的にほんわかとしてる。作者の人柄なのかねえ。<図書館>シリーズは最後の一作以外は大好きだったので、この<なんとなく判事>シリーズにも期待。

2月

ネプチューンの剣 ウィルバー・スミス ヴィレッジ・ブックス
スミスにしてはやけに薄い本だな、と思ったら「ダイジェスト版の完訳」だとのこと。なんで元本を訳さないのかね? 17世紀、英蘭戦争時の航海冒険物語。さすがダイジェストとあって、あっさり薄味になってしまってもの足りない。

苦い祝宴 S・J・ローザン 創元推理文庫
<チン&スミス>シリーズ5。奇数巻の主役はリディア・チン。チャイナタウンの労働争議に新旧勢力争いが絡んで……。悪くはないんだけど、やっぱりスミス編に比べると感情的な深みに欠けるような気がするんだよな。

子供の眼 リチャード・ノース・パタースン 新潮文庫
技術的には感心するけど、生理的に好きじゃない。面白いと思ったのは法廷場面だけ。

夢の球場の巡礼者たち それからの『フィールド・オブ・ドリームス』 ブレット・H・マンデル 草思社
映画「フィールド・オブ・ドリームス」の撮影に使われた野球場のその後を辿るレポート。そっくりあのまま残されているわけで、もはや聖地となっている。ギリギリ商業化されてないのが救いだが、観光名所にしてしまうのはいかがなものか。とは言っても、まぁ、自分も一度は行ってみたいのだが。

雨の影 バリー・アイスラー ヴィレッジブックス
東京の陰に生きる日系殺し屋<ジョン・レイン>シリーズ2。前作よりもさらにキチンと日本を舞台にできてるところに感心。ハードボイルドとしてのデキもいいが、主人公を含め登場人物がひたすらストイックで「余裕」がないのは作者の日本人観の現れ? 

ラグビー 歓喜と失意のレッスン 日本ラグビー狂会編著 双葉社
03年の第五回ラグビーW杯・豪州大会の総括等。毎度のことながら勉強になります。特にミュージアムへの提言はなかなか興味深い。

1月

ユートピア リンカーン・チャイルド 文春文庫
ハイテク・テーマパーク版ダイハード。舞台も物語も徹底して娯楽を追求した、エンターテイメントの極致。チャイルドがいつもコンビを組むD・プレストンとの共作の方はアクが強すぎて好きじゃないのだが、これは単純に楽しめてよい。ニューヨーク・パブリック・ライブラリーというところから「ティーンエイジのための本 2003」に選出されたらしいが、子供向きというわけではない。

播磨灘物語 司馬遼太郎 講談社文庫
全四巻。秀吉の下で稀代の軍師と言われた黒田官兵衛の生涯。司馬作品としては後期にあたるのかな。本物がそんな人物だったかは別として、個人的には理解しやすいキャラとして描かれているので面白かった。しかし、如水と号して隠居してからの方が彼の本質のような気がするんだが、そこはあんまり触れられてないのがもの足りない。あ、そうか。そっちは播磨灘じゃなくて玄界灘になっちゃうからか。

真剣 海道龍一朗 実業之日本社
新陰流の祖である剣豪・上泉伊勢守の物語。文体が武骨で読みにくいところもあるが、それもまあ剣豪小説としての色を濃くしているという気がしないでもない。とりあえず、今までにない関西弁の使い方にはちょっと感心した。なるほどなあ。

神秘の短剣 フィリップ・プルマン 新潮文庫
ファンタジー<ライラの冒険>三部作の第二部。ドラマとしてはよくできてるが、なんか爽快感がゼロ。こりゃ全然子供向けじゃないな。とりあえず全部読むまで特にコメントはなし。

2003年末〜04年始

半身 サラ・ウォーターズ 創元推理文庫
各方面で絶賛されて、いろんな03年ミステリベスト10の上位に入ってました。が、ぜんぜん面白くなかった。こんな奴らどうなってもわしゃ知らん。興味深かったのは19世紀の女囚監獄の描写だけ。

南極大陸 キム・S・ロビンソン 講談社文庫
作者はSFの人。サバイバル小説にして近未来ユートピア小説といった感じ。スコット、アムンゼン、シャクルトンといった南極冒険史自体も物語の柱になっている。全体として面白いんだけど、サバイバルの原因たる「破壊工作」と犯人のことが終盤でほったらかしになってるのが気になる。まあとりあえず、寒冷地小説マニアとしては高得点を差し上げたい。

武揚伝 佐々木譲 中公文庫
全四巻。北海道開拓小説作家にして冒険小説作家にして歴史小説作家でもある佐々木譲の渾身の一作。理想家にして忠義の人、武人にして文人、技術者にして国際人という(「−にして−」ばっかりだ)榎本武揚の生涯、というか生き様(しかも函館戦争までで切ってしまうところが憎い)。面白いなあ。論議を呼んだらしい徳川慶喜、勝海舟の小物ぶりには個人的に異論なし。作者が武揚に肩入れしすぎてるけど、まったくもってOK。自分のオールタイム・ベスト10にも入るんじゃないかなあ。

シャッター・アイランド デニス・ルヘイン ハヤカワ・ノヴェルズ
なんとラストは袋とじ。そこまでを読んでてD・R・クーンツを感じさせるものがあった。恐怖と狂気。理解不能の謎。久々に読んでて怖いと思った。で、その先にあるのは、悲しく切ない真実といういつものルヘイン節。あざとい、という人もいるだろうけど、泣かせにかかったらルヘインは今世界一なのではないか。ところで原書も袋とじなのかね?

ヨットクラブ デイヴィッド・イーリイ 晶文社
伝説の異色作家の異色短編集。60年代の作品。どれもこれもシニカルでブラックでショッキング、なおかつクオリティが高い。奇跡的な一冊。

魔法使いとリリス シャロン・シン ハヤカワ文庫FT
ファンタジイはたまに読む。たまーに。これは……ピュアと言えばピュアだが、退屈。ただし、クライマックスの魔法対決の場面はなかなか。スピード感とイメージのふくらませ方が見事。

図書室にもどる?
ふりだしにもどる?

2003年12月

亡国のゲーム グレン・ミード 二見文庫
アルカイダがアメリカに前代未聞のテロを仕掛けるというテーマで<9.11>直前に書き上げられた(そして発表が遅らされた)イワクつきの作品。プロットにかなり無理があるもの(←いつものことか)のミードらしい「破滅型主人公」がなかなかよい(←これもいつものことか)。ただまあ、物語中のアメリカ大統領が立派な人物なので現実に比すとリアリティがゼロになってしまうという悲しい欠陥もある。

悪党どもはぶち殺せ! ジスラン・タシュロー 扶桑社ミステリー
悪魔に魂を売った捜査官が犯罪者を(犯罪者でなくても)殺しまくり、最後には神と対決するというというめちゃくちゃな話。「まじめ」な部分がカケラもない……ある意味ちょっとすごい。

鎖 乃南アサ 新潮文庫
「凍える牙」の音道刑事もの。<監禁>がテーマなので「動」よりも「静」の物語なのかと思ったらそんなことはなかった。犯人側と捜査陣の視点を細かく入れ替えることでキレがあって緊迫感を切らせない構成になってる。冒頭から最後の最後まで一気に読ませるパワーとスピードは見事。しかし……主人公をはじめとして女性キャラがみな(端役に至るまで)個性的なのに比べて、男がどれもこれも類型的。オヤジはオヤジらしく、駄目エリートは駄目エリートらしく。これはしかたないのかなあ。

ナンバ走り/古武術の動きを実戦する 矢野龍彦 金田伸夫 織田淳太郎 光文社新書
なるほど、とは思うが全然できません。

よろずや平四郎活人剣 藤沢周平 文春文庫
青空みたいになんにもないけどさわやか。

凍土の牙 ロビン・ホワイト 文春文庫
厳寒のシベリアの大地、無計画な開発、悪いアメリカ人と悪いロシア人、行方不明の娘を探す無力な(でもタフな)市長、絶滅寸前にある虎。読んでてなんか詰め込み過ぎなんじゃないかと思うが、最後にはちゃんとひとつに収まる。主役も脇役もキャラが立ってるし、強引な展開を無理なくうまくまとめ上げてる。シリーズ2作目が待ち遠しい快作。

11月

闇の傀儡師 藤沢周平 文春文庫
間が空いたときに藤沢周平を読むとうのが習慣になってしまった。藤沢的伝奇剣豪小説。田沼時代の将軍擁立絡みの陰謀話。伝奇小説としては陰の部分が薄いけど、だからまあ楽しく読めてよろしい。

スポーツドクター 松樹剛史 集英社
スポーツ専門医とは目の付け所がいい。が、主人公を女子高生にしてしまったので浅ーい話になってしまった。会話口調(特に女子高生同士の)にリアリティがないのもつらい。まぁ、TVドラマだと思えばそれなりにできてはいるのかな……。ドーピング問題についてはけっこうよく調べてある。

ホワイトハウス・コネクション ジャック・ヒギンズ 角川文庫
あれ?、ヒギンズってこないだ死んだよな……あっ、それはギャビン・ライアルか。<ショーン・ディロン>シリーズ7。確かシリーズのうち1作か2作は読んでるはず。久しぶりにヒギンズを読んだけど、いわゆるヒギンズ節は健在。ワンパターンとも言うが、ちゃんと面白いからたいしたものだ。

死のように静かな冬 P・J・パリッシュ ハヤカワ・ミステリ文庫
2001年度アンソニー賞&エドガー賞ノミネート作品、だからそれなりの質はある。自らのかたくなさ故に組織に馴染めない警官が身も心も寒くてぶるぶる震えてる話。シリーズ2作目だが、これから面白くなりそうな予感はする。ただちょっと辛気くさい。

お騒がせなクリスマス ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
爆裂バウンティハンター<ステファニー・プラム>シリーズ番外編のクリスマス・ファンタジー。クリスマスを意識し過ぎて小さくまとまってしまった感じ。本編の愛読者にとってはいささかもの足りない。

黄金の羅針盤 フィリップ・ブルマン 新潮社文庫
ファンタジー<ライラの冒険>三部作の第一部。第一部だからなぁ、まだ「その世界」の社会や文化の説明にあたるちょっと長い「導入部」なのか? こういうものはよくわからん。とりあえず全部読むまで特にコメントはなし。

ラリパッパ・レストラン ニコラス・ブリンコウ 文春文庫
主要キャラから通行人まで、登場人物ほぼ全員がラリってる。悪趣味になりそうでいて、その一歩手前。いやまあ、1ミリ手前くらいかもしれない。でもそんな連中の感覚がまったく理解できないので面白いとは言えない。

獲物のQ スー・グラフトン ハヤカワ・ノヴェルズ
<キンジー・ミルホーン>シリーズ16。今回のは実際にあった未解決事件をモチーフにしている。そのぶん作者に力が入ってるのはわかるが、しかし解決の仕方がちょっとご都合主義っぽくて、作り物感が強くなってるような……。あと、年のせいなんだか「キンジーの天敵にして保護者」だったドーラン警部補がずいぶんと丸くなっちゃってるので、一作目からの読者としてはいささかもの足りない気もするなあ。

アップ・カントリー ネルソン・デミル 講談社文庫
文庫上下巻合わせて1700頁くらいある! 上巻を読んでも読んでも下巻までなかなかたどり着けない。デミルにしてはいささか冗長過なのではないかと気もしてくるが、読み終わってみるとちゃーんと必然の長さなのだと納得させられてしまう。騙されてるんだろうがな……。

マイアミ殺人 懲りないドクター ダーク・ワイル 集英社文庫
原題は「BIOTECHNORGY IS MURDER」。集英社文庫は邦題で中味を判断できないので、もしかしたらと思って読んでみた。読んでみたら……読まなくてもよかった……。

10月

ボストン、非情の街 ウィリアム・ランディ ハヤカワ・ミステリ文庫
青年警察署長の成長物語かと思ったら……。「第二のスコット・トゥロー」と絶賛されたというのは信じられるけど……。多くは語れない……。こんなものは、はっきり言ってイヤ。

グット・パンジィ アンドリュー・ヴァクス ハヤカワ・ミステリ文庫
<バーク>シリーズ12。転換点というより、最終コーナー? 作者はシリーズの着地地点を模索してるようだ。それにしてもヴァクスは壊れたキャラクターを造形するのがうまい。今回の新キャラもとてつもなく変だ。

秘められた伝言 ロバート・ゴダード 講談社文庫
ゴダードいつもの「ダメ人間の巻き込まれ流転物語」。プロットにいつものキレがないし展開にかなり無理がある。もともと人物造形で読ませるタイプじゃないので、そうなるとちょっとキツい。でも意外とラストは好きだったりして。日本を舞台(の一部)に選んだのは日本市場を意識したのか? 

殺人剛速球 デイヴィッド・フェレル 二見文庫
新人豪腕投手を擁し優勝を狙うボストン・レッドソックスに連続殺人事件が絡んで……。せっかくの野球物なのに爽快感がゼロ。珍人集合のブラックコメディとしてもハンパ。着想はいいんだが、創造力も筆力も足らなかったということか。このネタでもっともっと面白くなるはずなのになぁ。

人形の記憶 マーティン・J・スミス 新潮文庫
憤怒 G・M・フォード 新潮文庫
同時期に出たのに好対照。スミスは元ジャーナリストだけあって緻密で理詰め。フォードは職人作家なのでテンポと人物造形主体。というわけなので「憤怒」の方が 10倍くらい面白い。オチも気が利いてる。

火炙り ジョン・ラッツ ハヤカワ・ミステリ文庫
お久しぶりのラッツ(名作「同居人求む」以来か?)。視点を細かく変えながらも読者の気をそらさない展開&構成はさすが。

三屋清左衛門残日録 藤沢周平 文春文庫
藤沢作品の最高傑作とも言われる『隠居老人奮闘記』。なるほど。例によって他の藤沢作品と道具立ては同じなんだけど、風味が全然違う。藤沢周平はじじい話にこそ本質があるということがよーくわかった。それにしても「清々しい枯れ様」というのはあるのだなあ。

火災捜査官 スザンヌ・チェイズン 二見文庫
また火災ネタ。なんか最近やたらと多いのは「9.11」の影響もあるのだろうか。これは前半は主人公の「愚かさ」や周囲の「狭量」にちょっと苛つくが、ちゃんと成長物語になってるので、読み終わってみるとそれなりの感動もある。思わぬ拾い物。

暗黒大陸の悪霊 マイケル・スレイド 文春文庫
<極悪鬼畜サイコホラー的カナダ騎馬警官クロニクル>という大変なシリーズものの一冊。スレイドという名前は知ってはいたが、「嗜虐的殺人描写」というのがだめなのでいままで手にとったことはなかった。たまたま今回は読みましたが(ほんとにたまたま!)巻末解説によればこれは「ぐちゃぐちゃスプラッタ描写」のない例外的な作品らしい。それでもとんでもなくへんてこな話だった。へんてこだけど面白かった。シリーズの他の作品も読むべきだろうか……。とりあえず京極夏彦の京極堂シリーズが読める人ならこれも読める。

9月

殺す警官 サイモン・カーニック 新潮文庫
副業に殺し屋を営む警官。なんかべつに目新しくもない……。乱暴で類型的。でも、バカなんだから考えるより行動すればいい、を徹底してるので主人公の頭の悪さはほとんど気にならない。デビュー作でこれだけの水準にあればたいしたものではある。2003年度バリー賞最優秀英国ミステリ賞部門の候補作。そのくらいのもの。英国産。

黒い犬 スティーヴン・ブース 創元推理文庫
こちらも英国産。地方都市を舞台にした、田舎育ちの青年刑事と才色兼備の洗練された女性刑事のコンビ<クーパー&フライ>シリーズ1作目。この1作目を皮切りに、出す作品が次々と賞を獲るという注目シリーズらしい(本国では4作目まで既刊)。登場人物の背景や土地の情景を緻密に描いている。だからといって、まだるっこしさはない。英国ミステリの王道か。

死者を侮るなかれ ボストン・テラン 文春文庫
ひゃああああ、テランはすごい。最初の一頁目から気を抜くところがない。なんか、頭にバケツかぶせられてガンガン叩かれているみたいだ。クライマックスの銃撃戦シーンだけでも歴史に残る! 傑作!

マッチメイク 不知火京介 講談社
第49回(2003年)江戸川乱歩賞受賞作。プロレス界を舞台に新人レスラーが殺人事件の謎を解く。と言うとかの名シリーズ「フアイアボール・ブルース」を思い出すが……えー、あっちの方がデキがいいです。プロレスという特殊社会を説明するためにはしかたないのだろうが、前半の「用語解説」はうっとうしい。

殺人者の陳列棚 D・プレストン&L・チャイルド 二見文庫
おどろおどろしい、という形容詞がぴったり。著者コンビは「マイケル・クライトンの最大のライバル」とも言われてるようだが、この作品はクライトンからサイエンスを抜いて数層スケールダウンさせたような感じかな。でも商売っ気は同等。

ストレンジ・シティ ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
<テス・モナハン>シリーズ6。ボルチモアに墓のあるエドガー・アラン・ポーがらみの事件。ふむふむ、ポーのことをいろいろと勉強させていただきました。私生活が安定したからか、テスの毒舌が薄まってきているような……。そのへんがちょっともの足りない。

死せるものすべてに ジョン・コナリー 講談社文庫
「羊たちの沈黙」をB級にアレンジしてみました、というちょっとした力作(しかもデビュー作)! ご都合展開もプロットの穴も気にならない。強いて言えば詰め込みすぎ? 凄惨な場面や描写への好みは分かれるかも。2000年度シェイマス賞(アメリカ探偵クラブ主催)最優秀処女長篇賞受賞作。

8月

スポーツルールはなぜ不公平か 生島淳 新潮選書
スポーツにはなんでルールが存在するのか、という深遠な問題の表層をさらっとなぞってみました、という一冊。「スポーツ」の成り立ちを知りたいという人への入門書だね。

雪嵐 ダン・シモンズ ハヤカワ・ノヴェルズ
シリーズ2作目になるのだが、1冊目は読んでない。これが面白かったら1冊目を読もうと思ったんだけど、あまりに面白すぎて逆に読む気が吹っ飛んでしまった。これより面白いわけないんだもんな。冷酷非情な元探偵<ジョー・クルツ>の死闘。法体系からのはみだし者という点でちょっとヴァスクの<バーク>を思わせる部分もある。

五輪の薔薇(氈`」) チャールズ・パリサー ハヤカワ文庫
98年に初訳されたときに(原作は89年)相当話題になったけど、文庫まで待ってた。文庫で全五巻(!)。月一巻の刊行をずーっとためといて全部まとめて読んだ。一気に読んだ。面白いけど疲れた。19世紀初頭ロンドンにおける貧民生活のディテールがハンパじゃない。次から次へと主人公を襲う不運と陰謀にはちょっと花登筺を思い出してしまった。書き上げるのに12年かかったという超力作。スケールが大きいんだか小さいんだかよくわからない超大作。読み終わって「やれやれ」というのが正直なところ。で、その後は? と聞きたくもなるが聞きたくはない。

双眼 多田容子 講談社文庫
著者は実際に武芸経験のある人で、発行当初、技術論的側面を持った<柳生十兵衛本>ということでけっこう評判になってた記憶がある。時代小説の新機軸、とかね。で……ううむ……それは誉めコトバじゃなかったのか……。読み物としてはいささか無骨で、剣豪小説のウソ臭さがないのでもの足りない。物語なんだからホラ話を適度に混ぜないと面白くならないということだな。

テキサスの懲りない面々 ジョー・R・ランズデール 角川文庫
というわけでホラ話の名人による<ハップ&レナード>シリーズ5。いつのまにか(5月末)出てた。危なく見落とすところだった。気がついてよかったよかった。やっぱランズデールはこれだよな。相変わらず慎みがなく乱暴でトラブルだらけ。微妙にセンチメンタル度が上がってるように思うが、シリーズの魅力を損なうものではない。

陰摩羅鬼の瑕 京極夏彦 講談社ノベルス
このシリーズ通して面白いところは、中盤あたりの事件と関係ない場面で(もちろん伏線にはなってるが)中尊寺が蘊蓄垂れる場面なんだよな。なんかいつもあれで漱石の「猫」を思い出すのだが。それだけ。あ、「勝ち組」(336頁)の使い方は作家としてイカガなモノか。

硝煙のトランザム ロブ・ライアン 文春文庫
「アリス」「プーさん」に続いて、今回は銃弾と暴力と復讐の血まみれな「ピーターパン」。ロブ・ライアンがいまひとつ日本で受けないのは登場人物に対して過酷だからかな。自分の作り出すキャラクターに対して愛情がないような気がする。そのぶん思い切ったとんでもない展開ができてるんだけど。ま、普通のことはやりたくないんだろうな。

ビーチハウス ジェイムズ・パターソン ヴィレッジブックス
展開のテンポがいいので読むのはラク。でも物語は表層だけでスカスカ。正義のための「手作り裁判&海賊放送」という発想は面白い。

ギャングスター ロレンゾ・カルカテラ 新潮文庫
NYギャングのボスにまで上り詰めたひとりの男の生涯。暴力と犯罪と友情の(成長)物語。作者の資質なんだろうけど、意外なほどに重苦しさがない。終わってみれば、なんかちょっといい話。

樹海脱出 マーカス・スティーヴンズ 二見文庫
つまらん。

蝉しぐれ 藤沢周平 文春文庫
なるほど。面白いですよ、でもね、なんか藤沢周平ってワンパターンじゃない?

