曽野綾子著  『時の止まった赤ん坊』




 

               2008-10-25
(作品は、曽野綾子著 『時の止まった赤ん坊』(上)(下)毎日新聞社による。)

             
  

初出:昭和58年(1983年)8月から昭和59年8月 毎日新聞朝刊連載。
昭和59年(1984年)12月刊行。


主な登場人物

入江 茜
(呼称スール・アンヌ)

アフリカ大陸の東南沖合マダガスカル島にある「十字架の宣教会」の修道女としてベトレヘム産院で働くようになって丸2年。助産婦の資格を持つ。
スール・ジャン 茜より2歳年下の36歳。ベトレヘム産院では先任の助産婦、マダガスカル人。いつも茜には「茜のやることは甘い、現実を知らなすぎる」と言っている。
スール・ルイーズ ベトレヘム産院の院長。フランス人。
小木曾 悠

南開物産タナナリブ駐在事務所代表(いわゆるなんでもや)、前任者が病気でピンチヒッターで半年ほどの短期出張赴任。茜の姉千鶴の許嫁で、姉は結婚式の2ヶ月前に亡くなる。今は結婚し、時の止まった赤ん坊のごとき寝たきりの17歳の精神薄弱の娘がいる。

最上至暁子や茜たちの現地での暮らしぶりに触れ、語りあうに連れ心情も変化していく。

最上至暁子
(しげこ)
(呼称スール・エンマ)

アンツィラベの郊外にある、原則外部の人たちと接触をしないで暮らす「クララ会」の修道女。娘時代パリに暮らし、戦争勃発で日本に帰り、47歳で主人に死なれ一人息子の結婚後52歳のとき修道院入りした未亡人。息子夫婦はニューヨークにいる。
補足)マダガスカルの首都:タナナリブ  ベトヘルム産院のある町:アンツィラベ

読後感 

 そういえば1年ほど前に読んだ同じ著者の作品「哀歌」のことが思い出された。アフリカに修道女として派遣された春奈のアフリカでの生活ぶり(その時は暴動の政情不安の時代)、日本に無事脱出出来たが日本で味わう挫折感のことが蘇ってきた。そのアフリカでの生活描写の元がこの作品にあったのかなあと思われる。ちなみに「哀歌」は2003年10月から連載の作品である。

 この「時の止まった赤ん坊」という作品は修道女として「十字架の宣教会」に来て、修道院の経営するベトレヘム産院で、助産婦の資格を持つもう一人のマダガスカル人のスール・ジャンと二人で協力しあい、新しい命の誕生を助け様々な体験をする。

 また当地での日本人としては、同じく52歳で修道院に入って「クララ会」という歓想修道会で、原則は外部の人たちとは接触を持たないで暮らす、母と慕う最上至暁子と、病気のため代理として赴任してきた商社マン小木曾悠がいる。それらの人達との交友で、日本語での細かい意思疎通を通して、アフリカや日本に関すること、家族のこと、現地の人々のことなどを語らい思いを吐露しあい、次第に自分たちが変わっていくのを悟る。

 マダガスカルでの生活を通して、幸せとは何か、生き方のこと、死の受け入れ方のこと、信仰のことなどが浮き彫りにされていく。

 茜は最後はまた一人になるが、最上至暁子の死後の処し方の遺書、小木曾悠が去るときに示した滞在中の言動とは異なる行為に、彼の心の内を知る。さらに小木曾悠の現地での愛人であるマリーの最後の行為も、アフリカ人の心の一端を表していて暖かい気持ちにされた。

 アフリカという土地には貧しい人が溢れているけれど、幸福とは何か、人はどう生きるのが好ましいかを示唆するものがある。


印象に残る言葉:

◇初めて食べる板チョコに感動するスールたち

 幸福というものは客観的な状況ではなくて、幸福を受け取る者の能力にかかっているという感じである。

◇最上至暁子の息子夫婦への手紙の言葉・・ 何もないことの幸福

(マダガスカルの修道院での生活について日本の修道院にないすばらしいこと)
失うのを恐れねばならない何ものも持っていなかったということです。人間は所有しないときに魂の健康さをとり戻します。

・家族と離れて住むことを選んだ理由
 現実を直視しましょう。私たちはもし一緒に住んだりすれば、必ずお互いの存在を重荷に思うようになります。醜い点もさらしたでしょう。それは見え透いたことなのです。私はそのような分かり切ったことで、大切な家族の絆を傷つけたくはなかったのです。・・・修道院で暮らしたかったのはあくまで魂の問題です。私は贅沢に考えて晩年を過ごしたかったのです。
  贅沢:あなたたちと問題を起こさなくて済んだ。お祈りも充分にできる時間を与えられた。
  自分の墓をこの修道院の庭へ作ることをしたことを希望したことに対して:

  勿論もうお墓参りはしなくていいということなのです。人は死んでやっと物質から解放されるのです。魂は偏在しています。


◇最後に茜が呟く言葉

 どうしてこんなにも、この大地は悲しく、貧しく、激しく、壮麗で、しかも狡さと同時に温かい心を持った人々もいるのか、茜には分からなかった。

  

余談:

 アフリカに魅力を感じる気持ちが伝わってくる。

 背景画は、本書の内表紙の地図を利用。