砂原浩太郎 『黛家の兄弟』



              2022-05-25


(作品は、砂原浩太郎著 『黛家の兄弟』    講談社による。)
                  
          

  初出 「花の堤」は小説現代2021年2月号初出。その他の章は書き下ろし。
  
本書 2022年(令和4年)1月刊行。

 砂原浩太郎
(本書による)

 1969年生まれ、兵庫県神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者に。 2016年「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。 2021年「高瀬庄左衛門御留書」で第34回山本周五郎賞・第165回直木賞候補。 また同作にて第9回野村胡堂文学賞・第15回舟橋聖一文学賞・第11回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞、「本の雑誌」2021年上半期ベスト10第1位に選出。 他の著書に「いのちがけ 加賀百万石の礎」、共著に「決戦!桶狭間」「決戦!設楽原」「Story for you」(いずれも講談社)、また歴史コラム集「逆転の戦国史」(小学館)がある。

主な登場人物:

[第一部]
[黛(まゆずみ)家] 代々筆頭家老の家柄。三千石の大身(たいしん)
父 清左衛門

神山藩の筆頭家老。
妻は新三郎が8才の頃世を去る。

長兄 栄之丞
(えいのじょう)

いずれは父の後を継いで家老になるだろうが、今は見習い。
人いちばん頭が切れる。藩主の娘(靖
やす)を嫁に迎える。

次兄 壮十郎

家を出、柳町にたむろ、<花吹雪>という無頼の仲間の頭目として。富田道場出身で腕は立つ。

三男 新三郎

五年前一刀流の峰岸道場(師は峰岸丑之助)に入る、17才。
尾木将監
(しょうげん)の仲立ちで黒沢家の娘りくに婿入り。
友垣の由利圭蔵を黒沢家に側仕えとして伴う。

近江五郎兵衛 黛家の家宰(かさい)

黒沢織部正
(おりべのしょう)
娘 りく

黒沢家は八百石で大目付の役。 藩祖の末子に連なる家であるため、家中では別格の扱いを受けていた。当主の織部正は峻厳な人柄。 清左衛門とは幼少の頃より親しい間柄。
・りく 新三郎が婿入りする。 顔立ちは美しいが、整いすぎて息が抜けないと新三郎は思っている。 新三郎よりふたつ年上。

漆原内記
嫡男 伊之助
娘 おりう

次席家老。清左衛門と並んで神山藩の両輪とも言うべき執政。
・伊之助 <雷丸
(いかずちまる)>という無頼の仲間の頭。
 <花吹雪>と言い争いが絶えない。
・おりう 藩主の側室。

山城守正経(まさのり)
次女 靖姫
(やすひめ)

藩主、40過ぎの武士。側室のおりうの方との子、又次郎を愛着。・靖姫 藩主の命により黛栄之丞に嫁ぐ、18才。

由利圭蔵 新三郎の道場仲間で同い年。普請組二十石の下士、三男。

久保田治右衛門
(じえもん)

目付役筆頭。人柄のまま、裁定は剛直、目付として最適。
みや

黛家の女中。長沼村の出、5年ほど前から屋敷に、新三郎の付き人となる、新三郎と同い年。
嫁に行くと去るが・・・。新三郎が気になる女。

とき 一膳飯屋の女。壮十郎といい仲に。
すぎ 黒沢家の女中。栄之丞が好みの女。
[第二部] 十三年後

黒沢織部正
妻 りく
子供たち

(新三郎改め)大目付に。陰では漆原の走狗(そうく)と呼ばれている。兄の清左衛門とは疎遠に。
・りく 次兄切腹の後、まことの夫婦に。
・子供たち 長男 新三郎(10才)、鈴(5才)
・舅(織部正隠居し全楽
(ぜんらく)と号す。

黛清左衛門
妻 靖(やす)(没)

