『海の蝶』:
◇ 主な登場人物
・日下由香里 父保則と二人暮らし。 趣味で表装の仕事をしている。 筋萎縮性側索硬化症に侵されていることをうすうす感じ、やがて父親に手紙を残し、一人で生きる道を求めて行くえをくらます。
・父 日下保則 代々木に住まい。 龍村同様高校時代の友人野沢克彦の妹、雅代(未亡人)を結婚相手として考えている。 会社勤め。
・母 由香里19才の時膵臓癌でなくなる。
・龍村貞之 下田で病院経営の院長。 日下保則とは九州旧制高校時代寮で同室。 由香里は小父様と呼んで信頼している。
・牧村見也子 小さな画廊経営者、由香里に表装の仕事を発注している。
・郡司道介 40代半ば、二度の結婚を経験、大学の助教授をしているが、演劇人としての評価高い。 牧村見也子と付き合っている。 見也子を通して由香里とも知り合う。
◇[補足]筋萎縮性側索硬化症(ALS)
全身の筋肉が衰えていく。 最終的には呼吸器官に出る。 全症例の八割程度が5年内外でその段階に達する。
心筋には来ない。 眼の周囲の筋肉にも非常に来にくい。 悪魔の病気。 頭脳は正常に働いている。
自分を取り巻いているものは総てよく見える。 四肢の自由がきかない。 これ以上患者にとって残酷なことがあるか。
当初の症状、人により出て来る状態は異なるも、拇指丘(親指の付け根)の筋肉が衰えてくる。 腕に軽いしびれが出、声が少し歪んでくる。
内表紙の後に、
花を語る一冊の美しい本を残し、
語られた花よりも美しい若い生涯を、
筋萎縮性側索硬化症によって閉じた
A・Tさんに、
この作品を捧げる。 とある。
作中、心を揺さぶられる場面:
★逃避をしている由香里が、紀伊和歌山で旅館を営む友人の赤松夏子の下に身を寄せ、夏子の取り計らいでALSでなくなった桐生友子のことについて、友子の母芳子から様子を聞かされたときの言葉の数々。
(友子は33才で発病、3年県庁勤務を続け、退職。3年、母一人子一人の闘病を三年続け、あっけなく死ぬ。)
「私たちってね、母娘で病気の行末なんて、ただの一度も話し合ったことはないわ」「自分のことより、先に、側にいる相手のことを考えるのかしら」
「とりあえず、明日はなにも変わらないんだ・・それが口癖だったの」
「あの子が、とりあえず、明日は変わらないといい続けたのは、今日で終わらせはしないという、強い意志を言葉にしたものてもあったのね」
★沖縄での豊かな自然と、そこに住むんで居る素朴な人々の暖かさで、時間がゆっくり流れていく暮らしの様子に、何とも心をゆったりと感じさせてくれる。
しかし、一時は心やすらかに、理性では判っていても、日々毎日のこととなると自分の命は後数年しかないことで、心の起伏が生じ、思わぬ言葉が出てしまう。そんな状態から希望を持つに至る最終章では、なにかほっとする気持ちにされる。
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