高橋克彦著 『風の陣』
立志篇、大望篇、天命篇 3部作



                   
2006-10-25

(作品は、高橋克彦著 『風の陣』立志篇、大望篇、天命篇 PHP研究所による。)

       

立志篇:「小説歴史街道」1994-11月号−1995-10月号初出誌
大望篇:月刊誌「Voice」(PHP研究所間刊)の2001年8月号から2002年12月号まで連載
天命篇:月刊誌「Voice」(PHP研究所間刊)の2003年3月号から2004年10月号まで連載


物語の背景:

 聖武天皇が国を纏めていた天平年間は、仏教が遍く国土に広められた時代であった。相次ぐ飢饉や疫病の発生、そして内政の乱れによる権力争いが天皇の心を仏による救済へと傾けさせたのである。天皇は諸国に国分寺、国分尼寺を建立して国土の安泰を願い、平城京には空前絶後の大仏を鋳造した。また唐より鑑真を招き唐招提寺を創建させたのもこの時代のことである。仏教への加護は聖武の後、孝謙、淳仁、称徳の三代に亘って継続される。仏教にとっての黄金時代であったと言っても過言ではなかろう。そしてそれはただの比喩でもない。仏の体は黄金で包まれる。仏が多く造られることは黄金の輝きが国土に満ちることでもあった。まさに黄金の世である。

 よく知られる坂上田村麻呂の蝦夷征伐、その次には約二百五十年ばかり飛んで源平時代初期の、前九年後三年の役へと続くが、坂上田村麻呂の父がこの物語に出てくる、坂上苅田麻呂である。

主な登場人物 (立志篇、大望篇、天命篇含め)

丸子嶋足
牡鹿、道嶋)

(しまたり)
陸奥・牡鹿出身の蝦夷・宮足の息子。都で大内裏の警備にあたる兵衛府に仕える。
(立志篇)/授刀衛の大志(だいさかん)。丸子姓から帝から貰った牡鹿姓を名乗る。(大望篇)/近衛府員外中将。(天命篇)

坂上苅田麻呂を心酔している。 (立志篇〜天命篇)

物部天齢

(てんれい)
陸奥・東和で蝦夷をまとめる物部二風の息子。嶋足を陸奥守にすべく暗躍。嶋足より6つ年下なるも、物部一族の纏め役として、嶋足を叱咤激励するが、嶋足の正義感と優しさに手を焼いたり、頼もしく感じたり。(立志篇〜天命篇)

伊治鮮麻呂

(これひろあざまろ)
陸奥・伊治(現・栗原郡)の蝦夷・豊成(とよしげ)の孫。将来、蝦夷を率いる器の男。(立志篇〜天命篇

坂上苅田麻呂

(かりたまろ)
都の警護にあたる左衛士府の少尉。(立志篇)/嶋足の上司、士府の少尉。田村麻呂の父。
(立志篇〜天命篇)
藤原仲麻呂
=恵美押勝
光明皇后の皇后官職が改編されて成立した、天皇の大権を代行する当時の最高官庁である紫微中台内相(長官)。(立志篇)/恵美押勝:政治の実権を握る男。乾政官の大師。(大望篇)
橘奈良麻呂 失脚した元左大臣・橘諸兄(もろみ)の息子。全国の兵士・兵器の管理、武官の人事権を握る兵部省の卿(長官)。(立志篇)
弓削道鏡 術を使う僧。内道場の禅師。くせ者。(大望篇)/上皇お気に入りの怪僧。大臣禅師から太政大臣禅師を経て法王。(天命篇)
孝謙天皇
上皇
父は聖武天皇。母・光明皇后を後見として即位した女帝。(立志篇)/道鏡に心を許す。重祚(じゅうそ)してからは称徳天皇。(大望篇、天命篇)



物語の展開:

 立志篇は橘奈良麻呂の乱を中心に、奈良麻呂に対抗する藤原仲麻呂との間を中立の立場で動き回り、謀反を起こさせる天齢、嶋足の活躍。大望篇では、橘奈良麻呂の乱が平定されてから3年半。権勢は、奈良麻呂と敵対していた藤原仲麻呂の掌中に収まっていた。恵美押勝と名を変えた仲麻呂は新しい帝を自在に操り、その体制は磐石に見えたのだが…。天命篇では、恵美押勝よりも狡猾とも思える怪僧道鏡が女帝に取り入り、法王の地位まで上り詰め、政(まつりごと)を気ままに動かし、さらに帝(みかど)となる託宣を受ける策を施すが・・・。

読み所:

◇ 立志篇では、天齢年は17才で、嶋足より6才も年下であるが、むしろ嶋足をうまく使ってことを成就させるが、嶋足の正義感に振り回されることも。嶋足は丸子一族、蝦夷を支配する物部一族に対しては世の中を見通す目には頭が上がらないところがある。しかし、嶋足の上司の苅田麻呂を正義の人と信じて疑わぬ思いには、天齢も認めざるを得ない。3篇を通じ、天齢と嶋足のやりとりは軽妙で、どちらもお互いを鏡として、考えや態度を修正しながら、事を成就していく過程がおもしろい。


◇ 各々の篇では物語の中心がはっきりしていて、読み物として痛快。歴史物としても大変興味深い。


  

余談:
 歴史小説は、ある程度歴史の史実をもとに作家の創作、解釈、思い入れなどを散りばめて創り上げられている。何処まで真実かどうかは判らないが、歴史物はやはり面白い。

                    

                          

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