高村薫 『我らが少女A』


              2019-11-25


(作品は、高村薫著 『我らが少女A』    毎日新聞出版による。)
                  
          

 初出 「毎日新聞」2017年8月1日〜2018年7月31日。
 本書 2019年(令和元年)7月刊行。

 高村薫
(本書に記載なし)  

主な登場人物:

合田雄一郎

警察大学教授、57歳。
12年前の野川事件当時、警視庁本部殺人犯捜査第五係係長。
同捜査の責任者、迷宮入りとなる。

加納祐介 合田雄一郎の古い友人の東京高裁判事。
長谷川 再捜査班の管理官。

小野雄太
恋人 野上優子

西武鉄道多摩川線多摩駅駅員。小平西高の元バスケ部。
・野上優子 金融機関勤務。

栂野(とがの)節子

東中学の元美術教師。退職後水彩画教室を開く。几帳面で正義感強く、熱心で厳しい教師評。認知症かも。(雪子の見方)
2005年12月25日野川公園で殺害される、67才。

栂野雪子
夫 孝一
娘 真弓

節子の娘。小金井の佐倉病院勤務の看護師。
・孝一 婿養子。府中の市役所職員。病死。
父母どちらも性格違いすぎて、互いに余り関心無い
。(真弓の評価)
・真弓 朱美の友達。優等生。結婚して佐倉姓に。
 夫 佐倉亨
(とおる)
 赤ん坊 百合

上田朱美(あけみ)
<少女A>
母親 亜沙子

栂野節子は中学校の恩師。節子の水彩画教室に通い、眼をかけられていた。長身。補導歴多数。小野、真弓、忍の友人。真弓とは学区違っていた。
・亜沙子 イトーヨーカドー勤務。母子家庭。

浅井忍
父親 隆夫
母親 弘子

高校生時代、栂野真弓をストーカーしていた。精神通院医療受給者証所持。
・隆夫 霊園管理事務所勤務。元警察官。忍の保護者。
・弘子 精神障害者保健福祉手帳2級。

玉置悠一 2006年小金井北高校卒。朱美や真弓の2つ年上。高一の朱美と付き合う。

補足1 野川公園事件:2005年12月25日、武蔵野の野川公園の遊歩道で写生中岸辺に転落水彩絵の具が周囲に散乱。被害者は栂野(とがの)節子(67歳)、元美術教師。
補足2 女優志望の上田朱美(27歳)、2017年3月、上池袋のアパートで同棲中の男にスケートボードで殴打され死亡。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 12年前の未解決事件を追う合田が関係者らの閉ざされた記憶を辿る。動き出す時間が世界の姿を変えて行く。人びとの記憶の片々が織りなす物語の結晶。人間の犯罪の深淵をえぐる警察小説の金字塔。

読後感:

 2005年12月の暮に起きた野川事件は、現在は警察大学の教授をしている合田雄一郎が、当時警視庁本部殺人犯捜査第五係係長で責任者として担当したが迷宮入りをしていた事件である。2017年、当時犯人かと思われていた上田朱美が同棲の男に殺され、何年か前に武蔵野の野川公園で殺された人が持っていたという絵の具を見せられたとの証言に、12年前の野川事件が見直されることに。

 物語は当時の登場人物達の日常の変遷が、微に入り、細にいり行動や心の動きが、現在と12年前と同時進行形で多彩に描き出される。
 今は現場を離れた合田雄一郎も、特命班の長谷川管理官から連絡をもらいながら、考えを伝えつつ、講義の中にも織り込みながら当時思い至らなかったことに忸怩たる思いをしながらも推考することに。

 描写は実に詳細で536ページにわたりびっしりと書き込まれた内容は、読み応え十分で高村薫ファン、合田雄一郎ファンにとって垂涎の的。
 表現もよくこんな表現が出来るものかと。特にゲームのことに疎い自分としては、理解出来ずにお手上げ。
 中でも母親の浅井弘子との結婚の背景はさらっとしか描写されなかったが、息子の浅井忍の精神状態はADHD(注意欠如・移動症)で母親もその気がありそうで、父親の浅井隆夫の思いも理解でき、子育てから卒業したいと呟く姿が痛ましい。
 
 そして上田朱美はなくなってしまったため、本人の状態はその周囲からの描写で想像されることとなるが、栂野(とがの)家の祖母の節子、母の雪子、夫の孝一、娘の真弓のことも家族のお互いの無関心感、そんな中で暮らしている姿は世間一般日常的で身に染みる。
 果たして元美術教師の栂野節子殺しの犯人はどうなったのか。12年前のその時の様子が次第に明らかになりつつあるも、読み込んでいくと最後になるとなんだか涙が出てきてしまった。どうしてだろうか。

 日々の生活をしている中で、なんとなく後ろめたい思いをしていたり、胸の中に潜んでいるも、穏やかな状態になっているのに、突然12年前のことを警察が訪ねてこられた登場人物達。その後に残るさざ波。テレビドラマと違って、本物の事件は話の一つ一つがリアル過ぎてマジで怖いと感じる気持ちは理解できる。

 このストーリーは大きな殺人事件を扱ったり、奇抜な展開があるわけではないが、ごくあり得る情景を丁寧に描写続けることにより、人々のささやかな日常生活に投げかけられた中から、真相に徐々に近づいていく仕掛けと、人々の生活風景、気持ちの揺らぎ、ささやかな喜びが滲み出てくるようだ。


余談:

 合田雄一郎、「マークスの山」や「レディ・ジョーカー」の溌剌としていた時代、「太陽を曳く馬」での“正法眼像”を読み永劫寺の僧侶たちに挑んでいた頃、はたまた「冷血」での井上克美という拘置所暮らしの男との生と死について語り合う時代。そんな頃に対し、今回の合田雄一郎は57歳、現場を離れたとは言え、年を取ったなあと。30年来の付き合いという加納祐介とのやり取りも実に年を感じさせると共に、うらやましい限り。
 物語の中では、この後再び本庁に呼び戻されることになったようで、もう一度花を咲かせる場を見たいので期待したい。

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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