柳美里著 『ゴールドラッシュ』
 

                  
2007-04-25

(作品は、柳美里(ユウ・ミリ)著 『ゴールドラッシュ』 新潮社による。)

                 

 初出「新潮」1998年(平成10年)11月号
 1998年11月刊行。

 著者の略歴
 昭和43年、神奈川県横浜市出身。在日韓国人。高校中退後、東京キッドブラザースを経て、昭和63年、劇団「青春五月党」を結成。
 平成5年、「魚の祭」で第37回岸田國士戯曲賞を受賞。
 平成8年、「フルハウス」で第18回野間文芸新人賞。第24回泉鏡花文学賞受賞。
 平成9年、「家族シネマ」で第116回芥川賞を受賞。


物語の展開:

 主人公は14才の中学2年の少年弓長かずき。その父英知は、ベガスというパチンコ店をワンマン経営して、いまや弓長家が100%株を持つグループ・イカロスの社長である。また脱税で多額の金を隠し持ち、学校を寄付して全国有数の進学校、中・高校を持つ萌星学院の理事を務め、営利中心の学校運営を行っている。しかも、少年は父親から中学1年生の時から帝王学を学ばせるとパチンコ店にも出入りさせている。

 少年の家族には、母親美樹と精薄児の兄幸樹、姉の美歩がいる。母親は占いで清貧規範に生きれば兄の病(ウイリアムズ病)は治ると言われたが、英知の反発・暴力に幸樹を連れて家出をするが、生活苦のため、幸樹だけは家に帰し、一人暮らしをしている。

 義務教育の学校にも行かず、金には不自由しない環境に育った少年は、やることが尋常ではなく、何をするか判らない性格を秘めている。ついには父親を殺害し、地下室に隠して、店の社長代理を務める計画を立てるが、色々な障害が立ちふさがっていた・・・。
 1997年に発生した神戸連続児童殺人事件(神戸の酒鬼薔薇事件)に触発された作品。

読後感:

 まず少年の異常行動の場面の表現は、実に迫力があり、生々しく、ぞっとするような雰囲気を醸し出す。一方、正常の時の行動は14才とは思えない。その行動と心理状態には、少年という年齢を感じさせず、立派な大人ではないかとさえ思わせる。しかし周囲の人間にはガキとしか見られない子供の悩みが吐露されていて、そのギャップがみごとに表現されている。

 普通異常行動の場面だけで構成されているような小説では、途中で投げ出してしまうが、少年の心理、精神状態を受けとめて、著者のメッセージを伝えたがっている点が感じられ、なかなか興味深い作品である。

 著者のことにも関心が湧いたが、俵万智著の「101個目のレモン」に次のように書かれている。
 柳さんは、基本的には「戦う女」だ、と思う。イメージとしては、雄ライオンの逆。ふだんはだらだらと休憩ばかりしている雄ライオンが、いざというときに戦闘態勢に入るのと逆で、日常の基本が戦うモードで、そのあいまに平穏モードがある。
 あるインタビューで、俵万智に、小説の中での格闘、ライバルはA少年と語ったという。そんな意味が伝わってくる。


印象に残る表現:

◇金本が少年に言う言葉
(補足:金本は、元ヤクザ。英知の父が、ベガスに改名する以前の宝球殿の時代に、もめ事を解決した企業舎弟。少年もこの男には頼りにしているし、金本も少年に対しては色々面倒を見ている。)

「子どもってのはおとなにとって過去であると同時に未来なんだ、先のことはわからねえけど、知りたいんだ、占いたいんだ、てめえがいなくなった先の未来をガキのなかに見て安心してえんだ。
 おれも金閣のおやじさんもどんな目でお前を見てたと思う? おやじさんはもうすぐくたばるんだ、そのおやじさんがおまえに救いを求めてなぜいけない! 三途の川を渡りきってふりむいたとき、おまえが向こうの岸で生きてんだなあと思ってなにが悪い。 おまえは勝手だと思うだろうが、そういうもんなんだよ、そういうふうに生きてんだ、いいか、ちんけな希望を持ってくたばりたいんだよ、


◇少年の考え(つまり作者の考え)
 社会の網の目は通年と利害でしっかりと結ばれ、それ以外の要因で引き起こされた出来事は網にはかからない。実は子供こそ通年と利害に異常なほど敏感だということにおとなたちは気づいていない。通年と利害ではない関係で人間が衝突することへの驚き、このふたつから逸脱した犯罪が起きると、犯罪心理学者はすぐに快楽殺人とか愉快犯と名づけて精神的な障害を持ち出すか、通念が疲弊し、利害が錯綜していることを知ろうとしていないだけだ。

  

余談:

 柳美里という作家の作品を引き続き読んでみたいと思い、自伝と分類されている物語「命」を、エッセイの「魚が見た夢」も参考にしながら、次回取り上げる予定。

背景画は、さるパチンコ店の外観フォト。