吉田修一著 『 国宝 』









              2019-01-25

(作品は、吉田修一著 『 国宝 』    朝日新聞出版による。)

         

  初出 「朝日新聞」201711日から2018529日に連載。単行本化に当たり加筆修正。
  本書 2018年(平成30年)10月刊行。

 吉田修一:
(本書より)
 
 1968年長崎県生まれ。97年に「最後の息子」で第84回文學界新人賞を受賞し、デビュー。2002年には「パレード」で第15回山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で第127回芥川賞を受賞。純文学と大衆小説の文学賞を合わせて受賞し話題となる。07年「悪人」で第61回毎日出版文化賞を受賞。10年「横道世之介」で第23回柴田錬三郎賞を受賞。主な著書に「さよなら渓谷」「平成猿蟹合戦図」「路」「怒り」「橋を渡る」「犯罪小説集」「ウォーターゲーム」ほか多数。    

主な登場人物:

(上)青春篇

立花権五郎(ごんごろう)
息子 喜久雄
先妻 千代子
後妻 マツ

長崎立花組の親分。長崎抗争で戦前からの名門宮地組を解散に追い込む。
・喜久雄は権五郎の仇討ちに宮地恒三を狙うも失敗、長崎を追われ大阪の半二カの元に。三代目花井半次郎に。
・千代子は喜久雄が2歳の時没。マツが育ての親に。千代子の頼みで喜久雄をヤクザにしない約束。

早川徳次 立花組部屋住み組員、喜久雄より2歳年上。当時16歳。喜久雄を「坊ちゃん」と。
辻村将生(まさき) 立花権五郎の弟分。愛甲会の若頭。立花権五郎を銃で撃ち、その後立花組は愛甲会の下部組織に成り下がる。その後辻村は喜久夫達のバックアップ役に。
宮地恒三 長崎での名門宮地組の大親分。
春江 喜久雄の恋人。後に俊介と共に行方不明に。

花井半二郎
妻 幸子
(さちこ)
倅 半弥
<本名 大垣俊介>

大阪の歌舞伎役者丹波屋の三代目半二郎。
・幸子 舞踊相良流の家元、後妻。
・俊介 名門の倅。喜久雄と「二人道成寺」で評判を取る。三代目半次カの名を喜久雄に取られ、突然春江と出奔、行方不明に。

小野川満菊 稀代の立女形(たておんながた)
市駒

京都祇園の舞妓。後に喜久雄の子綾乃を産み、育てる。
徳次が綾乃を可愛がる。

弁天 天王寺村の芸人夫婦の子。徳次と北海道に稼ぎに行くも・・。
梅木

当代の歌舞伎を仕切る興行会社「三友」の社長。喜久雄を贔屓。
・竹野 映画をやろうと入った新入社員。退屈な芝居の歌舞伎のことを笑って言う竹野に、喜久雄は取っ組み合いを演じる。

姉川鶴若

正統派小野川万菊と人気二分の立女形。駿河屋の血筋。
三代目花井半二カの喜久雄を預かることになるも、冷たい仕打ち。

(下)花道篇

立花喜久雄
妻 彰子

丹波屋一門、三代目花井半二郎。元は任侠の世界出から、俊介との素性の違いからかなかなか評価されない不遇の時を経て・・・。
・彰子 吾妻千五郎の次女。

大垣俊介
<花井半弥>
妻 春江
息子 一豊
(かずとよ)
一豊の妻 美緒

丹波屋一門、花井半二郎の倅、後に五代目花井白虎。
出奔以来苦労の末、大国テレビに出向中の竹野に見出され、復活。
歌舞伎座の俊介と新派の喜久雄の二項対立で評判。
・春江 梨園の女将さん振りが板に付く。
・一豊 なかなか芽が出ない。

吾妻千五郎
次女 彰子

富士見屋、江戸歌舞伎の大看板。
・彰子 大学で社会学を学ぶ女子大生。久住家の御曹司との婚約の話、でも喜久雄お兄ちゃんの奥さんになると同棲へ。父親の千五郎は猛反対。

伊藤京之介

吾妻千五郎と並んで江戸歌舞伎の双璧。喜久雄より7つ年上。
人気二枚目の立役役者。

竹野 今や三友の最年少取締役。
弁天 今をときめく人気芸人。
曽根松子 新派の大看板、賭博師の血を引く女傑。一時期喜久雄は曽根松子に救われる。彰子の母佳子の遠縁に当たる。