7月

姿なき殺人 ギリアン・スコット 講談社文庫
2000年度英国推理作家協会度最優秀歴史ミステリー賞受賞作。第一次世界大戦終了直後、英国での最初の婦人参政選挙がひとつのテーマとなってる。選挙運動とか、そのただ中にある地方都市の様子とか、なかなか面白い。ただなんか人間関係にしろ社会状況にしろ意外にあっさりしてて、もっとドロドロしててもいいんじゃないかという気はするんだが。とりあえずよくできてます。

地獄じゃどいつもタバコを喫う ジョン・リドリー 角川文庫
著者はスタンダップ・コメディアンから映画の脚本家になった。そのバックボーンがよくわかる。饒舌で、スピード感いっぱいで、バカばっかりで、登場人物がほぼ全員無惨に死ぬ。でもカラっとしてるから読後感は悪くはない。良くもないけど。

損料屋喜八郎始末控え 山本一力 文春文庫
鬼あざみ 諸田玲子 講談社文庫
たまたま続けて読んだので並べたくなった。共に田沼バブル崩壊後の寛政年間が舞台。前者の「損料屋」とは鍋釜布団、所帯道具を庶民に貸し出す商売のこと。主人公はそれを表向きの商売として悪い札差(御家人相手の高利貸)と対決したりする。ちょっとしたコンゲームの趣きもあり、それなりには読ませる。しかしそこには庶民の生活はほとんど描かれてない。せっかく損料屋なんて珍しい設定にしたのに、意味がない。後者は江戸に社会病質者の女がいたら、というような悪女・毒婦もの。悪に惹かれ、欲望のために男を巻き込んで落ちていく様が強烈。なおかつ生活風景も時代背景もきちんと書き込んである。どちらが時代小説として優れているかは歴然。なわけだ。

ブラック・ウォーター T・ジェファーソン・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
シリーズの3作目にあたるらしい(1、2共に未訳)。シリーズ通してのテーマは愛情と信頼のような気がする。事件、捜査、対決という基本ストーリーはあるけど、重点は登場人物それぞれの心情にある。しかも手抜きがない。でも……「サイレント・ジョー」に比べちゃうと「普通の話」なんで物足りなさを感じてしまうのは否めない。

野球とアンパン 佐山和夫 講談社現代新書
アメリカ野球と日本野球では何故ストライク/ボールのコール順が違うのか? その謎を探る一冊。毎度毎度思うのだがこの人、テーマはいいのだが、掘り下げが浅くて、しかも答えは的はずれ。今回も最初に自分で正解(らしきもの=つまり日本人にとって野球は守りのスポーツであるという考え方)を出してるのにわざわざトンチンカンな方向へ話を進めてしまう。日本野球においてはストライクが「打て」ではなく「よし」であるということをもっとちゃんと考えるべきではないのか……とか言いたくなるなぁ。

闇に問いかける男 トマス・H・クック 文春文庫
場面展開が早いのですいすい読めてしまう。作者名を知らずに読み始めたらクックだとは気付かないだろう。でも次々と語られる人々のひとつひとつの「傷」が、ボディブローのように効いてくる。読み進むうちにずっしり。で、最後まで辿り着くと読者も傷だらけで、いつものクック。さすが。

野獣よ牙を研げ ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ文庫
ペレケーノスお得意の<犯罪と暴力と男の友情>。10年前の作品。主人公の造形はなかなか魅力的なんだが「行き当たりばったり」なぶん、感動にはつながらないのが残念。

ヴードゥー・キャデラック フレッド・ウィラード 文春文庫
うひゃひゃ、こういうの大好き! バカばっかりでキレが良くて何の役にも立たなくて反省がない。全力疾走するカール・ハイアセンって感じ。同じようなバカ小説でも前回分の「地獄じゃどいつもタバコを喫う」とは全然ランクが違う。これはもう作家個人の才能の差だ。天才的! でもまったくなんにも得るものがない! 文句なしに今年度ベストテン入り。

夜より暗き闇 マイクル・コナリー 講談社文庫
むむ、これはまたちょっとびっくり。他人から客観的に観たハリー・ボッシュ。しかもその他人というのが「我が心臓の痛み」のテリー・マッケイレブ。どちらのシリーズかと言えば、やっぱり<ボッシュ・シリーズ>以外のなにものでもないが、コナリーのオールスター・キャスト作品ともなってて、まあ「外伝」的なものなのかもしれない。ボッシュのダークサイドが色濃く出てて、その姿は初期のイメージ(扶桑社文庫から出てた頃の)に近いものがある。もちろん今年度ベストテン候補。

沈黙のゲーム グレッグ・アイルズ 講談社文庫
アイルズ初の(?)「ふつうのミステリー」。そのぶんだけアイルズ作品の根本に「親子関係」への執着があるのがよくわかる。まあ、ちょっと「親子」の量も質も濃すぎるような気はするが、そのれはそれでアイルズのアイルズたる所以ではある。それにしても南部出身の作家はなんでこうも土着にこだわるのかね。これもまた今年度ベストテン候補。

真相 ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
シリーズ30作目だそうで。もういいやと思いつつ30作読んでいる。とりあえず……何も考えず淡々とページを繰っていけば……心静かに一冊読み終わる……。環境書籍だな……。

6月

ジェインに舞いおりた奇跡 ファーン・マイケルズ ヴィレッジブックス
トラウマになった過去の事件の犯人探し、という軸はあるが、基本的にはロマンス小説というか、ほのぼの癒し小説というか、そんなもの。犬好きには乗りやすい話。犬の使い方が上手い。幽霊の出し方も。

快傑ムーンはご機嫌ななめ ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
やっつけ仕事で八方ふさがり ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
爆裂ずっこけバウンティハンター<ステファニー・プラム>シリーズ7と8。邦題と内容はほとんど関係がない。原題が毎回巻数に掛けてあるので(それぞれSeven UPとHard Eight)邦題にも数を入れ込んであるんだが、それがまったく効果を生んでない。このタイトルだけで手に取る人間がどれだけいるのであろうか。ま、いいけどさ。内容的にはまたしても爆笑と爆発の嵐。奇人変人のヴァリエーションに事欠かないというのはアメリカならではなんだろうか? それにしてもシリーズ8巻続けて長打連発(=どれも面白い)というのはすごいことだ。

密偵ファルコ/新たな旅立ち リンゼイ・ディヴィス 光文社文庫
<古代ローマの密偵 ファルコ>シリーズ7。旅立ちとはあるが、ローマ市内からは出ない。ファルコの人生においてのひと区切りという意味合い。今回はローマに巣くう裏社会との対決ということもあって、いつにも増して現代的(2千年前の話とは思えない)な仕上がりになってしまっている。そのへんはちょっともの足りない。

朗読者 ベルンハルト・シュリンク 新潮文庫
なんか……いかにもドイツ人の話だなあ……。2年前だか邦訳されたとたんにいろんなところで激賞されてましたが……いやまあ、面白いというか、読み応えありますですけどね……えーと……

密猟者たち トム・フランクリン 創元コンテンポラリ
1999年のMWA最優秀短編賞受賞作の表題作含む10篇の短編集。アメリカ南部、しかも"南部の中心"アラバマのさらにまたごく一部を舞台にした、というか舞台そのものを語った作品集。ストーリーはない(極論)。そこにあるのは風土と人間の描写のみ。これは明確に文学だなぁ。印象も強烈だよ。もともとあのへんは体質的にも好きじゃないんだが(森と沼と湿度と土着のさまざま)、これを読んでなおさら行きたくなくなった。それくらい強烈。

エンジェル・シティ・ブルース ポーラ・L・ウッズ ハヤカワ・ミステリ文庫
主人公はLAの黒人女性刑事。トラウマあり、恋あり、人種確執あり……人物造形とかに目新しさはないけど、「LAの黒人社会」の描き方にはなかなか興味深いものがある。いろんなところで新人賞作品として選出されてるのも宜なるかな。

5月

ファイアウォール アンディ・マクナブ 角川文庫
一流の工作員ではあるもののあんまり賢くない<ニック・ストーン>シリーズ3作目。「ニック・ストーンはまたもや世界を救うが、それでも誰も感謝しない」巻末解説からの孫引きではありますが(名言 ! ! )、まんまその通り。いつもながら現場の描写は「本物」だが……1作目の緊迫感と完成度には遠く及ばない。でもまあ2作目よりはいい。

贖いの地 ガブリエル・コーエン 新潮文庫
2002年度MWA賞最優秀処女長篇賞ノミネート。主人公は刑事なんだが、ミステリーとか警察小説じゃない。人情噺だ。しかし「人情」に寄りかかりすぎて、捜査や事件のディテールが甘いので感動も薄い。デビュー作で比べてはかわいそうだが、スチュアート・カミンスキーの<リーバーマン>シリーズとは雲泥の差。もっと修行が必要。

知と熱/日本ラグビーの変革者・大西鐵之佑 藤島大 文藝春秋
何を隠そう私は大西先生の教え子(とは言っても体育理論・評価D)。書店で見つけたとき、すぐに買いました。でも一年以上積んだままでした。申し訳ありません、で、やっと今読みました。ああ、面白かった。「時代」を築いた偉人の評伝であり、理論の解析でもある。なんであれスポーツのコーチングに関心のある人間なら必読だよ。

ボーン・コレクター ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
ご存じ<寝たきり探偵>。文庫になったのでやっと読んだ。ふぅーむ。いや、面白いですよ、評判に違わず。でも……もっと面白いのかと思った。85点(ということは通常のレベルで測れば傑作の部類ということではある)。

東京サッカーパンチ アイザック・アダムスン 扶桑社ミステリー
東京を訪れた日本通のアメリカ人記者が遭遇する複雑怪奇な事件、という設定のデタラメな小説! 描写も筋立てもデタラメだ! なんじゃこらぁ! という困惑と怒りを乗り越えて読み進んでいくとそのデタラメぶりが快感に変わっていく……というほどにはデキがよくないが、つい許してしまう珍作。個人的にはこういうの好きだなぁ。もう少しプロットがしっかりしてれば合格点をつけてやれるんだが。

捕虜収容所の死 マイケル・ギルバート 創元推理文庫
1952年の作品。収容所内での脱走計画と殺人事件。巻末解説から引用させてもらえば、「空前絶後の奇跡的(なのに埋もれてしまった)傑作」。なんにも異論なし。お見事。

鈎 ドナルド・E・ウェストレイク 文春文庫
さっすがウェストレイク。そこいらのものとはレベルが違う。感嘆。人間がじわじわと壊れていく様が恐ろしい。という訳で、実は好みではないのだった。アメリカ出版界の実状という部分はちょっと面白い。

終止符 ホーカン・ネッセル 講談社文庫
またもやスウェーデン産の警察ミステリ。ただし舞台は「架空の欧州の都市」なので地名や人名がなんだか馴染めない。誰だっけそれ? という場面がしばしばある。94年度のスウェーデン最優秀推理小説賞受賞作品というくらいなのでつまらなくはないのだが。

覇者 ポール・リンゼイ 講談社文庫
リンゼイの作品は「そこそこ面白いけど、それだけ」という印象だったが……今回のはひねりが効いてるし、敵役の造形もいい。「ナチスの消えた絵画」という手垢のついたネタを上手く料理してる。なんか「一皮剥けた」という感じ。

ジャスミン・トレード デニーズ・ハミルトン ハヤカワ・ミステリ文庫
LA移民社会の暗部。その問題を真面目に掘り下げてる。惜しいことに、主人公(女新聞記者)のパーソナリティが不安定なので物語の芯がしっかり作れてない。いろんな賞の処女長篇賞にノミネートされたものの受賞に至らなかったのはそのへんかな。あと一歩。惜しい。

氷雪のサバイバル ディヴィッド・ダン ハヤカワ・ミステリ文庫
アウトドアの追っかけと期待したのに……なんか緊迫感に欠ける。面白くなりそうな要素はいっぱいあるんだがなあ。「陰謀」の解明にだらだらと頁を使いすぎ。しかも結局なんだったのかよくわからない。B級失敗作つーところだなあ。

4月

スパイは異邦に眠る ロバート・ウィルスン ハヤカワ・ミステリ文庫
第二次世界大戦からベルリンの壁崩壊までと続く、純愛と思い出と嘘と裏切り。語り口も上手いしキャラも立ってるし悪くはないんだけど、でも、うーん、ラストがなぁ……。

華栄の丘 宮城谷昌光 文春文庫
古代中国の小国・宋の「戦わない」宰相にして礼節の人、華栄の話。真面目で偉い人の話はあんまり面白くない。

モンスター・ドライブイン ジョー・R・ランズデール 創元SF文庫
1988年の作品。テキサス田舎町の大型ドライブイン・シアターが丸ごと異次元にスリップして……というスラップスティック・スプラッタ・ホラー・バカ話。デタラメでグチョグチョでドロドロの悪夢。いやー、でも続編が読みたくなるよ(いまんとこ未訳)。ははは。

たそがれ清兵衛 藤沢周平 新潮文庫
あれの原作である表題作を含む短編集。なるほど! これはいい。どの作品もしみじみと味わい深く暖かい。でもなー、これ一度に全部読むのはオススメではない。十日に一編ずつ、とか読むとよい。理由は読めばわかる。

用心棒日月抄 藤沢周平 新潮文庫
孤剣 藤沢周平 新潮文庫
刺客 藤沢周平 新潮文庫
凶刃 藤沢周平 新潮文庫
というわけでぶっ通しで読んでみた。用心棒シリーズ。1〜3は短編集、4だけ長編。長い年月をかけて書き続けられていったシリーズなので、テイストというかトーンというか、風味というか、だんだんと変化していってる。構成的には忠臣蔵サイドストーリーといった感じの一冊目が一番良くできてると思う。でもお気に入りは二冊目かな。

甦る男 イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
<リーバス警部シリーズ>の7だか8だか。その反抗的態度故に警察学校で再教育を受けさせられるという出だしが面白い。一匹狼としての苦悩とか、後継者シボーンの成長ぶりとか、過去の亡霊とか、悪徳警官との対決とか、すべてがきちんと収まるべきところへ収まって、それでちゃんと面白い。さすが。

リガの犬たち ヘニング・マンケル 創元推理文庫
マルティン・ベックの後継者たるスウェーデンの警察小説<クルト・ヴァランダー>シリーズの2。やっと2冊目(92年作)の邦訳。わくわくしながら読んだら、なんとびっくり、これはスパイ小説だ! なんでこんなことに!? と隣国ラトヴィアで途方に暮れる主人公と読者。シリーズ2作目でこんな展開とは……もしかしたら毎回違うヴァリエーションで書いてるんだろうか? 3作目が気になる。

イエスのビデオ アンドレアス・エシュバッハ ハヤカワ文庫
ジーザス・クライストのイエス。で、タイトル通りの話。著者はドイツ気鋭のSF作家。壮大なホラ話が小器用にまとまっちゃったという感は否めない。こちとら日本人だからピンとこないのかもしれないが。

3月

餌食 ジョン・サンドフォード 講談社文庫
ミネアポリスの剛腕刑事<ルーカス・ダベンポート>シリーズ10。10作のうち読んでるのは7作くらいであろうか。ときどきハードカバーで出てて、そういうのは読んでなかったりする。そこまで追いかけるほどのシリーズではないということだな。でも読めば面白い。今回の犯人は悪女二人組で、いささか類型的ではあるがそれなりに魅力はある。

大盗禅師 司馬遼太郎 文春文庫
著者自身が全集への収録を拒んだというイワク付きの作品。隠れた傑作、とか巻末解説にあるけどね、本人が失敗作だと思ってたからだろ。だって読んでて首かしげるとこがいっぱいあるぞ。週刊誌連載なんだが、なんだかその場その場で書きつないでいっただけなんじゃないのか。「さあ、ここから」ってところで別の話になっちゃうし、「伏線」らしきものがそれっきりなんにも出てこなかったり。終わり方も唐突。「軍学」のいかがわしさに関する記述なんかはさすがなんだけどな。

憎しみの連鎖 スチュアート・カミンスキー 扶桑社ミステリー
シカゴのオールド・タフガイ<刑事エイブ・リーバーマン>5。今回は人種対立ネタ。いささか甘いところはあるけどあいかわらずの良心的職人芸な人情噺。

冷笑 リンダ・フェアスタイン ハヤカワ・ミステリ文庫
スーパー女検察官<アレックス・クーパー>3。今回、美術界ネタはよく調べてあるけど、肝心のプロットがお粗末。シリーズ中最低。ところで、訳者は名のある人なんだけど、もしかしていささか高齢? なんかへんな訳がちらほらとあるんだけど……。

石に刻まれた時間 ロバート・ゴダード 創元推理文庫
ううむ……やっぱり俺ぁゴダードって好きじゃないのだな。それだけ。

壊人(かいじん) レックス・ミラー 文春文庫
体格・知能・殺人衝動・殺人技術、全てが規格外というキャラクターの登場。内容も表現もプロットも乱暴だが、作品自体のパワーが凄い。「スプラッタパンク」というジャンルがあると初めて知ったが、ほんとにその名にぴったり。1987年の作品。

ハバナ・ミッドナイト ホセ・ラトゥール ハヤカワ・ミステリ文庫
キューバ産ミステリ。時代的にはソ連崩壊直前=キューバの転換期というようなところだが、ハバナはほとんど関係ない。そもそも舞台の大半はメキシコだよ。原題(英題?)は「THE FOOL」。正直で愛国心が強く女好き、そのすべてが裏目に出るという悲しく愚かな話。

覗く デイヴィッド・エリス 講談社文庫
リーガル・スリラーと言っていいのかな。ある意味(読者に対して)フェアではないが、まあそれも芸のうち。つーか、意図的にやっている。ネタバレになるのであとは秘密。2002年度MWA賞最優秀処女長篇賞受賞作。完成度は高い。

ダークライン ジョー・R・ランズデール 早川書房
ハードカバー。1958年の東テキサスの田舎町を舞台にしたランズデール版「少年時代」。ランズデールの最高傑作との声もあるが、「ボトムズ」からおどろおどろしさを抜いて甘く仕上げた感じ。以前からのファンとしてはいささかもの足りない……。でもまあ、「万人にオススメできる」というのはそれはそれでたいしたものだからな。

闇の狩人を撃て P・T・デューターマン 二見文庫
あんまり深く考えなければサクサクと読めてそれなりに面白いです。それだけ。唯一、音響的トリックという概念が目新しくて興味深いものはあった。

2月

マークスの山 高村薫 講談社文庫
文庫化にあたって全面改稿とのこと。10年前に発表された時にあんだけ評判になったのに(直木賞まで獲った)、なんか手にする気がしなかったので今回が初読。高村薫の偏執的な細部へのこだわりが「警察小説」に見事に適合している。話的には全然好きじゃないが、読み始めたら一気に最後まで読み手をそらさない剛腕はお見事。でも疲れる。

テスタメント ジョン・グリシャム 新潮社
近年のグリシャムの「ほーら、いい話でしょ」というあざとさはいささか鼻につく。でもほんとにそう仕上がってるからな……。

火怨 高橋克彦 講談社文庫
坂上田村麻呂のライバルでもあった8世紀末の陸奥の英雄・アテルイの生涯。22年にわたり侵略者である朝廷軍と戦う物語なので、極端なハナシ、合戦と計略の場面しかない。もうちょっと当時の生活とか文化を描いてもよかったのでは。ま、余計なものをいれなかったからこそ面白く仕上がったという見方もあるんだが。吉川英治文学賞受賞作。

ブラディ・リバー・ブルース ジェフリー・ディーヴァー ハヤカワ・ミステリ文庫
ディーヴァーがブレイクする以前のシリーズ<ジョン・ペラム>シリーズ3作中の2作目。これで3作とも邦訳されたことになる。発表は93年。最近のディーヴァー作品とは違ってケレンのない至ってオーソドックスな作りだが、さすがに人物の書き込みとかはそこらの凡百のミステリとの差が歴然としてる。個人的にはこういうもんの方が好きかも。

密偵ファルコ/砂漠の守護神 リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫
古代ローマの<密偵・ファルコ>シリーズ6。久々の邦訳。せめて年に1冊は出してほしいなあ。今回は旅回りの演劇一座に交じってのシリア冒険行という舞台建て。長く続いてる人気シリーズ(現在15作)だけあって、ちゃんと毎回毎回違ったテイストを出して飽きさせないようにしてるわけだな。時代的リアリティという面を気にしなけりゃ(気にならないが)、まことに面白い。

拳銃猿 ヴィクター・ギシュラー ハヤカワ・ミステリ文庫
荒っぽいけど、テンポがいい。随所に入るブラックなギャグも効果的。原題「GUN MONKEYS」を直訳した邦題は大正解。バカばっかりの話だけど構成がきちんとしてるので「バカな本」にはなってない。でもまぁ「読んでタメになる本」でもない。

反撃 L・チャイルド 講談社文庫
流浪の元軍人<ジャック・リーチャー>シリーズ2。前作「キリング・フロアー」同様、プロットも演出も荒いけど面白い。無敵のヒーロー系ドンパチアクション。

天使の帰郷 キャロル・オコンネル 創元推理文庫
ああ、これで今年度ベスト1決定!? 天性の泥棒にして有能な刑事・氷の天使<マロリー>シリーズ4。キャシー・マロリー、過去の清算編。マロリーはいかにしてマロリーとなりしか。今回は登場人物のほぼ全員が嘘つきなのでマロリーの反社会的特性が目立たないのが残念と言えば残念。しかしクライマックスはとんでもなくカッコいい! クールでエキサイティング! マロリー最高!

1月

トロイの木馬 ハモンド・イネス ヴィレッジブックス
1940年、巨匠27歳のときの作品。面白い。微塵も古さを感じない。簡にして要を得ておる。こういうものが未訳で残っているというのは驚きと共にありがたくもある。さっさと訳出されていたら逆に今頃は絶版になってたろうな。ただし、エンディングはちょっと唐突。余韻がない。

ヘルズ・キッチン ジェフリー・ディヴァー ハヤカワ・ミステリ文庫
もともとディーヴァーがブレイクする以前にウィリアム・ジェフリーズ名義で書いていた<ジョン・ペラム>シリーズの完結編(?)。お蔵入りになってたものに手を入れたらしい。いわゆるディーヴァー作品だと期待したら肩すかしを食うくらいに普通のテイスト。とはいえ放火犯の偏執性なんかはいかにもディーヴァー。

サイレント・ジョー T・ジェファーソン・パーカー 早川書房
02年度MWA賞最優秀長篇賞受賞作。さらに各海外ミステリランキングで軒並み上位獲得の傑作。読んで納得、全編通して真面目で真摯で骨太。でもって読後はすっきりさわやか。この開放感こそがこの一冊を傑作たらしめる最大の要因であろう。

破滅への舞踏 マレール・デイ 文春文庫
93年度MWA賞最優秀ペーパーバック賞受賞作。シドニーを舞台にした女探偵物(シリーズの中の3作目とのこと)。至って普通、つまりあんまりオーストラリアらしさを感じない。悪くはないんだけど……。

ラグビー文明論〜2003年W杯への道 中尾亘孝 双葉社
ラグビー・マッドによるラグビー批評。いつも通り、ちょっとでもラグビーに関心があればこの上なく読み甲斐のある一冊。時期的にサッカーW杯への考察もあり。

ブラッシュ・オフ シェイン・マローニー 文春文庫
作者マローニーには「オーストラリアのカール・ハイアセン」という呼び名もあるそうだが、ハイアセン的な突拍子もないキチガイ話ではない。そのぶん爆笑するような部分はないが、コメディとしてはかなりデキがいい。オーストラリア的なおおらかなバカ話。着地もまとまってる。

テキサスは眠らない メアリ=アン・スミス ヴィレッジブックス
一匹狼のFBI女捜査官が処刑目前の死刑囚への裁判を再調査するという基本ストーリーはあるんだが、展開が途中で変わってしまうへんな話。なんか地軸がどんどんずれて行くような……。ま、違和感はないんだけど。テキサスへの悪口だけで一冊書いてみました、という面もあるな。道端の看板、留守電のメッセージ、バカ州知事(モデルは現大統領)等々、ディテールの描き方がうまい。

有り金をぶちこめ ピーター・ドイル 文春文庫
文春文庫オーストラリア3冊セット(破滅への舞踏/ブラッシュ・オフ/有り金をぶちこめ)の中では一番面白かった。小悪党と仲間達の軽快な騒動記。1950年代という時代設定をうまく生かしているし、中編三部という構成もちょうどよい。

狼の震える夜 ウィリアム・K・クルーガー 講談社文庫
前作「凍りつく心臓」より面白かったなあ。個人的にアウトドアでの追っかけ物というのが好きなんだよ。先住民(インディアン)へのリスペクトも今作の方がわかりやすかったたような気がする。ただ、せっかく「パワフルな悪役」を出して来たのに使い方がそっけなくてちょっと不満。

鉄の枷 ミネット・ウォルターズ 創元推理文庫
うひゃあ、なんつーか、人間洞察の泥沼だ、こりゃ。一度入ったら出て行けない。「ヒトの悪意に関する研究と考察」みたいな側面(基本軸か?)があるのに、しかしながら物語のトーン自体は全然暗くない。ま、これで暗かったら救いがなさすぎて読む気にならないけど。やっぱりウォルターズはすごいや。

図書室にもどる?
ふりだしにもどる?

