吉田修一著 『悪人』

 

                 2009-02-25


(作品は、吉田修一著 『悪人』 朝日新聞社による。)

                
  
 

 初出:「朝日新聞」2006年3月から2007年1月に連載。
 2007年4月刊行

 吉田修一:(本書の著者略歴より)

 1968年長崎県生まれ。
  法政大学経営学部卒。96年「Water」が文学界新人賞最終候補となる。
 97年「最後の息子」で文学界新人賞受賞。同作は第117回芥川賞候補となる。
 

  

主な登場人物:


石橋佳男
妻 里子
娘 佳乃

久留米市内に住み、里子と理髪屋を経営する。
娘佳乃は今年短大を卒業、福岡市内で保険外交員を始める。アパート暮らし。出会い系サイトで多くのメル友と会っていることは親は知らない。増尾圭吾に憧れ、眞子や沙里に付き合っていると嘘をつく。

安達眞子
谷元沙里

佳乃と同じ保険会社に勤め、アパートに住む仲良しの三人組。

清水祐一
(育ての)母親 房枝

高校卒業後、あれこれ勤めたが恵まれず、今は土建屋で働いている。小さい頃に母親に捨てられたことの暗い影を抱えている。石橋佳乃とメールで知り合い合う約束をして待ち合わせるが・・・。房枝の夫は入退院を繰り返し、何かにつけ祐一が頼りである。

馬込光代
   珠代(ことよ)

光代は佐賀市内の紳士服の量販店の販売員、30歳。双子の姉妹で妹の珠代とアパート暮らし。出会い系サイトに思い切って会う約束をした男が清水祐一。
増尾圭吾 福岡市内にある有名な西南学院大商学部の4年生。実家は湯布院で旅館を経営する、裕福で外車を乗り回し、取り巻きも大勢いる。
鶴田公紀 増尾圭吾と仲の良い友達、映画好き、圭吾とは趣味も性格も全く違うが、妙に気が合うところがある。


読後感
  

 最初の福岡市と佐賀市を結ぶ263号線のこと、南北に背振山地の三瀬峠の話、霊的な話が絶えないとの文章を読んでいると、何か以前読んだことのある事件のことを思い出す。振り返ってみると、そう「復讐するは我にあり」の舞台もよく似た箇所であった。
そんな親近感?からか話にのめり込んでいけた。

 物語の最初の方で、福岡市内に暮らす保険外交員石橋佳乃が絞殺され、土木作業員が逮捕されるという所から始まる。
 しかも、その事件の展開が、次から次と過去に向かって展開するのと、過去のいきさつが描かれていくに従い次第に登場人物の輪郭がハッキリしていくこと、つぎつぎ登場する人物が犯人ないし、容疑者の人物と関わりがあるのと当時に、犯人や容疑者の人物像を次第に明確にしていく手法にはなかなか引き込まれてしまう。

 出会い系サイトで知り合った女の素顔が次第に明らかになっていくと同時に、その周りの家族関係、人間関係、生い立ちも横糸に広がりをみせ、薄っぺらなものでなく、厚みのある読み物となっている。残酷な場面はなく、今日の若者気質や世相も納得できる。

 最終章になると、加害者の育ての母親、被害者の両親が、ちょっとした理解者の後押しで気持ちが吹っ切れて、その後の生活を取り戻していく姿にほっとするところである。
 それにしても、悪人という題名から想像し、もっと悪の模様があるのかと想像していたが、本当に悪人だったのか、善良なるが故に悪を装ったのか、余韻の残る結末であった。


印象に残る場面:

増尾の友人である鶴田が、殺された石橋佳乃の父について語るくだり

あのとき、なんで佳乃さんのお父さんを増尾に会わせようと思ったのか、自分でもよう分かりません。雪の中、増尾の足にしがみついとったお父さんの姿を見て、うまく言葉にできんとですけど、生まれて初めて人の匂いがしたっていうか、それまで人の匂いなんて気にしたこともなかったけど、あのとき、なぜかはっきりと佳乃さんのお父さんの匂いがして。・・・あのお父さん、増尾と比べると悲しゅうなるくらい小さかったんですよ。

・・・・・

 あのお父さんが増尾の足に、必死にしがみついとる姿を見た瞬間、なんていうか、今回の事件がはっきりと感じられたっていうか・・・・。


  

余談:
 
吉田修一という作家、この作品は最高傑作という評価をWebで見たことがある。この作品を読んで、芥川賞を取った「パークライフ」を次回取り上げたいと思った。
 
背景画は、本書の内容にある三瀬峠付近を含む地理。

                    

                          

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