夏目漱石著  『明暗』
                     

2004-05-20

 (作品(明暗上下)は、ほるぷ出版による)
  

『明暗』はどこか推理小説のようなところがある。
 湯河原温泉での、清子との対面の途中でこの小説は未完の儘、終わる。  漱石が満50才に二ヶ月に満たない所で、胃潰瘍のため逝ったためである。
 果たして漱石はこの作品で何を言いたかったのだろうか?

 
 

主な登場人物とその相関関係、およびバックグランド:

◇津田家
・津田由雄 30才 会社勤め −主人公−
父より、生計の不足分の送金を受けている。 但し、盆・暮れの賞与でその何分かを返済することを条件としている。 しかし、この夏は是を履行しなかった。 東京に在住。
・お延(由雄の細君)23才
 結婚して約半年。 まだお互いの心根が判らない状態である。
・父 官吏生活の後、実業へ単身氏、今は引退して京都に移り老夫婦で隠居している。
・妹お秀 24才 堀の細君。 子供二人有り。
 器量よしのお秀、津田が父から送金が受けれるように、保証人の役目をになっていた。
 派手好きのお延を嫌っている。

◇藤井家
・父の弟 由雄の叔父に当たる。 活字で飯を食っている。
 父が方々渡り歩く官吏生活のため、教育上津田を弟に託して、いっさいの面倒を見て貰うことにした。
・叔母 43〜44才(お朝) 子供(真事)10才位

◇岡本家
 お延が小さい内から世話になっており、実の親代わり。
 岡本と吉川とは兄弟同様に親しい関係。
 姉娘継子 20才、妹娘(百合子)14才
 子供一(はじめ)    10才位

◇吉川家
 津田と同じ勤務先の関係(重役らしい)で、平生から一方ならぬ恩顧を受けている勢力家。吉川は津田の父親の学友。 津田の仲人、就職もそういう縁による。
 特に吉川夫人には、津田はお延と結婚する前の清子という女性の件で、秘密を共有している。 この夫人とお延とは肌が合わない。

◇小林
 藤井叔父の雑誌の編集をしたり、校正をしたり、その間に自分の原稿を書く。 朝鮮に渡って或る新聞社に雇われることになり、朝鮮行きを決心する。 自ら無頼と云うように津田やお延の周りに出没し、金銭をせがんだり、結婚前の津田の秘密をお延に匂わせたりする。

◇関家
 清子は昔、津田が結婚をしようとしていた女。 吉川夫人もその気でいたのに、どういう理由か判らないが、間際になって清子は関と結婚してしまう。 津田や吉川夫人は、お延にはそのことは知られないように振る舞ってきたが、その謎を聞くために湯河原温泉行きを吉川夫人から勧められ、津田は出かけて行く。

  

『明暗』という小説は、今までの作品と少し変わっている風である。
 会話の中で、それぞれの話し手の心理状態やら、気持ちの変化を、相手の心理状態を述べながら、しゃべっている点。 また、主人公の立場にならずに客観的な立場で観察している。

対話の面白さ:
・津田とお延の会話の例
手術が必要になって、その手術代やら、毎月の不足分に対する父からの送金不履行で金策をする必要の時の対話は、結婚間もない二人の、お互いの思惑やら、見栄が働き、交わされる会話は、心理状態をよくあらわしていておもしろい。
・その他
―津田が手術の日、岡本の家からお延に是非お芝居を見に来るように誘いがあり、その際の夫婦のやり取り。 疑ぐりと、夫としての品格に関わる気、女から甘く見られるという苦痛など、我の戦い。 揺れ動く心が表現されていておもしろい。
―吉川夫人とお延の、芝居見物の時に交わされる会話。
―津田が入院中に、自宅に訪れてきた小林と対座する、お延の丁々はっしのやりとり。
―岡本の家での、叔父とお延の間で交わされる人情味のある会話。
―病室で、津田に詰め寄る妹お秀の会話。
などなど漱石作品の魅力を十分感じさせてくれる。

まさに推理(心理)小説もどきに楽しい作品。


余談:
 背景画像には、津田がお延と結婚する前、当初結婚するつもりの清子が、関と結婚してしまった理由を聞くため、流産後静養に来ていた湯河原の温泉地を訪れ、そこで出会うシーン。床の間に飾られている寒菊の花を配した。
(フォトはイソカンギク 米村花きコンサルタント事務所HPより)

                               

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