高村 薫著 『レディ・ジョーカー』 








                2011-05-25
                
2009-06-25




 (作品は、高村薫著 『レディ・ジョーカー』 毎日新聞社による。)

          


 発行 1995年6月から1997年10月に「サンデー毎日」に連載したものを大幅改稿、1997年12月発行。1999年版このミステリーがすごい第1位。

高村薫:

1953年大阪生まれ。国際基督教大学卒。処女作「黄金を抱いて翔べ」(90年)で第三回日本推理サスペンス大賞を受賞。意欲的なテーマの選択、徹底した取材による細部の真実性、緊密な構成と豊かな人物造型から生まれる硬質なロマンティシズム。


<主な登場人物>
 
物井清三 薬局の店主、物井(養子で岡村姓に)清二の弟。元日之出ビール社員であった岡村清二は、昭和22年退職時日之出ビール京都工場宛に怪文書を送りつけていてそれが後年、事件の展開に波紋を呼ぶ。
半田修平 品川署のち蒲田署の刑事課強行係。巡査部長。本庁での単独捜査がもとで移動させられる。合田警部補に反発を持って見ていた。物井の競馬仲間。警察の組織に憤懣を持っている。
布川淳一 自衛隊出身の腕のいいトラック運転手。妻は病気、娘は生まれながらの重度の障害児(仲間はレディと呼ぶ)。物井ら府中の競馬仲間の一人。
高克己 信用金庫職員。物井の競馬仲間。

松戸陽吉

通称ヨウちゃん、旋盤工、物井の競馬仲間。金にこだわりもなく、物井清三にかわいがられている。

秦野浩之
妻 美津子

歯科医、妻美津子は物井清三の娘。息子の孝之が付き合っていたのは杉原佳子、杉原武郎(日之出ビールの役員)の娘。

合田雄一郎
     (警部補)

大森署に移る。城山恭介誘拐事件発生時家人が帰らないとの通報で様子を見に行ったのを機に関心を持ちいくつか疑念を抱くこともあったが、捜査本部ではまったくの歯車で、全貌見えなかったが・・・。
「マークスの山」での活躍が印象に残る。
加納祐介

東京地検特捜部検事。合田雄一郎の義兄。
「マークスの山」でも出ていた。

城山恭介
妻 怜子

日之出ビール社長。若い頃から営業畑出身で、倉田と一心同体で苦労を共にする。妻怜子との実生活は質素な暮らし。
副社長に倉田誠吾(ビール事業本部長兼)と白井誠一(事業開発本部長兼)がいる。
倉田はひとり総会屋との交渉を引き受け、故あってか杉原武郎をバックアップしている。

杉原武郎
妻 晴子
娘 佳子

日之出ビール事業副本部長兼取締役。城山恭介の義弟(妻晴子は城山の妹)。娘の交際相手への不用意な対応で城山から叱責されたことや、社内での立場に悩んでいる。
根来史彰

東邦新聞東京社会部遊軍長。若い頃は検事担当記者で加納祐介ともつながりがある。
久保晴久:同警視庁捜査一課担当記者。
菅野哲夫:同警視庁キャップ。

田丸善三 総会屋グループ岡田経友会顧問。


<物語の展開> 
 
 レディ・ジョーカーという犯行グループが日之出ビール社長拉致誘拐事件を起こしたことで、総会屋グループがらみの事件とクロスし、証券不詳事件にも発展しかねない複雑な展開になっていく。


<読後感>

 最初はバラバラの人物が競馬を通じて集いあう男たち、そしてそれぞれの人生の鬱屈した状態に喘いでいる。
 一方で過去の被差別部落出身と言うことが現代になっても就職や結婚の際に問題視された孫が絶望し、命を落としたり、兄の清二の死(日之出ビールを退職し、老人ホームで誰に見とられることもなく死んでいた。)に対する言いしれぬ感情の渦。そんな人間の憤怒が次第に積もり積もって形を変えて悪塊となって現れる物井清三、組織に合わないことと自己の顕示欲の妄想で悶々としている半田刑事、病気の妻を抱え、さらに障害児を抱え先行きに何の望みも持てない布川、そんな人間たちの描写が延々と続く内に、次第に物語の主題が現れてくる。

