渡辺淳一著 『阿寒に果つ』



                  2006-04-25



(作品は、渡辺淳一著『 阿寒に果つ 』角川書店による。)

          
 

「婦人公論」1971年7月号から連載。

「阿寒に果つ」は、天才少女画家といわれた時任純子(18才)の死体が、阿寒湖を見下ろす釧北峠の一角に、たまたま雪解けの陽気を見定めて、峠へ向かった湖畔の営林署員に発見された。その死に顔の病死や描写からはじまる。

 あの死は同情するどころか憎んでもいい。 あの死は驕慢(きょうまん)で僭越(せんえつ)な死ではなかったのか。 すべてを計算しつくした小憎らしいまでに我儘な死ではなかったのか。 と二十年という歳月がたった今、私は多面性を見せる純子という女性の顔を知りたくて純子と関係した5人の人達を訪ね、水晶の六面体からその一つの面だけを垣間見せて去っていった本当の姿を明らかにしようとする。
 そして自分が純子に一番影響を与え、一番純子を愛し、愛されていたと信じている。 果たして純子という女性の真の姿は描き出されたのであろうか?

純子に関係した主な登場人物の概略:

・第1章
若き作家の章
田辺俊一(私)
旧制から新制への学制の切り替えで男女共学になり、札幌南高校の二年生で時任純子と同級生となる。17才の誕生日を祝ってあげると手紙を貰い、はじめて口を聞く関係に。純子は私にとって未知なる、とらえがたいものでもあった。少年にはわからぬ不透明で妖しい部分に満ちていた。
・第2章
ある画家の章
浦辺雄策
時任純子の絵の先生。妻子のある32才のとき、道立女学校の3年生(14才)の純子が絵を習いたいと訪ねてくる。女学校の美術の先生には平川先生がいたが、純子が言うには「才能がない」という。

秋の道展に「ホオヅキと日記」を出品し入選。「最年少女流画家」として新聞に載る。
・第3章
ある若き記者の章
村木浩司 
H新聞社の学芸部記者。時任純子の姉、時任蘭子の愛人。純子を知ったのは、純子が高校一年生の時。プレイボーイとして幾人かの女性を手なずけてきた村木は、純子の方から慰められ、愛されたような受け身の思いが一層奇妙で、体も心も自分の手元に捕らえておきたいと思う。
・第4章
ある医師の章
千田義明
札幌のある協会病院の内科長。時任純子が二度の自殺を図った時、胃の洗浄をして助ける。友達というか、信頼しあった関係の立場の人間である。
自殺未遂の後、千田宛に出された日記の束を保管していた。そこには自らの悩みが吐露されていた。
・第5章
あるカメラマンの章
殿村知之 
東京のT医科大学三年生の時に、左翼運動に加わり、深入りした挙句、その後左翼グループのオルグとして札幌へ乗り込んだ。弟の康之が札幌南高校の定時制に通い、同人雑誌をはじめて、その中に天才少女として名高い時任純子も誘ったことから、純子を知ることになる。
左翼運動で釧路刑務所に留置され、その保釈金を用立て会いに来た後、阿寒に果てた、最後に純子にあった人物。
・第6章
蘭子の章
時任蘭子
純子より4才年上の姉。 駒田(30才年上)と付き合っているが、村木を紹介され駒田という安全な港を持ちながら、村木という外洋へ新しい冒険をはじめた。
純子とは厳格な父親に対抗するように、一緒に抱き合って寝る仲。そこで純子の色々な行動の真意を知るが、やがて純子に負けていく自分を感じ、駒田との別れを告げ、東京に出る決心をする。
 
読後感:

 最初に自分(若き作家)との関係を綴るせいからか、後に出てくる人に比べ、記述される物語は、一番素直に読者に響いてくる。少年の時の淡い恋心、二人っきりになってのドキドキするような場面、文章は簡潔にして心理状況をよく表し、夏目漱石の「こころ」や田山花袋の「蒲団」を思わせるようであった。

 また、個々の人達との関わりの場面においては、純子のその時の気持ちは理解出来るが、果たして通してみた場合の純子の行動は、一貫したところとか、信念とかいうものが矛盾していて、真摯な心を持っての行動とは思えない。特に姉である蘭子との交わりで見せた純子の行為は、それが本当であるなら、男達にとってはみじめなものといえる。

 今の世の中に純子のような人物が多くなっているのではないかとも思う。そのような気持ちが判るようでもあり、判らないようでもあり、死を選んだ時の心理状態はどんなものだったのだろうか。

 躁(そう)と鬱(うつ)が交互に現れる、芸術家の感受性の鋭さ、精神と肉体の成熟とのギャップ、など色々原因が考えられ、理解されるようでされない風に終わっているが???。


解説(森開逞次)より

 渡辺淳一氏の芸術家としての履歴は、この揖に編まれた「阿寒に果つ」や「冬の花火」に描かれた時代を受けた渡辺氏の札幌医科大学の学生時代にはじまる。
 純子にモデルがいたことは周知のことである。加清純子、高校三年生の冬に行方不明になり、その春、阿寒湖畔で死体となって発見された。彼女は渡辺氏の初恋の人であった。


 

                                             

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