高村 薫著 『マークスの山』 









               
2009-05-25
                                 2013-09-25 update



 (作品は、高村薫著 『マークスの山』 早川書房による。)

            

初出 1993年3月発行。
第109回直木賞受賞。1994年版このミステリーがすごい第1位。

高村薫:

1953年大阪生まれ。国際基督教大学卒。処女作「黄金を抱いて翔べ」(90年)で第三回日本推理サスペンス大賞を受賞。意欲的なテーマの選択、徹底した取材による細部の真実性、緊密な構成と豊かな人物造型から生まれる硬質なロマンティシズム。

<主な登場人物>
 
合田雄一郎警部補
(主任)

警視庁第三強行犯捜査班。
事情あって妻貴代子と別れて5年。大阪出身大学時代の友人加納祐介(地検 貴代子は加納と二卵性双子)とは山仲間でもある。

七係の面々

・林警部(係長) 最年長の53歳、定年を待つばかり。
・吾妻哲郎警部補(通称ペコさん)名実とも七係をまとめる。
・森義孝巡査部長 今年春上野署から本庁へ。固すぎ。
・広田(通称雪之丞)、有沢(通称又三郎)松岡(通称十姉妹)など

他に主な警察関係者

十係 須崎靖邦警部補 十係を仕切る。
四課 丸暴関係 吉原

佐野警部補 山梨県警。岩田の殺人に疑問を感じつつも、自白と証拠が揃っていたため起訴。
岩田幸平 身延出身、若い頃から挫折の繰り返し、山中の飯場で働くアル中、意識障害あり。酔った中で夢の中か、殺人を犯したと自白、逮捕される。二人目も自分が殺したかもと。
水沢裕之 妻の精神病を苦に両親が心中して生き残った子供(当時10歳)。一酸化中毒で間欠的昏睡状態から回復退院するも、3年おきに暗い山と明るい山を繰り返す。
高木真知子 看護婦、18で子供を堕ろし、男と別れ病院を転々とし、水沢と出会う。
隔離保護室で長い間強い抗精神剤を投与され、痛めつけられている若者を理解。20歳で、水沢の脳髄の中に住む声が聞こえる時水沢はおびえ、異常な行動をすると判る。

<物語の展開> (本の裏書きより)
 
 昭和51年南アルプスで播
(ま)かれた犯罪の種は16年後、東京で連続殺人として開花した―――精神に<暗い山>を抱える殺人者マークスが跳ぶ。元組員、高級官僚、そしてまた・・・謎の凶器で惨殺される被害者。バラバラの被害者を結ぶ糸は?マークスが握る秘密とは?捜査妨害の圧力に抗しながら、冷血の殺人者を追いつめる警視庁捜査第一課七係合田刑事らの活躍を圧倒的リアルに描き切る本格的警察小説の誕生。

<読後感>

 なかなかおもしろい。硬派の刑事物、警察内部の群像がテキパキと私情を脇に置いてぐんぐん迫ってくる。映画やドラマにしたくなる内容で、でもなかなか複雑な人間関係でもあり、短時間物では難しいかなとも。
 犯人像も精神障害と正常の心のどちらにあるのか判るようでいて判らないところ、非情の面、緻密さと咄嗟的、感情的なところが入り交じって見え隠れする。

 被害者側の関係が判ってくるにつけ犯人に対するというよりも、遺伝とか、環境にこんな風に生まれ、生きてきたらと悲しい気持ちにもさせられる。
 警察内部での縄張り、上位下達の社会、集団と個人の感情、なんとも現実社会の絵図を見ているようである。
 一方で乾いた友情の様なものも散見され、安らぎを感じる場面も盛り込まれている。推理小説としても緊張感があって楽しめること請け合い。警察物でもいろいろなタイプがあるので、読者の楽しみも多い。


<今回追加>:

 合田雄一郎の原点はこの作品から派生していることから、再度本作品を読みたくなる。時に33歳と6ヶ月、警視庁捜査一課第三強行犯捜査班七係の主任。「捜査畑10年、捜査一課230名中最も口数と雑音が少なくもっとも硬い目線を持った日陰の一つ」と記されている。生い立ちは大阪のしがない外勤警察官の家に生まれ育ち、中学時代受験勉強をしながら新聞配達。スーツを着て電車で通勤する職業に就くと自分に言い聞かせる。父は定年の3年前、肝硬変でなくなり、母の故郷である東京へ移って15年。所轄署5年、本庁6年勤務歴、競争率100倍の昇任試験に合格、29歳で警部補までのノンキャリアのたたき上げの中のエリート。二卵性双子である妹(貴代子)と大学を出てすぐ結婚、5年前(昭和62年)に離婚。いまはアメリカにいる妹。兄の加納祐介とは大学時代からの知己。

 さてそんな合田雄一郎も昭和59年、巡査部長に昇進して警察大学で所定の教練を受けるため合宿していたある日、教官から妻の貴代子に原発反対運動から手を引かせるか警察を辞めるかのどちらかだぞと言われ、疑心暗鬼をつのらせながらただうろたえた。そして「アカ」のレッテルを貼られる。

 本作品でも警察組織に対して不満がつのりつつも、七係の特異メンバー達の中で示す鋭利な推察力と行動が。しかし今回の平成4年に起きた事件が、平成元年の刑務所に送った男の嘘を見抜けなかったことに悩み、また吾妻のように鮮明な核がないこと、須崎のような強烈な指向性もない自分に煩悶する姿は読者の共感を呼ぶ。


 その姿も、「レディ・ジョーカー」での合田雄一郎では境遇が悪化した性もあるが、自分自身は悩んでいても、端から見ると颯爽と振る舞っているように見える。そして、最近の作品「冷血」での合田雄一郎はやはり年を重ねてきて性もあるが、悪者に対しての心遣いというか、人の心に理解を示す大人ぶりが大変好ましく思われた。
 そんな合田雄一郎の成長していく姿を見ることも大きな読書の楽しみとなっている。
 本作品の刑事物としての作品の面白さも格別なところがあるけれど、合田雄一郎という人物、そして七係のチームのそれぞれの群像の展開に非常な面白さに改めて感激した。

   


余談1:
 高村薫の本作品が面白いので、たまたま見つけた作品が「レディス・ジョーカー」というもの。まったくのところみっけものであった。次回取り上げたい。

<今回追加> 余談2:

 「解説」(秋山駿)を見ると高村薫のこの小説はその長い作家活動の折々に、それぞれの作家年齢の頂点にになるような作品を三つか四つ書くものであるが、明らかに「マークスの山」は、そんな頂点となる作品の一つと記している。今回再読してみて改めてその感を感じた。 そして純文学の自然主義文学から私小説への流れ、“本格小説”の意味が記され、十九世紀の大作家、スタンダール、バルザック、トルストイ、ドストエフスキーらの小説の主題が語られ、高村薫はバルザック型の小説とあるのに興味を引かれた。バルザックの作品を読みたくなった。
背景画は冬の南アルプス(北岳)のフォト。

                             

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