辻井喬著『遠い花火』





                
2012-08-25



(作品は、開辻井喬著 「遠い花火」  文藝春秋による)

            

  初出 「図書」2006年7月号〜2008年7月号。
 本書 2009年(平成21年)2月刊行。

 辻井喬(たかし):

 1927年東京生まれ、詩人・小説家。小説に「いつもと同じ春」(平林たい子文学賞)「虹の岬」(谷崎潤一郎賞)、「沈める城」、「風の生涯」(芸術選奨文部科学大臣賞)、「父の肖像」(野間文芸賞)など。詩集に「鷲がいて」(読売文学賞詩歌俳句賞)など、著作多数。2006年日本芸術院賞恩賜賞受賞、日本芸術院会員。本名堤清二。

 

◇  物語の展開: 図書館の紹介文より

  「一度、命を賭けたことがある者はその賭け方を知っている。僕の場合はその道が宿命によって塞がれているんだ」。実業家の道、天衣無縫の生、土地土地の魂、時の地層から人々の邂逅を掘り起こし辿る、半自伝的小説。

◇  主な登場人物: 

富永啓作(僕)

消化器部門の医長になってまもなく50歳の時、総合病院を辞め、個人で成人病クリニックを始める。医学雑誌への随筆が評判となり本がベストセラーに。メキシコ使節団の随行医として行った時、団長の島内社長に気に入られ、言行録の作成を依頼される。島内顧問より12歳年下。
妻は精神科医。

島内源三郎

島内財閥の一つ、栄保険会社の社長を50歳そこそこで後輩に譲る。父親の意向で中学の途中からロンドンの学校に転籍。1942年、戦争となり16歳で交換船で日本に。大学時代に1歳年下の女性と婚約決まる。妻は昔の美徳を一身に体現していた女性だったよう。
50代の終わり、夫人とは正反対の久藤幸子なる女性と知り合い宿命の縛りから解放される(?)。
「人を殺しているのだ」との思いが影を落としている。
祖父は日露戦争の結果日本が領有することになった南樺太の長官。

久藤幸子
戸籍名 京極佐和子

女流画家、島内顧問の愛人(20歳も年下)。天性ともいえる明るさ、開けっぴろげの性格。島内と会って“私の運命、あの人で変わる”と主人にいい、一年後に夫と離婚。出自は謎のまま。島内顧問はこれが最期のヨーロッパ旅行と久藤幸子を伴い数ヶ月の旅に出ている間に、僕はスタッフと共に言行録の立案に励む。

執筆時のスタッフ
伝重夫
尾鍋山彦
志井田敦子

・伝重夫 島内社長時代からの秘書役。僕とは長年の知り合い。
・尾鍋山彦 社会問題研究所の若い学者。大学で現代史を教えている、なかでも政治思想史を専門。
 栄生命奨学基金奨学会の一期生。
・志井田敦子 社会問題研究所の若い学者、島内の遠縁に当たる。アメリカ東海岸で6年の留学生活、30歳の時日本の半官半民のシンクタンクにヘッドハンティングされ東京に。栄生命奨学基金奨学会の一期生。

山吹八重 俳句の大家。本名塚沼やよい。北海道は樺太の大泊出身、戦争に負けた時ソ連軍が樺太に上陸してくる噂でホルムスクの交換局の女性達の集団自決事件に関わる秘話。
平美樹 山吹八重の孫の妻。鹿児島の南端奄美出身。富永クリニックに掛かっている絵(久藤幸子の絵)を見て奄美の名瀬湾ではと。

◇  読後感: 

 この作品は小説なのかエッセイなのか読んでいて惑われた。図書館の紹介記事を見て半自伝的小説とあり、読後感はどういう風に纏めたらいいのか困った。

 丁度富永ドクター(僕)が島内顧問から言語録をどういう風に纏めたらいいのかを苦労しているように(・・程度は異なるだろうが)。

 読んでいる内に色々なことが頭に浮かんできて、こういう作品もなかなか興味深いものだなあと思うようになった。気になってネットで調べたら、ナント著者の辻井喬とはあの西武百貨店の総帥として長らく日本の産業社会をリードしてきた堤清二氏であった。
そのことが判るといっぺんにそういうことだったのかと得心した。ちょうど島内顧問と僕(富永ドクター)を含めての半自叙伝だったのだ。

 それが判ってからなのか、作品の中味のせいかよく分からないけれども、随所が心引く者に感じられてきた。
 ことに俳句の大家山吹八重の、吟行の随行医として奄美に赴き、そこでの大家での宴会風景で大家族の温もりの体験、奄美の土地風土の体感、平家の落人の話などに引き込まれる。

 人の出自にまつわるミステリアスな内容、人生の死を感じながらのひとの行動とか、心の揺れというようなことが、ひしひしと伝わってくる小説の醍醐味というか、読み物としても心に響くものがあった。読んでよかった。
 歴史的なこともいろいろと記されていてこれも興味深いものがあった。

   
余談:

 主人公の富永啓作が医者を選択する前、作家になろうと思ったが、先輩から言われた言葉「苦労のない環境で育った人間は何か大きなことで挫折するとか、一度辛い状態を潜り抜けておかないと作家としては苦労するよ」と言われている。
 全くその通りじゃないか。自分もそう思っているので物書きになるのは無理だ。
 

         背景画は遠い花火をイメージして。                

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