(栄之丞改め)次席家老に。名家老の評判も。
・靖 6年前に亡くなり、恵信院。藩侯の娘。

漆原内記
弥四郎

筆頭家老。老いが目立つ。
・弥四郎 長男伊之助亡き後、本家当主の末娘で13才の市の輿入れが決まり、家老見習いとして来春より出仕。

由利圭蔵 黒沢の家士に。30過ぎ。昔の新三郎とは幼馴染み。
向井大治郎 黒沢家の近習。
小木曽靫負
(こぎそ・ゆきえ)
御納戸頭、かねて反漆原を標榜していた人物。 いわば黛派の一翼。
山城守正経(まさのり) 藩主。肝の蔵弱っている。
右京正就(まさなり) 10年前廃嫡された世子(せいし 後継ぎ)。又次郎を次期藩主にすることに反対している。赤岩村に蟄居させられていたが、毒殺?。
・佐倉新兵衛 側仕え。
尾木将監 家老の一人。内記より5つほど年上。
海老原播磨 内記により勘定奉行より家老へ抜擢された人物。
峰岸丑之助 峰岸道場の師。既に隠居、息子に家督をゆずっている。
みや 数奇な運命を経て、胡弓の演者として生きている。
とき 柳町で一膳飯屋の主に。壮十郎の子、壮太を育てている。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 神山藩で代々筆頭家老を務める家の三男、黛新三郎。 安穏とした日々を過ごしていたが、自身の婿入りも決まり、人生の転換期を自覚しつつあったが…。 新三郎の青年時代から壮年期までを描く、瑞々しくも手に汗握るビルドゥングス・ロマン。

読後感:

 時代小説の醍醐味を彷彿とさせる出来である。 主人公となる神山藩の筆頭家老の家柄である黛家の三男新三郎が、第一部では尾木将監(しょうげん)の仲立ちで大目付の黒沢織部正の家に婿入りする。 目付としての見習いを経て後、次兄の壮十郎が、次席家老の漆原内記の嫡男又次郎を殺害したことから、喧嘩両成敗と攻められ、断を下すこととなる。
 第二部はその十三年後の、名を黒沢織部正と改め、筆頭家老となった漆原内記の信任を得るべく奔走する様子が描かれるが、果たして大目付として職を果たせるようになった織部正の本音はいずこに?

 第一部では黛家の三人兄弟と父清左衛門との間の家族の生き様がなんとも言えない。特に次兄の壮十郎の姿は、兄弟の真ん中ということで、身の過ごし方が微妙で、家に寄りつかなくなり、父と口喧嘩をし、家を出て柳町の遊里でたむろすることとなる。 同様に次席家老の嫡男の漆原又次郎の仲間との諍いが事件を起こすことになる。父清左衛門が「家の弥栄
(いやさか)」を願う心に対し、壮十郎自身「この身、いかにして使うたものか・・・なにゆえか分からぬが、こうとしかならぬ」と新三郎に吐露するのが切ない。兄や新三郎は「壮十郎がいちばん父に近かったのかも知れぬ」と。

 第二部では、織部正と黛家の間は断絶状態が続き、織部正は筆頭家老となった漆原内記の信任を次第に得て、大目付の座に登りつめる。そこに到るまでの色々な事件も興味深い。
 物語を通して、家族の中の有り様もさることながら、第二部では年を取っていく人物たちの老いの弱さがひときわ身に迫ってくる。 老いていく漆原内記が子供の将来を考え、織部正に「頼りにしていいのだな」と呟く姿に、まことに織部正がそういう気持ちになったかのように感じるさまは、この後どう展開するのか興味が湧く。

 年老いた舅の、若かりし頃の黒沢織部正が、かって次兄の壮十郎でなく新三郎を婿に迎えたことを振り返り、どうして新三郎を選んだかを話す場面も意味深い。
 また、幼い頃からの道場仲間の由利圭蔵との間柄もどんでん返し?に見舞われる。 圭蔵の最後の言葉「最後まで半端ものでござった」と呟いて息を引き取る様も哀れ。


余談:

 先に読んだ著者の作品「高瀬清左衛門御留目書」がそうであったように、本作品も前にも増して(?)難しい漢字オンパレードで、いかに自分の知識の浅さに驚愕させられる。 漢和辞典を引くのも大変で、電子辞書に頼ってしまった。
 特にこれはと思った漢字
 ・弥栄
(いやさか) 繁栄を祈って言う言葉。
 ・胡乱
(うろん) うたがわしいこと。あやふやなこと。
 ・雌伏
(しふく) 力を養いながら、自分の活躍する機会をじっと待つ。
 ・幇間
(ほうかん) たいこもち
 ・掣肘
(せいちゅう) わきから干渉して自由な行動を妨げる。
 ・帷子
(かたびら) 装束の下に着るひとえの布製の衣服。 など

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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