白石一文著 『一瞬の光』







                 
2014-05-25


(作品は、白石一文著 『一瞬の光』     角川書店による。)

             


 
本書 2009年(平成12年)1月刊行。

 白石一文:
 
 1958年(昭和33)福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。文芸春秋勤務を経て、2000年「一瞬の光」でデビュー。一貫して世界の構造、また男女間の愛について探求し、読者から強い支持を受けている。
 著書に他に「不自由な心」「すぐそばの彼方」「僕のなかの壊れていない部分」「私という運命について」「どれくらいの愛情」「心に龍をちりばめて」「この世の全部を敵に回して」など。2009年に上梓(じょうし)した「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」で第22回山本周五郎賞受賞。本作が受賞後第一作となる。

 主な登場人物:

橋田浩介(38歳)
(主人公 私)

子供の頃から秀才、容姿も優れ東大卒。扇谷社長の引きでこの4月の人事で人事課長に異例の抜擢。
婚約までしていた女性(足立恭子)に裏切られ、女性不信で池尻のマンション住まいの独身。

会社の人物たち

財閥筆頭の大企業。
・扇谷 社長
・駿河 経営企画室長。橋田の信頼する上長。
・酒井 副社長。経理畑一筋、駿河、橋田とともに扇谷の側近。
・宇佐美副社長 次期社長を目指す。
・内山部長 人事の取締役(宇佐美派)
・竹井 大学時代ボート部の後輩。

足立恭子 橋田と同じ会社の総務課の女性であった。「あなたの凍りついた孤独は、私が溶かしてあげる」とまで言われ婚約するも、去っていく。

中平香折(19歳)
父親 隆一
母親 美沙子
兄 隆則

橋田の会社の面接で落とすもその夜、妙な男女のいさかいに彼女を助けたことから知り合う。情緒不安な所が気に掛かる。
父親は常務取締役。
香折が怖れるのは・・・・。

藤山留衣
父親 宏之

扇谷社長の姪(扇谷夫人の娘)。
父親は大手石油会社の社長。父親と宇佐美副社長は懇意の仲。

中平香折の彼氏

・大川卓次 立教大4年生。婚約届けを送りつけてくる。
・柳原慎太郎(28歳) 香折の勤め先と同じの同僚。卓次と別れた後の彼氏。

遠山
妻 千恵

大学での橋田の一番の親友。数学科出身、大学院に進むも不意に大学を辞め、今は小さな居酒屋の店主に。
料亭[鶴来]

扇谷の牙城。
・佐和女将 扇谷の愛人。
・百合中女将 駿河と10年来愛人関係。

菊田 橋田の友人。代議士の神坂幹事長(扇谷の朋友)の秘書。

 物語の概要:
(図書館の紹介記事による)

38歳という若さで日本を代表する企業の人事課長に抜擢されたエリートサラリーマン・橋田浩介。深い闇の中に封印された悲惨な過去を背負う短大生・中平香折。社会的立場が正反対ともいえる二人が、出会い、生まれた、日常の中の刹那的非日常世界―。期待の新鋭が放つ、感動の新感覚エンタテインメント小説。

 読後感:

 三人の女性との恋愛?、三人の男の生き様、その人物像が緻密に描かれていて胸に響く作品になっている。
 中平香折の自分(橋田)の半分にも満たない人生の内にとてつもない経験をして苦しみながら、なおかつ他人を思いやる心を持つ女性。最初の方は情緒不安定で何をやらかすか判らないミステリー調の展開がやがてどうしてこういう風になっているのかが明かされる。そしてそんな中でも橋田が苦境に陥った時、何故か香折に会いたくなってしまうその心情が伝わってくる。

 一方で、瑠衣という女性、美人で親も大富豪の身でありながら、純でしっかりとした考えを持ち合わせている。香折のこともただ利用しているだけと冷静に評価する。果たしてどうするか?

 もともと女性不信に陥っていたのは2年の交際で結婚の約束までしていたのに、結局前に付き合っていた男の元に去っていった恭子のことがずっと心のどこかに巣くっていた。

 恋愛とは別に、仕事人間であった橋田にとって、尊敬していた上長の駿河の自殺、大学時代の一番の親友であった遠山が自分の才能を生かし切れず、飲み屋の店に甘んじている男にうらやましさを感じてしまう。でもその彼も若くして病死してしまいショックを受ける。
 企業内で扇谷社長の贔屓を受け、怖い者知らずの10年間の後にきたものは、その10年間屈辱的存在でしかなかった者が表舞台へ、そして代わって裏舞台に落ちることになる人生とは。

 橋田の生き様(瞬間瞬間を精一杯ぶつかってきた)はこの後どういうおとしまいをつけることになるのか・・・。

印象に残る表現:

 橋田が一番の親友の遠山の店に連れて行った後足立恭子に放つ言葉:

 「でもね、一瞬一瞬だってやっぱり大切なんだ。どんな一瞬だって、決して負けちゃいけない。それでも人間、負けるときは負ける。足立さん、俺、あんたが言ったみたいに刹那的になんか生きていない。ただ、一瞬一瞬を、その次の一瞬がたとえ死であっても、絶対後悔しないように生きようと思ってるだけだ。そしてもし、こんな俺でも長生きできたら、あいつみたいにちょっとだけ自分のしたいことを自分に許してやろうかなって思ってるんだ。あいつはね、もう分かっちゃったんだ。あいつ、やってたの数学だったからさ。自分の異常な能力も、そしてその限界も。俺はあいつが羨ましい。俺にはまだその限界が見えないんだからな。でもみんなそんなもんだろう。扇谷だって、駿河だってみんなそうさ。あんた昨日、自分は誠実に生きてるって言ったよね。だけど俺だってちゃんと誠実に生きている。あんたの目はまるで節穴だよ。他の女たちとおんなじ。不倫するのも勝手だけどね。人前で好きだった男殴るなんて、クルクルパーのやることだろ。計算しないことで生まれるものが、その程度のものだったら、そんなもの糞食らえだって、渡辺美穂からあんたのこと聞いて俺は思ったよ」
 ・・・
「悪いけど、足立さん、家を出てくれないかな」・・・
「どうして、私が家を出なくちゃいけないの」・・・
「そんなの単純さ。俺がいつもきみに一緒にいてほしいからだよ」

   


余談:
 
 三人の女性の恋愛に対する生き様、三人の仕事社会の中の男の生き様が何とも色々感じさせる物語である。駿河の遺品の中にあるウイリアム・ジェイムズの「宇宙的経験の諸相」にある仕事に困難が生じ問題が紛糾した折のよりどころの言葉、そしてアーノルド・トインビーの「歴史の研究」にある橋田が好きな言葉は印象に残る。

◇アーノルド・トインビーの「歴史の研究」の言葉

<生の最中、我々は死の中にいる。誕生の瞬間から常に人間は、いつ死ぬかわからない可能性がある。そしてこの可能性は必然的に遅かれ早かれ既成事実になる。理想的にはすべての人間が人生の一瞬一瞬を、次の瞬間が最後の瞬間となるかのように生きなければならない。> 

         背景画は作品中の中平香折が就職したというサントリーの、本社(大阪)建物のフォト。                      

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