吉田修一著 『怒り』






                
2014-05-25


(作品は、吉田修一著 『怒り』     中央公論新社による。)

         

 
初出 「読売新聞」朝刊(2012年10月〜2013年5月)
    単行本化にあたり、加筆修正。
 本書  2014年(平成26年)1月刊行。

 吉田修一:
 1968年長崎県生まれ。97年「最後の息子」で文学界新人賞を受賞、作家デビュー。2002年「パレード」で山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で芥川賞、07年「悪人」で毎日出版文化賞と大佛次郎賞、10年「横道世之介」で柴田錬三郎賞を受賞。その他の著書に、「さよなら渓谷」「太陽は動かない」「路(ルウ)」「愛に乱暴」など多数。


 主な登場人物:

槇洋平(47歳)
娘 愛子

千葉房総の浜崎港で漁協勤め。
愛子 4ヶ月ほど前、家を出(2度目)て東京に、ソープランドで働いているのを保護、連れ帰る。

明日香
息子 大吾

浜崎で一番大きなリゾートホテルで働いて5年経つ。
愛子の従姉。

田代哲也 2ヶ月前から浜崎の漁協でバイトで働き始めた若者。最近まで信州のペンションに住み込みで働いていた。

藤田優馬
母親
兄 航
(わたる)
兄嫁 友香

大手の通信系の仕事をしている。同性愛者。
母親は末期ガンでホスピスに入院中。

大西直人 スーパー銭湯で優馬と知り合い、優馬のマンションに住みつく。とくに働きに出ることもなく過ごしている。

小宮山 泉
母親 真由

中1の時、工務店で働く母親が社長の息子と不倫をして名古屋から福岡に。そこで丸3年過ごし、泉の同級生の父親と再び不倫、沖縄に逃げ出す。

林耕作
妻 瑞恵

沖縄で“波留間の波”というペンションを経営。離れに泉の一家を暮らさせる。
知念辰哉 沖縄で泉と波留馬高校の同級生(高1)。父親は民宿「さんご」を経営する。泉の秘密をただ見てるだけで助けられなかったことを悔やむ。
田中信吾 無人島(星島)の廃墟で一人でいるところを泉に見つかる。
北見壮介

八王子警察署捜査一課巡査部長。
何気ない動作が優しさを秘めた刑事の印象を与えている。

南條邦彦 八王子署捜査一課警部補。
山神一也 八王子の夫妻殺人事件の容疑者。事件後行方不明。異様に鋭い一重の目、左利き、右の頬に縦に3つ続きのホクロの特徴を有している。

 物語の概要:
(図書館の紹介記事による)

(上)
 殺人現場には、血文字「怒」が残されていた。事件から1年後の夏、物語は始まる。整形をして逃亡を続ける犯人・山神一也はどこにいるのか…。「悪人」から7年、吉田修一の新たなる代表作。
 (下)
 愛子は田代から秘密を打ち明けられ、疑いを持った優馬の前から直人が消え、泉は田中が暮らす無人島である発見をする。衝撃のラストまでページをめくる手が止まらない。「悪人」から7年、吉田修一の新たなる代表作。


 読後感:

 最初に描写された夫婦の残酷な殺人、犯人は山神一也と特定できたのに1年経っても犯人は挙がらないで、物語はどういう陰があるのか、疑念を抱かせる3人の存在が謎を秘めて展開する。三人とは田代哲也、大西直人、そして田中信吾。それぞれの舞台が千葉の浜崎、都内そして沖縄波留島と。
 またそれぞれの人物に関わりが深い人物が槇愛子、藤田優馬、小宮山泉たち、それぞれ何だか普通一般の境遇ではない育ちとか、いわく付きの境遇の身。
 さらにもう一人刑事の北見壮介にも秘密を持った美佳という女性との交際に戸惑いがつきまとう。

 被害者の人物の素性も一向に明らかにされない。
 話は三人に絡んで次々と場面が変化し、同時進行の形で進んでいく。そこから判ってくるのは・・・。三人の三人とも秘密が明かされず進行、そのために相手を信ずることが出来るのか、それが深く自分のことに関わり、愛するが故にことが起きてしまう。ジンときて涙が溢れる場面が胸を打つ。
 帯文に感動の感想が載っているが、どれも正しい。 

印象に残る場面:

 田代哲也が何も教えてくれないため、優しい看護士であったと思う女性を殺した八王子殺人事件の殺人犯ではないかとの思いから、警察に知らせた愛子、父親の洋平とのやりとりが涙を誘う。:

「ねぇ、お父ちゃんって!私・・・、田代くんが・・・。ねぇ、お父ちゃんって! 私、田代くんのこと裏切った。裏切った。田代くん、私のこと信じてくれたのに、私、田代くんとの約束破った・・・。ねぇ、お父ちゃんって!」
「愛子・・・」
 ・・・
「・・・。どうしよう。田代くん、もう戻ってこないよ。私が悪いの。私が・・・」
「お前は間違ってない・・・。間違ったことしてない! 殺された人のために・・・、お前はちゃんと頑張った・・・。愛子、お前は間違ったことしてない・・・」

(不幸を背負った娘が将来幸せになることは出来ないのではないかと娘の幸せを信じられない父親と秘密を背負った田代が信じられなかった愛子の苦悩のやりとり)

   


余談:

 三人の秘密を抱えた男たちと、その人間に深く関わった人間が、相手を信じることが出来なかった為に、また関係する人の秘密を守るために怒りをぶつける相手は果たして・・・。
 信じることの難しさ、三人三様の提示がなんとも胸の痛みとなって迫ってくる。それに親の気持ちがなおさらいじらしい。誰に、どこに涙を流すのか、人それぞれかも。

        背景画は作品を読んでいる最中に出てくるガジュマルの樹。背景画はこれだと直感。                       

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