辻村深月著  『朝が来る』









                         2015-10-25





 (作品は、辻村深月著 『朝が来る』 文藝春秋による。)

              

初出 「別冊文藝春秋」2014年1月号〜2015年3月号。
本書  2015年(平成27年)6月刊行。

辻村深月:(本書による)

 1960年山梨県生まれ。2004年「冷たい校舎の時は止まる」でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年「ツナグ」で吉川英治文学新人賞、12年「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞。著書に「水底フェスタ」「オーダーメイド殺人クラブ」「島はぼくらと」「盲目的な恋と友情」「ハケンアニメ」などがある。

主な登場人物:

栗原佐都子
夫 清和
息子 朝斗

川崎市武蔵小杉の40階建ての高層マンション(34Fの分譲)に住む。
夫の清和とは同い年。29歳の時部署が違う建設会社勤めで知り合い結婚。
35歳になっても子供を授からず。
朝斗(6歳) 幼稚園の年長組。養子。

大空くんのママ
上の子 大海

佐都子と同じマンション(7Fの賃貸)に住み、近所のスーパーにパート。佐都子とは10歳以上年は下。サバサバした物言い。
大空
(そら)くんと朝斗は大の仲良し。

片倉ひかり
姉 美咲
両親

公立中学2年(14歳)の時麻生巧と付き合い、妊娠してしまう。
生まれた子は「ベビーバトン」で栗原佐都子にもらわれていく。
姉はひかりの3つ年上、ひかりと共にピアノを習うも、中学は私立の女学校に。
家は栃木の鹿沼市。父親は名の知れた私立高校の数学の教員。母親は公立小学校の教師。

麻生巧(たくみ) 中学ではバスケ部で茶髪の問題児だったが、男女に人気。ひかりと付き合い妊娠を知らされるも、その後の始末はついたものとサバサバ。
浅見 広島にある、子供が親を探すための福祉施設「ベビーバトン」の代表。
物語の概要:(図書館の紹介記事より)

 親子3人で平和に暮らす栗原家に突然かかってきた電話。電話口の女の声は「子どもを返してほしい」と告げた…。子を産めなかった者、子を手放さなければならなかった者、両者の葛藤と人生を丹念に描いた、感動長篇。

読後感

冒頭の箇所、無言電話は三日に一度か、週に1度。なんだかこの先の不安を予感させる。ミステリアスであり、日常によくある出来事であるが、扱いに難しい人と人の間のトラブルが第一章「平穏と不安」に展開する。

 幼稚園での子供の怪我、相手は同じ超高層のマンションに住む住民、しかも仲良しではあるが、同じマンションでも20階以上の分譲の住民と、下の階層の賃貸の住民。日頃は仲良しであったのが、このことをきっかけに価値観というか、日頃思っていたことが噴出してしまう。
 そこには子供に対する家庭のしつけや考え方まで表面に出てくる。
 まさに著者辻村深月の感性が表現されるところ。

 朝斗という子供は実は特別養子縁組でもらった実の子ではなかった。そこから次々と栗原夫妻の不妊治療の実態(第二章「長いトンネル」)、生みの親である片倉ひかりの人生(第三章「発表会の帰り道」)、そしてひかりが育ての親の元にどうしようもなく訪れる第四章「朝が来る」へと展開していく。
 ラストシーンは涙が自然とあふれてきて感動してしまう。
 栗原家の毅然とした行為が背筋をびしっと引き締めさせてくれる。


印象に残る場面

 ひかりが「私は、あの子の母親では、ありません」と栗原家を去って朝斗たち親子のマンションがあるのと駅を挟んで反対側に来て途方に暮れていたとき:

「ごめんなさい」
 朝斗の母親が言った。
 ひかりにしがみついたまま。
 ひょっとしたら、この人は、あれから、自分のことを探していたのかもしれない。
「ごめんなさいね。わかってあげられなくて。ごめんなさいね。追い返したりして。ごめんなさい、わからなくて」

 冷たい夕立を受けながら、視界が白んでいく。ごめんなさいね、ごめんなさい、と繰り返す朝斗の母親の声が、ひかりの心の柔らかい部分に触れる。
 何も言えなかった。
 こんな声で話しかけられることは、誰にも、もう二度とないと思っていた。
「ねえ。お母さん。このひと、だあれ?」
 その声に、朝斗の母親が答えた。
「朝斗の”広島のお母ちゃん”だよ」と。

 ひかりを、朝斗の母ではないと、正面から言い放ったときと同じく、それは躊躇いも迷いもない声だった。ひかりは目を、耳を疑う。
 いいのか、と思ってしまう。
 とっさに朝斗の瞳が、大きく、大きく見開かれる。それまでずっと母親だけを見ていたその目が初めてひかりだけを捉える。
 二人の目が合った。

 その時だ。
 暗い空の下で、朝斗の目の中に、みるみる、明るい光が差し込まれる。
「ええっ!広島のお母ちゃん?」
 その顔を見たら、時が、止まった。
「そうだよ」と朝斗の母親が答えた。ひかりを見る。
「ねえ、そうよね」

余談:
 

・養子の中でも、特別養子縁組のことを改めて認識、理解するすることになった。生みの親と育ての親、それぞれの事情はそれぞれ違うし、批評なんか出来ないが、理解だけでも出来たかな。
 また、不妊治療の大変さも多少は理解できた。理解ぐらいしか出来ないけれど。

・本を読んでいて養子に対する日本人と外国人の違いの受け止め方が違う内容の記述があり、ふと定年退職後読書をし出した頃に読んだ曾野綾子著の「神の汚れた手」を思い出した。主人公の産科医師が望まれずに、また不虞の子として生まれてきた赤ん坊の引受先を探すのに対し、外国人が喜んで養子として引き受けるその光景に、文化の差を感じていた。
 背景画は、小説の舞台に出てくる武蔵小杉の高層マンションをイメージして。