2002年12月

死への祈り ローレンス・ブロック 二見書房
マット・スカダーが自らの歳を「62」と語るのを読んでちょっとびっくり。確かに第一作から25年過ぎてるわけだから、そんな年齢になるのも当たり前なんだけど……。このシリーズには珍しく(と思う)今回はサイコ・キラーが相手。キャラの描き方も展開の意外性もさすがブロック。もの足りないのはスカダーの安定した生活ぶりだけ。でもまあ、ジジイだからしかたがないのか。

さらば、愛しき鈎爪 エリック・ガルシア ヴィレッジブックス
読むか読まざるか一年悩んで、ついに読んだ。なんか異常に評判が良いもんだから。まあね、思ってたよりは面白かったよ。でも……好きになれない。よくできてるけどね……。ヒトに身をやつした恐竜ハードボイルド。所詮は「拾い物」の一冊というところでしょう。

わが心臓の痛み マイクル・コナリー 扶桑社ミステリー
「90年代最高のハードボイルド作家」の手による、99年度アンソニー賞、マカヴィテイ賞、フランス推理小説大賞、各賞受賞作。というくらいだからつまらないわけがない。心臓移植を受けた元FBI捜査官という設定がお見事。ただなんか、ロマンス部分がいささか他のパートから浮いてるような気もする。個人的な好みの問題かしら? クリント・イーストウッド主演で映画化。これはちょっと見たい。

バイク・ガールと野郎ども ダニエル・チャヴァリア ハヤカワ・ミステリ文庫
2001年アメリカ探偵作家クラブ賞ペイパーバック賞受賞作。良くも悪くも、軽快で洒落た一作、としか言いようがない。テンポはいいけど……味は薄い? ま、終盤は面白かった。作者はウルグアイ人。ウルグアイ人作家の作品を読んだのは初めてだな。

殺意のクリスマス・イブ W・バーンハート 講談社文庫
何気ないものなんだけどちょっと心温まるプレゼント、とういう感じの一冊。いろいろと無理はあるんだが、気にならないのは作者の力量と人柄? だからこそ思うんだが、この殺伐とした邦題はいかがなものであろーか。

スキッピング・クリスマス ジョン・グリシャム 小学館
「グリシャムのホームコメディ!?」という帯につられて書店で手にとってしまった。どういうわけだかこのときに著者がスコット・トゥローだと思いこんでしまい「そそそそ、それは読まねばイカン!」と即購入。しばらく混同に気がつかなかったんだから、俺もどうかしてるよな。ま、確かにホーム・コメディではあった。商売上手なグリシャムらしい一作。「クリスマスは煩わしい!」というコンセプトは評価する。でもあざとい。

11月

王立劇場の惨劇 チャールズ・オブライエン ハヤカワ・ミステリ文庫
18世紀後半、フランス革命前のパリを舞台にした歴史ミステリ。歴史物は物語にうまく入れるかどうかが面白さの分かれ目になるんだが、これはそのへんが巧い。まあ、ひとつにはヒロインの思考/行動が現代的であるということが大きな要因かな。

青い虚空 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
いいハッカーと悪いハッカー(クラッカー)の対決。「え、コンピュータ・ネタ!?」とちょっと驚いた。しかしもちろん読者に対する裏切りと罠の達人・ディーヴァーらしさは随所にある。ただどうかなー、ディーヴァーの水準からいくと60点くらい? いやもちろん通常の基準でいくと120点はいくんだけど。

弁護人 S・マルティニ 講談社文庫
リーガル・サスペンスの伝説的金字塔<ポール・マドリアニ>シリーズ復活。出だしはいつもの刑事事件とは無縁の展開で「あれ? 以前とは趣が違うぞ」と思わされるが、そこはそれ、先へ進むにつれてちゃーんとうまいこと読者の期待に応えてくれる。法廷場面は相変わらず知的サスペンスたっぷり。ただ、裁判や証拠集めを通して事件の真相が明らかになっていく、というマドリアニ・シリーズ的観点からするとちょっともの足りなさはあるかな。

一番目に死がありき ジェイムズ・パタースン 角川文庫
分野は違うが自立したキャリアである女性たちの「殺人捜査クラブ」。まあ、テンポはいいし、展開の意外性もさすが職人作家。でも男性作家が女性を主人公にした時に陥りがちな「キャラの作り物感」はつきまとう、かな。犯人の視点の使い方は効果的。

ピーチツリー探偵社 ルース・バーミングハム ハヤカワ・ミステリ文庫
シリーズ1作目だが訳出はMWA賞を獲った2作目の「父に捧げる歌」が先だった。もちろんそっちも読んでるんだけど、ほとんど記憶に残ってない(2001年1月分)。うーむ。これもなんかあんまり印象に残りそうもない……。面白くなくはないんだけど。作者は女性名だけど男。どうしても女探偵物を書きたかったんだろうが、特に違和感はない。そのへんは前出「一番目に死がありき」とは好対照(?)。

10月

トレイシーのミステリ・ノート/花嫁誘拐記念日 クリス・ネリ ハヤカワ・ミステリ文庫
99年度のミステリ各賞の優秀新人候補に軒並みノミネートされたそうだが……結論を言えば、受賞できるほどの作品ではなかったということ。主人公の毒舌も家族関係のややこしさもお話しとしての面白さも<テス・モナハン>の方が上。でもまあ、きっと2作目も買って読むんだろうとは思う。

踊り子の死 ジル・マゴーン 創元推理文庫
フーダニット(犯人当て)の最後の継承者マゴーン。この作品はなんか視点が頻繁に変わるので(意図的にか?)ちょっと物語の進展がわかりにくいところもある。<ロイド&ジュディー>はシリーズものなんだそうだが、これにしても10年以上前の作品。長いこと日本に入ってきてなかったぶんだけ未訳がたくさんあるわけで、それはそれで楽しみではある。かな?

夢なき者たちの絆 マイケル・C・ホワイト 扶桑社ミステリー
これでもかというほどの丁寧な描写と、一人称で淡々と語られる心象は重い。でもグダーソンほどの深さはない。そのぶん読み進めやすい? まあ、面白くなくはないんだが、ラストはちょっとあざとい。

化石の殺人 サラ・アンドリューズ ハヤカワ・ミステリ文庫
主人公は女性地質学者(にして素人探偵)。邦訳2作目(シリーズとしては5作目)だそうだが、1冊目は見落とした(たぶん)。化石学界の話、モルモン教の話、前半はなかなかテンポもよく面白いんだが、終盤はなんかとって付けたようで違和感があるなあ。

絶叫 リンダ・フェアスタイン ハヤカワ・ミステリ文庫
女検事<アレックス・クーパー>シリーズ2作目。各キャラもいいし、キレがあるしテンポもいい。すいすい読めて真に面白い。で、読み終わったら何も残らない。ま、そこがいいところで、ほんとにこういうの好きなんだよ。

追われる男 ジェフリー・ハウスホールド 創元推理文庫
1939年の作品。英国冒険小説における歴史的秀作、なんだそうな。というわけで、読んでびっくり。全然古くない。完成度も高い。スティーブン・ハンターが変名で書いたと言われても信じるくらい。 ただ、ラストに出てくる動機付けはどうかなあ。個人的には蛇足ではないかとも思う。

唇を閉ざせ ハーラン・コーベン 講談社文庫
おなじみの<マイロン・ボライター>シリーズに比べて、シリアスでサスペンスたっぷり。名人は何をやらせても上手い。途中でネタばれしちゃうけど、全然気にならない。マイロン物もこの作品も「社会的地位/不滅の友情/しかも相手は変人」というエレメントに下支えされてるのが、ちょっと「ああ、いつものあれか」。まあ、コーベンにはぜひ一度「貧乏人の話」も書いてほしいものだ。

ハバナ・ベイ マーチン・C・スミス 講談社文庫
解説も帯も裏表紙もよく見ないで買った。そしたら、ええっ! 1頁目でびっくり! なんとアルカージ・レンコじゃないか! そりゃ、マーチン・クルーズ・スミスという作者名で手に取ったんだけど「ハバナ・ベイ」というタイトルだもの、まさかレンコ物だとは微塵も思わなかった。前作から8年ぶりだよ。第一作「ゴーリキー・パーク」からは20年。ロシア人捜査官、キューバに現る。虚無と熱情の出会い。今年のベスト10入り確実。

9月

殺さずにはいられない 1・2 オットー・ペンズラー編 ハヤカワ・ミステリ文庫
「殺人と強迫観念」をテーマとしたアンソロジー。ビッグネームがずらり。文字通り粒ぞろいで、どこを読んでもハズレなし。

戦火の果て デイヴィッド・L・ロビンズ 新潮文庫
第二次大戦欧州戦線の最後の4ヶ月。ベルリン占領というゴールに絡む英米ソの目論見と、前線に立つ個人の生き様。前作「鼠たちの戦争」でも思ったけど、戦場の凄烈さを描かせたらロビンズは当代一だな。あと、よくわからないのはロビンズは何でそんなにロシア人のメンタリティに拘るのかつーことだな。

壬生義士伝 浅田次郎 文春文庫
維新から50年後、数人の回顧という形で新撰組隊士吉村貫一郎の生涯を描く。もうひとつの新撰組隊史という面もあって非常に興味深いし、物語としても面白いんだが、誰が何のために人々の話を聞いて回ってるのかが明らかにされていない。なんで? 

汚辱のゲーム ディーン・クーンツ 講談社文庫
おおー、クーンツの新作! それだけでプラス30点! 読んでみると相変わらずの行き当たりばったりのホラ話。上巻は居心地の悪くなるほどの偏執ホラーなんだが、下巻はなんだかドタバタ喜劇が混じってくる。それでもいい。面白いから。ジャンプ競技で言うと、飛行姿勢はめちゃくちゃなんだけども飛距離はぐんぐん伸びて着地姿勢はピッタリ、という感じ。

わが名はレッド シェイマス・スミス ハヤカワ・ミステリ文庫
300頁ほどの中にそれひとつで充分に一本書けるようなネタがぎっしり。他の作家が同じ要素でやったら長さ三倍の大長編になったんじゃないか。かといって、書き飛ばしているわけじゃない。密度が濃いのに、キレがあるのでサクサクと進んで行ける。だがまあ、その進行方向が普通じゃないわけで……。「Mr.クイン」(前年度ベスト10参照)の作者だけあって読者の感情移入を拒絶するような残酷な物語なんだが、読後にじわじわと効いてくる。

忍者丹波大介 池波正太郎 新潮文庫
火の国の城 池波正太郎 文春文庫
3冊を2日で読んだ。同一主人公による忍者物。さすがと言えばさすが。でもまあ、今となっては古くさい感もなくはない。

今ふたたびの海 ロバート・ゴダード 講談社文庫
18世紀初頭イギリスで起きた南海泡沫事件。日本じゃ世界史の教科書にも出てこない誰も知らない出来事に過ぎない。でも、これを読むと、事件の構図も当時の政治的背景もよくわかる。さすがゴダード。とは言ってもいつも通り、主人公は流されるばかりの無気力人間で感情移入ができない。読み応えはあるけどね、好きになれないんだなあ。

雨に祈りを デニス・レヘイン 角川文庫
作者によればこの5作目をもって<パトリック&アンジー>シリーズは一時休止とのこと。確かにこのまま一定のペースで、なおかつ高水準を保って続けていくのは、作者にも登場人物にもハード過ぎるのかもしれない。まあ、「ミスティック・リバー」という大傑作を読んだ後ではレヘイン(ルヘイン)の他の作品をいっぱい読んでみたいのは確か。とりあえず、パトリック&アンジーとはいつの日か再会できることを祈って。

8月

亡国のイージス 福井晴敏 講談社文庫
2000年度の日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会賞、大藪春彦賞の三賞受賞作品。「ダイ・ハード」プラス「沈黙の艦隊」なんていうありふれた表現はとっくに出てるんだろうが、ほんとにそのまま。前半の緊迫感に比べて中盤以降の暴風加速状態はエンターテイメントを意識し過ぎじゃないかとは思うが、広げた大風呂敷を納めるにはああするしかないのか。最後の最後、とってつけたような終章だが、実はけっこう嫌いではない。

悲しみの四十語 ジャイルズ・プラント ハヤカワ・ミステリ文庫
2001年度英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー賞受賞作。厳寒期のカナダ・オンタリオ州の架空の町が舞台。賞獲ったのはそのローカリティによるところも大きいんだろうな。捜査以外に心を惑わせる刑事の心理、猟奇犯罪に落ち込んでいく犯人の心理、そのへんはうまい。だか、寒さはあんまり感じない。ミシガン北部の寒気を描くハミルトンの方が格段に上。で、それはともかくなんでこういうタイトルなのかさっぱりわからないんだけど……。

ワンダーランドで人が死ぬ ケント・ブレイスウェイト 扶桑社ミステリー
「元FBIで元下院議員で現代詩人で資産家一族の優しい妻と愛らしい子供に恵まれた私立探偵」なんかにハードボイルドの主人公が務まるわけがないだろ。

理由 宮部みゆき 朝日文庫
なるほど。これはまたちょっとたいしたものだ。

破壊天使 ロバート・クレイス 講談社文庫
個人的に大好きないつもの<エルヴィス・コール>シリーズではない。爆弾魔と爆弾に取り憑かれた女刑事との対決。シリアスで緊迫感に満ちた秀作(コール物がそうじゃないということではないが)。それにしても講談社文庫の価格設定はどうなっておるのか。上下各巻320〜330頁ほどで(文庫としては薄いくらい)各990円。合わせて2000円にもなる。今まで700頁超の文庫も平気で出してるくせになんで上下分けたのかもわからん。まあ、救いは値段を全然気にしないだけの質があることだな。

死者を起こせ フレッド・ヴァルガス 創元推理文庫
フレンチ・ミステリ。96年フランス・ミステリ批評家賞受賞作。探偵役が三人の歴史学者、しかも揃いも揃って社会的無能力者という設定がユニーク。それなりに面白い。

氷の刃 ポール・カースン 二見文庫
医学ネタ。二つの事件が絡み合っていく構成がよくできてる。「大陰謀」を思わせながら読み終わってみるとなんだか意外に「姑息な隠蔽工作」だったなあという印象で拍子抜けするが、それでも十分に読み応えはある。それにしても医者は金持ち。

シュガー・ハウス ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
自分に甘く他人に辛辣な女探偵<テス・モナハン>シリーズ5。物語の中では「便宜」を巡る父との軋轢とかあって、珍しく親子関係がぎくしゃくしているが、相変わらず快調。ホイットニーやクロウを交えた「探偵団」活動はもしかしたら今後のルーティンになるかもしれないな。

探偵はいつも憂鬱 スティーヴ・オリヴァー ハヤカワ・ミステリ文庫
シリーズ2作目。1作目では「アメリカ北西部の小都市&1979年」という時代設定の意味がわからなかったのだが、やっと理解できた。コンピュータも存在せず気取ったヤッピーもいない世界、ヴェトナム従軍からのPTSDに悩まされる主人公、そういうものを描きたかったのだな。というわけで1作目よりはるかにいい。ついでに言っておくと邦題から連想されるイメージより内容はずっとシリアス。

弾むリング 北島行徳 文藝春秋
プロレス好きなら必読。

7月

イベリアの雷鳴 逢坂剛 講談社文庫
1940年のマドリードを舞台にしたエスピオナージなんだが……重なり繋がり合っているエピソードがなんだかどれも中途半端で不完全燃焼。三部作(あるいはもっと続く?)の第一部だということなので、しかたないのか? 

骨 ジャン・バーク 講談社文庫
2000年度MWA賞最優秀長編賞受賞作。新聞記者<アイリーン・ケリー>シリーズの7作目だそうなんだが、これより前の作品を読んだことがあるのか記憶にない。残忍で執拗なサイコ・キラーにつきまとわれるというありがちな物語ながら、予想外の「仕掛け」が続いて冒頭からラストまで飽きさせない。ベスト10候補。犬が思ったほど活躍しないのが残念。

ジャックと離婚 コリン・ベイトマン 創元コンテンポラリ
ベルファストのアル中コラムニスト<ダン・スターキー>シリーズの1作目。その主人公があまりに無責任で行き当たりばったりで、いかがなものかと思わずにはいられない。ただ、ベルファストというテロの本場をネタにしたブラック・ユーモア(のとこだけ)は意外に面白い。

愛しのクレメンタン アンドリュー・クラヴァン 創元コンテンポラリ
うひゃあ、これはたまげた!! クラヴァン名義だから人間の悲しみを描いた静謐なミステリーかなと思ったのに、読んでみたら全編セックスと冗句と、おまけに教養に満ち溢れたとんでもなく美しい小説。88年というクラヴァンの初期の作品。作家としての方向性を模索してるとこだったのだろか。訳者(芳澤恵)は大変だったろうなと思わずにいられないが、でも作者も訳者もほんとに力のある人だとよくわかる。珠玉の名作と呼ぶにはあまりにも下ネタが過ぎるし他人には勧められないけどちょっとシアワセでへんてこな一冊。

個性を引き出すスポーツトレーニング 立花龍司 岩波アクティブ新書
野茂や小宮山やメッツで名を上げたあのトレーニング・コーチ。読みやすくわかりやすく正しい理念なんだけど……まあ、スボーツトレーニングの何たるかを知るための入門書と言えなくもない。

審判 D・W・バッファ 文春文庫
共にベスト10上位に入った「弁護」「訴追」に続く三作目。これまでの「法と正義」という枠から離れて、今回のテーマは法における「精神の歪み」というか「狂気」というか「悪意」というか……。読み応えは十分にあるんだが、仕上がりが普通のリーガル・サスペンス風になってしまったことだけがもの足りない。っつーのはゼイタクか。

パリンドローム スチュアート・ウッズ 文春文庫
このタイトルは「回文」のことだそうです。舞台設定はいいんだけどな。91年の作品。やっぱり90年代以降のウッズはつまらない。断言。

誤殺 リンダ・フェアスタイン ハヤカワ・ミステリ文庫
主人公は性犯罪担当検察官。著者は現職のマンハッタン検察庁犯罪訴追課長だそうで、本物なわけだ。物語も面白い。でもシリーズ化しちゃうと(してるけど)どうなのか……リッチで仕事もバリバリこなして美人で友人にも恵まれ、弱点は男関係だけというスーパーウーマン……。人間味を描こうとしたあげくに「登場人物全員イヤなやつ」というドロ沼に落ち込んだ「検屍官」シリーズの二の舞とならなきゃいいが。

爆殺魔/ザ・ボンバー リサ・マールクンド 講談社文庫
スウェーデンは知る人ぞ知る良質なミステリーの産地なわけで、これもまたそれを実証する一冊なのであった。あの国にも性差別が歴然とあるつーのがちょっと意外でした。

笑う未亡人 ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
<スペンサー>シリーズ開始から29年目の29作目。もはや多くを期待していないので、どんなにつまらなくても安心して平穏に読んでいられる。スーザンさんもホークさんも、みなさんお元気そうでなにより(名犬パールだけが老いてくのは動物差別じゃないのか?)。で、会話主導による大雑把なストーリー展開をどうでもいい細かいディテール(料理とか服とか)で色付けするのがこの巨匠のやり方なんだが、だから訳にはもっと注意をはらってほしい。NEW BALANCE shoes を「新しいバランス・シューズ」なんて訳すようではいかん!

