夏目漱石著 『虞美人草』
                     
2004-04-20

 (作品は、漱石全集第四巻 岩波書店による)
 
 小説を初めて読み出して、すぐに引き込まれていくものと、なんだか最初は面白くなくて、段々に引き込まれていくものがある。
 この虞美人草は、最初の出だしから、妙にその運び、語調が美文調で好ましく、どうなっていくのだろうと興味がふくらんでいく。
 ただ、登場人物の関係が最初は判らないので、ノートにメモってみて判ってくる。
 評論家の先生の、この作品に対する評価は芳しくなさそうだが、一般人には好かれているようだ。(どうやら自分も一般人並みのようだ。)
 
 藤尾が独り悪者にされ、小夜子さんが理想の女性とはちょっと思えないけれど。 時代を考えるとそういうことなのかなあ?

 
主な登場人物とその相関関係、人物像:

◇甲野欽吾27才    ―(妹)藤尾24才 (母親)謎の女
◇宗近一(はじめ)28才―(妹)糸子22才 (父親)宗近(老人)和尚
◇小野さん27才
◇孤堂先生(老人)―(娘)小夜子

・甲野さん:哲学的思考に傾く。 謎の女の、実の子供ではない。 謎の女からは、口では家を出てくれるなと言われている。 が、財産は藤尾に継がせ、自分は家を出て行く覚悟で居る。
「−−−だから、僕は表向母の意思に逆らって、内実は母の希望通りにしてやるのさ。−−−見給え、僕が家を出たあとは、母が僕がわるくって出たように云うから、世間もさう信じるから−−−僕はそれだけの犠牲を敢えてして、母や妹の為に計ってやるんだ」

・宗近君 :楽天的な実際主義者。 外交官試験に落第し、再挑戦中。 藤尾を好いている。 しかし、藤尾は小野が好き。 藤尾の兄である甲野さんは、宗近君に対し、
「君より、君の妹の方が目がある。 藤尾は駄目だ。 飛び上がりものだ」 とさとす。 宗近君は、甲野さんに対し、
 「糸公は君の知己だよ。 叔母さんや藤尾さんが君を誤解しても、僕が君を見損なっても、日本中が悉(ことごと)く君に迫害を加えても、糸公だけは慥かだよ。 糸公は学問も才気もないが、よく君の価値(ねうち)を解している。 君の胸の中を知り抜いている。 糸公は僕の妹だが、えらい女だ。 尊い女だ。 糸公は金が一文もなくっても堕落する気遣いのない女だ。 −−−甲野さん、糸公を貰ってやってくれ。 家を出ても好い。 山の中に入っても好い。 何処へ行ってどう流浪しても構わない。 何でも好いから糸公を連れて行ってくれ。 −−−僕は責任を持って糸公に請け合って来たんだ。 君が云う事を聞いて呉れないと妹に合わす顔がない。 たった一人の妹を殺さなくっちゃならない。 糸公は尊い女だ。 誠のある女だ、正直だよ、君の為なら何でもするよ。 殺すのは勿体ない」と揺り動かす。

・小野さん :屈折した文学的発想の持ち主。 博士論文を執筆中の、将来有望の秀才。 若いとき、京都で孤堂先生に大いに世話になった。 その恩がある。 娘小夜子は小野さんが好き。 孤堂先生もそうなることを望んではいる。が、小野さんは藤尾を好いている。

・藤尾   作中でクレオパトラに擬せられる。 派手で、また才気溢れる近代的女性。
・小夜子  か弱き大和なでしこ。

そして悲劇が起きる。

虞美人草について:
科名  ケシ科
和名  ヒナゲシ
英名  corn poppy, field poppy, flanders poppy
別名  虞美人草
ポピーの仲間。
 かの有名な中国の虞の項羽の妻虞美人が、みずから命を落としたときに血の跡から咲いたとされる花。 きゃしゃな容姿。


 

余談1:
 漱石を評した書物は世の中に沢山溢れている。 それに、明治時代の文学史上の発展に、大きく寄与した偉大さもさることながら、自分が好きなのは、簡潔な表現をとんとんと積み上げていき、情景を鮮やかに頭の中に実現させてくれるその技量。 また、人の心理、情感を実に細やかに、あらわしてやまない表現力。 さらに随所にユーモアを散らばせているところである。

 小説を読んで、そういう所を感じられない作家の作品は、あまり読む気がしない。そういう点では、翻訳物にとかく手が伸びないのはいたしかたないかな?

余談2:
 この作品の題名『虞美人草』は、漱石が縁日で偶然見付けた鉢植えから取って、平気でいられた、という話が、『漱石とその時代』(江藤淳著 新潮選書)にあった。
 そして次の『門』の予告では、その題名も、漱石山房と呼ばれた弟子の森田草平に頼んでいるという。
 こんな作品の出来るまでの、時代背景や、作家の人となり、裏話などを知ると、さらに作品に愛着が沸くものである。
余談3:
 背景画像は、久里浜花の国ポピー園にて撮った(平成15年5月下旬撮影)。
 背景画には、出来るだけ関連のあるものを取り込んでいきたいと思っている。

 

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