天童荒太著 『歓喜の仔』
 




               
2013-03-25




(作品は、天童荒太著『 歓喜の仔 』 幻冬舎による。)

          
    

 初出 「パピルス」29号2010年4月より44号2012年10月まで連載、加筆修正。
 本書 2012年(平成24年)11月刊行。

 天童荒太(てんどう・あらた)

 1960年愛媛県生まれ。86年「白の華族」で第13回野生時代新人文学賞、93年「孤独の歌声」で第6回日本推理サスペンス大賞優秀作、96年「家族狩り」で第9回山本周五郎賞を受賞。2000年「永遠の仔」で第53回日本推理作家協会賞、09年「悼む人」で第140回直木賞を受賞。 

 主な登場人物

吉丘信道(旧姓仲西)
妻 愛子

両親と弟を交通事故でなくし、伯父の家に引き取られる。
愛子は会社役員の一人娘。3人の子供をなす。
保証人になったため借金を背負い、逃げ出してしまう。
借金取りの脅しに精神を壊し、大怪我をして意識不明で寝たきりに。

吉丘 誠  (高3)
   正二
(小6)
   香
  (6歳)

寝たきりの母親を抱え、誠は借金返済のため2つの仕事をこなし、更に深夜秘密の仕事をして家族を支えている。夢想/創造で現実の世界と空想の世界を行き来する。
正二は母親の介護を責任を持ってするといい、夜中の秘密の仕事を手助けする。
香は死んだ人間が見えるよう。

従兄 信道の3つ年上。愛子を好いていて、誠は二人の間の子?
暴力団の仲間

・島崎 頭。誠にシノギ(借金返済のためにアジツケの仕事)を課している。アジツケ:覚醒剤の小分け作業。
・高平 斉木の兄貴分。島崎に取って代わろうと・・・。
・斉木 仲間の中ではまとも風、誠を可愛がっている。

ヤンズ

誠と同じような境遇で、仕事を抱え、何かを睨み付けている写真を壁に掲げている。誠の気持ちの支えに。
ヤンズの姉の喬子は斉木の恋人。

ルスラン 正二達の暮らすアパートに居る友だち。祖母と思われる老女と暮らす。スペインから外国に逃れてきたが、戻って戦うと。
誠の夢想/創造の世界に登場の人物

・リート 誠の分身 占領軍の管理下、運び屋をしている。
・ソロン 斉木をイメージ?
・ダコタ 島崎をイメージ?
・ガマ 高平をイメージ?

香の幼稚園の仲間達

・園長先生
・リヤ(南アフリカ出身)モデル目指す。
・ボイ(ブラジルから来た日系4世)
・ノチェ(アメリカ海兵隊と沖縄女性の間に生まれる)
・セダー(カンボジア人)
・カデナ(嘉美)ママが福島の刑務所に入っている。


物語の概要:(図書館の紹介より)

愛も夢も奪われた。残されたものは、生きのびる意志だけだった…。「悼む人」などを経て、天童文学はここまで進化を遂げた。日本の現実を抉り、混迷する世界と繋がり、私たちの魂を源から震撼させる金字塔、ここに。
 運命を切り拓く勇気ある者の胸に、高らかに鳴り響け、「歓びの歌」。いじめ、差別、テロ、裏切り…。この残酷な世界で、なぜ人類は滅びないのか。生き抜くための“道標”、世界文学の誕生。

読後感:

 父親(信道)が保証人になっていたため、借金取り立てから女と家出、残された母親は取り立ての脅しで神経が切れ、ガラス窓に頭をぶつけ、外に倒れ込んで大怪我、意識不明の寝たきりに。残された子供三人(兄の誠、弟の正二、妹の香)は取り立て屋の計らいで、兄は高校を退学し、朝は青果市場、夜は中華食堂で働き、更に夜中には秘密の仕事に弟と作業。 弟は母親の介護を引き受け借金返済に追いまくられている。香は外国の子供達と一緒の幼稚園でちょっと理解できないような世界で暮らしている。

 描かれる世界は現在の三人の子供達を中心にしたものと、それとは別に母の愛子と父親の信道との世界も同時進行の形で展開する。さらに誠については現実と夢想/創造の世界(?)が交錯して展開する。夢想の中では自分の置かれている境遇と同じような条件で占領下でNGOの運び屋として生きる姿として、現実と創造の世界を行き来しながら苦しみを慰めたり、逃がしたり対処する描写に不思議な物語の世界に導かれる。

 それにしても、誠の生き様は反骨精神さながら、しかししっかりと地に着いたもので、みじめな世界にありながらも、ヤンズという女の子に会って「やっと見つけた」と胸をときめかす姿にほっとした安らぎを感じる。果たしてこの先どういう展開になるのか。
 
 後半では誠が自由になるため、斉木が島崎を裏切る行為を促され、実行に移すかどうか、失敗して自分が居なくなった後の弟や妹、母親の介護のことなどに迷い、夢想の世界を行き来する姿も痛ましい。

 感動の作品であった「永遠の仔」、それに続く「悼む人」とその作家の作品と言うことで読み続けられたのか、所々に引きつけられる内容が有るために引きつけられたのか、不思議な世界に迷い込まされて最後まで読み進んでしまう。
 ラストでの誠の生き様、正二の深く切ない思い、香の言葉と感動のシーンが待ち受けていた。やはり天童荒太の世界がここにあった。



印象に残る表現:

 正二が親友と思うルスランが帰国するため別れるシーン。横浜に見送る途中で学校で正二を庇ったことでクラスのみんなから無視され、不登校で家にひきこもっている女の子を誘い、中学校に行く?と問いかけて告げる言葉 

「おれ、行かないつもりだったけど、行くことになった。行っとけって、にいちゃんがさ。やりたいことをやるための、準備のつもりで、行っとけって。どうせまた一人なんだけど、一人で放っておかれるんだけどね・・・。ま、それはそれでよかったはずなんだけど」

 言葉を切って、去ろうと思うのに、何となく、もう少し伝えておきたいような心残りがする。一人でもよかったんだよ・・・一人でも・・・と、胸の底から息が洩れてゆく。
「あの後、友だちができて、一人じゃなくなった。なのに、その友だちが今日、出てくんだ。本当は、行かずに、ここにいて欲しい。だってまた一人だよ。彼に会う前の一人と、会った後の一人は、違うよ。耐えられるかな・・・きっと無理だ、耐えられない・・・」
 ・・・
 もどってくる。
 そう聞こえた。ルスランの唇は動いていなかった。耳で聞いた音のようでもなかった。
 いつか、きっと、もどってくる。
 なぜ、と訊き返す。口から発する言葉ではない。なのに通じる気がした。
 なぜ、もどってくるの、せっかく、でていけるのに。
 おまえがいるから。こころから、あいしてくれるひとが、ここにいるから。


  

余談:
 この物語には現在の問題、例えば家族の絆、暴力、裏切り、テロ、友達、イジメなど様々な要素がちりばめられている。そんな中でも貧しさや不幸な境遇にも負けずに、その根底にある愛と仲間と信頼=善で悪を裏切り、それが“人類は滅びない秘密だ”ということか。
 
背景画は本書の内表紙を利用して。

                    

                          

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