第一級殺人弁護 中島博行 講談社文庫
地位も金もない(やる気もあんまりない)横浜の若手弁護士を主役にした連作短編集。陪審制でないために法廷場面で盛り上げられない和製リーガル・ミステリーの生きる道は、短編にあるのだということがよくわかる。

諜報指揮官ヘミングウェイ ダン・シモンズ 扶桑社ミステリー
ダン・シモンズはモダン・ホラーの大御所でもあるわけで、だから全然読んだことがない。この一冊(上下巻だから二冊だ)だけでシモンズを判断してはいかんかな。著者自ら「95パーセントが真実」と言うが、真実だからなのか混沌としててなんだかさっぱりわからない話。でもまあヘミングウェイならさもありなん、とちょっと思った。というこの感想もさっぱりわからんな。

燃える天使 ジェイムズ・リー・バーク 角川文庫
<デイヴ・ロビショー>シリーズ8。これが95年の作品で、<ビリー・ボブ・ホランド>シリーズ第1作の「シマロン・ローズ」が97年。ああ、なるほど、ここからあの設定が出てきたのかと納得。こういう話はわりと好きです。叙情はもちろん、叙景のうまさはいつも通り。

6月

殺しのリスト ローレンス・ブロック 二見文庫
<殺し屋ケラー>初の(唯一の?)長編。でも連作短編とどこが違うの、という気にもなる……。「殺し屋」なので人間の命の扱いが淡泊なのはいたしかたないが、読み応えも淡泊。短編だとそこがキレの良さに感じるんだけどね。常に高水準にある職人ブロックの作品としては、いささかもの足りない。

最も危険な場所 スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
もはや息子/ビリー・ボブから父/アールへと逆流しきった<スワガー・サーガ>。上巻の不条理なまでの緊張感と悪役の迫力は素晴らしい。ハンターの最高傑作か、と思わせるほど。ただまあ、下巻に入るといつもと同じなんだが……。それでも、前回「悪徳の都」での失敗に懲りたのか、若者でなく敢えてじじいを集める「七人のオヤジ」という展開はちょっと楽しい。それにしてもアールの超人性はとどまることを知らんな。なんか「魔界転生」みたいに親子対決が見たくなってきたよ。

炎の記憶 リドリー・ピアスン 角川文庫
シアトルの職人刑事<ルー・ボールト>シリーズ。ピアスンの偉いところは常に新しいネタを用意して、なおかつきちんと取材調査学習咀嚼して提示してくるところだ。シリーズのもう一人の主役・スーパー美女ダフネが人間的弱さをさらけ出してしまうのはちょっと意外な展開。こうなると次回はああなるな、と予想せざるを得ないのだが、ピアスンのことだからきっとそうはならないよ。

バッファロー・ソルジャーズ ロバート・オコナー ハヤカワ・ミステリ文庫
軍隊物ピカレスク。というから「M.A.S.H」や「キャッチ22」を期待したんだが。駐留軍の資材部が舞台なので戦闘はないが、ある意味それ以上に殺伐としてて救いがない。こういうものは好きではありません。

終極の標的 J・C・ポロック ハヤカワ・ミステリ文庫
主役の男女がスーパーヒーロー/ヒロインなのでハラハラドキドキしない。どんな危機でも切り抜けてしまう。でもまあ毎度ながらポロックはテンポよくすいすい読めるし明確な勧善懲悪なので気持ちがいい。

プラムアイランド ネルソン・デミル 文春文庫
「王者のゲーム」(01年11月分参照)に先立つ話。そっか、デミルってこーいう作風が本道だったのか。発端と中盤と結末とで物語の方向性ががらりがらりと変わってしまう不思議な展開。でも全然気にならずにぐいぐいと読み進められる。上辺の要素だけで物事を判断してはいけないという教訓でもある、なわけないか。

骨まで盗んで ドナルド・E・ウエストレイク ハヤカワ・ミステリ文庫
世界一不運な(?)泥棒<ドートマンダー>。93年の作品で長編8作目。今回は国家ネタを下敷きにしたコン・ゲーム。全体のできとしてはいまいち。

老人たちの生活と推理 コリン・ホルト・ソーヤー 創元推理文庫
氷の女王が死んだ   コリン・ホルト・ソーヤー 創元推理文庫
高級老人ホームを舞台にしたコージィ・ミステリー。あちらでは10年で9作を数える人気シリーズらしい。老人(特に婆さん)の独善性と騒々しさに付き合える方ならどうぞ。

八月のマルクス 新野剛志 講談社文庫
99年度江戸川乱歩賞受賞作。マルクスはカール・マルクスではなく、マルクス兄弟の方。「お笑い」ネタ関係の記述が全然笑えない(!!!)のと、事件の動機に少々無理があるのを別にすればテンポいいしよく出来てる。70点。

どこよりも冷たいところ S・J・ローザン 創元推理文庫
<ビル・スミス&リディア・チン>シリーズ4。リディアとスミスが交互に語り手を代わっていくシリーズだが、スミスのときの方が出来がいい(2と4)。著者自身がリディアのキャラを創りきれてないからか。以前デニス・レヘインの<パトリック&アンジー>との違いにちょっとだけ言及したことがあったが、両者の違いは物語の「硬度感」なんだな。レヘインは芯が冷たく硬く、ローザンは芯が柔らかく暖かい。だからレヘインを読むと泣けるし、ローザンを読むとほっとする。どっちも好きですが。アンソニー賞最優秀長編賞受賞。

5月

パンプルムース家の犬 マイケル・ボンド 創元推理文庫
……ついまた読んでしまった。特に面白いとも思ってないんだが、なんか書店で見つけると騙されて手を出しちゃうんだよな……。シリーズ3作目。次は買わないぞー、たぶん。

わしの息子はろくでなし ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
<ステファニー・プラム>シリーズ6。例によってまともな常識人が一人たりとも出てこない。コメディの王道を驀進中。

殺し屋とポストマン マシュー・ブラントン ハヤカワ・ミステリ文庫
殺し屋版「導師とその弟子」かと思いきや、全然そんなことはなくて、でもやっぱりそうだったのかもしれないというお話。無理矢理複雑意味ありげに仕立ててる感がある。邦題はネタばれしているな。

人間たちの絆 スチュアート・カミンスキー 扶桑社ミステリー
<刑事リーバーマン>シリーズ4。いつもながら淡々。いつもながら老人の描き方が見事。いつもながら良質。

囁く谺 ミネット・ウォルターズ 創元推理文庫
読んでも読んでも「謎」の根幹が「どうなって」いたのか、いるのか、いくのか、さっぱりわからない。わからないのに、先へ読み進まずにはいられない。で、読み終わるとちゃんと筋の通った話になっている。ウォルターズはすごいなあ。でもまあ、それぞれの人物の動機付けがいまいちなぶん、ウォルターズにしては完成度が低いとも言えるのかもしれない。

嘲笑う闇夜 ビル・プロンジーニ & バリー・N・マルツバーグ 文春文庫
1976年の作品だが初訳。それでもって今の時代に読んでも一級品のサイコ・サスペンス。始めから終わりまでテンション張りっぱなしだが、小刻みに視点が変わることがクッションにもなっている。ま、多少のゴマカシはあるんだが、全然気にならない。

C. H. E(チェ) 井上尚登 角川文庫
チェ・ゲバラのチェ。南米の架空の小国を舞台にした冒険活劇。強引かつ舌足らずなところはあるが、それなりにちゃんとなってる。「サルサ」の成り立ちについてはこれ読んで初めて知りました。が、まあ、それだけかな……。

フランクリンを盗め フランク・フロスト ハヤカワ・ミステリ文庫
軽めの犯罪青春小説、かな。前半はどーということのないありきたりの物語なんだけど、舞台がアメリカからクレタ島に移ってからは面白い。クレタの人情や社会風俗の描写が新鮮で生き生きとしてる。基本的には劇画なんだけど、さして期待してなかったぶん、ちょっとした拾い物。

東京アンダーワールド ロバート・ホワイティング 角川文庫
最初出た時に買おうかどうか迷ったんだけど、文庫になるまで待ってた。それでよかった。いや、つまらなくはないよ。戦後40年間を通して六本木の帝王と呼ばれたニック・ザペッティを中心に据えた「裏の日本史」。ホワイティング作品はどれもそこそこ面白いんだけど、彼自身の「誤った思い込み」と、「取材対象者の一面的な見方をそのままタレ流ししてる」ような記述がよく見受けられるんだよね。今作もそこがちょっと気になった。でも渾身の力作であるということには変わらないが。

狩りの風よ吹け スティーヴ・ハミルトン ハヤカワ・ミステリ文庫
元マイナー・リーガーにして免許だけの探偵にして「いい人」すぎる中年男<アレックス・マクナイト>シリーズ・3。前2作と比べてキレも鈍くコクも薄い……。季節(いつもは冬)も舞台(いつもは雪深い田舎町)もこれまでと違うからかなあ。おまけになんだかヤな事件で主人公の厭世感も増すばかりであろう。相変わらず野球ネタのところは抜群に面白いんだけど。しかたないので次回作に期待。

4月

血の奔流 ジェス・ウォルター ハヤカワ・ミステリ文庫
カバーにはサイコ・スリラーとあるが、こりゃサイコ・スリラーへのアンチテーゼだ。一時のブームも沈静化して、最近はプロファイリング信仰への批判的否定的な話も多いけど、この作品はその中でも実にわかりやすく「プロファイリングなんてものはあてにならない」ことを描いている。ジャーナリスト出身で実際の事件を取材した経験があるからこそ書けるものだろう。視点が分散して気がそがれる点もあるが、ちょっとした拾い物。

ボトムズ ジョー・R・ランズデール ハヤカワ・ノヴェルズ
やっと読みました。JLファンを公言してるわりには遅かったな。2001年MWA賞最優秀長編賞を獲り、日本でも海外ミステリ・ベスト10の類で軒並み上位に輝いた作品。いやー、それも当然。読み応えあり過ぎる。いわば陰惨で暗鬱な話なのに、読後感はすっきりとさえしている。なんつーか、トマス・クックと比べれば明らかなんだが、素材や見た目は同じでもテイストが全然違う仕上がりなんだな。どっちが上つーことではなくて、好みで評価が分かれるとこだろう。正直言って、初めて万人にお勧めできるランズデール作品。で、これがランズデールのターニングポイントとなるのだろうか。作家としての格が上がっちゃって「ハップ&レナード」の馬鹿テンションが下がったりするのが心配ではある。

ダ・ヴィンチ贋作作戦 トーマス・スワン 角川文庫
美術ネタのコンゲームなのかと思ったら全然違った。愚作。

ヴェトナム戦場の殺人 ディヴィッド・K・ハーフォード 扶桑社ミステリー
ヴェトナムにおける米軍内の犯罪捜査を描いた中編三作。淡々としていながら深みのある良質な一冊。もっと読みたいという気にさせてくれる。

獅子の湖 ハモンド・イネス ヴィレッジ・ブックス
高校生の頃、イネスを夢中になって読みまくった。あとマクリーンとバグリィと。やっぱこういうのはいいねぇ。21世紀となった今では絶滅しかかっている冒険小説。1958年の作品だが初訳。

パリ、殺人区 カーラ・ブラック ハヤカワ・ミステリ文庫
道具建てはいいと思うんだけど、唐突な展開がしばしばあり、進行がわかりにくい。フランスの私立探偵というもののバックグラウンドがまったくわからないので、よけいに首を傾げっぱなしでした。

神の街の殺人 トマス・H・クック 文春文庫
83年の作品だが、そんな古さをミジンも感じさせない。初期のクック作品はエンターテイメントを意識して「普通」に仕上げられているので読みやすい。でもやっぱり重苦しい孤独感と後ろ向きな内省からは逃れられないところがクックのクックたる所以。ソルトレーク・シティとモルモン教がストーリーの根本にあって、こんなこと書いちゃっていいのかなと思わせるような部分が多々ある。それも面白いんだが。

飛蝗の農場 ジェレミー・ドロンフィールド 創元推理文庫
ううーむ、こんな変な小説読んだことない。巻末解説にある「サイコロジカル・スリラーの突然変異的な傑作」というセンテンスが全てを表している。一度読んだら忘れられない作品。映像化不能。あ、飛蝗と書いてバッタ。しかし読み終わっても作者が何故バッタを小道具(大道具か?)に使ったのかさっぱりわからない。

ウイニング・ラン ハーラン・コーベン ハヤカワ・ミステリ文庫
<マイロン・ボライター>シリーズ7作目。ああ、こういうシリーズの進め方もあったのか。マイロンは前作までの(作品上の)スランプからは脱出したようだ。巻末解説(by 北上次郎)も一読の価値あり。

最終章 スティーヴン・グリーンリーフ ハヤカワ・ポケット・ミステリ
<ジョン・タナー>シリーズ14。何度も言うようだが、作中人物は誰一人ジョンとは呼ばない。それが気になってしょうがないまま14冊目。ちょっといつもよりダルな感じがするのだが、しかしこのエンディングには仰天!! シリーズ愛読者にほんとに仰天のラストなのだった。あとは秘密。

マイ・フィールド・オブ・ドリームス/イチローとアメリカの物語 W・P・キンセラ 講談社
日本版のみの書き下ろし企画。俺の敬愛するキンセラ師匠をこういう使い方しないでくれ。せめて訳者/編集者はきちんと大リーグのことを勉強しておくこと。エディ・キコッティはまだしも、誰のことだよ、ロビー・アラモアって!!

3月

似た女 リザ・スコットライン 講談社文庫
文庫のくせに1300円! レジに持って行くまで気がつかなかった! 700頁超あるとはいえ、いくらなんでもその価格設定は納得がいかない! むろん文庫上下巻合わせて1500円超とかいうのを平気で買ってたりはするのだが、2冊と1冊じゃこちらの気持ちが全然違う。このデフレ時代にその値段はねぇだろ! とまぁ、そんなイカリを抱きつつ読んでしまいました。著者いつも通りのリーガル・スリラー。お話しはつまらなくはないが、コストパフォーマンスを考えたらマイナス80点。ついでに、ラストはなんだかずいぶんと苦い。

パイド・パイパー ネビル・シュート 創元推理文庫
1940年の独軍フランス侵攻に巻き込まれ、縁もない子供達を連れてイギリス帰還を目指す老紳士。ちょっとびっくりするのは書かれたのが1942年だということ。ほぼリアルタイム=戦争の渦中でこれだけの作品を書き上げるというのは凄い。浮世離れしたジジイと現実認識ゼロのガキどもの話なのでいささかノンキすぎる部分もあるが、ま、(埋もれた)佳作と言ってさしつかえなかろう。

判事の桃色な日々 トニイ・ダンパー ハヤカワ・ミステリ文庫
前作「犯罪の帝王」を読んで「このシリーズにはもう手を出さない」と思ったのに、作者名をすっかり忘れていたのでついタイトルにひかれて買ってしまった。ああ、つまんなかった。それでも最後までちゃんと読むんだから作者には感謝してもらいたい。もう同じ失敗はしないぞー! 

シルクロードの鬼神 エリオット・パスティン ハヤカワ・ミステリ文庫
舞台は新彊ウイグル自治区。なんで「外国人」にこんな美しく穏やかで、かつ哀しく怒りに満ちた「辺境」の物語が書けるのか。前作「頭蓋骨のマントラ」より更に面白い。今から2002年ベスト1と断言してもいいし、たぶん自分のオールタイムベストの中にも入るであろう秀作。

ホビット/ゆきてかえりし物語 J・R・R・トールキン 原書房
指輪物語(全9巻) J・R・R・トールキン 評論社
「指輪」は20年前に読んだはずなのだが、その時最後まで読んだかどうか記憶がない。今回は読了するのに5日かかった。面白いけどね、釈然としない部分が多々ある。あと、意外と読みにくい。訳文のせいか? だがしかし、さすが異世界ファンタジーの源流にして最高峰。RPGのほぼ全ての要素がここにある。つまり、ゲームにしてもらえればもっとわかりやすいのに、つーことだな。映画も観た。原作のビジュアル・イメージをあそこまで忠実に再現してあるのはスゴイ。んでも、ストーリー的には原作を読み通した人間でないとなんのことやらわからんだろう。あ、これから「指輪」を読む人がいるなら「ホビット」を先に読んでおく方がいいよ。前史だからね。

死の教訓 ジェフリー・ディーヴァー 講談社文庫
初期(93年)の作品。さすがに高水準のデキではあるが、近年に連発されてる「超」高水準を知ってる読者としてはなんだかもの足りない。今のディーヴァーならあと3人は死んでて、ラストにもうひとつなんかあるはずだな。

滝 イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
エジンバラの敬愛すべき酒飲みワーカホリック<リーバス警視>。著者曰く「リアルタイムに年をとる」のでもう50を過ぎてしまった。退職によるシリーズ終焉も近いのかも。しかし今作ではT愛弟子Uシボーンがいよいよ「二代目」として立派に独り立ちしてみせている。愛読者としてはそのままシリーズを引き継いでほしいと思うばかり。

テキサス・ナイト・ランナーズ ジョー・R・ランズデール 文春文庫
昨年度の「ボトムズ」で突如として注目作家の仲間入りしてしまったランズデールの初期(87年)の作品。これ読むと「東テキサス+暴力ネタ」という基本姿勢は現在まで一貫していることがわかる。ただ、若さ故か、あまりにも荒っぽく直線的。余裕がなさすぎる。今までランズデールを読んだことのない人には薦めない。(で、そんなこと言っといて実はまだ肝心のボトムズ読んでないのだった。すまんJL)

テッド・バンディの帰還 マイケル・R・ペリー 創元推理文庫
連続殺人鬼の復活という着想は悪くないのだが、それをまとめるだけの筆力がなかった。というとこかな。申し訳ないが時間の無駄。

2月

パラダイス・サルヴェージ ジョン・フスコ 角川文庫
1979年、イタリア移民三世・ヌンツォの少年時代最後のひと夏。いい話だ。いい話なんだが、読んでてなんか違和感があるのは、主人公の子供っぽい「言動」と、時に大人以上でもある「感性」にギャップがあるからだな。そういう子供だって言われりゃそれまでだが。ま、いい話です。

人にはススメられない仕事 ジョー・R・ランズデール 角川文庫
去年出たランズデールの「ボトムズ」はMWA賞最優秀長編賞受賞し、2001の各ミステリー・ベスト10でも上位に入った佳作とのこと。ハードカヴァーで2000円近くもするので未読なんだが、シリアスな物語だとか。で、こっちはシリアスとは正反対とも言える<ハップ&レナード>シリーズの4作目。あれ? まだ4作目だったのか。いつもどおりテンポよく軽快で乱暴でお下劣でよろしい。

雪に閉ざされた村 ビル・プロンジーニ 扶桑社ミステリー
巨匠・プロンジーニの74年の作品。30年近く経つのに初訳なのかな? 雪で孤立した村を舞台のダイハード。今となっては登場キャラも筋立ても類型的と思えなくもないが、十分に読み応えがある。

ジェヴォーダンの獣 ピエール・ペロー ヴィレッジブックス
100人以上が次々と謎の獣に食い殺されるという、18世紀フランスで実際にあった事件。それを下敷きにした小説。でも真相はやっぱり謎のまま。この原作で映画になりました。

夜の片隅で ジョン・モーガン・ウィルスン ハヤカワ・ミステリ文庫
1頁目にしてポケミス版で読んだことあったと気付いた……。でもまた最後まで読んでしまった。それくらいよくできたハードボイルド。ゲイの元新聞記者の苦悩と絶望と葛藤がテンコ盛りなので、しいて言うならいささか重苦しい。

雨の牙 バリー・アイスラー ヴィレッジブツクス
いやー、ちょっと感心した。東京や日本人の描き方にほとんど違和感がない(いささかステロタイプなのは致し方ないとして)。作者は滞在歴三年&来日経験豊富なアメリカ人弁護士だとか。ま、細かい描写に妙にこだわるかと思えばプロット自体は粗雑だったりするのだが、そこそこ面白い。

暗殺者(キラー) グレッグ・ルッカ 講談社文庫
プロフェッショナル・ボディガード<アティカス・コディアック>シリーズ3作目。いままでで一番面白い。80点あげよう。今回の姿を見せない敵という設定が大当たりだった。途中からそいつがどんどん魅力的になってっちゃう。作者自身が書き進むうちにそう感じたんじゃないのか? で、おそらく最初の構想とは違うエンディングになってったんだろうな。というわけで次作はもっと面白そうだ。

1月

われらが父たちの掟 スコット・トゥロー 文春文庫
主要登場人物全員が25年間の狭間を超えて対面させられる親子の関係。著者自らが「もっとも個人的な小説」というだけあって力作である。そのことはヒシヒシとわかる。でも……「お前らの苦悩なんかどうでもいい」っつーか……。特定の世代のアメリカ人以外には、あんまり面白くないと思うね……。

故郷への苦き想い デヴィッド・ウィルツ 扶桑社ミステリー
ウィルツと言えばホラー系ミステリー、なのであんまり読まない。これはよくある「トラウマを持った男が故郷でトラブルに遭遇し、解決させることで自己の再生へと歩む」というやつらしいので読んでみら、そのままそうだった。少々ツジツマの合わないところはあるが、ま、70点。現代アメリカへの絶望感もひしひし。

ラグビー構造改革 日本ラグビー狂会編・著 双葉社
向井ジャパンが始動して一年、その評価と展望、なのかな。いつもに比べるとキレがないように感じるのは(平尾体制への容赦ない糾弾とは明らかな差!!)、「やってくれるかも」という期待感があるからだろうか。それとも宿沢・向井といった現体制首脳との対談がついてるからかしら。

音楽(秘)講座 山下洋輔×茂木大輔・仙波清彦・徳丸吉彦 新潮社
ジャズの山下洋輔によるクラシック、邦楽、音楽学それぞれのオーソリティとの対談、つーか山下が聞き手となっての講座。悲しいことにこちとらは音楽に素養がないので、3分の2はなんだかわからない。しかし、ところどころわかる部分がとんでもなく示唆に富んでいて刺激的なんだな。知的な一冊。

ミスティック・リバー デニス・ルヘイン ハヤカワ・ノヴェルス
2001年度あらゆるミステリーベスト10で上位に入ったものだが、やっと読みました(買いました)。ハードカバーって高いから……。しかし既にレヘインで通っている著者名をわざわざルヘインとせんでもよかろうに。共有された少年時代と、そこから遠く隔たってしまった現在。あまりにも哀しい「傑作」。

探偵は吹雪の果てに 東直己 ハヤカワ・ノヴェルス
知ってる人は知ってる<ススキノの俺>。久々の登場だが、個人的には日本で有数の優れたハードボイルド・シリーズだと思っている。今回は札幌を遠く離れた雪深い田舎町が舞台の「さらば愛しき人よ」。その田舎描写&年を経ても相変わらずな「俺」の「特殊なダンディズム」ぶりには大笑い。

ロージー・ドーンの誘拐 エリック・ライト ハヤカワ・ミステリ文庫
上質で上品な(そうでもない場面もあるんだが)佳作。2000年度バリー賞受賞を始めとして、いろんなミステリ賞で候補に入ったそうだ。珍しくトロントが舞台になってるが、ただ残念ながらトロントらしさというものは特に感じられない。トロントらしさがなんなのかは知らないが。ま、カナダ人って根本的に緊張感が足らないんだよな、つーのを再認識。

上海の紅い死 ジョー・シャーロン  ハヤカワ・ミステリ文庫
1990年(天安門の翌年)の上海を舞台にした警察小説。政治的転換期の混迷がけっこうよく描けているような気がする。シリーズ化を念頭に置いて書いたようで、終わり方はなんか中途半端だな。アメリカ探偵作家クラブ賞新人賞候補作。

黒く塗れ! マーク・ティムリン 講談社文庫
イギリスでTVシリーズにもなったそうだ……。ヴァイオレンスな探偵ものです。それだけ。

葬儀屋の未亡人 フィリップ・マーゴリン ハヤカワ・ミステリ文庫
主人公の判事に全然「華」がないのと対照的に、女性陣は総じてキャラが立っている。読んでいて誰が主役なのかわからなくなるが、意識的にそうしているんだろう。進行が映画的なぶん、構造が薄い気もするが、マーゴリンの名人芸が十分に堪能できる。

図書室にもどる?
ふりだしにもどる?

