米澤穂信 『 の悲劇』


              2021-07-25


(作品は、米澤穂信著 『I(アイ)の悲劇』    文藝春秋による。)
                  
          

 
初出  軽い雨  「オールスイリ」 2010」
    黒い網  「オール讀物」2013年11月号
    重い本  「オール讀物」2015年11月号
    白い仏  「オール讀物」2019年6月号
    上記作品以外は書き下ろし。

 本書 2019年(令和元年)9月刊行。

 米澤穂信
(よねざわ・ほのぶ)(本書より)

 1978年岐阜県生まれ。2001年、「氷果」で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞しデビュー。2011年「折れた竜骨」で第64回日本推理作家協会賞、14年には「満願」で第27回山本周五郎賞を受賞。現在最も新作が待ち望まれる作家の一人である。他の著書に「さよなら妖精」「インシテミル」「追想五断章」「リカーシブル」「王とサーカス」「いまさら翼といわれても」「本と鍵の季節」など、編著に「世界堂書店」がある。  

主な登場人物:

<南はかま市間野(まの)出張所> 4つの自治体の合併で生まれた南はかま市の出張所の内の一つ、旧・間野(まの)市。
万願寺邦和(くにかず)

南はかま市Iターン支援推進プロジェクトのリーダー。甦り課所属。
6年前無人となった蓑石
(みのいし)地区に市外からの新規転入(いわゆるIターン)の支援と推進をすることを業務とする。
・両親 南はかま市に合併前の、旧開田
(かいだ)町の外れで定食屋をやっていたが、店を閉めることに。
・妹 千花 市内で保育士。
・弟 東京でシステムエンジニア。

観山遊香(かんざん・ゆか)

去年採用されたばかりの新人。万願寺の部下。
初対面から他人の懐にするりと入り込む奇妙な才能の持ち主。

西野秀嗣(ひでつぐ) 甦り課(よみがえりか)の課長。50過ぎ背低く恰幅がいい。定時になったら帰宅するタイプ。プロジェクトメンバー全三人の一人。
市役所の上層部

南はかま市役所は、旧南山市役所の建物をそのまま使っている。
・飯子
(いいこ)又蔵市長 62歳。建設会社の社長だったが、市長に就く際娘婿に譲る。このプロジェクトは市長の肝いりで誕生。
・山倉副市長 旧・南山市出身。
・大野副市長 旧・間野市出身。

[第一章] 軽い雨

久野吉種(よしたね)
妻 朝美

会社員、30歳。物怖じしない立ち居振る舞い。趣味ラジコン、日曜大工、機械いじり。

安久津淳吉(じゅんきち)
妻 華姫
(はなき)
子供 女の子

野外でバーベキュー、音楽を大音量で鳴らすことで、久野家から苦情万願寺に寄せられる。
[第二章] 浅い池
牧野慎哉(しんや)

洗練された容姿の二十代の男性、蓑石を盛り上げると豪語。
水田を活用して養鯉
(ようり)を計画。

[第三章] 重い本
久保寺治(おさむ) 五十を過ぎた男性、アマチュアながら本を出している、歴史研究家。

立石善巳(よしみ)
妻 秋江
息子 速人
(はやと)

五歳の息子の健康のために移住してきた。
[第四章] 黒い網
上谷景都(けいと) 平穏に暮らしたいと、前に大阪で学習参考書を売る営業マン、辞めて蓑石に。アマチュア無線趣味の独身、31歳。河崎家からクレーム。
滝山正治(まさはる)

二十代半ばの身ぎれいな男性、独身、24歳。
病気をして、今は静養中。

河崎一典(かずのり)
奥さん 由美子

夫婦での移住、夫はタクシー運転手。妻より6つ年上、35歳。
・由美子さん クレーマーもどき。ただ大勢の前では大人しくなる。

長塚昭夫(あきお) 五十代半ば、目つきが精力的にぎらぎらとした太り肉(じし)の男性。主導権握りたがりや。秋祭りを提案。
[第五章] 深い沼
万願寺の弟 東京でシステムエンジニア。
[第六章] 白い仏

若田一郎
妻 公子
(きみこ)

二十代の若い夫婦、27歳。一郎家の不幸連続で祈祷師から都会から引っ越すようにと言われて。離れに地権者の遺していった円空仏があり、他人に見せて傷つけられることを拒む。
・奥さん いかにも育ちの良さがある。

長塚昭夫

前は横浜で部品メーカー勤め。離婚をきっかけに移住決意54歳。若田家にある円空仏で町おこしを計画。

[終章] Iの喜劇 

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 一度死んだ村に、人を呼び戻す。それが「甦り課」の使命だ。市長肝いりのIターンプロジェクト。公務員たちが向き合ったのは、一癖ある「移住者」たちと、彼らの間で次々と発生する「謎」だった。注目の著者による、ミステリ悲喜劇。

読後感:

 南はかま市Iターン支援推進プロジェクトは、6年前無人となった蓑石(みのいし)地区に、市外からの新規転入(いわゆるIターン)の支援と推進をすることを業務とするを目的としている。そして旧間野市役所を出張所として、西野課長、万願寺邦和、観山遊香の三人のメンバーが推進に当たり、飯子市長(蓑石出身)が市長選の勝利の目玉政策となっていた。

 物語はその蓑石に移住者を迎え、支援するべく、その支援する取り組みの顛末が物語の主題かと、ミステリアスな出来事の顛末が面白かったが、題目の「Iの悲劇」が示すとおり、次々と移住希望者が、様々な事情で去って行くことになる展開に、はてなが灯ってくる。
 ラストの最終章「Iの喜劇」の表題に、とんでもない内容が展開仰天。

 その前兆とも言えるやりとりが第五章「深い沼」の万願寺と弟の電話のやり取りにあったのかと思う。
 東京でシステムエンジニアをしている弟が万願寺に対して発する言葉。
「開田町はもう死んだんだ。まわりとくっついて、南はかま市なんて変な名前になって。小さくても一つの町だったのに、大きな市の辺境になっちまった。そもそも、南はかま市だって日本全体から見れば辺境だ。兄貴がどう頑張ったって南はかま市は東京にも大阪にも、福岡にもなれやしない。大した産業もないのに税金を呑み込む深い沼だと思ったことはないか、兄貴」
 そして、幸せ論が兄弟の間で交わされる。撤退戦と消耗戦の言葉の応酬。でも最後はお互いを思ってのやりとりに。


余談:

 米澤穂信という作家の作品「満願」にもあるように、おのおのの章の、ミステリアスな展開は読者を引きつけてやまない。万願寺と観山のやり取り、西野課長の、ここぞという時の逞しさ、それがラストで、実に見事に“裏切られたぁ!”。読み終わって現実問題を考えさせられる。

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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