谷村志穂著 『余命』
 

                
2012-07-25

(作品は、谷村志穂著 『 余命 』 新潮社による。)

                  

 初出 「週刊女性」2003年12月から2004年4月に連載したものに大幅に加筆、修正。
 本書 2006年(平成18年)5月刊行。

 谷村志穂:(本書より)

 1962年、札幌に生まれる。北海道大学農学部で動物生態学を専攻。90年、ノンフィクション「結婚しないかもしれない症候群」で、女性たちの支持をあつめる。91年、処女小説「アクアリウムの鯨」を発表。2003年「海猫」で島清恋愛文学賞を受賞。ほかに、「十四歳のエンゲージ」「レッスンズ」「アイ・アム・ウーマン」など多数の作品がある。

物語の概要: 図書館の紹介より

ガンと闘い生を勝ち取るか、子どもを産み命を託すか…。妊娠と同時にガンが再発した女医の下した壮絶な決断とは。ベストセラー「海猫」の著者が挑む、極限の愛。命あるものすべてを抱きしめたくなる感動長篇。

主な登場人物:

百田滴
夫 良介
柴犬 アキオ

新宿の大島総合病院に勤務の外科医、38歳。出身は奄美、お茶の水にある医大の同級生の良介と知り合い結婚。
良介はカメラを趣味に、医師の国家試験には不合格。写真家として助手などして独立。仕事はさほどなく、主夫の役回りを担う。

保井きり子

研修時代からの滴の唯一の友人。夫は翻訳家、ボストンに行きたいと言い出す。何でも語り合える関係だが・・。
諸井正二 大島総合病院の外科部長。百田滴の上司。
木梨三千男 脳腫瘍で入院の16歳の少年。ヘッドギアを頭につけ病院内の情報通。保井きり子先生が主治医。

吉野晃三
妻 秀美

コーヒーショップ「吉」の、還暦になる店主。1Fが「吉」、2Fはギャラリー。子供がいない。
百田一家とは家族ぐるみの付き合い。

読後感:

若い頃に若年性乳癌で右乳房全摘出、抗ガン剤投与を受け、14年無事に外科医として大島総合病院で勤務。色々な患者の治療に当たってきた。そして結婚10年目にしてはじめて子宝に恵まれたことを知った最中、ついに再発の徴候。

 知らせたら産むのを諦め、入院を強いられることに決まっているため、親友の友達にも相談できず。写真家として大した仕事もなく、家庭の主夫の役目をしている良介に知らせることなく、病気が身体をむしばむ前に、赤ん坊を生みたいと孤独に必死に耐える。周りの患者たちと生き死をかけた病気とも向き合い、励ます立場の滴。

 ついに赤ん坊を生む前に病院を退職を告げる。夫がこの後は生活を支えてくれることを願うことで、きついことを言ってしまう滴。保井りつ子や吉野夫婦、同僚たちの温かい支え、そして夫良介の温かい手に心が和らげられ、精一杯生きる滴。

 読んでいくうちに心が揺さぶられてきて、生きることへの欲望、勇気が静にわき上がってくる。医師だからなおのこと、自身の病状のことが判り、苦しむ様が痛ましい。

 母の故郷の奄美の海が、滴の気持ちを広く大きく包み込んでくれているようで、そんな気持ちもよく分かる。

 良介が、滴が自分を嫌うようになったのかと思って、遠く離れた孤島の仕事に向かう気持ちも痛いほど分かるし、保井りつ子が医師でない夫(翻訳家)が、ボストンに行きたいと告げられ、事実上の離婚を考えざるを得ないと思う気持ちも切なくとにかく感動の作品である。
 ガンになった時の症状の記述も身にしみて参考になる。
 

  

余談1:

“皆、頭の中では、病床に縛られているだけのただの延命など無意味だと考えているのに、最期には命、一分一秒の命への執着を見せる。生きているということは、病人にはそれほど輝いて見える。”とある。自身も果たして頭の中で考えていることだけなのだろうかと考えさせられる。

余談2:
 
 作品の終わりの頃、2009年7月22日奄美大島からトカラ列島一帯が皆既日食の見られる位置ということで、見物で島が賑わう様子が描写されている。まさに世の中は丁度5月21日の皆既日食のお天気に気を揉んでいるところ、不思議な縁を思う。
背景画は、内表紙のフォトを利用。