2001年12月

虜囚の都 /巴里一九四二 J・ロバート・ジェインズ 文春文庫
ナチ占領下のパリでゲシュタポ捜査官とフランス警察刑事が犯罪を捜査するという設定は興味深いのだが、なんとも話がわかりにくくて入りこめなかった。占領下のパリという社会状況の描写は面白いんだが、その設定の特殊さに頼り切ってるような感もある。欧米では人気あって、既に10作を超えるロングシリーズになってるそうだ。しかし日本人にはどうかなあ。

裏切りの色 マーシャ・シンプスン ハヤカワ・ミステリ文庫
アラスカを舞台に一匹狼の自立した女(犬付き)となると、デイナ・スタベノワのケイト・シュガックものと比較せざるを得ないが、イヌイットの文化・アラスカ社会の描写という点でスタベノワが上(というか、個人的に好き)。ま、MWA賞最優秀新人賞ノミネート作というだけあって、これはこれで面白いんだが。

パンプルムース氏の秘密任務 マイケル・ボンド 創元推理文庫
シリーズ2作目(84年)。作者って(「熊のパディントン」の作者でもある)イギリス人なんだよね? それがフランス人の話を書いてるってことはやっぱりそれなりの「悪意」が潜んでるんだろうか……。これ読んでるとフランス人は食事とセックスにしか興味がないように思えてくるのだが。

曇りなき正義 ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ文庫
ペレケーノスの新シリーズ。今シリーズのテーマは「人種」になりそうだ。白人と黒人。なんか結局分かり合えない、つーことになっちゃうのだろうか。だがしかしそんなことはどうでもよく(ほんとはよくない)、相変わらずペレケーノスの描く男達が最高にかっこいい。ああ、ほんとにかっこいい!!

11月

クライシス・フォア アンディ・マクナブ 角川文庫
前作「リモート・コントロール」のハラハラドキドキ&スピード感に比べて格段落ちの感は否めない。ひとつには主人公ニック・ストーンが今回はあんまり頭のよくない人間にしか思えないからだ。ま、自分でもそう言ってるんだけど。だがしかし「目標監視」シーンのくどいほどの描写と緊張感はさすが本物の元SAS。あ、ちなみに影の悪役がオサマ・ビンラディンという今話題の人です。

黒い囚人馬車 マーク・グレアム ハヤカワ・ポケット・ミステリ
1876年フィラデルフィア万国博が舞台。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞受賞作ということでちょっと期待して読み始めたのだが、全然面白くならない。もしかして時代設定だけが評価されたのか? と思ったら最後の最後(だけが)、俄然面白かった。この作者の初邦訳作品なんだがシリーズの三作目らしい。

捜査官ケイト/夜勤 ローリー・キング 集英社文庫
シリーズ4作目、久々の邦訳。ワーカホリックでレズの女刑事。(生活上の)パートナーへの依存度が一作ごとに高くなってきてるのはいいことなのか悪いことなのか。毎度ながら「男」に厳しい。

震える岩 宮部みゆき 講談社文庫
天狗風 宮部みゆき 講談社文庫
霊験お初捕物控の一、二。宮部みゆきの時代物は好きです。ほんとに名手だなあ、と思う。ただ「天狗」の場合、新聞連載で広い読者層を想定したのだろうが「鉄」という特殊なキャラはいかがなものか。全体のトーンから見てもかなり違和感があるのだが……。

本末転倒の男たち ジェリー・レイン 扶桑社ミステリー
イギリスものにはよくあるような気するが……地味なクライム・ノベル。登場人物全員どこかなげやりで腰が据わってない。そこが現代的、とでも言うべきか。「頭の悪さ」に途中まで乗れなかったんだが、落としどころがうまいので56点。

心の砕ける音 トマス・H・クック 文春文庫
買ったままで2か月、やっと読みました。クックを読んでると気分が落ち込んでくるので、なかなか読み出せないんですよ。これも、なんか暗くて重くて苦しいんだけど、読み出しちゃうとやめられない。例によって読者を引きずり込んで離さない泥沼になってる。ただ、この作品のラストには意表を突かれてちょっと驚かされた。これまでの記憶シリーズとはちょこっと傾向が違ってる。おすすめです。

有限と微小のパン 森博嗣 講談社文庫
頭のいい人間を頭のいい人間として描くというのは難しい。森博嗣ってほんとに頭がいい人間なんだなあと思うのは、頭のいい人間という設定の人間をちゃんと頭のいい人間だと読者に納得させられる作家だからである。今回は特に頭のいい人間しか出てこない小説で、しかもちゃんと頭のいい人間しか出てこない小説として成立してるからすごい。犀川&萌絵シリーズ10(にして最終話らしい)。

王者のゲーム ネルソン・デミル 講談社文庫
デミルってこんなに軽かったっけか? と思うぐらいに軽妙な語り口。上下巻あわせて1500頁がすいすい読める。どんな事態に直面しても茶化さずにはいられない主人公のキャラは、ちょっとやりすぎの感もなくないんだが。NY市警、FBI、CIAの色づけも、類型的……。ま、面白いんだからよしとしよう。冒頭のハイジャック場面は「連続自爆テロ」を暗示していたかのようだ。

深夜特別放送 ジョン・ダニング ハヤカワ・ミステリ文庫
待ちに待ってたダニングの新作。舞台は1942年の東海岸にあるラジオ局。ラジオドラマ製作の場面や、ベースに横たわる殺人事件の謎とか、全編読みどころ(←変な言い方)。もちろんベスト10候補。

10月

愛しき者はすべて去りゆく デニス・レヘイン 角川文庫
<パトリック&アンジー>シリーズ4。このシリーズがどれも当代きってのハードボイルド作品として高く評価されるのは、その卓越した人物造形であり、テンポのいい語り口であり、飛び抜けた描写力によるものである。つーと、欠点がないようだが、ない(強いて言えば登場人物がみんなみんな幼なじみだという特殊な地域性が日本人には理解しにくいところだろうか)。今年のベスト1候補!! でも切なく哀しい……。(個人的には本筋には全然関係ない子供たちのTボール場面が大好き)

危険のP スー・グラフトン ハヤカワ・ノヴェルス
<キンジー・ミルホーン>シリーズ15。出たらハードカバーでもすぐ買う、という数少ないお好みシリーズ。ま、いつもどおりの70点。時代設定(今回でもまだ1986年)が現実とどんどん離れていく、というのはこの先つらくないかなあ。ほんとにZまで続くのだろか?

神は銃弾 ボストン・テラン 文春文庫
残酷で冷徹で狂気に溢れた凄まじいパワーのある作品。個人的には好きじゃないけどね。どうしても違和感があったのは、ヤク中と田舎者と狂人の物語にしては会話が高尚過ぎるところ。隠喩や警句のオンパレードでかえってなに言ってんのかわからないよ。途中で「ああ、こりゃ神曲か」と気付いたが「神曲」より面白いのは確かだ。個人的には好きじゃないけどね。

ファストフードが世界を食いつくす エリック・シュローサー 草思社
なんかちょっと世間の評判になってるらしい本。業界側としては消費者に絶対読ませたくないだろうな。これ読んだらハンバーガーを食おうという気にはならないね。ま、ある部分は日本国内の居酒屋チェーンにも通じる問題だ。あと、これ読んで何故マ●ドナルドがしつこくフライドポテトを注文させたがるのかという謎が解けた。商品の中でポテトが一番利益幅がでかいんだそうだ。なーるへそ。

墜落のある風景 マイケル・フレイン 創元推理文庫
ある種の知的パズル。偶然に見つけた「幻のブリューゲル絵画」を巡る騒動。と言ってもドタバタするのは主人公一人だけ。社会的無能さを自覚してない学者バカのモノローグに着いていければ十分に面白い。ブリューゲルについての基礎知識があればなお面白い、つーか、ないと辛いかも。

9ミリの挽歌 ロブ・ライアン 文春文庫
ライアンの前作「アンダードッグス」は2000年私的BEST10に入れたお気に入りの怪作。で、こんどのも見事な構成&キャラクター設定に感嘆。終盤の凄惨な銃撃戦の書き込みもちょっとスゴい。ただし物語自体が暴力的なので「お気に入り」とはいかないが。「くまのプーさん」を下敷きにしたハナシなんだが、言われなければ誰も気がつきゃしないよ。

捕食者の貌 トム・サヴェージ ハヤカワ・ミステリ文庫
「読み出したら止まらない」系の作品。ほんとに一気に読めるのだが、いろいろと無理があるので56点。

鷲と虎 佐々木譲 角川文庫
かの「開戦前夜三部作」に連なるもの。こっちの方が時代はちょっと前。空中戦が戦闘機による一対一の「対決」だった頃の話。大日本帝国がいかにして日中戦争を拡大して行ったのかもよくわかる。

探偵ムーディー、営業中 スティーブ・オリヴァー ハヤカワ・ミステリ文庫
1978年のスポーカン(アメリカ北西部の小都市)が舞台。なんでその時代でその場所なのかは全然わからない。主人公はタクシー運転手にして精神病歴のある30男、と言うと「タクシードライバー」のデ・ニーロを想像するかもしれないが、あそこまではキ●ガイではない。どーということはない小説なんだが、シリーズになってるのなら続きが読みたいとはちょっと思う。

難事件鑑定人 サリー・ライト ハヤカワ・ミステリ文庫
こっちは1961年のスコットランド。なんでその時代でその場所なのかはよくわからない。知的な話だなぁとは思うが、登場人物紹介欄に52人の名があることでわかるように、誰が誰やらさっぱりわからない。2000年度アメリカ探偵クラブ賞最終候補作。

凍りつく心臓 ウィリアム・K・クルーガー 講談社文庫
スティーブ・ハミルトンの「氷の闇を越えて」(00年私的ベスト10の9位)と各賞を争って、こっちは99年度アンソニー賞&バリー賞最優秀処女長編賞受賞作。どっちも北ミシガンのインディアン居留地が舞台で季節は厳寒の真冬で主人公は元警官。あっちもこっちも面白いんだが、どっちが上かは個人の好み次第。(おらぁ「氷」の方が好み)

ロウソクのために1シリングを ジョセフィン・テイ ハヤカワ・ポケット・ミステリ
1936年の作品。なんつーか、古き良き優雅なミステリー。知ってる人なら「ああ、あの!」で通る名作「時の娘」のジョセフィン・テイでありグラント警部である。知らない人は「時の娘」(ハヤカワ・ミステリ文庫刊)を読みなさい。

9月

死のオブジェ キャロル・オコンネル 創元推理文庫
<キャシー・マロリー>シリーズの3作目。とにかくマロリーはじめ登場キャラクターがみんな強烈。おまけに物語の骨格もきちんとできてる。絶賛するぞ。まだ読んでない人ははやく1作目から読みなさい。今回、マロリーにほのかな人間性が見えたと思ったらラストには早くもシリーズの大きな展開点が用意されていた。まったく予期してなかった。うーん気になる。この先どうなっていくんだろう?

路上の弁護士 ジョン・グリシャム 新潮文庫
ここんとこのグリシャムの作品は主要登場人物が法曹関係者というだけで、一貫した傾向がない。リーガル・エンターティメントとしか言いようがないね。内容も軽くなってる。流行作家としてこなれたつーことか? まあ、それなりに面白いからいいか、とは思うが。しかし主軸となる「ホームレス問題」にしても「ぼくvs.事務所」の問題にしても、本来深刻であるべきテーマなのに、いまひとつ現実の重みが感じられない。読み終わって最初に浮かんだ感想は「おとぎ話」だった。

けちんぼフレッドを探せ ジャネット・イヴァノヴィッチ 扶桑社ミステリー
ずっこけ賞金稼ぎ(としか表現しようがない)<ステファニー・プラム>シリーズの5。本人の意志に関係なくモノ(やヒト)が壊れるという爆発キャラはいよいよ全開。上手い、面白い、退屈しない。作者はもともとロマンス作家なんだそうだが、ロマンス小説もこのシリーズと同じようなドタバタ・トーンらしい。なんかそれはそれでちょっと読んでみたい。

不完全な他人 スチュアート・ウッズ 角川書店
交換殺人ネタ。交換取引した相手がサイコ男と判明してくる前半三分の一くらいまでのサスペンスには、さすがウッズと思ったものの、後半は……。名作「警察署長」から20年、そろそろウッズという名前だけで買うのはやめようかな……。

密告 真保裕一 講談社文庫
組織内で孤立する警官の無力な単独捜査。警察も役人、という「小役人シリーズ」の線上にある作品。真保裕一と言えば綿密な取材がウリなんだが、今回の「組織」からはあまり協力を得られなかったらしい。そのせいか、なんとなく歯切れの悪さを感じる。あと、主人公の妄念とも言えるある感情がいまひとつ理解できない。ああ、ここんとこは「奇跡の人」にも通じるとこがあるか……。つまらない、つーことではないのだが。

24時間 グレッグ・アイルズ 講談社文庫
誘拐もの。5才の娘を拐われた父母が意志堅固なスーパー両親なので、読んでてもあんまりハラハラドキドキしない……。でも道具立ての巧さはさすがアイルズ。あと、この身代金受け取り計画は秀逸だと思うね。映画化を念頭に書いたと思しき場面も多いが、ほんとに映画化されるようだ。

確信犯 スティーヴン・ホーン ハヤカワ・ミステリ文庫
よくある「リーガル・ミステリー界に新星現る!!」つーやつ。まぁ、そこそこ読ませてはくれるが、途中から話に大ネタをぶち込んでしまったために、収拾をつけるのに苦労している。終わりよければすべてよし、とは言ってもちょっとそれズルいというような終盤でした。

シャドウ・ファイル/狩る ケイ・フーパー ハヤカワ・ミステリ文庫
三部作完結編。二部がつまらなかった上に作者の本分がロマンス作家という先入観で、全然期待してなかった。そしたらとんでもない。サイコ・ホラー・ミステリの一級品に仕上がっている。いやー、ほんとに面白い。だがしかしその一方、この第三部の完成度が高すぎて、ここの中だけで「シャドウ・ファイル」世界が成立してしまっている。つまり一部二部ともに読まなくてもいいものになっちゃったのだ。商売としては失敗? (5月分&7月分参照)

カリフォルニアの炎 ドン・ウィンズロウ 角川文庫
ここ数年、一番好きな作家。おそらく原文もそうなのだろうが、現在形を多様した今回の文体がすごくいい。主役はへらず口を閉じさせて、健康的にしたニール・ケアリー。相変わらずキャラ作りの才はピカ一。敵役の造形も見事。

8月

ビッグ・トラブル デイブ・バリー 新潮文庫
当代アメリカきってのお笑いコラムニスト、デイブ・バリーの処女長編小説。立派にお笑いバカ話になっている。バリー本人言うところの「南フロリダ奇人変人大集合どたばた小説の名手カール・ハイアセン」と比べると(そんな大家と比べちゃいけないが)スケールが小さいのは否めないが、ギャグのキレではけしてひけを取ってない。で、映画化されるらしい。

凶運を語る女 ドナルド・ジェイムズ 扶桑社ミステリー
99年のベスト10候補にもなった「モスクワ、2015年」の続編、というかその2年後の話。内戦、犯罪、政治、家族の事情と、なんでもありだった前作からと比べると今度のはシンプルな警察小説と言える。面白いんだけど、近未来という設定に意味があるのかどうかよくわからない。

女刑事音道貴子/花散る頃の殺人 乃南アサ 新潮文庫
名作「凍える牙」の音道刑事を主人公にした連作短編。彼女のキャラは短編の方が生きるような気がするな。その天敵(?)・滝沢刑事にはちょっと作り過ぎの感を否めない。

犯罪の帝王 トニイ・ダンパー ハヤカワ・ミステリ文庫
……。この作者の作品は本邦初登場だが、シリーズ5作目にあたるものだとか。しかしこの前の話も次の話も、さして読んでみたいと思わない……。それはさておき、ニューオーリンズを舞台にした小説って多いなあ。数的にNYの次くらいじゃないか? なんで? 悪い奴がいっぱいいるから?

パンプルムース氏のおすすめ料理 マイケル・ボンド 創元推理文庫
ボンドは「くまのパディントン」の作者でもあるらしい。この作品はシリーズ第一作であるらしい。主人公は元パリ警視庁刑事のグルメ評論家であるらしい。日本ではこのシリーズはこれを含めて二作品しか訳されてないらしい。それはどっちも売れ行きがよくなかったらしい。で、まあ、読んでみてどうだったかと言うと……可もなし不可もなし……

フアイアボール・ブルース2 桐野夏生 文春文庫
女子プロレスを舞台にした……なんだろう? 青春小説だろうか? よくわからん。1も2も面白いけど、あっさりしすぎている。影の主人公たる火渡の淡泊なキャラ故か。「近田本人によるあとがき」が一番いい。

バッドラック・ムーン マイクル・コナリー 講談社文庫
コナリーくらいの名人になってしまうと、もうハズレというものがない。これはいつものハリー・ボッシュものではなく、プロフェッショナルの女泥棒が主人公。コナリーよ、あんたはどこでこんなことを調べてきたんだ? というくらい微に入り細に入った泥棒描写が見事。ボッシュもの方の次作も講談社文庫とのことで、コナリーの版権は講談社に移ったようだな。どうでもいいけど。

汚名 ヴンセント・ザンドリ 文春文庫
突然の脱走事件を皮切りに、無実の罪で追われることになった刑務所長。テンポもいいし、主人公のキャラもちゃんと立ってる。最終的な解決手段が少々安易な気もするが、ぜひこのままシリーズで読みたいと思わせる佳作。しかしながら、訳者あとがきで明かされたショッキングな事実にびっくり。へええ。

紙の迷宮 デイヴッド・リス ハヤカワ・ミステリ文庫
18世紀初頭のロンドン、ボクサー上がりの私立探偵(そんな商売はまだないが、そうとしか表現しようがない)が父の死にまつわる金融事件を解明するという変わり種の小説。2001年MWA賞最優秀新人賞受賞。当時の風俗や社会の描写が興味深い。

泥棒はライ麦畑で追いかける ローレンス・ブロック ハヤカワ・ポケット・ミステリ
相変わらずの名人芸。タイトルから予想できるように「世捨て人の伝説の作家」絡みのひと騒動。

7月

司法戦争 中嶋博行 講談社文庫
ジャパニーズ・リーガル・スリラー。あちこち無理があるとは思うが、それをねじ伏せる力がある。司法界の現状とかも分かって面白い。

魔の淵 ヘイク・タルボット ハヤカワ・ポケット・ミステリ
歴代密室ミステリランキング2位という幻の一作。何が幻かと言うと、1944年の作品なのにちゃんと本の形で日本で出版されたのはこれが初めてだからだ。確かにパズルとしてはよくできてる。でも物語としては退屈。

来年があるさ ドリス・カーンズ・グッドウィン ベースボール・マガジン社
昨年邦訳されて、評判は知ってたんだがそのままにしてて、やっと読んだ。いい本です。著者が少女時代を過ごした1950年代を、自身が熱烈なファンであったブルックリン・ドジャーズを縦軸にして、生き生きとセンシティブに描いてる。タイトル(Wait Till Next Years)はいつまでもワールド・シリーズ優勝を味わえなかったドジャーズ・ファンの挨拶代わりの常套句に由来している。ハードカバー。

クリスマスに少女は還る キャロル・オコンネル 創元推理文庫
遅ればせながら読みました。99年の各ベストテンに選出されていたのに読んでなかったのは、勝手に児童虐待ものだと思いこんでたから。そんなんじゃなかった。素晴らしい。感動した。キャラがちゃんと立ってて。なおかつプロットがしっかり練り上げられてる。先月分に上げた同著者による初期マロリー物と比べると構成力の成長が如実にわかる。だからこそ、訳出されるであろうこれからのマロリー物に期待大。本筋にはあんま関係ないが、小雪舞う夜の野球シーンが美しい。

双頭の鷲 佐藤賢一 新潮文庫
百年戦争におけるフランスの英雄、ベルトラン・デュ・ゲクランの生涯。粗野で無教養で永遠の悪童でありながら戦争の天才、軍神とまで讃えられた極端な人物。そんなキャラに寄りかかるのではなく、自在に操っている。文章も歯切れがいい。でも中世特有の複雑な人間関係や固有名詞についていけないと面白さが半減するかも。

T・R・Y・ 井上尚登 角川文庫
1911年、辛亥革命前夜の危険なコン・ゲーム。天才詐欺師である主人公と、その仲間達が非常に魅力的。第19回横溝賞(99年)受賞作。面白い。

ポットショットの銃弾 ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルス
もう読まなくていいとわかっているのにやめられない<スペンサー>シリーズ。今回サブキャラ・オールスター勢揃いだったのでちょっと期待してしまったが……またがっかり。

訴追 D・W・バッファ 文春文庫
検事と言えば「権力志向で冷酷な人非人」、弁護士と言えば「口達者なだけで善悪の観念が欠如した金の亡者」。バッファは主人公に一作で両方やらせてしまった。前作「弁護」に続いてテーマは「法と正義は両立し得るか」。面白いなあ。間違いなく今年のベスト10上位候補作。

シャドウ・ファイル/潜む ケイ・フーパー ハヤカワ・ミステリ文庫
超能力ミステリーとも言うべき三部作の2作目(5月分参照)。でも前作にあった謎めいた重苦しさとは全然違う雰囲気。ラブロマンス色が強くて、わりと普通になってしまった。ちょっとがっかり。

数奇にして模型 森博嗣 講談社文庫
なんとなく読み続けている犀川&萌絵シリーズ。この文庫版解説(by 米沢嘉博)で森博嗣がドガの編集長(兼コミカ代表)だったと初めて知ってびっくり。言われてみれば、なんか分かる気もするなあ。犬の名前が冬馬だから怪しいとは思ってたんだが。

ハートウッド ジェイムズ・リー・バーク 講談社文庫
個人的に絶賛してた「シマロン・ローズ」の続編。前作は曾祖父の日記を大きな柱に使っていて、それが物語をより印象的なものにしていた。今度のは、構成も描写も、バークのもう一方の代表作であるロビショー物とあまり変わらない。とは言ってもそこはバーク。そこらの凡百のミステリーとは比べようもない高水準ではある。

ビッグ・トラブル ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
<テス・モナハン>シリーズの4。この作者特有のバラのトゲみたいな、ささやかだが辛辣な悪意のある文章が好き。アメリカ私立探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞、アンソニー賞最優秀部ペイパーバック賞受賞作。

Aアヴェニューの東 ラッセル・アトウッド ハヤカワ・ミステリ文庫
ニューヨークはおっかない。好きこのんでトラブルへのめり込んで行く主人公はちょっと理解できない。

オウン・ゴール フィル・アンドリュース 角川文庫
もちろんサッカーを題材にしたミステリーはいくつか読んだことがあるが、そのうち一冊でも「面白かった」という記憶がないな。映画でも小説でも野球ネタには数々の名作があるのに、サッカーにはほとんどないというのは誰か解析してるのかな? ともかく、これは面白かった。続編があるそうなので、それも早く読みたい。

6月

放課後のギャング団 クリス・ファーマン ハヤカワ・ミステリ文庫
デビュー作にして遺作。1973年アメリカ南部の13才の悪ガキたち。でもなんだか楽しくもさわやかでも懐かしくもない。たぶん作者の体験が強く出過ぎてるからだろうし、その上どこか大人の目で再構築されてるような「作りもの」が感じられる。ジョディ・フォスター・プロデュースで映画化とのこと。さよか。