綾乃
夫 大雷
(おおいかずき)
娘 喜恵

京の舞妓の市駒と喜久雄の間に生まれた子。父親の喜久雄に対して反発している。
・夫 相撲界の大関。
・娘 喜恵 大雷との結婚式には綾乃のお腹にいた。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

(上)
 1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」。侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。

(下)
 日本の成長と歩を合わせるように、技をみがき、道を究めようともがく喜久雄と俊介。2人は、舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受していく。その頂点に登りつめた先に、何が見えるのか?
    

読後感:

 歌舞伎役者の物語には色々有名な歌舞伎の演目が出てきて、全く素人の自分には馴染める内容ではないなあと手にして思ったのだが、でも読んでいる内に一応演目の解説的なものも挿入されていてそんなに違和感なく読めた。

 二人の歌舞伎役者の主人公立花喜久雄と大垣俊介の生い立ちから俊介が父親から丹波屋の三代目花井半二郎を受け継ぐものと思いきや、ライバルとも言うべき喜久雄に譲る話に絶望、突然喜久雄の恋人でもあった春江と出奔、行方不明となる。

 関西歌舞伎界の衰退、それに伴う喜久雄達を巡る徳次や母親のマツ、舞子の市駒と綾乃の様子、(上巻)ラストでの俊介の様子と東京に戻ってからの喜久雄との間のわだかまり(?)など、それらにまつわる話は物語としても興味深く引き込まれた。

 さて、(下巻)に入ると俊介の復活と喜久雄との二人芝居の評判と評価が上がる絶頂期が展開する一方、人生の経過とともにそれぞれの人々の変化が生じてくるのは世の中の常。
 結婚有り、子供の反抗期有り、世代交代も有り、人の死もある。

 引き立ててくれた小野川万菊の歌舞伎引退後の死に至るまでの様子、京都祇園の舞妓市駒との間に生まれた綾乃の変化、長年喜久雄の裏方を務めてくれていた徳次の、もう一旗揚げたいと大陸に渡ると言い出し離れていく流れ、特に俊介の壮絶な最期が印象的である。
 それにもまして市駒との間に出来た隠し子に当たる綾乃が発した言葉に喜久雄の表と裏の悲喜が象徴的である。
「なんで、私らばっかり酷い目に遭わなならへんの?なんでお父ちゃんばっかりエエ目みんの?お父ちゃんがエエ目みるたんびに、私ら不幸になるやんか?もう嫌や!もうこれ以上は嫌や!なあ、お父ちゃん、お願いや。私から喜恵を取らんといて!なあ、もうええやんか・・・」と。

 人生最後に向けてにある中、俊介の後釜となる一豊のちょっとした不始末から後を頼まれていた喜久雄も、次第に波乱のラストを迎える予感が・・・。
 長丁場だった喜久雄の歌舞伎に賭ける姿は不器用だった性格だけに、完璧な芸を求め、その完璧を超えた喜久雄は客が見えなくなってきて・・。
 大陸に渡った徳次がラスト、人間国宝の報を聞き、日本に戻ってくる様子、長らくの付き合いの竹野が喜久雄の変化を感じ楽屋で喜久夫の息子の一豊に問いただす場面など、上巻から下巻にかけてずっと関心を続けさせて読者に読ませるのは著者の力量であろう。
 

余談:

 参考資料のリストには歌舞伎に関するものがぎっしり。小説中に出てくる演目とその内容の解説がありがたい。歌舞伎に関心がある読者なら、なおさらこの小説は面白いものであろう。
 朝日新聞の10月の紙面に文藝評論家の斉藤美奈子氏の文が掲載されていた。
「道を極める女形二人 絢爛の軌跡」と題して芸能界の華やかな話題もふんだんにちりばめた豪華絢爛な長編小説。友情あり、恋模様あり、歌舞伎の裏話あり。しはし、非日常の世界で遊ばれたし」と。
 歌舞伎の世界の小説と知って読むのを戸惑ったが、読んでみて引き込まれてしまったのはそういうことだったのかも。 
 

背景画は、花をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

           
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