高橋治著 『秘伝』、『海の蝶』 

                   
2005-11-25

(作品は、高橋治 『秘伝』(講談社) と、同 『海の蝶』 (新潮社)による。)

              
 

 『秘伝』は1984年第90回直木賞作品。一方、『海の蝶』は1993年1月から京都新聞他に連載された作品である。
 参考までに、著者の高橋治は
1989年生まれ、東大文学部卒業後、松竹で映画製作にたずさわる。当時松竹には山田太一・大島渚などの同年代の逸材が集まっていた。そんな中で小津安二郎の下で名作「東京物語」の助監督をしている。

『秘伝』:
 長崎県西彼杵(にしそのぎ)半島、茂木の魚師で鯛釣り名人永渕良造が、式見の鯛釣り名人岸浪庸介に呼ばれる。 そして5月の大潮の時だけ式見に現れるイオ(イシナギの巨大魚)を長い間追い求めている岸浪と、良造が父から伝授された秘伝を駆使してきそう、釣り師の物語。
 何だか漫画の劇画をみているよう。 直木賞も色々な分野の作品があると判る。
 著書には釣りにまつわるものが多いとか。

 一方、「海の蝶」は同じ著者かと思うぐらいの作品。こちらの方が本当の姿か?興味を引かれる作家に出会えた。

『海の蝶』:
◇ 主な登場人物
・日下由香里  父保則と二人暮らし。 趣味で表装の仕事をしている。 筋萎縮性側索硬化症に侵されていることをうすうす感じ、やがて父親に手紙を残し、一人で生きる道を求めて行くえをくらます。
・父 日下保則 代々木に住まい。 龍村同様高校時代の友人野沢克彦の妹、雅代(未亡人)を結婚相手として考えている。 会社勤め。
・母 由香里19才の時膵臓癌でなくなる。
・龍村貞之 下田で病院経営の院長。 日下保則とは九州旧制高校時代寮で同室。 由香里は小父様と呼んで信頼している。
・牧村見也子 小さな画廊経営者、由香里に表装の仕事を発注している。
・郡司道介 40代半ば、二度の結婚を経験、大学の助教授をしているが、演劇人としての評価高い。 牧村見也子と付き合っている。 見也子を通して由香里とも知り合う。

◇[補足]筋萎縮性側索硬化症(ALS)
  全身の筋肉が衰えていく。 最終的には呼吸器官に出る。 全症例の八割程度が5年内外でその段階に達する。 心筋には来ない。 眼の周囲の筋肉にも非常に来にくい。 悪魔の病気。 頭脳は正常に働いている。 自分を取り巻いているものは総てよく見える。 四肢の自由がきかない。 これ以上患者にとって残酷なことがあるか。

  当初の症状、人により出て来る状態は異なるも、拇指丘(親指の付け根)の筋肉が衰えてくる。 腕に軽いしびれが出、声が少し歪んでくる。


内表紙の後に、
      花を語る一冊の美しい本を残し、
      語られた花よりも美しい若い生涯を、
      筋萎縮性側索硬化症によって閉じた
      A・Tさんに、
      この作品を捧げる。          とある。   


作中、心を揺さぶられる場面

★逃避をしている由香里が、紀伊和歌山で旅館を営む友人の赤松夏子の下に身を寄せ、夏子の取り計らいでALSでなくなった桐生友子のことについて、友子の母芳子から様子を聞かされたときの言葉の数々。
(友子は33才で発病、3年県庁勤務を続け、退職。3年、母一人子一人の闘病を三年続け、あっけなく死ぬ。)

「私たちってね、母娘で病気の行末なんて、ただの一度も話し合ったことはないわ」「自分のことより、先に、側にいる相手のことを考えるのかしら」

「とりあえず、明日はなにも変わらないんだ・・それが口癖だったの」
「あの子が、とりあえず、明日は変わらないといい続けたのは、今日で終わらせはしないという、強い意志を言葉にしたものてもあったのね」

★沖縄での豊かな自然と、そこに住むんで居る素朴な人々の暖かさで、時間がゆっくり流れていく暮らしの様子に、何とも心をゆったりと感じさせてくれる。
 しかし、一時は心やすらかに、理性では判っていても、日々毎日のこととなると自分の命は後数年しかないことで、心の起伏が生じ、思わぬ言葉が出てしまう。そんな状態から希望を持つに至る最終章では、なにかほっとする気持ちにされる。


 


余談1:

 背景画に、今回パソコンの水彩ソフトを使って海の蝶をイメージして作ってみた。初めてでもあり、なかなか使いこなせなく、絵心もないようで、難しかつたが楽しめた。また工夫してみたい。


                               

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