智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ。
等幾つかの詩の断片はよく知られている。しかし智恵子の半生を知って詩を読むと、なんとその情景がひしひしと伝わってきて思わず涙が出てくる。
真っ赤な厚手の表紙、中央を中心に上下に余白をとった文章構成、詩は余白を充分にとり、文字のサイズを大きくして見やすい構成。手元にずつと残しておきたい一冊である。
特に感銘を受けた詩:
レモン哀歌
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパァズいろの香氣が立つ
その數滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
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