読後感:
この作品は相当な深みを感じさせる展開で、松本清張の「砂の器」とか、水上勉の「飢餓海峡」といった作品の雰囲気をも漂わせていて、じっくりと読み応えのある小説である。
上巻を読む間では柏木圭一の会社創設から手を広げていく中で会社を思う人物像が伝わると共に、及川を手に掛けてしまった結果、誰も知らないはずなのに脅迫の手紙に驚愕する一方で、北海道での恨みと共に、亜木子への思いが、未央の姿を見るごとに思いが募ってくる人間性に好感を抱かせる。
一方で厚みを醸し出しているのが、桑田警部と清水刑事の地道な足取りで点と点を実戦で繋いでいく姿であろう。 しかし推論ばかりでなかなか確証が取れないじれんまに桑田の人間性で一馬や柏木にぶつかることでいくしか手がなくなり・・・。
推理小説の面での興味だけでなく親子の絆、愛する人をも恨むことになった背景と絵笛の故郷の思い出、会社創業にまつわる絆と内容面での奥深さも手伝って厚みのある作品となっている。
警察の手詰まり感も最後の桑田警部の、自分が歩んできた道に誇りとプライドがあるからこその行動に果たして“傷ついた葦”が誰であったのかを明らかに出来るのか・・・。
◇印象に残る場面:
(下巻)桑田と妻の和子の会話
(和子)
「昨年の秋、地区の民生委員が集まって、養護施設をまわったことがあるんです。まあ、条件や環境とか、子供の感受性の問題などによっても違うのでしょうけれど、その時にうかがった施設の方のお話ですと、人間というのは絶対に血の繋がりだといわれましたわ。たとえ一度も見たことがなくとも、血の繋がった両親への思慕というのは、人間に残された最後の感情だとか・・・。どんなにうまくいっている養子縁組のケースでも、子供の心から絶対に実の両親への思慕は消えないものだと・・・」
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