 この作品は実にユニークというか上巻の全般は結局犯罪を犯すに至った人物たちの鬱屈した人生があり、それらの内の多くは読者にも共感、同情をさせるに足る内容である。それが一転、社長誘拐事件に至ると被害者である日之出ビール社長(城山)の苦渋が胸を打つ。

 また捜査の段階で誘拐直後に最初に出くわした、ミスで本庁から所轄にとばされ、枠からはみ出し、情報もままならない刑事(合田雄一郎)が抱く疑惑とそんな条件下での行動に惹かれる。それも決して格好よくすぱっと行くのでなく、警察組織への憤懣をかかえ、自分の踏ん切りのなさに失望したり、内面の苦悩をひきづりながら、一方で外から見た合田は誠実みあふれ、出来る人物に見られている。

 作品の特徴として、一方的な立場での描写でなく、レディ・ジョーカーの人間たち、被害にあう日之出ビール城山社長を中心とした側、東邦新聞社会部の記者側、警察の側、さらに地検の加納の側それぞれの立場での描写が多方面の立場での感情描写であるため、非常に共感するものがあり、読み応えのあるすばらしい作品に仕上がっている。

(上巻)(下巻)を通し、合田警部補と城山社長の人物に感情移入がしてしまい、その行動、思案、苦悩に惹かれる。合田警部補の場合は、ひらめきや対城山社長に対する誠実さ、凛とした行為、動作の一方で失態を犯したのではないかという葛藤、城山社長に対しては、個人としての悩みと、会社としての行為の狭間の感情、身内の者に対する感情、相手に対する思いやり(特に、子供を亡くした時の親の気持ちの忖度)、社長としての立場を離れての合田に対する好意といった人間味がいい。しかし社長という仕事のハードさ、身の処し方の潔さは大変なものだと感心する。

2011-05 追記

 再度読み返してみると細部の描写まで胸に浸みてきてその語感、人の心理の移り変わり、立場など人物像がよりはっきりと迫ってきた。そして色んな悩みや葛藤を抱えて生きているさまが息苦しいほどである。そんな中での相手に対する思いやりが切なく胸に迫ってくる。
 今回は特に死を選んでしまった秦野家の息子の自動車事故やその父親の飛び込み自殺、日之出ビールの杉原武郎副本部長の飛び込み自殺、半田の昔の上司に当たる三好管理官の焼身自殺といった死を選択した人の心情がなんとも残された関係者に深い痛みを与えたことに最初に読んだ時とは比べものにならず悼む気持ちが湧いた。これも年を取ったせいかもしれない。
 高村作品はどの作品も読んだ後ずしんと響くものが感じられ、自分にとっては繰り返し読んでみたい作家であることを再認識したところである。

   


余談1:
 
 
予期せぬ作品に出会ったという感じである。今までに読んだ作品中でも読んでいる最中にこんなにもいとおしいと思ったことのない経験である。その理由の一つが、作品の最初の方に出てくる被差別部落出身ということにありそう。
 住井すゑの長編大作「橋のない川」を読んで被差別部落の苦節の闘いを理解していたことは、このことが事件の根底に横たわりその後の展開理解に大いに役立ったと思う。その処理を誤ったことがいろんな事柄を巻き込んで発展してしまったのである。

余談2:

 この作品と同時進行で読んでいる「警官の血」、見事に似ていない作品で、かたや戦後からの時代の流れの中で世相とか暮らしの変化と、巡査という職業の人間模様、親から子へのつながりが描かれる。
 どちらが好い作品かは人それぞれの受け止め方か? ただ宣伝文句は気になった。


 背景画はレディ・ジョーカーの舞台に深く関わった東京競馬場のメモリアルスタンドのフォトイメージ。

    
            
 

戻る