印象に残る場面:
◇小出方正(60石あまりの書院番で、籐明塾の教師を兼ねている)が阿部小三郎へ言ったこと
「―――なにごとにも人にぬきんでようとすることはいい、けれども阿部、人の一生はながいものだ、一足跳びにあがるよりも、一歩ずつ登るほうが途中の草木や泉や、いろいろな風物を見ることができるし、それよりも一歩、一歩を確かめてきた、という自信をつかむことのほうが強い力になるものだ、わかるかな」
◇三浦主水正と山根つるとの会話
当初山根蔵人から、阿部小三郎に娘つるの婿に来ることように計られたが、阿倍の家督をつぐことを理由に断る。そして絶家している三浦の家名をついで、山根つるとの縁談が持ち込まれていた時の話。
馬で主水正の脇を駆け抜けたつるが、途中で馬を停め、「鞭を落としたので戻って探してきて欲しい」と呼びかけたのに対し、「馬をせめるのに鞭を落とすというのは聞いたこともなし、私はあなたの召使いではありませんから」と断る。「出世がしらだと思って威張っているのね」「身分は平侍ね」と高飛車に出るつるを「山根さんも平侍だった」とやりかえす。「つるはあなたの所へは嫁になんかゆきません」と啖呵をきるつる。「いずれにせよ自分は二十五才になるまで結婚しないつもりだ」と相手が老臣の娘であり、こっちが平侍の子だということがつい知らず反撥を感じたのであろうと大人げないことをしたと思う。
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