辻原登著 『許されざる者 』
 





              
2011-12-25




    (作品は、辻原登著 『 許されざる者 』  毎日新聞社による。)

     
      

 本書 2009年(平成21年)6月刊行。


 辻原登:

 1945年、和歌山県生まれ。09年「村の名前」で芥川賞。99年「翔べ麒麟」で読売文学賞、2000年「遊動亭円木」で谷崎潤一郎賞を受賞。‘05年「枯葉の中の青い炎」で川端康成文学賞、‘06年「花はさくら木」で大佛次郎賞を受賞など作品多数。

主な登場人物:

槇隆光(主人公)
愛馬 ホイッスル

森宮(しんぐう)でドクトル槇医院を営む医師。米国で医学を修め、インドボンベイ大学で脚気の研究に取り組む。
「差別なき医療奉仕団」を結成、まちのひとは‘毒取ル’と呼ぶ。

西千春
祖母 ゆん

槇隆光の美しい姪。西家の莫大な山林財産を継ぐ。毒入りミルク事件など命を狙われる。
若林勉 槇隆光の甥。千春の義兄。建築設計士、肺を病んでいる。
六角堂芳久 槇隆光の兄。薬局を営む。
佐巴君枝(さわ) 「熊野魁(さきがけ)」の女記者。千春の再従姉妹(はとこ)
熊野革命五人団 浜中満、山根、峰、藪、庄司
中谷守一 時計屋を営む。ネジ巻き屋と呼ばれている。
中森奈良之進 点灯屋
坂正巳 左官。日清、日露の二つの戦争に召集される。
谷晃之 京都に総本山をおく巨大仏教教団の宗家長子。槇がインドから帰国時船上で知り合う。
上林道介(かんばやし) 横浜正金銀行をやめ鉄道事業に意欲を燃やす。槇がインドから帰国時船上で知り合う。

永野忠康
永野夫人

森宮第十代藩主忠良の長男。陸軍歩兵少佐。
美しい夫人を持つ。

堂本中(なか) 「熊野魁」の社主・主筆。

鳥子薫
愛犬 ブラウニー

森宮警察署署長。野心家。
浅井鉄也 森宮の有力者。 炭鉱や銀行を経営する実業家。
中子菊子(なかご) 中駒組を率いるきっぷのいい女親分。
石光真清(いしみつまきよ) 大尉。 第二軍司令部副官。
馬淵晴彦 永野夫人の甥。 近衛騎兵第一旅団所属の士官。
森林太郎 第二軍軍医部長として日露戦争に従軍。
金子スガ 佐巴君枝の後任として「熊野魁」に来る。
幸徳秋水=ドミトリー 革命家。 非戦を訴え「万朝報」を辞める。

小説の概要:図書館の紹介より

 上
 明治36年、日露戦争前夜。紀州・熊野に帰ってきたひとりの男、ドクトル槇。新しい思想、動き出すまち、秘められた愛…。激動の明治末、自由を求める人々の闘いが今、始まる。愛と青春の物語巨編。

 下
 日比谷騒擾事件に揺れる日本。森宮では「熊野革命五人団」が暴走する。運命に抗う“生”、人々をのみ込む新しい時代…。辻原文学の集大成ともいうべき豊饒な物語世界、ついに完結。

読後感:

 出だしの方でのインドから帰国する槇隆光が船上でまじわせる描写は横光利一の「旅愁」を思い出させるようでなつかしかった。そして八甲田山の遭難事件に関わっている永野忠康が森宮の町の屋敷を構えていることから新田次郎の「八甲田山死の彷徨」を読んでみたかったのでなおさら興味を惹かれた。(読書に邁進し始めた頃取り上げた新田次郎を父に持つ藤原正彦のエッセイ「初めての海外旅行」により、「物書きの力は、読者をどれだけ最後まで引きつけられるかだ」の言葉が印象的であった。)
 そんなこんなで読み始めてすぐに明治の時代の話とはいえ、物語の中に没入していった。

 物語は日清戦争の後から日露戦争に世の中が巻き込まれていく中での、和歌山県森宮のまちを舞台に展開するがやがて満州での日露戦争が舞台にのぼる。ドクトル槇も赤十字社派遣の従軍医として野戦病院に配属されて脚気の兵士達を救う活躍。森林太郎(森鴎外)のドイツ医学へ傾注していたことへの苦悩、永野の殿様の生き様と夫人の苦悩、一方でドクトル槇の評価が上がる一方で、永野夫人との苦悩と様々な苦の中にどう生きたかが描かれる。

 日露戦争の勝利による講和会議の結果日本が賠償金を放棄せざるを得ないことや要求がほとんど満たされないで終わったことに対する熊野革命五人団や「魁」の金子スズらの過激な反対運動でその黒幕とされた槇が逮捕されるにいたり、緊迫が走る。
 若林勉の命も残すところ少なくなり、物語は終焉へと進む。

  

余談:

 紀ノ川と吉野川の名前が変わる話は有吉久美子の「紀ノ川」の場面が思い出され読書のおもしろみが少しずつ身に付いてきたかなと。
 また森鴎外と従軍記者として満州に赴いた田山花袋との結びつきも垣間見られ、色んな面で興味を覚えた作品である。

 

背景画は作品中にも出てくる時計屋のねじ回し作業をイメージしてアンティークな掛け時計。