立野信之著 『叛乱』 (上)(下)

                   
2005-10-25

(作品は、ペリカン社 立野信之『叛乱』(昭和45年復刻版)による。)

         
 

 昭和27年第28回直木賞作品。 昭和45年4月復刻出版発行(初めて単行本が発行されてから、遺族からの手紙、新資料を参酌し、作品全体にわたり訂正加筆したもの。 決定版とする。 著者、立野信之はプロレタリア作家、昭和5年治安維持法違反で検挙、後転向を表明。(プロレタリア文学とは、大正時代末期から昭和時代初期にかけて、個人主義的な文学を否定し、社会主義、共産主義的思想と結びついた文学である。)

 物語は二・二六事件をドキュメンタリータッチで再現する。


物語の展開:

 昭和9年の10月事件
 士官学校の佐藤候補生は、隣の中隊の武藤候補生から、直接行動の秘密グループに入れと勧誘された。 その秘密グループとは、士官学校教官の片岡中尉を中心に、上級生とともに結成されたもので、皇道派の青年将校、陸大の村中孝次大尉や砲一の磯部浅一主計らの青年将校から国家改造理論の洗礼を受けていた。

 もともと革新理論には賛成でない佐藤は、友達を秘密グループから救い出すため、生徒達から信望の厚い中隊長辻大尉の訓戒「他の者を救おうとすれば、自らその中に飛び込め、岸に立って自分は濡れずに助けようとしても助けられるものではない!」に従い、辻大尉のアドバイスでスパイとして秘密グループと行動を共にする。 辻大尉からは、後は自分が責任を持つと言われた。

 辻大尉は以前起きた十月事件を経験し、国家改造理論からは離れて、統制派とみられていた。
 ちなみに、陸軍部内には二つの革新陣営があった。一つは、国家改造を成し遂げ戦時体制を強化しようとする真崎教育総監などの皇道派。

 もう一つは、陸軍部内の私的派閥を排除し、陸軍の統制を強化して、切迫しつつある対中国戦争を遂行し、アジアの覇権を掌握して対ソ戦に備えるとする事務局長永田鉄山を中心に結束する統制派。

 事件は佐藤の報告により、士官候補生等の行動は辻大尉を通じて陸軍省の知るところとなり、検挙され、計画をした佐藤候補生達は逮捕・拘留、取り調べが行われた。 結果、証拠十分ならず、不起訴となり、 村中、磯部、片岡の青年将校は停職の行政処分をうけ、佐藤を含めて五名の士官候補生は一様に退校処分になった。また、辻大尉は重謹慎三十日の処分があった。

 事件がうやむやになったのは、暗に皇道派の勢力安定のために、事件を握りつぶしたとのデマも乱れ飛んだ。 皇道派の青年将校たちは、辻大尉が士官候補生をスパイに使って「でっち上げた芝居だ」と騒ぎ立て、陸軍部内における皇道派の勢力を破砕して、自分らの勢力を扶植しようとたくらんだ「陰謀」だというのである。

 物語は、佐藤候補生、辻大尉の真摯な姿を写しながら、違った方向に流される予感を暗示する。

 次ぎに起こる相沢三郎中佐による、永田事務局長殺害事件では、第一師団軍法会議を掌握していた師団長の柳川中将(皇道派の将軍として青年将校達からの信望の集めていた)はその公判がはじまる直前に、台湾軍司令官に転出させられ、(第一師団=皇道派青年将校の温床であった。は三月に台湾派兵が決まっていた。)ここでも背景はうやむやにされた。 実は皇道派の青年将校が、相沢公判を利用して、統制派に対する一大反撃に出ようとする対策であった。

そして、相沢裁判が進行する中、昭和11年の二・二六事件の決起へと物語は進んで行く。


読後感:

 話の展開が、行動を起こす人物達を中心に、決起するに至る心の揺れ、過程が素直に読者に伝わってきて、ぐんぐん引き込まれていく。作者の訴えたいことも感じられる感動作品である。 話の展開も判りやすく、テンポもいい。 そして何よりも昭和史に残る二・二六事件のドキュメンタリーな全貌が、この作品で理解出来るのは意義がある。 問題も大きいものがある。

 社会的矛盾――農村の疲弊という犠牲の上に立った財閥の繁栄、それと結託した政界、軍閥の腐敗、堕落、それら君側の奸を断ち、聖断による維新革命の招来を希望して事を起こすときの準備不足、事がなってからの後のことを十分思案できなかったことが、どんどん自分達が考えていない方向、意志の乱れになり、奉勅命令に抗したということで叛徒と見なされる無念さ、悔しさを抱きながら、ついに捕縛されたり、自決したりの展開となる。 軍首脳部(or幕僚達)の狡猾さ、政界を動かしている上層部内幕の知られざる恐ろしさ、そして天皇に対する忠節心の高さといったものが感じられる。



余談1:

 物語中に発せられる会話、使われている言葉そのものが、章題に使われているところは、ちょっと今までの作品と違い、異様な感じを受ける。ドキュメンタリーさを印象づける効果を感じる。


                               

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