天童荒太著 『あふれた愛』



                  
2014-12-25



(作品は、天童荒太 『あふれた愛』   集英社文庫による。)


            

 

 初出   とりあえず、愛       1996年11月号
     うつろな恋人        1997年3月号
     やすらぎの香り       1997年6月号
     喪われゆく君に       1999年5月号  の作品に加筆訂正。
     この作品は2000年11月、集英社より刊行。
 本書 2005年(平成17年)5月刊行。
 
 天童荒太:(本書より)

 1960年愛媛県生まれ。86年「白の家族」で野生時代新人文学賞、93年の「孤独の歌声」で日本推理サスペンス大賞優秀作、96年「家族狩り」で山本周五郎賞、2000年「永遠の仔」で日本推理作家協会賞を受賞。
主な登場人物:

<とりあえず、愛>

妻から「わたしなつみを殺しちゃう」と告げられ武史は実家になつみを連れて行くようにいうも、妻は帰っていなかった。
やがて妻の口から発せられた言葉は・・・。

磯崎武史
妻 莎織
娘 なつみ
(1歳半)

下町の零細企業(安田合紙株式会社)の営業マン。以前は大手広告代理店に勤めていたが腎臓を患い長期入院、ここの社長に拾われる。莎織の実家とはわだかまりがあり疎遠になっている。
・なつみはアトピー性皮膚炎を患い妻の莎織はいろいろなことがあって疲労気味。

<うつろな恋人> 精神を病む少女に惹かれた塩瀬は少女の彼氏と別れさせるべく、そっとしておいてと言われているのにある行動に出る。
塩瀬彰二 建設機器メーカー設計部勤務、40歳。33歳で結婚して5年、2年前に離婚。3ヶ月前にストレス・ケア・センター紹介される。働き過ぎから来る不安神経症と診断される。
桐島智子 地中海料理レストラン<チィーカ>でアルバイトの21歳の少女。塩瀬と知り合い、恋人の作る詩だといって性をテーマとする詩を見せる。
山根美由紀 ストレス・ケア・センターの事務員。智子と友達。
<やすらぎの香り> 不器用なダメな女と我慢することに慣れ泣いて外に発散することも出来ない男がふたりして支え合って・・・。
奥村香苗(29歳) 三人姉弟の長女、お利口さんで育って甘えることも出来ず、親の信頼をうることだけに腐心やがて心の病に。
秋葉茂樹(28歳) 三人きょうだいの末っ子、7歳の時講公園で姉が突然倒れ、自分が何も出来ないまま亡くなり、自分が責められているように感じ・・。
須賀 心療内科の院長。
<喪われゆく君に> お礼に来た死んだ客の奥さんに対する懺悔のように尋ねていく内に呼び起こされる変化。
保志浩之(19歳) コンビニで夜勤のバイト。クリスマスイブ、店で客の死に出くわし、自分の行動に後ろめたさ。
有本美希(19歳) 浩之の恋人。美容師の専門学校に通い、夜は食器洗いのバイト。
宮前幸乃(ゆきの) 死んだ客の奥さん。

物語の概要:
 図書館の紹介より

「あたし、なつみを殺しそうになったの」武史は娘のなつみが可愛いあまり、妻の心の叫びを聞き逃がす…「とりあえず、愛」など、傷つき、揺れ、交錯する人々の心情を描く4つの物語。

読後感:

 どの話にも出てくる主人公たちはどうしようもない位弱みを持ち合わせている。その人の弱みがせつなくて読者の心に響いてくる。

<とりあえず、愛>、妻のノイローゼになる背景はアトピーを患う1歳半の娘を抱え、夫の協力も得られず、実家とも疎遠になっていて相談する人もいない。そんな日常はそこら辺にも転がっていそうな話。そして妻の出した結論は・・・。ぞくっとしてしまいそう。

<うつろな恋人>の話が一番遠くの出来事のように感じた。でも塩瀬彰二が20歳も年下の少女のことが気になって惹かれていく様はやはり心に響く。でも医師達の反対を押し切って関わりすぎた行動はやはり頂けないと思ってしまう。

<やすらぎの香り>の男女二人の精神的弱者のふたりがあまりにも周りのことに気を遣いすぎて意思を通すことが出来ない。そんなふたりが支え合って生きていけるかを手探りしながら見つけていく様に読んでいる内になんとか手を差し伸べてあげたくなる想いで読んでしまった。

<喪われゆく君に>での後ろめたさは特に死に絡んだ出来事では想像に絶する悔いとなって感じられるであろう。そして何も疑わない奥さんの話を聞く内に自身の心が浄化される(?)ように感じ美希のことをお見るようになる様がいとおしい。
 
 これら四編の作品については著者のあとがきにもあるように「読む人それぞれの、心の深い場所へ、わずかでもこの作品が届くことがあれば、送り手として、なによりも幸せに思います」と。届いていますよ。

   


余談:
 
 この小説を読んでいるとつくづく人間優しくないといけないなあとしみじみ思う。

       背景画は作品の中の「うつろな恋人」の章のに出てくるストレス・ケア・センターをイメージして。                        

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