印象に残る表現:
サンプルは沢山あってピックアップに悩むが、一つ、二つを以下に掲げる。
楽しい読み物であること請け合い。
第2章 ふりむけば、そよ風
◇タクシーおつり哀歌(エレジー)
おつりにまつわる不足の話、小銭にまつわる話に続きさらに次のような・・・
タクシーに乗るときは注意しているつもりなのに、その日はタクシーに乗ってから、小銭がないことに気づいた。二千円に満たない支払いに、一万円札というのは、あまりに申し訳ない。平謝りにあやまったが、見るからに人のよさそうな運転手さんは、
「いいっす、いいっす。今日は細かいのが一杯あるんですから、大丈夫」とニッコリして、私の手の上におつりをのせてくれた。
「はい、千円が一、二、三・・・八枚、それに六百と二十円」
恐縮しつつ受け取り、何度もお礼を言いながら車を降りたのだが、なぜか運転手さんが、車の窓から、半身を乗り出して叫んでいる。
「お客さーん!それ、それを・・・」
運転手さんは、泣かんばかりだった。
「お客さーん!その左手の・・・」
ハッとして見ると、右手のおつりを握ったまま、左手で渡すべき一万円札をしっかり持っているではないか。運転手さんにしてみれば、おつりを八千円以上もとられたあげく、一万円も持っていかれたのでは元も子もない。悪気じゃなかったとはいえ、本当に悪いことをしてしまった。ベソかいた運転手さんの顔を思い出すたび、慚愧(ざんき)に堪えない。
では短くもうひとつ
第7章 機械は奇怪、器具は危惧
◇続・携帯電話
少し携帯電話に慣れて、人前でも使える勇気が出て、「電話しなくちゃ」なんて颯爽と携帯電話を開いたつもりが、自分の顔と鉢合わせしてギョッとした。コンパクトと間違えたのだ。それを目ざとく見つけて、ギャハハと大笑いした友人が、電卓で電話しようとしているのを見てしまった。お互いさまである。
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