辻原登著 『冬の旅』
 




              
2013-06-25




  (作品は、辻原登著 『 冬の旅 』  集英社による。)

     
       

  初出 「すばる」2011年8月号〜2012年8月号。
 本書 2013年(平成25年)1月刊行。第24回伊藤整文学賞受賞。


 辻原登:

 1945年、和歌山県生まれ。09年「村の名前」で芥川賞。99年「翔べ麒麟」で読売文学賞、2000年「遊動亭円木」で谷崎潤一郎賞を受賞。‘05年「枯葉の中の青い炎」で川端康成文学賞、‘06年「花はさくら木」で大佛次郎賞を受賞。2012年に紫綬褒章を受章。「許されざる者」、「闇の奥」、「東京大学で世界文学を学ぶ」、「父、断章」など著書多数。

主な登場人物:

緒方隆雄

姫路市網干(あぼし)出身、京都伏見の専門学校卒、マスコミ編集学科卒。中華料理チェーン「包子 マダム楊」に採用入社。168号店長候補に抜擢されクビに。以降転々と・・・。
父親は女を作って家出、離婚。
母親保険の外交員で隆雄を育てる。

白鳥満
父親
母親 祐子
弟 陽平

神戸市北区鈴蘭台に住む。染色体検査でXYYの特異な核型を有する。(通常の男性よりY染色体が1個余分)“冷情性精神病質” の診断。
15歳の時女子生徒を絞殺、少年院に。社会復帰後、「包子 マダム楊」の168号店にアルバイト。緒方隆雄との接触で姿を消しアメリカへ神を探しに・・。

中華店「包子マダム楊」
エリアマネージャー
狐巣
店長 伊藤徹

168号店での緒方の不祥事(誤解)で緒方をクビにする。
緒方の提案を却下した方法だが、フランチャイズ店のみ繁盛、
他の店は売り上げ落ち目で上からの締め付けにあう。

久島常次(つねじ)
妻 洋子
3人の子供達

3人の子供は独立、妻の洋子が脳動脈瘤破裂で半身不随と認知症で介護に専念するも、妻の首を絞め無理心中はかる。自分は助けられ、刑務所に。刑務所で緒方に会う。
鳥海ゆかり 若い看護婦。東神戸病院に勤務していたとき、緒方が地震の救命にあたっていて救出した趙明の姉が運び込まれ、知り合う。後に緒方と結婚するも1年半後突然姿を消す。

「さには真明教」編集部
編集長 寺内
編集部 佐和

緒方が「包子 マダム楊」退職後の就職先。
舟木薗(その) おでん屋“ふなき”の主のおばちゃん。緒方やっかいになる。
物語の概要:図書館の紹介より

2008年6月8日午前9時。緒方隆雄、滋賀刑務所を出所。罪状は強盗致死。ドミノ倒しのように不運が続き、すべてを失った男が歩き出す。21世紀の日本に刻む、現代文学の到達点。魂を震わす、慟哭の道。

読後感:

 緒方隆雄なる男(40歳前)が滋賀刑務所を出所することから始まる物語。彼と関係する人物たちとの関わり合い、それらの人物の生い立ちなどが時代をさかのぼって展開する。そして阪神・淡路の大震災(1996年1月17日未明)での運命にも翻弄される。

 出てくる土地の名は大阪北や南の懐かしい地名が次々に出てきて、昔の故郷を思い出させる。やはり全然知らない土地の話でなく、過去に馴染みの土地柄のことが余計に身近なものに感じてしまう。

 特別ワルの人間でもないのに、巡り合わせというか、ツキがないというか、不運の連続、特に結婚して幸せな1年半を経たところで、冬のある日朝起きてみたら妻のゆかりが忽然と姿を消している。訳も分からず尋ねる中、妻の知らなかった行動を知ることに。

 作品の中に強盗致死を起こすことになる仲間の越智がくしくも放った言葉「おれにとって、最初の躓き(つまづき)は何やったやろ?」がその後の人生を閉じる間際に思いを馳せる。

 生活手段のための仕事先、まずはお金が定期的に入ってくること、そして住みかがあること。まずこのベースがないと人は正しく生きていけない。今の状態も同じこと。

 いい人がいても、不運が全てを奪っていく。そんな中でどうして刑務所にはいることになっていったのか、出ても刑務所に又戻ることになってしまうのか。こんな人生を送るハメにならなければそれだけでも幸せと思える。

  

余談:

 先に読んだ高村薫の「冷血」にみる犯人戸田の像とは異なる緒方の人物像。そして思い出すのが水上勉の「その橋まで」。こちらは殺人罪での終身刑で岐阜の刑務所から仮出所してその後の保護司に助けられながらの生活とミステリー仕立ての物語。
 ちょっと趣が異なるが、どちらにしてもやるせなさがつきまとう。

 白鳥満という人物、染色体の数が生まれつき異なるという運命はどうしようもないことながら、緒方にとってみたらそれが最初の躓きになってしまっていた。

 ところで緒方が最後に向かうのがどうして熊野の入口とも言える切目というところだったのか?
 先に読んだ「許されざる者」の舞台の和歌山、著者の出身地和歌山からそうなんだなあと。
 

背景画は作品中にも出てくる、緒方が出所後務めていて運命を変えた中華料理店をイメージして。