魔法の時間(とき) W・P・キンセラ 東京学参
ハードカバー。キンセラと言えばベースボール・ファンタジー。これはちょっと「アイオワ野球連盟」っぽい。閉ざされた野球の楽園。でも別名、負け犬の吹き溜まり。ちょっと苦い……。文中一カ所に「日本ハム・ファイターズ」が出てくる。どうでもいいか。

島津奔る 池宮彰一郎 新潮文庫
面白かった。シマヅってカッチョイー!! と思ったでごわす。しかし「四十七人の刺客」の時も思ったんだが、この作者特有の現代的解釈があまりに「人事(人の処し方接し方)、経営(機を、先を見る目)」を強調してて「商売(ビジネス指南書としての売り上げ目算)」を感じずにはいられない。まあ、面白けりゃいいんだけど。

極秘制裁 ブライアン・ヘイグ 新潮文庫
コソボでの米軍活動を巡る陰謀風リーガル・ミリタリー・スリラーというところか。買った後に作者が元米国務長官の息子と知って「ああー、バリバリの愛国物だったか……」と思ったが、読んでみたら(一応)それほどではなかった。一人称の諧謔口調がちょっとウザったいとこもあるが、デビュー作でこれだけの力量を見せるのはただ者じゃない(←ってえらそうな口調で失礼)。

今はもういない 森博嗣 講談社文庫
ううむ、これはやられた。完全に作者にしてやられた。反則だけどな。シリーズ物でしか使えない手だ。犀川&萌絵シリーズ中でno.1、との声が多いとか。でも一人称の語り口自体がなんか不快。

トード島の騒動 カール・ハイアセン 扶桑社ミステリー
ハイアセンは新作を見つけたら買う作家のひとり。相変わらずの変人オンパレード&キ●ガイエピソード満載だが、ハイアセン世界の基準からいくとなんだか普通のハナシで物足りない。とは言ってももちろん面白い。

嵐の夜/ストレンジ・ハイウェイズ3 ディーン・クーンツ 扶桑社ミステリー
短編集(といってもうち一編は長めの中編)。デビュー短編もあって、ちょっと興味深い。

スタジアム 虹の事件簿 青井夏海 創元推理文庫
もともと「野球が好きでミステリが好き」だという作者が自費出版で出した「知る人ぞ知る一冊」なんだそうだ。まあ、それなりに読ませるけど、野球自体はただの時計がわりでしかなくて、その爽快感やダイナミズムが伝わってこない。ただ、連作ドラマとかでやると面白いかもしんない。

氷の天使 キャロル・オコンネル 創元推理文庫
アマンダの影 キャロル・オコンネル 創元推理文庫
このひと月に立て続けに発刊された。実は両作とも数年前に他社から出てたとのこと。全然知らなんだ。こんな面白いのに!! 主人公マロリーの造形が凄い!! 天性の泥棒で真性な嘘つきでコンピュータの天才でもある一匹狼の美貌の女警察官。そんな極端な設定がまるで嘘臭くない。そのへんが作者の並々ならぬ力量を示しておる。筋の運び方はちょっとゴツゴツしてて読みづらいとこもあるが全然気にならない。ああ続きが早く読みたい。

射程圏 J・C・ポロック ハヤカワ・ミステリ文庫
マフィアに負われる高級コールガール。ありがちな設定だが、それが超容姿端麗な元スーパーモデルで頭脳明晰で銃の名手。しかも描き方は表面的で薄い。似たような要素を持ってはいても上記「氷の天使」マロリーの存在感とは天地の開きがある。これはもう現実感ゼロだ。ま、それでも「お話し」としてちゃんと読ませるのはさすがポロック。

オールド・ルーキー ジム・モリス 文藝春秋
ハードカバー。大リーグ最年長初登板投手の記録を作った著者自身による自伝。これは面白い!! ずば抜けた運動選手でありながら度重なる不運に夢(大リーガーになること)を阻まれ続けた著者。でも不運を嘆くばかりでなく、家庭や日常において自身がダメ人間であることもちゃんと告白している。一番面白いのは、最終的に夢を実現させることになった出来事が当人の意志自体とはあんまり関係なかった、というところかもしれない。

氷の収穫 スコット・フィリップス ハヤカワ・ミステリ文庫
MWA新人賞候補作品。受賞とまではいかなかった。ま、そんなもんでしょう。舞台となるアメリカ地方都市における風俗産業に関する記述が興味深い。

夜のフロスト R・D・ウィングフィールド 創元推理文庫
出るたびに高い評価を受ける<フロスト警部>シリーズの3作目。ワンパターンとは言え、これまでで一番面白いかもしれない。ワーカホリックにして自己管理能力ゼロ、警官的直感敏にしてデリカシー欠如、そういうフロストの極端さがよくわかる。

クリスタル アンドリュー・ヴァクス ハヤカワ・ミステリ文庫
<バーク>シリーズ10作目。パンジィ奪回作戦とか、妙に劇画チックな場面もあるものの、ここ数作の傾向にも増して一段と難解。作者ヴァクスがこの先バークをどこへ行かせようとしているのかさっぱりわからない。でも好きなのです。

5月

イチジクを喰った女 ジョディ・シールズ ハヤカワ・ミステリ文庫
1910年のウィーンが舞台。フロイトの症例をモデルに書いたという、なんだかオカルティックで幻想的な物語。探偵役が二組いるのでちょっとわかりにくい部分も多いし、その一方である女性陣が捜査に熱中する動機が理解できない。でもまあ、当時の風俗はちょっとと興味深い。

絶海の訪問者 チャールズ・ウィリアムズ 扶桑社ミステリー
1963年の作品ながら初邦訳。埋もれた傑作、とカバーに書いてある。傑作……かどうかはともかく、一気に読ませる面白さはある。基本は「海と人間」なので古さを感じさせない。

幻惑の死と使途 森博嗣 講談社文庫
夏のレプリカ 森博嗣 講談社文庫
犀川&萌絵シリーズ。なぜか読むときはまとめて読みたくなる。今回もたまたまそうしたたら「幻惑−」がすべて奇数章、「夏の−」がすべて偶数章という構成的に連関した作品だった。ただし物語としては別個になっている。いつものように浮世離れした登場人物と浮世離れした犯罪。シリーズを通してファンタジーと呼んでもいいくらいなのだな、とやっと気付いた。

鼠たちの戦争 デイヴィッド・L・ロビンス 新潮文庫
映画「スターリングラード」と同じ題材。死臭に覆われた廃墟に対峙する二人の狙撃手。史実を根本にしながらちゃんと読み応えのあるものに仕上げている。が、食事しながら読むのには向かない。

永遠に去りぬ ロバート・ゴダード 創元推理文庫
ゴダードはだいたい買う。でもしばらくは読まずに積んだまま。どの作品も「プロットの達人」という評価に違わぬ面白さは認めるのだが、実はいまいち好きではないのだった。これもそうなのだが、総じて主人公に感情移入できないんだよね。おらぁキャラ主導型の小説の方が好みだからなあ。

撃て、そして叫べ ダグラス・E・ウインター 講談社文庫
銃弾が飛び交い、死体が山となる。信義はない。なんとも荒っぽい話。映画ならいいんだろうが……

フェニモア先生、墓を掘る ロビン・ハサウェイ ハヤカワ・ミステリ文庫
98年度マリス・ドメスティック・コンテスト最優秀作品。ドメスティック・コンテスト? 本邦初登場ながらシリーズ3作目だとか。ま、ユーモア・ミステリーというやつか。特にどーということもなし。2時間ドラマみたいだ。

女競売人/横奪り ウィリアム・D・ブランケンシップ 講談社文庫
登場人物にリアリティがない……。なんつーか、物語もスカスカ……。そのかわり、500頁以上あるのにすぐ読み終わる。

ハード・アイス ジェニー・サイラー ハヤカワ・ミステリ文庫
デビュー作でもある「イージー・マネー」(00年5月参照)を読んだときの感想は「次回作に期待」だった。こんどのは、どうにも無骨で読みにくいリズムなんだが、確実に成長(?)はしてる。さらにまた「次回作に期待」したくなるのは確か。

シャドウ・ファイル/覗く ケイ・フーパー ハヤカワ・ミステリ文庫
超能力系サイコ・サスペンス。というフレコミだけでふだんはあんまり手を出さないんだが、ちょっと読んでみた。面白かった。作者はもともとロマンス物(←ってなに? ハーレクインみたいなの?)専門だったらしい。それを知らなくてよかった。知ってたら絶対手にとってない。先入観に囚われるのはいかんな。これは三部作の「その1」(以下近日刊行予定)だが、ひとつひとつが独立した話とのこと。

デッドリミット ランキン・デイヴィス 文春文庫
英国首相とか誘拐とか特殊部隊とか、道具立てが派手なのでアクション系かと思ったら、ちゃんとしたリーガル・サスペンス。ところどころに「ご都合主義的安直な解決」が散見されるが、まあ、よしとしよう。今年のベスト10に入ってくるかも。

4月

頭蓋骨のマントラ エリオット・パスティン ハヤカワ・ミステリ文庫
2000年度アメリカ探偵作家クラブ最優秀処女長編賞受賞作。囚人が探偵役となって捜査をするというパターンはよくあるが、この作品の主人公は中国政府によってチベットの収容所に入れられた中国人の元経済捜査官というかなり特殊な設定。作者はアメリカ人。きっとチベットの風習や事物に関していろいろと間違った記述があるにちがいない。が、しかし、お話はとても面白い。賞を獲るのも当然。

ビッグ・タウン ダグ・J・スワンソン ハヤカワ・ミステリ文庫
またやってしまった。これ5年前に読んだ。20頁くらいで気がついた。登場人物が頭の出来のよろしくない奴ばっかりなので、ちょっとイラつく。と、その時も思った。たいした作品ではない。でもなぜかこの続編も読んだんだよな……

ギデオン/神の怒り ラッセル・アンドルース 講談社文庫
面白い。ただし、全体の7割くらいは「謎」。主人公も読者も何が起こってるのか(&次に何が起きるのか)さっぱりわからない。けど、テンポがいいので読みやすいし、ちゃんと読者を離さないように真相を小出しにしてくる。しかし「神の怒り」という邦題はどこからきたのか? アンドルース名義ではあるがピーター・ゲザース、デイヴィッド・ハンドラーによる共作。ハンドラーの方は読んだことがある(と思う)。

バッド・チリ ジョー・R・ランズデール 角川文庫
とにかくBad wardのオンパレード。会話だけでなく、情景描写も下品で猥雑。お上品な方は近寄らないのがよろしい。でも大好きなシリーズ(これが4作目)。

真夜中への鍵 ディーン・クーンツ 創元推理文庫
79年の作品に95年に手を入れたものの邦訳。なんと序盤は京都が舞台。時代的な整合性にも日本理解の点でも多少へんなとこはあるが、まあ、そんなに違和感はない。作者曰く「国際的陰謀を背景とするアクション-サスペンス-ロマンをやろうとしたのだが思ったほど出来はよくなかった」作品。それでもクーンツらしい「強引でむちゃくちゃだけど面白いからいいか」は随所に感じられる。

愚者の群れ ガー・アンソニー・ヘイウッド ハヤカワ・ミステリ文庫
LAの黒人探偵。10年近く前にシリーズ第一作の邦訳が出て(「漆黒の怒り」←読んだ記憶がある)以来それっきりだったのに、突然この第六作が訳された。なんでかな。出版契約の問題か? 作品は正統派ハードボイルドで面白いと思うけど。

憎悪の果実 スティーブン・グリーンリーフ ハヤカワ・ポケット・ミステリ
前作の終わり方があまりにショッキングだったので、もうシリーズ続編は書かれないのじゃないかというウワサもあった。でも続いた。よかった。ただし主人公タナーが心身ともに負ったダメージはあまりに重く、まだまだ回復途中。そういえば日本版には<ジョン・タナー>シリーズとあるけど、主人公本人はジョンでなくミドルネームのマーシュと呼ばれる方が好きなのだ。べつにいいか。

密偵ファルコ・海神の黄金 リンゼイ・ディヴィス 光文社文庫
シリーズ5作目。今まであまり語られてこなかったマルクス・ディディウス・ファルコの一族が総出演。男がみんなダメ人間なのは、作者が女性だからか? それなりの「家族愛」と「家族の絆」がテーマなので面白さとしては中くらい。

挑発 シャーロット・グリムショー ハヤカワ・ミステリ文庫
ニュージーランドを舞台にした小説というのは初めて読んだような気がする。ニュージーランドにはなんか朗らかでのんびりとした暖かいイメージを持ってるのだれど、徹底して陰気で刺々しく空虚に描いている。ちょっとびっくり。行きたくなくなること請け合い。ただし、それはこの物語がつまらないということではない。ミステリーというより純文学。

真珠の首飾り ロバート・ファン・ヒューリック ハヤカワ・ポケット・ミステリ
1300年前に実在した唐代の宰相・狄仁傑を探偵役としてオランダ人が40年前に書いた物語。欧米ではけっこう人気のあったシリーズらしい。水戸黄門とか大岡越前とか好きな人はぜひどうぞ。

タイタンズを忘れない グレゴリー・アレン・ハワード 角川文庫
同名映画のノベライゼーション(だと思う)。感動的ではあるが、小説としては薄っぺら。映画を見る時間と同じくらいで読み終わる。ま、読んで損な気分はしない。訳者はフットボールに関する知識がない。それはしょうがないが、最低限、フットボールをわざわざアメフトと訳し直すのはやめてほしい。

私家版 ジャン=ジャック・フィシュテル 創元推理文庫
欧米で高い評価を受け、5年前に初訳されたときにも評判になった。確かに面白い。全体が主人公の怨念に満ちてるのにあんまりドロドロした感じがないのは翻訳文体だからかしら。映画にもなってるらしい。映像化に向いた作品とも思えないが、ちょっと見てみたいな。ちょっとだけ。

蹲る骨 イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリ
うずくまるほね。<リーバス警部>シリーズ。毎度ながらエジンバラの陰鬱な描写が見事で、(これまた)そんなとこに行きたくはないねと思わざるをえない。リーバスの個人プレーぶりも相変わらず。ポケミスのくせに1800円。ま、その価値はある。

ディキシー・シティ・ジャム ジェイムズ・リー・バーク 角川文庫
<デイヴ・ロビショー>シリーズ7。バーク特有の精緻で感傷的な描写が好き。ただし今回の悪役にはその描写の巧さが効果的過ぎて、読んでてものすごい不快になった。見事に読ませるんだけど、もう一度読み返したいとは思わない。(つまらないつーことではない)

3月

騙し絵の檻 ジル・マゴーン 創元推理文庫
いやー、おみごと!! 伝統的本格推理。現代(と言っても80年代だが)を舞台にしても本格推理の手法が有効に生かせるというお手本。

パーフェクト・ゲーム ハーラン・コーベン ハヤカワ・ミステリ文庫
ご贔屓シリーズ<スポーツ・エージェント・マイロン・ボライター>の6作目。やっぱり前作が大きな転換点だったか。痛手を引きずるマイロンのダメっぷりが悲惨でさえある。持ち前の「軽口」も上滑りしてる。しかしそれは作者がわざとやってるわけで、作品が上滑りしたりダメだったりしてるわけではない。と思いたい。事情によりエスペランサの出番が少ないのでそれが残念。

悪徳の都 スティーヴン・ハンター 扶桑社ミステリー
ボブ・リー・スワガーの父、アールの物語。太平洋戦争から帰還した英雄とギャングとの死闘。舞台や役者は違えど、親子共々やることは同じ。なのでこの話も面白い。例によって銃器や銃撃戦の描写は抜群。

穢れしものに祝福を デニス・レヘイン 角川文庫
<パトリック&アンジー>の第3作。昨年のベスト10で2作目「闇よ、我が手を取りたまえ」を絶賛いたしました。これもいいです。ただ、ちょっと筋運びが荒い。主人公の軽口が陰惨さを救ってはいるが、トラブルに対する解決手段も暴力的過ぎると言えるかもしれない。でも好きなんだよなー、このシリーズ。

ドリームチーム弁護団 シェルドン・シーゲル 講談社文庫
全米で100万部に迫るベストセラーになったそうだ。800ページを越えてるが、どうでもいい事物の無駄な描写が多くて、半分は削れると思うね。法廷場面も緊迫感がないし、人物も類型的。退屈ではないが、ただそれだけ。

ゴールキーパー論 増島みどり 講談社現代新書
サッカー、ハンドボール、ホッケー、アイスホッケー、水球、それぞれのGKへのインタビューをまとめたもの。目の付け所がいいね。内容も面白い。ただ、GKという特殊なプレーヤー達の個人的魅力(?)に寄りかかりすぎという気もしないではない。結論。種目は違えどGKに共通するのは、やっぱりみんな「変人」だってこと。

蒸発請負人 トマス・ペリー 講談社文庫
おお、トマス・ペリー。久しぶり。「逃げる殺し屋」「メッツガーの犬」「アイランド」、どれも面白い作品だった。だから当然これも期待して読み始めたのだが、出だしからなんか物語のペースにのれなくて「ここ数年邦訳が出なかったのもムベなるかな」と思わずにはいられない……。ところが、いやー、すまん。さすがペリー。分かり難いのももたついた感があるのも、すべて伏線だった(と思いたい)。中盤からの展開は文句なし。ラスト60頁には感嘆!! これだけ面白い作品、シリーズ化されてるのも当然。続きを早く訳出してくれ。

斧 ドナルド・E・ウェストレイク 文春文庫
ウェストレイク名義だがコメディではない。辛く陰惨で自分勝手な話、と言ってよい。でも面白い。描写がうまいし無駄な書き込みがないので読みやすい(訳もいいからだろう)。ほんとにこの作者って才人だなあ、と再確認。

消失点 リン・S・ハイタワー 講談社
2000年2月「切断点」の項に以下の如く書いた。「シンシナティイの女刑事ソノラ・ブレア物。前作も読んでるのだがほとんど記憶にない。章割りが早くて、映像的。刑事の日常がテレビドラマっぽい(褒め言葉)」と言うわけで、この作品もまったく同様。

左腕の誇り−江夏豊自伝 江夏豊/波多野勝 草思社
史上最高の左腕投手が18年間の現役生活を語る。そのほとんどは既にどこかで読んだり聞いたりしたことのある話なのだが、こうして通して読んでみると実に面白い。技術論がもっとあってもよかったのではないか、とも思うが。

2月

1ミリの大河 二宮清純 マガジンハウス
ターザン、ナンバーに連載した30本のコラムをまとめたもの。ひとつひとつが短い。トイレで読むのに最適。

21世紀のラグビー 中尾亘孝 双葉社
平尾ジャパンの総括。辞任前に書かれたものだが、ヒラオ監督(と協会)がいかになーんにもしてないかがよくわかる。第一章の「千葉すず問題」への検証は一読の価値あり。

ラグビー・クライシス 日本ラグビー狂会/編・著 双葉社
同上。いつもの狂会本に比して固い感じがするのは、より強い危機感の表れであろーか。

殺人者の顔 ヘニング・マンケル 創元推理文庫
スウェーデンの警察小説と言えばマルティン・ベック・シリーズが思い出されるが、そこから30年の時を隔てたこちらも、しみじみと味わい深い。生活のディテールや小さなエピソードが効果的。これがシリーズ第1作(91年)で、既に完結(99年第9作)しているとのこと。早く全部読みたい!!

クロスロード・ブルース エース・アトキンス 角川文庫
「伝説のブルースシンガー、ロバート・ジョンソン」ネタというのはけっこう多い。日本人にはよくわからん。でもジョンソンのCD買っちゃった(みんな同じ曲に聞こえて、やっぱりよくわからん……)。あ、お話し自体はそれなりに面白い。

神と悪魔の遺産 F・ポール・ウィルスン 扶桑社ミステリー
著者はホラー小説の大家。これは(一連の作品系列上に連なるものの)ホラーではない。が、テンポのよさと展開の意外性はホラー作家故の特性か。

ハドリアヌスの長城 ロバート・ドレイパー 文春文庫
歴史物じゃないよ。真の友情と、真ではない友情。根本的に辛い話ではあるが、ポイントポイントに配された暖かみがあるので、暗い物語にならない。佳作。デビュー作だそうで、今後に大いに期待。

過去が我らを呪う ジェイムズ・リー・バーク 角川文庫
<デイヴ・ロビショー>シリーズ5作目(でも訳出では6番目)。んー、もともとキレよりコクで勝負するバークではあるけれど、なんかもたついてる感がある。同じところをぐるぐる回ってるような……。主人公自身にも迷いがあるからか? これまでのロビショーものとか、別シリーズの「シマロン・ローズ」(作品としてはこっちの方が後)がよかっただけに、ちょっと期待はずれ。

騙し絵の檻 ジル・マゴーン 創元推理文庫
いやー、おみごと!! 伝統的本格推理。今どき本格推理? などと言うなかれ(87年の作品だけど)。パーフェクト。ぜひ一読あれ。

2001年1月

暗黙のルール 海老沢泰久 新潮社
スポーツを巡るエッセイ集。ゴルフものが多い。だからなのか、おやじの繰り言めいてて、あんまし面白くない。

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく ランス・・アームストロング 講談社
癌を克服してツール・ド・フランス連覇を成し遂げた鉄人の自伝、つーか、闘病記。面白い面白いと聞いてはいたが、ほんとに面白い!! 感動する。自転車レースについての知識があると、より一層面白い。ただし、なにしろその病気が「睾丸癌」なので、男としては読んでてヒジョーに恐ろしい部分も多々ある。

父に捧げる歌 ルース・バーミングハム ハヤカワ・ミステリ文庫
2000年度アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞受賞作(←長い!!)。ベトナムで戦死した父に関わる事件と遭遇した女探偵。つまらなくはない。でもなんかいまいちのれない……。カントリー・ソングとか好きじゃないしな……(あんま物語には関係ないが)。「アメリカ探偵作家クラブの人達」には面白いんだろうな、とは思う。

リンドバーグ・デッドライン マックス・アラン・コリンズ 文春文庫
アメリカ犯罪史上に名高い「リンドバーグJr.誘拐事件」が舞台。実在の人物(しかもみんな個性的)がずらずら。(一定以上の歴史的教養のある)アメリカ人ならすごく面白いだろう。91年の作品なのだが、邦訳が遅くなったのはそのへんに理由があるのだろうか? 日本人が読んで面白いものだと思うけどね。十分にベスト10候補たりえる作品。ラストが素晴らしい。

ウルフ・ムーンの夜 ステーヴ・ハミルトン ハヤカワ・ミステリ文庫
前作「氷の闇を越えて」(00年4月参照)もよかったけど、これもいい!! 真冬の北ミシガンを舞台に、一方には「厳しい寒さ」があり、もう一方には「人の温かさ」がある。個人的には物語の端緒ともなる「元マイナーリーグ捕手の主人公が無理矢理アイスホッケーのGKをやらされる」というところがなんか身につまされて、その分すんなりと入っていけた。あと、カナディアン・モルソンBEERも好き。

略奪 アーロン・エルキンズ 講談社文庫
立て続けにエルキンズの新作を読めるとは、なんとうれしいことであろうか(12月分「洞窟の骨」参照)。こちらはナチスの略奪絵画もの。エルキンズらしい蘊蓄とテンポのよさと、「まめけ」とさえ思える軽み。安定した名人芸。

図書室にもどる?
ふりだしにもどる?

