遠藤周作著  『反逆』、『決戦の時』、『男の一生』
                     
2004-07-20

 (作品は、講談社出版による)  

遠藤周作が書き下ろした歴史小説「反逆」「決戦の時」「男の一生」戦国3部作。

      
 

反逆は信長が天下統一を目指していた戦国時代に、信長の生き方に反旗をひるがえした戦国武将達の心の葛藤を、資料を基に、私感をも入れた、遠藤周作の歴史小説。 どこか司馬遼太郎の歴史小説に似た所が見受けられる。 また、物語の展開はさすがで、読者を引き込む書きぶりに、時間を経つのも忘れてのめり込まれる。

 前半は、摂津茨木城主となった戦国大名荒木村重と準主人公として彼の侍臣竹井藤蔵を中心に、どのようにして信長に反抗するに至ったかが物語られている。村重は最後は尾道に逃れたが、その後の伝では、武士は棄て、秀吉のさそいに茶人として仕えたという。

 続いて、自らを唯一絶対神にまで高め、すべての人々をひざまずかせようとする信長に、遂に光秀が謀叛を起こすに至った顛末が続き、物語は秀吉が柴田勝家を北の庄で滅ぼしたところで終わる。 七百ページに近い大作である。


  

決戦の時は信長、秀吉そして木曽川のほとりに住む川筋衆の半生をたどった歴史小説である。
川筋衆とは、前野将右衛門と蜂須賀小六のことである。

『反逆』での信長は、絶対的強者として描かれ、自分以外誰をも信ぜず、一切妥協せず、意にそわぬものは女子供、老人であろうとも容赦なく殺し、反逆者は一族郎党ことごとく惨殺するという冷徹な強者として描かれている。

『決戦の時』では若き日の信長が、惑い、悩み、そして裏切られ、時を経て、自分以外を信ぜず、強者に変貌していく過程を描いている。(参考:高橋千劔破(ちはや)解説)


◇印象に残る場面

沢彦(たくげん)禅僧と信長の問答(今川義元との戦を前にして)
「神仏を信じず、死が怖ろしくない術はないかい。」 と信長の問いに
「神も信じぬ。 仏の助けも認めぬ。 それで死がこわくない術を語れとご命じになります。それは素手で戦の場に出るのと同じこと。 素手で敵にたち向かうとすれば如何されます」
「手足も歯も使うて戦うであろう」
「その手足も歯も切りとられれば如何なされます」
「その折りは・・・覚悟せねばなるまい」
「では」
「生死についても、覚悟なされませ。 神もなし、仏もなし、しかし覚悟は残っております。」
「うむ」
「人間五十年、下天(げてん)のうちをくらぶれば、夢まぼろしの如くなり。 ひとたび生を受け、滅(めっ)せぬもののあるべきか・・・武辺者の覚悟も我ら禅僧の悟りもこの一点に尽きますぞ。」
ー幸若舞の一節(信長の最も愛する人生訓)
本能寺の変では「是非に及ばず」とただ一言そういって自決

男の一生は、尾張国地侍の家に生まれた前野将右衛門の一生を、新戦国史料「武功夜話」をもとに辿った物語である。秀吉に属した武将であり、蜂須賀小六と共に若き頃の籐吉郎(秀吉)に仕えた。 天下人になった秀吉も年を負い、昔優しく、人の気持ちがわかっていた時とはすっかり変わってしまった時代、関白秀次の守り役に将右衛門がつけられ、茶々に再び宿った拾丸を後継ぎにするため、秀次を切腹に追いやることになってしまう。 そして、自分も息子共々切腹させられる。

◇印象に残る場面

兄ともたのんだ(蜂須賀)小六を失い、亡き妻のことを想い将右衛門は文字通り無明の世界をさまよっている気持ちの時、高山右近から聞かされる。
信長に「神(デウス)などどこにいるのか。 眼にも見えぬものなど余は信じぬ」 といわれ、ヴァリニャーノ神父は静かに答えた。
 「神は皆々さまの思われるごとく、人の外にあって人が仰ぎみるごとき高き場所には在(おわ)しませぬ。 神は・・・実は人の心の奥ふかく、ひそかにかくれて働くもの。 さよう、人の心において働いておられるのが神でござります。」

作品の最後の部分:
木曽川の川岸に立つ。

通俗的な言いかただか、人々がそれぞれの野望や夢を追って戦い、死んだのに、木曽川だけは黙々と流れている。それが言いようもなく哀切で胸しめつける。
 ・・・
 物語は終り、今は黄昏、私は川原に腰をおろし、膝をかかえ、黙々と流れる水を永遠の命のように凝視している。



余談1(反逆):

 竹井一族の一人である竹井藤蔵が記述されているのは、実は遠藤周作の母方の遠祖であることが関係している。母は岡山県の出身で「竹井」姓であった。 そして、竹井藤蔵は遠藤周作の遠い先祖への思いを込めて創作された人物で、夢を託した荒木村重が信長に背いたことで運命を狂わせてしまう。(解説:高橋千劔破(ちはや)による。)
余談2(共通):

 この作品群を書くに当たって、基本資料としたのは、近年明らかになった前野家文書 「武功夜話」で、この史料は尾張国丹羽郡前野村の土豪前野家に秘蔵されていた古文書である。

「男の一生」の主人公前野将右衛門の兄雄吉(かつよし)の孫にあたる吉田孫四郎雄?(かつかね)が記した、 戦国前野一族の軍記物語である。 信長の若き日の領国経営や、長男信忠、次男信雄を生んだ信長の側室吉乃(きつの)について、また、秀吉の墨股一夜城築城を合理的に説明できる木曽川筋の川並衆の存在など、これまで希薄であった信長や秀吉の若き日の側面を、生き生きと描いており、刊行当時大変な話題を呼んだ。(解説より)



                               

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