2000年12月

スタンド・アローン ローラ・リップマン ハヤカワ・ミステリ文庫
シリーズ3作目。ヒロイン(ボルチモアの女探偵)が元気で不屈で好ましい。鬱陶しく思いながらも大事にしている「家族との絆」が物語の暖かみを生んでる。ヒロインのキャラからして一人称の方がもっと面白くなるような気がするんだが、どうすか?

奪回者 グレッグ・ルッカ 講談社文庫
プロのボディガード<アティカス・コディアック>ものの2作目。前作によるダメージからの再生編つーとこか。ま、それなりに楽しめる。サブキャラの女探偵が魅力的(だと思ったら彼女を主人公にした作品もあるらしい)。主人公はボディガードとしてはちょっと下半身が緩いのでは……

弁護 D・W・バッファ 文春文庫
おお、面白い。久しぶりに「リーガル・サスペンス」を読んだつー気になった。不敗の弁護士が直面する真実と正義。これがデビュー作とのことだが、この水準をどこまで維持していけるか(いってほしい)気になる作家。

異物混入 リドリー・ピアスン 角川文庫
好きなんだよねー、ピアスン。文庫としてはかなり厚い(600P弱)が、面白さは瞬間も弛まない。名人芸。あ、刑事物っす。

アマンダ アンドリュー・クラヴァン 角川文庫
こちらも名人。幼い娘を連れて謎の男達から逃げる母親。読み始めたら止まらない。人物造形もうまい。しかし、これをクラヴァンが書く理由があるのか?(つーか、クラヴァンにこんな作品は期待してない) 作者名を伏せられてたら絶対わからないね。なんか初期のクーンツっぽい。あと、個人的には後半はちょっと「?」。

十歳の囚人 D・R・シャンカー 角川文庫
司法研修生が無実の罪で収監中の男の子に関わって……。それなりに読ませるけど、なんだか全編通して無力感に満ち溢れるあんまり楽しくないお話。

ハガーマガーを守れ ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ノヴェルズ
<検屍官>シリーズはもう読まない、と宣言したくせに<スペンサー>シリーズは惰性で読み続けている。その理由は、短いから。相も変わらず無駄な会話ばっかりでスカスカ。すぐ読み終わる。ま、ワンパターンではあるけれど、相変わらず脇役の描き方はうまい。

洞窟の骨 アーロン・エルキンズ ミステリアス・プレス文庫
久々のスケルトン探偵。シリーズ9作目(一作目「古い骨」は1987年)。知的で軽妙。ただ、深みとか感動はない。好きだけど。

11月

酸素男 スティーヴ・ヤーブロウ ハヤカワ・ミステリ文庫
ディープ・サウスと呼ばれるアメリカ南部を舞台にしたものは多いが、やっぱり日本人にはよくわからない(と思う)。この話もなんかよくわからないが、技術的にはすごく高い作品だっつーことは(なんとなく)わかる。南部特有の「イライラ」満載ながら読み手に不快感を与えないのは、描写がドライだからだろう。←自分の言ってることがよくわからんが。

熱砂の絆 グレン・ミード 二見文庫
とても面白い。でもそれだけ。大名作「雪の狼」を彷彿とさせるような緊張感とスピード感はあるが、男女三人の友情愛情が根底にあるため、ちょっと甘い「普通」の作品になってしまった。作者特有の冷酷さ(人が無惨に次々と死ぬ、とか)がなくてミード作品としては物足りない。あと、読んでてなぜか「北壁の死闘」(ボブ・ラングレー/創元文庫/これも大名作)を思い出した。どっか似てない? でもまあ、とても面白い。

パートナー ジョン・グリシャム 新潮文庫
リーガル・サスペンスで名を成したグリシャムだが、ここ最近の作品はなんか作風が変わってきてる。映画化を前提に書いてるのか? これはコン・ゲーム。出来すぎの感はあるが、まあまあ、面白い。

逆転弁護 リザ・スコットライン 講談社文庫
女弁護士ものの第一人者、と言っていいのだと思う。ただし、今回、法廷場面はほとんどない。陪審員が評決に入っている一夜だけの物語だから当然といえば当然なのだが。これまでのはどうだったかなあ。なんかもうちょっと法廷場面があったような気がする。面白いけど筋立てがちょっと雑。もしかして映画化とか狙った作品じゃないのか? (そんなのばっかしだ)

10月

マザーレス・ブルックリン ジョナサン・レセム ミステリアス・プレス文庫
出だしから読みにくい。なかなか読み進められない。主人公のキャラクターがちょっと特殊で、物語のペースがつかめない。ところが、中盤あたりから一転してスイスイ読めるようになる。それはやっぱり読み手が主人公について理解できるようになってくるからだろう。ハードボイルドの形態ではあるが、ミステリーと呼んでいいのかわからない。実際、エスクァイア誌の99年度「純文学」ベストブックに選出されてるそうな。

生への帰還 ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ文庫
男ならやるときはやれ!! という、男達の挽歌 in ワシントンの<ワシントン・サーガ>完結編。今回もひたすら男臭い。暴力と友情と哀しみと再生。まだ読んでなければ年代的にシリーズの始まり(発行順と時代順は一致してないので注意)となる「俺たちの日」を先に読んだ方がいい。

リスボンの小さな死 ロバート・ウイルスン ハヤカワ・ミステリ文庫
英国推理作家協会賞受賞作。1941年ベルリンと1990年代リスボン、過去と現代を交互に語りつつ、やがてひとつに結びつける構成が見事。ポルトガルという、普段はあんまり考えることのない国のことがちょっとわかる(ような気がする)。

新宿鮫 風化水脈 大沢在昌 毎日新聞社
ハードカバー。珍しく他人から借りたもの。それにしても、甘ったるい。新聞連載だからしょうがないか。長年新宿を遊び場にしてきた(つーほどでもないが)身として新宿の歴史の講釈はそれなりに面白いが、これも新聞連載ならではの教養ネタ。ま、物語はそこそこ面白い。でも晶のキャラはどんどん鼻についてくるな。いいかげん別れたらどないだ。

監禁 ジェフリー・ディーヴァー ハヤカワ・ミステリテ文庫
98年初訳。文庫になるまで待ってた。けっこう凄惨な場面が多く、ちょっとやな話なんだけど、例によって読み出すと止まらない。毎度思うのだが、ディーヴァーは脇役に厳しい。描き方がいいかげんということでは全然なく、むしろキチンと描き込んであるのに、こっちが戸惑うくらいあっさりと退場させられてしまう。自分の作るキャラとかに愛着がないのかね。

アンダードッグス ロブ・ライアン 文春文庫
シアトルに閉鎖された地下都市があるとは知らなんだ。主人公らしき人物から物語がどんどん離れていくが、他の登場人物それぞれのキャラが立ってるので面白さがそがれない。壮大な冗談話と言えないこともない変な秀作。

蒲生邸事件 宮部みゆき 文春文庫
96年日本SF大賞受賞作。2.26事件を舞台にしたタイムトラベルもの。細かいギモン点はいくつかあるものの、さすが。傑作。うまい。

ジンジャー・ノースの影 ジョン・ダニング ハヤカワ・ミステリ文庫
84年の作品。つまらなくはないが……。あとちょっと手を入れたらもっと面白く、もっとわかりやすくなるのに。もしかしたらあの名作「死の蔵書」ってただの『出会い頭の一発』だったのか? とさえ思えてしまうくらい並の水準のデキ。

9月

Mr.クイン シェイマス・スミス ミステリアス・プレス文庫
犯罪小説。それもハンパじゃない、道義心の欠片もない本物の人非人が主人公。しかし、読み出したらとまらない。語り口の巧さで、いつのまにか主人公に感情移入してしまう。そんな自分がちょっと怖くなる。

悪魔の涙 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
さすが。最初の一行から最後の一行まで面白い。ただ、物語のあまりの濃さに、大晦日の、たった一日の話というのは無理があるのではないかという気もするが。しかしなんで西洋人は正月休まないのかなあ。

総督と呼ばれた男 佐々木譲 集英社文庫
97年単行本初版。第二次大戦開戦前夜、シンガポールに「裏の総督」として君臨した日本人。ギャング小説だ。上下巻一気に読み通せるテンポの良さとドラマ立ての巧さがある。

女彫刻家 ミネット・ウォルターズ 創元推理文庫
文春でも宝島でも95年度の海外ミステリーBEST・1を獲った作品(MWA最優秀長編賞も獲得)。でも読んでなかった。なんか怖そうだったから。で、それほど怖くはなかったが、全編通して気持ち悪かった。心理的な気持ち悪さ。読み出すと底なし沼みたいにずぶずぶと引き込まれる。

ループ 鈴木光司 角川文庫
文庫になってからでいいやと思ってたので、初読。「リング」完結編であってもホラーじゃなかったのね。近未来SF。なんかちょっとJ・P・ホーガンを思い出させた。しかし貞子の意味を合理的に解釈するためとはいえ、「異世界」の話にしちゃうのはいかがなものか。そもそもホラー小説に解答編が必要だったのか、つー疑問もあるよな。

運命の輪 デイヴィッド・バルダッチ 講談社文庫
作者は「ページ・ターナー」と呼ばれてるとか。ページを繰るのがもどかしい(ほど先が読みたくなる)とかいう意味らしい。確かに上下巻あっという間に読めるが、何の深みもない。ヒロインがいささか「スーパー」すぎ。

死せる魂 イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリー
<リーバス警部>シリーズ。今回の悪役はリーバスも右往左往させられるような、かなり悪辣で知能的な冷血漢なのだが、ある意味、類型的。なんかこういう奴って他の作品にもよく出てくるよな、と思わせてしまう。「過去」ネタをやるのはシリーズ物が行き詰まってきた証拠ではないかしら、と思う今日この頃。いや、作品は面白いんですけど。

フローリストは探偵中 ジャニス・ハリソン 集英社文庫
何度も言うが、集英社文庫の翻訳物のタイトルはいかげん何とかして欲しい(と言いながらこの書名で買ってしまうわしもどうかしておる)。ちなみに原題はROOTS OF MURDER。ガーデニング・ミステリーだそうです。ま、つまらなくはない、つー程度。

魔弾 スティーブン・ハンター 新潮文庫
全米ライフル協会推奨(かもしれない)の名作「極大射程」のハンターの処女長編(80年)。第二次大戦終了前夜、ドイツ軍スナイパーを追う米軍情報将校。スケールが大きいのか小さいのかよくわからないし、粗はある。が、読み手をぐいぐい引っ張る力はさすが。栴檀は双葉より芳し。

8月

チンギス・ハーンの一族(1〜4) 陳舜臣 集英社文庫
「1・草原の覇者」「2・中原を征く」「3・滄海への道」「4・斜陽万里」全四巻の大河歴史もの。ときどきこういうものが読みたくなる。で、モンゴル帝国が殺戮と略奪だけで成立していたわけではないのがわかるが、それでも読み終わるまでに5千万人くらい死ぬ。97年単行本初版。

ダブル・イメージ ディヴィッド・マレル 二見文庫
それなりに読ませるのだが、マレル(「ランボー」の原作者でもある)にしてはいまいち。主人公に共感できない。テーマ的には一貫してるのかもしれないが、前半と後半で物語の質が違ってしまう。進むにつれてスケールが小さくなってくる……

囚人捜査官 スチュアート・ウッズ 角川文庫
ウッズには「警察署長」の強烈な印象があって、ついつい手が出てしまうのだが、ここ数作のは……なんつーか、深みがない……。つまらなくはないんだが……

ウィーンの血 エイドリアン・マシューズ ハヤカワ文庫
CWAシルバーダガー賞受賞作。西暦2026年のウィーンを舞台にしたミステリ、つーかSFでもある。ちょっと「ブレードランナー」を思い出した。面白いけど難しい。

最後の儀式 クリストファー・ムーア 講談社文庫
バンコク在住の白人探偵が主人公。ま、ここで描かれるタイ社会は、かなり作者(バンコク在住ではある)の思い込みで歪められてるのではないかと思うが、それでもこれ読んだらタイには行きたくなくなる。悪徳と暴力と貧困と暑さ満載。物語の構成はしっかりしてるのだが、語りの視点が一定でないので読みづらい。

泥棒は図書室で推理する ローレンス・ブロック ハヤカワ・ポケット・ミステリ
本屋とは仮の姿、その正体は一匹狼の泥棒、というバーニイ・ローデンバー・シリーズ。コメディとしては上品すぎて破天荒さにかけるが、好き。今回、いつもとはちょっと変わって英国本格推理風で、それでもやっぱり面白い。ブロックにはずれなし。

プロ野球 成功するスカウト術 牛込惟浩 宝島新書
ウシゴメさんは知る人ぞ知る、大洋-横浜で30年勤めた外国人選手獲得等の達人。野球出身の人ではないので、だからこそ、アメリカに人脈を作り、自ら対象選手をまめにチェックし、契約後は親身に世話をした。面白い話なんだが、著者のどの本も(先に2冊ある)同じことが書いてあるだけなので……

アウトローのO スー・グラフトン ハヤカワ・ノヴェルス
ハードカヴァー。<キンジー・ミルホーン>シリーズ15作目。前書きを読んで初めて気がついたのだが、作中時代はまだ1986年だった。言われてみれば、いままでパソコンも携帯も出てきてなかったなあ。今回はキンジー自身の過去に大きく関わるの話なので、どうしても年代を明記せざるを得なかったようだ。しかし、てことはほんとはキンジーって50過ぎなのね……

フレッシュアワー氏の蝋管 スピア・モーガン ハヤカワ文庫
蝋管とは口述録音機の記録媒体。1930年代の出来事を60年代に録音し、98年に発見再生されたという体裁をとっている。でも、なんでそんなめんどくさい形にしたのかさっぱりわからない。だって読んだら普通の一人称の小説なんだから。物語は「消えゆくアメリカ先住民」絡みなので、日本人にはわかりにくいかもしれない。パワーはある。99年アメリカ図書賞受賞。

7月

最強のプロ野球論 二宮清純 講談社現代新書
面白いことは面白いのだが、要するに「こんな話があるんですよ、凄いでしょ!」というだけのこと。「最強のプロ野球」論ではなく最強の「プロ野球論」が読みたい。ロジャー・カーンとかロジャー・エンジェルなんか(アメリカの名スポーツライター)と比べてはいけないのだろうがなあ……

のら犬ローヴァー街を行く マイケル・Z・リューイン ハヤカワ・ノヴェルス
ハードカバー。ストイックでハードボイルドな犬を主人公にした38の短編エピソード。でもちょっと説教くさい。一日一編読むくらいがよいかも。

田宮模型の仕事 田宮俊作 文春文庫
文庫化されて売れてるそうだ。97年に単行本で出たときに(これはこれで売れたのか?)読んでるけど、今回かなり加筆増補されてるということを知って、文庫版も読んだ。いやー、面白いし、感動的でもある。元プラモデル少年必読の書。

希望への疾走 ジョン・ギルストラップ 新潮文庫
「逃亡者」の家族版。御都合主義、とか言っちゃいけないんだろうな……。映画化されるらしい。

ひまわりの祝祭 藤原伊織 講談社文庫
97年刊行本の文庫化。デビュー作「テロリストのパラソル」より面白い。が、好き嫌いで言うとどっちもあんまり好きじゃない。読者を離さない力(構成力?)はあると思うけど……。無気力的破滅型の主人公に乗れないんだよね。あと、女が書けないんだな、この人。

白球の王国 トマス・ダイジャ 文春文庫
時は南北戦争末期、戦場で行われることになった敵味方による野球試合。もしかしたら感動スポーツ物かと思いきや、戦闘場面や行軍場面は「プラトーン」ばりのリアリズムで虚無感疲労感満載。爽快さのカケラもない。著者は歴史研究家だし、南北戦争に関心(と知識)があれば面白い本ではあろう。それでもまあ、試合場面になればかろうじてベースボールのダイナミズムみたいなものは伝わってくる、とちょっとフォロー。

密偵ファルコ・鋼鉄の軍神 リンゼイ・ディヴィス 光文社文庫
鋼鉄の軍神は「はがねのマルス」と読む。紀元一世紀の古代ローマの探偵<マルクス・ディディウス・ファルコ>シリーズ4作目。登場人物の思考や行動様式が少々現代的すぎないかとは思うが、このシリーズはほんとに面白い。米英でロングセラー(現在12作)になってるのも当然。特に本作はこれまでのシリーズ最高傑作だ、と断言しておこう。今年のベスト10有力候補。

アメリカの刺客 ジェイムズ・セイヤー 新潮文庫
第二次大戦末期、捕虜収容所を脱走してヒトラー暗殺に向かうアメリカ兵。痛快アクション物。敵味方はあっても善人は善人、悪人は悪人。至ってわかりやすい。面白いけど、ただそれだけ。なんの深みもなし。劇画。

マンチェスター・フラッシュバック ニコラス・ブリンコウ 文春文庫
98年英国推理作家協会賞受賞作。自堕落で破滅的なティーンエイジャーの描写が評価されたのか? わしにはよくわからん。悲しくてやるせない。なので好きじゃない。

防壁 真保裕一 講談社文庫
単行本初版97年。SP、海難救助隊員、不発弾処理隊員、消防士、かつて作者の代名詞だった「小役人もの」の短編集。お見事。本物の公務員もこれくらい真面目に仕事してほしいもんだ。

キリング・フロアー リー・チャイルド 講談社文庫
デビュー作だそうだ。確かに展開が荒っぽいし、首をひねりたくなるような部分も多い。が、主人公はそれなりに魅力的だし、一気に読ませるリズムの良さもある。その主人公でシリーズ化になったのも肯ける。

雪 殺人事件 スジャータ・マッシー 講談社文庫
外国人が書いた日本を舞台にしたミステリー。ストーリーは破綻してるし、少しばかりの滞在経験と思い込みをもとに描かれた日本社会や風習はでたらめ。これがシリーズ化されてる(4作目まで出てるらしい)のが信じられん……。

6月

極北のハンター ジェイムズ・バイロン・ハギンズ ハヤカワ文庫
アラスカに突如出現した謎の生物を追跡するハンターと特殊部隊。いつしか追う者が追われる者に立場を変えられて、というありがちな話。乱暴で単純だけど読み出すと止まらない。終盤の大殺戮(なにしろ人がいっぱい死ぬ)はちょっと凄い。スタローンで映画化されるそうだが、ミス・キャストだろ。

ボルチモア・ブルース ローラ・リップマン ハヤカワ文庫
元新聞記者のボート漕ぎ<テス・モナハン>シリーズ。「チャーム・シティ」(各賞を総なめにした佳作)に続く第二作だと思って読んでたら、こっちが第一作だった。翻訳物はこういうことがあるからややこしい。出来は「チャーム・シティ」には及ばないが、テス自身の性格はこっちの方がよく出てる。ついでなので「チャーム・シティ」を読み返してしまった。やっぱり面白い。

夜の記憶 トマス・H・クック 文春文庫
「記憶」シリーズはもう終わってるものだと思ってた。が、よく考えたらどれも「記憶」てのは邦訳でかってにつけた題で、もともと原題にはないのだった。クックの「秘められた過去を解き明かす。でも解き明かすことで誰かが幸せになることもない。救いがあるんだかないんだかわからない」という作風が続く限りいくらでもできる。これもそれ。次もそれ(らしい)。読みたい気持ちと読みたくない気持ちが揺れ動き、結局読み出すと引き込まれて抜けられなくなってしまう。で、出て来るのは陰鬱な過去。その繰り返し。名人。

エサウ フィリップ・カー 徳間文庫
98年初訳。うひゃー、冒険小説だ。ハードボイルドの名作「ベルリン三部作」のフィリップ・カーがこんなものを書くとは!! しかもそうとうに面白い。バグリイやマクリーンを彷彿とさせるなあ。ヒマラヤでの雪男探し。映画化されるらしい。

フォレスト・ガンプ ウィンストン・グルーム 講談社文庫
今さら説明するまでもないが、あの映画の原作。こちらのガンプは身長2メートルの大男で、その40年にわたる半世紀。見事な痛快「ホラ話」。映画より面白い。

フリーダムランド リチャード・プライス 文春文庫
幼児誘拐を契機に膨れ上がる人種対立。全編、執拗なまでに重苦しく暑苦しく息苦しい。つまらなくはないが。つまらなくはないのだが、上下巻1000ページ読み通すのが辛かった……

マチルダ ポール・ギャリコ 創元推理文庫
ギャリコはスポーツライターとしてはちょっとした伝説の人物。記者デビューが1922年という大昔だし、スポーツを題材にした短編の名手でもある。これは天才ボクサー・カンガルーの物語。まあ、面白く楽しい。が、しかし、この作品は1970年のものなのだが、なにしろ登場人物の造詣が1930年代のセンスで、今時(1970年が今だとして)こんな奴いねえよ! という奴ばかり。それがひっかかってちょっとイライラする。78年に一度邦訳が出てて、それを以前読んだような気がするが気のせいかもしれない。映画版で見た(テレビで)のは憶えてる。エリオツト・グールドが出てた。でもそれは駄作。着ぐるみカンガルーの出来が劣悪だったな。

毒の庭 カレン・バーバー ミステリアス・プレス文庫
主人公は若き日のエリザベス一世。敵対する姉王によって監視下に置かれつつも彼女が叔母の死の謎を追う、という物語。それなりに面白いんだが、楽しむには歴史的知識(1558年のイングランド)が必要。しかしまあ、なんとも活動的な王女であることよ。シリーズ化されてるらしいが、映像で見てみたい気もする。

5月

賠償責任 ポニー・マクドゥーガル 講談社文庫
作者は「女性版グリシャム」と呼ばれてる。ま、良くも悪くもそれがすべて。いかにもアメリカの企業弁護士らしく主人公(中年女)に被害者への視線が完全に欠落してる。更に人間味を出そうとしてハーレクイン風にして(若い男との燃えるような情事)、失敗。厚さのわりに中身がないのですぐ読み終わる。

ファントム ディーン・R・クーンツ ハヤカワ・ミステリ文庫
新刊棚に平積みになってたので、あっ未読のクーンツ、と思ったら、156ページ目で読んだことあるのに気がついた。こんど映画化されるのでカバー新装で出し直したものだった。しかし、それでもやめられないのがクーンツ。さすが。

夜が終わる場所 クレイグ・ホールデン 扶桑社ミステリー
そうとは知らず読んでしまったら、また例の話だった。最近、これ多い。淡々と、かつ重苦しい語り口。哀しいけど、完成度は高い。

犯罪捜査官 マーティン・リモン 講談社文庫
70年代冷戦下、韓国駐留米軍の犯罪捜査官が主人公。その一風変わった設定以外は普通。一見スピーディーな展開とは裏腹に退屈な話。

時の扉をあけて ピート・ハウトマン 創元SF文庫
タイムトラベル物。でも根底にあるのはこれまた例の話。そのへんは辛い話にもかかわらずテンポがいいし、読み出すとやめられない。うまい。

イージー・マネー ジェニー・サイラー ハヤカワ・ミステリ文庫
主人公は銃の名手の女運び屋。それが謎の男達に追われて……。展開は乱暴だし、出てくる人間はみんな本能と反射だけで動いてる。ま、これが一作目なので、次に(もしあれば)期待?

三つの遺留品 ジョナサン・ストーン ミステリアス・プレス文庫
未解決の殺人事件を捜査する田舎町の警察署長と都会から来た美人の研修生。そして協力を申し出る霊能力者。ほぼ三人だけで話が進んでいくのに、物語は二転三転。真相を小出しにして読者をあちこちと引きずり回すのはちょっとずるいし、出だしの迫力に比して後半は強引すぎて緊張が弛緩してる。

闇に横たわれ ダン・フェスパーマン ハヤカワ・ミステリ文庫
内戦下のサラエボで殺人事件を捜査する市警警部。まさに「洪水の最中にトイレの配管修理をするような」仕事。全体に流れる無力感と孤独感がやるせない。99年度CWA最優秀処女長編賞受賞作。ただし訳文にはいろいろ疑問が。「うちの部下にこの事件を扱わせたくないと思う最大の理由、それは陸にあがったカッパのような気にさせるのではと恐れるあまりなのだ」(P97)
とりあえず「サラエボに河童がいるのかよ!?」とひと突っ込みしておこう。

炎の法廷 N・T・ローゼンバーグ 講談社文庫
一時期のブームが去って、なんか久々のリーガル・サスペンス、と思ったらほとんど法廷シーンなし。登場人物はヤな奴ばっかし。爽快感ゼロ。

ビリーの死んだ夏 リーサ・リアドン ハヤカワ・ミステリ文庫
家庭内暴力と児童虐待。暗い重い惨い。そんな気がして、買いはしたものの、読みもせずしばらく放り出してあった。読み進むうちに抜けられなくなる、底なし沼みたいな話。ただし、ちゃんと底があってよかった……。トマス・クックの「記憶」物に似て非なる傑作、と言ってもいいのだろうけど、やっぱりこういうのは苦手。

死せる少女たちの家 スティーヴン・ドビンス ハヤカワ・ミステリ文庫
サイコ・サスペンスかと思いきや、マス・ヒステリーの物語。地域社会が壊れていく様を細かく綴っていく。「サラトガ・シリーズ」(1月分参照)の作者が何でこんな陰惨なものを、と思ったら、こっち系の方が本道らしい。さよか。

闇よ、我が手を取りたまえ デニス・レヘイン 角川文庫
ボストンの探偵<パトリック&アンジー>シリーズの二作目。レヘインは正統派ハードボイルドの後継者と言われてる(らしい)。前作「スコッチに涙を託して」もよかったけど、こちらはそれ以上で、間違いなく今年のベスト10候補。同じく男女コンビの「リディア&スミス」物(4月分参照)と比べると作者の力量の違いがよくわかる(好き嫌いは別にして)。

4月

奇跡の人 真保裕一 新潮文庫
単行本初版は97年。評価高かったんだけどなんとなく手が出なくて、やっと読んでみた。過去を無くした男の自分探しの物語。主人公への感情移入を拒否する作りで、読者は保護者的立場に置かれてしまう。よくできてるとは思うけど、こういうのは好きとは言えないな……。この人のだと「小役人シリーズ」とか「ホワイトアウト」とか、ちょっと前のが好き。

表と裏 マイクル・Z・リューイン ハヤカワ・ポケット・ミステリー
あ、リューインの新作だ、と思って読み始めたら「なんで今更こんなものを?」という気の抜けた話。いや、それなりに面白いんだけど、期待が大きかっただけに……。最後にあとがき見たら20年前の作品だった。なーるほど。ついでに、もう書かないという説もあった「アルバート・サムスン・シリーズ」再開とのお知らせがあってうれしい限り。

破れかぶれでステージ スティーブン・ウォマック ハヤカワ・ミステリ文庫
シリーズ物なのだが、例によって前作も前々作もよく憶えてない。ナッシュビルという土地柄、音楽絡みだったことぐらい。本家はまだ続いているのに、邦訳の方はこれで最後とのこと。契約上の問題? あ、お話はまずます面白いです、はい。

中国大盗賊伝 駒田信二 ちくま文庫
実は「水滸伝」とか好きでして。短編六作。例によって淡々と。中国人はすぐ人の首を刎ねるので怖い。

赤い鶏 シャーロット・カーター ミステリアス・プレス文庫
主人公はNYのストリート・ミュージシャン(サックス)の黒人女性、章題はセロニアス・モンクのジャズナンバー、そしてチャーリー・パーカーが事件のひとつの要素。という割には、なんだかあんまりジャージーな雰囲気を感じない。単にこちらの造詣が浅いからかね……

ハンニバル トマス・ハリス 新潮文庫
米国でも評価の分かれた「羊たち」の続編。上下巻一気に読ませる力はたいしたもの。しかしな……読み終わって、これでいいのか?! と言いたくなるぞ。つーか、言うぞ!!「これでいいのかあ?!」それにしてもこの話ほんとに映画化できるのか? クラリス・スターリング役はジョディ・フォスターが受けなかったんでジュリアン・ムーアだそうな。それ誰?

スペンサーヴィル ネルソン・デミル 文春文庫
97年邦訳初版。デミルにハズレなし、と一応言っておこう。田舎に帰った元スパイと元恋人とその夫の悪徳警察署長の確執。人物造詣が類型的だけど、一気に読ませるのはさすが。

ファーニー ジェイムズ・ロング 新潮文庫
転生純愛物。いい話だけどね、そりゃ当人達はいいかもしれんが、第三者は辛いよな。イギリス中世が血まみれの歴史だっつーのがよくわかる。宗教批判は的確。

新生の街 S・J・ローザン 創元推理文庫
NYの探偵コンビ、<リディア・チン(中国系美女)&ビル・スミス(ピアノ好きマッチョ)>の3作目。主人公二人とも魅力的。一作ごとに語り手が入れ替わるのも面白い。物語の本筋自体は普通だが、好きなシリーズ。

氷の闇を越えて スティーブ・ハミルトン ハヤカワ・ミステリ文庫
処女作にして探偵物系の各賞を総ナメにしたという作品。評判に偽りなし。展開を先読みさせない(つーか、予想を裏切り続ける)構成はよくできてるけど、今後シリーズにしちゃうと辛いのでは? (ただし、上記「新生の街」中のある登場人物と同じようなキャラが出てくるので続けて読むと「ははーん、こいつが」と気付いてしまう)

パソコンが野球を変える! 片山宗臣 講談社現代新書
著者は野球をコンピュータでデータ解析する「アソボウズ」代表。どうやるのか、が知りたかったのだが、なし。よく考えてみればそれって企業秘密だもんな。内容的には、どのように始まったか、データがどう使われるか、どう読み解くか、のプレゼン。ま、そういう見方も面白いよね、ということで(だって自分に使えないんじゃ意味ないからな)。スポーツ関連は別立てにしようと思ってるのだが、とりあえずここに置いとく。

スポーツ・エージェント 梅田香子 文春新書
アメリカにおけるスポーツ・エージェント産業の現状。この著者にはあまり感心したことがないのだが(貶してるわけではない)、この本はよく取材してある。でも、だからどうした? その先は? というのが正直なとこ。ま、日本スポーツ界の変革には代理人制度なんかより経営システムの整備が先だろうが、それってニワトリと卵か?

最高の悪運 ドナルド・E・ウェストレイク ミステリアス・プレス文庫
ドートマンダーとバーニー・ローデンバー(byローレンス・ブロック)といっつも混同しちゃうんだよね。NYの泥棒なんで。どっちもコメディで面白いし好きなんだけど、ドートマンダー本人が一貫して真面目であるという点で、こっちの方が(バーニー物よりも)バカバカしさが上回ってる。この話もバカバカしさのスケールがでかくて楽しい。

3月

詩的私的ジャック 森博嗣 講談社文庫
封印再度 森博嗣 講談社文庫
日本を代表する(のか?)理系ミステリ、犀川&萌絵シリーズの4作目と5作目。もともとの新書ノベルス版ではシリーズ完結してる(のか?)。どれも「謎」自体はたいしたものではない(のか?)が、理数系的論理性が云々とよく言われてる(のか?)ような思考経路が新鮮で面白い(のかな、やっぱり)。

殺戮 ポール・リンゼイ 講談社文庫
行動こそ人生というFBI捜査官を主人公にしたシリーズ物の三作目。なのだが、前二作を読んでるのに全然覚えてない。これもすぐ忘れるだろう。ただしそれ即ち「つまらない」というわけではない。面白い。語りに特有の軽妙さがあるのでタイトルほどに殺伐としてない。

スーパー・エージェント ハーラン・コーベン ハヤカワ・ミステリ文庫
<マイロン・ボライター>シリーズの5作目。主人公はスポーツ・エージェント。Myご贔屓シリーズのひとつ。これがひとつの転換点でもあるみたいなので、もし読むならシリーズの最初から読むとよい。

一寸の虫にも死者の魂 リチャード・コンロイ 創元推理文庫
立て続けに邦訳の出たスミソニアン・シリーズの三作目。今回のはスケールがでかい!! つーか、例によって「些末なおかしさの積み重ね」なんだけど、その絶妙な重なり具合がどんどん高度を増していくのだな。実になんともスラップスティック・コメディ(・ミステリー)の傑作。やっと気づいたのだが、このドタバタ風味ってトニー・ケンリックと近い(あるいは同じな)んだな。このシリーズもこれでひとまず終わり。寂しい。

サンセット大通りの疑惑 ロバート・クレイス 扶桑社ミステリー
事件より前作(「死者の河を渉る」2月分参照)から続く恋人との交流の方が読み応えがある。ああ、うらやましい。やっぱりエルヴィス・コールはLAの方がよく似合う。

コオロギの眼 ジェイムズ・サリス ミステリアス・プレス文庫
うーん、素晴らしい。前作「黒いスズメバチ」(なんと今回はその30年後!!)もよかったけど、それ以上。ハードボイルドが文学の一形態であるということがよくわかる。

英国・フランス楕円球聖地紀行 中尾亘孝 洋泉社新書
1999年第四回ラグビー・ワールドカップ観戦記。ラグビー好きならナカオの名を知らなきゃモグリ。歯に衣着せぬハード派のウォッチャー。ちなみに「あの時代(めんどくさいので説明を略す)」にスターログの編集長をなさってた方です。単に英仏紀行文として読んでも面白い。(ラグビー百年問題/日本ラグビー狂会・編著/双葉社 と併読するとなお良し)

闇へ降りゆく ディーン・クーンツ 扶桑社ミステリー
短編集。モダン・ホラーはほとんど読まないのだが(怖い話を読むとトイレに行けなくなるから)ディーン・R・クーンツはホラー系で唯一好んで読む作家。例の「超訳」出版社のおかげでまともな邦訳でクーンツの新作が読めなくなった今、こうして短編集が出てくれるのは実にうれしい。収録作もどれもハズレなし。

メデューサの嵐 ジョン・J・ナンス 新潮文庫
それと知らずに解除不能な時限核爆弾を積んだ飛行機が行き場をなくして、しかも嵐の真っ只中に……。上下巻なのにあっという間に読める。実時間にしてほんの4-5時間の間の話だから、よく言えばテンポがいい。悪く言えば、スカスカ。ハリウッド映画的。

一瞬の死角 ジョン・サンドフォード ハヤカワ・ミステリ文庫
<ルーカス・ダヴンポート>物の新作。このシリーズ久しぶりに読んだ(しばらくハード・カバーでずっと出てたので買ってなかった)が、相変わらず語り上手。ダヴンポートはいつのまにか市警察副本部長にまでなってた。偏執的なバカは怖いなあ、というお話。

裏切りの銃弾 スチュアート・カミンスキー 扶桑社ミステリー
これもシリーズ物。シカゴの老刑事エイブ・リーバーマン。これも例によって2作目にして3訳目という不順訳出なのだが、なんかやっと主要キャラクターが把握できた。主人公には、こういうジジイっていいよな、とちょっと憧れる。

2月

インド展の憂鬱 リチャード・コンロイ 創元推理文庫
スミソニアン・シリーズ。「スミソン氏の遺骨」(99年11-12月分参照)より時代設定は後だが、発表はこちらが先。出だしはもたもたしてる感があるが、中盤からのドタバタはなかなか。

ママは新人シェリフ J・A・ジャスティス 集英社文庫
集英社文庫は時にとんでもない邦題をつけることがある。正確には覚えてないが「オラが町さの新人署長は死体とジルバを踊るのサ」なんていうものがあった(本当は「ど田舎警察のミズ署長はNY帰りのべっぴんサ」だったようだ。記憶の中でなんか別のものとごっちゃになってしまったのだな)。なんだそりゃ。そのタイトルでわざわざ選ぶ読者がどれだけいるだろか。俺は読んだけど。「サラトガ刑事の大手柄」。サラトガ刑事は全然手柄をたてなかった。なんなんだよ。この邦題もその一例か。想像されるほどほのぼのとした物語ではない。もちろん微笑ましい家族愛が根幹にはあるが、けっこう真面目な話。テンポよし。でも表紙見てホームコメディだと思って読まない人は多いんじゃないか? 俺は読んだけど。しかし、そうと知らずにわざわざ選ぶ俺の趣味ってなに?

死者の河を渉る ロバート・クレイス 扶桑社ミステリー
自称名探偵<エルヴィス・コール>シリーズ第一作「モンキーズ・レインコート」(新潮文庫)を読んでから10年以上。まだ続いて出てるとは思ってなかった。本拠地ロスを離れてルイジアナへ。あの辺のじめじめした暑さは嫌いだ(滞在時間2時間)。ワニ亀が怖い。

切断点 リン・S・ハイタワー 講談社文庫
シンシナティイの女刑事<ソノラ・ブレア>物。前作も読んでるのだがほとんど記憶にない。章割りが早くて、映像的。刑事の日常がテレビドラマっぽい(褒め言葉)。

凍える牙 乃南アサ 新潮文庫
直木賞受賞作。いくつか「無理」はあるが、そんなことは気にならないくらい面白い。女刑事と犬、という組み合わせは大好物なので。

カーラのゲーム ゴードン・スティーヴンズ 創元ノヴェルズ
今年のベスト1!! いまのところ(つーてもまだ2月だが)。ボスニアで何があったか、コソボで何があったか、自分たちは何ができるのか、真面目に考えてしまう。アカシ某(元国連ナントカ代表)は結局何もしてなかったのだな、と再認識。カテゴリーとしては冒険小説。強く、哀しい女の物語。

襲撃待機 クリス・ライアン ハヤカワ・ミステリ文庫
同じSAS出身のアンディ・マクナブ「リモート・コントロール」(99ベストテン参照)と比べると人物は類型的で、展開もありきたり。行動場面になるとやたらと描写が細かくなる……。ちなみに湾岸戦争時にライアンはマクナブの部下だったとか。やっぱり隊長の方が能力が上つーことかね。

赤葡萄酒のかけら ロバート・リテル 新潮文庫
ロシア革命からスターリン時代まで、40年にわたる大河ドラマ。何人もの登場人物の造形が秀逸。でも重く辛い……し、ちょっと長い。88年の作品なので、当時まだソ連はあったのだな。なくなってよかった、とつい思ってしまう物語。

死よ光よ デイヴィット・グターソン 講談社文庫
死を目前にした老医師が死に場所を求めて……という話。「殺人容疑(ヒマラヤ杉に降る雪)」の作者の作品にしてはさして(?)重くない。情景描写の偏執的細かさはこの作者特有だが、すいすいと読めてしまった。回想シーンも読ませる。

最高裁調査官 ブラッド・メルツァー ハヤカワ・ミステリ文庫
リーガル・サスペンスと銘打ってあるけど、青春コンゲーム、つーところか。全体の四分の三は「若者のむだ口とジョーク」。ま、それが面白いんだけど。97年発行の文庫化。

2000 1月

図書館長の休暇 ジェフ・アボット ミステリアスプレス文庫
これまでの「図書館」シリーズとは全然違う雰囲気。重い……暗い……。ああ、このシリーズはずっと一貫して家族ネタだったんだな、とあらためて気付いた。作者もこの続きが書けなくて(書くつもりがない?)苦労しているようだが……。

遥か南へ ロバート・マキャモン 文春文庫
殺人犯、痣のある美女、三本腕の男、偽エルヴィス・プレスリー、どこかしら壊れた奴らのロード・ノヴェル。95年発行の作品の文庫化。最初に出たときに読もうと思ってて忘れてた。「再生」のおはなし。第一級に面白いけど、展開がちょっと慌ただしい分、感動は薄いかな。

名もなき墓標 ジョン・ダニング ハヤカワ・ミステリ文庫
あの名作「死の蔵書」のダニング、1981年の作品。「アーミッシュ」と「不法行為の隠蔽」という構成要素は映画「刑事ジョン・ブック 目撃者」(85年)とまったく同じ。映画が評判になったとき、ダニング先生はかなり憤慨したらしい。「なんだよー、俺の方が先にやってんじゃねぇか!」訴訟とかしなかったのかな? 中味はもちろんだが、ダニング自身による序文が一番面白いのかもしんない。

ハートブレイク・カフェ ビリー・レッツ 文春文庫
という邦題に反してハートウォーミング。暖かな人情話。ま、ただそれだけなんだけど。

700万ドルの災難 ジェイムズ・マグヌスン 扶桑社ミステリー
しがない大学助教授が犯罪に関わる大金を発見して……という物語。似たような設定の「シンプル・プラン」が内面の壊れ方を描いた名作(個人的には嫌いだが)だとしたら、こちらは生活が壊れる経路に終始してて平板。後半部のアクション場面も取って付けた感じ。

サラトガ探偵の難事件 スティーブン・ドビンス 集英社文庫
「サラトガ刑事の大手柄」(これはつまらない……)に続く邦訳第二作ながら、なんと時代設定が前作から20年たっている! 物語の雰囲気も全然違う。それもそのはず、これはシリーズ8作目なのだった。お話自体はどうということもないのだが、語り手のキャラが飛び抜けて立っている。しかもそれだけで一気に読ませるのはすごい。シリーズのどのへんから作風が変わったのかはちょっと気になる。

首吊りの庭 イアン・ランキン ハヤカワ・ポケット・ミステリー
文庫じゃないけど。<リーバス警部>シリーズ。仕事中毒で一匹狼のスコットランド人。ピーター・ダイヤモンド警部と印象がダブるんだよね。あと、スキナー警視もスコティッシュ(だったと思う)。誰が一番好きか? リーバスかな。この作品も面白い。がしかし、ポケミスが1600円もするのはちょっと驚いた。レジで気付いたから余計に。

救命士 ジョー・コネリー ハヤカワ文庫
救命士とはERに急病人とかを運んでくる救急車の乗務員。ストレスと狂気と混乱の小刻みでエンドレスな積み重ねのボディブロー。ニコラス・ケイジで映画化決定とのこと。あとは特になし。

セーフハウス アンドリュー・ヴァクス ハヤカワ・ミステリ文庫
<バーク>シリーズ10作目。ここんとこバークの「ハード&ストイック」が微妙に水漏れして来てるよな。年のせいか? 今後が気になる。それはそうと、いつも初訳はハードカバーだったのに、文庫。安いのはいいけど、本棚の統一性が破綻しちゃうじゃないか。

1999 11-12月

夏草の記憶 T・H・クック 文春文庫
クックは見つけたら買うけど、最近の「記憶もの」(邦題に記憶という語がついてるだけで作品同士に関連はなし)は気力の充実してる時じゃないと読めないのでしばらく積んどいた。しかしさすがに読み出すと止まらない。回想と今の配合が絶妙。「記憶もの」最高峰? でも、「泣いた」と言うほどでもなかった。「なぜ今さら」というのが正直な感想。もてない男の子としては身につまされるお話しなのでちょっと、辛い。

真夜中の死線 アンドリュー・クラヴァン 創元推理文庫
死刑執行当日、死刑囚の無罪を確信した記者は彼をを救えるのか? つー話。クラヴァンはキース・ピーターソンでもある。ピーターソン名義で書かれた記者ウェルズ・シリーズのファンなので期待して読んだら、ほとんど傑作と言っていい作品だった。ただ、一日で全部すませなきゃいけない物語なのでちょっと強引。あと、主人公(の新聞記者)がダメ人間なのだが、そのダメぶりに理解しづらい面があるな。正月公開映画「トゥルー・クライム」の原作。だとか。主演が(監督も)クリント・イーストウッド? そりゃ違うだろー。

23段階の闇 K.j.a.ウィシュニア ハヤカワ・ミステリ文庫
タイトルから重い話だと思って読んだら、まあ、出来事としては決して軽い話じゃないんだが、主人公のヒスパニック女性のキャラが力強いのでトーンが妙に明るい。魅力的です。シリーズの続きが読みたくなる。

スミソン氏の遺骨 リチャード・T・コンロイ 創元推理文庫
スミソニアン博物館を舞台にしたなんつーか、変なミステリ。犯罪の隠し方が秀逸。知的に面白い。こーゆうの好き。二度と読み返さないけどね。

死体は訴える ペニー・ワーナー ハヤカワ・ミステリ文庫
探偵役のヒロインが聴覚障害者。でもその特殊さがあまり伝わってこないな。主人公に音が聞こえてない場面でも文章は続いちゃうからなあ。空白にしたら? お話し自体はふつう。シリーズ第一作。

警告 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫
例の<検屍官>シリーズ。惰性で読んでるだけ。登場人物が主人公含めてみんなどんどんイヤな奴になってくという点が凄い(のか?)。お話は例によって強引なご都合主義。

カリブの鎮魂歌 ブリジット・オベール ハヤカワ・ミステリ文庫
たしかに一気に読ませる上手さも力もあるんだけど、なんか足りない。なんだろ? ううむ、そもそもカリブが舞台じゃなくてもかまわない話なんだよな……。


ああそう。
ふりだしにもどる。